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石田衣良の本棚

  1. 池袋ウエストゲートパーク
  2. エンジェル
  3. LAST[ラスト]
  4. うつくしい子ども
  5. 波のうえの魔術師
  6. 4TEEN
  7. 少年計数機 池袋ウエストゲートパークⅡ
  8. 骨音 池袋ウエストゲートパークⅢ
  9. 電子の星 池袋ウエストゲートパークⅣ
  10. 赤・黒(ルージュ・ノワール)
  11. スローグッドバイ
  12. 1ポンドの悲しみ
  13. 約束
  14. ブルータワー
  15. 反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパークⅤ
  16. 東京DOLL
  17. てのひらの迷路
  18. 40 翼ふたたび
  19. 空は、今日も、青いか?
  20. 灰色のピーターパン 池袋ウエストゲートパークⅥ
  21. 下北サンデーズ
  22. 美丘
  23. Gボーイズ冬戦争 池袋ウエストゲートパークⅦ
  24. REVERSE
  25. 5年3組リョウタ組
  26. 夜を守る
  27. 非正規レジスタンス 池袋ウエストゲートパークⅧ
  28. 再生
  29. ドラゴン・ティアーズ-龍涙 池袋ウエストゲートパークⅨ
  30. 6TEEN
  31. PRIDE 池袋ウエストゲートパークⅩ
  32. 憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークⅩⅠ
  33. キング誕生 池袋ウエストゲートパーク青春篇
  34. 西一番街ブラックバイト 池袋ウエストゲートパークⅩⅡ
  35. 小説家と過ごす日曜日
  36. 裏切りのホワイトカード 池袋ウエストゲートパークⅩⅢ
  37. 七つの試練 池袋ウエストゲートパークⅩⅣ
  38. 不死鳥少年
  39. 絶望スクール 池袋ウエストゲートパークⅩⅤ
  40. 獣たちのコロシアム 池袋ウエストゲートパークⅩⅥ
  41. 炎上フェニックス 池袋ウエストゲートパークⅩⅦ
  42. ペットショップ無残 池袋ウエストゲートパークⅩⅧ
  43. 神の呪われた子 池袋ウエストゲートパークⅩⅨ

池袋ウエストゲートパーク  ☆ 文藝春秋
 石田衣良のデビュー作であり、第36回オール読物推理小説新人賞受賞作である。
 池袋西口公園を舞台にした4作からなる連作短編集。主人公は工業高校を卒業して就職もせずぶらぶらしている真島誠という少年。金がなくなると母親がやっている果物屋を手伝って小遣いかせぎをしている。どのグループにも属さないけれど、その行動力のせいか、なぜか一目置かれているという存在。そのマコトが単独で、あるいは友人たちと、警察の手を借りずに少女売春、いじめ、登校拒否、麻薬、不法就労外国人等の様々な社会問題を含んだ事件を解決していく話である。池袋の街やそこで生きる若者たちがいきいきと描かれており、なかでも、Gボーイズというチームを率いるタカシは主人公以上に強烈な印象を残す。テレビドラマのタカシ役の窪塚洋介の印象が強かったせいだろうか。
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エンジェル 集英社
 殺されて幽霊となった主人公が最初に気がついたのは、自分自身の死体がが山中に埋められるところ。それから、出生時からの思い出がフラッシュバックのように思い出されてくるが、直近2年間の記憶だけが戻らない。幽霊として蘇った主人公は失った記憶と自らの死の謎を追っていく。
僕が好きな幽霊ものの作品。この手の作品としては有栖川有栖「幽霊刑事」、加納朋子「ささらさや」、ミステリではないが森絵都「カラフル」があるが、どれもおもしろい。池袋に生きる若者を描いた「池袋ウエストゲートパーク」や小学生の殺人を扱った「うつくしい子ども」等現実を描いていた石田衣良としては珍しいファンタジーであるが、ミステリーとしては今一つという感じ。最後に主人公が知った真実は衝撃的なものだった。物語の中で同じ幽霊が彼に言う。「知らなくていいことは、知らない方がいい場合もある。・・・知らないでいるということは、ひとつの幸福の形ですから。」そういうことはやっぱりあるだろうなあ。
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LAST[ラスト] 講談社
 「4TEEN」で直木賞を受賞した石田衣良の受賞第1作。 
 街金が手放した債権を集めて回収する「ローンズ・ナイトー」の餌食となった主人公の悲劇を描く「ラストライド」を始めとする「ラスト○○○」と題した7編からなる短編集。どれも不況下で崖っぷちに立たされた人間たちを描いたドラマである(「ラスト・コール」だけがちょっと違うが。)。7作品とも、最後はとりあえずの解決をみているが、果たしてこれらの主人公は、この物語が終わった後どうしていくのだろうと考えさせられる。決して明るい未来は待っていないし、今より事態は悪くなるかもしれない。そんなことを考えさせられる終わり方である。 
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うつくしい子供 文藝春秋
 この物語を読むと誰もが頭に思い浮かべる事件がある。世間の人々に衝撃を与えた神戸の酒鬼薔薇事件である。しかし、この物語は事件が解決した後から始まる。
 主人公の通う中学校の裏山で女子小学生の他殺体が発見される。遺体のそばには「夜の王子」のサインが残されていた。数日後逮捕されたのはなんと主人公の弟だった。
マスコミはここぞとばかりに、家族のプライヴァシーを暴き立て、世間は殺人者を育てた家庭ということで非難をし、主人公や妹は学校で阻害される。
 しかし、主人公はそんななか、弟がなぜ殺人を犯したのかの理由を探そうとする。彼の言葉が泣かせる。「でも、何故あんなことをしたのか。その気持ちがわからないかなと思って。それが少しでもわかれば、弟が帰ってきたときに何かできるかもしれないなんて、柄にもなく思っちゃったんだ。」 本の帯には「崩壊する家族」と書いてあったが、きっと、この主人公がいれば、家族は崩壊などしないだろう。
 主人公が理由を探していく中で「夜の王子」の正体が明らかにされる。そして、最後の大団円を迎えるのだが、最後の終わり方にはちょっと納得できないところがある。あまりに主人公がやさしすぎる気がする。まあ、やさしすぎるからこそ、弟が罪を犯した理由を探そうとしたのだけど。
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波のうえの魔術師 文藝春秋
 私立の三流大学を卒業して就職浪人中の主人公白戸則道は、パチンコで日々をしのいでいましたが、ある日、パチンコ屋の新装オープンに反対している右翼の街宣車を見ている時に、小塚泰造という老人に出会います。自分の秘書として働いて欲しいといわれた主人公は、月30万円で相場の世界へと飛び込むことになります。
 相場の世界で伝説を築きあげ、それなりの地位を築いた老相場師が、主人公を助手に大銀行に対しどのような戦いを挑んでいくのか、興味深く読むことができました。一般の企業と違って大銀行には公的資金が投入され、それにもかかわらず、銀行員の給料は一般の人に比較して高額という状況の中で、たとえ個人的な復讐心からとしても、大銀行相手の戦いは胸のすく思いがありました。
 株の世界など分からないし、どうかなあと思いながら読み始めましたが、主人公自体もマーケットのことは分からないという設定ですので、株とか相場に無知な人でもおもしろく読むことができると思います。
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4TEEN 新潮社
 第129回直木賞受賞作品。8つの短編が収められた連作短編集。
 石田さんは「うつくしい子ども」(文藝春秋刊)でも子供を主人公にしていますが、やはり印象が強いのは「池袋ウエストゲートパーク」で描かれる青年たちです。この短編集は最初どことなく重松清さんの作品みたいと思いました。しかし、読んでいくと、うまくは言えないのですが、重松清さんとは異なる石田さんの描く中学生だなあという感じがします。
 話は、木造の家屋と超高層ビルが混在し、貧富の差が激しい月島という地域の中で、4人の中学生、ジュン、ダイ、ナオト、テツローの姿が描かれていきます。この年代には避けて通れない性の問題を始めとして、世相を反映する摂食障害やいじめ問題、家庭内暴力、同性愛等の問題をからめて彼ら4人の友情が描かれます。
 こういう小説を読むと、自分の中学生時代のことを振り返ってしまいます。彼らのように素直に友情を育む友人たちっていたのかなあ。最初の「びっくりプレゼント」で、早老病で入院するナオトのために街頭で女性を探そうとするジュンたちが描かれますが、とても僕には考えられません。まあ時代が違うといえばそれまでですが。でも、こうした友情というのはその年代だから育むことができるのかもしれないですね。歳をとるに従ってだんだん打算とかもでてきて素直に話すことができなるのかもしれません。
 でも、やっぱり、ちょっとかっこよすぎる気がします。あんな爽やかな友情なんてあるのかなあと、つい思ってしまいます。焼き餅を焼いているのかもしれませんが。
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少年計数機 池袋ウエストゲートパークⅡ  ☆ 文藝春秋
