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一穂ミチの本棚

  1. スモールワールズ
  2. パラソルでパラシュート
  3. 砂嵐に星屑
  4. ツミデミック

スモールワールズ  ☆   講談社 
 書評の高評価を読んで初めて手に取った一穂さんの作品ですが、これはおすすめです。昨日発表された第165回直木賞でも候補となっています。それぞれ違った雰囲気の6話が収録された短編集です。
 冒頭の「ネオンテトラ」は、子どもができず、夫の浮気が疑われる生活の中で、美和は姪の同級生が父親に罵倒される姿を見て、彼が気になるようになります。この作品、ものの見事に一穂さんにミスリードさせられました。ストーリーの流れからすれば、多くの人が僕と同じ展開を考えたと思うのですが。
 次の「魔王の帰還」は、転校してきたばかりだが、前の学校で騒ぎを起こしたことを知られ、ボッチ状態の主人公・鉄二と、突然出戻ってきた姉の真央、そして鉄二と同様にクラスでボッチ状態の菜々子の話が語られます。とにかく、この作品は、身長187センチ、体重怖くて聞けない、ファッション誌のスカウトに声をかけられたことはないが総合格闘技からのスカウトはあったという真央のキャラが強烈で、それだけで印象に残る作品となっています。他の作品にはないユーモアもある作品ですが、最後は感動です。個人的にはこの短編集の中では一番好きな作品です。
 「ピクニック」は、冒頭三世代の家族の幸せなピクニックの様子が語られるのですが、その後は育児ストレスでメンタル不調になる娘、そして祖母が面倒を見ている間の孫娘の突然死、更には孫娘への虐待を疑われて祖母が逮捕と話が暗くなってきます。この作品、ですます調で語られますが、これが最後の驚きに繋がるんですねえ。
「花うた」は、兄を殺された女性と傷害致死罪で刑務所に入った加害者との往復書簡を中心に冒頭に置かれた弁護士への手紙、そして末尾に置かれた弁護士からの手紙で構成されます。冒頭の手紙の差出人の名前で、この後のストーリーの展開は想像できたのですが、その後に加害者に起こったことから最後の弁護士の手紙で明かされる事実は想像もできませんでした。最後に加害者が書いた物語には泣かせます。
 「愛を適量」は、熱血教師だったが、ある事件以降すっかりやる気をなくして毎日を過ごす男と突然訪ねてきた娘との話です。15年ぶりに会った娘があんな姿だったら、やっぱりびっくりですよね。
 「式日」は、高校の後輩から父親の葬儀に出席してほしいと頼まれ、ほかに参列者のいない葬儀で後輩と再会する話です。前5作に比べるとインパクトは弱いかな。
※この作品集の刊行を記念して発売先の講談社のHPに特設ページが設けられていますが、そこに掲載されている掌編「回転晩餐会」がまた胸にジワ~ときます。 
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パラソルでパラシュート  ☆ 講談社 
 柳生美雨は29歳の契約社員の受付嬢。30歳になったら辞めなければならないという今どき珍しい職場で働いている。ある日、同じ受付嬢の後輩・斉藤千冬からチケット譲られて行った人気バンドのコンサートで、彼女の好きな歌を口ずさむ係員らしき男とコンサート終了後に待ち合わせをすることになってしまい、更にコンサート中にできた靴擦れを直しになぜか男の家に行くことになる。帰り際に渡されたチケットはお笑いライブのチケット。千冬とライブ会場に行くと、登場した“安全ピン”というコンビの芸人の片割れが美雨の会った男・矢沢亨だった・・・。
 いったい、どういう出会いなんだと言いたくなる美雨と亨の出会いです。名前を知らないどころか話も交わしたことのない男と待ち合わせをし、その上、その男の家に行ってしまうなんて、千冬が心配するのも当たり前。美雨という女性、ちょっとおかしいでしょう!と思うのは私だけではないでしょう。
 物語は、そんな美雨がやがて彼らのシェアハウスに住むようになり、お笑い芸人たちと触れ合っていく様子が描かれていきます。30歳を前にして将来の見えない美雨が、売れない芸人たちそれぞれの生きる姿を見て自分の生き方を見つめていきます。少し変わった恋愛物語であり、美雨の成長物語です。
 美雨は亨に恋をし、亨の相棒の弓彦が舞台で亨が女装をした夏子に恋をするという不思議な三角関係にも似た三人の関係も面白いですね。そして、後輩の千冬のキャラが友人として最高のキャラでした。
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砂嵐に星屑  ☆ 幻冬舎 
 大阪のテレビ局を舞台にした4編からなる連作集です。
