▲トップへ   ▲MY本棚へ

垣谷美雨の本棚

  1. リセット
  2. 竜巻ガール
  3. 夫の彼女
  4. 七十歳死亡法案、可決
  5. if サヨナラが言えない理由
  6. 老後の資金がありません
  7. 農ガール、農ライフ
  8. 嫁をやめる日
  9. 定年オヤジ改造計画
  10. 四十歳、未婚出産
  11. 姑の遺品整理は、迷惑です
  12. うちの父が運転をやめません
  13. 代理母、はじめました
  14. あきらめません!
  15. 墓じまいラプソディ

リセット 双葉社
 「リセット」という題名をみて、北村薫さんの同名小説を思い浮かべてしまった人は多いのではないでしょうか。北村さんの作品は時空を超えて描かれる男女の恋の話でしたが、この作品は人生をやり直すこととなった3人の同級生の女性の物語です。タイムスリップものでよく出てくるタイムパラドックス等の難しい話はこの作品では語られません。
 主人公たちは高校の同級生だった3人の50歳を前にした女性。偶然に再会した彼女たちは、あるレストランで食事をしたときにタイムスリップをして30年前の高校時代に戻ります。人生をやり直すことになった彼女たちが選択した人生は・・・。
 年齢を重ねてくると、あのときああしていればと、人生を振り返ることが多くなってくるのではないでしょうか。僕自身ももう一度人生をやり直したいと考えることが時にはあります。この物語は、それが可能となった女性たちが、さて新しい人生を果たしてどうするかということを描いていきます。
 理解のない夫にうんざりしている専業主婦の知子、結婚をせずキャリアウーマンとなって働く薫、男運がなく高校を中退し、今では昼間はコンビニのレジ打ち、夜は銭湯の掃除をしている晴美と、それぞれ生きている状況が異なる3人が理想の人生をやり直すストーリーは、なかなか楽しめました。ただ、読み始めた際にこういう展開になってしまってはありきたりだなと思っている方向に話が進んでしまったのはちょっと残念。やはり、こういうラストでないと小説としては成り立たないのかな。
リストへ
竜巻ガール 双葉文庫
 第27回小説推理新人賞受賞作である表題作を含む4編からなる垣谷美雨さんのデビュー短編集です。
表題作の「竜巻ガール」は、小説推理新人賞受賞作ですが、推理小説というよりは、青春小説あるいは恋愛小説といっていい作品です。父の再婚相手の娘であり妹となったガングロ娘に翻弄されながらも恋してしまった男の子の話。なんだこの娘はと思いながら、ラストで明かされる彼女の悲しみを知ってちょっとグッとくる話となっています。収録された4編の中では一番です。
 「旋風マザー」は逞しい女性たちを描いた話です。二人の男性と二人の女性が登場しますが、二人の女性の前では男性陣はたじたじ。あまりに逞しすぎる女性に、男性読者としては唖然としてしまいますよね。
 不倫旅行中に男が死亡し、現場から逃げ出した不倫相手のOLが主人公の「渦潮ウーマン」も、逞しすぎる女性の話。不倫だと思っていた男が、実は自分と交際を始めた後に自分より若くて綺麗な妻と結婚したということにショックを受けながら、主人公の女性は自分に気がありそうな社長の息子をその妻に取られまいと行動を起こします。これは男性からすれば、「旋風マザー」の女性よりは怖いですよ。ラストがまた当り前のハッピーエンドでない気持ちがいい終わり方です。
リストへ
夫の彼女  ☆ 双葉社
 夫の浮気を疑った妻が、浮気相手の女性に会いに行き、言い争っていると、突然現れた真っ赤なドレスを着た老女の呪文で身体が入れ替わってしまいます。
 「リセット」ではタイムスリップを描いた垣谷さんでしたが、今回は僕の好きな大林監督の映画「転校生」と同じ、身体の入れ替わりの物語です。妻と夫の浮気相手という、三角関係を描く深刻な話かと思ったら、まったく様相が異なるユーモア溢れる話でした。心と体が違うということから起きるドタバタやお互いに相手の立場になって物事を考えることにより今まで見えていなかったものが見えてくるというパターンもネタとして使い古された感が無きにしてもあらずですが、これが読ませます。このあとどうなるの?と、ページを繰る手が止まりません。
 二人のキャラが中年の主婦と、ヤンキー上がりの若い女性というあまりにお互いの生活環境に違いのある対照的な人物であることが、おもしろさを増しています。
 ラストは予想どおりのハッピーエンドで、気持ちよく本を置くことができました。おすすめです。

(以下はネタばれ)
※それにしても、部下として考えていない女性に誕生日に時計を送るか?
