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逸木裕の本棚

  1. 少女は夜を綴らない
  2. 星空の16進数
  3. 空想クラブ
  4. 彼女が探偵でなければ
  5. 五つの季節に探偵は

少女は夜を綴らない  角川書店 
 山根理子は中学三年生。母親と12歳離れた中学校教師の兄・智己との3人暮らしだったが、小学校6年生のときのある出来事以来、自分が他人を傷つけてしまうのではないかと常に不安に駆られるという“加害恐怖”という病気を抱えていた。“加害恐怖”に怯える理子は、「夜の日記」と名付けたノートに身近な人の殺害計画を書き綴ることで心のバランスをとっていた。そんな彼女の前に自分の父親を殺したいと考える少年・瀬戸悠人が現れ、3年前に自分の姉の加奈子を理子が殺しただろうといい、姉の代わりに父親を殺すのを手伝って欲しいという・・・。
 理子も母親に言葉による虐待を受けており、また悠人も父親から激しい虐待を受けているという共通点から、理子が悠人に協力して殺害計画を立てていくのですが、こんな子どもの計画が果たしてうまくいくのか、そして理子の兄の智己の不審な行動は何を意味しているのかが、読みどころです。
 そして、理子の“加害恐怖”はなくなるのか。それは当然、加奈子の死に関わってくるのですが、この辺りは想像できなかったですね。
 「夜の日記」のことを知られてクラスでいじめに遭う理子を心配するマキとボードゲーム部の部員の存在が青春ミステリらしい雰囲気を醸し出しています。 
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星空の16進数  角川書店 
 6歳のときに誘拐事件の被害者となったことのある菊池藍葉。17歳になった藍葉は、他人との関わりがうまくできず、高校を中退してデザイン会社でアルバイトをしていた。一方、父の経営する探偵事務所に勤める森田みどりは育児休暇中であったが、事務所に依頼のあった「藍葉に金を渡して欲しい」という仕事を引き受け、藍葉を訪ねる。藍葉は依頼主が自分を誘拐した梨本朱里ではないかと考え、みどりに、彼女の所在を探して欲しいと依頼する。みどりは、職場復帰のリハビリを兼ねて、藍葉の依頼を受けることとし、朱里の行方を探し始める・・・。
 物語は私立探偵の森田みどりと藍葉の交互の語りで進んでいきます。誘拐犯だった女性の行方を追う中で、解決したはずの誘拐事件の真相が浮かび上がってくるという話です。藍葉が色彩に特異な感覚を持つ少女ということが、真相を明らかにする大きな手掛かりとなりますが、彼女が誘拐時に四角い枠の中に美しい色が並んだ壁を見たことの理由がああいうことだったとは、絵を描かない者には理解できないかも。
 女性の探偵というと若竹七海さんの“葉村晶”が思い浮かびますが、森田みどりも彼女に負けず劣らず、というより彼女以上に非常に個性的なキャラです。探偵事務所で働く女性のために積極的に育児休暇を取得したりしますが、実は探偵という職業が大好きで、危険な立場に追い込まれることに恐ろしいと思うより心が弾んでしまうというちょっと危ない女性です。相手の心の中を分析するのも得意で、これは役に立ちそうと思う蘊蓄も数多く出てきます。未読ですが、デビュー作「虹を待つ少女」にも登場しているそうなので、こちらも読んでみなくては。
 題名にある16進数とは、カラーコードのこと。そういえば、このホームページを作成する際に色の指定にカラーコードの文字列が出てきましたっけ。 
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空想クラブ  角川書店 
 吉見駿は6歳の時、祖父からその場にいながらにして世界中のどの光景も、見ようと思えば見ることができる能力を与えられる。小学生の時はその能力を知った友人たちと“空想クラブ”を作って遊んでいたが、中学生になり、友人たちと学校も別々となり、しだいにその能力を使うことが少なくなっていた。そんなある日、“空想クラブ”の一員であった真夜が川に落ちて亡くなるという連絡が入る。事故現場を訪れた駿は、そこで亡くなったはずの真夜に会う。彼女は塾帰りに河川敷を自転車で走って帰るときに川で溺れている子どもの助けを呼ぶ声を聞き、走って川に向かったところで転倒し、気が付いたらここにいたという。真夜は川原から半径20メートルくらいの範囲から外に出ることができず、また、駿以外には見えない存在になっていた。その子どもの安否がわかれば、この状況から解放されるという真夜のために、駿たち元“空想クラブ”の友人たちは溺れていたという子どもを探そうとするが・・・・。
 物語のメインは真夜の死んだ事件の真相になるのですが、それとともに中学生になってバラバラになっていった“空想クラブ”の面々が真夜を助けるということで再び集まり協力し合っていく様子を描いていきます。特に、真夜の親友であり、グループの潤滑油的な立場にあった涼子があることが原因で悪い連中とつるむようになっていたところから、助けだそうと頑張る駿たちには声援を送りたくなります。
 結果として本当に嫌な真実が明らかとなる中で、最後はファンタジックな展開へとなりますが、いい年した大人が読むにはファンタジックすぎてちょっと辛いなあという感じです。 
