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伊坂幸太郎の本棚

  1. オーデュポンの祈り
  2. ラッシュライフ
  3. 陽気なギャングが地球を回す
  4. 重力ピエロ
  5. アヒルと鴨のコインロッカー
  6. チルドレン
  7. グラスホッパー
  8. 死神の精度
  9. 魔王
  10. 砂漠
  11. 終末のフール
  12. 陽気なギャングの日常と襲撃
  13. フィッシュストーリー
  14. ゴールデンスランバー
  15. モダンタイムス
  16. あるキング
  17. SOSの猿
  18. オー!ファーザー
  19. バイバイ、ブラックバード
  20. マリアビートル
  21. 仙台ぐらし
  22. PK
  23. 夜の国のクーパー
  24. 残り全部バケーション
  25. ガソリン生活
  26. 死神の浮力
  27. 首折り男のための協奏曲
  28. アイネクライネナハトムジーク
  29. キャプテンサンダーボルト
  30. 火星に住むつもりかい?
  31. ジャイロスコープ
  32. 陽気なギャングは三つ数えろ
  33. サブマリン
  34. AX
  35. ホワイトラビット
  36. フーガはユーガ
  37. クジラアタマの王様
  38. 逆ソクラテス
  39. シーソーモンスター
  40. ペッパーズ・ゴースト
  41. マイクロスパイ・アンサンブル
  42. 777 トリプルセブン

オーデュポンの祈り  ☆ 新潮文庫
 伊坂幸太郎のデビュー作であり、新潮ミステリー倶楽部賞受賞作。
 実は、この作品がハードカバーで刊行されたときには、「未来が見えるカカシが殺されるだって。なんなのこれは!」と思って、手には取ってみたけれど購入しなかった。ところが、「重力ピエロ」を読んだら、これがおもしろく、続けて「アヒルと鴨のコインロッカー」、「陽気なギャングが地球を回す」を読んだが、どれも期待を外すことがなかった。ということで、タイミングよく発行された文庫を購入。
 コンビニ強盗に失敗し逃走中の主人公伊藤は、ふと気がつくと見知らぬ島にいた。そこは、江戸時代の終わりから外界と遮断され、存在していない島であった。そこには未来がわかるという人の言葉を話すカカシ、嘘しか言わない画家、殺人を許されている男など、妙な人(?)たちばかりが住んでいた。伊藤が島に来た翌日、カカシが殺される。未来がわかるというカカシはなぜ自分の死を防ぐことができなかったのか。
 著者の他の作品同様、いろいろな伏線が張り巡らされていて、それが最後にジグソーパズルの破片がはまって絵が完成するように、あるべきところに収まって、全体像が見えてくる。他の作品にも言えるが、文章のリズムがよいとでもいうのだろうか、飽きることなくどんどん読み進めてしまう。
 蛇足だが、最後まで伊藤がどうして島に来たかという経過は全然説明されていない。まあ、カカシが話すということ自体がありえないことだから、そんな些細なことはどうでもいいかな。
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ラッシュライフ  ☆ 新潮社
 2003年最後の読了本です。
 仙台に向かう新幹線の車中にいる二人の男女、金さえあれば何でもできると豪語する画商と女流画家、リストラされ職探しをしている中年男、こだわりのある空き巣、不思議な能力を持つとされる新興宗教の教祖に盲従する信者の青年とその幹部、それぞれの配偶者を殺そうとしている不倫のセラピストとサッカー選手。これらの関係のない登場人物の話が交互になされていきます。彼らが一堂に集まって何をするというわけではありません。しかし、読み進めていくうちに、それぞれ何らかのつながりが出てきます。伊坂氏の他の作品にもいえますが、伏線がいろいろなところに散りばめられていて、最後にパズルのピースが全てあるべきところに収まるように物語が収束していきます。全く見事ですね。何か大きな事件が起きて、探偵役がそれを解決するというかたちのミステリではありませんが、読者を飽きさせずぐいぐい引っ張っていきます。エッシャーの騙し絵が表紙に描かれており、物語の中でもエッシャー展が開かれていますが、これは、この作品自体が騙し絵のようなものだと作者が告白しているような気がします。ゆめゆめだまされてはいけません。
 なお、この作品の登場人物が「重力ピエロ」の中に登場していたり、「オーデュポンの祈り」の登場人物らしき人がこの作品にちょっと出ていたりします。作者のお遊びでしょうか。読んでいる僕らにとっても、「あ、この人は確かあの作品に出ていなかったかなあ」と気づいたりしてちょっと楽しいですね。
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陽気なギャングが地球を回す  ☆ ノン・ノベル
