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海外作品の本棚

  1. ダ・ヴィンチ・コード  ダン・ブラウン
  2. あなたに不利な証拠として  ローリー・リン・ドラモンド
  3. 天使と罪の街 上・下  マイクル・コナリー
  4. クリスマス・プレゼント  ジェフリー・ディーヴァー
  5. ラジオ・キラー  セバスチャン・フィツェック
  6. フロスト気質 上・下  R・D・ウィングフィールド 
  7. 魔術師 上・下  ジェフリー・ディーヴァー
  8. サイコブレイカー  セバスチャン・フィツェック
  9. ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上・下  スティーグ・ラーソン
  10. ウォッチメイカー  ジェフリー・ディーヴァー
  11. エコー・パーク 上・下  マイクル・コナリー
  12. 解錠師  スティーヴ・ハミルトン
  13. アイ・コレクター  セバスチャン・フィツェック
  14. 犯罪  フェルディナント・フォン・シーラッハ
  15. 死角  マイクル・コナリー
  16. 二流小説家  デイヴィッド・ゴードン
  17. スケアクロウ 上・下  マイクル・コナリー
  18. コリーニ事件  フェルディナント・フォン・シーラッハ
  19. ポーカー・レッスン  ジェフリー・ディーヴァー
  20. 笑う警官  マイ・シューヴァル ペール・ヴァールー
  21. 特捜部Q 檻の中の女  ユッシ・エーズラ・オールスン
  22. 特捜部Q キジ殺し ユッシ・エーズラ・オールスン
  23. 特捜部Q Pからのメッセージ  ユッシ・エーズラ・オールスン
  24. ジェイコブを守るため  ウィリアム・ランディ
  25. 特捜部Q カルテ番号64  ユッシ・エーズラ・オールスン
  26. 地上最後の刑事  ベン・H・ウィンタース
  27. 特捜部Q 知りすぎたマルコ  ユッシ・エーズラ・オールスン
  28. 湿地  アーナルデュル・インドリダソン
  29. 緑衣の女  アーナルデュル・インドリダソン
  30. カウントダウン・シティ  ベン・H・ウィンタース
  31. ゴースト・スナイパー  ジェフリー・ディーヴァー
  32. その女アレックス  ピエール・ルメートル
  33. サンドリーヌ裁判  トマス・H・クック
  34. 限界点  ジェフリー・ディーヴァー
  35. 死のドレスを花婿に  ピエール・ルメートル
  36. 声  アーナルデュル・インドリダソン
  37. アルファベット・ハウス  ユッシ・エーズラ・オールスン
  38. 特捜部Q 吊された少女  ユッシ・エーズラ・オールスン
  39. 世界の終わりの七日間  ベン・H・ウィンタース
  40. ありふれた祈り  ウィリアム・ケント・クルーガー
  41. ライトニング  ディーン・R・クーンツ
  42. 戦地の図書館  モリー・グプティル・マニング
  43. アウシュヴィッツの図書係  アントニオ・G・イトゥルベ
  44. テロ  フェルディナント・フォン・シーラッハ
  45. ミスター・メルセデス  スティーヴン・キング
  46. 生か、死か  マイケル・ロボサム
  47. 終わりなき道  ジョン・ハート
  48. 湖の男  アーナルデュル・インドリダソン
  49. スティール・キス  ジェフリー・ディーヴァー
  50. ファインダーズ・キーパーズ 上・下  スティーヴン・キング
  51. 13・67  陳浩基
  52. 特捜部Q 自撮りする女たち  ユッシ・エーズラ・オールスン
  53. 乗客ナンバー23の消失  セバスチャン・フィツェック
  54. 監禁面接  ピエール・ルメートル
  55. 任務の終わり 上・下  スティーヴン・キング
  56. 座席ナンバー7Aの恐怖  セバスチャンフィツェック
  57. ディオゲネス変奏曲  陳浩基
  58. イヴリン嬢は七回殺される  スチュアート・タートン
  59. メインテーマは殺人  アンソニー・ホロヴィッツ
  60. 特捜部Q アサドの祈り  ユッシ・エーズラ・オールソン
  61. 死亡通知書 暗黒者  周浩暉
  62. 網内人  陳浩基
  63. その裁きは死  アンソニー・ホロヴィッツ
  64. ホテル・ネヴァーシンク
  65. ザリガニの鳴くところ

ダ・ヴィンチ・コード  ☆ 角川文庫
 久しぶりに読んだ海外ミステリ作品です。題名からしてダ・ヴィンチに関わる謎の話かと思いましたが、単にそれだけでなく、キリスト教世界を根底から揺るがす題材をもとにした壮大なミステリでした。
 変な前置きもなく事件が最初から起こり、読者を一気に物語の中に引きずり込んで飽きさせません。また、訳も素晴らしく、非常に読みやすい文章です。海外ものはどうしてもカタカナの人名を覚えるのが苦手で、いつもは「この人誰だったっけ?」と前のページに戻って確認したりするのですが、この作品ではそんなことがありませんでした。
 各巻の最初にダ・ヴィンチの絵が掲げられていましたが、彼の絵にいろいろな謎の解明の手がかりとなるものが隠されているなんて、作者はよく考えたものです。事実だと思えてしまうほどですね。非常に楽しむことができました。できれば実際にこの目で見てみたいですね。
 この作品のように歴史的事実を題材にする作品はどうしても作者がその蘊蓄を語りたいのか、歴史等について多くのページを割いて説明するので、読んでいてダレてしまうのですが、この作品ではそんなこともありませんでした。もちろん、暗号を解読するに当たって主人公たちはダ・ヴィンチの絵等の様々な知識を駆使するのですが、それらの知識のない僕にも難解に感じさせないのですから、ダン・ブラウンの力はすごいと言わざるを得ません。
 ミステリ的要素としても“聖杯”というインディー・ジョーンズ2で、インディー・ジョーンズも探し求めた“キリストが磔刑になったときに、キリストの血を受けた杯”の行方の謎を中心に、主人公の敵“導師“とは誰なのかという謎等で最後まで読者を引っ張りましたね。お見事です。
 物語に描かれる謎は僕のような宗教に興味のないものはともかく、キリスト教信者であればかなりセンセーショナルな内容でしたが、映画化に当たって一部のキリスト教団体からは抗議の声が上がったそうです。映画は5月からトム・ハンクス主演で公開されますが、この原作のおもしろさなら大いに期待できますね。
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あなたに不利な証拠として ハヤカワ・ミステリ
 土曜日朝のTBSテレビ「王様のブランチ」のブックコーナーで、筑摩書房の編集者松田さんが紹介していたのを見て購入した、久しぶりのポケミスです。帯には評論家の池上冬樹さんの「読みながら何度も心が震えた」という絶賛のことばが記されています。(この言葉のせいかわかりませんが、ポケミスとしては久しぶりのヒットのようです。)
 物語は5人の女性警察官を主人公とする10編の短篇からなります。その中の“傷痕”は、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短篇賞を受賞しています。謎解きがあるわけではありません。男社会の警察の中で働く5人の女性警官の苦悩や恐れが淡々と描かれていきます。職務執行中に強盗を射殺したキャサリン、事故で職を辞したリズ、同じ警察官である父親の暴力に耐えてきたモナ、レイプの被害者に心痛めるキャシー、あることから仕事を投げ出して逃げ出したサラ。池上冬樹さんのように心が震えるとまではいきませんでしたが、その強烈なリアリティに、池上さんが言うように本を読んでいるこちらも彼女らと一緒に事件の現場に臨んでいるような気持ちになります。
 10篇の中ではやはりエドガー賞に輝いた“傷痕”が一番おもしろかったでしょうか。また、この短編集の最初の作品である“完全”が、一人の男を射殺した女性警官キャサリンの独白だけのわずか12ページの短篇でありながら、読後に心に深い印象を残します。
 訳者のせいもあるのでしょうか、非常に読みやすい文章でした。

 題名の「あなたに不利な証拠として」は、アメリカの警官が容疑者を逮捕するとき告知することを義務づけられているミランダ警告から取られています。よく映画などで「あなたには黙秘する権利がある・・・」と告知をする場面を見ることがありますが、この後に続くのが「あなたの発言は法廷で不利な証拠として扱われることがある」です。学生時代の刑事訴訟法の講義を思い出してしまいました。
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天使と罪の街 上・下  ☆ 講談社文庫
(ネタバレあり)
 ハリー・ボッシュシリーズ最新作です。
 ロス市警を辞めて私立探偵となったボッシュですが、今回彼が挑むのは友人の不審な死の真相。彼が調査を進める先で出会ったのは、連続猟奇殺人犯“ポエット”だった・・・。
 やっぱり、ボッシュシリーズはおもしろいです。今回はハリー・ボッシュシリーズといいながら、マイクル・コナリーの他の作品の登場人物が続々登場します。前作に引き続き、元FBI行動科学課心理分析官テリー・マッケイレブが登場しているほか、なんとノンシリーズ作品である“ザ・ポエット”に登場する連続殺人犯、その名も“ポエット”が登場します。当然ポエットを追うFBI捜査官レイチェル・ウォリングも登場しますし、ボッシュの元妻エレノア・ウィッシュも顔を出します。さらに、電話の相手というだけの出演ですがボッシュのロス市警時代の相棒キズミン・ライダーも出てきます。まったく、マイクル・コナリーファンとしてはたまりませんね。読んでいてワクワクしてしまいます。
 とにかく、出だしから思わぬ人物の死が、読者をエッと驚かせます。多くの読者が「そんなぁ!!!」と思ったでしょうね。かくいう僕もそうです。話が始まったばかりの時点ですっかり読者の心を掴んでしまうのですから、マイケル・コナリーのストーリー・テラーぶりに脱帽です。
 ストーリーは連続殺人犯ポエットとそれを追うハリーが描かれるので、この作品を楽しむためには“ザ・ポエット”を先に読んでおいた方が良いですね。僕自身はすっかり忘れていて、慌てて書棚を探して取り出してきて、ページを繰ってしまいました。
 マイクル・コナリー作品の主要登場人物総出演のこの作品は、ある意味ハリー・ボッシュシリーズのターニングポイントたる作品のようです。キズミン・ライダーからロス市警復帰を勧められたボッシュですが、果たしてどうなるのでしょうか。次作が楽しみです。
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クリスマス・プレゼント  ☆ ジェフリー・ディーヴァー
 「このミステリーがすごい 2007年版」で海外編第2位の作品です。ジェフリー・ディーヴァーといえば、映画化もされた「ボーン・コレクター」を始めとするリンカーン・ライムシリーズが有名ですが、この作品は、ミステリ16作品を収録した短編集です。サプライズ・エンディングの見事な作品集で、読者を飽きさせることがありません。また、表題作は、リンカーン・ライムが登場する(もちろん、アメリア・サックスもです。)の1編で、ファンにはうれしい作品です。
 どの作品も読者をミスリーディングする罠が巧妙に仕掛けており、中にはかなり強引に読者を引っ張っていく部分もなきにしもあらずですが、最後に読者の思い描いていた情景をあっという間にひっくり返すところは、ディーヴァーの実力が遺憾なく発揮されているといっていいでしょう。
 そんな作品集の中でのお気に入りは、「ジョナサンがいない」「三角関係」「釣り日和」「ひざまずく兵士」です。 冒頭の「ジョナサンがいない」は、夫を亡くし、新たな男性との出会いを求めて町に向かう女性が主人公。主人公が会う予定の男は、彼女に会う直前に女性を殺していた。そんな前半を読んで、この後この女性はどうなるかという予想は大いに裏切られます。
 「三角関係」は、この作品集の中でもサプライズ・エンディングとして最高。全く予想外の展開でした。ラスト3ページで、今まで心で描いていた状況がいっきにひっくり返されました。あらすじを書くのが難しい作品。
 「釣り日和」は、釣りに出かける主人公に対し、出かけないでとぐずる娘を描くところから始まります。寂しい湖畔へと行く夫を心配する妻。こんな暖かな家族を描くことから始まった物語が、主人公が釣りを始めた隣に怪しげな男がいたことから思わぬ展開に・・・。これまた読者が思い描いていた状況が最後にひっくり返されます。
 「ひざまづく兵士」は、ストーカーにつきまとわれる娘を心配する父親が主人公。そんな娘思いの父親が招く結果は・・・。それはないだろう!と思わず言ってしまいました。
 「クリスマス・プレゼント」を除くと、どれも30ページほどの作品で、通勤バスの中で読むのに最高です。ちょっと厚いですけどね。
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ラジオ・キラー  ☆ 柏書房
 土曜日のTBSテレビ「王様のブランチ」の本の紹介コーナーで、筑摩書房の編集者・松田さんがおもしろいと言っているのを聞いて読んでみました。処女作「治療塔」という作品も知らなかったし、発売元が「柏書房」という聞いたこともなかった出版社だったので、テレビを見なければきっと手に取ることもなかったでしょう。でも、読んでみるとこれが意外におもしろい。外国作品は、どうもカタカナの人名を覚えるのが苦手で、なかなか読み進まないのですが、この本はページを繰る手が止まりませんでした。帯の“ノンストップ・サイコスリラー”も偽りなしでしたね。
 主人公は、娘が自殺したことで、傷つきアル中となっている交渉人のイーラ。ラジオ局で立て籠もり事件が起きるが、犯人の要求は事故死したはずの婚約者を連れてこいというもの。その間、犯人は不作為に電話をかけ、電話にでた人が犯人が指定した言葉を言わないと人質を一人ずつ殺すと言う。
 犯人の不可解な要求、検察上層部や警察内部の不穏な動き、東欧系犯罪組織のドンの登場など、単に立て籠もり犯と交渉人との駆け引きを描いたものではなく、読み進めば読み進むほどと新たな謎がでてきて、目が離せません。娘の自殺の謎もうまく物語の中に溶け込んでいて違和感がありませんでした。まさか、立て籠もり事件とあんな繋がりがあったとは。
 ラストのどんでん返しは、想像ができてしまいましたが、それを差し引いても一気に読ませるこの作者の力量は凄いです。外国作品が苦手な人にも読みやすい。おすすめ。
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フロスト気質 上・下  ☆ 創元推理文庫
 フロスト警部シリーズ第4弾です。今回は上・下2巻約900ページという大部です。
 相変わらずの口の悪さ、セクシャルハラスメントなんて当たり前というキャラクターは今回の作品でもまったく変わっていません。このシリーズの人気は、フロストのキャラに依るところが大ですが、今回もフロストの魅力満載の作品となっています。
 仕事中毒のフロストの周りでは様々な事件が起こります。休暇中であっても彼はのんびり休んでいられません。少年の誘拐事件に端を発した別の少年の死体遺棄事件、少女の身代金誘拐事件、誘拐された少年の捜索中に見つかった男性の殺害遺体事件、幼児を狙った傷害事件、母子4人殺害事件等々あんなにたくさんの事件が一度に起きたらさすがに大変ですねえ。
 署長に対しては上司を上司とも思わぬ態度でのらりくらりと対応し、上司としては非常に使いにくい部下です。そのうえ、決して万能な男というわけでもありません。誤った推理もするし、真実にたどり着くまでは紆余曲折です。しかし、フロストの行動のそこかしこに、弱き者に対するやさしい心遣いが伺われます。誘拐された少年の捜索のために署長に叱責されようとも全力で当たる姿は感動ものです。嫌な同僚にも自分の手柄を惜しげもなく譲るという心の広さもありますし(というか、名誉にあまり執着がないのかもしれませんね。)。
 ラスト近く、フロストを毛嫌いするキャシディ警部代行との確執の原因となった事件の真実が明らかになったときには、いいぞフロスト!といっそうフロストのことが好きになってしまいました。
 大部ですがいっき読みです。おすすめ。
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魔術師 上・下  ☆ 文春文庫
 リンカーン・ライムシリーズ第5弾です。
ミステリ作家は物語の中に様々な罠を仕掛けて読者を真相からあらぬ方向へとミスリードしていきますが、それは手品師あるいはこの作品でいうイリュージョニストも同じですね。右手に観客の興味を惹きつけている間に左手で何かをしているといった具合に。
 今回、ライムが相手をするのは、そんなイリュージニストです。今回の犯人の武器は“誤導”です。残された手がかりはすべて警察を誤った方向に導くためのもの。こちらかと思って進むと、実は真実は違う方向にといった具合に、なかなかその犯行の目的が明らかになりません。
 そんな犯人と同じように作者も読者を“誤導”します。とにかく、おもしろいです。二転三転どころか、四転五転、いやいや六転七転と、ライムたちが明らかにする事実が、「これが真実か!」と思えばまた騙されるという展開が続き、途中でなかなか目が離せません。まあ、あんなにややこしく事実を積み重ねていく犯人がいるのかという素朴な疑問もあるのですけどね。
 2004年度「このミス」第2位の作品だけのことはあります。おすすめです。
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サイコ・ブレイカー  ☆ 柏書房
