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桂望実の本棚

  1. 県庁の星
  2. Lady,GO
  3. 死日記
  4. RUN!RUN!RUN!
  5. 平等ゲーム
  6. WE LOVE ジジイ
  7. 恋愛検定
  8. ワクチンX
  9. 諦めない女
  10. 僕は金になる
  11. オーディションから逃げられない
  12. たそがれダンサーズ
  13. 結婚させる家
  14. 終活の準備はお済ですか?
  15. 残された人が編む物語
  16. 息をつめて
  17. この会社、後継者不在につき
  18. 地獄の底で見たものは

県庁の星  ☆ 小学館
 主人公野村聡は、県庁のエリート職員。今年から始まった民間企業への派遣研修に選ばれて意気軒昂に派遣先に出向きます。彼が派遣されたのは県庁所在地から遠く離れた町のスーパーです。
 公務員といえば前例踏襲、融通が利かない、コスト意識がないというあんまり芳しからぬ印象があり、民間と比較するとすべてが民間が上と考える風潮がありますが、作者の桂さんはそんな単純な図式にはしていません。このスーパー、接客マニュアルもないし、従業員もやる気がなくて、正職員も勤務中にもかかわらず、いつの間にか姿を隠していたり、コストを抑えるために、総菜の材料は売れ残りの食材、それも賞味期限が切れているものを使うという有様で、決して素晴らしいというような店ではありません。
 そんななか、彼は役所の論理を振りかざして改革をしようとするのですが、今までの机の上で行ってきた仕事と全然違う仕事に戸惑いを覚え、しだいに店員からも浮いてしまいます。本人はエリート意識いっぱいで、自分の考えが間違っているなんて露ほども思わないのですから、うまくいかないのは当たり前です。それにしても、昔ならともかく、昨今の公務員への住民の批判の目が厳しいときに今でもこんな前近代的な思考の県庁職員がいるのでしょうかねえ。いるとすれば、その県の住民はかわいそうとしか言いようがありません。
 スーパーでの彼の教育役はパートの中年女性二宮。パートのおばさんに指導されることが最初彼には気にくわなかったのですが、彼女に導かれてしだいに彼の頭は公務員然とした思考から変わっていきます。
 最後はちょっとありふれた結末、予定調和的です。そうそう1年という短い期間の中で人間が変わるかなとも思ってしまいます。が、こうした爽快感溢れたラストは大好きです。 
 来春映画化され、なんと織田裕二が主人公を演じるそうです。う~ん・・・織田裕二だとあまりに爽やかすぎる印象が強いので、ラストで変わった主人公にはぴったりだと思うのですが、エリート意識が強い主人公を演じきることができるのか楽しみではあります。
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Lady,GO  ☆ 幻冬舎
 桂さんの前作「県庁の星」では、鼻持ちならないエリート県庁職員の主人公が、街のスーパーのパート店員と出会うことによって、自分自身を見つめ直す姿が描かれましたが、今回の主人公は前回とはまったく逆のタイプ。恋人に理不尽に振られても自分がいけなかったのではないかと、自分を卑下する始末。端から見ていてイライラさせられてしまう女性が主人公です。
 この物語は、そんな自分に自信がない女性が、お金ほしさにキャバクラにタイニュー(体験入店の略だそうです。)したことをきっかけにして、前向きに生きていく女性へと成長する姿を描いていきます。それにしても、どんな職業でも、その道で一番になるというのは大変なことですね。キャバクラ嬢もそのお店で売り上げ上位になるためには、第一印象をよくして、聞き上手で話し上手、顧客管理もしっかりして、客への営業電話やメールなどの営業努力が必要! すごい熾烈な競争社会ですよね。でも、桂さんはこの本を書くに当たって、キャバクラ嬢に取材をしているそうですので、これは実際の話なんでしょうね。説得力があります。まあ世の中お金を稼ぐためには簡単な道はないってことですかねえ。