 「池袋ウエストゲートパーク」の続編。表題作を始めとする4編からなる連作短編集です。池袋のトラブル解決屋となった主人公真島誠のもとにはさまざまなトラブルが持ち込まれてきます。  「妖精の庭」ではストーカー、「少年計数機」では誘拐事件、「銀十字」ではひったくり事件、そして「水の中の目」ではパーティー潰し。それぞれの作品とも相変わらず池袋の今を描きながら物語が進みます。また、「少年計数機」に出てくる常に計数機で数を数えている少年、情報屋のゼロワン、「銀十字」に出てくる二人の老人など、個性豊かな登場人物で楽しませてくれます。ただ、この短編集では、Gボーイズのタカシはそれほどの活躍はみせていないのは残念です。
 作品としては、どれもおもしろかったのですが、最後の「水の中の目」は後味の良くない救いようのない話でした。昨今、あんな少年もいるのではないかと思ってしまうのが怖いですね。
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骨音 池袋ウエストゲートパークⅢ  ☆ 文藝春秋
 ホームレスたちが薬で眠らされ、体の骨を折られるという事件が相次ぎます。ホームレスから依頼を受けた誠は、犯人捜しをすることに。表題作を始めとする4編からなる短編集であり、池袋とそこで生きる若者たちを描く「池袋ウエストゲートパーク」シリーズ第3弾です。それなりに楽しめる作品集なのですが、シリーズ第1作を買って読んだときのようなワクワクとした気持ちにはなれませんでした。ちょっとマンネリという感じですね。
 相変わらず、マコトの周りには印象深いキャラクターを持った人が登場してきますが、なかでも最後の「西口ミッドサマー狂乱」に登場する、服によって義足も交換するトウコという女性はとても魅力的です。作品的にも、この本の半分近くを占める「西口ミッドサマー狂乱」が一番おもしろいでしょうか。
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電子の星 池袋ウエストゲートパークⅣ  ☆ 文藝春秋
 表題作他3編からなる、シリーズ第4弾です。相変わらず、主人公マコトやストリートギャングの王様のタカシを始め魅力的な人物が多く登場します。物語はマコトの活躍をとおして池袋の今を描いていますが、それは日本の今に相違ありません。「東口ラーメンライン」では、今、過熱なまでのブームのラーメンを題材に、ラーメン店の争いと摂食障害を、「黒いフードの夜」では外国人問題(単純にそれだけではありませんが)と、少年デリヘルを、「電子の星」では倒錯した人間の欲望というかグロテスクな部分を描いています。こうしたことは、僕の身近にはありませんが、現実なのでしょうね。 それら3編とは「ワルツ・フォー・ベビー」は色合いが異なります。この短編集の中では一番地味な作品ですが、僕としてはこの作品に一番惹かれました。事実を知るということは、ときに辛いということを教えてくれる作品でしたね。ビル・エヴァンスが好きな僕としては、最後に南条とマコトがタクシーの中で聞く「ワルツ・フォー・デビー」は最高に合っていると思います。
 さて、このシリーズの次はどうなるのでしょうか。最近マコトがあまりに万能になりすぎかなという気はしますが、そうはいっても楽しみです。
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赤・黒(ルージュ・ノワール)  ☆ 徳間書店
 フリーランスのやくざをしている村瀬に誘われ、氷高組の経営するカジノからの現金強奪の話に乗った小峰であったが・・・。
 いやぁ~ようやく読み終わりました。なんと購入してから3年後のことです。単行本を読む前についに文庫化もされてしまいました。もったいないことをしたなあ・・・。
 池袋ウエストゲートパークという言葉につられて、つい買ってしまったのですが、マコトは登場していません。でも、外伝というだけあって、主人公の映像ディレクター小峰の押さえている原作が池袋のストリートのガキの話とかあって、思わずニヤッとしてしまいました。マコトに代わって活躍するのがマコトの友人であるサルです。本編ではいつもチョイ役のサルがなかなかの人物(といっても、やくざとして)として全編をとおして活躍しています。一方Gボーイのキングのタカシは登場していますが、このエピソードはなくても良かったのではと思うのですが。
 最後のルーレットのシーンがクライマックスです。相変わらず石田さんは、うまいです。どんどん物語の中に引き込まれていきました。マコトが主人公でないと知って、購入したまま、そのまま放っておいた本ですが、読後感は爽快でおもしろかったです。
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スローグッドバイ 集英社
(ネタばれ注意)

 人気の「池袋ウエストゲートパーク」シリーズとは趣の違うラヴ・ストーリーを集めた10編からなる短編集です。僕としては、この中では「You look good to me」、「夢のキャッチャー」と「ローマン・ホリディ」が好きです。どの作品にも、僕とはほど遠い、いい男たちが登場しています。男としては、これらの作品に出てくるような男になりたいと思いますね(無理でしょうが)。「夢のキャッチャー」の史郎のように好きな人の安全ネットのようなものと言ってみたいですね。この作品では、てっきり夢に向かって一歩を踏み出した女性が、史郎とは別れるのではないかと思ったのですが、そうではなく、彼とともに歩いて行こうとする最後の終わり方が素敵でした。また、「ローマン・ホリディ」の延さんは、とっても素敵な女性です。ああいう歳のとりかたは理想的です。最後に祖母に名前を使われた孫娘が「わたしとプリティ・ウーマンしませんか」とメールを送ってくるのが、「ローマの休日」を選んだ延さんとの年代の違いを表していておもしろかったですね。
 それにしても、この作品集にいわゆる悪人は登場していません。そんなこともあって、とても読後感のいい、全体をとおして大人の男女のしゃれた恋愛小説になっています。著者が後書きで言うように、眠る前に一つずつ読むと、気分良く眠れる小説です。
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1ポンドの悲しみ 集英社
 「スローグッドバイ」が20代の男女の恋愛を描いた短編集でしたが、今回は30歳の男女の恋愛を描いた10編からなる短編集です。
 短編ということで、展開が早いということもあり、「誰かのウェディング」のようにあんなに簡単に交際が始まるのかなあと思うところがありますが、正直うらやましい限りです。ただ、著者の話によるとこの作品集の半分にはモデルがあるようですから、そんな出会いもあるのですね。なかで気になった作品は「デートは本屋で」です。本好きとしてはこの題名には惹かれます。始めに読んでしまいました。確かに相手が本好きであれば感想を話し合ったりして楽しいでしょうね。ただ、僕としてはやはり本屋は待ち合わせの場所だけで、デートは別のところに行きたいですが。
 全体的に優しすぎる作品集です。特に「スローガール」です。あんな女たらしの男が、急にあんな優しい男になれるものでしょうか。
 10編のうち別れを描いているのは、「十一月のつぼみ」だけですが、それにしても爽やかな別れであり、全体的に悲しい結末というのはありませんでしたね(表題作にしても、別に遠距離恋愛の出会って帰る日は辛いものがあるでしょうが、別れるわけではないですしね)。
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約束 角川書店
 表題作を含む7編からなる短編集です。
 この作品は作者のあとがきによると「かけがえのないものをなくしても、人はいつか自分の人生に帰るときがくる。さまざまな喪失によって止まってしまった時間が、再び流れ出す時を描く連作『バック・トゥ・ライフ』」だそうです。したがって、この作品集はどれも病や事故、事件によって大切なものをなくした人々が再度生きていこうとする姿を描いたものであり、どれも、最後は希望に満ちた終わり方となっています。
 そうしたストーリーなので、当然泣かせる場面もあります。また、信じられない出来事も起こります。そんなわけないだろうとか、涙を計算しているようであざといと批判することは簡単です。しかし、石田さんからすれば、あとがきにあるように、池田小学校の事件を契機にテレビを見ているだけではほとんど何もできない作家として、することができる最大限のことだったのでしょう。あの事件に対し、少しでも何かをしたいと考え、実行した石田さんに敬意を表したいです。
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ブルータワー  ☆ 徳間書店
 脳腫瘍に冒され余命幾ばくもないと宣告された主人公瀬野周司は、ある日、病による激痛の中200年後の世界へ意識が飛ぶ。そこは高さ2キロの塔の中に住民は5階層のヒエラルキーを形成しながら暮らす社会で、瀬野修司の意識が飛び込んだセノ・シューは第1階層に所属する特権階級の人間であった。22世紀に勃発した東西大戦でウィルス兵器が使用されたため、塔の外は黄魔と呼ばれる致死率88%のウィルスが蔓延しており、防護服を着用しないと塔の外には出ることができない世界であった。現在特権を維持しようとする第1階層の人間と、下層階層の人間との間で争いが続いており、特に塔の外で暮らすことを余儀なくされている人々は「地の民解放同盟」を組織し、塔の中でのテロ活動を活発化していた。