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彼女が探偵でなければ  ☆  KADOKAWA 
 父親の経営する探偵事務所で探偵をする森田みどりが関わる5話が収録されています。森田みどりが主人公の連作短編集としては2作目ということで、前作「五つの季節に探偵は」は未読ですが、今作が書評で評判良かったので読んでみました。
 冒頭の「時の子」は、語り手は時計職人だった父親を亡くしたばかりの高校生の瞬です。父親の死を知らず時計の修理を依頼に来たみどりが、以前、瞬が上砂崩れにあって昔の防空壕に閉じ込められたが、父親の機転で九死に一生を得て助けられたという話を聞いて、その裏に隠されていた真実を明らかにします。これは父親のことを好きな瞬にとって辛いことでしたが、彼が前を向いて歩いていくには致し方ない荒療治だったのかもしれません。
 「縞馬のコード」は千里眼を持つという高校生に出会い、尋ね人が彼の言うところにいたと部下から聞いたみどりが千里眼の謎を解き明かし、加害者となる高校生が実は被害者になろうとしていたことを気づかせて救います。
 「陸橋の向こう側」はイートインスペースで出会った少年のノートに「父親を殺す」と書かれていたことを見たみどりが、罪を犯そうとする少年を止めようとしますが、実はその裏にはもっと大きな秘密が隠されており、みどりは命の危険に陥ります。これはかつて陸橋ですれ違った男の異常性に気づきながら何もせず、結局男は陸橋を降りたところで人を刺し殺してしまったという結果を後悔するみどりの思いが強く出ています。
 「太陽は引き裂かれて」はみどりの部下の須見要が語り手。レストランのシャッターに×印を書いた犯人を突き止めてほしいと経営者のクルド人から依頼を受けた須見が、クルド人に対するヘイト問題に向き合います。
 どれもがみどりが(「太陽は引き裂かれて」はみどりの考えで須見が)中学生や高校生の少年を救うという展開になっていますが、ここには、探偵である前にやはり二人の子どもの母親であるということが大きく影響しているのでしょうか。
 最後の「探偵の子」では、みどりが長男が自分と同じように気になったら何を措いても調べずにはいられないという性格を心配します。前作まではみどりが救うのは他人でしたが、ここでみどりが気にするのはようやく自分の子どもです。そして、みどりの父親がこれまで事務所をうまく経営していた手腕を改めて実感することとなります。 
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五つの季節に探偵は  ☆  KADOKAWA 
 今年最初の私のおススメ本になった逸木裕さんの「彼女が探偵でなければ」が本格ミステリ大賞を受賞したというので、同じ主人公の前作「いつ月の季節に探偵は」を読んでみました。主人公のみどりが探偵となるきっかけとなった「イミテーション・ガールズ」を始め、5話が収録された連作集です。
 父親が探偵事務所を営む高校2年生の榊原みどりは、クラスメートの本谷怜から担任の清田の弱みを探ってもらいたいと頼まれる。引き受けてくれないとみどりの家を燃やすかもしれないと脅され、嫌々ながら依頼を受けるが、清田の尾行をしながら、自分はこのことを楽しんでいるのではないかと思い始める(「イミテーション・ガールズ」)。
 京都大学3年生のみどりは薬学部の友人・松浦保奈美から香料教室に持って行った龍涎香が飲んで家に帰る途中で盗まれたと相談される。犯人は教室の講師の君島だと保奈美から聞いたみどりは、香料教室に参加する(「龍の残り香」)。人の嘘や隠しておきたいことを暴かざるを得ないみどりは君島を追及するに当たり、彼女が隠しておきたかった事実を明らかにしてしまい、保奈美からはそんなことは頼んでいないと非難されます。
 大学卒業後、父の探偵事務所に入ったみどり。みどりの他人の本性を暴きたいという欲求が危険を呼び寄せることを心配する同僚の元警察官・奥野とともに、別れた女性からのストーカー被害を訴える男の依頼を受け調査をする。しかし、調査の中で浮かび上がってきたのは、別の犯罪だった(「解錠の音が」)。心配なら自分を守っていてほしいというみどりに対し、傲慢だと思うのは私だけでしょうか。
 軽井沢での調査を終え、入ったレストランで、みどりはピアノを弾く土屋尚子と出会う。探偵だと名乗ったみどりに尚子は“指揮者”と元ピアノ弾きの恋物語を語る(「スケーターズ・ワルツ」)。聞いているうちに、みどりは彼女の話にある嘘があることに気づいてしまいます。ラストで、それまで見えていた景色が180度転換するという個人的にはこの短編集の中で一番面白かった作品です。第75回日本推理作家協会賞短編部門受賞作です。
 ラストの「ゴーストの雫」の語り手は元とび職をしていたが腰を痛めて転職したという経歴を持つみどりの部下の要。要はみどりと、妹が元恋人からプライベートの写真をSNSに晒されるリベンジポルノの被害を受けたので相手の男を探してほしいという依頼を受けて調査をする。要を語り手にすることによって、みどりが自らを思う「他人の皮をはいでその奥にいる人間を見たい」「依頼人の利益を二の次にしか考えられない」という姿とは異なり、実はみどりにも人を救いたいという思いがあることを要の視点で描き出します。 
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