 世間でサイコプレイカーと呼ばれる、女性の精神だけを破壊する犯人による事件が連続して起こっていたとき、ある精神病院の近くの路上で倒れていた男が病院の職員によって発見され、病院に運び込まれる。彼は記憶を失っていたが、入院中に時々脳裏に蘇る娘らしき少女の姿、思わせぶりな医師たちの様子を見て、真実を求めて病院から抜け出そうとする。ちょうどそのとき患者を搬送中の救急車が横転事故を起こし、救急隊員と搬送中だった患者が病院に運び込まれる。しばらくして、若い女性の精神科医が襲われ、サイコブレイカーの被害者と似た状態で発見される。緊急システムの作動と猛吹雪のため、病院内に開じ込められた職員と患者たち。彼らは団結して身を守ろうとするが、一人、また一人と姿を消していく。
 なかなかに衝撃的な幕開け。そのうえ、この事件そのものが、大学での心理学実験のためのカルテに書かれた物語だということが明らかにされ、さて、果たしてこの後物語はどうなっていくのかと、最初からすっかりのめり込みました。
 怪しげな救急隊員に、自らのどを裂いた救急車の患者等々―癖も二癖もありそうな登場人物たちに、いったい真実はどこにあるんだとページを繰る手が止まりません。そのうえ、225ページに貼られた黄色い付箋を最初見つけたときはいったいなんだとびっくり。それまではオンライン書店の店員さんが配送するときに誤って貼ってしまったのかなあとか、誰か悪意のある者が無理に貼り付けたのかと悩みました。付箋に書かれたアドレスがまた不気味で、さて、このアドレスはなんだろう。メール送ったらどうなるだろうと、あとがきで意図的に貼られたものだと知るまで、十分楽しませてもらいましたよ。この付箋、図書館ではどうするんでしょうねえ。そのままだと、きっと借りた人の誰かが剥がしてしまって、楽しみが減ってしまいますよね。
 スピード感のある展開で、映画化してもサイコキラーものとして楽しいんじゃないでしょうか。サスペンスとしてもミステリとしても十分楽しむことができます。おすすめです。 
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ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上・下  ☆ 早川書房
 今年のミステリベスト10の海外編を賑わせた作品です。"このミス"では第2位、週刊文春ミステリーベスト10では第1位、"ミステリが読みたい"では第1位と、圧倒的な人気を誇った作品です。シリーズは作者が急逝したため、全3作で終了となりましたが、このシリーズは、ミステリー、警察小説、スパイ小説、法廷小説等々あらゆるジャンルが詰め込まれた作品となっているようです。
 今回読んだ第1作目の「ドラゴン・タトゥーの女」は、ある裁判で敗訴し、収監を待つばかりの雑誌「ミレニアム」の発行責任者ミカエル・ブルムクヴィストが、財界の大物、ヴァンゲル・グループの前会長であるヘンリック・ヴァンゲルから、40年前に失踪した一族の娘の行方を捜す依頼を受けることから始まります。この第1作では、本土と島をつなぐ橋が事故で閉ざされ密室状態となった島の中での失踪事件、娘の残した暗号の解読、聖書を引用した見立て殺人、そしてヴァンゲル一族の怪しげな人物たち等々、まさしく本格ミステリらしい設定になっています。
 このシリーズの人気の理由の一つは、保険会社の女性調査員、リスベット・サランデルという非常にエキセントリックなキャラクターによるところが大きいのですが、上巻ではミカエルと彼女がなかなか出会わず、読むのが飽きてきてしまうところでした。ところが、下巻に入ると一転、物語はスピーディーに展開します。いっきに様々な謎が明らかとなっていき、ページを繰る手が止まりません。これは評判どおりのおもしろさです。
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ウォッチメイカー  ☆ 文藝春秋
 リンカーン・ライムシリーズ第7弾です。今回、ライムとサックスのコンビとの頭脳合戦を繰り広げるのは自称ウォッチメイカー。
 残虐な方法による殺人事件が起こり、その犯行現場にはアンティーク時計が残されていた。警察はライムに助けを求め、いつものとおリサックスが呼ばれる。サックスは同時に他の殺人事件の担当となっており、その事件の裏にある警察官による汚職事件を追っていた。
 物語は、ウォッチメイカー事件とサックスの追う汚職事件とを同時に描いていきます。真相に到達したかと思うと、どんでん返しに次ぐどんでん返しということが何度も続きます。いくら何でもやりすぎでしょうと思いながらも、投げ出さずに最後まで読み切ったのは、ディーヴァーの筆力のなせるところでしょう。とにかく、どんでん返しのたびに、「へぇ〜そうだったの」と読者をびっくりさせて飽きさせません。さすがに、2008年版の「このミス」で海外編第1位に輝いただけのことはあります。ただ、こんなに複雑に事件を構成していく犯人がいるわけがないという気が心の片隅に残りましたけど・・・。本の帯に「史上最大の敵」とありましたが、これは確かにシリーズ史上最強の犯人です。
 この作品では、新たなキャラクターとして尋間の専門家キャサリン・ダンスが登場します。証拠重視のライムが、最初はダンスに興味を持たなかったのに、その実力を知り、しだいに彼女を信頼して重用していくところがおもしろいです。キネクシスという尋問方法によって相手の嘘を見抜くというすご技を持ったダンスですが、つきあう相手としてはちょっと恐ろしい。このダンスは、その後シリーズのスピンオフとして現在まで2作品で主人公を務めています。
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エコー・パーク 上・下  ☆ 講談社文庫
 バラバラ死体を荷台に積んでいるところを職務質問され逮捕された男ウェイツが、死刑免除を条件にボッシュが長年追い続けてきた事件を自供するという司法取引を持ちかけてくる。しかし、現場検証の最中、ウェイツは警官の拳銃を奪い死傷させて逃亡する。ボッシュは逃亡したウェイツを追うが・・・。
 単なる“刑事もの”ではなくミステリーとしてのおもしろさもあるこのシリーズですが、この作品も、果たしてウェイツは真犯人なのかという謎解きに加え、どんでん返しもあって飽きさせません。上・下巻あっという間に読了しました。ただ、ウェイツの犯罪やその正体を暴いていく過程はおもしろかったのですが、最後の謎解きがあっけなく、ラストの展開は急ぎすぎという気がしないでもありません。
 シリーズファンにはお馴染みのFBI捜査官のレイチェル・ウォリングも登場します。ボッシュとの仲が進展するのかも大いに気になるところです。
 今回の事件のきっかけは、地方検事が自分の選挙活動に有利になるよう事件を利用しようとしたことから始まりますが、これは米国では地方検事が選挙で選ばれるという日本と異なる制度が背景にあるので、日本人にはわかりにくい部分ではありますね。
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解錠師  ☆ 早川書房
 アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞と英国推理作家協会賞スティール・ダガー賞受賞作品です。
 幼い頃のある出来事により口をきくことができなくなったマイク。ストーリーは伯父に引き取られ、あるとき錠を開けることに興味を持ったマイクが、友人に誘われ、初めて他人の家の鍵を開けて入り込むことから始まる話と、色の異なるポケットベルで呼び出され、プロの解錠師として様々な盗みに関わっている話という、時を異にする二つの話がマイクの口から交互に語られていきます。
 現在の彼はどうも刑務所にいるようなのですが、いったい二つの話がどう繋がっていくのか、彼が口をきかなくなった出来事とは何なのか等をラスト近くまで明らかにせずに読者を引っ張っていきます。海外ものはカタカナの人の名前を覚えるのが苦手だったり、時に文章がこなれていない作品もあるため、あまり積極的に読んでいないのですが、この作品は訳者のうまさもあるのでしょうか、非常に読みやすい作品です。
 ハヤカワ・ポケット・ミステリですが、彼の初めての恋がこの話に大きな位置を占めるなど、ミステリというより少年の成長物語、恋愛物語といった方が適切です。おすすめ。
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アイ・コレクター  ☆ 早川書房
 母親を殺して子どもを誘拐し、父親が制限時間内に子どもを捜すことができなければ子どもを殺し、左目をくり抜くという猟奇殺人事件が発生していた。元警察官の新聞記者ツォルバッハは事件を追うが、犯人によって彼自身が容疑者にされてしまう。
 物語の始まりがエピローグであり、ページが405ページから少なくなって最後が1ページという奇抜な構成になっており(といっても、物語が現在から過去に遡っていくのではありません。)、この構成が、事件の解決に向かっていく緊張感を醸し出します。どうしてこうした構成をとったのかは、ラスト明らかにされますが、読者はそこで愕然とします。
 ツォルバッハを騙る犯人によって彼の元に呼び出された盲目の女性が物理療法士のアリーナ。彼女は彼女のところに患者としてやってきた男を治療しようとしたとき、その男が殺人を起こすところが鮮明に頭の中に浮かび上がり、その男が猟奇殺人事件の犯人である“目の収集人”であることを感じ取ります。彼女のこの不思議な能力がこの本の構成と大いに関係があるのですが、それは読んでからのお楽しみです。
 個人的には、年度末のベスト10を争う作品になるおもしろさです。この作品にはすでに続編が書かれているそうですが、最後の“序章”を読んだ人は続編が大いに気になるでしょうね。
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犯罪 東京創元社
 2012年のこのミス海外部門の第2位になった作品です。版権が高いのか、わずか218ページで価格が税込み1890円とは高すぎます。日本に紹介されたのは初めてという作家ですし、第2位という勲章がなければ絶対購入しませんでした。
 どれも、事件を担当した弁護士がその事件を語るという形式で書かれた、1編がわずか10ページほどから長くても30ページ強の11編の作品が収録された短編集です。
 正直のところ、どうして僕にはこのミス第2位なのかがよく理解できません。本を読んでの感想は人それぞれですが、僕は少数派なんだなあと感じざるを得ません。どの作品も、淡々と事件の様相と犯人やそれに関わった人々の心が描かれていくだけです。盛り上がりがあるわけでもなく、びっくりするミステリとしての謎解きがあるわけでもなく、本当に“淡々”ということぱがピッタリに物語は語られます。残酷な、あるいは猟奇的な事件なのに、不思議とそれを感じさせない、あまりにそっけない読後感を与えます。
 最後のページに「これはリンゴではない」という言葉が記されています。何のことかわからなかったのですが、実は各編の中に「リンゴ」が登場しています(ある1編だけは見つけることができなかったのですが、実は直接“リンゴ”とは書かれていなかったようです。)。
死角 講談社文庫
 マルホランド展望台で頭を打ち抜かれた男の死体が発見される。身元の判明した男の自宅に急行したボッシュは、男の妻が全裸で縛られているのを発見する。ボッシュが捜査中に現れたFBI捜査官、レイチェル・ウォリングの説明により、男は医学物理士で治療のため放射性物質セシウムに近づける立場にあり、妻を人質に脅された男が、彼の勤務先の病院からセシウムを持ち出して犯人たちに渡した上に殺されたことが判明する。犯人たちの目的はテロなのか・・・。
 前作のエコ・パーク事件で怪我をした相棒のキズ・ライダーは内勤となり、ボッシュは新たな相棒と組んでいます。もつれたレイチェルとの関係もぎこちないまま、テロ事件ということでロス市警を排除しようとするFBIとの確執、さらにロス市警内でも浮き上がっているボッシュという、いつものパターンの中でボッシュは捜査を進めます。
 新聞の連載小説ということもあってか、今までのシリーズ作品と異なって、コンパクトにまとめられており、展開がスピーディーでいっき読みです。思わぬ事件の真相にも納得のいく作品となっています。
 レイチェルとの関係はFBIとロス市警という関係をも引きずっており、今後どうなるかは事件とは別に気になるところです。
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二流小説家 早川書房
 2012年版「このミス」海外部門の第1位作品です。
 ハリー・ブロックは、様々な筆名でポルノや吸血鬼もの、SFなどを書いて糊口を凌いでいる“二流作家”。そんな彼に連続猟奇殺人の犯人で収監されているダリアン・クレイから告白本の執筆依頼がなされる。彼の告白本を書くことができればいっきに売れると思ったハリーは、ダリアンに会いに行くが・・・。
 ダリアンの指示で彼にファンレター(?)を送った女性たちに会いに行きますが、彼女らが連続猟奇殺人の手口で殺されていくところから、物語はいっきに加速します。刑務所にいるダリアンに犯行を行えるはずがなく、そうだとすれば、ダリアンは猟奇殺人の犯人ではないのか。登場人物がそれほど多くない中で、犯人を予想したのですが、ものの見事に作者にやられました。まさか、あの人だとは想像できませんでした。さすがにこのミス第1位を取っただけのことはあります。
 ハリーが家庭教師をしている大人びたハイスクールの学生のクレア、猟奇殺人の被害者である女性の双子の妹でポールダンサーのダニエラ、弁護士助手というお堅い仕事をしながらハリーの吸血鬼ものの作品のファンであるテレサなど個性的な女性たちが登場し、ハリーを惑わします。年若いクレアに叱咤激励され、指示さえされるハリーには、男としてどうかなと思ってしまいますけど。
 ハリーが書いた作品がときに挿入される意味が読み終わった今でも理解できません。なくても良いと思うのですが。
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スケアクロウ 上・下  ☆ 講談社文庫
 ロサンジェルス・タイムズ社の記者、ジャック・マカヴォイのもとに息子の無実を訴える女性から電話がかかってくる。社から2週間後の解雇を言い渡されていたマカヴォイは、最後のスクープを得ようと事件を調べ始めるが、やがて事件が連続殺人鬼によるものではないかとの疑いが浮かび上がってくる。自分の身にマカヴォイの調査が及んできているのを知った犯人はマカヴォイを襲おうとするが・・・。
 「ポエット」に登場した新聞記者、ジャック・マカヴォイが登場。彼の恋人であったFBI捜査官のレイチェル・ウォリングとともに、連続殺人鬼を追います。
 犯人は最初から明らかになっていますので、謎解きや犯人探しという面白さはありません。この作品の面白さは、マカヴォイがどうやって犯人に迫っていくのかというところにありますが、犯人はIT世界で生きる男でマカヴォイとの知恵比べにも負けていません。彼の立場と知識をもってさえすれば、マカヴォイのクレジットカードを使用不能としたり、メールを書き変えたりと、マカヴォイのすべてが露わにしたりできてしまうのは、あまりに怖ろしいことです。レイチェルがいなければ、マカヴォイもどうなったことか。
 レイチェルから、ある男から聞いたという「一発の銃弾」の話が出ますが、この話をした男というのは、やはり、ハリー・ボッシュなんでしょうね。リンカーンに乗っている弁護士の話も出ますし、コナリーファンとしては思わずニヤッとしてしまいます。
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コリーニ事件 東京創元社
 「犯罪」、「罪悪」で日本のミステリ界を席巻したドイツの刑事事件専門弁護士、フェルディナント・フォン・シーラッハ初の長編です。弁護士らしく、作品は法廷ものです。 
 新米弁護士のライネン。彼は、ホテルでの射殺事件の国選弁護を引き受けたが、事件の被害者が少年時代の親友の祖父だったことを知り、一度は国選弁護人を辞任しようとする。しかし、被害者遺族の依頼で公訴参加代理人となった有名弁護士のマッティンガーに諭され、弁護を続けることとする。殺害動機を黙秘する加害者。果たして、被害者と加害者の関係は。そして、判決はどうなるのか。
 長編といっても200ページに満たない作品でしたので、あっという間に読み切りました。法廷ものですが、「犯罪」のときにも説明があったように、ドイツでは日本とは異なる“参審制”であり、さらには私人訴追制度が採用され、被害者は訴訟に参加することができるため(日本の被害者参加制度とは異なるようです)、日本の裁判では馴染みのないマッティンガーのような公訴参加代理人というものが登場しますので、日本の裁判を思い描くと、ちょっと戸惑います。
 人気の高かったデビュー作の「犯罪」も淡々とした筆致で描かれていましたが、今回のこの作品も同様に淡々と裁判の進行を描いていきます。ただ、一般の評価のようにはおもしろいと思わなかった「犯罪」に比べて、今回は非常に読みやすい作品でした。事件の動機については、舞台がドイツですので、ある程度予想できてしまったので、そのとおりの結果だったことは残念でした。
 この作品に描かれた“法律の落とし穴”によって、実際の政治が動かされたというのは、ドイツらしいところ。日本だったらこうはいかないのだろうなあと考えてしまいます。
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ポーカー・レッスン  ☆ 文春文庫
 前作の短編集「クリスマス・プレゼント」の原題が「Twisted」に対し、今回の短編集の原題は「More Twisted」。