 二日間で一気に読んでしまいました。石田さんが、2001年9月11日のテロによるニューヨーク貿易センターの崩壊の衝撃を小説の形で吐き出したいとして書かれた作品だそうです。石田さん、初めてのSF作品です(「エンジェル」もSFとはいえますが)。
 始めはファンタジーかなと思ったのですが、ファンタジーということばから連想するような甘ったるい内容の作品ではありませんでした。人間の残酷さが階層間の争いの中でこれでもかというふうに描かれています。そんななか仲間を殺された少年が言います。「塔のやつらにも同じ苦しみをあたえてやるのら。見るがいい、絶対に復讐してやるら」これは、小説の中ばかりではありません。世界で争っているところでは、このように思っている人たちがどれだけいることでしょう。憎しみは憎しみを呼び争いが終わることはないのでしょうか。
 この作品では主人公は滅び行く未来社会の光です。平和な現在に生きる男が、そんな戦争状態の未来社会の中で指導者としてみんなを導いていくほど精神的に強くなれるのかと思わないではありません。しかし、それでいいのでしょう。彼は醜い人間の中にあって、人間の希望の象徴なのでしょうから。
 ※全力で誰かのために働くことが、実は自分自身を救うことなんだ
 ※誰かに信じてもらえるというのは、とても素晴らしいことですね。
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反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパークⅤ  ☆ 文藝春秋
 池袋ウエストゲートパークシリーズ第5弾です。表題作を含む4編からなります。
 シリーズも5作となり、さすがに当初のように何でもおもしろいというわけにはいきません。あまりにマコトがスーパーマンになってしまったという嫌いがないわけでもありません。ただ、ストリートの今を描くとなったらやっぱり石田衣良さんであり、このIWGPシリーズであることは間違いありません。
 今回、マコトが関わった話は、悪質な風俗スカウト事務所に騙されたウエイトレスの救出を描く「スカウトマンズ・ブルース」、伝説のスターが夢見た東池袋のロックミュージアムにかかる不動産詐欺を描く「伝説の星」、中国の玩具工場で過労死した姉の死を訴えるために来日した中国娘を助けての巨大玩具メーカーとの闘いを描く「死に至る玩具」、そして表題作であるネットで集団自殺をあっせんする謎の男・スパイダーとの闘いを描く「反自殺クラブ」です。4編ともそれぞれ「今」が抱える問題を描いており、石田さんが真摯に現実の問題と向き合っているというのがよくわかります。
 表題作の「反自殺クラブ」で描く集団自殺というのは、つい最近も続いて起きています。インターネットで自殺をしたい者が集まって、車の中で練炭で一酸化中毒死を図るという、みんな判で押したような同じ手口です。石田さんは、実はその集団自殺には、それをプロデュースする人間がいるという、思いもかけないストーリーを考えています。親を自殺で失った“自殺遺児”たちとマコトがその集団自殺を防ごうとして、スパイダーを探して奔走するという話はおもしろかったのですが、途中でラストの展開がわかってしまったのは、ミステリという面からはちょっと残念でした。
 Gボーイズ(あるいはGガールズ)の活躍する、そしてキング・タカシが登場してくるのは、初めの3作ですが、相変わらずクールなキング・タカシの姿を見せてくれます。
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東京DOLL 講談社
 主人公相良一登マスター・オブ・ザ・ゲーム=MGと呼ばれるゲームクリエイター。製作したソフトが百万本のヒットを飛ばし、30代という若さでありながら、すでに年収5千万から2億、デザイナーズマンションに住み、一着何十万という服を着て、何不自由なく暮らす男。ある夜、MGは、コンビニで働いているヨリを見て、開発中のゲームソフトの登場人物のモデルにと彼女を雇います。
 最初はモデルとして雇いましたが、MGは次第に彼女に惹かれていきます。そんな彼女には愛する人の未来、それも未来の厄災を見る不思議な能力がありました。
 う~ん、いまひとつ話に入っていくことができませんでした。結局この話は、簡単に言ってしまえば、ゲーム業界で成功し富も名声も手に入れたが、どこか心に満たされないものを抱えていた男が、美人で、仕事もきちんとできる婚約者がいるにもかかわらず、自分とは全然違う世界にいた一人の女の子に魅了されていくという話といえるでしょうか。
 本を読む楽しみの一つは、本を読むことによって、現実の人生とは違う世界を体験させてくれることにあると思うのですが、今回は一歩引いたところから登場人物たちを眺めているだけで、その世界に入っていくということができませんでした。どこかで読んだことのあるような気になってしまうストーリー展開で(少年院上がりの恋人がいるなんて、あまりにありきたりな設定)、誰でも先が読めてしまうパターンの話になってしまっている気がします(男と女の関係なんて、そんなに多くのパターンがあるわけではないのでしょうが)。期待していただけに、ちょっと残念。
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てのひらの迷路 講談社
 24の掌編からなる作品集です。各作品の前にはその作品の成り立ちについてのコラムというかエッセイもついています。それぞれの作品は恋愛小説あり、ホラーあり、ファンタジーありと種々雑多な作品の集まりで統一のテーマがあるわけではありません。なかには小説というよりエッセイといった趣のものもあります。掌編ですので、尻切れトンボで終わってしまっているような感がある作品もあるのは否定できません。
 正直なところあまり読後に心に残る作品はなかったのですが、その中では、ホテルでの不倫の最中にくも膜下で倒れ、肉体から心が離れた男を描いた「最期と、最期のひとつまえの嘘」が一番でしょうか。幽霊となりながらも、愛人と妻の両方に気を遣っている男が愉快です。結局彼の本当の気持ちとはいったいどうだったのでしょうか。最期の3行からすると・・・。
 僕にとっては、小説を楽しむというよりは、その前に付けられたコラムを読むことによって石田さんが辿ってきた道を窺い知ることができて、そちらの方がおもしろかったという作品集でした。

 石田さんの小説のファンでありながら、その名前の由来は今まで知らなかったのですが、最後の作品でわかりました。石田さんがこの本を今はなき母・石平貴美に捧げると言っていますが、その姓の石平(いしだいら)から取ったのですね。
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40 翼ふたたび  ☆ 講談社
 帯に書かれた「40歳から始めよう」が目に飛び込んできて思わず手に取った本。それが石田衣良さんの作品と知って迷わず購入してしまいました。とはいえ、胸に響いたのは帯の裏の言葉のほうでした。「人生の半分が終わってしまった。それも、いいほうの半分が。」この言葉にはガ~ンときましたね。僕自身もこの主人公より年上の40代です。確かにここまでの人生のように、小、中、高、大と進学し、今でも付き合いのある友人たちと出会い、初恋から始まるいくつかの恋をし、結婚をし、子供が生まれ云々というような大きなイベントは今後の人生で考えられないし、いいことがあるかと考えても思い浮かびません。この主人公は40代をどう生きていくのか興味津々に読み始めました。
 7つの話からなる連作短編集です。主人公は、40歳になって大手広告代理店を退職し、先輩の興した広告製作プロダクションに転職したが、なじめず5か月でここも退職、名前ばかりは立派なフリーランス・プロデューサーとなった吉松喜一です。彼がプロデュース業のPRにと作ったブログ「40」を見て仕事の依頼が来るようになります。IT長者とロリータAVギャルの純愛、大学時代同級生だった銀行員の離婚問題、40歳の引きこもり男の話、一流企業の取締役との不倫を清算しようとする元同僚の話、おたくの始めた子供専門の警備会社の話、癌に冒されたコピーライターの話、そして、再びやりたいことをするために集まった男たちの話とどの話もさすがストーリーテラーの石田さんらしく、引き込まれて読んでしまいます。なかでも好きなのは「ふたつの恋が終わるとき」です。元同僚女性の誘いを断ってもったいないことをしたと反省する喜一が愉快です。これらの作品がおもしろいのは喜一を始めとする登場人物のキャラクター造型がうまいせいかもしれません。
 最後は40代に力を与えるようにかハッピーエンドで終わります。しかし、正直のところ、読んでいる分にはおもしろいのですが、しょせん物語、こんなに上手くいくわけがありませんという気持ちがわき上がってきます。「現実はもっと厳しいぞ。」「吉松のように人に信頼されていればいいけど。」「20年以上の引きこもりがそうそう簡単に出てくるものか」「奥さんにも稼ぎがあるものなぁ」・・・。教訓めいた話を石田さんはしようと思っているわけではないのでしょうから、楽しく読むことができれば、それでいいのでしょうけどね。小説としてはとってもおもしろいです。おすすめです。
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空は、今日も、青いか?  ☆ 日本経済新聞社
 石田衣良さんの初めてのエッセイ集。
