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北森鴻の本棚

  1. 凶笑面
  2. メイン・ディッシュ
  3. 花の下にて春死なむ
  4. 桜宵
  5. 螢坂
  6. 共犯マジック
  7. 孔雀狂想曲
  8. 香菜里屋を知っていますか

凶笑面 新潮文庫
 異端の民俗学者蓮丈那智とその助手の内藤三国が活躍する表題作を始めとする5編からなる連作短編集です。どの作品も民俗学のフィールドワークに行った先で起こる事件を蓮丈那智が解き明かすという形をとっています。読む前は主人公の蓮丈那智は男性だと思っていたのですが、女性だったのですね。それも美貌の。そんな主人公の前でいつもあたふたしている内藤三国とのコンビがおもしろいですね。
 それにしても、著者の民俗学に対するその豊富な知識は驚くばかりです。ハードカバー版では京極夏彦氏が推薦文を寄せているそうですが、豊富な知識を有しているということでは二人は似ていますね。

 ※なお、「双死神」には、北森さんの別シリーズの主人公が出ています。
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メイン・ディッシュ 集英社文庫
 劇団・紅神楽の看板女優・ネコこと紅林ユリエが、雪の夜に出会ったミケさんこと三津池修。二人は自然に一緒に住み始めます。ミケさんは料理の達人。おかげで、ネコの家は、ミケさんの料理を目当てに「ミーティング」の名の元に劇団員が集まりますが、ミケさんが得意なのは料理ばかりではありません。様々な謎を見事に解き明かしてしまう名探偵でもあったのです。
 単行本化に際し書き加えられた2編と、文庫化に際し書き加えられた1編を含む11編からなる連作短編集です。話はネコとミケさんのパートの間に、滝沢という男が登場するパートが挟まっています。いったいどういう関係かと考えさせられますが、ああいうことだとは! なかなか一筋縄ではいかない作品でしたが、おもしろく読みました。
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花の下にて春死なむ 講談社文庫
 ビアバー「香菜里屋」に集まる常連客に関わる謎をマスターの工藤が安楽椅子探偵のように解き明かしていく、6編からなる連作短編集です。第52回日本推理作家協会賞の短編及び連作短編集賞の受賞作です。
年齢不詳、経歴不詳のマスターが謎を解き明かしていく先には、それぞれの人の人生が浮かび上がってきます。僕としては「家族写真」が中年男のせつなさが出ていて好きな作品です。また、老夫婦とカメラマンとの交流を描いた「終の棲家」も悲劇で終わるのかと思ったところが・・・。味わいがある作品でした。あの奥さんの作った茄子の辛子漬けは、おいしそうですね。
 最近読んだ柴田よしきさんの「ふたたびの虹」が料理屋の女将が常連客の話を聞いて謎を解くという同じスタイルの作品でした。やはりマスターなり女将は仕事柄料理しながら客の話が耳に入ってくるので、安楽椅子探偵役として最適なのでしょうか。それにしても、こうした行きつけのお店があるといいなあとうらやましい思いがします。
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桜宵 講談社
 「花の下にて春死なむ」に続くビール・バー「香菜里屋」を舞台とする連作短編集です。表題作を含む5編からなります。4種類のアルコール度数のビールとしゃれた酒の肴を出す香菜里屋で、マスターの工藤が客の身に起こる謎を解き明かしていきます。料理は読んだだけで食べてみたいと思えるほどで、こんな素敵な店があったら僕自身も常連になりたいですね。
 5編の中では表題作の「桜宵」と「約束」が秀逸です。「桜宵」は一度香菜里屋を訪ねて欲しいという病没した妻の手紙により香菜里屋を訪ねてきた男の身に起こる出来事が描かれます。妻が果たして何故に彼を香菜里屋へ向かわせたのか、思わぬ結末に胸が熱くなります。一方、「約束」は10年後に会おうと約束した男女が約束どおり思い出の店で会う出来事を描いています。最初のロマンティックな香りただよう話が、たまたまその店を手伝っていた工藤により、その奥深いところにあった人間の嫌らしさが明らかにされます。最後はちょっと怖いですね。
 この作品集には、前作品集にも登場した常連客の北や東山、それに飯島七緒が再登場するほか、工藤の友人であるバー香月のバーマン香月圭吾が登場します。今後、彼は工藤とどのようにかかわっていくのでしょうか。次作が楽しみです。
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螢坂 講談社