 女性も恋心を抱いていない男性に朝まで一緒にいたかったと思うか?
 やはり、二人の関係を疑いますよ。
七十歳死亡法案、可決 幻冬舎
 少子化のため年金制度や介護保険制度が破綻寸前という社会情勢の中、70歳になったら安楽死しなくてはならないという「70歳死亡法」が制定され、施行が2年後とされる。現在70歳以上の人は法の施行とともに安楽死させられ、70歳未満の人もそれぞれが70歳までの残りの年数をカウントする中で、それがもたらしたドタバタ騒ぎを、ひとつの家族、宝田家を通して描いていきます。
 宝田家は夫婦と2人の子ども、夫の母親の5人家族。夫の母親は大腿骨骨折により15年前から寝たきりの生活。介護は妻一人に委されており、妻の気持ちにまったく理解のない夫の元で、我儘な義母に振り回されて妻は疲労困憊状態。息子は一流大学を卒業し、一流銀行に就職したが人間関係に疲れて辞め、その後の就職活動もうまくいかず、ほとんど引き籠もり、娘は祖母の介護を手伝うことを嫌って家を出て一人暮らしという、家族バラバラの状態。法案の可決によって、義母の介護もあと2年だと耐える妻だったが、あと2年しか生きられないならと更に我儘言い放題の義母、70歳で死ぬなら今のうちやりたいことをやっておこうと会社を辞め自分だけ世界一周旅行に行こうとする夫、それぞれの思惑が交錯する中で、妻は一大決心をします。
 読んでいて、さすがにこれでは妻がかわいそうだと思うほど、家族が、特に夫が妻のことをまったく考えていません。他人のことは言えませんが、こんなバカな夫も現実に多いのでしょうね。
 軽いタッチで描かれてますが、書かれていることは年金、介護、雇用、家族問題等本当に深刻な問題ばかりで、現在の社会で、誰もがすでに直面し、あるいは直面せざるを得ないことばかりです。軽いタッチで書かれていなければ、読むのが辛くなってしまったかもしれません。
 ラストはあれで解決かなと疑問ですが、そもそも回答を出すのが難しい問題ばかりなので、小説としてはああいう落としどころが一番でしょうか。ただでさえ現実は厳しいのに、あんまり暗い終わり方ではやりきれませんから。
リストへ
if サヨナラが言えない理由  小学館 
 患者の気持ちを理解しない医師というレッテルを貼られている女医の早坂ルミ子。ある日、彼女は花壇に落ちていた聴診器を拾う。その聴診器は患者の心の声が聞こえるだけでなく、患者の心の中で、そうしたかったという人生のやり直しをさせることのできる不思議な聴診器だった。
ルミ子はその聴診器を使用して、「dream」では母親と同じように女優になりたかった娘に、「family」では家族ともっと触れ合いたかったという会社員に、「marriage」では娘の結婚を反対したことに負い目を感じている女性に、「friend」では中学時代好きだった女の子の罪をかぶった友人に負い目を感じている男性に人生のやり直しを心の中でさせます。
 こういうストーリーとしては、やっぱり今の人生で良かったと満足して死んでいくパターンか、やり直しの人生を送れてよかったと満足して死んでいくパターンですよね。やり直しの人生に満足せず、かといって現実も肯定できないというストーリーになっている「friend」だけはちょっと異質です。
 不思議な聴診器を持つことによって、患者の心の痛みを知り、ルミ子自身も変わっていくという話ですが、あまり変わり映えのない話だなというのが正直な感想です。 
 リストへ
老後の資金がありません  ☆  中央公論新社 
 「老後の資金がありません」とは、何とどっきりする題名でしょうか。定年退職まであと何年と指折り数えることができるようになった今、身につまされる題名につい手にとってしまいました。