 この作品がおもしろいのは、単に自分嫌いの主人公の成長物語が描かれているだけでなく、彼女を取り巻く、オカマのケイとか、敏腕店長の羽田とか、No.1キャバクラ嬢の美香など登場人物の一人一人が個性豊かで楽しませてくれるところにもあります。特にスタイリストのオカマのケイなんて、いかにもあの世界にはいそうなキャラクターですが、嘘を言いたい放題の後ろに寂しさを隠して生きている素敵な人物ですよね。
 主人公の行動にイライラしながらも応援したくなってしまう作品です。オススメです。
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死日記  ☆ 小学館文庫
 「県庁の星」の桂望実さんのデビュー作とは思えないほど、「県庁の星」や「Lady,GO」とはまったく趣が異なる作品です。笑いなどどこを探してもありません。
 冒頭、少年が男を殺そうとするところから話は幕を開けます。その後に書かれる少年の日記とその間に少年の母親の警察での取り調べの状況が挟み込まれます。仕事はしない、賭け事に夢中になる、暴力をふるうという、とんでもない男なのに、そんな男に夢中になって息子のことを顧みない母親とそんな母親にも拘わらず、ひたすら母親を信じ、慕う少年。少年が日記に書くのは母親を心配することばかり。「おい、いいかげんに目を覚ませ!」と言いたくなります。あまりに切なく、悲しすぎます。
 救いといえば、母親以外の少年を取り巻く人々が善良な人ばかりだったこと。少年の親友とその両親、彼に気をかけるアルバイト先の新聞専売所のおじさん、ノートを買えない少年のために使い捨てられたノートを集める用務員のおじさん、そして担任の先生。彼らがいなくてはとてもこの小説は読み進められませんでした。本当は一番優しくして欲しかったのは母親なのにね。
 母親を信じ切っていたのに、彼の行く先に待ち受けていた運命には涙を禁じ得ませんでした。こうした話が、小説上の中だけでなく現実にも起きているのですから世の中やっぱりおかしい!と叫ばざるを得ません。
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RUN!RUN!RUN! 文藝春秋
 大学の陸上部を描いた作品としては、今年直木賞を受賞した三浦しをんさんの受賞第一作の「風が強く吹いている」がありましたが、この「RUN!RUN!RUN!」は、それとはちょっと趣の異なる作品でした。
 とにかく、主人公の岡崎優が鼻持ちならない生意気な男で、読んでいて腹が立ってしまうほどです。彼の目標はマラソンでオリンピックの金メダルを取ること。箱根駅伝なんて通過点に過ぎず、駅伝だってあくまで個人競技、自分さえきちんと走れば仲間なんて関係ないと考える自己中心的な男です。ただ、あれだけ個人主義を貫くことができれば、ある意味立派ですね。普通はあそこまで徹底はできませんものね。
 物語は、そんな主人公の優が、兄の死から思わぬ事実に直面し(不思議とこういう物語には、主人公にはできのいい兄弟がいることになっています。)、走ることに悩む中で、底抜けに人の良い同級生の岩本やコーチの小松によって、次第に仲間の中にとけ込んでいく様子が描かれます。三浦さんの「風が強く吹いている」のようにストレートに友情を描いてはいませんが、優と岩本の姿は読者に感動を与えます。
 それにしても、これだけ自己中心的な子どもに育てた親も親。典型的な馬鹿親です。この本は、子どもをサラブレットにしようとした馬鹿な親の身勝手な行動によって、子どもが大きな迷惑を被ることになってしまうという、かわいそうな子どもの物語でもあります。
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平等ゲーム 幻冬舎
 今から100年後の瀬戸内海の島、「鷹の島」。そこでは島民がすべての面で平等という社会を形成していた。物語は、その島で生まれ育ち、島への移住者の勧誘係として島外に出た主人公の青年芦田耕太郎が、様々な人と出会うなかで、島のシステムを、そして自分自身を振り返る様子を描いていきます。
 東京に行った際、新宿の紀伊國屋書店の新刊の平台に並んでいたこの本の帯に書かれた“将来への不安や焦りが全くない平等社会、頑張れば金も名誉も手に入る競争社会、あなたならどちらを選ぶのか?”の文字。ソ連や中国のようなマルクス主義を標榜していた社会主義はすでに崩壊、一部の特権階級が富を握るという資本主義と変わらぬ状況のなか、果たして桂さんは何を書こうとしているのか、気になって購入してしまいました。