 リクルートから発行されていたフリーペーパー「R25」に掲載されていたエッセイが半分以上を占めているので、若い人に向けてのエッセイが多いといった感があります。とはいえ、日本経済新聞に掲載されたエッセイや「anan」や「クロワッサン」に掲載されたエッセイも含まれ、経済や政治に関する石田さんの考えから、私生活がかいま見えるエッセイなどさまざまな題材が取り上げられており、男性、女性を問わず多くの人が楽しめます。ただ、内容は石田さんもあとがきで言っているように、若い人たちへの激励といったエッセイが多いようですね。25歳という年齢からは遙かに過ぎた僕にとっては(書き手の石田さんと同年代です)、「う~ん、もう遅すぎる!」と思うものもありますが、若い方が読むと、かなり勇気づけられるのではないでしょうか。
 最後のエッセイ「ひとりぼっちのきみへ」も若い人を対象に書かれていますが、これは僕のような40代の男性にとっても一番考えさせられるエッセイでした。
 一つが4ページほどの長さなので、わずかな時間で読むことができます。エッセイなど興味がないという方にも、ちょっと手があいたときに読んでみてください。人によってそれぞれ感じ方は違うのでしょうが、どう自分が感じることができるかが大切だと思うのです。
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灰色のピーターパン 池袋ウエストゲートパークⅥ  ☆ 文藝春秋
 ストリートの今を描くこのシリーズも、今作で6作目になりました。相変わらずマコトのもとにはストリートの様々な問題が持ち込まれ、マコトがその解決のためにストリートを駆け巡るといういつものパターンのお話です。内容はストリートの今というより、日本の今を反映したものばかりです。ネットでの盗撮映像売買、いじめ、幼児への性的いたずら、ホストクラブに入れ込む少女たち等々・・・。池袋のストリートで起きていることは日本で起きていることの縮図ですね。
 表題作の「灰色のピーターパン」には、盗撮CD-Rをネットで売る小学生(!)が登場します(最近のネット社会ではこんな小学生もいそうだと思ってしまうところが怖い!)。その小学生を恐喝者から守るために奔走するマコトを描きます。
 路上強盗により、足に障害を負ってシェフになる夢を捨てざるを得なかった男。いじめに遭い、金をせびられたため、強盗に走った男。傷ついた兄の復讐をマコトに依頼する妹。「野獣とリユニオン」では、そんな犯罪の加害者と被害者に対してマコトが取った行動を描きます。
 夜の池袋で働く母親のためにGボーイズの元王様が開設した無認可保育園。「駅前無認可ガーデン」では、幼児への性的いたずらが続発する池袋で、犯人と疑われた無認可保育園の保育士の無実をはらすよう元王様から依頼されたマコトの活躍を描きます。
 ホストに夢中になって風俗に身を落としてしまった女性の救出をその妹から依頼されたマコト。「池袋フェニックス計画」では、姉の救出を図る中で、環境浄化運動の裏に隠された真実を知ったマコトの活躍を描きます。
 このシリーズのおもしろさの一つは、マコトを取り巻く個性豊かな登場人物の存在があります。中でも一番はGボーイズの王様・タカシです。シリーズ当初の活躍ぶりから比べると、このところ出番が少なくなってきているのですが、やはり彼なしではIWGPシリーズは語ることができません。相変わらず、どっしりと構えて、今回もマコトの背後をしっかり守ります。そのほか、ファミレスの片隅で一日中パソコンに向かっているゼロワンや、マコトの同級生で元いじめられっ子、今では暴力団の幹部となっているサルが登場し、話に華(?)を添えます。
 ただこのシリーズで気になるのは、マコトがスーパーマンになっていってしまわないかということです。暴力団の幹部にも一目置かれ、今回の作品ではある有力者とも対等な立場に立つようになるし、マコトはそこらへんにいるストリートの若者とは大きく離れてきてしまっています。この後のシリーズではどうなるのでしょう。
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下北サンデーズ 幻冬舎
 先日まで上戸彩主演でテレビ放映されていた同名番組の原作です。小劇団の町下北沢を舞台にそこに拠点を置く弱小劇団「下北サンデーズ」の面々の成長を描く物語です。テレビは時々しか見ていなかったのですが、座長あくたがわ翼を演じていた佐々木蔵之介と、三枚目のサンボ現を演じたカンニングの竹山は小説にイメージがぴったりでしたね。というより小説のイメージに合わせて役者を選んだのでしょうか。
 石田さんの作品ですので、笑いあり涙ありで、おもしろくていっきに読んでしまったのですが、とにかく話の展開が早すぎました。主人公里中ゆいかが入団したと思ったら、すぐに役が付き、ゆいかが人気が出るとともに劇団もどんどん人気の階段を駆け上がっていきます。でも、実際はこんなにうまくはいかないでしょうね。テレビではもっと劇団員それぞれを描いていたのですが、本ではそこまでの余裕はなかったようです。藤井フミヤが演じて印象的だった牛乳のおじさんも、登場はしたのですが影が薄い存在でしたし。
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美丘 角川書店
 本の帯には“石田衣良が描いた、究極の恋、恋愛小説のマスターピースついに刊行”なんて書いてありましたが、恋人が不治の病に倒れるなどというストーリーは、恋愛小説のパターンとしてはよく見られる話です。もう、これは本当に典型的なラヴ・ストーリーです。ありふれた題材すぎて、今さら石田さんが書く理由がわかりません。もちろん、ストーリーテラーの石田さんですから、この題材で書かせたら、泣かせる小説ができるなんて当たり前です。正直のところ、僕自身としてはあまり好きなストーリーではありません。ラストシーンも、やっぱり当たり前すぎて予想どおりの展開。てっきり、読者にそう思わせておいて、石田さんは実は違うラストを用意しているのかなと期待していましたが、残念ながらそのままラストシーンへ突入。う~ん、いいのかなこのラスト。
 それから“奇跡のラストシーンに向かって魂を燃焼しつくした恋人たちを描く~”と帯のコピーにありましたが、これもまたわからない。“奇跡のラストシーン”っていったい何のこと!と思ってしまいます。
 なんて批判的に感想を書いてしまいましたが、やっぱり石田さん、うまいですねえ。何だかんだいっても感動してしまいました。
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Gボーイズ冬戦争 池袋ウエストゲートパークⅦ  ☆ 文藝春秋
(ちょっとネタバレ)
 IWGPシリーズ第7弾です。今回は表題作を始め、電話だと人と話ができるが、面と向かっての話が苦手という青年が振り込め詐欺団から抜けようとする話(「要町テレフォンマン」)、絵画商法のセールスレディに恋をしてしまったオタクの青年の話(「詐欺師のヴィーナス」)、自宅に放火してしまった過去を持つ中学生がマコトと連続放火事件の犯人を捜す話(「バーン・ダウン・ザ・ハウス」)の4編が収録されています。いつものように、今の世の中を生きる若者たちと、そんな若者たちを助けるマコトの活躍を描いていきます。いつものことながら、石田さん、よくこれだけの話を考えるものです。
 表題作の「Gボーイズ冬戦争」は、Gボーイズのナンバー2が率いるグループが襲撃されたことによるGボーイズの内紛と、マコト、タカシを狙う正体不明の男たちとの戦いを描きます。このシリーズはストリートの「今」を生きる若者を描くということで、登場人物が一般の人にしろヤクザにしろ、現実に池袋の街で今を生きているという感じがあったのですが、今回登場した“影”と呼ばれる男には現実感がありません。あまりに凄腕で、目を離した隙に組織のボディガード4人を素手で倒してしまうのですから、こんな人いるのかなあと思ってしまいます。必殺仕事人みたいなんですよね。もちろん、この“影”の登場によって話はおもしろく読んだのですが、このところのシリーズでマコトがスーパーマン的になってきたことと合わせて、物語がだんだん絵空事のようになってきてしまわないだろうかと危惧してしまいます。この“影”の登場はシリーズを違う方向に持って行ってしまいそうな気がします。スーパーマン的に強いのはタカシだけで十分ではないでしょうか。
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REVERSE 中央公論新社
 読売新聞社のサイト「yorimo」で連載していたいわゆるネット小説です。ネットの世界でそれぞれ性別を偽ってメッセージをやりとりするようになった男女の物語です。相変わらず石田さんらしい“今”を描いた作品です。
 ネットの世界では現実の姿がわからないので、事実を偽ろうと思えば何でもできてしまいます。この物語のように実際に性別を偽ってネットの世界で生きている人もいるのでしょう。直接顔を合わせて話をすれば、相手の顔色、口調等で少しは相手の心の中を思うことはできるかもしれません。しかし、パソコンの画面に打ち出された文字だけでは、その人がどんな人なのかを推し量ることはできません。だからこそ、ネットで相手と心が通い合うようになれば、直接会いたいと思うようになるのは無理からぬところでしょうか。
 しかし、この二人のように性別を偽っているのではないにしても、ネット以外で会うというのは勇気がいりますよね。ネットでやり取りするうちにお互いに相手の印象というものを形作っているでしょうから、相手が自分のことをどう思っているのか、がっかりされたらどうしようなどと考えてしまいますものね。
 それにしても石田さんの描く男女はみんな最先端の企業で働くかっこいい人ばかりですねえ。
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5年3組リョウタ組  ☆ 角川書店