 後藤篤子は50代のパート勤めの女性。夫の定年まであと少しとなり、しっかりと老後の費用を貯めておいたが、娘の豪華な結婚、義父の葬儀と続いて貯金が減っていき、挙げ句の果てにパート先をくびとなり、更には夫もリストラされ、退職金も出ない状況に陥ってしまう。
 そんな状況の中での篤子の奮闘ぶりが描かれていきますが、彼女に対し、夫の章のなんと情けないこと。見栄っ張りでまったく役に立たず、男性読者としては自分を見るようでちょっと悲しくなりますね。
 そんな暗くなるような話で始まりましたが、そこは垣雨さん。暗いままでは終わりません。義母に仕送りをするのも大変になった篤子夫婦が、義母を引き取るのですが、この義母が篤子が友人のサツキからの頼み事を相談してから豹変。とんでもないことを始めて篤子は振り回されます。読んでいて思わず笑いが零れてしまいました。ともあれ、最後に明るい終わり方でホッとしました。
 とはいえ、篤子が陥った状況は他人事ではありません。いつ我が家も同じ状況に陥るのかわかりません。篤子が読んだ週刊誌には、老後の資金は、最低6000万は必要だと書かれていたらしいけど、とても我が家にはそんな大金はありません。というか借金ばかり。世間の老人たちはみんなそんなに蓄えがあるのかと驚いてしまいます。これでは我が身はトホホの老後を送ることになることが決定で、先行き不安です。うちの奥さん、篤子のように頑張ってくれるかなと、これまた情けない思いを抱いている自分に渇!です。 
 リストへ
農ガール、農ライフ  祥伝社 
(ちょっとネタバレ)
  派遣切りにあい、気を落として家に帰れば同棲相手からは別れを切り出され、踏んだり蹴ったりの32歳の久美子。偶然目にした「農業女子特集」というテレビ番組を見て、農業をしようと決意する。農業大学校に入学し、研修を受けて、さあ農業するぞと思ったが、耕作放棄地はあるのに久美子に畑を貸してくれる人が現れず、途方に暮れる・・・。
 最近は農業をする人が減り、耕作放棄地が増えているということを聞きます。行政では規制を緩和し、新たに農業に携わろうとする人に補助金を出したりして、新規に農業に従事する人を支えようとはしていますが、そうそううまくはいかないでしょう。久美子は簡単に「農業ならできるだろう」と思ったようですが、父母の実家が両方とも農業をしており、叔父・叔母たちが働いている姿を見た僕からすると、農業経営はそう甘いものではないことがわかります。生きているものが相手だから休日はないし、朝早くから夜遅くまで働かなくてはなりません。それに見合うほどの収入があるわけでもないですしね。農家の後継者がサラリーマンになってしまうのも無理がらぬところです。
 久美子は、親切な(だけど口うるさい)おばあさん二人の好意でどうにか農業に従事することになり、友人たちの協力でラストはどうにかハッピーエンドとなりましたが、これはやっぱり物語の中だからだろうなぁと思ってしまいます。久美子より、バツイチの静代やヒトミの考えの方が現実だなあという気がします。
 男性側から見れば、久美子の同棲相手だった修が会社の若い女性を選ぶのも非難できません。久美子にプロポーズしたのに、まったく相手にされず、結局ただのシェアハウスの同居人という感じだったのですから。
 などと、久美子に批判的なことばかり書いてしまいましたが、すべてを失い、一から始めた久美子が、直面する問題を解決しながら、農ガールとなっていくストーリーは、読んでいて元気をもらえ、読後感爽やかでした。
 リストへ
嫁をやめる日  ☆  中央公論新社 
 子どもがいないため、夫と二人暮らしの夏葉子は、ある日突然夫が亡くなったという連絡を夫の部下から受ける。県外出張だった夫がなぜか市内のホテルで亡くなったのか。夏葉子は夫が女性といたのではと疑いを持つ。遺品整理をする中で、夫が以前から“サオリ”という女性に金を送っていることがわかるが、“サオリ”は、夫の遺品を欲しいと言ってきた女だった。優しかった義父母も、実は自分たちの老後や引き籠もりの夫の姉の面倒を見てもらうつもりであることが身に染みてわかった夏葉子は、ある行動に出るが・・・。