冒頭に置かれた作者の序文によると、短編集では“ひねり(ツイスト)”を追求しているとのことで、“More”がついている今回の短編集は、前作にも増して“ひねり”のきいたものということでしょうか。
 表題作をはじめ、16編が収録されていますが、どれも最後のどんでん返しが効いています。甲乙付けがたいおもしろさですが、なかでも個人的に好きなのは「恐怖」です。恋人の男性に車に乗せられて人気の少ない場所にある家に連れてこられるが、彼の行動から次第に恐怖を感じるようになっていく・・・。最後の3択のどれを彼女が選んだのか気になります。
  「ウェストファーレンの指輪」は、ある有名な人物が登場する作品ですが、ジェフリー・ディーヴァーの手にかかるとこんな結末になってしまうという作品に仕上がっています。
 「生まれついての悪人」は、娘との再会に恐怖を感じる母親の話です。ラスト、それまで読者が見ていたものがいっきに180度転換するところは見事です。
 「ロカールの原理」は、ジェフリー・ディーヴァーのファンには嬉しい、リンカーン・ライムが登場する短編です。これもまた読者を欺く手際の良さでラストにあっと言わせてくれます。
 表題作の「ポーカー・レッスン」も、どんでん返しと言うよりも、最後まで誰がみんなを騙しているのかがわからない作品に仕上がっています。
 収録されている作品は、すべてが勧善懲悪の話というわけではなく、犯罪者がラストで笑うものも含まれています。その点は、ちょっと納得いかないなあという気持ちも。どうせなら高笑いしていた悪人がラストのどんでん返しで青くなるという話の方がスッキリするのですが。
 どんでん返しがここまで続くと、きっと最後はどんでん返しだろうと思って、驚きが少なくなってしまう嫌いはありますが、とはいえ、「クリスマス・プレゼント」同様、読み応えのある短編集です。おすすめ。
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笑う警官   角川文庫
 ある雨の日、バスに乗っていた運転手と8人の乗客が撃ち殺される事件が発生する。乗客の中にはマルティン・ベックの部下である警察官、オーケ・ステンストルムが含まれていた。果たして、犯人は誰を殺そうとしたのか。ステンストルムがバスに乗っていたのは偶然なのか・・・。
 刑事マルティン・ベックを主人公に、事件を追うストックホルム署の刑事たちを描く、“刑事マルティン・ベック”シリーズの中の1作で、1971年のアメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作です。シリーズとしては4番目の作品にあたります。今回、新訳版が発売されたので、30年ぶりくらいの再読です。
 個性豊かな刑事たちの活躍を描く、いわゆる警察小説です。佐々木譲さんや今野敏さんも影響を受けたというという警察小説の見本のようなシリーズの最高傑作です(佐々木さんの道警シリーズの第1作は、文庫版で改題され「笑う警官」という題名でしたし。)。初版が刊行されたのは1968年ということもあり、物語の背景となる時期はベトナム戦争反対のデモがスウェーデンでも繰り広げられているなど、今読むと、古いなあと感じさせますが、そのおもしろさはいまだに失われていません。
 被害者各々の背景を調べる刑事たちのキャラが個性的で、主人公はマルティン・ベックですが、彼だけでなく捜査を行うコルベリやグンヴァルト・ラーソンなど他の刑事たちの姿も書き込まれていて、集団で捜査を行うという警察小説としてストレートな作品になっています。
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特捜部Q 檻の中の女   ハヤカワ文庫
 特捜部Qシリーズ第1作です。初めて読むデンマークの警察小説です。「特捜部Q」とは「ウルトラQ」ではあるまいし、何だかいい加減な名付け方だと思うのですが、これがこの部署の性格を表しているようです。
 殺人事件の知らせを受け現場に急行した殺人捜査課のカール・マークらは、何者かに撃たれ同僚の1人は死亡、1人は半身不随の傷を負い、カール自身も生死の境をさまよったすえ、ようやく復帰を果たす。しかし、事件によりPTSDを患うカールを邪魔に思った上司は、彼を未解決事件を扱う新しい部署「特捜部Q」へと異動させる。助手はシリア系のアサドだけ。彼らが取り組んだ最初の仕事は、5年前、船から転落したとされ、行方不明となっている議員のミレーデ・ルンゴーの失踪事件だった。
 物語は、カールとアサドの捜査の状況と、その間に挿入される監禁されているミレーデの状況が描かれていきます。最初からミレーデは生きていることが読者の前には明らかにされており、また話の大枠は前半でだいたい想像がついてしまいます。話のおもしろさは、どのようにしてミレーデにカールとアサドの捜査が辿り着いていくのかという点にあります。更にそのおもしろさを増すのが、カールの唯一の助手であるアサドのキャラです。観察力・判断力等秀でたものがあるが、トンチンカンなところもあるアサドが、なぜ助手となったのか、そもそも彼の正体は何なのかという謎が読んでいて興味を惹きます。
 カールらの狙撃事件の決着もつかず、この事件もシリーズを通しての謎として今後描かれていくのでしょうか。
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特捜部Q キジ殺し ハヤカワ文庫
 特捜部Qシリーズ第2弾です。
 特捜部Qのカールの机の上に置かれたファイル。そのファイルには、すでに犯人が逮捕、服役し、解決したはずの兄妹の殴打殺人事件が綴られていた。いったい誰がカールの机の上にファイルを置いたのか。なぜ解決した事件のファイルが未解決事件を扱う特捜部Qに持ち込まれたのか。疑問を抱きながら、カールとアサドは事件を洗い直し始める・・・。
 前作では物語はカールらの捜査と行方不明となっていた女性議員の状況が平行して描かれていましたが、この作品も、カールらの捜査と同時に事件の関係者だった者たちの行動を描きながら進んでいきます。最初から、事件は解決したとおりではないことが読者には示されるので、謎解きとしてのおもしろさはありません。前作同様、犯人捜しではなく、事件の真相に辿り着くカールとアサドの捜査の過程に読んでいてのおもしろさがあります。ただ今回は、カールらの捜査より登場人物の一人、キミ―の行動が事件を解決に導いたとしか言いようがありません。カールとアサドは事件解決どころか一歩間違えばあの世行きまで追い込まれるのですから。それにしても、なぜにこうもカールとアサドは危機に瀕するのか。このままでは、いつかは死を迎えそうです。
 今回はアサドのほかにローセという女性が特捜部Qに加わりますが、これがまたちょっと変わり者で、カールはかなり振り回されます。アサドとローセという二人の変人の部下とカールの今後の展開が気になるところです。
 この作品も600ページを超える大部にもかかわらず、海外ものにしては訳者がいいのか読みやすいのですが、いささか冗長の嫌いがあり、前作ほどのおもしろさは感じられませんでした。
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特捜部Q Pからのメッセージ  ☆ ハヤカワ文庫
 漁船の網にかかった文字が書かれた紙が入ったボトル。警察官の元に届けられたが、忘れ去られたまま何年も経過し、たまたま気がついた者によって開けられる。時の経過でほとんど読めなくなっていた紙には「助けて」の文字が。メッセージが届けられた特捜部Qのカールらは、捜査を始める・・・。
 ボトルに入った助けを求めるメッセージが特捜部Qに持ち込まれたことを発端に始まるこの話ですが、発端だけとれば、まるでおとぎ話のようです。映画でもケヴィン・コスナー主演の「メッセージ・イン・ア・ボトル」という映画で、ボトルに入ったメッセージを受け取ることから始まる恋愛映画がありました。実際にそんなおとぎ話のようなことはあり得ないだろうと突っ込みたくなりますが、そのあり得ない出来事を忘れさせるような展開に、とうとう最後まで読み切ってしまいました。
 今回も物語はカールの視点で描く部分と、犯人の視点で描く部分から構成されていきます。両者が交わるところで事件の解決が図られていくという形になっており、そこに至るまでに、果たして誘拐された子どもはどうなるのかという緊迫感がじりじり高まっていきます。今回もカールとアサドは危機に直面。よくもまあ、毎回殺されそうになるものです。
 今作にはアサドとローセのほかに、ローセの姉ユアサが登場。さらにカールは振り回されますが、ここにも驚く展開が待っています。謎めいたアサドの行動も気になるところですが、これは謎のまま次作へ。彼の正体はいったい何者なのか、この謎だけでも次作が読みたくなります。
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ジェイコブを守るため  ☆ 早川書房
 14歳の少年が公園で刺殺死体で発見され、警察の捜査の結果、事件を担当していた地区検事補アンディ・バーバーの息子が容疑者として逮捕される。停職となったアンディは息子の無実を信じるが、彼には家族に隠していた秘密があった・・・。
 息子を信じる父親が真実を追うという、ミステリではありふれた設定ですが、父親が本来であれば犯人を逮捕する側である地区検事補であること、彼の血に曾祖父、祖父、父と続く犯罪者の血(それも殺人者の血)が流れていることなど読者の興味を引きつける設定となっています。
 親と子、夫と妻の関係を描きながら、後半はいよいよ裁判の開始となりますが、そこまで読んできても、彼の息子が犯人であるか否かがまったくわからない展開。ただ、しだいに明らかにされていく息子の性状や行動に、妻だけでなく、読者としても、もしかしたらという印象が強くなっていきます。
 ラストの法廷場面において、ようやく本の帯に書かれた「わたしが証言台に立ったときには、すべてが手遅れだった」という一文が理解できました。そして、冒頭にアンディが証人として法廷に立っている理由がわかります。これは、うまくミスリードされたなという感じです。
 いくら息子かわいさといっても、地区検事捕らしくない行動に、読んでいてバカな親だと思ってしまいます。うちの子に限ってという典型的なバカ親のパターンですが、自分が同じ立場に立てば同じようになってしまうかもしれません。子を持つ親として大いに考えさせられる作品でした。
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特捜部Q カルテ番号64  ☆ 早川書房
 特捜部Qシリーズ第4弾です。前作までと同様、未解決事件に携わるカール・マーク警部、その助手のアサド、ローサの捜査のパートと、過去の未解決事件の様相を描くパートとに分かれてストーリーは展開していきます。
 今回、特捜部Qに持ち込まれた未解決事件は、1987年に起こったエスコートサービスを経営していた女の失踪事件。ローサらの調査によって、同じ時期に失踪事件が重なっていることが判明します。この事件については、ストーリーの最初で、ある女性の復讐によるものだということが明らかにされます。いつものように、この女性の復讐のストーリーとカールらの捜査のストーリーが重なったところから怒濤のラストヘと突入します。
 相変わらすのカール、アサド、ローサの強烈なキャラで読んでいて飽きません。スラスラ読むことができるのは翻訳もうまいのでしょう。今回もカール、アサドは危機一髪の事態に陥ります。こんなに危険と向き合っていては命がいくつあっても足りないほどです。シリーズを通して語られているカール、ハーディーらが撃たれた事件についても新展開があります。彼らとともに撃たれ死亡した同僚だけでなく、カール自身についての疑惑も浮上してきます。作者はシリーズ10作目まで書くと言っているので、そのときにこの事件がメインで描かれることになるのでしょうか。
 凶悪な犯罪者も言うことを聞かせてしまうアサドの正体も非常に気になります。果たしてシリアの秘密警察なのか、それともどこかのスパイなのか・・・。そんな正体不明の男が警察に雇われるということからして大きな謎です。
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地上最後の刑事  ☆ 早川書房
 2013年のMWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞最優秀ペーパーバック賞を受賞した作品です。
 地球に小惑星が衝突するまで半年。その衝突により地球は滅亡する運命にあることが明らかとなる。仕事を辞め、残された時間を好きなことをして過ごそうとする人、絶望して自殺を図る人など、人々はそれぞれの選択をしていく。警察官とて例外ではなく、警察も少なくなった人員で機能不全ぎりぎりのところで存在している状況にあった。そんな中、マクドナルドのトイレで首を吊った男の死体が発見される。誰もが自殺だと思う中、刑事になったばかりのヘンリー・パレスは殺人ではないかの疑念を抱き捜査を始める。
 確実な死を前にして人はどう行動するのか。作品中でもそれぞれの人々の選択する行動が描かれています。読みながら、ついつい自分に置き換えてしまうのですが、やはり「仕事なんてやってられないよ!」という気持ちになるのが正直なところでしょう。家族と残りの日を過ごそうとするのが一番考えられるところです。死ぬことが怖いのに自殺するなんてとてもできそうにありません。そう考えるとヘンリー・パレスの警察官としての職務を全うしようとする姿には「あっぱれ!」と言わざるを得ません。いまさら殺人事件にしてどうするんだという誰もが思う問いかけに対し、ヘンリー・パレスは真摯に対峙します。
 この作品は3部作の第1作のようです。果たして、しだいに地球滅亡の日が近づいてくる中で(次作は衝突3ケ月前だそうです。)、ヘンリー・パレスは刑事として事件の捜査を続けていくのか。展開が気になるところです。
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特捜部Q 知りすぎたマルコ  ☆ 早川書房
 特捜部Qシリーズ第5弾です。
 今回特捜部Qが扱う未解決事件は、これまでと違ってそれほど前の事件ではない3年前の外務官僚の行方不明事件です。出張先のアフリカから予定を早めて帰国してから忽然と消息を絶った外務官僚。その失踪事件の裏には、政府開発援助を巡る大掛かりな公金横領事件があり、この事件の鍵を握るのが、叔父が率いる犯罪組織から逃げ出した15歳の少年・マルコだった・・・。
 前作で大怪我をしたアサドも復帰し、相変わらずわけがわからないラクダのたとえ話でカールを悩まします。一方ローサは今作では今まで以上に積極的に捜査に加わります。そもそも今回の事件に特捜部Qが取りかかったのもローサの力によるところが大であり、今までにない活躍を見せてくれます。
 相変わらず濃いキャラの3人ですが、今回は特捜部Qのメンバーより主役といえるのはマルコです。図書館に通って自ら学び、犯罪組織から抜け出して犯罪を犯さずに地道に金を稼ごうとするマルコが健気です。一緒に育った仲間や犯罪ネットワークの者たちから追われ、コペンハーゲンの街を孤立無援で逃げ回るマルコに思わず声援を送りたくなります。
 後半はマルコの逃亡劇にハラハラドキドキです。殺し屋として雇われたアフリカの少年兵からマルコが逃げることができるのか、果たしてカールたちと出会うことができるのか。最後のクリスチャニアを舞台にしての少年兵とカールたちの活劇は見せ場です。
 今作ではカールの銃撃事件についての進展は見られませんが、アサドの正体については、カールの上司との思わぬ接点が明らかにされるなど、いよいよ謎めいてきました。カールの私生活にも大きな転機が訪れ、またカールの相棒だったハーディにも回復の兆しが見えてきて、こちらも気になるところです。Q課の業務管理担当となった役に立たない新入りのゴードンは今後もQ課のメンバーとして登場するのか、こちらも興味あります。
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湿地  ☆ 東京創元社
 初めて読んだアイスランド発のミステリーです。2012年の「このミス」で第4位、週刊文巻の「ミステリーベスト10」で第2位となった作品です。海外ものにしては300ページ余りとそれほど長くなく、割と読みやすい作品でした。
 アイスランドの首都・レイキャヴィクの“北の湿地”と呼ばれる地にあるアパートで、老人が殴られて死亡。物取りの犯行かと思われたが、現場に意味不明のメッセージが残されていたことから、エーレンデュル捜査官は事件の裏には隠された事実があるのでないかと真相を追う。
 被害者の過去が明らかとなってくるうちに、なんて胸糞悪い男だ、これでは彼に復讐しようと思う者もいるはずだと読者としては考えるのですが、まさかこんな隠された過去が現れてくるとは。アイスランドならではのある制度があったがゆえに(本当にあるのでしょうか。)起こった事件とも言えます。
 「訳者あとがき」に、作者が新聞のインタビューで語った言葉が載っています。『殺人者にはしかるべき理由があり、殺されるほうには殺されて当然と思える側面がある。私は殺人をする人間をもっと知りたい。なぜ殺すに至ったか、真の動機はなんなのか。私はそれを書きたい。殺人という行為は決して単純なものではないのです。』まさしく、この「湿地」という作品は、この作者の言葉がその中に現れた作品と言っていいでしょう。本当なら厳しい刑罰を受けて当然の男がのうのうと生きてきたのに対し、自分の存在意義を揺さぶられるような事実を知った犯人の犯行に至る気持ちを思いやると、あまりに哀しすぎます。
 ところで、エーレンデュルの娘は薬物中毒。最近読んだ特捜部Qシリーズのカール・マーク警部もそうでしたが、どうして外国ミステリーの主人公は家庭内に問題を抱えているのでしょうか。この作品では犯人の犯行動機との関係もあり、エーレンデュルと娘の関係が、物語の中に大きな場所を占めています。