 人の嘘を見抜く能力を持った男、天才的なすりの技術を持つ男、素晴らしい運転技術と正確無比な体内時計を持っている女、演説の才能のある男、彼ら4人が銀行強盗を企てるが、逃げる途中で盗んだ現金を強奪される。彼らは奪われた現金を取り戻そうとするが・・・。
 軽妙なテンポ、ユーモラスな会話で物語が進んでいくので、非常に読みやすい。文章中に辞書の内容をイメージした記述が出てくるが、それがまた当を得ている。思わず友人にも話したくらいである。ところどころに色々な伏線が張ってあり、ジグゾーパズルのように最後には全てのピースがあるべきところに収まる。まさか、あんなところの話が最後に生きてくるなんてと驚かされる。
 今年の「このミス」で第6位にランされている。この作品の他、「このミス」で第3位にランクされた「重力ピエロ」、そして「アヒルと鴨のコインロッカー」と3作品とも非常におもしろく、今年は伊坂幸太郎の年といっても過言ではないと思う。
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重力ピエロ  ☆ 新潮社
 物語は、連続放火事件とその放火場所の近くに書かれた落書きとの関連を主人公が解こうとすることから始まります。
 主人公の弟は母がレイプされて生まれた子供です。しかし、家族(母はもう亡くなっているが)は、そんなことは関係なく仲良く暮らしています。とにかく父親が素晴らしいです。子供を生むかどうか悩んで神に祈ったところ、「自分で考えろ!」と言われて、即座に生むことを決めたという人です。重い話でありながら、軽いタッチ、軽快なセリフでどんどん話に引き込まれていきます。ただ、途中で話の筋が読めてしまったのは残念。直木賞候補作であったが、惜しくも受賞は逃しています。
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アヒルと鴨のコインロッカー  ☆ 東京創元社
 物語は「僕」を語り手とする現在と題される章と、「わたし」を語り手とする2年前と題される章が交互に展開される。
 大学へ入学するため一人暮らしをすることになった「僕」は、アパートの隣人から「一緒に本屋を襲わないか」と誘われる。同じアパートに住む外国人に広辞苑をプレゼントするためだという。巧妙な口車に乗せられモデルガンを手に本屋の裏口に立つ羽目になる「僕」。一方ペットショップの店員である「わたし」は、ある日動物を虐待する三人組の男女を知り、彼らから逆恨みをされることとなる。
 二つの物語は現在と2年前でそれぞれ進行していく。この二つの物語がどう交差していくのか。伏線が巧みに張り巡らせてあり、それが明らかにされたときに、なるほどそうかと納得させられてしまった。結末はちょっと切ない終わり方だ。ただ「死んでも生まれ変わるだけだって」という言葉にはわずかに救いがあるが。
 訳の分からない題名も最後に明らかとなるが、なかなか奥深い。僕自身は前作の「重力ピエロ」より、こちらの作品の方が好きである。
 この物語で重要な鍵となるボブ・ディランを僕は名前だけは知っているが、歌はよく知らない。「風に吹かれて」と「ライク・ア・ローリングストーン」は、どういう歌だったろうか。
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チルドレン  ☆ 講談社
 表題作を始めとする5編からなる連作短編集です。といっても、伊坂さんに言わせると、短編集のふりをした長編小説だそうです。伊坂さんの作品といえば、「重力ピエロ」とか「アヒルと鴨のコインロッカー」のようにタイトルが印象的ですが、今回は割と普通(?)のタイトルです。しかし、相変わらずの軽快な文章、軽妙なセリフ、そして魅力ある登場人物で、一気に読ませてくれます。
 5編は「チルドレン」と「チルドレンⅡ」が同じ主人公の他は異なる人物が主人公となっています。しかし、この5編を通じて登場している人物がいます。それが陣内です。理屈にならない理屈で人を困らせる男、思いつきで行動し、周囲に迷惑や被害が及んでもやむなしと考える男。そんな男と「バンク」のように銀行強盗の人質に一緒になってしまいたくはないですね。こりゃあ、何か良くないことが起こりそうだと思ってしまいます。その陣内が大学卒業後に就職したのが家庭裁判所の調査官、それも少年係です。主人公の調査官武藤は、そんな陣内に振り回されます。しかし・・・。芥川龍之介の「侏儒の言葉」を読みたくなってしまいます。
 結局、この作品集は、陣内が主人公の長編小説だったのでしょうか。最近の作品で言えば、奥田英朗さんの「空中ブランコ」の精神科医伊良部と双璧をなす魅力的な人物でした。
 この作品にも伊坂さんの他の作品とリンクしている部分があります(自分で見つけたのではなくて、雑誌に書いてあるのを読んで知ったのですが(^^; )。「ラッシュライフ」の登場人物の一人豊田がタクシーの中で聞いたラジオから流れる事件のニュースが、「バンク」で描かれる銀行強盗です。そんな繋がりを知るのも伊坂ファンとしては楽しみです。