 子どもがなく、夫に先に死なれた妻はいったいどういう立場になるのか。昔は“家”に嫁いだのだから、夫が亡くなっても嫁ぎ先の義父母の面倒を見るのは当たり前でした。一人の女性という人格よりも“嫁”という立場が重要視されていたのですね。今は“嫁”よりも一人の女性であるという人格が尊重されるようになってきたのですが、それでも東京のような都会ならまだしも、田舎ではいまだに“嫁”という立場が先に立ってしまう気がします。
 姻族関係終了届なんてそうそう知っているものではないので、この本を読んで、「そういうこともできるのかぁ」と目が覚める思いだった女性も多いのでは。自分たちの面倒をみるのは嫁なら当たり前だと言う義父母の面前に、姻族関係終了届の用紙を掲げてやるのも爽快かもしれませんね。
 物語は、嫁をやめるという思い切った行動に出る夏葉子を描いたにしては、ラストは少しきれい事で終わってしまったような気がします。まあ、だからこそ読後感は良かったですけど。夫に不満を持っている女性におすすめ。とはいえ、僕は妻に読ませるのは恐ろしくてできません。 
 リストへ
定年オヤジ改造計画  ☆  祥伝社 
 庄司常雄は大手石油会社の部長を勤めて定年退職した後、下請会社に天下ったが、そこが3ヶ月で倒産してしまい、以降働かずに家にいる毎日。妻の十志子は夫源病で常雄といるだけで体調がすぐれず、昼間は自宅近くに購入し賃貸していたワンルームマンションの部屋が空いていることをいいことに、そちらで1人で過ごしている。「男には仕事がある」、「女性には母性本能があるので子育ては当然」と考える常雄に対し、商社に総合職として勤める娘の百合絵からはアンタ呼ばわりされ、「間違っている、神話の世界の中に生きている」と言われるが、常雄にはまったく理解ができない・・・。
 会社人間だった男が定年退職すると、何をしていいのかわからず家でゴロゴロしているだけで、妻からは邪魔者扱いされるとは巷でよく言われることです。主人公の常雄も、働かずに家にいても何をするわけでもなく、働いていたときと同じような妻の役割を十志子に求めてもおかしいと感じない男です。子育てにしろ、家事にしろ、女性がして当然という、あまりにも極端な考えの持ち主ですが、読んでいて、自分も妻のことをそんな目で見ていなかったかなぁと振り返ると、思い当たるところもなきにしもあらずです。女性の読者からは、十志子や百合絵の言葉に「そのとおり!」「わかる!」という声があがりそうです。それにしても、母性があるから子どものうんちは臭くないわけはないですよねぇ。帯に書かれた「黙る妻、呆れる娘、耐える嫁、鈍感すぎる男たち」という惹句は見事にこの物語の内容を言い表しています。
 物語は、そんな常雄が、嫁が働きに出るために、孫の幼稚園の送り迎えをする役目を負ったことから、しだいに変わっていく様子をユーモラスに描いていきます。妻に熟年離婚をされないためにも、男性も必読です。 
 リストへ
四十歳、未婚出産  ☆  幻冬舎 
(ネタバレあり)
 宮村優子は旅行会社の企画部に勤務する39歳の女性。上司との長く続いた不倫関係はあったが、結婚することなく、40歳目前となっていた。ある日、団体ツアーの下見にカンボジアに行った夜、10歳以上歳の離れた部下のイケメン・水野と一夜だけの男女の関係になってしまう。しばらくして、優子は自分が妊娠していることに気づく。トイレで姉に妊娠していることを電話していた際、それを個室で聞いていた恋人から優子の妊娠を知らされた水野は彼女を呼び出し問い詰めるが、優子は水野の子とは言えず、田舎の同級生の子だと嘘をついてしまう。果たして優子は未婚のまま出産するのか、それとも堕胎してしまうのか・・・。