 石田さん初の新聞連載小説です。主人公は小学校の若い男性教師。いまどきの若者らしく茶髪でドクロをモチーフにしたネックレスをしているという、親から見れば「ちょっとねえ。」と言いたくなる外見の先生です。物語は、そんな先生が奮闘する1年間の学校生活を描いていきます。
 話は大きく分けると4つのエピソードから成り立っています。親からの期待に押しつぶされて苦しむ生徒とその生徒のために学級崩壊になりそうなクラスの話(四月の嵐)。学校という狭い社会の中で行われる大人のイジメ、パワーハラスメントとはまた異なる陰湿なイジメで不登校になる先生の話(七月の冷たい嵐)。兄弟の自宅放火によりマスコミの矢面に立たされた生徒を守る先生とクラスメートの話(十二月、みんなの家)、クラス競争の中でギクシャクしてくるクラスの話(三月、クラス競争の終わり)と、書かれているのはどこの学校にもありそうな話です。
 主人公のリョウタ先生と染谷先生のコンビが絶妙。通常こういう話だと型破りで人気者の先生と、それに対する上司や親には覚えがいいが意地悪な先生というパターンが多いのですが、この染谷先生は違うんですねえ。クラス経営は有能で上司の覚えはいいのですが、読者の期待(?)を裏切って、リョウタ先生に協力する人間的に素晴らしい先生です。ある面、リョウタ先生より魅力を感じてしまいます。
 読了感爽やかな話でした(「十二月、みんなの家」では、思わず涙がうるんでしまいました。)。ただ、石田さんがこの作品で描いた教師と生徒との姿はあまりに理想的すぎる気がします。リョウタみたいな先生現実にいるはずないよという気持ちが先に立ってしまいます。それに、先生も聖人君子ではなく、どうしようもない人物がいることを描いており、それは現実でしょうが、そのことは先生に限らず子どもたちでも同じでしょう。この作品中の子どもたちはとても素直ですが、子どもってもっと残酷な気がします。石田さんはあとがきの中で「子どもたちも、学校も、きっとだいじょうぶ」と、学校や子どもたちに希望を持っている旨述べられていますが、果たしてどうでしょうか・・・。信じたいけど、最近の様子をみるとなかなか信じられませんね。
 とはいえ、楽しく読むことができました。さて、今月から続編がスタートします。
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夜を守る  ☆ 双葉社
 同年代のフリーター、公務員、家業の手伝い、生活支援施設の障害者の4人の青年が主人公。ふとしたきっかけから、彼らは自分たちが暮らす町、アメ横の夜を守ろうと考えます。とはいっても、彼らがまず始めたのは乱雑に放置されている自転車を通行の邪魔にならないように並べること。
 アメ横を舞台に、そんな彼らが巻き込まれる事件を描いていく連作集ですが、夜の女性の人生相談や、年よりの手伝いに右往左往しているうちはともかく、普通の青年たちが、ヤクザと知り合いになったり、アメ横を荒らす窃盗団を捜したりと、しだいにアメ横のトラブル・シューターとなってしまうところがどうなのかなあというのが正直な感想です。ストーリーとしては、そういう展開でなくてはおもしろくないのでしょうが、これではIWGPのアメ横版です。普通の青年たちが、IWGPのマコトみたいにヤクザと知り合いになったりなんて、ちょっと安易すぎます(だいたい、あんな話のわかる暴力団がいるのかな?)。

 なんて、ケチを付けましたが相変わらず石田さん、うまいです。主人公たちのキャラクターは生き生きとしていますし、昼間はショールームでコンパニオンの仕事をしながら夜はアメ横で“立ちんぼ”をしているレイカの存在が彼ら4人の関係にアクセントを与えています。何だかんだ言いながら、ついつい物語の中に引きこまれてしまいました。IWGPのように、こちらもシリーズ化されるのでしょうか。
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非正規レジスタンス 池袋ウエストゲートパークⅧ  ☆ 文藝春秋
 池袋の街のトラブルシューター、マコトの活躍を描くIWGPシリーズ第8弾です。
 このシリーズは、石田さんが現代社会の抱える問題をリアルタイムで描いていくシリーズとして知られていますが、今回もそれは同じ。単に起こった事件をなぞるだけなら誰にでもできるでしょうが、それを元に話を膨らませ、石田さんなりに料理しているところは相変わらずうまいです。
 表題作の「非正規レジスタンス」は、人材派遣業とワンコール・ワーカーの話です。人材派遣会社による天引き問題、ネットカフェ難民、ワーキング・プアと最近社会問題になっていることが盛りだくさんです。先日のテレビでもネットカフェに寝泊まりする若者、いわゆるネットカフェ難民の特集をしていましたが、こういう若者たちは現実問題として都会には多いんですね。また、人材派遣会社に登録し、携帯で仕事の連絡を受け派遣されていく若者たちも、ワーキング・プアの問題として耳目を集めています。
 この話は、まさしく先日廃業し、多くのいわゆるフリーターたちが一気に職を失った人材派遣会社グッドウィルの一連の事件をモデルにしていることは明らかです。小説では問題は見事に解決されますが、さて現実は・・・。
 そのほか、「千川フォールアウト・マザー」は頑張って生きるシングルマザーの話。シングルマザーが一所懸命生きながらも、ただ一度のわがままも許されない現実を描いています。また、「池袋クリンナップス」は、池袋の街でゴミ拾いをする王子様と誘拐事件の話。「定年ブルドック」は、元カレに脅される女の子を助けるマコトとごついオヤジの話です。どれもおもしろく読むことができます。
 ※「池袋クリンナップス」と「非正規レジスタンス」に登場する2代目が格好良すぎです。彼らのような2代目だったら、もう少し世の中変わるかもしれません。
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再生 角川書店
 表題作をはじめとする12編からなる短編集です。
 コメンテーターとしてテレビにも出演が多い石田さんらしく、世の中の“今”を描いた作品が並びます。今の厳しい経済・雇用情勢の中で生きる人々を描く作品「東京地理試験」「ミツバチの羽音」「四月の送別会」「出発」、社会の中で仕事に押しつぶされる人間や人間関係を作ることに悩む人間を描く「ツルバラの門」「仕事始め」「火を熾す」、家族関係や恋に悩む「ガラスの目」「流れる」「銀のデート」等々
 1編が20ページほどの短編というせいもあってか、それほど強烈な印象を残す作品はありませんでした。石田さんらしいといえばそうなんでしょうが、どの作品も悲壮感はあまりありません。どれもが前向きなラストで終わります。現実的にはそんな楽観的には考えられないだろうなと思ってしまいます。あとがきに書かれているように、「きっと、今回もだいじょうぶ。」などとは簡単には言えません。
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ドラゴン・ティアーズー龍涙 池袋ウエストゲートパークⅨ  ☆ 文藝春秋
 池袋のトラブル・シューター、マコトがストリートで起きる問題を解決するシリーズ第9弾です。
 水戸黄門ではないけれど、最後にはタカシ率いるGボーイズや、同級生の今は暴力団幹部のサルなどの仲間の助けを借りて一件落着というパターンで、安心して読めるシリーズとなっています。シリーズ当初から読んでいるファンとしては、このところのマコトのスーパーマンぶりがどうかなあという気がしないでもないですが・・・。
 カリスマエステティシャンの詐欺を暴く「キャッチャー・オン・ザ・目白通り」、ホームレスを食い物にするやつらと闘う「家なき者のパレード」、もてないサラリーマンの好きな女性のための闘いを手助けする「出会い系サンタクロース」、池袋の中国人組織と闘う表題作等今回も現代の日本が抱える問題をリアルタイムに描いていきます。
 絵空事のようですが、きっと調査や取材に基づいた現実のことなんでしょうね。そうでなければ、ホームレスの“あぶれ手帳”や非正規雇用の下にいる中国からの研修生や実習生のことなんて知らないでしょうから。
 文藝春秋のHPの本の紹介にあったように、表題作では新キャラが登場します。中国から日本に派遣される研修生のアドバイザーの林(リン)です。タカシに負けないほどのイケメンでマコトの母親もファンになってしまうほどの魅力的なキャラクターです。新キャラという限りは今後も登場してくることがありそうですが、今後タカシと絡むことがあると楽しそうですね。
 ラストは思いがけない結末でした。後味良い終わり方です。
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6TEEN 新潮社
 テツロー、ダイ、ジュン、ナオトの4人の中学生を描いた「4TEEN」の続編です。
 早老症であるナオト、働きながら定時制に通い、すでに一児の父親役をやっているダイ、東京大学進学の道を進むジュン、そして中では一番普通の高校生であるテツロー、そんな彼らの高校生活を描いた10編からなる連作短編集です。
 あれから2年がたち、彼ら4人も高校生となりました。高校は違っても、今でも毎日のようにつるんでいます。学校が違ってしまえば、それぞれ新しいところで新しい人間関係を築いていき、中学時代の友人とは次第に疎遠になっていってしまうのが本当でしょう。しかし、彼らの場合、一生続く友人関係となりそうです。これはまだ10代で“死”や“家族との別れ”に向き合ったときに一緒にいた仲間ということも大きな理由なんでしょうか。そんな彼らのことがうらやましいと思うのは僕だけではないでしょう。