 あまりに純粋すぎると言わざるを得ない耕太郎。すべてが平等であると思っていた耕太郎につきつけられた事実は僕らからすれば、こういうこともあるだろうなと思われること。当然ラストの展開も予想がつきました。鎖国しているわけでもなく、外部との交流もあるなかでは耕太郎のように純粋に生きることは所詮無理でしょう。人間って、そんなに自分の欲望を抑えて生きるなんてことができるはずがありませんし、他人より少しでもよくありたいと思うのが偽らざる気持ちでしょう。そういう気持ちがあってこそ、生き甲斐も生まれてくると思うのですが・・・。
 「鷹の島」が耕太郎が考えるような島だとしたら、やはり、僕としても「鷹の島」は選ばないだろうなあ。年とったら別ですけど。
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WE LOVE ジジイ  ☆ 文藝春秋
 “町おこし”小説といえば、最近では遊園地で町おこしを図った荻原浩さんの「メリーゴーランド」、類人猿で町おこしを図った重松清さんの「いとしのヒナゴン」、UFOで町おこしを図った篠田節子さんの「ロズウェルなんか知らない」などがありますが、この作品は、輪投げで町おこしをしようとする人々の奮闘を描いたものです。
 後輩の自殺に責任を感じ、コピーライターをやめて、見知らぬ田舎に引き籠った岸川。彼は、さびれていく地元の活性化をどうにか図ろうとする役場職員池田に強引に頼まれて町おこしを手伝うことになります。池田は岸川が何気なく言った輪投げで町おこしをしようとしますが・・・
 人との繋がりを避けるために田舎に住むこととした岸川の思惑とは異なり、次第に村の人々と繋がりを持っていく様子を輪投げ大会開催のドタバタとともに描いていきます。
 全国的な合併、合併の大合唱の中、とりあえず町村合併をしたが、町からは合併してやったんだと下に見られ、合併によるメリットがまったくない旧村。工場誘致を図ったが、従業員として雇われたのは安い賃金で働く外国人労働者がほとんど。畑にはニホンジカが現れ、我が物顔で農作物を食い荒らす(テレビではかわいいシカが出てくるCMが流れていますが、現実はシカによる農林業被害が増大しているのが現状です。)等々、桂さんが描く旧川西村は今の日本の山間部の村の状況をよく捉えています。山間部の村がシカの被害に困ってるなんて知らない人がほとんどでしょう。
 登場人物はほとんどがジジ、ババという小説ですが、みんな個性的で、読んでいて楽しくなります。たまにこういう小説を読むとホッとしますね。
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恋愛検定 祥伝社
 世の中、検定ばやりです。昔は検定といえば思いつくのは英語検定でしたが、このところは漢字検定なんていうものも流行ですし、そればかりでなく最近はご当地検定などといつて様々なものに検定がなされています(各地の商工会議所が主催しているご当地検定だけで100近くがあります。)。
 そんな状況の中、恋愛検定なるものがあっても不思議ではありません。ただ、この恋愛検定、検定を行うのは恋愛の神様。それも検定が世の中に認められていて、恋愛検定の級を持っている人はコミュニケーションカやセルフ・プレゼーション力が優れているということで、周囲からも評価されます。確かに恋愛にはコミュニケーションカとか必要かもしれませんね。
 そんなファンタジックな設定の話ですが、これがおもしろい。4級から最高のマイスターまでそれぞれ6人の人が挑戦す
るのですが、失敗もあり成功もあり、読んでいて「なるほど、恋愛に強くなるにはこんなことが必要なのか」と改めて気づかされることも多いです。これでは、僕自身4級も合格しそうにありません。今から恋愛をしたいと思っている人、今恋愛中だと思っている人、読んでみて自分を振り返ってみるのも楽しいかもしれません。
 恋愛の神様も愉快なキャラクターです。酒好きで、神様の世界では恋愛の神様は傍流だから他に異動したいと愚痴をこぼす、まるで人間社会と同じです。
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ワクチンX  実業之日本社 