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グラスホッパー  ☆ 角川書店
 主な登場人物は、愛する妻を殺され、その復讐を果たそうと考える鈴木という元教師の男(日本で一番多いありふれた名字にしているのは、何か意図があってのことでしょうか?)。鯨という人を自殺させる能力を持つ殺し屋(殺し屋と言えるのでしょうか?)。そして蝉というナイフ使いの殺し屋。
 物語は鈴木、鯨、蝉の章が交互に描かれていきます。始めはそれぞれ関係ないと思っていた殺し屋たちですが、“押し屋”と呼ばれる殺し屋の登場により、次第にそれぞれの物語が交差していき、お互いが関わっていくこととなります。
 前作「チルドレン」は、惜しくも直木賞の受賞を逃しましたが、「文学賞メッタ斬り」の大森氏によると、「グラスホッパー」で下半期直木賞期待大とのことです。ただ、僕としては、この作品には「チルドレン」のような笑いがないということで、評価としては「チルドレン」の方が上なのですが(決してこの作品が面白くないというわけではありません。最近僕の好みが「チルドレン」的なものに偏っているに過ぎないだけです)。
 伊坂さんの作品には、何気なく他の作品の登場人物が出てきたりするのですが、僕が気をつけて読んだところでは今回は「オーデュポンの祈り」のことが話題に出てきます。他にも何かあったでしょうか。

 ※題名の「グラスホッパー」とは、バッタのこと。

(以下ネタばれちょっとあり注意!)

 最後の終わり方は気になります。○○が「それにしてもこの列車、長くないか」と言いますが、p158に書かれていることからして、○○はどうなってしまうのでしょうか。
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死神の精度   文藝春秋
 ついに読みました。待ちに待った伊坂幸太郎さんの新作です。テレビも見ずにパソコンの前にもちょっと座っただけで、あとはひたすら読みふけりました。
 死神を語り手とする6編からなる連作短編集です。表題作は第57回日本推理作家協会賞短編部門賞を受賞しています。
 調査部に所属し、7日間その人が「死」を実行するのに適しているかどうかを判断し、報告するのがこの物語の主人公“死神”の仕事。そこで「可」となると、翌日にはその人間は死ぬことになります。そんな死神と6人の調査対象者との話が語られていきます。6編はそれぞれ恋愛小説風あり、ミステリー風あり、ロード・ノベル風あり、ハード・ボイルド風ありと、異なったスタイルで語られます。
 短編集ですので、当然のことながら一つ一つの話は短くて、対象者の死まで見届けるのは1編しかありません。この後どうなるのと余韻を残します。伊坂さんうまいですねえ。
 とにかく死神のキャラクターがいいです。無理矢理に暇を作ってでもCDショップの試聴機の前に立ち音楽を聴く“ミュージック”を愛する死神。仕事をするときはいつも天気に恵まれない死神。やるべきことはやるが、余計なことはやらないのがスタイルの死神。受け答えが微妙にずれる死神。伊坂さん、こうしたキャラクターを生み出すのが本当にうまいですよねえ。
 6編の中では「恋愛で死神」が一番の好みです。死神が荻原に「死についてどう思う?」と聞いたときの彼の答えが人生の半分を過ぎた今の僕の考えに一番近いからかもしれません。「死神対老女」は連作短編集のラストにふさわしく、最後のピースがはまります。

 伊坂さんの遊び心というのでしょうか、いつも作品の中に他の作品の登場人物が顔を覗かせますが、今回もいました。「旅路で死神」の中に「重力ピエロ」のある登場人物が出ています。「あ、ここに出てきたか」と探すのも、伊坂作品を読む楽しみですね。

 死神が聞いていたバッハの「無伴奏チェロ組曲」を聞いてみたくなってしまいました。
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魔王  ☆ 講談社
 待望の伊坂さんの新作です。今回は簡単に言ってしまうと超能力者対ファシズムの闘いです。
 作品は、自分の思ったことをそのまま、他人に言わせることができる能力を持った安藤を描く「魔王」と、「魔王」から5年後、安藤の弟潤也が中心人物となる「呼吸」との2作の中編から成り立ちます。
 伊坂さんはあとがきで、この作品で描かれるファシズムも憲法もテーマではないと述べていますが、先の衆議院選における自民党大勝後の政治情勢を考えると、読んでいる僕としては、現実を意識せずには読むことはできませんでした。あまりにタイミングが良すぎます。
 これまでの伊坂さんの作品のなかでも特に重苦しい雰囲気が全体を覆う作品です。いつもの軽妙な会話も見られません。本当に作品ごとに伊坂さんはいろいろな作風を見せてくれます。