 この作品では、女の子に翻弄されたり、初体験を経験したりという青春時代を謳歌する若者らしい話から、“親子”の話、そして、やはり“死”の話などが掲載されています。常に"今"を見ている石田さんらしい作品となっています。
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PRIDE 池袋ウエストゲートパークⅩ  ☆ 文藝春秋
 池袋のトラブルシューターであるマコトの活躍を描くIWGPシリーズ第10弾です。
 今回、マコトのもとに持ち込まれたトラブルは、紛失した携帯の情報をネタにした恐喝犯からの携帯の奪還、地域限定アイドルの身辺警護、自転車によるひき逃げ犯の捜索、池袋で頻発するレイプ犯の捜索の4件。
 今回は氷の王様と呼ばれるいつも冷静沈着なタカシの恋があったり、マコトにも新たな恋が生まれたりと、シリーズファンとしては楽しい1冊となっています。特に、タカシがマコトに嫉妬するシーンなんて、今までのタカシの印象からは想像できませんね。
 相変わらず、石田さんが取り上げる題材は世の中の今を象徴するものばかり。個人データの宝庫である携帯電話、今ではスターとなったAKB48のようなアキバに代表される地域限定のアイドルたち、歩道を我が物顔で走り廻る自転車の起こす事故、不況の世の中で失業者たちを食い物にする商売といった具合です。常に世の中の出来事にアンテナを高くしていなければ、こういう作品は書けないでしょうね。厚さも手頃で、ささっと読むことができる1冊です。
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憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークⅩⅠ  ☆ 文藝春秋
 日本の“今”を描く池袋ウェストゲートパークシリーズ第11弾、3年半ぶりの新作です。
 「北口スモークタワー」、「ギャンブラーズ・ゴールド」、「西池袋ノマドトラップ」、「憎悪のパレード」の4編が収録されていますが、どれも社会に常に目を向けている石田さんらしい作品です。中でも印象に残ったのは、今、大きく世間で話題になっている脱法ドラッグの問題を扱った「北口スモークタワー」とヘイトスピーチの問題を扱った「憎悪のパレード」です。
 脱法ドラッグについては、先頃この作品の舞台と同じ池袋で、脱法ハープを吸引した男が車を暴走させ、一人をはねて死亡させるという事件が起こりました。それ以外でも、日本全国で脱法ハープを吸引したことによって起こる事件が後を絶ちません。「北口~」では、脱法ハープを吸引した男によって祖母が大けがを負った少女の敵討ちをするマコトを描きます。しかしながら、マコトができることはここまで。製造する者と警察とのイタテごっこは続いていくのでしょう。
 ヘイトスピーチについては、尖閣諸島や竹島における中国・韓国との領土問題や日本人拉致問題に対する北朝鮮の対応に端を発しているように見えますが、どうなんでしょうか。中国や韓国、北朝鮮政府のやることが気にくわないにしても、日本に適法に住んでいる人に対して、死ねとか相手の尊厳を貶すようなことを言っていいものではないでしょう。そこから生み出されるのは題名にもあるように“憎悪”しかありません。「憎悪のパレード」ではマコトがヘイトスピーチの裏側に潜んでいるある思惑をあぶり出します。でも、これを物語だと思わない人もいるのではないでしょうか。石田さん、大丈夫かな。
 「西池袋~」で描かれているのは、“コワーキング”や“ノマド”。そもそもこの言葉自体知りませんでした。時代の流れにおいて行かれています。ネットの普及により会社に出勤せずに在宅で仕事をするという形が出てきているのは理解していても、“コワーキング”という形態は、会社勤めとしては理解しがたいです。ノマド=遊牧民の意味というのも、なん
だか孤独を感じさせます。ネットで検索するとコワーキングのためのスペースが東京にはすでにいくつもあるようです。
 「ギャンブラーズ~」で描かれるのはパチンコ依存症。これはもう今に始まったものではありません。
 タカシや暴力団羽沢組系氷高組の幹部のサルなどいつものメンバーに加え、学者然とした脱法ドラッグに詳しい“教授”やパチンコ依存症を克服させる名人の山崎など今回も個性的なキャラが登場して、物語を盛り上げます。マコトのおかあさんも相変わらずいい味出していますね。
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キング誕生 池袋ウエストゲートパーク青春篇  ☆ 文春文庫
 池袋ウェストゲートパークシリーズ番外編です。文庫書き下ろしになります。
 帯に書いてあるように池袋の“キング”ことタカシがいかに“氷のキング”となったのかを描く作品です。シリーズ第1作目より前、マコトとタカシがまだ17歳、工業高校の学生の頃の話です。
 タカシには美人の病弱の母とタケルという高校ボクシング部の有力選手である兄がいて、その兄は当時の池袋のグループを治めてGボーイズを結成した人物だったという、今まではまったく触れられなかった(たぶんそうだと思うのですが)タカシの家族関係が描かれます。シリーズファンにとっては謎の部分が多いタカシのことが明らかとされる興味深い1作となっています。
 ある日、埼玉のグループが東京制覇を狙って、まずは新宿のグループを撃破し、池袋へとやってくる。Gボーイズのヘッドとして、それを防ごうとするタケル。そしてオレオレ詐欺のグループといざこざを起こしたタカシを守ろうとするタケルという、タカシの素晴らしき兄が描かれていきます。シリーズが始まる前にすでに舞台から退場しているとはもったいな
い人物です。
 シリーズ第1話の重要人物、ドーベルマン殺しの山井もさりげなく物語の片隅に登場していますよ。
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西一番街ブラックバイト 池袋ウエストゲートパークⅩⅡ  ☆  文藝春秋 
 池袋のトラブル・シューター、マコトの活躍を描くシリーズ第12弾です。表題作ほか3編が収録されていますが、いつもどおり、どの話も日本の“今”を題材にしたものとなっています。
 今回収録された4編で取り上げられるのは、「廃校の空き教室を利用したギャラリーに展示していた現代アートの破壊事件」、「再生回数を競い合うユーチューバー同士の争い」、「コンプレックスから粗悪な美容整形に走る女性たちと悪徳美容整形医」」、「ブラック企業とブラックバイトから逃れられない若者たち」です。
 ユーチューブに動画をアップし何百万回も再生されることで大金を得る“ユーチューバー”や、賃金末払いや過酷な労働時間を課す“ブラックバイト”なんて、今では当たり前のように大きな話題になっていますが、ちょっと前まではそもそも“ユーチューバー”や“ブラックバイド’などという言葉自体がありませんでした。まさしく日本の“今”を描いているといっていいでしょう。
 表題作の「西一番街ブラックバイト」では、OKグループという飲食業のブラック企業ぶりが描かれますが、ここで描かれる社長の姿は、過酷な勤務体制によって女性従業員の自殺者を出しながら、「ブラック企業という風評が広まって売り上げに影響した」とまったく反省の色のなかった実際のどこかの有名な社長(この人は某県の教育委員まで務めたというのですからびっくりですよ)のことを頭に思い浮かび上がらせます。
 池袋のGボーイズを率いるキング・タカシももちろん登場。熱いマコトと対照的に、相変わらすの冷徹さで、ことに対峙します。ただ、Gボーイズに命じるだけでなく、表題作で見せる瞬殺は凄すぎます。今回乗っている車はメルセデスベンツのRVとは、どんな車か想像もつきません。
 このシリーズで忘れてならないのはマコトの母親。どうにかマコトに女性をくっつけようとするマコトの母親も少ない出番ながら存在感は大きいです。 
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小説家と過ごす日曜日   文藝春秋
 石田衣良さんのメールマガジン『石田衣良ブックトーク「小説家と過ごす日曜日」』を書籍化したものです。
 内容は、「short short story」、「イラとマコトのダブルA面エッセイ」、「IRA'S ワイドショーたっぷりコメンテーター」、「恋と仕事と社会のQ&A」、「IRA'S BOOK REVIEW」、「“しくじり美女”たちのためになる夜話」の6コーナーに分かれています。
 「short short story」は、恋愛、SF、ホラー等様々なジャンルのショートストーリーが楽しむことができます。その中では午前3時33分のループの中に取り込まれた男の恐怖を描く「午前3時33分」と今後のグローバル化の中で日本も間違いなく直面するであろう移民問題を扱った「黄色い奔流」が印象的です。
 「イラとマコトのダブルA面エッセイ」は、同じテーマを石田衣良さんと「池袋ウエストゲートパーク」のマコトがそれぞれ語っています。石田さんが二つの人格を使い分けているところが愉快です。
 「IRA'S ワイドショーたっぷりコメンテーター」は、作家・石田衣良が語る時事問題です。同性婚とか子どものスマホ、中国人富裕層、クールジャパン戦略等なかなか興味深い問題について、石田さんが語ります。クールジャパン戦略についての石田さんの考えにはなるほどと思わされます。
 「恋と仕事と社会のQ&A」は、読者からの質問や相談に石田さんが答えます。正直のところ、こんなこと他人に聞くの?と思ってしまう質問もあります。