 加藤翔子は、ワクチン製造会社“ブリッジ”の社長。“ブリッジ”は20年前に性格を変えることができるワクチンを開発。今では国民の多くがワクチンを接種しており、会社は大きな成長を遂げていた。翔子は海外進出を考えるが、そんな矢先、突然“ブリッジ”を製造するための原材料であるRXが死に始める。原因は不明。ワクチンの効果は20年で、最初の接種から今年で20年になるため、接種をして性格を変えた人たちがパニックに陥る可能性があり、翔子はその事実を隠す。翔子自身も最初のモニターとなった10人のうちのひとりであったが・・・。
 物語は、原材料の原因不滅の死滅によって、ワクチンを製造できない翔子の焦りと、“ブリッジ”のカウンセラー室の室長である臨床心理士の飯間維による最初のモニターになった人々の状況が描かれていきます。
 ワクチンの投与によって、自分が変わりたいと思う性格になることができるとしたら、どうするでしょうか。誰もが自分の欠点はわかっており、性格が変わったら人生が変わると考える人が多いでしょう。僕自身も物語の中で挙げられている性格補強ワクチン20種類の中で、これが補強できたらなあと思うものがいっぱいあります。しかし、自分が欠点だと思っていることを他人は長所だと思ってくれている場合も多々あります。自分がそうなりたいと思った性格の人ばかりだったら世の中どうなるのでしょう。物語の中でも、ワクチンを接種しないことを決断した人がいます。果たして、どちらが幸せなのか、判断は難しいですね。
 ラストはソフトランディングといった感じで幕を閉じます。 
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諦めない女  ☆  光文社 
 12年前に起きた小学生失踪事件。母親の京子が買い忘れた牛乳をスーパーに買いに行っている間に、店の外で持っていた娘の沙恵が姿を消す。フリーのルポライターである飯塚桃子は、事件についての本を書き、名声を得たいと京子や関係者たちを訪ねて回る。
 第1章は飯塚と京子ら関係者との会話と京子らの独白で事件の起こった状況と関係者のその後が描かれていきます。何年が経っても行方の分からない娘に、どこかで生きていると絶対に諦めず行方を捜そうとする京子は、もう死んでいるのではないかと娘の死から次に進もうとする夫の慎吾を激しく責めます。確かに娘の死を諦めきれない京子の気持ちは理解できますが、一方、事件から何年も経ち、慎吾が新たな一歩を踏み出したいと思う気持ちもわかります。どちらが正しいとは言い切ることはできないでしょう。
 第2章は事件の真相が語られるのですが、これが予想外の驚きの展開となります。ネタバレになると、この本のおもしろさを損ねるので、その真相は伏せますが、少女失踪事件の理由がそこにあったとは想像もできませんでした。
 第3章では事件の真相が明らかになった後の関係者の様子が描かれていきます。ここで題名の“諦めない女”に込められた思いが語られることになります。
 子どもたちの誘拐事件が多発すれば、さすがに日本の警察はまったく解決できないほど愚かではないはずなので、ストーリーの展開としてはどうかなとは思うのですが、それはさておき、失踪した沙恵、その母親の京子と父親の慎吾の心情はそれぞれ読ませます。
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僕は金になる  ☆  祥伝社 
 小池守が小学校6年生の時、両親が離婚し、姉のりか子は父に、守は母に引き取られて暮らすこととなる。父は働きもせず、将棋の天才のりか子に賭け将棋をさせて、その儲けで暮らしている。守は時々父親に呼び出されて母に内緒で二人の生活を見に行くが、働きもせずに姉の賭け将棋に寄りかかっている父親と将棋だけはめっぽう強いが日常生活能力がまったくといってない姉に呆れながらも、二人の生活にどこか羨ましい気持ちを持ってしまう・・・。
 物語は、離れて暮らす父と娘、母と息子のそれぞれの40年にも及ぶ生活を描いていきます。
 最初、題名を「僕は金(かね)になる」と読んだので、何か価値のある才能を持った少年の話かと思いましたが、そうではなく、「金」は「かね」ではなく、将棋の駒の「金(きん)」のことです。それも「歩」が相手の陣地に入って変わる「と金」です。
