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市川憂人の本棚

  1. ジェリーフィッシュは凍らない
  2. ブルーローズは眠らない
  3. グラスバードは還らない
  4. 神とさざなみの密室
  5. ボーンヤードは語らない
  6. 断罪のネバーモア
  7. ヴァンプドックは叫ばない

ジェリーフィッシュは凍らない  東京創元社 
 第26回鮎川哲也賞受賞作です。
 帯に「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」とあります。本格推理華やかなりし頃のアガサ・クリスティの名作を挙げるのだから、これは期待できそうと思い、読み始めました。
 題名にある“ジェリーフィッシュ”とはクラゲのことだそうですが、作中に登場する飛行船の愛称です。1937年に巨大飛行船が墜落してから衰退していた飛行船が35年後に新たな技術で小型化され、再び世界の空で運行されるようになった世界の話です。いわゆるパラレルワールドの話です。
 物語は“ジェリーフィッシュ”の開発者チームの乗った試験運行中の新型“ジェリーフィッシュ”の残骸が山中で発見され、その中から明らかに墜落死とは思えない死体が発見されることから始まります。体裁としては、雪山に閉じ込められた“ジェリーフィッシュ”のゴンドラ内で起こる事件の状況と事件後に捜査に当たる警察の状況が交互に語られる形で進んでいきます。
 雪の山荘ならぬ雪山の中に不時着した飛行船というクローズドサークルの中で6人の乗員は死体で発見されており、犯人はどこに消えたのか、更には一つの死体は何のためにバラバラにされたのかという謎に加え、密室の研究室の中で発見された女性の死体という本格ミステリの定番の謎に、赤毛で燃えるような紅玉色に輝く神秘的な瞳のマリア・ソールズベリー警部と沈着冷静な九条漣刑事が挑みます。この正反対の性格の二人がなかなかの迷コンビです。
 昔懐かしい本格ミステリの匂いがぷんぷんするストーリー展開に、このところ論理的思考が苦手になった身としても、途中で投げ出すことなくおもしろく読むことができました。この辺り、新人とはいっても読者を引きつける文章力もかなりのものです。 
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ブルーローズは眠らない  ☆  東京創元社 
 「ジェリーフィッシュは凍らない」に続く、パラレルワールドのU国F署の警察官マリア・ソールズベリーと九条漣のコンビの活躍を描くシリーズ第2弾です。
 「ジェリーフイッシュ事件」後、閑職に追いやられていたマリアと漣にP署のドミニク刑事から、青いバラを同時期に開発したテニエル博士とクリーヴランド牧師を調べて欲しいとの依頼が来る。マリアたちが二人に会った後、テニエル博士の別宅の温室内で博士の切断された首が発見される。温室は中から施錠され、窓にはバラのツタが這っていて人が入った形跡はなく、密室状態であった・・・。
 物語は、両親の虐待から逃れた少年エリックがテニエル博士の一家に助けられ、博士の家に住みながら実験の手助けをする様子を描く「プロトタイプ」のパートとマリアと漣の捜査の様子を描く「ブルーローズ」のパートが交互に語られます。何かを隠しているエリックの様子やテニエル邸の地下室に何かがいる気配など、ちょっと昔懐かしい本格ミステリの匂いを感じさせる「プロトタイプ」のパートがマリアたちの捜査を描く「ブルーローズ」のパートにどう繋がっていくのかが、最大の見せ所です。
 密室殺人事件というコテコテの本格ミステリですが、密室トリックや切断された死体の謎だけではなく、たぶん多くの読者が疑いもなく信じていた(というより、最初から思い込んでいた)ある事実をラストでひっくり返して「え!そうだったの?」と驚かせる作品になっています。思わず、ページを前に戻って、それを窺わせる記述はなかったのか確認してしまいました。更に青いバラを作るための遺伝子操作の話が地下室にいる物を想像させたりして(ここがまた、作者に見事にやられましたが)、個人的には評判を呼んだ前作より、楽しむことができました。今年の本格ミステリ・ベスト10にランクインするのでは。 
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グラスバードは還らない  ☆  東京創元社 
 「ジェリーフィッシュは凍らない」、「ブルーローズは眠らない」に続く、パラレルワールドのU国の警察官マリア・ソールズベリーと九条漣のコンビの活躍を描くシリーズ第3弾です。
 不動産王でありガラス製造会社の社長でもある富豪のヒュー・サンドフォードにより、プロジェクトの懇親パーティーにサンドフォードタワー最上階にある邸宅に招かれたM工科大学の助教であるイアンと大学院生でもありイアンの恋人のセシリア、ガラス製造会社の社員であるトラヴィスとチャックの4人は、食事中に意識を失い、気が付くと部屋がいくつもある迷路のような空間に幽閉されていた。そこには、メイドのパメラとどこかから紛れ込んだグラスバードもいたが、パメラはセシリアたちの「どうして、こんなことを」という問いに、サンフォードからの伝言を伝える。「その答えはお前たちが知っているはずだ」と。それぞれが休憩している中、突然壁が透明になり、向こう側の部屋でトラヴィスが殺害されているのに気づく。しかし、壁が透明になって幽閉されていた空間がすべて見渡せても、犯人の姿はどこにもなかった。一方、マリアと漣は、大規模な希少動植物密売ルートの捜査中、ヒュー・サンドフォードがタワーの中で取引が禁止されている動植物を密かに飼育・栽培しているという噂を聞きつけ、タワーの中を捜査するために、タワーに潜入するが・・・。