 40歳を超えての第1子の出産となれば、女性からすれば身体的に「ここで産まなくてはもう産むことがないのでは」と思うのも無理はありません。ただ、相手の男と結婚していないという事実は、産むに当たっての大きな障壁になるのも事実でしょう。優子と水野は10歳以上年齢差がありますが、今では女性が10歳上という夫婦もいますから、そこはどうにかなるのでしょう。しかし、水野の気持ちが一夜の遊び、あるいは間違いと思っているのですから、あんな男と結婚することは考えられないのは当たり前です。でも、もう少し彼の子だと言っていじめてやればいいのにと男性ながら思ってしまいました。あれでは、水野は全然反省しませんよ。
 テーマとしては題名どおりの「未婚の40歳の女性の出産」という切実なものですが、ストーリーはコミカルタッチで進んでいきます。母や兄、姉だけでなく、同級生を巻き込んでのドタバタ騒ぎとなりますが、なんだかんだでハッピーエンドのラストを迎えます。優子の場合は家族だけでなく、元不倫相手の会社の上司やとんでもないことに手を貸してくれた同級生の存在があったからこそのハッピーエンドですが、現実はこんなに甘いものではないでしょう。直属の上司の烏山部長のようなマタハラは昨今は厳しく糾弾されていますが、こういう考えの人は未だにどこにでもいそうですし、同級生のようなことをしてくれる男性はまずいないでしょう。現実は小説とは違って厳しいぞ。 
 リストへ
姑の遺品整理は、迷惑です  ☆  双葉社 
 団地で1人暮らしをしていた義母が病死。長男の嫁の望登子は部屋の遺品整理を行うために団地を訪れ、部屋の中に残されたものの多さを見て途方に暮れる。業者に頼む金を惜しんで、望登子はパートの合間に一人で片付けを開始するが・・・。
 市長の妻としての役目を務めあげた自分の母親と比較して、義母に対して批判的な目で見ていた望登子。しかし、自分にとっては口うるさい義母が、団地の社会の中ではみんなから信頼されて生きてきたことを知り、逆に立派な母親だと尊敬していた母親が、同居をして毎日顔を合わせていた弟の嫁からしてみれば、負担に感じる存在だったことを再認識する様子が描かれていきます。
 断捨離ブームですが、なかなか捨てるということは難しいです。僕自身も家の中に保管し切れなくなった本を捨てるのにも後ろ髪惹かれる思いで、結局捨てきれずに外の物置にしまい込んだものもあります。望登子の義母が使いもしないものをせっせとしまい込んでいた気持ちがわかります。そして、望登子の夫があれもこれもと捨てるのに躊躇する気持ちも自分に置き換えてみればよくわかります。物に残った記憶は物を捨てることで失ってしまいそうですからね。
 この本を読んで思うのは、僕が死んだ後、妻や子どもたちが困るだろうなあということ。自分には思い入れがある物も、他人から見れば場所塞ぎのゴミですからねえ。「断捨離しなくては!」という気持ちにさせてくれる作品です。 
 リストへ
うちの父が運転をやめません  角川書店 
 昨年は池袋で高齢者の運転ミスで母子が死亡するという痛ましい事故があったほか、高齢者による交通事故が大きな問題としてクローズアップされました。池袋の事故は、杖を突いて歩くのもおぼつかない老人の運転ミスによるものでしたが、テレビに映された加害者を見ると、どうしてあんな状態で運転をしていたのかと思った人も多かったのではないでしょうか。ただ、交通機関が発達している都会では免許を返納しても車以外の移動手段がありますが、公共交通機関がない田舎では、車が唯一の移動手段となっており、高齢になっても免許を返納したくないと思っている高齢者は多いようです。老人となって身体も縮みハンドルにしがみついてフロントガラスから顔を覗かせて運転している姿を見ると、怖いなあと思うこともしばしばです。とはいえ、そんな姿は来たるべき自分の姿。主人公の田舎ほどではないにせよ、公共交通機関が本数の少ないバスだけという環境の中で、果たして将来、自ら免許返納を申し出ることができるのか、そんなことを考えさせてくれる作品です。