 このことに関して、将棋が強い姉と比べて、すべてに“普通”であることにコンプレックスを感じている守に、母の再婚相手である祐一さんが言います。「大抵の人はこの歩なんじゃないかな。・・・歩は前にだけ一つずつだ。だが、この歩にだってちゃんと役割があって、必要な存在だ。なくてはならない。前線だから、怖い目にも嫌な目にも遇う機会が多いし、苦労も多い。それでも前に進むんだ。そうしていれば、やがて、と金になれる機会がくるだろう。」と。祐一のことを理解するいい人ですね。グッときます。誰でも、何かの才能や、人より抜きんでている能力があったらいいなあとは思いますが、それを持つことができるのは、ほんの一握りの人だけです。作者は祐一さんを通して読者に“普通であること”の価値を示してくれます。
 りか子の将棋の力に寄りかかるダメな父親ですが、普通である守をしっかり評価していますし、姉のりか子も「守はちゃんとしていて凄いのに、特別な人に憧れているんだね。私は普通の人に憧れているんだけどね。皮肉なもんだね。」と、普通である守をきちんと認めています。そんな守も、助けを求められれば何があっても飛んでいくという、ある意味不思議な家族関係を描いた心温まる物語です。オススメです。 
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オーディションから逃げられない  ☆  幻冬舎 
 冒頭の1行目に書かれた「人生はオーディションの連続だと思います。」は、この作品の主人公である渡辺展子の考え。人生には常にオーディションがあって、人は否応なくそれに参加しなくてはならない、そして展子自身は不合格になることが多いと自覚しています。同級生に同じ渡辺という名字の女の子がいて、その子がもの凄い美少女で、男子が好きになるのは常にその子だったり、美術部で頑張っても賞を取るのは一風変わった絵を描く他の部員だったり、就職も仲のいい友だちの中でなかなか決まらなかったりして、「自分はついていない人」と認識してしまっています。
 確かに、人生には選択をしたり、あるいは自分の意思に関係なく他人から選択されたりする場面が数多くあります。ただ、常に合格だ、不合格だと考えていたら、そもそも人生がつまらないものになってしまうでしょうし、何でも他人と比較することは精神衛生上よくありません。ただ、そうは言っても、なかなか割り切れるものではありませんね。他人と比べない、自分が自分らしくあればいいと思うのは、僕自身もこの歳になっても未だに難しいです。
 物語は展子の中学入学から始まり、高校、専門学校、そして包装メーカーに就職し、結婚。その後、父親が経営する実家のパン屋を継いでパン屋を切り盛りする姿を描いていきます。それまで、選ばれない側にいると自覚していた展子が、“オーディションに合格したい、”選ばれる側に回りたいと奮闘するのですが、それが次第に嫌な人間になっていくのが読んでいて辛いです。
 終盤、店長を怒った展子に妹の綾子が言います。「店長に言っていたことは、すべて正しいと思う。内容はね。でもさ、正しさって人を傷つけるんだよ。そういうことをわかっておいた方がいい。・・・展子姉ちゃんとまったく同じ能力があって、同じ考え方をして、同じ温度で仕事に取り組む人なんていないよ。・・・」と。仕事ができる上司は、どうしても自分のようにできない部下を叱責し、最終的に駄目にしてしまうんですよね。こんな上司になってはいけないという典型です。
 最後に展子は「選んで選ばれて、合格して不合格になって・・・それが人生なんですよね。」と納得し、それにとらわれるのではなく、ひたむきに生きていくと思うようになって、ようやく自分は幸せだと感じるようになります。これも、自分勝手に突き進んだ展子のことを思う父や妹、そしてパン作りは駄目でも思わぬところで能力を発揮していた夫の支えによるところが大だったのでしょう。いろいろ自分のことを振り返ったりしながら読むことができました。 
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たそがれダンサーズ  ☆   中央公論新社 
 男子高校生たちがシンクロナイズドスイミングに挑んだ「ウォーターボーイズ」、女子高校生たちがジャズバンドに挑んだ「スイングガール」と、集団で何かに挑む姿を描いた矢口史靖監督の映画がありましたが、桂さんがこの作品で描くのは、中高年のおじさんたちによる社交ダンスです。社交ダンスといえば、役所広司さん主演の「シャル・ウィー・ダンス」という映画もありましたが、こちらで描かれるのは男女ペアの社交ダンスではなく、フォーメーションという団体でのダンスです。