 冒頭、幼い女の子と男との交流のシーンが描かれ、その女の子が忘れ物のバッグを持ってビルに入ったとたんに、カバンに仕掛けられた時限爆弾が爆発するという事件が起きます。当然、作品で描かれる事件には、その女の子の復讐が関係してくるのではないか、そして男の正体はもしかしたらと読者としてはいろいろ考えるのですが、すでにここから作者は多くの読者をミスリーディングしています。
 メイドのパメラなんて、最初から怪しげですが、彼女はこの事件の中でいったいどういう立場にあるのか、また、グラスバードに魅了されたチャックは、いったい幽閉された部屋の中でどういう行動をとるのか、セシリアにイアンに知られることを恐れているのは何か等々について読者が様々に考えるであろうことを、作者は端からひっくり返していきます。作者お得意の密室殺人であり、この世界ならではの密室殺人の方法が使用されますが、それも前もっての説明がなされているので、ずるいとは言えないでしょう。
 どんでん返しに次ぐどんでん返しで飽きることがありません。いっき読みです。殺人事件の真相は入り組んでいて複雑でしたが、シリーズ3作の中では一番読み易かったし、予想を裏切られるおもしろさに溢れた作品でした。 
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神とさざなみの密室  新潮社 
  「ジェリーフィッシュは凍らない」で第26回鮎川哲也賞を受賞し、その後同シリーズの「ブルーローズは眠らない」、「グラスバードは還らない」でパラレルワールドでの殺人事件を描いてきた市川憂人さんが今回描くのは、架空の世界ではない現在日本を舞台にした作品です。
 和田政権打倒を標榜する団体「コスモス」で活動する大学生の凛は、薄暗い部屋にビニールテープで手を縛られ、それを壁のフックにかけられた状態で目覚める。凛にはこの場所に来た記憶がまったくなかったが、彼女の近くには顔を焼かれた男の死体が横たわっており、衣服や腕時計から「コスモス」の代表者である神崎京一郎と思われた。一方隣の部屋では外国人排斥をうたう「AFPU」のメンバーである大輝がテーブルの上で目を覚ましていたが、彼もまたここに来た記憶を失っていた。凛のいる部屋と大輝のいる部屋を結ぶドアは開けることができたが、外に通じる唯一のドアである大輝の部屋のもう一つのドアは鍵がかけられており、二つの部屋は密室状態となっていた。果たして、正反対の思想を持つ凛と大輝をいったい誰が、なぜ閉じ込めたのか。顔を焼かれた死体は本当に神崎なのか・・・。
 事件が起きる前に描かれる政治情勢が、現在の日本の状況と同じです。安倍首相を想起させる与党を率いる和田首相、憲法改正反対で国会を取り巻くデモ、外国人に対するヘイトデモ等々、誰が読んでも今の日本のことが書かれているとしか思えません。これまでパラレルワールドという架空世界の事件を描いていた市川さんが、こんなにも現実に密着したものを書くとは思いもよりませんでした。
 思想を異にする二人が、反発し合いながら謎を明らかにしていくという設定がおもしろいです。また、彼ら二人を外部からサポートする“ちりめん”というハンドルネームの人物の正体も意外性があり、そう来たかという感じです。舞台設定はこれまでの作品とは異なりますが、内容はこれまでどおりのコテコテの本格ミステリです。謎解きがされる過程で、だからそうだったのかぁとあらゆるところに張られた伏線が回収されていくのは見事です。
 謎解きとは直接は関係ないですが、凛と「コスモス」の代表者神崎との「民主主義とは」、「多数決とは」という議論が非常に興味深いです。
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ボーンヤードは語らない  ☆  東京創元社 
 「ジェリーフィッシュは凍らない」「ブルーローズは眠らない」「グラスバードは還らない」に続くパラレルワールドのU国を舞台にフラッグスタッフ署の二人の刑事、マリア・ソールズベリーと九条漣が事件を解決するシリーズ第4弾、今回は4編が収録された短編集です。
 冒頭の「ボーンヤードは語らない」は、シリーズ第1弾である「ジェリーフィッシュは凍らない」の事件解決直後の話です。その事件で知り合った空軍のジョン・ニッセン少佐の依頼で、ツーソン市郊外の使用されなくなった飛行機を保管していることから飛行機の墓場“ボーンヤード”と呼ばれる空軍基地内でサソリに刺されて死んでいるのを発見された兵士の死の裏側に隠された事実を明らかにしていきます。この事件はジョンの空軍士官候補生時代の後悔が彼の事件解決への意欲を掻き立てます。