 「魔王」を読み終えて、これでは消化不良だ!と思ったのですが、よくよく読むとこのラストは予定されたものなのですね。「呼吸」も、さあ、これからだと思ったところで終わりとなります。伊坂さんのインタビューによれば、続きは予定していないということですが、ぜひともこの続きを書いて欲しいです。伊坂さんがこの闘いの結末をどう書くのか見てみたいです。
 前作の「死神の精度」の中には、バッハの無伴奏チェロ組曲が使われていましたが、今回はシューベルトの歌曲「魔王」や宮沢賢治の「注文の多い料理店」などの作品が非常にうまく使われていました。特に宮沢賢治の詩を人の心を動かす言葉として権力者が引用する小道具に使うなどとは誰も考えなかったことですね。
 いつものことですが、今回の作品の中にもいつもどおり伊坂さんの他の作品の登場人物が顔を出しています。ただ、単に顔を出すという形の登場ではなく、この作品のラストを暗示するような重要な役割を担った登場でした。最初読んだときには気づきませんでしたけど(^^;
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砂漠  ☆ 実業之日本社
 姓名に東西南北が付く4人の大学生北村、西嶋、南、東堂と彼らの同級生鳥井の5人の話です。帯にも書いてあるように今回伊坂さんが書いたのはミステリではなく、青春小説です。
 東西南北といえば麻雀ということで、作品中にも頻繁に麻雀をするシーンがあり、麻雀の“役”が出てくるのですが、残念ながら役といえば大三元しか知らない僕としては、ちょっと戸惑うところもあります。しかし、麻雀を知らないからといって、この作品のおもしろさが損なわれることはありません。
 話は彼ら5人の大学入学時の出会いから、卒業時までの4年間が描かれます。章は春、夏、秋、冬、そして春と1年がぐるっと回ったような感じを受けますが、実際は4年間の話です。西嶋がプレジデントマンと名付けた男による強盗事件、ホストたちとの争いなどの事件に巻き込まれながらも、普通の大学生のような恋や、ちょっと変わった恋もあったりの学生生活が描かれていきます。これまでのように主人公が死神や殺し屋、超能力者ではありません。南の超能力やプレジデントマンあたりの話は今までの伊坂さんらしいですが、書かれているのは主人公北村たち5人の大学生活の中での成長の話です(強盗事件に巻き込まれたりするのは普通の大学生活とはちょっと異なりますが)。こうした青春小説も悪くありません。というより、うまく言えないのですが、こうした題材であっても、作品には伊坂さんらしい雰囲気が出ており、楽しく読むことができました。おすすめです。
 伊坂さんの作品には毎回他の作品の登場人物が顔を覗かせるなど他の作品とリンクしている部分が必ずあるのですが、今回リンクするのは西嶋くんがお世話になった家裁の調査官です。直接は登場していませんが、この人は、きっと「チルドレン」に登場する西嶋同様強烈なキャラのあの人でしょうね。
 卒業式の学長の、「学生時代を思い出して、懐かしがるのは構わないが、あの時は良かったな、オアシスだったな、と逃げるようなことは絶対に考えるな。そういう人生を送るなよ」との言葉には胸が痛いです。歳を重ねるにしたがって、責任もなかった学生時代は良かったなと思うことが多くなってきましたから(^^;  
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終末のフール  ☆ 集英社
 8年後に小惑星が地球に衝突すると発表されてから5年がたった仙台市の「ヒルズタウン」のマンションに住む人々を描く連作短編集です。各編の題名が「○○の○ール」で揃えられた8編からなります。しゃれた題名ですね。
 小惑星衝突の発表当時のパニックにより、ある人は事故死し、ある人は殺され、ある人は自殺するという状況も沈静化した街の中で、人々は来る破滅の日をどう迎えようとしているのかを淡々としたタッチで描いていきます。
 この本を読みながら子供の頃テレビで見た「地球最後の日」という映画を思い出しました。惑星の衝突によって滅亡する地球から脱出しようと、大金持ちが資金を出してノアの箱船のように宇宙船で他の星へと移住しようとする話です。その映画の中では我も我もと人々が宇宙船にむらがり大混乱になる様子が描かれていますが、実際に人生が8年後に間違いなく終わることがわかれば、色々な意味で自暴自棄になる人が出てくるのも当然なのでしょうね。
 ただ、この作品で伊坂さんが描くのはパニックの状況ではなく、それを生き残った人々の物語です。混乱の中で愛する人を失い、それでも生き抜いた人たちが、あと3年となった日々をどう過ごそうとするのか。哀しい結末を選択する主人公もいましたが、誰もが真剣に生きるということを考えます。同じ立場に立たされたとき、果たして僕自身はどう生きるのか、それとも生きるのを止めるのか、考えさせられます。本当に読んでいて素敵な作品に出会えたと思いました。これだから伊坂さんの作品ははずせません。次作にも大期待です。