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緑衣の女   ☆ 東京創元社
 2013年版の「このミス」で海外部門の第4位となった「湿地」に続く、アイスランドを舞台とするミステリの邦訳第2弾です。こちらは2014年版の「このミス」で海外部門の第10位を獲得しており、海外においてゴールドダガー賞を受賞しています。
 子どもの誕生パーティーが開かれていた家に弟を迎えに行った医学生の兄は赤ん坊が人骨の一部をしゃぶっているのに気づく。その骨はその家の男の子が建築現場から拾ってきたものであったが、エーレンデュルらレイキャヴィク警察の捜査官が調べると、第二次世界大戦中に埋められたものであることがわかる・・・。
 第二次世界大戦といえば、もう70年も昔のこと。アイスランドではそんな昔の事件を調べるの?と思うのですが、エーレンデュルらは捜査を開始します。ある意味、それほどアイスランドの警察は暇なんでしょうかと思ってしまいます。日本で第二次世界大戦の頃の白骨死体が出たら、レイキャヴィク警察のように捜査を開始するのでしょうか。
 物語は現在の捜査のパートと過去の事件のパートに別れて描かれていきます。現在のパートでは相変わらずエーレンデュルと麻薬中毒の娘との関わりが大きく描かれます。これは前作「湿地」から引き続きということで、そこでも書きましたが、家族関係に問題を抱える警察小説の主人公というのは、ありかちなパターンですね。
 過去の事件のパートは、ある一家の夫の妻へのドメスティック・バイオレンス、子どもを人質に取られ、無抵抗に殴られる妻と、それを見つめる子どもだちというあまりに悲しい場面が描かれていきます。白骨死体がここで描かれる出来事とどう繋がってくるのかという点が現在のエーレンデュルらの捜査によって次第に明らかとされますが、白骨死体が誰なのか、題名にもなっている「緑衣の女」が誰なのかは想像がついてしまい、ミステリーとしての謎解きという部分はこの作品では大きな位置を占めません。それよりは、理不尽な暴力に耐える妻とその子どもたちが辿った運命を描く社会性の高い作品となっています。
 外国のミステリーを読むときに一番困るのが、カタカナの名前がなかなか覚えられないこと。ただでさえそうなのに、このシリーズの警官たちときたら、エーレンデュル、エリンボルク、シグルデュル=オーリといった具合に読みづらくて、覚えるのにひと苦労です。
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カウントダウン・シティ 早川書房
 小惑星の地球衝突が迫る中、刑事として事件の解決に奔走するヘンリー・パレスを描いてアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペーパーバック賞を受賞した「地上最後の刑事」の続編です。
 前作の舞台は小惑星が地球に衝突するまで半年のニューハンプシャー州コンコードでしたが、今回は衝突まで77日となった日から始まります。元刑事のパレスは知人の女性から失踪した夫を捜してくれと頼まれ、学生たちが支配する大学等々夫捜しの捜索を始めます・・・。
 いよいよ地球滅亡まであと2ケ月間余り。助かる見込みがないことが確定しているならば、あとは家族と一緒に死をおとなしく待つか、どうせ死ぬなら、今までやりたくてもできなかったことを「死ぬまでにやりたいことリスト」にして、それを実行するかでしょう。問題は後者です。やりたいことが犯罪の場合に取り締まる警察も機能を果たしていないので、静かに死を待ちたい人にとっては迷惑千万です。前作ではそんな状況の中でも捜査を続けるパレスを描きましたが、今作では警察組織はすでに形骸化し、刑事を解雇され“元刑事”となったパレスを描いていきます。
 このシリーズは三部作ということなので、次作はいよいよ最終回。今回、刑事でなくなったパレスが、この混乱の世の中で、友人の頼みとはいえ、なぜ他人のために危険を顧みず行動するのか凡人には理解できませんでした。きっと僕なら家族と過ごすことを選びます。小惑星衝突目前、パレスはいったい何をするのか。ラスト、彼が衝突目前することはやはりあれだろうと思わせるところで終わります。最終作が楽しみです。
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ゴースト・スナイパー  ☆ 文藝春秋
  四肢麻痺のライムと、その手足となって働くニューヨーク市警刑事アメリア・サックスが難事件に挑むリンカーン・ライムシリーズ第10弾です。  
 バハマのホテルでアメリカに批判的な言動を繰り返している男が2000メートルも離れた場所から狙撃され、殺される。リンカーン・ライムとアメリア・サックスは、地方検事補のローレルから射殺された男が爆弾テロを計画していたという情報は誤りであり、射殺を指示した政府機関・国家諜報運用局長官のシュリーヴ・メツガーの逮捕への協力を求められる。事件の捜査を始めたライムらの周囲では事件関係者が次々と殺され、またライムとアメリアも命を狙われる・・・。  
 アメリア・サックスが彼女をつけ狙う殺し屋であるジャイコブ・スワンの魔の手から逃れることができるのかというハラハラドキドキの場面もあったり、普段は部屋に籠っているライムが事件現場である海外のバハマにまで出向き、そこでのあわやという場面もあり、ページを繰る手が止まりませんでした。「え!どうなるの?」と読者に思わせたところで場面転換ですから、先を読まないわけにはいきません。読者を引きつけるのが、ジェフリー・ディーヴァーはうまいですよねえ。  
 殺し屋のジェイコブ・スワンが、料理好きで日本製のナイフを使用して料理をするように人間を処理していくことに喜びを感じるという特異なキャラの持ち主という点が、ライムだちとの戦いがどうなるかの興味を大きくします。どんでん返しに次ぐどんでん返しの連続でラストはいっきに読ませますが、ただ、ジェイコブ・スワンはこれだけの特異なキャラなんだから、もう少し抵抗してもらいたかったなあという気がします。そこまでの緊迫感に比べ、最後はちょっとあっけないですね。  
 相変わらすのライムのチームのメンバーの中で、今回、特に目を引いたのはライムと共にバハマに行ったロナルド・プラスキーです。なかなか機転の利く人物で、今後のシリーズの中でも大きな位置を占めていきそうな感じがします(冒頭の主な登場人物欄の中に名前がないのが納得できません。)。  また、前作で右手がわずかながらも動くようになったライムが、手術で左手も動くようになるのかという点も事件の解決とは別にファンにとっては気がかりなところだったのですが・・・。
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その女アレックス  ☆   文春文庫
 仕事帰りの路上で男に襲われた看護師のアレックス。彼女は誘拐され、気づいたときには廃工場らしき場所に監禁されていた。誘拐された彼女の捜索を行うのは、妻を誘拐され殺された過去を持つカミーユ・ヴェルーヴェン警部。このヴェルーヴェン警部が母親のニコチン中毒が原因で身長が150センテにも満たないというフランス人の中ではきわめて目立つ存在。捜査能力は優れているが、妻の死以後落ち込んでいるヴェルーヴェンを上司は事件の現場へと向かわせる。
 物語は誘拐されたアレックスの状況とヴェルーヴェンらの捜査の状況が交互に描かれていきます。第一部は男のアレックスに対する拷問のような残忍な監禁の様子に、この男はサイコパスなのか、果たしてアレックスは無事に救出されるのか、ヴェルーヴェンは妻の死という痛みから抜け出て事件を解決することができるのかという点が読みどころかなとページを繰っていったのですが、読み進んでいくうちに事件の裏側に思わぬ事実があったことが浮かび上がってきます。一転驚きの展開の第二部に、果たしてどんな結末になるのかと先が気になるばかり。
 昨年末の「このミス」と週刊文春の「ミステリーベスト10」で海外編の第1位に選ばれるなど、各所で評判を呼んだ作品です。ネタバレになるので詳細は語れませんが、まさか誘拐事件の裏にこんな事実が隠されているとは思いませんでした。あまりにやるせないラストに何とも言えずページを閉じました。
 ヴェルーヴェンを取り巻く上司のル・グエン、部下のルイ・マリアーニ、アルマンとのチーム・ワークも読みどころです。 
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サンドリーヌ裁判   ☆ 早川書房 
 妻を殺した容疑で起訴された大学教授のサミュエル・マディソン。「サンドリーヌ裁判」という題名からわかるように舞台は法廷が主ですが、検事側と弁護士側が丁々発止のやりとりをする通常の裁判小説とは異なります。かなりの部分、法廷にいる被告・サミュエルの心の動きを描いていきます。
 裁判が進むうちにサミュエルが同僚の妻である女性と不倫をしており、その女性に夫が妻を殺す内容の短編小説を書いて見せていたという事実や、さらに病気の妻の主治医から妻の死体から検出された薬を手に入れていたことなど、彼に不利な事実が次々と明らかとなってきます。果たしてサミュエルは本当に妻を殺したのか、それとも妻は自殺したのか・・・。
 読み進めていくと、サミュエルがこの小さな田舎町に住むこと、さらにはそこに住む人々を嫌悪しており、鼻持ちならない傲慢で嫌な男だということがわかってきます。確かにこんな男では周囲の人たちが疑うのも無理ありません。一方、妻のサンドリーヌは人が振り返るほどの美貌と高い知性の持ち主であり、人柄も良かったことから、よりいっそう彼に強い疑いが持たれるようになり、次第にサミュエルはこの事態がサンドリーヌによって仕組まれたものではないかと考えるようになります。
 物語は、サミュエルの一人称で描かれており、もちろん自分が殺したとは言わないので、被が無実なのか、あるいは心の中でサンドリーヌが仕組んだものではないかと疑うのも、読者を欺いていて実は犯人ではないのかは、最後まで明らかとなりません。
 トマス・H・クックの作品は全体的に暗い雰囲気で、なかなかスラスラとは読むことができないのですが、今回の作品は“法廷もの”という形式を取っているためか、割と読みやすく、ラストで妻がサミュエルのことをどう思っていたのかが明らかになるところには、いつもの暗さは感じられません。 
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限界点  ☆  文藝春秋 
 主人公は政府機関に所属する警護官(ボディーガード)のコルティ。
 彼が今回警護するのはワシントンDCの刑事であるケスラーとその家族。敵はターゲットを拉致し、拷問によってその人物が持つ情報を引き出すことを仕事としている「調べ屋」のラヴィング。単純に対象となる人を拷問して情報を引き出すだけでなく、その人物の弱みを突いて自分に協力させる怖ろしい男であり、子どもの命も何とも思わない容赦がない冷徹な男です。
 冒頭でラヴィングはコルティの信頼する上司を殺したことが描かれており、コルティとラヴィングの間には因縁があることがわかります。そんな二人の裏の裏の、そのまた裏をかくという戦いは読み応えがあります。二人の知恵比べです。ラヴィングの追跡を逃れてケスラー家族を安全な地へと脱出させるまでのスリル満点の逃走劇が描かれていきます。いったい誰がラヴィングに脅されて彼に操られているのか。誰が敵でどこに潜んでいるのか。とにかく目が離せません。これはまずいぞと思わせておいて、ホッとさせるという場面が何度もあります。このあたり作者がうまくて、ラヴィング、コルティ共に相手を騙そうとするのですが、それに読者も騙されてしまいます。
 ラヴィングに仕事を依頼したのは誰なのか。ラヴィングが得ようとしている情報は何なのか。ストーリーは二転三転し、読者を飽きさせません。確かにどんでん返しが続きすぎるという嫌いがないわけではありませんが、そこはジェフリー・ディーヴアーの筆力で批判をねじ伏せ、手に汗握る展開へと突き進みます。
 終盤のラヴィングとの戦いでコルティに助力する男がいますが、彼のキャラがなかなか渋くて印象に残ります。コルティの部下の女性・クレアも個性的なキャラで、いいですねぇ。
 警護官・コルティをリンカーン・ライム、キヤサリン・ダンスに続く新しいキャラとしてシリーズ化を期待したくなる1作です。 
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死のドレスを花婿に  ☆  文春文庫 
  2015年版の「このミス」海外編で第1位、週刊文春の「ミステリー・ベスト10」の海外編で第1位となった「その女アレックス」のピエール・ルメートルが「その女アレックス」より前に書いた作品です。既に他社で出版済みでしたが、「その女アレックス」の人気で陽の目を見たようです。
 物語は「ソフィー」、「フランツ]、「フランツとソフィー」、「ソフィーとフランツ」の4部構成となっています。
 第1部「ソフィー」はベビーシッターのソフィーが主人公。物忘れが非常に多くて自分に不安を感じているソフィーが、ベビーシッターをしている家でつい眠ってしまい、気づくと世話をしていた子どもがソフィーの靴の紐で絞殺されているのを発見する。家には鍵がかかっており、外部からの侵入は考えられず、ソフィーは自分が殺したのではと思い、そこから逃亡を図る・・・。
 なぜ、ソフィーが警察を呼ばずに逃亡を図ったのか、読者は詳しいことがわからないまま、ソフィーの逃亡生活を読み進めていきます。すると、彼女の逃亡先で再びソフィーが殺したと思われる状況で殺人事件が起きます。
 ソフィーがなぜ記憶障害になったのか、なぜベビーシッターとして働いているのか、なぜ過去を語ろうとしないのか、夢に出てくる夫はどうなったのか、そもそもソフィーは殺人者なのか等々が語り手がフランツという男になる第2部で次第に明らかになってきます。それとともに、読者は非常に嫌な気持ちになりますが、そのままで終わらないのがルメートルのうまいところ。第3部と第4部で“ソフィー”と“フランツ”の順番が逆になっているところが物語の流れを見事に表しています。
 最後はすっきりというより、逆の意味でこれは怖いなあと思わざるを得ません。「その女アレックス」のアレックスにしろ、今作のソフィーにしろ、ルメートルが描く女性は強いし、情け容赦はありません。ソフィーを敵に回したのが間違っていたのですね。
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声  ☆  東京創元社 
 「湿地」「緑衣の女」に続くレイキャビク警察捜査官エーレンデュルを主人公にしたシリーズ第3弾です。
 世間がクリスマスシーズンで賑わう中、ホテルの地下の穴蔵のような部屋でドアマンをしていた男がサンタクロースの服装のまま、めった刺しにされた姿で発見される。捜査が進む中で、被害者が少年の頃、ボーイ・ソプラノの天使の歌声の少年としてレコードも出し、将来を嘱望されていたが、突然の変声期の到来によって人生を大きく狂わせてしまった過去を持っていたことが判明する。
 子どもの頃スターであった被害者がそこから転落することにより崩壊していった家族関係が明らかになっていきますが、その原因が変声期を迎えたためという本人にはどうにもならないこと故にあまりに悲劇的です。
 前2作では家族関係での悩み(離婚した妻に引き取られた娘が麻薬中毒で、更には売春までもしていた)を抱えるエーレンデュルが描かれましたが、今作でもドアマンの殺人事件の捜査と並行して、エーレンデュルが幼い頃に家族の中で起こったある事件により、心の中に大きな痛みを持っていることが明らかにされます。
 父親の過大な期待を叶えることができなくなったことから父子の関係が崩壊した被害者の家族関係にエーレンデュルの家族の話やさらにはエリンボルクが担当する児童虐待事件の話を絡めているところが殺人事件とは直接関係はありませんが読ませます。     
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アルファベット・ハウス  ☆  早川書房 
 “特技部Q”シリーズですっかり人気の定着したユッシ・エーズラ・オールスンですが、この作品は“特捜部Q”シリーズより以前に書かれた彼のデビュー作品です。“特捜部Q”シリーズは、遙か以前に起こった事件の単に謎解きだけではない重厚な人間ドラマでしたが、この作品も第二次世界大戦中を描く戦争ドラマに止まらず、二人の男を巡る壮大な人間ドラマともいうべき作品に仕上がっています。
 第二次世界大戦下、英軍パイロットのブライアンとジェームズはドイツ上空で撃墜され、ドイツ国内にパラシュート降下する。ドイツ軍に追われた二人は通りかかった病院列車に乗り込み、正気を失ったドイツ将校になりすます。彼らが送られた先は“アルファベット・ハウス“と呼ばれる精神病院。そこでは彼ら同様に患者を装う親衛隊の将校に殺されかかるが、どうにかブライアン一人が脱出に成功する。28年後、ミュンヘンオリンピックの選手団の医師として、ブライアンはジェームズを探してドイツに向かうが・・・。
 物語はブライアンの脱出までの第一部と28年後のブライアンのジェームズ探しの二部に分けて描かれます。
 第一部はブライアンとジェームズが送られた病院(アルファベット・ハウス)を舞台とし、二人の目を通して恐怖と緊迫感溢れる毎日が描かれていきます。ドイツ語がわかるジェームズはともかくブライアンは周りがドイツ語で何を言っているかわからない状態の中で、ドイツ人ではないこと、精神病患者ではないことがばれる恐怖と戦います。また、治療のために薬を服用したり、電気ショック療法を受けたりするのですから、逆に精神に異常を来してしまうのではないかという恐怖はどれほどのものがあったでしょう。その上、病室内を暴力で支配する偽患者の親衛隊将校が彼らが偽患者であることに気づいたのではないかと読んでいてハラハラドキドキの展開でした。