 しかし、作品は高齢者の運転問題にとどまらず、それ以上にこちらの方が主体ですが、田舎に住む高齢になった親の世話をどうするのかという問題に直面する主人公・猪狩を描いていきます。ここで描かれるのは、高齢になった親を持つ誰もがやがて直面する問題です。介護ということだけでなく、買い物難民という問題は、主人公の田舎ほどでもない県庁所在地でも大きな問題となっていますので、身近な問題として読むことができました。
 物語は、親の世話をするために、やがて一大決心をする猪狩が描かれますが、猪狩はそれなりの名のある企業で働き、妻も正社員で夫婦共稼ぎ、子どもは一人だけという経済的に困ることがない環境にあることが、猪狩の決心を生むことになったと思います。なかなか、普通は猪狩のような決心をすることには相当な勇気がいるでしょうし、そんなに簡単に新たな生活がスムーズには進まないでしょうねえ。面白く読みましたが、現実はもっと厳しいです。 
 リストへ
代理母、はじめました  中央公論新社 
物語の舞台となるのは近未来、といっても2040年ですから今から19年後の日本です。
 日本はジャカルタオリンピック(!?)が終わった直後から各地で地震が続き、3か月後には富士山が噴火、東京でも火山灰が10日間降り積もり続け、放射能汚染も火山灰もない内陸部のクリーンタウンに住めるのは金持ちだけで、政府も長野県の松本に移っていた。ユキは16歳。母と義父と父親違いの妹と弟の4人暮らしだったが、母は認知症の夫の父を介護疲れから殺害してしまい、裁判で懲役3年執行猶予5年の判決を受けたが、釈放後姿を消してしまう。ユキは義父によって年齢を18歳と偽らされて代理母をさせられ、子供を産む。代理母をすることにより大金をつかんだ義父が、ユキを再度代理母にして金を儲けようとしていることを知ったユキは幼馴染のミチオと家を抜け出す。都心の人が脱出して空室になっているマンションに住み始めたユキたちは、やがて金を稼ぐために代理母ビジネスを始めようと考える。
 物語は、ユキと彼女が子どもを産んだ病院にいた産婦人科医の倉持芽衣子の視点で交互に語られていきます。様々な理由で子どもが欲しいという人々、不妊症で子どもが生むことができない人ばかりでなく、未婚だが子どもが欲しい人、更にはゲイだが子どもが欲しい人などがユキの前に現れます。
 今は女性も社会で男性以上に働くようになっている時代での中で、子どもを産んで育児休暇等をとっても会社の中で不利に扱われることのないように制度が変わってきていますが、なかなか男性たちの考えが変わらない部分が多く、名ばかりの制度になってることも否定できません。結局、生きがいを持って働く女性の中には子どもは産まないと決断する人も増えてきています。この物語で描かれることはそんな現在の日本の未来を暗示しているようだとも言えます。貧しさから逃れるための金を得るために代理母をするというのは、正直のところちょっと悲しい気もしますが。 
リストへ
あきらめません!  ☆  講談社 
 霧島郁子は会社勤めから定年退職し、今は悠々自適の生活。ある日、定年後の再雇用で働いていた夫の幹夫だったが、嘱託となり裁量権も決定権も失い、給料も減り部下からも煙たがれている気がするとほとほと嫌気がさし、会社を辞めて一人暮らしをしている母がいる実家に戻りたいと言い出す。友人たちには止められたが、広い庭を持ってのんびりした生活も良いかもと、自宅マンションを売り払い、夫の実家の隣にある中古住宅を買って、山陰地方にある栗里市へとやってくる。市の図書館の建物の中で迷って入り込んだのは市議会の傍聴席。そこで男性の議員たちからセクハラまがいのヤジを飛ばされても黙っている女性議員の梨々花に腹を立て説教をしてしまう。それを見ていた高齢の女性議員の市川ミサオから自分の後継者として市議会議員に立候補するよう迫られる・・・。