 「“しくじり美女”たちのためになる夜話」は、一般女性をゲストに招いて、幸せをつかんでいる人にはその過程で得た教訓を、幸せをつかめずにいる人にはその原因をライターの友清哲さんとの鼎談形式で聞いていくもの。直接的には女性読者を対象としているもので、ぼくら男性読者としては、へぇ~としか感想が述べられません。
 石田衣良さんの引き出しの多さを教えてくれる作品です。石田ファンなら楽しめます。 
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裏切りのホワイトカード 池袋ウエストゲートパークⅩⅢ  文藝春秋 
 池袋のトラブルシューター・マコトの活躍を描く4編が収録された池袋ウエストゲートパークシリーズ第13弾です。
 日本の“今”を描くニのシリーズですが、今回、取り上げられたのは、“児童虐待とネットでの晒し”、“ドラッグ中毒”、“怪しげなスビュリチュア系のサイト”、“偽造カードを使った詐欺事件”といった、昔からある“ドラッグ中毒”はともかく、最近どこかで聞いたことがあるといったものです。
 ストーリーとしては、マコトが自分の元に持ち込まれた問題を、タカシの手を借りながら、弱い者のためなら相手が誰であろうと立ち向かって解決していくという、いつものパターンです。読後感はいいのですが、シリーズも13作目となり、マコトのあまりのスーパーマンぶりにさすがにマンネリ感も漂います。とはいえ、マコトを助けるGボーイズの王様・タカシの常に冷静なキャラには相変わらずほれぼれしますし、また、今回はゼロワンが登場しましたが、彼のようなマコトの周囲にいる個性的なキャラの活躍にこのシリーズから離れることができません。 
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七つの試練 池袋ウエストゲートパークⅩⅣ  文藝春秋 
(ちょっとネタバレ)
 池袋のトラブルシューター、マコトの活躍を描く“池袋ウエストゲートパーク”シリーズ第14弾です。表題作を始め4編が収録されています。
 今回、収録された話は、人気若手俳優が女性関係の罠に落ちる「泥だらけの星」、風俗店にかつてマコトたちが成敗したストラングラーと同じ首絞め男が出現する「鏡のむこうのストラングラー」、神社跡に建てられたマンションの一室でコツコツという音が聞こえる「幽霊ペントハウス」、SNSで出された課題をクリアして「いいね」を獲得するゲームに夢中になった若者たちが、次第にエスカレートする課題に「いいね」欲しさに挑んでケガをしたり、命を落としたりする「七つの試練」の4つ。
 冒頭のトラブルは現実にもよく同じようなケースが写真週刊誌に出ますよね。現実も裏ではこの小説と同じようなやり取りがされているのかも。これは罠に落ちる男の方にも問題はあるわけで、あまり同情はできません。
 「鏡のむこうのストラングラー」ではこのシリーズ第1巻に登場した“ストラングラー”と同様の首絞め男の出現に対し、“シュン”が久しぶりに登場し、その似顔絵を描く能力でマコトに協力します。
 「幽霊ペントハウス」では家族による虐待の問題が語られます。こうなるまで、社会は(特に教育委員会は)気付かなかったのと思ってしまいますが、最近も知的障害の息子を25年以上も檻の中に入れていたという事件がありましたね。
 常に“今”を描くこのシリーズですが、その中でも表題作の「七つの試練」はネット社会である“今”を一番描き出しているといっていいでしょう。「いいね」が欲しいがために、皆を驚かせるようなことを、それが無理なことであってもやってしまう心情というのは個人的には理解ができませんが、まるで「いいね」がやめたくてもやめられない麻薬のようです。「いいね」を押して、無謀な行動を無責任に煽るのも顔の見えないネット社会ゆえでしょう。マコトが有名進学校のPTAから依頼されるというのも、何とも愉快です。 
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不死鳥少年  ☆  毎日新聞出版 
 太平洋戦争中の1945年3月10日の未明、米軍によって行われた東京へのB29による爆撃は、死者10万人、罹災者100万人という未曽有の被害をもたらしました。それから74回目の3月10日が近付いていますが、この作品は空襲3日前の3月7日から空襲が終わるまでの一人の中学生の少年と彼を巡る人々を描いていきます。
 時田タケシはアメリカ人の父と日本人の母を持つ14歳の男の子。幼い頃はシアトルに住んでいたが、5年前に戦争で日本人排斥が激しくなってきたアメリカを逃れ、母と二人で日本に戻り、今は伯父の家にやっかいになっていた。アメリカ人の血が流れているということから、近所や学校で白い目で見られていたが、同級生のテツとミヤだけはそんなタケシを差別することなく友人として付き合っていた。そんな三人を常に目の敵にしているのがクラスでも優秀な細川ら三人。つまらぬことで喧嘩となった6人は相撲で決着をつけることとする・・・。
 物語は、80歳も後半になったタケシのいとこである登美子が、東京大空襲直前のタケシの様子を語るところから始まります。日本に戻っても周囲からは白い目で見られる中、親友のテツとミヤとの交流やいとこの登美子との淡い恋模様、そして真剣に相撲で戦った細川らとの和解など、戦争という暗い時代の中での中学生という年代の少年の生活が語られていきます。明日は来ないなんていうことは誰も思っていなかったでしょうね。  
 やがて、3月10日の未明が訪れ、大空襲の様子が描かれます。B29から落とされた焼夷弾で町は焼け、逃げ惑う人たちは火に飲まれ、あるいは焼夷弾の直撃を受け死んでいきます。更に、その熱で起きる竜巻で人は空中に巻き上げられ、そして沸き起こる黒い煙は一瞬にして人を窒息させるという、どこへ逃げても地獄絵図の中、タケシは家族を守るために奮闘します。実際に戦争の恐ろしさを経験したことのない僕の想像力では、とてもその状況を思い描くことはできません。想像を遥に超える恐ろしい現実だったのだろうと思います。
 74年も過ぎると実際に東京大空襲を体験して記憶に残っている人は少なくなるばかりです。僕自身ももちろん戦争は経験していませんし、東京大空襲も歴史として知っているだけです。作者の石田さんは、多くの主人公と同じ14歳の中学生にこの作品を読んでもらいたいとあとがきで述べていますが、この平和な時代だからこそ、かつて日本が戦争をし、東京の街が地獄絵図のようになった過去があったということを若い人たちに知っていてもらいたいと思います。 
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絶望スクール 池袋ウエストゲートパークⅩⅤ  文藝春秋 
 IWGPシリーズ第15弾。4編が収録されています。従来通り、日本の今を題材にした作品で、今回取り上げられているのは、“動物虐待”“危険運転”“引き籠りビジネス”“アジアからの留学生問題”といった、どの話もこの日本で実際に起こっている問題をテーマに、それをマコトとタカシが彼らなりのやり方で解決していくというストーリーになっています。
 SNSに猫の虐待写真をアップする“キャットキラー”と名乗る男の動物虐待を止めさせて欲しいとマコトの下に高校生の男の子がやってくる(「キャットキラー」)。虐待なんかするんじゃなかったと大いに後悔させるタカシの“キャットキラー”へのお仕置きがちょっと怖いです。
 子どもたちの登校する狭い道を暴走する運転手の車がGボーイズのメンバーの子どもに怪我をさせたことから、マコトにタカシから運転手を探し出す依頼がある。マコトは車を探す中で子どもを轢き逃げされて以来通学路で緑のおばさんをする夫婦と出会う(「西池袋ドリンクドライバー」)。飲んだ後に仮眠を取ったから大丈夫という気持ちが他人だけではなく自分の家族も不幸のどん底に落としてしまうという話です。  
 引き籠りの青年から、子どもが引き籠りであることを悩む親心につけ込んで多額の経費を請求する悪徳業者からの助けを求められたマコト(「要町ホームベース」)。あまりに現代的なビジネスかと思いますが、金のことはともかく形態としては昔ニュースにもなったヨットスクールみたいなものですね。
 かつてGボーイズでタカシの片腕だったが、あることをきっかけにGボーイズと距離を置いたキミアがマコトに自分の経営する多国籍料理店で働くベトナム人留学生の身辺調査を依頼してくる(「絶望スクール」)。日本が夢の国だと思って多額の借金をして留学してくるアジアの学生を食いものにして、低賃金で働かせたり、場合によっては犯罪の片棒を担がせたりする悪徳日本語学校にマコトとタカシが戦いを挑みます。とにかく、留学ブローカーのギャングに対峙するタカシの強さは尋常でないし、タカシがキミアの知らないところで行っていたことが、これまたカッコイイ。 
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獣たちのコロシアム 池袋ウエストゲートパークⅩⅥ  文藝春秋 
 池袋の“トラブルシューター”マコトの活躍を描くIWGPシリーズ第16弾です。今回も日本の“今”を描く4編が収録されています。
 冒頭の「タピオカミルクティの夢」は企業の追い出し部屋に追いやられた中年社員の話です。マコトの同級生であり氷高組のサルが流行りのタピオカドリンクの店を開店する。アルバイトの募集にやってきたのが、それなりの企業に勤める大前という中年男。彼は仕事のない追い出し部屋にいて、他社の入社面接を受けるのが仕事だという。採用され、働きだした大前だったが、すぐ隣にサルをライバル視する神藤会の向谷がタピオカドリンク店を開いて騒ぎとなる・・・。追い出し部屋にいても一所懸命の男にマコトが心を打たれ、助力をします。働き方改革が叫ばれる中、表面上は追い出し部屋は目立たなくなりましたが、つい先頃のニュースではパワハラ、モラハラで退職に追い込む企業もあるようで、この問題は根深いものがあります。