 第二部は28年後のブライアンのドイツでのジェームズ探しが描かれます。ブライアンがジェームズを探していることを知った、今は名を変え町の名士となった元親衛隊将校らがブライアンを亡き者にしようと襲いかかります。第一部は心理的なサスペンスという感じでしたが、第二部はブライアンと元親衛隊将校との戦いを圧倒的な筆力で描いていきます。
 ラストは想像していたハッピーエンドという雰囲気とは異なりました。二人の友情が昔のように戻ることはないのでしょうね。28年という長い時間を精神病患者として生きてきたジェームズにとっては、救いがあったのでしょうか。 
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特捜部Q 吊された少女  ☆  早川書房 
 特捜部Qシリーズ第6弾です。今回、カールたちが捜査に当たるのは17年前に起こった少女ひき逃げ事件です。捜査を続けていた警察官が退職に際し、特捜部Qに捜査依頼の電話をしてきます。カールがその依頼をすげなく断った後、退官式の席上で、その警察官は拳銃自殺をしてしまいます。やむなく捜査を始めたカールたちは、その少女と当時交際していた男を探すが・・・。
 木に逆さづりとなって死んでいた少女、更には捜査を続けていた警察官が拳銃で自殺というショッキングなシーンで幕を開ける今回の事件ですが、カールたちの捜査と新興宗教の中での女性たちの愛憎劇が交互に描かれていきます。後者では特に、教組の右腕であり、教組を愛するピルヨという女性の、教組の愛を得るための恐ろしいまでの行動が描かれていきます。果たして、この話がカールたちの捜査にどう絡んでくるのか、どこで交錯するのかが読みどころとなっています。
 しかし、ピルヨという女性は怖すぎです。それに対して、カールとアサドは弱すぎます。またもや二人は危機一髪の状況に追い込まれます。
 読者をミスリードするストーリー展開はいつもどおりです。ラストは二転、三転でしたが、それまでじっくり描かれていたのに、真相が明らかになるラストの展開は駆け足すぎた嫌いもあります。
 相変わらず、カール、アサド、ローサの3人のやりとりに思わずニヤッとしながら読み進みました。アサドの言動に呆れながらも、実は一番信頼をしているカールの姿や、自己を傷つけてもカールを献身的に助けようとするアサドの姿など、チームを組んで7年がたったコンビの新たな姿も描かれていきます。今回はその3人に、ゴードンという新たなメンバーを加え、更にハチャメチャなチームとなっていくのも愉決です。
 シリーズを通して謎となっているアサドの過去や釘打ち事件についても新たな事実が判明します。果たして、どういう真相が表れてくるのか、これからもシリーズから目が離せません。 
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世界の終わりの七日間  ☆  早川書房 
 『地上最後の刑事』『カウントダウン・シティ』に続く三部作完結篇です。物語は小惑星が地球に衝突するとされる10月3日までの1週間を描いていきます。
 地球滅亡が迫っているというのに、前作でもパレスは警官を首になりながらも失踪した知人の夫を探しましたが、今作ではパレスは妹のニコを探して警察官たちが暮らす“警察のいえ”から旅立ちます。小惑星を爆破する計画を持つニコたちはいったいどこに行ったのか。少ない手がかりの中パレスはニコの痕跡を辿ります。果たしてパレスはニコを見つけることができるのか。パレスは最後を残った家族のニコと地球滅亡までの短い時間を過ごすことができるのか。小惑星の衝突時間が刻々と近づく中、パレスの捜査は続きます。
 大災害を前にしているのに、そして、パレスの危機のシーンもあるのにも関わらず、物語は淡々と進んでいきます。ミステリとしての最後の謎解きもあります。でも、それは二の次です。パレスの家族としてのニコヘの思いに心を揺さぶられ、そしてラストシーンに静かな感動を覚えます。
 途中でパレスはアーミッシュの一族に出会います。ハリソン・フォード主演の「刑事ジョン・ブック 目撃者」の中にも登場した電気も使用しない近代以前の自給自足で生活している宗教集団です。世界が崩壊する直前に前近代的な生活をしている穏やかなアーミッシュに出会うというのが、なんとも象徴的です。 
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ありふれた祈り  ☆  早川書房 
 アメリカ探偵作家倶楽部賞最優秀長編賞受賞作です。昨年の「このミス」海外部門で第3位、週刊文春のミステリーベスト10の海外編でも第3位になった作品です。
 ミステリーですが家族の物語でもあります。200ページ近くまで事件といえる事件は起きません。少年が汽車に轢かれたり、身元不明の男の死体が発見されたりする事件が語られますが、あとは主人公フランクの回想によって、40年前、フランクが13歳の時のアメリカのミネソタ州ニューブレーメンに住むフランクの一家、弁護士になる予定だったが戦争から帰ってきて進路を変更して牧師となった父、弁護士と結婚するつもりだったのに牧師の妻となったことに不満を抱え教会での音楽に没頭する母、ジュリアード音楽学院への進学を予定している美しく優しい姉、吃音のある賢い弟の生活が淡々と語られていくだけです。
 ところが200ページを過ぎると事態は一変し、家族にとって悲しい事件が起きます。読者からすると、事件の犯人はそれまでのフランク一家の生活を描く中で語られていたことから、すぐに想像がついてしまいます。犯人の動機も思ったとおりで、どんでん返しということもありません。なぜ、登場人物の誰もわからないのか歯噛みしてしまいますが、それは神の立場にいる読者故わかることなのでしょう。          そんなミステリとしての謎解きよりは、当時のアメリカらしい原住民(アメリカ・インディアン)に対する迫害があった田舎町を舞台に主人公の少年から見たアメリカ社会や第二次世界大戦の心の傷を未だ抱えている父親をはじめとするアメリカ人の家族を描くことが主だったような気がします。 
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ライトニング  ☆  文春文庫 
 ローラには生まれたときから彼女が危機の時に助けに現れる“守護天使”がいた‥・。
 前半は、母の死を伴う出生から、12歳で父が死んで天涯孤独の身となり、孤児院へ入ったローラが、いじめに遭いながらも友人を得て、成長して作家となり幸せな結婚をして、息子をもうけるまでが丹念に描かれていきます。その間もローラが強盗に襲われたり、交通事故に巻き込まれそうになると、雷鳴とともに“守護天使”が現れてローラの危機を救います。
 やがて、ローラの介を狙う男が登場してきます。果たして“守護天使”とは誰なのか。ローラの命を狙う男は何者なのか。そしてなぜ命を狙われるのか。様々な謎を抱えながら物語は後半に突入します。
 ネタバレになるので詳細は書くことができませんが、僕好みのジャンルの作品です。後半は逃げるローラと追う謎の男たちとの命をかけた戦いが繰り広げられます。母親となったローラが逞しいです。 ウジを連射しながら男たちを倒します。ラスト近くでは、ある有名な二人の人物が登場しますが、ローラたちの戦いが彼らに大きな影響を及ぼすところが、痛快です。ちょっと荒唐無稽なストーリーで、“守護天使”がローラを守る理由が「え?」と思ってしまうところはありますが、読ませます。 
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戦地の図書館  東京創元社 
 表紙カバーの写真は戦場で本を読む兵士の姿をとらえています。戦場で本を読む時間があるのか、戦争という死と隣り合わせの極限状況の中でも本を読む気持ちになれるのかと疑問に思うのですが、その答えはこの本の中に書かれています。
 内容はノン・フィクションです。第二次世界大戦中に、アメリカが戦地の兵士に本を送った活動が描かれていきます。
 ヨーロッパではヒトラーが自国の政策に合わない本の焚書を大々的に行い、多くの本が灰燼に帰したことが冒頭で紹介されます。ヒトラーの人心掌握術は長けていて、ドイツ人の多くはこのことをおかしいと思わなかったのですね。アメリカでも戦地の兵士が読むには相応しくない本ということで検閲もあったでしょうが、自由を守るための戦いをしているアメリカが、自由を損なうことをするのはおかしいと、議論を尽くした上で、いわゆる性的な描写のある本であっても、兵士に届けていたことが描かれます。1947年までに、実に1億4000万冊の本が前線に送られたというのですから驚きです。
 そうして届けられた本を戦場という過酷な状況の中で読み、癒やされていたことが、兵士からの手紙を引用しながら描かれていきます。あのノルマンディー上陸作戦の中でも、傷ついた兵士が衛生兵を待つ間本を読んでいたというのにはびっくりです。
 当時の日本軍の実態を身をもって知っているわけではないので、様々見聞きしたことから想像すると、軍部が戦場で兵士が本を読むことを許すことはなかったと思うのですが、訳者あとがきによると、日本も兵士用の本を製作していたようで、江戸川乱歩の本もあったとか。でも、戦場では本を持っているだけで上官の鉄拳が飛んできそうですけど。
 アメリカは戦場での兵士たちの緊張を和らげるために本を送るというのですから、文化の違いなのか、戦略の違いなのか。それも、兵士が持ちやすく、ポケットに入れていつでも読めるサイズの“兵隊文庫”を作るのですから、そんなアメリカに勝てるわけないですよね。
 この兵隊文庫からペーパーバックが飛躍的に増えてきたことや、今では村上春樹さんの訳でも人気のフィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」が兵隊文庫で読まれることで、アメリカを代表する小説となったという点もおもしろく読みました。兵隊文庫で読書に勤しんだことが、戦後、同様に教育に勤しむことに繋がったというのも驚きです。
 いやぁ〜本の力というのは本当に凄いです。 
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アウシュヴィッツの図書係  ☆  集英社 
 第二次世界大戦中、ナチスドイツによって多くのユダヤ人がガス室に送られ、無残に殺害された悪名高きアウシュヴィッツ収容所。物語はこのアウシュヴィッツ収容所を舞台に、たった8冊の本の図書係を務める14歳のエディタ・アドレロヴア(ディタ)を中心に描きます。
 先日読んだモリー・グプティル・マニングの「戦地の図書館」にはヒトラーがドイツにとって相応しくないとする本の焚書を行った旨が描かれていましたが、それは人々が本を読むことで知識を得ること(それによってドイツに批判的な思想を持つこと)を恐れたためでしょう。そういう点ではヒトラーは本が特つ力を理解していたのでしょう。
 もちろん、アウシュヴィッツ収容所でユダヤ人が本を読むことが許されるわけがありません。そんな中で強制収容所内で開かれた学校の図書係を命じられたディタの任務は監視兵たちに見つからないよう本の隠し場所から子どもたちを教育する教師たちのもとへと本を運ぶこと。見つかれば、即ガス室送りになることがわかっていながら、彼女は本を運びます。14歳の少女とは思えない勇気の持ち主ですが、この物語は、アウシュヴィッツ収容所で図書係を務めた実在の女性の経験に基づく話だそうですから、実際にこんな勇気を持った少女がいたんですね。
 いつ殺されるのかもわからない恐怖で毎日を送る強制収容所の中でも、人々は本に癒やされ、本からの知識を得ようとします。そしてディタも本を読むことで過酷な収容所生活を生きようとします。本当に、本の特つ力は凄いです。
 この物語の中ではディタの周囲の人の様々な運命も描かれます。脱走を果たした人もいるし、ガス室送りになった人もいます。ガス室送りになる者とそうでない者を選別する際に、生き残る方に選別された少女に、ガス室送りになる方に選別された母と妹が微笑みながら手を振っていたというくだりには思わず目頭が熱くなりました。戦後70年が過ぎ、戦争の悲惨さを語り継ぐ人が少なくなっていますが、やはり忘れ去ってはいけないことだなと、この作品を読んでいて改めて思います。 
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テロ  東京創元社 
  ドイツ上空で旅客機がハイジャックされる。テロリストはサッカーの試合で湧くスタジアムに旅客機を墜落させ、7万人の観客を殺害しようと目論んだが、緊急発進したドイツ空軍のパイロット、コッホ少佐が独断で旅客機を撃墜し、7万人の観客の命は牧われる。しかし、基地に帰還後、少佐は旅客機の乗客164人の命を奪った罪で逮捕され、裁判にかけられる・・・。
 7万人の命を救うために164人の命を奪ったことが殺人罪に問われるのか、あるいは無罪なのかを描く法廷劇です。作者のシーラッハは明確な結論を出していません。有罪判決と無罪判決の二つの結論を書き、あとは読者の判断に委せています。有罪には有罪なりの考えが、無罪には無罪なりの考えがあり、どちらも説得力があります。一方を読むと確かにそのとおりだと思ってしまうし、もう一方を読むと、こちらの考えももっともだと納得してしまうほど、簡単に判断を下せない難しい問題です。
 人の命の価値を比較はできないとは思うものの、コッホ少佐の立場に立てば、164人より7万人の命に価値を見出してしまうのはやむを得ないものかもしれません。しかし、ドイツの連邦憲法裁判所は、無辜の人を救うために無辜の人を殺すことは違憲であると判断しました。だから、この判断を素直に尊重すれば少佐は旅客機を撃墜すべきではなかったし、撃墜したことにより殺人罪に問われることになります。しかし、撃墜せずにそのままスタジアムヘの旅客機の墜落を見ていたとすれば、果たして世間の人は、彼は命令に従っただけだ、仕方がない、憲法裁判所も彼の行動は許しているとして解放してくれるでしょうか。そのときは、きっとまた大きな非難の声が上がるではないでしょうか。
 人の命をどう考えるのかという非常に難しい命題です。しかし、この作品で描かれたことは、ISやアルカイダが存在する中では、いつどこで起きるかわかりません。日本でも起こる可能性があります。 9.1 1事件で、世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ際、アメリカの戦闘機が早い時点で旅客機を捕捉していれば、アメリカは戦闘機を撃ち落とすことを考えただろうと思います。テロに屈しないと表明しているアメリカならば撃墜することに躊躇しないかもしれません。
 とはいえ、飛行機の乗客にはまったく責任はありません。そんな無辜の命を奪うことですから、誰かが彼らに対する責任を特って判断することが必要です。この作品のように戦闘機のパイロットに最終判断をさせ、実際に決断をしなくてはならない人たちが外で責任を回避することはあってはならないと思います。
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ミスター・メルセデス  ☆ 文藝春秋 
 モダンホラ一やSFに留まらず「スタンド・パイ・ミー」のような少年の成長小説も書くなど、エンターテイメント界の大御所といっていいキングがこの作品で挑戦したのは、帯に書かれているように“真っ向勝負のミステリー大作”です。ところが、これが2015年のエドガー賞長編賞を受賞してしまうのですから、さすがキングとしか言いようがありません。脱帽です。
 合同就職フェアの会場に集まった人々の列の中に猛スピードで走ってきた1台のメルセデス・ベンツが突っ込み、8人の人命が失われる。犯人は逃走し、事件は未解決のまま担当刑事のホッジスは警察を退職する。退職後、生きる目的を失い、自殺も考える日々を送っていたホッジスの元に、事件の犯人“メルセデス・キラー”から彼を挑発するような手紙が届く。それにより、再び生きる目的を見つけたホッジスは、犯人捜しに動き出す。
 冒頭、求職者の列に並ぶ男と赤ん坊を抱えた女とのエピソードが丁寧に描かれていたので、彼らがこの物語に大きな関わりを見せるのかと思ったら、あっという間の退場。せめて彼らの関係者が登場するのかと思いましたが、それもありませんでした。このあたりは、ちょっと肩すかし。とはいえ、そこはキング、読み進むうちにグイグイ物語の中に引っ張り込まれます。帯に「退職刑事vs卑劣な殺人鬼」とあるように、物語はホッジスと再び殺人を犯そうとする犯人との闘いをテンポ良く描いていきます。
 ミステリーといっても謎解きではありません。読者には犯人はすぐに明かされます。アル中の母親と二人暮らしのブレイディ・ハーツフィールドです。物語は、ブレイディと母親との関係、そして昔に亡くなった弟との関係を描いていきます。母親との関係性が事件に結びつくと考えるのはあまりに安易ですが、ブレイディが事件を起こした動機はすっきりとは理解できませんでした。
 ホッジスは60歳を過ぎたいくらか小太りの老年の域に達した男。そんなホッジスに力を貸すのは、ハーバート大学進学を考える黒人の高校生ジェロームともう一人の意外な人物でした。途中までは当然、あの人と思っていたのですが・・・。ラストは大勢の人たちを殺害しようとする犯人とそれを防ごうとするホッジスたちとの手に汗握る対決となりますが、ここでもその人物は大活躍を見せます。やり過ぎ感がなきにしもあらずですが。
 事件解決後、ホッジスはある仕事に就くこととなります。今回の作品は3部作の1作目で、すでにアメリカでは3作目までが出版されているそうですから、日本でも早期の刊行を望みたいです。訳者の白石さん、頑張れ!