 放送局で働く、40代のアナウンサー、50代の報道デスク、20代のタイムキーパー、30代のアシスタントディレクターという、年齢も職種も異なる4人の男女の仕事や私生活での悩みにあれこれ考え、苦悩する中で自分ができる範囲のことをしようと前を向いていく様子を描きます。
 三木邑子は40代のアナウンサー。上司との不倫が発覚し、10年間、東京のキー局に追いやられていたが、不倫相手が病死し、ようやく大阪に戻ってくる。社内では資料室に邑子の不倫相手の幽霊が出るという噂が立っており、ひょんなことから新人アナだが周囲に媚びずに我が道を行く笠原雪乃と噂の真相を確かめるはめになる(「(春)資料室の幽霊」)。
 中島は50代の報道デスク。このところ同期が退職年齢に達する前に次々と自分がやりたい第二の人生へと退職していき、焦燥感にかられている。娘とはささいなことから口を利かなくなって2年が過ぎる。ある朝、地震で交通機関が止まる中、歩いて放送局へ向かう(「(夏)泥舟のモラトリアム」)。
 佐々結花は20代のフリーランスのタイムキーパー。好きになった男・民間の気象情報会社から派遣されている由朗と同居することはできたが、彼はゲイで結花の恋は実らぬ恋。そんな結花には由朗にも話をしていない秘密があった(「(秋)嵐のランデブー」)。
 堤晴一は30代の派遣AD。デスクの中島から番組の制作を任されるが、性格的に人と関わることが苦手で、番組の取材対象相手とも意思疎通がうまくいかず、このままでは番組制作が進まないと悩む(「(冬)眠れぬ夜のために」。
 この中では、やはり自分に年齢が一番近い中島の話が心に響きます。年頃の娘とうまくいかない父親の姿とか、同期でありながら上司の男と別々に放送局を目指したら同期の男の方が先についていたというのは、中島の不器用な生き方を表しているようで、そしてだからこそ同期でありながら二人の地位に差が出てしまったようで、何だか辛いですね。
 なお、題名の“砂嵐”は、テレビが受信できないときの「ザー」という音がするテレビ画像の状況を言っているそうですが、今のデジタル放送ではそういうことはなくなりましたね。
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ツミデミック  ☆  光文社 
 6編が収録された短編集です。どの作品もコロナ禍という状況に大きく影響を受けている人々が描かれます。
 大学を中退し居洒屋の客引きをしている及川優斗は、コロナの流行で客足が鈍り厳しい生活を送っていた。ある夜、自分と同じ大阪出身だという女性に誘われ、飲みに行くが、彼女は既に死亡している高校時代の同級生の名前を名乗ったばかりか、優斗しか知らないはずの過去を語り始める(「違う羽の鳥」)。最後まで彼女が何者だったかわからないまま終わるホラー作品。果たして、この後、優斗の人生はいい方に転ぶのかはたまた悪い方に転ぶのか。・・。
 コロナ禍で仕事が減って不機嫌な美容師の夫とうまくいっていない百合は、ある日、街中で見かけたイケメンのデリバリーサービスの男性に会いたいと、夫に内緒でサービスを利用し始める(「ロマンス☆」)。イケメンに会いたいがために次第に我を忘れていく過程が怖いです。自分勝手な夫にも腹が立つけど、自分の欲望のために幼い娘に睡眠薬を飲ませるのは既に異常です。
 突然意識が戻った松本唯は自分が15年前の豪雨災害で死んで幽霊になっていることに気づく。たまたま見かけた唯の家に線香をあげに行こうとする親友だったつばさと高二の時の担任の杉田先生について自分の家に行く(「燐光」)。遺骨が発見されたことで、この世に幽霊となって現れた女性が自分の死の真相を知るというミステリ仕立てになっています。直接コロナとは関係ない話だと思ったら、コロナによって働く場所がなくなり、実際にも不正受給が問題になった「持続化給付金」が関係していましたね。コロナ禍の状況が悲惨な結末を招きます。
 コロナ禍で働いていた飲食店を首になった恭一は近所に大金を持った身寄りのない老人がいることを知り、どうにか近づこうと考える(「特別縁故者」)。重苦しい結末だった前3作と異なって読後感がいい作品となっています。
 高校生の娘が妊娠し、本人は産む意思が固い。親として戸惑う中、母親がマンションの階段から落ちたという連絡が入る(「祝福の歌」)。これはコロナの流行というより、この時期に起こった世界的なある出来事が関係してきます。
 自殺という目的のためにネット上で知り合った5人の男女は、目的地に向かう車中で。コロナによって人生を壊されたというそれぞれ自殺の理由を語る(「さぎなみドライブ」)。一人の男の語る自殺の理由があまりにSF的でしたが、ラストはミステリー的解決となっています。
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