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陽気なギャングの日常と襲撃  ☆ ノン・ノベル
(ちょっとネタバレあり)
 「陽気なギャングが世界を回す」の続編です。映画公開に合わせて続編を刊行するとは、出版社も抜け目ないですねえ。
 4人の銀行強盗、成瀬、響野、雪子、久遠の再登場です。長編ですが、第1章はそれぞれ雑誌に掲載された短編で構成されています。4つの短編はそれぞれ4人とは異なる人物が主人公となって、4人と主人公たちの関わる事件を描きます。成瀬は部下の大久保と刃物男騒動に遭遇し、響野は店の常連の藤井の“幻の女”捜しを手伝い、雪子はパート先の同僚鮎子に送られてきた舞台の招待券の謎を追い、久遠は何者かに殴られた和田倉と共にその犯人を捜し、とそれぞれ別の事件に関わるのですが、これが見事に第2章へと繋がっていくんですよね。いろいろなところに伏線を張り巡らしてあり(もちろん、読んでいるときには気付かなかったのですが(^^;)、このあたりのところ伊坂さんはうまいですねえ。読者を唸らせます。
 今回は、銀行強盗はメインの話ではありません。銀行強盗はさらっと終わり、その後から物語が動き出します。さらっと終わるが故に残念ながら響野の演説も今回は短め。楽しみにしていただけにちょっと物足りません。正直のところ、物語のおもしろさは前作の方が上かもしれません。しかしながらこの作品の魅力である4人のキャラクターと彼らの会話の楽しさ(そしてどこかずれた会話の掛け合い)は相変わらずです。そして、前作同様広辞苑の引用、改変も入っていて、読んでいて思わずニヤニヤしてしまいました。
 本当に楽しい作品でした。これからも、彼らの活躍を大いに期待したいですね!
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フィッシュストーリー  ☆ 新潮社
 雑誌に発表された3編と、書き下ろし1編からなる作品集です。伊坂さんの既刊の作品中の脇役が活躍するという本の紹介だったので、誰が登場するんだろうと楽しみに読み始めました。ただし、わかったのは「ラッシュライフ」に登場していた黒澤。今回彼は「サクリファイス」と「ポテチ」の2作に登場する活躍ぶりです。あとは「動物園のエンジン」の河原崎。同じ名前の人が「ラッシュライフ」に登場していますが、その人の父親でしょうか。伊坂さんの既刊はすべて読んでいるのですが、「あれ?この人どこかで出ていなかったかなあ」と思うのですが、はっきりとはわからなかったですねぇ。結局読み終わった後で、「無重力ピエロ 伊坂幸太郎ファンサイト」で確認してしまいました。
 4編の中で一番おもしろかったのは、表題作の「フィッシュストーリー」です。ある青年が実家から帰る途中に事件に遭遇する「20数年前」、ハイジャック事件の起きる「現在」、あるロックバンドの最後のレコーディングを描く「30数年前」、これらの話が何の関係もないように語られながら、実は繋がっているという、伊坂さんらしい作品です。そこに浮かび上がってくるのは、ロックバンドの最後のアルバムの中の曲にある無音の部分から紡がれる思わぬストーリーです。「え!前の話とどんな関係があるの?」と読者に思わせながら、一つのストーリーへと組み立てていくところは相変わらず見事ですね。「正義の味方になれ」って子供を育てるのもいいなあ(今さらウチの息子たちには言うには遅すぎるのが残念)。
 冒頭の「動物園のエンジン」は、真夜中の動物園でうつ伏せになっている男の謎を推理する話。よくもまあ、一人の男から突拍子もないことを推理できるものだと感心します。一人称と三人称で書かれているところがこの作品のミソですね。
 書き下ろしの「ポテチ」は、仙台を本拠地とする野球チームの選手の部屋に空き巣に入ったカップルの出会いの話から、美人局の話など、話が取り留めなくなるなあと思ったところから、思いも寄らない方向に話が進みます。ちょっと感動の物語。
※「僕の孤独が魚だとしたら」という一節で始まる小説というのは、誰のなんという作品でしょうか。すごく気になります。
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ゴールデンスランバー  ☆ 新潮社
 身に覚えのない首相暗殺犯として追われる青柳。家族のために青柳を陥れる役目を負わされながら、彼に逃げろと言った大学時代の友人森田森吾。青柳が事件を起こしたとは思えない大学時代の恋人樋口晴子。さまざまな人々が思わぬ繋がりを見せながら、青柳の逃走劇に関わっていきます。
 町の中にはセキュリティポッドと呼ばれる監視装置が置かれ、映像や声はもちろん、携帯電話の内容さえ傍受されてしまうという社会。一人の通り魔殺人犯キルオの逮捕のためという理由でそれほどの反対もなく設置されたというストーリーは、何だかこの社会の中でも近い未来に起こりそうな感じがします。国家のやることに反対しながら、いつの間にか国家の思うようになっていくというのは、今でさえそう感じられることではないでしょうか。