 60歳で定年退職し、体調がすっきりしないために行った医院の先生に運動不足を指摘され先生の娘にうまく乗せられてボランティア気分で社交ダンスを始めた田中。会社のため、出世のためと仕事を頑張ってきたが、同期が先に取締役になり、傷心の中、女性にもてたい一心でダンスを始めた会社員の川端、最近IT企業を辞め家業を手伝う息子と衝突する毎日の気分転換にダンスを始めた町工場の経営者である大塚。様々な動機で社交ダンスを始めた彼らが、それぞれのダンス教室から最初に送り込まれたのが米山ダンス教室。ここで初心者の彼らは短期間で社交ダンスの基礎を学ぶことになったが、講師の米山はダンスの相方でもある愛する妻を亡くし、やる気がなくなっていた。そんな彼らが卒業ダンスで観客の喝采を浴びたため、米山に今後も講師を依頼する。米山が提案したのが男性ばかりによるフォーメンション部門の大会に出ること。田中らメンバーは大会を目指し、レッスンに励むが・・・。
 それぞれが色々な悩みや鬱屈を抱える中高年のおやじたちが、観客からの拍手の気持ちよさに魅了されて、ダンスの競技会を目指します。登場人物の中で一番身近に感じたのは会社員の川端です。会社の中では負け組になったのに対し、共稼ぎの妻は逆に執行役員に抜擢されるという中で、外では自分は有用な人物だと見栄を張る姿に、サラリーマンとしての悲哀を感じながらも共感してしまいます。また、大塚の町工場の社長というキャラは、従来だと、人の意見を聞かない我が儘な人物で集団の輪を乱すというキャラがお決まりでしたが、ここでは意外にも人の気持ちを汲んで、リーダーである田中の良き補佐役となっており、好感度が高い脇役となっています。
 ストーリー展開としては、ラストの競技会での結果やその後の米山の姿は鉄板のストーリーですが、中高年のおじさんたちとしては、勇気を与えてくれる物語に拍手喝采です。 
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結婚させる家  光文社 
 桐生恭子は40歳以上限定の結婚情報サービス会社「ブルーパール」のカリスマ相談員。恭子が新たに企画したのは、「ブルーパール」の親会社である不動産会社で売れずに残っている大邸宅「M屋敷」を利用して、そこに交際中の男女会員をしばらく一緒に泊まらせて様子をみようとするもの。
 物語は、恭子が担当する交際中の男女が「M屋敷」で同居することによって、更なる交際に進んだり、交際を辞めたりする様子を描いていきます。また、彼らをコーディネイトする恭子に実は隠された過去があり、彼らと関わることにより、恭子自身も改めて自分の生き方を考えていくというストーリーになっています。
 中高年となれば、長い人生の中で自分の生き方というのを確立しているでしょうし、また、それまでの人生で培った自分の考えというものを持っています。なかなかそれを相手に合わせて変えていくのも難しいかもしれません。更には、高齢の両親を抱え、その介護問題もありますし、また、子どももいて、彼らと相手との関係がうまく構築できるのかなど、中高年になってからの新たな出会いは個人的には難しいし、きついなぁと思ってしまいます。
 この物語の中でも、お互いに足りない部分を補う関係でうまくいくケースもあり、また、相手に自分の求めるものを一方的に期待するだけで相手のことを考えられずうまくいかなくなるケースもあり、やっぱり様々ですよね。 
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終活の準備はお済ですか?  ☆  角川書店 
 長年勤めた食品会社をリストラされ、ハローワークで紹介された葬儀会社「千銀堂」に採用された三崎清、53歳。仕事に慣れない中、社長の木村からグループ内の終活のアドバイスをする子会社「満風会」での終活相談員への異動を言い渡される。人生は定期的に見直しをすべきであって。終活の中でお客さんが人生を見直す時にその伴走したいという社長の考えに、三崎は自分がそんなことをできるのかと戸惑うが・・・
 この物語は、三崎の元に相談に来た3人の男女と満風会から終活に係る仕事を回してもらっている行政書士の女性、更に物語全体を通して三崎自身が人生の見直しに臨む様子が描かれます。
