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垣根涼介の本棚

  1. 君たちに明日はない
  2. ワイルド・ソウル
  3. 君たちに明日はない2 借金取りの王子
  4. 君たちに明日はない3 張り込み姫
  5. 月は怒らない
  6. 君たちに明日はない4 勝ち逃げの女王
  7. 君たちに明日はない5 迷子の王様

君たちに明日はない  ☆ 新潮社
 第18回山本周五郎賞を受賞した作品です。
 主人公村上真介は、リストラ請負会社に勤める30男。リストラを計画する会社からの依頼によって首切り対象者の面接を行うのが仕事です。こんな会社実際にあるんでしょうかねえ。とはいえ、景気が回復しない現在、自分の手を汚したくない会社に代わって、リストラ対象者を労働基準法に反しないよう自己退職に追い込んでいく(!)ことを請けおうことをビジネスと考える人もいるでしょうね。
 昨今、リストラはサラリーマンであれば誰もが身近に感じてしまいます。他人事ではありません。特に僕らのように40を過ぎれば再就職先など限られてきますし、というよりもないと言った方がいい状況ですしね。「これを機会に、外の世界でもう一度チャンスを探してはみませんか」と言われても、登場人物たちがそれぞれ、どうにか抵抗したいと思うのも無理からぬことです。
 最初書店の平台に並んでいたときは、「君たちに明日はない」と冷たく言い切っている題名に引いてしまって、手にも取らなかったのですが、今回山本賞を受賞したので、改めて読んでみました。
 5編からなる連作短編集です。1編1編はそれぞれのリストラ対象者についての話ですが、それとともに全体を通して真介の恋愛が描かれます。物語は、真介の視点と、真介の面接を受けるリストラ対象者の視点で交互に語られていきます。リストラというと悲壮感漂いますが、語りは軽いタッチです。読んでみてわかったのは、題名は「君たちに明日はない」ですが、そこに描かれているのは明日への希望です。リストラ対象者が、真介の面接を受け退職を勧誘されながらも、それぞれの選ぶ道を希望を持って歩んでいこうとします。読んでいる僕らにも勇気を与えてくれます。おすすめの本です。

 仕事中もそうでないときも、隙なく決める真介が、女性たちからは田舎者と見透かされるところが愉快です。
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ワイルド・ソウル 上・下   幻冬舎文庫
 「君たちに明日はない」で第18回山本周五郎賞を受賞した垣根涼介さんの作品です。とにかく、おもしろいです。久しぶりに読んだ冒険小説でしたが、すっかり物語の中に引き込まれ、上下巻合わせて1000ページ弱の大作でしたが、あっという間に読んでしまいました。垣根さんはこの作品で、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞の三賞を受賞していますので、そのおもしろさは僕だけではなく、多くの人の認めるところです。
 戦後の日本政府の移民政策によって、ブラジルへの移住を決意した衛藤。しかし、ブラジルに渡る前の話と異なって、彼らが目にしたのは未開のジャングルの荒れ果てた地だった。全財産を売り払い、借金までして日本を出てきた彼らには、もう日本に戻る術はなく、荒れ果てた地に移住することになる・・・。
 物語は無能な日本政府によって、ジャングルの中に移住させられた衛藤たち移民たちの悲惨な生活を描いていきます(物語に書かれた移民の状況は、現実だったようです。)。猛暑とスコールという過酷な環境に加え、栄養分のない土地、そして追い打ちをかけるようにマラリヤやアメーバ赤痢の病気に襲われ、移民たちは一人、また一人と命を失っていきます。その状況に対しても見て見ぬふりをする日本政府。やがて、妻や弟を失った衛藤は土地を離れますが、彼にはさらに過酷な困難が待ち受けていました。それから40年がたち、日本に集まった男たちが目指すものは日本政府への復讐・・・。
 第2章からは彼らの日本政府への復讐劇が繰り広げられていきます。彼らがしようとする復讐については、ちょっと甘すぎる嫌いがないではありません。彼らのブラジルでの悲惨な人生を考えると、政府への復讐の手段があまりに手ぬるいです。そのうえ、テレビディレクター貴子との関わりについていえば、いくら彼らが(特にケイが)ブラジル人の気質を持っているとはいえ、脳天気すぎますね。これでは、計画が上手くいかなくても仕方ありません。女性の読者はこの貴子というプライドが高く上昇志向も強く、意外と直情的な性格の女性に感情移入できるかもしれません。しかし逆に、ちょっと男性から見て都合の良すぎる女性と、女性の読者からおしかりが来るかもしれませんね。
 細かいことを考えてしまえば不満はあるのですが、垣根さんのストーリーテリングは素晴らしく、そうした点を補って余るものがありました。復讐の手段が手ぬるかった反面、だからこそ読後感は爽快でした。おすすめです。