 身に覚えがないのに犯罪者として仕立てられてしまうとは恐いことです。物語の中ではその相手は誰かははっきりとは述べられていませんが、当然これは「国家」ですよね。国家の前では個人の力など到底かなうものではありません。国家が暴走すれば、いつでもこの作品と同じ社会が出現するのではないでしょうか。
 作品中では青柳は何度も捕まりそうになりながら、誰かが彼が助けます。個人では立ち向かえなくても、仲間がいればというところはホッとさせます。ただ、あの人が関わってくるというのは物語としてはおもしろいのですが、ちょっと嫌だなあという気も。
 とにかく、読み始めからグイグイ物語の中に引き込まれてしまいます。いろいろな伏線がちりばめられていて、あっ!こんなところに繋がっていたのかと思うところはいつもどおりの見事さです。ただ、ラストについては消化不良のところがありますね。あの結末で満足いくかどうかは賛否両論あるところでしょう。
 ところで、伊坂さんの作品といえば、他の作品とのリンクがあるのですが、今回はどうだったでしょうか。
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モダンタイムス  ☆ 講談社
(ちょっとネタばれ)

 「魔王」から50年後の日本を舞台にした作品。その後、日本はどうなったのか。安藤潤也はどうなった?総理大臣だった犬養は?と気になることはたくさんあり、ワクワクしながら読み始めました。最初の「勇気はあるか」「実家に忘れてきました。何を? 勇気を」というフレーズだけで伊坂ワールドの中に引き込まれてしまいました。読者の心を一気に掴むところは伊坂さんはさすがにうまいですねえ。物語全体にちりばめられた軽妙なセリフ回しも相変わらずです。
 物語は、妻に浮気を疑われた主人公・渡辺が妻が雇った男に拷問を受けようとしているところから始まります。インパクトありすぎる出だしです。この作品は今までの作品と比較すると暴力的な描写が多い作品になっています(とはいえ、伊坂さんのタッチですから、そんなに恐ろしさを感じさせないのですが)。
 今回この作品で描かれるのは監視社会。検索から監視が始まる社会です。渡辺の上司、同僚、友人がある言葉を検索したが故に死んだり危険な目に遭うという恐ろしい社会が描かれます。今でさえ、何かわからないことがあるとネットで検索が当たり前になっているのに、それが国家によって監視されるとしたら、こんな怖いことはありません。何を検索するかによって、その人の趣味や興味あるもの、果ては思想までわかってしまいますからね。
 題名の「モダンタイムス」はもちろん、あのチャールズ・チャップリンの有名な映画からとったものでしょう。映画では、社会の中で一つの歯車となっている個人を風刺した映画でしたが、この作品では社会において人間が大きなシステムの中の一部に過ぎないことを風刺しています。しかし、前作「ゴールデンスランバー」では国家から逃げまくっていた主人公に対し、渡辺たちは「人間は大きな目的のために生きているんじゃない。もっと小さな目的のために生きている。」「たとえ、自伝や年表に載るような大きな出来事が起きなくても、小さな行動や会話の一つ一つが、人生の大事な部分なんです。」と、国家に立ち向かうことを選択します。最終的にはすっきりしない結果になったとしても、渡辺たちに拍手を送りたいです。
 この作品にも特徴あるキャラが登場していますが、なかでも一番強烈なキャラは主人公渡辺の妻・佳代子です。人を雇って夫が浮気しているかどうか拷問して聞き出そうとする妻なんていますか?なぜか格闘技にも秀でているときているのですから、こんな奥さん、堪えられないを通り越して恐ろしいとしか言いようがありません。その上、どうも根底には渡辺に対する愛もありそうですから、まったく理解できないキャラでした。結局、最後までこの奥さんの正体は明らかにされなかったけど、絶対に普通の人ではないでしょう。
 その他、作者と同じ名前の作家が登場するのはご愛敬かな。
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あるキング  ☆ 徳間書店
 日本野球界に現れた天才バッターの生涯を描く物語です。
 仙台を本拠地にするプロ野球チーム、仙醍キングスの熱狂的ファンだった両親の間に生まれた王求。両親の期待を一身に背負って、わずか3歳でその才能を開花させる。各章には王求の年齢が記され、彼の天才ぶりが一人称、二人称、三人称で描かれていく。読んでみて思うのは今までの伊坂作品と雰囲気が異なるところです。それは、こうした章によって人称が書き分けられていることにもよるのでしょうか。いつもの軽妙洒脱な会話といったものもなし。