 鷹野亮子はコーヒーチェン店で働く、未婚で一人暮らしの55歳の女性。母親の死を契機にこれからの自分の生き方を考えるが・・・。
 森本喜三夫は65歳で寝具メーカーを定年退職してから3年が過ぎた68歳。尊敬していた長兄が認知症となり、施設に入所させようとする義姉に反発し、次兄とあることを企てる・・・。
 神田美紀は満風会から仕事を受け負う行政書士、32歳。シングルマザーで子どもの世話をしてくれていた母が脳梗塞で倒れ、育児と介護をしなくてはならなくなる・・・。
 原優吾は33歳の才能あるシェフ。経営するレストランは繁盛し、新たな店の開店も考えていた矢先、癌が発見され、手術を受けたが再発となる。妻のおなかの中には新しい生命が誕生したが・・・。
 最後は三崎自身の話です。ファイナル・プランナーから70歳になるときには預貯金が0になると言われ、慌てる三崎。どうしたらいいのかと考えたのは・・・。
 最近、“終活”という言葉をよく耳にし、この物語の中でも三崎が相談に来た人に手渡す「終活ノート」の類が実際に売られたりしています。“死”というものが現実に感じられないと、なかなか終活ということに踏み出せませんが、個人的に次第に死に近づく年齢になってくると、そろそろかなと思わないでもありません。父親が亡くなった時の経験からすると、何も準備をしていないと残った者が苦労するのは経験済みですから終活は必要ですね。 
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残された人が編む物語  祥伝社 
 5編が収録された連作短編集です。どの話も様々な理由で行方不明の人を探す話です。そんな人々が頼ったのは、行方不明の人を探偵事務所や興信所より低価格で捜索する“行方不明者捜索協会という民間企業で、サポートするスタッフは50代の西山静香という女性。
 5話は、遺産相続手続きのために音信不通の弟を探す姉(「弟と詩集」)、大学時代にやっていたヘビメタバンドの曲をネットで売りたいと話があり、許可を得るためメンバーを探す男(「ヘビメタバンド」)、10年前に失踪した夫の持ち物らしいネクタイ、腕時計を定期的にチェックしていた警察のホームページで発見した妻(「最高のデート」)、20代の頃に働いていたゲーム制作会社の社長から借りていた金を返そうと社長に連絡を取ろうとする元社員(「社長の背中」)、そして、ラストは子どもの頃に失踪した母親のバッグが警察のホームページに載っていることを知った行方不明者捜索協会の西山静香自身の話で締めくくられます(「幼き日の母」)。
 探す人物は結局身元不明の死体として処理されていることが明らかとなります。死んでいることがわかった後、西山のサポートによって行方不明だった間の足跡を辿ることにより、良きにつけ悪しきにつけ探していた人物の知らない面が浮かび上がってきて、捜索を依頼した人にとっても、それまでの中途半端な思いに区切りをつけることができます。中でも特に「最高のデート」の妻にとっては、真実がわかったことは、今後新たなスタートをきるうえで一番良かったのではないでしょうか。
 依頼者が西山の第一印象を「少し寂しげな顔立ち」「ちょっと疲れているように見える」「体温が低そうな感じ」「ちょっと根暗な感じ」等ネガティブにとらえたのは、ラストの「幼き日の母」に描かれる過去があったせいでもあるのでしょう。 
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息をつめて  ☆  光文社 
(ネタバレあり)
 土屋麻理は51歳の女性。パチンコ景品交換所の店員、連れ込み宿の清掃員、惣菜店の店員、ヘルパーと仕事を変え、住む場所も転々と変えて目立たないようにひっそりと、まさに“息をつめて”生きている。どんな仕事も上手くこなし、人への接し方も丁寧で嫌われることのない彼女が、なぜ逃げなければならないのか・・・。
 物語は彼女の現在と過去を交互に描きながら、サスペンス風に彼女の逃亡生活を描いていきます。やがて、彼女が逃げなければならない理由が明らかになってくるのですが、これはもう本当に読んでいて辛い作品でした。ネタバレを恐れずにいえば、子どもが行ったことに親の責任を問われても、親にもどうにも対処できない子どももいるでしょう。それが人格的にサイコな子どもであれば、なおさらです。それを育て方が悪かったと批判され、いつまでも親ということで責められなければならないとしたら(もちろん、未成年であれば子どもが行ったことに対する民事的な賠償責任は生じるでしょうけど)、あまりに辛すぎます。
