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笠井潔の本棚

  1. バイバイ、エンジェル
  2. サマー・アポカリプス
  3. 哲学者の密室
  4. 転生の魔
  5. 夜と霧の誘拐

バイバイ、エンジェル 創元推理文庫
 フランスを舞台に連続殺人事件の謎を追う不思議な日本人矢吹駆とフランス警察の警視の娘ナディア。矢吹駆シリーズの第1作。内容はもうほとんど憶えていない。どうして印象に残っているかというと職場の先輩から勧められて読んだ本だからである。ミステリー好きの人であったが、後日職場のビルから飛び降り自殺した。
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サマー・アポカリプス 創元推理文庫
 「バイバイ、エンジェル」に続く名探偵矢吹駆シリーズ第2作。
 駆とナディア(パリ警視庁警部の娘)が滞在するロシュホール家の山荘で連続殺人事件が発生する。犯人は、新約聖書の「ヨハネ黙示録」の見立て殺人を行おうとするのか・・・。
 相変わらず哲学的であり、駆が対決するのはシモーヌ・リュミエール(シモーヌ・ヴェイユがモデルとされるが、どういう人物か僕は知らないので、インターネットで調べたところ、1909年生まれのフランス人で、スペイン市民戦争に義勇軍として参加したり、自由フランス軍の対独レジスタンス運動に加わったりしたが、戦時中34歳で死んだ女性の哲学者であるようだ。)が体現する思想であり、理解するのは僕には難しい。
 しかし、それはともかく、駆という名探偵、ナディアというワトソン役、ヨハネ黙示録を引用した殺人予告、二度殺された死体、密室殺人等々ミステリー好きにはこたえられない要素に溢れている。
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哲学者の密室 光文社
 パリ郊外の大富豪の邸宅で滞在中の南米から来た老人が殺害死体が発見される。被害者は屋敷最上階の塔内に軟禁状態で、そのうえ、そこは幾重もの密室状態になっていた。かつてナチの強制収容所で起こった密室殺人事件が関係するらしい。約10年ぶりの矢吹駆シリーズの第4弾。パリ警視庁警視の娘ナディアが見守る中、矢吹駆が真相に迫る。相変わらずの現象学的本質直感による推理(よく理解できないよ~)と今回はハイデッカー哲学が描かれているようだが、そう言われているだけで僕には正直わからない。ただ、小説としてはグイグイ読むことができ、一気に読了した。
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文藝春秋
 私立探偵飛鳥井を主人公とするシリーズ第3作。「追跡の魔」と「痩身の魔」の2編の中編を収める。サイコセラピスト、鷺沼晶子の依頼で事件に関わっていくが、事件の背景にはストーカーや摂食障害、外国人労働者問題など現代の日本の抱える問題が横たわっている。
 しかし、この飛鳥井という私立探偵、有能なのかどうかよく分からない。事件を最後には解決するという点では有能なのだろうが、事件に関わっていく途中で死人を出してしまうところは、あまり信頼がおけるとはいえないかなあ。
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転生の魔  講談社 
 「私立探偵飛鳥井の事件簿」シリーズ第4弾です。
 東京の新宿区舟町で探偵事務所を開く飛鳥井は、事務所の所有者である巽老人に紹介された女性・山科三奈子から、彼女がネット動画で見た国会前に集まった戦争法案の強行採決に反対する群衆の中にいた女性を探して欲しいという依頼される。その女性は40年前に学生時代に知り合いだった女性と瓜二つだったという。飛鳥井が無理だと断ると、三奈子の代理できた甥の青年は、それが駄目なら1972年の時点で鳳凰大学の学生であった飯倉皓一という人物を探して欲しいという。飛鳥井は飯倉ならと、依頼を引き受けるが・・・。
 この作品、確かにミステリとしてはサークル棟の二重密室の部屋から消えた2人の女性の謎がありますが、その謎解きよりも、当時から今に至る社会情勢や政治思想を語る部分の方が主だったのではないでしょうか。当時の全共闘運動や70年安保後市民の支持を失ってしまった学生運動、バブル崩壊後の失われた20年問題、更にはオウム真理教を連想させるカルト教団、最近では不登校や引き籠もりの問題、イスラム過激派の問題等々、盛り沢山の事柄が語られていきます。僕らや僕らより上の世代の人にとっては、若い頃に起こった連合赤軍事件や東アジア反日武装戦線による連続企業爆破事件などを振り返って、時の流れを感じることができたかもしれません。改名しない前の松任谷由実時代の「中央フリーウェイ」や「卒業写真」、それに風の「22歳の別れ」のことだけでも懐かしく思ってしまいます。ただ、それにしても思想的な部分は読むのが辛く、正直のところ斜め読みしてしまったところも。若い読者の方にはどうだったのでしょうか。 
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夜と霧の誘拐  ☆  講談社 
 フランスの有数の資産家、ダッソー家の晩餐会にカケルとナディア招待された夜、主人のフランソフ・ダッソーの娘・ソフィーに間違われ、ダッソー家の運転手の娘・サラが誘拐される。犯人は取り違えがわかっても、身代金を要求し、その運び手になぜかナディアを指名する。同じ頃、ナディアの父、モガール警視はカトリックの私立高・聖ジュヌヴィエーヴ学院で起こった学院長殺害事件の捜査に当たっていた。ナディアは署に残っていた父の部下のバルべス警部に連絡を取り、身代金誘拐が起こったことを告げるが、犯人によってあちこち動かされたあげく、身代金は奪われてしまう・・・。
 久しぶりに読む笠井潔さんの矢吹駆シリーズです。シリーズとしては日本編の「青銅の悲劇」を除き、フランス編としては8作目になるようです、私自身は、シリーズ4作目の「哲学者の密室」までは読んでいたのですが、実在の哲学者をモデルにした人物が登場し、とにかく哲学的な思考が語られるので、その内容が理解しがたいのはもちろん、また、「哲学者の密室」から分量も厚くなるばかりで、それ以降読むのを断念していました。今回、帯に「哲学者の密室」の悲劇再びとあったので、手に取って久しぶりに読みました。
 今回も矢吹駆と哲学者であるハンナ・カウフマンとの議論が繰り広げられますが、この部分、全く理解することができませんでした。この哲学的議論を読むのはこのシリーズの辛いところ。また、笠井さんの膨大な知識がいろいろと披露されるので、なかなかさっさと読むわけにはいきません。
 運転手の子どもが間違えられて誘拐されるという設定は、黒澤明監督の「天国と地獄」、ひいてはその原作となるエド・マクベインの87分署シリーズの1作「キングの身代金」を思い浮かべますが、ストーリー展開はまったく異なります。ただ、事件の中で起こるある衝撃的なことから、これは何かあるなと犯人の予想はついてしまいます。もちろん、矢吹のように論理的にではありませんが。矢吹の謎解きがされると、「だからこんな伏線が張ってあったのかと!」と納得することもあちこちにありました。
 このシリーズ、最初の「バイバイ、エンジェル」から50年近く書き継がれていますが、作品の舞台は三菱重エビル爆破事件を想起させる無差別テロ事件のことが言及されているように、1970年代中盤頃の話でシリーズ自体はそれほど時間が進んでいません。今作では冒頭、以前の「哲学者の密室」で描かれた事件のことが語られていますので、未読であれば、そちらを先に読めばより楽しめるかも(私は読んでいましたが、まったく覚えていませんでした。)。
 結局、この事件の裏にも矢吹の宿命の敵ともいえるイリイチが関わっており、犯人はイリイチによって操られて犯行に及んでいます。矢吹とイリイチの戦いはホームズとモリアティー教授のようですね。 
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