 今の世の中、いくら田舎の議会であってもここまでセクハラ発言をするかとは思いますが、女性議員の割合が未だに多くない中では、男性議員の心の中には女性議員を一歩下に見ている状況はどこかでありそうな話です。話は主に霧島郁子と幼い子を抱えながらパート働きする落合由香の視点で語られていきますが、そこで浮かび上がるのは男女差別や介護問題、そして保育園の待機児童の問題など女性の前に大きく横たわる様々な問題です。でも、これらを男性たちはそもそも問題とは思わないところに、大きな問題があるのでしょう。ただ、由香の夫のように、これらを女性だけでなく自分たちの問題として捉えてくれる男性がいるのは、女性たちにとっても心強いでしょう。きっと男性の考え方も今後変わっていくのでしょうね。
 結局市議会議員の選挙に出ることになる郁子ですが、さて、その結果はどうなるのか。都会からやってきた郁子に田舎の男性たちはもちろん、女性たちも理解を示すようになるのでしょうか。これは読んでのお楽しみです。
 先日まで放映していた今田美桜さん主演のテレビドラマ「悪女」で会社の管理職の半分を女性にと奮闘する江口典こさん演じる女性が登場しましたが、この作品では議席の一定数を「女性」に対して割り当てる「クォーター制」のことが語られます。正直のところ、「クォーター制」という言葉自体知りませんでした。  
 リストへ
墓じまいラプソディ  ☆ 朝日新聞出版 
 物語で描かれるのは松尾家と中林家。松尾五月は夫と次女との三人暮らしの61歳。ある日、夫に義姉から電話があり、義母が亡くなる前に義姉に言った松尾家の墓には入りたくない、樹木葬にしてほしいとの願いをどうするかと話が持ち込まれる。やがて、そのことは松尾家の墓の管理は誰がしていくのかという騒動へと広がっていく。松尾家の次女の詩穂は中林悟と結婚を決めていたが、フェミニストだといいながら、いざ結婚して姓をどうするかという話になったら、当然のように自分の姓にするという悟に対し、次第に心が離れていく。一方、中林家でも寺の建て替えに伴う檀家に求められた寄付から遠い九州にある墓をどうするのかという問題が沸き起こる。
 物語は、主人公ともいうべき松尾家の嫁・五月の思っていることを悪気なくストレートに言ってしまうという愉快なキャラもあって、コミカルな雰囲気で進んでいきますが、内容は実にシビアです。少子化が進んで墓の管理を将来どうするのかは大きな問題です。我が家も私の方はいわゆる分家なので、先祖代々の墓はありませんが、父母が購入し、今のところ父親だけが入っている墓がありますし、妻の方も子どもは女だけの長女で、実家の墓をどうするのかという問題が身近に迫っています。両方の家の基を私たちの子どもに管理してもらうというわけにもいきませんからねえ。この作品で繰り広げられる問題は他人事ではありません。
 それにしても、宗教法人は税金もかからないし、戒名代もバカ高いし、何か理由をつけてはお布施を取るしで、住職は贅沢な暮らしをしているんだろうなあと思っているのですが、松尾家の菩提寺の住職を見ると、今の少子化の世の中は寺も大変なんですね。このあたり、中林家の菩提寺の住職との対比が笑えます。
 物語は墓を誰が管理していくのかという問題と共に、結婚した際に姓はどうするのかという問題も描いています。私たちの結婚したときには、夫の姓になるのが当然という世の中でしたが、今は少子化ということとも関連していると思いますが、女性の社会進出もあって夫婦別姓の問題もクローズアップされています。国会議員の反対があってなかなか夫婦別姓の法制化は進みませんが。