 また、物語の中に登場してくる三人の黒服の女性や緑色の獣については作者からの説明は何もなされず、読んだ後には消化不良の感がしました。このことについては、伊坂さん自身は「ダ・ヴィンチ10月号」のインタビューの中で「この小説の中では、人間では計り知れない大きな力が働いているんだよ、というのを分かってもらうために、ああいう非現実的なものを持ってくることにした」と述べています。確信犯ということですが、う~ん、でもやっぱりわかりません。「マクベス読んでいたからわかる」という書評がありましたが、マクベス読まないと駄目なんでしょうか。
 天才バッターとはいっても、プロに入ってからの活躍は後半もかなり進んでからで、それも試合自体の描写も少ないです。確かに打率9割なんてバッターがいれば、試合はおもしろくありません。あのイチローだって4割は打てない、打席の5分の3は凡打です。だからこそ、打つ時にはドラマになるのです。9割で、それもほとんどホームランになってしまうのでは、観ていて楽しいものではありません。子ども時代にチームメイトがよそよそしくなるのもわかります。
 ただの熱狂的な仙醍キングスファンだと思っていた両親の異様さにも腰が引けてしまいました。子どもがプロ野球選手になるのを夢見る親バカならともかく、王求を敬遠しないよう相手監督に金を渡したり、墜落死した下着泥棒が仙醍キングスの帽子をかぶっていたから、嫌いなチームの帽子と交換するなんて、思考がずれている、いや普通ではありません。二人称の語り手が両親は理性的だというところがありますが、理性的がああいう事件を起こすのでしょうか。
 そもそも二人称の語り手は幽霊?ラストシーンは、新たな悲劇の始まりか?理解力不足故か、いまひとつ楽しむことができませんでした。時間をおいて再読です。
 最近伊坂作品が続々映画化されますが、これは舞台でやるのに適していそうな感じです。
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SOSの猿 中央公論社
 「私の話」、「猿の話」とつけられた章が交互に描かれる体裁となっています。今までの伊坂さんの作品からして、この章の並びには何か意図があるんだろう、きっとパターンとしてはあれだなあと思いながら読み進めていくと、思わぬ展開になります。やっぱり伊坂さん、一筋縄ではいきません。
 「私の話」の章は、引き籠もりの子どもの対応を引き受けることになってしまった電器店勤務の遠藤二郎が主人公です。彼がイタリア留学中に悪魔払いを学んでいたという設定にまず驚かされ、その彼が引き籠もりの子どもに対し悪魔払いをするという突拍子もない話が始まります。
 一方「猿の話」の章の主人公はコンピューター・システム会社の社員である五十嵐真。彼は自社システムを利用する証券会社の株の誤発注事件の原因調査を命じられます。
 引き籠もりの青年の悪魔払いと株の誤発注事件がどう関係してくるのか、ところどころに張り巡らされた伏線(らしきもの)が、どう回収されてい<のか気になってページを繰る手が止まりません。西遊記と心理学の話から始まり、ついには孫悟空まで登場してきてしまうところは、“喋る案山子"が出てきたデビュー作「オーデュポンの祈り」の系統の作品といったらいいでしょうか。
 遠藤二郎という男、困っている人がいれば、気にかけずにはいられない、でも気にかけたとしても何ができるわけでもないという無力感に襲われるという男です。わかりますよ、こういう気持ち。そんな気持ちになることってありますよね。
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オー!ファーザー  ☆ 新潮社
  母親とギャンブル好きな鷹、中学教師でスポーツ万能の勲、大学の教授で思慮深い悟、女性好きなプレイボーイの葵という個性豊かな4人の父親と暮らす高校生・由紀夫。そんな彼が登校拒否の同級生を気にかけたり、ドックレース場で盗みを目撃したり、友人が不良に絡まれているのを助けたりと、いろいろな面倒事に巻き込まれていく様子が描かれていきます。
 伊坂さん自身によるあとがきによると、この作品は伊坂幸太郎・第1期の最後を飾る作品だそうです(第2期が「ゴールデンスランバー」からだそうです。)。そのせいか、このところの「あるキング」や「SOSの猿」が、それまでの作品とはちょっと違うかなあと思ったのに対し、この作品はいつもの伊坂さんだと思わせる雰囲気の作品となっています。
 あとがきにもあるように、4人の父親という設定ではクィネルに「イローナの四人の父親」という作品がありましたが、誰の子供かわからないということでは同じでも、こちらでは、4人の父親が一緒に暮らしているというありえない設定。でも、そんな設定も、伊坂さんが描くと不思議とすんなり受け入れてしまいます。この4人の父親が、大学の先生からギャンブル好きまで硬軟取り混ぜたラインナップで、前半は彼らや由紀夫の同級生である多恵子のユニークな会話と行動でアットホームなホームドラマをのんびりと見ているようです。相変わらず、なんでこんなセリフ考えつくんだろうと思わせるセリフも満載です。