※「それにしてもこの1件といい、以前のBSE問題や諫早湾の干拓といい、この国のモラルはいったいどこにいってしまったんですかね・・・」「いつから、こうなってしまったんでしょう?」
 「そんなもん決まってるじゃねぇか」「昔からだよ」
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借金取りの王子  ☆ 新潮社
 山本周五郎賞を受賞した「俺たちに明日はない」に続くシリーズ第2弾です。
 主人公村上真介はリストラ業務を請け負う会社に勤めるサラリーマン。彼の仕事は、企業から依頼されてリストラをスムーズに進めるために、会社に不用な人材を自己都合退職にさせるための面接官です。
 今回、彼が乗り込むのはデパート、生命保険会社、消費者金融会社、そしてホテル。この連作短編集を通しての主人公は村上真介ですが、それぞれの話では、リストラ対象とされた人物もまた主人公です。彼らが自分がリストラ対象とされることにより、これまでの会社での立場や自分の生き方を考えますが、同じサラリーマンとして他人事ではないですね。身につまされてしまいました。
 最後の「人にやさしく」だけはリストラ話とは違います。会社が新たに立ち上げた人材派遣業の責任者として、恋人の陽子の元に派遣社員を送り込む話となっています。真介が派遣した派遣社員を果たして陽子は気に入るのか。8歳年下でありながら、自分のことをよくわかってくれる真介のような男性は女性からすれば最高でしょうね。
 この作品のおもしろさは登場人物のキャラクターによるところが大です。特に真介の8歳年上の恋人である陽子は魅力的な人物です。負けず嫌いで、仕事は一生懸命、そんな自分を寂しく思いながらも前向きに生きようとしている姿には拍手を送りたくなります。そしてもう一人、真介の面接時のパートナー、川田美代子。どこか気の抜けたような女性でありながら真介の気持ちを和らげる、そして意外に人をよく見ている女性です。陽子の対角線上にあるキャラクターで、この作品には欠かせません。
 サラリーマンの皆さんにオススメです。
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張り込み姫  ☆ 新潮社
(ラストに言及しています)
 リストラ請負人シリーズ第3弾です。第1作目が刊行されたのは2005年。あれから5年がたちますが、相変わらず世間で
はリストラの風が吹き荒れています。いやそのとき以上の嵐となっていると言っても過言ではありません。このシリーズのような話が現実にあちこちであるのかもしれません。
 今回主人公、村上真介がリストラを任されたのは、英会話学校、旅行会社、自動車ディーラー、出版社です。これまで同様、面接をする真介の目から見たリストラ対象者たちの姿が描かれるとともに、リストラ対象者となった者の戸惑いや自らの人生を振り返った様子が描かれていきます(「やどかりの人生」については、上司の日から見たリストラ対象者の姿が描かれ、彼自身の心情が描かれていませんが。)。
 「君たちに明日はない」という題名ながら、リストラ対象となった4人の登場人物たちがそれぞれ前向きに生きていくラストが救いとなっています。そういう点では大いに勇気を与えてくれます。ただ、彼らは英語が堪能であったり、秀でた技術を持っていたりと、リストラされてもどうにかなる人物です。本当の厳しい現実は物語にならない人にあるのでしょうね。
 先日始まったNHKドラマでは、村上真介を坂口憲二さんが、彼の恋人陽子を田中美佐子さんが演じていますが、どちらも合いません。坂口さんでは身長170に満たない細身の村上としてはがたいが大きすぎますし、田中さんはイメージ的にはビッタリですが、ちょっと歳を取りすぎですね(失礼!)。
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月は怒らない 集英社
 市役所の戸籍係の女性、三谷恭子。目立って美人とも言えない彼女に、なぜか惹かれる3人の男。多重債務者の借財の整理を仕事とする梶原、親から見捨てられ祖父に育てられた大学生の弘樹、交番勤務の警察官の和田と職業はまちまち。そんな彼らがどうして彼女に惹かれたのか。そして彼ら4人はどうなっていくのかを描いていきます。
 ありきたりな感想ですが、理由はともあれ、3人の男性と同時に付き合うというのは凄いことです。男たちが魅かれるのは彼女のせいではないとしても、付き合うのは彼女の責任です。男たちが他に付き合っている男がいることを知ったらどうなるのか、男たちの気持ちも推し量るべきでしょう。などと思ってどうしても彼女に共感はできませんでした。むしろ、もっと彼女が悪女であった方が逆によかったのにと思ってしまいます。