 ラストのエピソードは次作に影響を及ぼすことになるのかも気になるところです。 
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生か、死か  ☆   早川書房 
 (ちょっとネタバレ)
 ゴールド・ダガー賞を受賞、エドガー賞最優秀長編賞にもノミネートされた作品です。
 700万ドルの金が奪われ、4名が死亡した現金輸送車襲撃事件の共犯として逮捕され、10年の刑に服していたオーディ・パーマーが、満期出所を翌日に控えた夜に脱獄をする。刑務所の中で、金の行方を知っている者として常に命の危険に晒されていた男が、明日には晴れて出所という時になって、なぜ脱獄をしたのか。ある目的を持って逃げるオーディ、彼を追うFBI捜査官のデジレー、何者かによって刑務所から出され、オーディを追うよう命令された刑務所でオーディが唯一心を許していたモス、そして事件の際、オーディを銃撃し瀕死の重傷を負わせた保安官のバルデス。逃げる者、追う者を描きながら物語は進んでいく・・・。
 満期出所の前日になぜ脱獄したのか、そもそも事件の犯人でないのならなぜ罪を認めたのかという大きな謎を中心に、モスは誰によって刑務所から出され、なぜオーディを追うよう命令されたのか、保安官のバルデスがオーディを付け狙うのはなぜなのか、予想もつかないストーリ−の展開に、あっという間に物語の中に引き込まれました。
 ボスの運転手役がボスの愛人を好きになるというストーリーには、B級映画のようだと思ったのですが、結局彼の生きる原動力となったのは、彼女への愛です。10年前の事件の様相が明らかとなるラストには、「そう来たかぁ!だから自分は無実だと主張できなかったのかぁ!」と納得です。
 映画化されてもいいようなストーリー展開です。映画化されれば、ラストは去って行くオーディに対し、しだいに大きくなっていく拍手で暗転、エンドロールヘ、という感じですね。
 帯に書かれたスティーヴン・キング絶賛という惹句が気になって読みましたが、満足です。
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終わりなき道  ☆  早川書房 
  二人組の男に監禁された少女を救うため、彼らを射殺した警官のエリザベスだったが、二人が合計18発もの銃弾を浴びていたため、警察上層部そして世間はエリザベスが二人を拷問の上、射殺したのではないかと疑う。一方、同じ頃、殺人の罪で13年間刑務所に服役していた元警官のエイドリアンが釈放され刑務所から出所するが、時を同じくして再び13年前と同じ状況で女性の死体が発見され、エイドリアンが疑われる。エリザベスは本当に拷問の上射殺したのか、エイドリアンの犯行とされる13年前の事件は冤罪だったのか・・・。
 所々に犯人の独白が挿入されるので、エイドリアンは犯人ではないことが読者には明らかにされますが、そうなると犯人は誰なのか。怪しそうな人物は何人も登場しますが、なかなか犯人を指摘することができませんでした。
 エリザベスが救った少女・チャニング、13年前にエイドリアンが殺害したとされる女性の夫とエイドリアンに復讐しようとするその子・ギデオン、エリザベスの上司であるダイヤーと相棒であるベケットら警察官たち、出所したエイドリアンをなぜか追う刑務所長とその部下たち、牧師であるエリザベスの父と母、エイドリアンの事件の弁護士だったクライベイビー・ジョーンズ等々様々な人々の事情が複雑に絡まり合い、関係のないと思われていた様々な出来事に関連性のあったことが次第に明らかとされていきます。
 そもそものエイドリアンの事件のきっかけがあんなところ(ネタバレになるので伏せます)から始まったというのは、それまで何も語られていなかったので開けてビックリの唐突感がありますが、それ以外は見事なストーリーテラーぶりで、特に最初の監禁事件での
犯人の射殺がラストの大団円のシーンの伏線になっているところにはしてやられたという感じです。
 読み応え十分です。600ページ近い大部ですが先の展開が気になってページを繰る手が止まりませんでした。おすすめです。
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湖の男  ☆  東京創元社 
 レイキャビク警察シリーズ第4弾です。
 干上がった湖の底から白骨が発見される。頭蓋骨には穴が空き、壊れたソ連製の通信機器が結びつけられていたことから殺人事件としてレイキャビク警察署のエーレンデュルたちが捜査をすることとなる。行方不明の人たちを捜査する中で、エーレンデュルは農機具のセールスマンの失踪事件に行き当たる。エーレンデュルの捜査により恋人との結婚を前に姿を消した男は、偽名を使用していたことがわかる。果たして、失踪事件と白骨との関連はあるのか・・・。
 物語は、白骨の正体を探るエーレンデュルらの捜査を描く合間に、冷戦時代に共産主義を信じアイスランドから東ドイツのライプツィヒに留学したトーマスたちのことを語る男の独白による回想が挟まれます。ときはちょうどハンガリー動乱の直前の頃で、トーマスはソ連の共産主義に懐疑的なハンガリーから来た留学生のイローナに惹かれていきます。しかし当時の東ドイツは相互監視の社会で、共産主義に批判的な者は密告され、秘密警察に連行される中で、やがてトーマスの周りでも不穏な空気が広がっていきます。果たして、ライプツィヒでの出来事がアイスランドの湖から発見された白骨とどう関連してくるのか、またエーレンデュルが気にする農機具のセールスマンの失踪事件はどう繋がるのかが読みどころとなっています。
 前回まではエーレンデュルと娘であるエヴァ=リンドの関係が描かれていましたが、今作では息子のシンドリが初めて登場します。エーレンデュルと姉の理解者であるシンドリとエヴァ=リンドとの関係が今後どうなっていくのかも、このシリーズの行方の気になるところです。 
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スティール・キス  ☆   文藝春秋 
 リンカーン・ライムシリーズ第12弾です。
 警ら中の警官から撲殺事件の犯人を発見したという報告に、アメリア・サックスは現場に急行し犯人の後を尾行する。ショッピングセンター内のスターバックスに入った犯人を見張り応援を待つアメリアの目の前で、突然開いた乗降板の穴に男性が転落してしまう。助けに入ったアメリアの奮闘むなしく男性は死亡し、アメリアが尾行していた犯人はその間に逃走してしまう。ある事件がきっかけでリンカーン・ライムが警察の顧問を退いている今、アメリアは単身、捜査を続けることとなるが・・・。              今回取り上げられるのは、“モノのインターネット”です。最近インターネットを利用して外出先からエアコンなどの家電を操作したり、部屋の中に設置したカメラで家で待つ犬猫の映像を見たり等々のことができるようになってきています。今作の犯人はインターネットをハッキングして、家電等を自由自在に操作し、所有者に災厄をもたらします。知らないうちに勝手に家電を操作され、それも普通の家電が凶器に化してしまうのですからたまったものではありません。
 当初はライムが警察顧問を退いているため、アメリアの捜査にライムが関わらなかったりしますが、ライムと同様車椅子に乗った女性・アーチャーが登場し、ライムの相棒役を務めたり、刑務所に入っていたアメリアの元彼・ニックが登場したりで、ライムとアメリアを取り巻く人間関係が慌ただしくなります。また、アメリアの相棒であるプラスキーの不可思議な行動もあって、ページを繰る手が止まりません。
 ライムとアーチャーの関係はどうなるのか、アメリアの元彼のニックは無実の罪で逮捕されたのか、そしてアメリアとニックの今後はどうなるのか、本筋とは別のところにも興味が尽きません。
 いつもながらのどんでん返しで、今回も「え〜」と言わされましたが、それゆえに今回の犯人はこれまでより印象が薄くなってしまった嫌いがあります。 
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ファインダーズ・キーパーズ 上・下  文藝春秋 
 「ミスター・メルセデス」に続くビル・ホッジス三部作の第二作です。
 物語は、1978年から始まります。隠棲していたかつての人気作家・ロスティーンの家に三人組の強盗が入り、ロスティーンを殺害し、金庫から金を盗むとともにノートに書かれたロスティーンの人気作の続編を奪っていく。主犯のモリスは他の二人を殺害し、金とノートを入れたトランクを埋めて隠す。彼はその後女性への暴行で逮捕され終身刑を宣告されて刑務所に収監される。時は流れ、Mr.メルセデスが起こした事件により父親が大けがを負ったピートは、川縁の地中に埋められていたトランクを発見する・・・。
 「ミスター・メルセデス」で大量殺傷事件を起こした犯人を逮捕した刑事のビル・ホッジスは退職して“ファインダーズ・キーパーズ”という名の探偵社を設立し、私立探偵として活躍しています。彼とともに前作で犯人逮捕に協力したホリーは探偵社の社員としてホッジスを助けており、また、ジェロームも今では大学生となっています。そんな彼らがピートの妹の友人であり、ジェロームの妹から兄の様子がおかしいと相談を持ち込まれたことから、事件に関わっていきます。
 同じキングの「ミザリー」の映画でキャシー・ベイツが演じたアニー・ウィルスのような作家のファンと言っても狂的なファンであるモリスと彼の狂的な夢を奪ったピート少年がどうなるのか。ホッジスらはピート少年を守ることができるのかがこの作品の読みどころです。
 それにしても、このメインストーリーとは別に、ある人物の不気味な行動が気になります。このことが三部作の掉尾を飾る次作の予兆でしょうか。この感じだと、今作とはかなり異質な作品になりそうな気がします。刊行予定の夏が楽しみなシリーズです。 
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13・67  ☆   文藝春秋 
  「このミステリーがすごい!」海外編の第2位、「本格ミステリ・ベスト10」の海外部門の第1位となった作品です。
 香港経済を支える有力企業のひとつである豊海グループの総帥が自宅で水中銃により殺害されているのが発見される。容疑者は二人の息子と長男の妻、そして執事の男とお手伝いの女。捜査を行うのはロー警部と警察を引退後、特別捜査顧問を務めていたクワン。クワンは事件の解決率100%を誇る名刑事だったが、今では末期癌のため病院のベッドで昏睡状態だった。ロー警部は、容疑者たちをクワンの病室に集め、クワンの頭部に繋いだ特殊な機械により、クワンの脳波を読取り、「イエス」と「ノー」を示すことができると説明し、質問に対するクワンの回答から事件の謎を明らかにしていこうとする・・・。
 ローの質問によりクワンが「イエス」、「ノー」と応えることにより、次第に真実が明らかにされていきます。これは究極の安楽椅子探偵ものかと思ったら、事件は意外な結果となります。
 題名の「13・67」は、2013年と1967年を表しており、収録された6編は「黒と白のあいだの真実」の2013年と「借りた時間に」の1967年の間の時間を繋いでいきます。構成の妙といっていいのが、冒頭の話から舞台となる時代が遡っていくこと。したがって、安楽椅子探偵ものの形は冒頭の「黒と白のあいだの真実」だけであって、あとはクワンという警察官の現実の捜査が描かれていきます。
 事件の舞台として描かれるのは、そのときどきの香港の姿ですが、僕自身が香港という都市で知っているのは、最近のいわゆる「雨傘革命」のことと、1997年の香港のイギリスから中国への返還くらいです。ただ、それ以外の物語の舞台となった年も香港史にとっては重要な年だったようです。
 「黒と白のあいだの真実」のインパクトの強さに比べると、あとは普通の警察小説という感じですが、マフィアの抗争もあれば、凶悪犯の脱獄事件、汚職警察官を捜査する英人捜査官の子どもの誘拐事件など様々です。しかし、掉尾を飾る、語り手が最後まで誰であるのかがわからない「借りた時間に」の仕掛けにはびっくりさせられます。読み終わった人は、きっと冒頭の「黒と白のあいだの真実」にもう一度戻るに違いありません。
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特捜部Q 自撮りする女たち  早川書房 
 特捜部Qシリーズ第7弾です。
 今回もストーリーは、従来どおりカールの視点で描かれる部分と犯人たちの視点て描かれる部分で構成されていきます。
 カールの視点で語られる部分では、ローラの精神がかなり不安定になり、また、特捜部Qが縮小されるという話が浮かび上がります。元殺人捜査課課長・マークス・ヤコプスンから最近起きた老女撲殺事件が未解決の女性教師殺害事件に酷似しているとの情報がカールの元にもたらされる。一方、福祉事務所で生活保護を担当するアネリは、癌になったことを契機に、働きもせず制度を悪用して生活保護費をだまし取る女性たちの殺害を決意し、実行に移す・・・。
 今回は、過去の未解決事件のインパクトがそれほど強くありません。老女撲殺事件との類似性をがあるとマークスたちが思う理由がはっきりしません。また、半分ほど読み進んでも、カールたちの追う事件にアネリが、更にはアネリが殺そうとしているデニスたちがどう関係してくるのかがわかりませんでした。それぞれの事件の関係者が最終的にどう繋がっていたのかがちょっとご都合主義だった気がしないでもありません。
 今回の一番の読みどころは、ローラの精神不安定の原因が明らかにされたところです。シリーズファンとしては、そんなローラをカールたちがどう救うのかの方が興味深く読むことができました。
 アサドの過去については思わせぶりな描写はありますが、今作でも何も語られません。また、カールの釘打ち事件のその後もまったく語られていません。次作に期待です。 
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乗客ナンバー23の消失  ☆  文藝春秋 
 ドイツ警察の囮捜査官マルティンは、5年前に妻子が乗船した豪華客船“海のサルタン”から行方不明となり、海へ飛び込んで死亡したとされてから自暴自棄の生活を送っていた。そんなマルティンに豪華客船“海のサルタン”の乗客である老女、ゲルリンデから妻子の行方の手がかりを教えるとの連絡を受け、マルティンは“海のサルタン”に乗り込む。そこでは、2か月前に船上から行方不明になり、母親とともに海へ飛び込んで死亡したとされていた少女、アヌーク・ラマーが発見されていたが、彼女はマルティンの息子のものだったテディベアの人形を持っていた。マルティンはアヌークから妻子の行方を探ろうとするが、その間に、船内では新たにリザという少女の行方不明事件が起こっていた・・・。
 題名の“乗客ナンバー23”とは、豪華客船の乗員の間で使用される“行方不明者”の符丁のこと。豪華客船のクルーズでは年平均23人が行方不明になっているそうです。物語は、捜索を進めるマルティンを中心にして、船内のどこかに閉じ込められているアヌークの母親や豪華客船の船室を仕事場とする窃盗犯のティアーゴ、客船を売ろうとする船主のイェーゴル、マルティンの妻子が失踪したときも船長をしていたダニエル・ボンヘーファー船長、船長の恋人である船医のエレーナなどを描きながら進んでいきます。