 香菜里屋シリーズ第三作です。表題作「螢坂」他4編からなる短編集です。今回もまた、ビアバー香菜里屋を訪れる人々が抱える謎をマスターの工藤が解き明かします。謎が解き明かされる中で様々な人生が浮き彫りにされていくというのがこのシリーズの特色というか魅力でしょうか。そして、もう一つの魅力というのが、この店で出される料理です。和・洋・中を問わず、読むだけでもおいしそうな品々がカウンターに出てきます。一度こんな料理を実際に食べてみたいですね。
 今シリーズにも飯島七緒を始めとする常連が登場しますが、常連ばかりでなく一見の客にも優しい店というのがまたいいですよね。登場人物の一人が思います。“優しく穏やかで屈託のない”時間の流れがここでの最高のご馳走だと。何度もいいますが、本当にこんな店があったらいいなあと思ってしまいます。
 どれも、味わいのある作品でしたが、ミステリ風味の一番強い作品といえば「双眸」でしょうか。ただ、気になる一作といえば「雪待人」です。謎が解き明かされた後に、前作品集でも登場した工藤の友人「香月」が出てきて、工藤の過去についての思わせぶりなことを言います。果たして、工藤の過去にはどんな物語があるのでしょうか。次シリーズでは少しは明らかとなるのでしょうか。
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共犯マジック 徳間文庫
 人の不幸のみを予言する謎の占い書「フォーチュンブック」を手に入れた七人の男女がその後巻き込まれた(というか引き起こした)事件を描いた連作短編集です。それぞれ独立した物語だと思っていた各編が最終話になって、思わぬ繋がりを見せてきます。ちょっと都合よすぎるかなと思うところもありますが、「メイン・ディッシュ」等の連作ミステリの名手らしく一気に読ませます。
 この作品では、学生運動、ホテルニュージャパン火災、帝銀事件、グリコ・森永事件、三億円事件という大きな事件等が語られ、それにより昭和という時代が浮き彫りになります。僕としては帝銀事件は別として、どれも記憶に残る事件だったので非常に興味深く読んだのですが、まさかこんな結末になるとはねぇ・・・。
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孔雀狂想曲 集英社文庫
 東京下北沢にある骨董品店・雅蘭堂を舞台に、店主の越名集治が骨董や古道具をめぐって起きる謎を解き明かす表題作ほか7編からなる連作ミステリです。
 骨董品店の店主といえば、一癖も二癖もありそうな人物を想像してしまうのですが、本作の主人公越名は、どこか人が良くて押しも弱く、アルバイトの女子高校生安積にも馬鹿にされる始末です(この二人のやりとりが漫才のようでおもしろいです)。しかし、そんな越名が、最後には鮮やかに謎を解くというのが本作の見所です。
 8編のなかでは、越名と根付けの偽造職人との因縁を描いた「根付け供養」が後味いい読後感を与えてくれます。また、越名の好敵手といえる犬塚との虚々実々のかけひきを描いた「古九谷焼幻化」、「幻・風景」がおもしろいです。越名と犬塚の娘との関係も今後どうなるか気になります。ぜひ、シリーズ化してほしいですね。
 北森さんには同じ骨董を扱った「冬狐堂シリーズ」があるようですが、ちょっと読んでみたくなります。
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香菜里屋を知っていますか 講談社
 「花の下にて春死なむ」「桜宵」「螢坂」と続いた香菜里屋シリーズの完結編です。
 三軒茶屋にあるビアバー“香菜里屋”を舞台に、客が持ち込む謎をマスターの工藤が鮮やかに解くというスタイルで続いてきたシリーズも今回で終わりということで、それにふさわしく、収録されている話がそれぞれ別れを題材にしたものとなっています。シリーズ中に姿を見せていた常連たちが各々人生の岐路に立ち、新たな人生を歩むために去っていくという完結編らしい話が続きます(中では常連客の東山が少年時代に淫靡なイラストの表紙の文庫本を買うために、他の本の表紙と付け替えてレジへ持っていった思い出を語る“背表紙の友”が一番のお気に入りです。)。
 そして、前作で香月が思わせぶりに匂わせていた工藤の過去、そして“香菜梨屋”の名前の由来がついに明らかにされます。さらに最後の表題作“香菜梨屋を知っていますか”では、「孔雀狂想曲」の雅蘭堂・越名集治、「狐罠」の冬狐堂・宇佐美陶子、「凶笑面」の蓮丈那智という北森鴻の作品を代表する三人が登場して香菜里屋のことを探る男の謎解きを行うという心憎いばかりの演出です。北森作品のファンにとってはたまりません。
 シリーズの魅力の一つとなっているのは、工藤が作る料理ですが、今回も相変わらず読んだだけで食べてみたくなるちょっとした料理が並びます。現実ではなく物語の中でしたが、こんな素敵な店に訪れることができなくなるのは寂しい限りです。ぜひ再開をお願いしたいですね。
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