 「ワイルド・ソウル」や「君たちに明日はない」シリーズのようなエンターテイメントに徹した作品ではなく、落ち着いたタッチで物語は進みます。井の頭公園で老人と会う彼女の様子をホームレスの男に第三者として語らせている構成も面白いです。
 彼女に3人の男がどうして惹かれるのかというミステリ的な要素もあって、ページを繰る手が止まらずいっき読みでした。彼女に共感できたならおすすめでしたが。
 僕自身、彼女のように、男の心の中をすべて見透かしてしまうような女性は、ちょっと怖くて近づけません(笑)
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勝ち逃げの女王  ☆ 新潮社
 リストラ請負人を描く君たちに明日はないシリーズ第4弾。4編が収録されています。
 冒頭の表題作「勝ち逃げの女王」は、これまでリストラ請負人・村上たちが行ってきたリストラ対象者をピックアップし、スムーズに退職させることとは異なり、多すぎてしまった希望退職者の中から何人かを思いとどまらせようとするもの。今までとは正反対の仕事です。依頼先は航空会社。経営危機で話題になった親方日の丸の航空会社を思い浮かべてしまいます。村上が担当した社員は、夫はIT企業の役員、自分も若手CAを指導する立場にある中堅のCAです。子どもたちの受験もあり、生活も困らない状況で希望退職に応募してきたというもの。辞めさせるのとは違って、会社にはなくてはならない人だからと説得する方が楽だと思うのですが、果たして・・・。
 「ノー・エクスキューズ」は、いつもの村上とリストラ対象者との視点が交互に描かれる作品とは違い、社長に連れられていった飲み会の席で、社長の過去が明らかとなる話です。題名にあるノー・エクスキューズは、普通のサラリーマンには現実には難しいでしょうね。
 「永遠のディーバ」で村上が相手にするのは、少子化の影響を受け不況産業となった楽器製造会社の営業課長。彼は、プロのバンドを目指し楽器製造会社のコンクールでの優勝を狙っていたが、2位となり、断念してその会社で働くこととした男。そんな彼に対し、村上はかつてレーサーだった話をする・・・。この作品集の中で一番好きな話です。作品中で才能とは何かが語られますが、そうだよなあと頷かされます。
 「リヴ・フォー・トゥデイ」では、高校時代から外食業界でアルバイトを始め、若くして管理職となったやり手の男がリストラ面接で村上と対峙します。会社としては特A社員として、会社に残したい社員ですが・・・。能力があるが故に見切りをつけて希望退職に応じることができるのって、うらやましいです。
 どの話もリストラという厳しい現実を思わせる言葉とは異なって、村上が面接した対象者が前向きに生きていく様子が描かれています。希望のある話に読後感はすごくいいのですが、でも、彼らが前向きなのは、何らかの能力があり、経済的にも困らない状況にあるためです。相変わらず不況の現在、彼らのように生きていくことは難しいですよね。
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迷子の王様  ☆ 新潮社
 リストラ請負人の村上を主人公にしだ君たちに明日はない”シリーズ第5弾です。不況でリストラの嵐が吹き荒れていた時代を背景に始まったシリーズもこれにて最終作だそうです。
 今回、村上の面接を受けるのは、吸収合併された化粧品会社のエリアマネージャー、大手家電メーカーの研究員、女性書店員の3人。このシリーズは、村上の面接を受けた者がリストラという現実を前にしてどう行動するのか、現実を生きる僕たちが彼らを自分の身に置き換えて読み進めることができるおもしろさがあります。ただ、今回の「トーキョー・イーストサイド」のエリア・マネージャーはリストラされてもどこでもやっていけるだろうという心意気のある女性ですし、表題作の「迷子の王様」の研究員は、自分の手に技術を持った者で、それなりに再就職先はあるでしょう(間違いなく、この会社「シャープ」がモデルですよね。)。現実でも、リストラされた、あるいは自分で見切りをつけた研究員たちが、海外メーカーに雇われるという状況もあるようですから。
 そんな二人とは対照的に、一番身近に感じたのは「さざなみの王国」の準大手の書店の女性店員。自分の家以外のトイレに入れないとか、初対面の人とはほとんど話ができず、相手の言うことにうなずくか首を振るだけというのでは、社会性が疑われてしまいます。接客業では一番のリストラ候補になるのもやむを得ない人物だと思って読み進めたら、意外な展開となっていきます。
 結局、彼ら3人ともそれぞれの新たな道を進んでいくのですが、彼らの行動を見ていると、僕らにとっても考えさせられます。僕らに明日はあるのかなあ。
 今回、ラストは村上自身の話となっています。誰か代わりにやりたい者がなければ会社をたたむと言った社長に対し、村上はいったいどうするのか。う〜ん、村上がこんなことできるのも金があるからだよなあと思ってしまうのはやっかみでしょうか。