 いったいアヌークを監禁していた人物は誰なのか。大西洋を航行する客船の中ですから、登場人物は限られていたのですが、怪しげな人物が次々に登場し、絞ることができませんでした。まさか、あの人だったとは・・・。見事に騙されました。
 アヌークの母親はどこに監禁されているのか、監禁犯は母親から何を告白させようとしているのか、リザはどこにいるのか、そして何をしようとしているのか、それにマルティンの妻と子の飛び降り自殺の真相は何なのか等々様々な謎が提示され、どんでん返しに次ぐどんでん返しで、ページを繰る手が止まりません。母子の連続失踪事件の真相は、非常に後味の悪いものでしたが、普通はあの状況は想像もつきませんよね。
 後味の悪い真相に対し、ラストはちょっとスッキリとした終わり方でしたが、実はここで終わりではありません。作者のあとがきの後になんとある人物が再び登場し、最後のあっと驚きの展開が持っていました。いやぁ〜おもしろかったです。今のところ今年の海外編ベスト1です。 
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監禁面接  文藝春秋 
 主人公のアランは、57歳の男性。かつては企業の人事担当の管理職にあったが、会社の合併によりリストラされ、今では一人の作業員として傲慢な上司の元、安い賃金で働かざるを得ない状況にあった。しかし、上司から足蹴にされたことで日頃からのうっ憤が爆発し、上司に頭突きをして首になってしまった上に、損害賠償訴訟を起こされる。そんな、にっちもさっちもいかないアランのもとに、応募していた人材コンサルタント会社から書類審査に通ったという連絡がある。続く筆記試験にも合格し、最終の試験は、ある大企業のプロジェクトを任せられる人材を5人の候補者の中から選ぶというもの。そのために、コンサルタント会社が行おうとしたのは、偽のテロを演出し、5人の候補者を人質にして、誰がその危機的な状況で適切な行動をとることができるかを見ようとするもので、その試験官をアランらの採用候補者にさせることでプロジェクト責任者と採用者をいっきに選ぼうとしていた。アランは、マンションを購入しようとしていた娘から強引に金を借り、探偵を雇って5人の候補者のあらゆる情報を調べて、試験に臨もうとする。しかし、合格者が予め決められていると知って、アランはある行動を起こす・・・。
 リストラされ、4年もの間、安い賃金で自分より仕事ができない者に顎で使われることは、アランにしてみれば屈辱的だったでしょう。ましてや57歳という年齢では正規雇用も難しい状況にあることはわかっており、焦りもあることは、同世代としてよくわかります。そんな彼がやっと回ってきたチャンスにしがみつこうとすることも無理ありません。そんな同情できる要素はあるものの、周りから見れば、アランはあまりに身勝手な男としか思えません。妻のためと言いながら、結局考えているのは自分のことばかりです。娘が大切に貯めたマンション購入資金をうまく言いくるめて借りてしまうなんて、父親としてどうかと思いますし、妻の心配にもきちんと答えていません。そんなアランに、読んでいて、まったく共感できませんでした。
 物語は、自分を騙した大企業とコンサルタント会社への復讐劇かと思わせておいて、「そのあと」で描かれる事件の顛末が一番の読みどころとなっています。そのほか、拘置所内でアランに襲い掛かる暴力や終盤のカー・チェイスなどサスペンス色もかなりあり、作品全体を通してドキドキ感はあるのですが、やっぱり共感できない主人公だと物語の中にのめり込むことができません。かわいそうなのは、アランにいいように利用された友人ですねえ。まさか、あんな結末を迎えるとは予想もできませんでした。飲んだくれですが、アランなんかよりずっと共感できます。ラストのアランの状況はそれまでの彼の行動からすれば致し方ないところでしょう。 
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任務の終わり 上・下  ☆  文藝春秋 
 元刑事で今は探偵社を営むホッジズを主人公にした三部作の完結編です。
 1作目の「ミスター・メルセデス」は警察小説としての面が強く、「あのキングがエドガー賞受賞!?」と驚きましたが、サスペンスであり、少年の成長物語でもあった第2作目の「ファインダーズ・キーパーズ」を挟んで、掉尾を飾る今作は超常現象も描かれる「これこそキングでしょう!」という作品に仕上がっています。
 相棒のホリーと探偵社を営むホッジズのもとに刑事時代の相棒ビルから連絡が入る。6年前のメルセデス事件で後遺症を負って寝たきりの娘と母親との無理心中事件だという。ホッジズとホリーは、無理心中に違和感を持ち事件を調べ始めるが、これ以外にもメルセデス事件の被害者が自殺していることを知る。一方、メルセデス事件の犯人・ブレイディは脳に後遺症を負い、意思疎通もできない状態で入院していたが、彼の周囲で自殺などの不思議な事件が多発する。やがて、ホッジズの愛する者へもブレイディの魔の手が伸びてくる・・・。
 最終巻でいよいよホッジズと“メルセデス・キラー”ことブレイディの決着をつける戦いが始まります。病院のベッドにいるはずのブレイディがどうやってホッジズに戦いを仕掛けてくるのか。ここには、キングらしいホラー、SF要素が入ってきています。
 心臓に病気を抱えているホッジズが今度はガンに罹患してしまいます。そんな老いぼれた元刑事であるホッジズと、他者との社会的関係をうまく作れないホリーがどうやってブレイディに対抗していくのか。成長したジェロームがこの二人にどんな手助けをするのか。先が気になってページを繰る手が止まりません。題名の「任務の終了」が余韻を残します。
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座席ナンバー7Aの恐怖  ☆   文藝春秋 
 クリューガーはブエノスアイレスに住む精神科医。飛行機恐怖症であったが、ドイツにいる出産を控えた娘に会うために飛行機に搭乗することとなる。飛行機が離陸した後、クリューガーに何者かから電話が入り、「娘を誘拐した、命を助けたければ飛行機のチーフパーサーを精神的に追い詰めて、飛行機を墜落させるよう」要求される。チーフパーサーのカーヤはかつて高校生の時に無差別銃撃事件に巻き込まれて心に傷を負い、クリューガーの患者であったことがあった。クリューガーはドイツにいる元恋人のフェリに連絡を取り、事情を話して娘の家に行ってもらうよう頼む。一方、ベルリンではクリューガーの身重の娘・ネレがタクシー運転手を装った男に拉致され、廃墟に監禁されてしまう・・・。
 「乗客ナンバー23の消失」では大型客船の中での事件を描いたフィツェックですが、今回は旅客機が舞台です。フィツェックさんもいろいろ考えてくれますねぇ。物語は飛行機の中で犯人からの要求に娘を助けるためにカーヤの精神に揺さぶりをかけるかどうか苦悩するクリューガーとクリューガーの依頼でベルリンの街でネレの行方を追うフェリを交互に描きながら進んでいきます。
 果たしてクリューガーは飛行機を墜落させずに済むのか。クリューガーを脅迫する犯人は誰なのかという謎解きだけではなく、カーヤが巻き込まれた無差別銃撃事件の裏に隠されていた事実が明らかになってきたりして、読者を飽きさせません。なぜ機内に死んだはずの彼の妻のつけていた香水がどこからともなく香ってくるのかの謎が明らかになったときは、「そうだったのかぁ!それでクリューガーは〇×なのかぁ(〇×の部分はネタバレになるので伏せます。)。」と、唸ること必至です。
 読者をミスリードする伏線も至る所に貼られており、どんでん返しもあって、ページを繰る手が止まらず一気読みでした。
 ストーリーの本筋とは離れますが、クリューガーとしては自分が娘を助けに行くわけにもいかず、頼んだのが元恋人、それも妻が自殺する場面に立ち会うことに耐えかねて家を飛び出したときに、相手が自分を想ってくれていること知りながら、それを利用して一夜を共にし、結局は捨てた相手ですから、そんな相手に頼るのは虫が良すぎますね。相手のフェリも結婚式を控えていながら、クリューガーの頼みを聞くなんて、人がよすぎです。 
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ディオゲネス変奏曲  ☆   早川書房 
 「13・67」で「このミス2018年版」の海外部門第2位に入った台湾人作家・陳浩基さんの短編集です。短いものは2ページから、長いものでも50ページほどの17編が収録されており、ジャンルもミステリ、SF、ホラーと種々雑多です。作者自身があとがきでその作品に合うクラシックの曲を挙げているので、それを聞きながら読むのも一興です。
 いくつかの感想を述べると・・・
 「藍を見つめる藍」は、女性のブログに書かれた情報から住所を割り出したストーカーによる殺人事件かと思わせておいてのどんでん返しの作品です。この主人公は異常です。
 「頭頂」は、朝起きて鏡を見ると、頭の上に鳥の爪みたいな異物が乗っているのが見えるようになった男の話。外に出ると他の人の頭にも様々なものが乗っており、他人はそれが見えないらしい。医者に行っても改善しなかった男が取った行動は・・・。
 「作家デビュー殺人事件」は、ミステリ作家を目指す青年が、編集者から既存の売れ子作家たちは、殺人経験者だから魂の入った作品を書けている、実際に人を殺さなくてはダメだと言われ、実行に移すというストーリーです。青年の実行した密室トリックも読みどころですが、皮肉なオチに青年が哀れです。
 「時は金なり」は、時間を売り買いできるようになった世界で、時間を切り売りして売ってきた男を描くSF作品です。売った時間に経験したことは記憶としては残っているが、主観的な経験した感じがしないというもの。嫌なことが起きる時間をどんどん売った男が老人となって友人と出会って時間を売ったことを後悔することとなる・・・。
 「カーラ星第九号事件」は、SF系のミステリ作品で、カーラ星に向かった宇宙船が墜落し、船長と船員が死亡した事件が何者かによって仕組まれたものだったのではないかと、探偵が呼ばれ、事件の謎が解き明かされていきます。作者のあとがきによると、後期クイーン問題に取り組んだ作品ということになるようですが、そもそも「後期クイーン問題」がわかっていないので、理解している人のようには楽しめなかったでしょうか。
 「いとしのエリー」は、読者をミスリードする、いわゆる“叙述トリック”の作品です。義妹とその夫をもてなす“わたし”だったが、2階のベッドには妻の死体が横たわっている状況の中、義妹夫婦は妻に会いたいと言う。妻の死を隠す夫の右往左往ぶりが描かれると思ったら、思わぬどんでん返しの展開が待っています。それにしても、この題名、まさかサザンの歌からではないですよねえ。
 「珈琲とタバコ」もSF系の作品です。ここ3日間の記憶がない男が、コーヒーを飲みたくなってスタバに行くが、そこにあったのは煙草で、コーヒーは売っていないと言われる。無性にコーヒーが飲みたくなった男は薬局で思わせぶりな店員からコーヒーを買うが、警察に逮捕されてしまうという話。記憶を失っている間にコーヒーは禁制品だというパラレルワールドに入り込んでしまったのかと思いきや・・・。
 「悪魔団殺(怪)人事件」は、コミカル系のストーリーです。ヒーローに倒されて数少なくなった怪人集団の中で殺人事件が起きるが、その犯人は?という話です。怪人がジャガイモ怪人、タマネギ怪人、カマキリ怪人、ハチ怪人というのには笑ってしまいました。そして殺されたジャガイモ怪人がマッシュポテトにされたというのにも・・・。やはり、ヒーローあっての怪人という話です。
 「見えないX」は、大学の推理小説講義の授業の中で行われる推理ゲームが描かれます。授業に出席している者の中に潜り込んでいる講師の助手が誰かということを証明した者は単位をもらえるということでゲームが始まります。この作品集の中で一番の本格ミステリといっていい作品です。この作品の中では“名探偵コナン”や“金田一少年”に加え、歌手の“倖田來未”やその妹の“misono”まで話題にされており、日本のサブカルチャーは凄いなあと思わされます。 
 
イヴリン嬢は七回殺される  ☆  文藝春秋 
 西澤保彦さんの作品に、祖父の死を回避するために同じ一日を何度も繰り返す男を描く「七回死んだ男」、人格が入れ替わる現象の中で起きる連続殺人事件を描く「人格転移の殺人」がありますが、この作品は両方が合わさったともいうべき、「タイムループ」と「人格転移」が起こる世界での殺人事件を描く作品です。ただでさえ、複雑なのに、二つの現象に様々なルールがあって、なお一層ややこしくなり、なかなか話についていくことが難しい作品でした。
 冒頭、ひとりの男が、自分が誰なのか、なぜここにいるのかもわからず、森の中を放浪している。頭の中に残っているのは“アナ”という女性の名前だけ。男は森の中で何者かから追われている女性を見て、助けを求めて、やがて、森の中に建つ屋敷「ブラックヒース館」にたどり着く。そこには今宵行われる仮面舞踏会のために多くの人たちが集まっていた。男はみんなからセバスチャンと呼ばれ、自分がその館の滞在者であり、セバスチャン・ベルという名前の医者だということを知る。しかし、意識を失って目覚めると、今度は屋敷の執事になっていることに気づく。更に画家から暴力を受けて気を失って目覚めると、今度は招待客のひとりになっていた。そこで、ようやく主人公は現れた黒死病の仮面をかぶった男から、「今夜行われる仮面舞踏会で屋敷の娘、イヴリンが殺害される。その事件を解決しないと、このタイムループから逃れることができない」と、現在の状況を説明される・・・。
 途中で、主人公はエイデン・ビショップという男だとわかりますが、彼が何者なのか、どうしてここにいるのかは明らかになりません。また、“アナ”という女性も途中で登場してきますが、何者なのかはわからないまま物語は進みます。
 この「タイムループ」と「人格転移」の世界にはルールがあり、それがまた複雑。その@は、一日が過ぎるとまた別の人物の身体に意識が入り、同じ日が繰り返されること。そのループが事件の謎を解明するまで8人、8日続き、それまでに解決できないと記憶を消されて、また一人目から始まるということ。そのAは、主人公以外にこのゲームの参加者がいるが、このループの世界から脱出できるのは最初に正解を出した1人のみであること。そのBは、ゲームの参加者以外に“従僕”なる者がいて、主人公たちの命を狙っているということ。このルールに加えて、同じ日を何度も繰り返すことにより、主人公もいろいろ知恵をつけていくが、困ったことに、「人格転移」は、単に意識がその人の身体に入るだけでなく、入った身体の人格の影響を受けるので、頭のいい人の身体に入ると事件の謎解きが進むが、そうでない場合は事態は停滞するし、更には、暴力的な人の中に入ると、主人公が止めようと思っても暴力を振るってしまうという状況にもなるので、謎解きも一筋縄にはいきません。
 また、ブラックヒース館の主のハードカースル家では16年前に長男のトマスが使用人のチャーリー・カーヴァーら二人の人物によって殺害され、カーヴァーは捕まり絞首刑になったが、共犯者は逃亡したままという事件があり、イヴリンの死の謎だけではなく、この16年前のイヴリンの弟の事件も関わってくるので、より一層話がややこしくなります。