 最後に麻里が下した決断に対しては、作者の桂さん自身も「賛否両論があるでしょう。それでいいのだろうと思います。」と述べていますが、果たして自分に置き換えてみたらどうだろうかと考えると、彼女と同じ決断をするのは本当に難しいと言わざるを得ません。それゆえ、彼女の決断を批判はできません。いや、こうするのが彼女にとっても、世間にとっても良かったのかもしれません。 
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この会社、後継者不在につき  角川書店 
 ケーキの製造販売を行うルージュの社長・岡村正人は悩んでいた。長男と次男のどちらを次期社長にするのかを。商工会議所会頭から紹介された中小企業診断士の北川は二人にそれぞれ新店舗の立ち上げから運営のすべてを任せて、売り上げが多かった方を次期社長にしたらどうかと提案する(第一章)。
 独自ブランドのバッグの販売をするアスリの社長・高林菜穂は遥か前、夫と子どもを交通事故で亡くし、後継者のいない中、後継者候補となる部長たちが自分の期待どおりに働かないことに腹を立てていた(第二章)。
包丁を製造販売する斉藤工業は社長が突然亡くなり、次期社長になるかと思われた社長の妻は、会社をドイツの会社に売り渡してしまう。専務も病気で退任し、社員たちは新たなドイツ人の社長が人員整理をするのではと疑心暗鬼になり、社長の通訳をすることになった伊藤浩紀に社長の意向を探るよう言ってくる(第三章)。
 前の2章は後継者に悩む経営者を主人公にしており、後継者がどうなるかというストーリー展開になっていますが、3章はちょっと毛色が変わって途中入社の社員を主人公に、後継者というより、外資に買収された会社の社員たちがどう変わっていくかというストーリーになっています。そういう点から題名に一番合っている話は冒頭の第一章の話でしょう。一生懸命真面目に頑張るが結果が出ない長男に、ちゃらんぽらんだが、発想力があり、結果を出してしまう次男という、よくあるパターンの兄弟の話です。最終的には適材適所でよかったのでは。
 どの話にも中小企業診断士の北川が登場し、話の行方に大きな影響を与えるのですが、この一風変わった中小企業診断士の活躍も冒頭作が一番です。 
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地獄の底で見たものは  ☆  幻冬舎 
 物語は4章編成となっていますが、各章の間には関係はなく、独立した話となっています。
 各話の主人公は、夫から突然、若い女性と結婚したいからと離婚を切り出された53歳の専業主婦の伊藤由美(「五十三歳で専業主婦をクビになる」)、役員になった同期の男から自分が企画し育ててきた体験型ツアーを見直すと言われ、退職をし、起業を決意した旅行代理店に勤める51歳の足立英子「五十一歳でこれまでの働きぶりを全否定される」、幼い頃からコーチしてきた有望な水泳選手から、別のクラブに移籍すると言われた46歳のスイミングスクールコーチの大野邦子「四十六歳で教え子の選手に逃げられる」、22年もの長い間務めてきたラジオ番組のパーソナリティーを降ろされた52歳のフリーアナウンサーの田尻綾子「五十二歳で収入がゼロになる」。どれもが突然、奈落の底に落とされた中高年の女性たちが、自らの努力によって這い上がり、最後に自分を蹴落とした男たちの現在の姿を見て留飲を下げるという構成になっています。
 題名からはどんな話になるのだろうと思ったのですが、痛快な(彼女たちを辛い日にあわせた男たちにとっては厳しい)ラストになっています。とにかく、登場する男たちがあまりに身勝手で、相手の気持ちなど考えもしない男たちばかりなので、こんな結果もやむを得ないでしょう。特に冒頭の話に登場する主人公を捨てた元夫には「そんな虫のいい話、由美が喜んでOKすると思っているのか!何を考えているんだ!」と男である私自身でさえあきれ果ててしまいます。 
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