 九条漣が高校生の頃に遭遇した密室殺人事件を描くのは、「赤鉛筆はいらない」です。同級生の河野茉莉の家に泊まることになった九条が雪の降る夜に密室となった離れの小屋で亡くなっていた茉莉の父親の事件に挑みます。雪の降る中での密室殺人事件、雪の上に残された行きは2組、帰りは1組の足跡が図で示されており、本格ミステリファンにとってはたまらない設定です。
 マリアが高校生の頃に遭遇した同級生の転落死事件を描くのが「レッドデビルは知らない」です。いじめの首謀格の男の股間を蹴り上げたことから“レッドデビル”と言われて校内で避けられる存在となったマリアの唯一の友人であったハズナが転落死した事件の真相をマリアが調べます。やがて、マリアは犯人を突き止め、犯人と対峙しますが、その時に犯人の口から発せられた言葉はマリアを激昂させます。
 「ジェリーフィッシュは凍らない」の前日譚にあたるマリアと蓮が初めてコンビを組んだ事件を描いたのが最後の「スケープシープは笑わない」です。「ママに叩かれて殺される」という内容の電話での通報があった家を探し、マリアと九条はある家に目星をつけたが確証が得られずにいるうちに、この家から孫娘が血を流していると祖母から通報がなされる。この事件を通して派手でだらしなく遅刻も多いマリアがなぜ警部となっているのかを知ります。
 どの短編も今までの長編同様、不可解な事件を描いており、本格ミステリとしての論理的な謎解きは健在です。ただ、それだけでなく、「赤鉛筆はいらない」と「レッドビルは知らない」の2つの物語によって、マリアと九条がそれぞれ警察官になった理由がわかるというシリーズファンにとってはたまらない作品に仕上がっています。おすすめです。 
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断罪のネバーモア  KADOKAWA 
 度重なる警察の不祥事に組織を根本から変えなくては警察は生まれ変われないとして、警察の業務が民間委託されている世界を舞台にした物語です。
 主人公はブラック企業だったIT企業から転職してきた新米刑事の藪内唯歩。彼女は茨城県つくば警察署の刑事課で警部補の仲城流次とともに殺人事件の捜査にあたります。物語はいくつかの事件を唯歩が解決していくという形式をとっているのですが、唯歩の謎解きによって逮捕された犯人は完落ちしません。それがなぜかは、やがて、全体を通して唯歩と仲城に大きな罠が仕掛けられていたことが明らかとなることによってわかってきます。市川さんは、連作短編集の形をとって、解決をしたと見せて最後にそれまでのすべてをひっくり返す荒業を見せます。真犯人自体はストーリーを辿っていく中で想像はできてしまうのですが、こういう仕掛けだったのかの謎解きまでは無理でした。
 警察の業務が経費削減とか合理化という理由で民営化に馴染むものなのか、そもそも民営化することによって不祥事が一掃できるのかは、この物語の最後に答えが出てきます。不祥事なんて“公”でも“民間”でも関係なく、“人”の問題だと思います。個人的には“民間”に任せれば、警察の持つ大きな権力を恣意的に使われてしまう危惧の方が大きいと思えるのですが。
※こういうカバー絵だとおじさんには借りにくいですよねえ。 
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ヴァンプドッグは叫ばない  ☆  東京創元社 
 現金輸送車を襲い多額の現金を奪って逃走した犯人たちの逮捕のために動員されたマリアと漣。二人は襲撃犯のワゴン車が乗り捨てられていたA州の州都フェニックスに向かう。警察と軍の検問や空からの監視が行われていたが、その本当の理由は時を同じくして起こった20年前に連続殺人を犯し拘束されていた“ヴァンプドッグ”と名付けられた殺人犯が拘束されていた研究所から逃走をする事件が起きたためだった。マリアと漣はその事件にも関わっていくこととなる。その頃、犯人たちはフェニックス市内の隠れ家に潜んでいたが、警察や軍の厳重な警戒のため、身動きが取れないでいた。そんな中、犯人のうちの一人が殺害される。更にフェニックス市内でも連続して“ヴァンプドック”の犯行を思わせる殺人事件が起きる。
 パラレルワールドでの事件ということで、今回も変わった事件が起きます。キーワードとなるのは“吸血鬼”です。冒頭にヴァンプドッグが逮捕されるまでの過程が描かれているのですが、そこで出てくるのが“吸血鬼”です。殺人犯として逮捕されたヴァンプドッグことデレク・ライリーは、自分の噛み跡を隠すために被害者の喉を抉ったと供述します。ネタバレを恐れずに言うと、ラスト近くではゾンビも登場します。ホラー風味たっぷりですが、ミステリとしての謎解きもきちんとあり、飽きさせません。まったく関係が想像できないヴァンプドッグの逃走と現金輸送車襲撃事件とはどういう関わりをみせてくるのか。実はこれは偶然ではなかったという種明かしにびっくりです。更に20年前のヴァンプドッグの事件の真相も明らかにされます。謎解きが多すぎて、驚きが続きます。
 前作の短編集「」に登場していたマリアのハイスクール時代のルームメイト、セリーヌ・トスチヴァンが重要な役割をもって再登場します。また、彼女以外にも今後のシリーズの展開に影響を与えるであろうある人物も再登場しますので、「ボーンヤードは語らない」を読んでおくのがいいかもしれません。 
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