 ラストで明らかになるこの世界とアナの正体やイヴリン殺害の犯人、更には最後に登場してくる本当に悪い者の正体には驚かされました。ミステリ好きという以上にゲーム好きな人はより楽しめるかもしれません。
 ただし、ループや人格転移が起きるこの世界のSF的な設定の説明はまったくなされないので、そこはあれこれ考えることなくそれを前提に読む必要があります。 
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メインテーマは殺人  ☆  創元推理文庫 
 昨年、海外編のベスト1を総なめした「カササギ殺人事件」のアンソニー・ホロヴィッツの新作です。
 自らの葬儀の手配をしたまさにその日、資産家の老婦人、ダイアナ・クーパーは何者かによって絞殺される。作家のわたし(ホロヴィッツ)はドラマの脚本執筆で知りあった元刑事ホーソーンから、この奇妙な事件を捜査する自分を本にしないかと誘われ、それを引き受けることとする。ダイアナには10年前、目が悪いのに眼鏡をかけずに車を運転し、双子の子どもを轢き、一人が死亡、もう一人は脳に重度の障害を受けるという事故を起こしたが、裁判では罪に問われなかった過去があった。ホーソーンとホロヴィッツは被害者である子どもの親に会いに行く・・・。
 さすが「このミス」「本格ミステリベスト10」で第1位を獲得しただけのことはあります。これは、掛け値なしに面白いです。作者だけにとどまらず訳者の力にも寄るものでしょうか、非常に読み易い文体でもあります。
 ホロヴィッツ自身がワトソン役となり、語り手となって、ホームズ役のホーソーンと事件の謎を追うという形式で物語が進んでいきます。事件の一番の謎は、葬儀の手配をした当日に殺害された点です。また、動機の点から一番怪しい双子の両親は事件に関係しているのかも読みどころとなります。
 このホーソーンという元刑事ですが、強烈なキャラの持主です。尊大で刑事時代は一匹狼だったが、なぜか事件の解決率はよかったという男。激情するところがあり、警察を辞めたのも児童わいせつ事件の容疑者を階段から突き落としたせいだと噂されている男です。
 そんなホーソーンに反発して、ホロヴィッツは自らホーソーンに先んじて謎解きをしようとしますが、ホーソーン自身はホロヴィッツが考えることくらい、既にわかっており、なかなかホーソーンの鼻を明かすことができません。というより、ホーソーンへの競争心が思わぬ危難を招くことになるという、ワトソンのポジションをしっかり(?)担っています。
 犯人が明らかになったところで、ページを前に戻ってみると、実はこんなところに手がかりが提示されていたのかと、そのフェアなところに脱帽です。 
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特捜部Q アサドの祈り  ☆  早川書房 
 シリーズ第8弾です。この作品は、ついにアサドの秘密が明らかとなるシリーズファン必読の作品です。物語はスペインのジャーナリストのジュアン・アイグアデル、引き籠りの青年アレクサンダ、そしてカール、アサドなど視点を変えながら進んでいきます。
 地中海を渡って逃げてきたシリア難民の老婆が殺害される。新聞に掲載された老婆の写真、そして老婆と一緒に写真に写っていた二人の女性を見たアサドは慟哭する。その老婆はシリアでアサドが世話になった女性であり、彼女と写真に写っていたのはアサドの妻と娘だった。一方、長い間部屋に引きこもっていた青年は、難民の2117人目の犠牲者となった老婆の報道を見て、ある決意をする・・・。
 謎に包まれていたアサドの過去が明らかとなります。アサドが特捜部Qの一員となった理由に、殺人捜査課長のラース・ビャアンとその兄のイェス・ビャアンとの間にカールの知らぬ繋がりがあったことが明かされます。そして、アサドの驚くべき経歴が語られていきます。
 果たしてアサドは妻と娘を無事に連れ戻すことができるのか。前作で精神的肉体的な痛手を受け、特捜部Qを去ったローラもアサドのために復帰します。そんなアサドの前に立ち塞がるのが、アサドの宿敵というべきガーリブ(アジブ)。アサドとガーリブのまさに手に汗握る戦いを描きながら物語は進んでいきます。ミステリーとしてよりサスペンスに重きが置かれた作品といえます。
 今回、カールの相棒で釘打ち事件により全身不随のハーディの登場はわずかですが、その際の彼の話で、釘打ち事件の新たな展開があることがわかります。アサドの正体もわかったし、いよいよ次は釘打ち事件の犯人との対決が待っているのでしょうか。 
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死亡通知書 暗黒者  ☆  早川書房 
 省都A市で公安局に属するベテラン刑事・ジョンが殺害される。ジョンはネットで死刑執行をする人物を募集するサイトの管理人を探しており、自分が18年前に携わって未解決となっていた公安局の副局長殺害事件と警察学校の2人の学生が爆死した事件の犯人と目される“エウメニデス”を名乗る人物との関連を調べていたことがわかる。ジョンの殺害現場にいた龍州市の公安局刑事隊長であるルオ・フェイは当時警察学校の学生であり、死んだ2人とは友人と恋人という関係だったが、彼もまた“エウメニデス”からの手紙によって再び動き出した“エウメニデス”を探し始めていたところだった。やがて、“エウメニデス”は、死刑執行する人物を名指しし、警察に挑戦してくる。警察は公安局刑事大隊長のハン・ハオ、その直属の部下のイン・ジエン、コンピューターの専門家である刑事のゾン・リーホウ、公安局特殊警察部隊隊長のシオン・ユエン、警察学校講師で犯罪心理学の専門家のムー・ジエンユン、そしてルオ・フェイで構成する専従班を組織し、“エウメニデス”を逮捕しようとするが・・・。
 ミステリといっても謎解きにとどまらず、警察小説でもあり、サスペンスでもあるという贅沢な作品です。いわゆる“華文ミステリ”としては今まで陳浩基さんの「13・67」「ディオゲネス変奏曲」を読んだだけですが、それらの作品以上に面白くていっき読みです。現在のところマイ・ベストを争う作品です。
 もちろん、一番の謎は“エウメニデス”の正体ですが、それだけでなく、「18年前の事件の犯人がなぜ今になって再び犯行を重ねるようになったのか?」、「警察が護衛をする中で“エウメニデス”はどうやって犯行を行うのか?」、「そもそも18年前の事件の真相は?」等々様々な謎があって、飽きさせません。また、“エウメニデス”と警察との攻防のシーンはサスペンス色一杯でページを繰る手が止まりません。
 物語としては一応の決着をみますが、三部作ということで既に残り2作も刊行されているそうなので、早い邦訳を期待したいです。とにかく、面白い。
 唯一困ったのは登場人物たちの名前の読み方です。最初の登場の際だけでなく、ときどき漢字にフリガナが振られるのですが、中国語の読み方が難しくて覚えられません。結局、漢字のイメージで区別していました。 
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網内人  ☆  文藝春秋
 アイとシウマンの姉妹は父を事故で亡くし、母を病気で亡くして、今は二人暮らし。ある日、シウマンは電車内で痴漢に遭い、乗客によって犯人は逮捕されたが、逮捕された男の甥が叔父は無実でシウマンに陥れられたとネットで書き込んで以来、ネットではシウマンを非難罵倒する書き込みが溢れるようになる。それを苦にしたシウマンはアパートから身を投げて自殺する。姉のアイは、ネットに書き込んだ犯人の甥に復讐しようと探偵のアニエに依頼する。
 題名の網内人≠ニは作者の陳浩基の造語だそうですが、インターネットの網の中で生きる人々、あるいは現実の人間関係にからめ捕られた人々を指すそうで、この作品で描かれる事件やその解決にもネットが大きく関わっています。
 ネットのあらゆることに精通する凄腕のハッカーであるアニエとスマホさえ満足に扱えないアイという対照的な二人がシウマンの死の真相に迫っていきます。このアニエという男、非常に変わり者で、ネットに疎いアイを馬鹿にするのですが、この強烈なキャラはルパンのイメージのようです。
 物語はアニエとアイのパートと香港の中小IT企業・GTテクノロジーに勤める施仲南という男のパートが交互に語られていきます。施仲南のパートでは、出世意欲の塊であり、いつかは成り上がっていきたいと考える施仲南が、GTテクノロジーに財政支援をしようと考えるアメリカのベンチャーキャピタルファンドSIQに取り入ろうと色々と策略を練る様子が描かれます。果たして施仲南がアニエとアイのパートとどんな関わりがあるのかが読み進むなかでの読者の一番気になるところですが、この辺り、作者の二重三重の罠が仕掛けられています。単純なミスリードだと考えると、作者に土俵際でうっちゃられます。最後に様々な伏線が回収されて真実が明らかになったところで、やられたなあと言うこと請け合いです。 
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その裁きは死  ☆  創元推理文庫 
 「このミス」「本格ミステリ・ベスト10」を始めとして今年の海外ミステリのベスト1を総なめした作品です。昨年第1位となった「メインテーマは殺人」に続く、ホーソーン、ホロヴィッツコンビのシリーズ第2弾になります。作者のアンソニー・ホロヴィッツからすれば、一昨年の「カササギ殺人事件」から3年連続の第1位獲得です。
 離婚専門の弁護士リチャード・プライスがワインボトルで殴られ、更に割れた瓶でのどを切られて殺害され、現場の家の壁には「182」という数字がペンキで書き残される。これ以前、リチャードが関わった離婚裁判の相手方である作家のアキラ・アノンが彼にワインのボトルでぶん殴ってやると言っていたことから、アノンが容疑者として浮かび上がる。警察から助力を依頼された元刑事のホーソーンはホーソンの伝記を書く契約をしているホロヴィッツと共に事件の捜査に乗り出す。果たして犯人はアノンなのか。そして、壁に書かれた「182」という数字は何を意味するのか。更には事件の前日にはリチャードの大学時代の友人である男が駅のホームから線路に落ちて轢死する事件も起き、事件は過去の洞穴探検での事故の関連も疑われるが・・・。
 ホロヴィッツ自身がワトソン役となり、語り手となって、ホームズ役のホーソーンと事件の謎を追うという形式で物語が進むのは前作と同じ。相変わらず傲岸不遜なホーソーンにホロヴィッツが翻弄されます。今回もホロヴィッツがあまりにかわいそうです。まあこのこのコンビが作品の面白さの一つの理由でもあるわけですが。本格ミステリらしく、あちこちにヒントが隠されているので、注意深いミステリ読みには真犯人を指摘することもできるかもしれません(もちろん僕個人はホロヴィッツではありませんが、真実に近づくことはできませんでしたが。)。
 この作品には、事件の話とは別に、ホーソーンの秘密が顔を覗かせます。ただ、この秘密は最後まで解き明かされません。事件の謎とは別に大いに気になりますよねえ。いったい、あの自分勝手で人の迷惑を顧みずとも一向気にしないホーソーンの過去には何があるのでしょうか。今後のシリーズの行方が楽しみです。 
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ホテル・ネヴァーシンク  ☆   早川書房 
 ユダヤ系移民のアッシャー・シコルスキーは、ヨーロッパでの生活に見切りをつけ、家族を連れてアメリカへと渡る。苦難の果てに辿り着いたのはニューヨーク州キャッツキルの小さな町リバティ。そこでたまたま、旅行客を泊めたことが評判となり、シコルスキーはネヴァーシンク川を見下ろす断崖の頂に立つ大邸宅を買取り、「ホテル・ネヴァーシンク」を開業する。アッシャーの娘のジーニーに代替わりして順調にホテルが経営されるようになった1950年、ホテルに滞在中だった少年が行方不明となり、未解決のまま時が経過していく。やがて、ジーニーの弟であるジョセフの孫娘・アリスが行方不明となり、捜索の結果、意識を失って発見された乾物貯蔵室から行方不明だった少年の遺体が見つかる。果たして犯人は・・・
 物語は、1950年から2012年まで、シコルスキー一族だけでなくホテル・ネヴァーシンクに関わるホテルの従業員等の視点で年代を追ってホテル・ネヴァーシンクで起きた出来事が語られていきます。失踪した少年の事件の謎は物語全体を通して根底に流れていますが、それぞれの人々が語るのは、自分たちの生活、自分自身の人生のことであり、視点人物によって事件の謎解きが行われるわけではありません。そういう点では、ミステリというよりシコルスキー家のクロニクルといった方が物語の内容に合います。
 最後に置かれた“エンディング”の章のジーニーの語りによって失踪事件の真相が語られます。シコルスキー家のクロニクルを読んで行く中で、ついつい頭の片隅に追いやられていた事実が目の前に突き付けられますが、ミステリ好きの人なら、犯人は早い段階で予想がついたかもしれません。 
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ザリガニの鳴くところ  ☆  早川書房 
 「このミス 2021年版」海外編第2位、「2021本格ミステリ・ベスト10」海外編第9位を獲得した作品です。
 1969年10月30日早朝、ノースカロライナの沼地で古い火の見櫓にやってきた二人の少年が、若い男の死体を発見する。男はチェイス・アンドルーズという高校時代はクォーターバック選手として一目置かれる存在であり、村一番の美人と結婚した男。操作を開始した保安官は、やがて様々な証言から、村人から“湿地の少女”と呼ばれ、わずか6歳で家族からも見捨てられ、学校にも通わずに一人で生きてきたカイアという女性に疑惑の目を向ける。果たして、チェイスを殺害したのはカイアなのか・・・。
 物語は、1969年から70年にかけての事件の始まりから裁判を描く章と、1952年、カイアが6歳のころからの彼女の成長が描かれる章とに分かれます。この作品は、様々なミステリのベスト10に入りましたが、ジャンルとしてはミステリというより、黒人差別はもとより多くの差別を抱えたアメリカ社会の中で、親に見捨てられた少女が逞しく生きていく成長物語といった方がいいかもしれません。ミステリの部分は、そんな彼女を描くための一つの手段ともいえます。
 とにかく、6歳で、父親の暴力で姉兄が家を出て行き、更には母親までも彼女を置いて出て行ってしまい、最後には家族離散の原因となった父親自身もカイアを置いて出て行ってしまうなんて、あまりに彼女の運命は悲惨。読者としては、そんなカイアに共感し、それ以上に一人で力強く生きていくカイアに畏敬の念さえ抱いてしまいます。それ故、どうしてチェイスなどという見た目だけの男に惹かれてしまうのかと、二人の恋愛シーンは飛ばし読みしたくなります。
 ミステリとしての謎解きとしては、やはりそうきたかと驚く点はありませんでしたが、この展開は納得です。
 題名の「ザリガニの鳴くところ」とは、登場人物が言うには、「生き物たちが自然のままの姿で生きている場所」という意味だそうです。でも、“ザリガニ”って鳴かないのでは? 
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