 次の「北口ラブホ・バンディッツ」は池袋のラブホを襲う強盗事件が頻発する中、中学の同級生だった女性から実家が経営するラブホの警備を頼まれたマコトの活躍を描きます。
 「バースでイコールの甘い罠」は“オレオレ詐欺”が進化したような“バースデイコール詐欺”の話です。恋人のいない女性の携帯にかかってくるバースデイコール。最初は避けていた電話に、やがて女性たちは騙され、男の甘言に金を搾り取られるようになる。マコトは姉が“バースデイコール詐欺”にあっているという女性から助けを求められる。いくら都会の中で孤独な女性を狙うといっても、女性をこれだけその気にさせてしまうのは相当の話術のテクニックが必要であるし、これを他に使えばと思ってしまった1作です。マコトを助けるタカシが相変わらずカッコよすぎます。
 表題作である「獣たちのコロシアム」は最近特にニュースで報じられることの多い、児童虐待をテーマにした話です。インターネットの深奥にあって通常の手段ではアクセスできない児童虐待動画のサイト「逆隊コロシアム」を潰したい、そしてその経過をドキュメンタリーにしたいというTVディレクターからの依頼を受けたマコト。それぞれ虐待の経験のある3人の若者と共にサイトを探り始める。その矢先、アップされていた動画で虐待されていた少女が死んでしまう。怒りを胸にマコトはタカシやゼロワンの力を借りてサイトの参加者に戦いを挑んでいく・・・。
 このところニュースで流される子どもの虐待の事件の内容は、親として、それ以上に人間としてどうしてそんなことができるんだと思うような悲惨なものばかりです。被害者となった子どもの状況を聞くだけで涙がこぼれてしまいます。この物語で石田さんが描いた児童虐待を扱ったサイトも実際に存在するのでしょうか。であれば唾棄すべき現実です。だからこそ、マコトたちの活躍には胸がすっきりします。
 4編とも、それぞれの物語で取り上げられる問題をマコトやタカシたちが鮮やかに解決するので読了感は最高です。 
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炎上フェニックス 池袋ウエストゲートパークⅩⅦ  ☆  文藝春秋 
 池袋ウエストゲートパークシリーズ第17弾です。
 日本の今を描くこのシリーズですが、今回はまさに現在の新型コロナウイルス感染拡大の状況下を舞台に今話題になっていることをテーマにした4つの話が収録されています。
 冒頭の「P活地獄編」で取り上げられているのは“パパ活”です。高校の先輩からパパ活で出会った女性が運営側から脅されているのを助けて欲しいと依頼されたマコトがタカシの助けを借りてパパ活を運営する半グレと対峙する。
 「グローバルリングのぶつかり男」で取り上げられるのは“ぶつかり男”です。駅構内や地下道を歩いている女性に男がわざとぶつかってくる事件が多発する。マコトの知り合いの老婆もぶつかられて転倒し、骨折してしまう。マコトは池袋署の吉岡刑事やタカシとともに犯人探しをする。自分の怒りを自分より弱い者にぶつけるというのは、最低の人間のやることですね。
 「巣鴨トリプルワーカー」で取り上げられるのはトリプルワーカーと宅配サービスの配達員の話です。コロナの感染拡大で経営が厳しくなり、社員の給与を抑える(あるいはカットする)代わりに今まで禁止していた副業を認める企業が増えてきました。そんな状況下、マコトは本業の旅行代理店の社員のほか旅行ライター、そして宅配サービスの配達員をする谷原悟朗から、最近自転車が傷つけられたり、妻子の身を脅かす脅迫状まで受け取っているという相談を受ける。家族に危害が及ばないよう力を貸してほしいという谷原とマコトは一緒に自転車で走ることとする。
 表題作である「炎上フェニックス」で取り上げられるのは“ネット炎上”です。東京ローカルのテレビ局のアナウンサーの中林穂乃果はADからストーカー被害を受け、それを訴えるが、ADは自殺をしてしまう。その後、ネットに彼女を非難する書き込みが増え、彼女は休職せざるをえなくなる。彼女は悪質な書き込みをした4人に会うにあたってマコトの同席を依頼する。匿名性であることをいいことにネットで他人を批判することを書き込み炎上することは今ではよくある話。最近は裁判で書き込みをした人に対する損害賠償が認められたりしていますが、なかなか書き込んだ人を特定することは難しいですね。本当に嫌な世の中になったものです。 
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ペットショップ無残 池袋ウエストゲートパークⅩⅧ  文藝春秋 
  日本の今が抱える問題を描くIWGPシリーズ第18弾です。今回描かれるのはヤングケアラー、外国人労働者問題と賽銭泥棒、マッチングアプリを利用する美人局、犬猫を虐待するペットショップです。
 ヤングケアラーなんて言葉はこのところ急に聞くようになった言葉です。保護してもらう対象である子どもたちが、逆に親や祖父母の介護や家事をしなくてはならない状況にあり、それゆえ学校の勉強ができない、それ以上に学校に通うことができない、子どもたちの社会から孤立してしまうなどの問題が近年顕在化しています。これはひとり親家庭の増加など家族構成が少なくなってきたことによるものでしょうか。「常盤台ヤングケアラー」では、そんなヤングケアラーの女の子を食い物にしようとする大人をマコトとタカシが成敗します。
 そこら中に防犯カメラがあるせいか、賽銭泥棒も最近よくニュースになります。「神様のポケット」では、賽銭泥棒に間違われた外国人労働者をマコトとタカシが助けます。
 男女の出会いの機会なんて、昔も今も変わらないと思うのですが、今多いのはスマホのマッチングアプリでの出会いだそうです。私のようなおじさんとしては、全く知らない人とスマホの中だけで知り合うなんて恐くてとてもできそうもありません。写真だって経歴だっていくらでも修正できますしね。「魂マッチング」は、あのゼロワンがマッチングアプリで出会った女性と付き合う話です。コンピューターの中のデータしか興味がないと思っていたゼロワンにも女性と交際したいなんて気持ちがあるなんて、これは素晴らしい。マコトとデニーズの指定席を出て歩くなんて、シリーズ初めてのことでは。それにしても、あの風貌を見たら美人局なんてできますかねえ。
 モールにあるペットショップでは透明のゲージの中に小さな犬猫がいて、子どもたちだけではなく大人も犬猫の可愛い仕草に笑顔を見せています。でも、私も思っていたのはこの犬猫たち売れなかったらどうなるだろうということ。「ペットショップ無残」で描かれるのはすべてのペットショップの実態ではないでしょうが、これではあまりに彼ら犬猫たちがかわいそうです。この作品ではシリーズ15作の「キャットキラー」に登場したタイトが再登場し、彼の依頼でマコトとタカシが悪徳ペットショップを追い込みます。
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神の呪われた子 池袋ウエストゲートパークⅩⅨ  文藝春秋 
 池袋ウエストゲートパークシリーズ第19弾です。今回も日本の今を描く4編が収録されています。今回取り上げられるのは、日本のウイスキーの高騰、芸能人の個人情報の流出、高齢者を狙う強盗、そして宗教二世の問題です。
 「大塚ウヰスキーバブル」は、日本のウイスキーのヴィンテージものが中国のバブル景気のせいで異常な高騰を見せている状況が描かれます。この作品では日本本のウイスキーに何と8000万円の値段がつきますが、想像できない額ですね。酒泥棒が増えるのもこんな理由があるからなのか。
 「〈私生〉流出」の"私生"とは韓国語で個人情報のこと。今の時代、個人情報は昔と違って保護されるべきもので、それ故、個人情報にはそれで儲けようとする人にとっては高額な値段が付くようです。芸能人の個人情報が流出し、熱狂的なファンによって芸能人のプライバシーが侵されることが物語の中だけでなく、実際にもあるようですね。ここに描かれるファンの行動は異常としか言いようがありません。こんなことするのが、"ファン"と言えるのでしょうかねえ。
 「フェイスタトゥーの男」は、高齢者を狙う強盗のことが描かれます。最近、闇サイトのバイトに応募して強盗に入るということが日本各地で頻繁に起きています。この物語自体は、闇サイトのバイトではありませんが、高齢者を狙う強盗たちにマコトとタカシが対峙します。相手が自分より重量級のキックボクサーなのに、それを苦も無く倒してしまうタカシは相変わらず凄いです。
 表題作の「神の呪われた子」で描かれるのは、宗教二世の問題です。現実にも統一教会の宗教二世の問題が、マスコミでも大きく取り上げられていますが、この物語では新興宗教を信仰する親の都合で、無理やり布教活動に従事させられる女子高校生をマコトやタカシが救います。生活のすべてが信仰を中心に回ってしまうのは、もう親のエゴとしか言いようがありません。子ども自身にだって信仰の自由、信仰しない自由はあります。また、この物語の中では新興宗教の団体の事案対策課というトラブルが発生するとその処理をするために出てくる組織が描かれますが、宗教が怖いのは、自分たちの行うことがすべて善であると考えること。このことは、オウム真理教で私たちも十分懲りていますよね。 
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