▲トップへ    ▲MY本棚へ

北川歩実の本棚

  1. 透明な一日
  2. 僕を殺した女
  3. もう一人の私
  4. 天使の歌声
  5. 虚ろな感覚

透明な一日 角川書店
 主人公は幼い頃連続放火事件で母親を亡くした過去を持ちます。彼は同じ放火事件でやはり母親を亡くした女性と再会し、愛し合い結婚をすることになります。彼女の家に結婚のあいさつに行った彼は、彼女の父親が6年前の交通事故で前向性健忘症になっていることを知ります。父親にとって、歳月は6年前の事故の日の繰り返しでした。大学教授であった父親の家には今でも研究者仲間が訪れていますが、ある日殺人事件が起こります。
 小川洋子さんの「博士の愛した数式」と同じく前向性健忘症を扱った作品です。ただし、こちらの作品では、前向性健忘症にかかっている大学教授はちょっとした刺激ですぐに記憶がリセットされてしまうのです。ミステリですので前向性健忘症が大きなキーとなっています。一筋縄ではいきません。
 それにしても、最後にある人物がある人に当てた(ネタばれになるので詳しいことは言えませんが)手紙で終わりますが、とっても泣かせます。
リストへ
僕を殺した女 新潮文庫
 北川歩実さんのデビュー作。
 目覚めると男であった僕「篠井有一」は女になっていた。それも、夫も子供もいるという。そのうえ、昨日は確かに1989年だったのに、今はそれから5年以上が経っているという。さらに、僕であるはずの篠井有一は別にいた。
 設定だけをみると、全くのSF作品かと思えるほどですが、この不可思議な状況を著者は最後にきっちりと説明します。でも、あまりに複雑すぎます。今回感想を書くに当たって、再読しましたが、頭の中を整理するのに苦労しました。それに、ちょっと人間関係が都合良すぎるところがあった気がします。
リストへ
もう一人の私 集英社文庫
 「私とは何か」をテーマにまとめられた9編からなる短編集です。それぞれの作品は「小説すばる」に掲載されたものだそうですが、中には「私とは何か」というテーマとはちょっと外れるかなと思う作品もありますが、SF的なミステリーを書き続けている北川さんらしい作品集です。
 9編の内容は、意識障害の従兄弟の身代わりを務める「分身」、病院で取り違えられた子供だと言われる「渡された殺意」、自分を名乗る男に結婚詐欺にあったと女に言われる「婚約者」、年齢を偽ってパソコン通信をしていた中学生が、相手と会うに当たって塾講師に身代わりを頼んだことから意外な事実を知る「月の輝く夜」、病死した妻の双子の姉を生き返らせようとする夫を描く「冷たい夜明け」、かつて天才と呼ばれた男の異常を描く「閃光」、ふとした嘘から窮地に追い込まれることになった男を描く「ささやかな嘘」、自己開発セミナーで同僚を殺してしまったのではないかと怯える男を描く「鎖」、殺人事件に巻き込まれそうになった男が替玉を使って窮地を脱しようとする姿を描く「替玉」です。僕としては、○○の怖さ(はっきり書くと多くの人から怒られそうです(笑))が描かれた「婚約者」と思わぬどんでん返しとなる「替玉」がおもしろかったですね。
リストへ
天使の歌声 創元推理文庫
 元科学書の編集者の私立探偵嶺原が登場する6編からなる連作集です。私立探偵といっても、原ォさんの探偵沢崎のようにしゃれた口をきくわけでもなく、腕っぷしが強いわけでもありません。決して声を荒げるでもなく、落ち着いた雰囲気で、依頼者からはこの人なら信頼できるだろうと思わせる真面目な男です。そういう点では私立探偵らしくない私立探偵で、インパクトがありません。それは、“登場する”と書いたように、どの作品も嶺原が主人公というわけではないことにも理由があるのでしょう。
 収録されている6編の話はどれも親子、家族の関係から生まれた謎が描かれています。表題作の「天使の歌声」をはじめ、どの作品も、それまで見えていた事実が最後に見事なまでに一変し、意外な真相が表れてきます。
 サイエンス・ミステリーと言われる作品が多い北川さんですが、今回の作品の中では「絆の向こう側」だけが、今までの北川さんらしい腎臓移植を題材にしていますが、それとても単に題材にしているに過ぎず、科学的なトリックがあるわけではありません。珍しく普通のミステリーです。北川さんの別な一面を見ることができる作品集といえます。
リストへ
虚ろな感覚 創元推理文庫
 昨年京都に出張するときに。旅のお供にと買った本でしたが、これは拾いものの1冊でした。ラストのどんでん返しをテーマにした7編からなるミステリ短編集です。サブ・タイトルがすべて「○○感覚」とつけられた、様々な感覚がモチーフとなる作品となっています。
 どんでん返しに次ぐどんでん返しの連続で、これが"真実"かと思えば、また違う"真実"が出てくるという作品となっています。最後まで気を抜くことはできません。
 7編のなかでは、北川さん自身の作品「透明な一日」と同じように前向性健忘症を題材にした「告白シミュレーション」が一番です。前向性健忘症を題材にした作品はよくありますが、あんな形で使うとは。予想外の展開でした。「幻の男」もおもしろいです。二人の女性のかみ合わない会話がやがてある真実を浮かび上がらせます。その畳みかけるような会話劇によるどんでん返しが素晴らしいです。「蜜の味」では、こちらが思い描いていた状況がラストで鮮やかに違う形となって目の前に現われました。見事に北川さんに騙されました。
リストへ