 後半では、それまでに書かれていた事件、事実が、あれも伏線、これも伏線だったの!と驚くほどいっきに伏線の回収がなされていきます。このあたりは、さすが伊坂さんの作品です。見事ですよね。新しいタイプの作品も期待したいですが、やっぱり従来どおりの伊坂作品も読みたい(贅沢な要望ですか?)。
 それにしてもすごいのは、作品中には登場シーンの少ないお母さんの知代です。あんな個性的キャラの持ち主たちを四股かけてしまうのですからね。彼らが4人一緒でもいいから知代といたいと思わせるほどの女性ですからね。どんな女性なんでしょう。
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バイバイ、ブラックバード  ☆ 双葉社
 もともとは1話が50人の読者に郵便で届けられた小説に、書き下ろしの最終章を加えて単行本化されたものです。
 "あのバス"に乗る前に、5股かけていた女性たちに別れを告げに回る男を描く連作短編集です。太宰治の「グッド・バイ」へのオマージュ作品だそうです。主人公・星野一彦が、女性を5股かけているという点では、なんてひどい男だろう、共感はできないなあと思いましたが、5股かけている以外の部分では、まともな男で、逆に人のよさそうな男です(いい人なら5股かけられている女性の気持ちを思いやれよ!と突っ込まれるかもしれませんが・・・。)。
 そんな主人公より強烈なキャラは、彼を監視する女性、繭美です。180センチ、180キロという体格に、話しっぷりは男そのもの(ミクシィのコミュニティでは、繭美=マツコ・デラックスを思い浮かべるという感想が多いです。)。そのうえ、常に辞書を取り出して、自分の辞書には「○○」はないと言うのは、まるでナポレオンみたいです。
 そんな二人が、5人の女性の元に別れを告げに行くのですが(繭美と結婚するからと言って)、これがみんな素敵な話に仕上がっています。第4話と第5話のラストにはグッときてしまいます。そして、最終章のラストの余韻がいいんですよねえ。最後のキックでどうなったんだろうと気になりますよ。
 掛け値なしにおもしろいです。やっぱり、伊坂さんです。おすすめ。

※肝心の"あのバス"の正体については、最後まではっきりしません。この点、伊坂さんは、同時出版された『「バイバイ、ブラックバード」をより楽しむために』の中で、“死のメタファー”であるとは言っていますが、ここはそれぞれの読者の想像に任せられたと言っていいのでしょう。
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マリアビートル  ☆ 角川書店
 「グラスホッパー」に続く殺し屋たちを主人公にした作品です。東北新幹線はやての中で繰り広げられる殺し屋たちのドタバタ劇を描いていきます。
 裏社会の顔役から依頼され、拉致された顔役の息子を救出して盛岡に届ける蜜柑と檸檬の二人組。息子をデパートの屋上から突き落とした中学生を殺そうと乗り込んだ元殺し屋の木村。新幹線の荷物置き場にあるトランクを持ち去る仕事を依頼された七尾。木村に狙われている大人もかなわないほどの狡猾さを持つ嫌な中学生の王子(名字が「王子」ということからして、鼻持ちならない気がします。)。新幹線という閉鎖空間の中で彼ら殺し屋たちの思惑が絡み合い、思わぬ展開へとなだれ込んでいきます。
 今回登場する殺し屋たちの中でのお気に入りは七尾です。常に不運に付きまとわれながら、これが強いのなんのって。読んでいると頼りなさそうな雰囲気の男が頭に浮かびますが、どんどん首を折って殺してしまうのですからね。びっくりです。
 前作の「グラスホッパー」の鈴木と同じように、特徴のない名前の木村は、名前と同様、この作品の中で一番普通の存在です。(もちろん、人を殺そうと考えること自体普通ではないのですが。)。
 機関車トーマス大好きのレモンのキャラもよかったですねえ。蜜柑との二人の会話のやり取りも愉快です。機関車トーマス好きということから、檸檬が蜜柑との暗号に使った方法にはなるほどねえと唸らせられました。
 「王子」の憎らしさといったら言いようもありません。物語の初めのシーンで「人生って甘いね」と小憎らしいセリフを吐きますが、こんな中学生がいたら恐ろしいです。読んでいても彼の言動には嫌悪感を感じないわけにはいきませんでした。誰か、早く痛い目にあわせてやれ!と、何度思ったことか。ところが、王子よりも他の大人たちの方が子供っぽいというのですからねえ。せっかく、○○が今度こそやってくれるなと思ったら・・・(これ以上はネタばれなので)。
 彼らとは別に、「グラスホッパー」の登場人物も再登場し、懐かしさを感じさせてくれます。ラスト、満を持して登場する殺し屋も最高です。
 やっぱり、伊坂さんはおもしろい。
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仙台ぐらし  ☆ 荒蝦夷
 伊坂さんが地元の出版社の雑誌「仙台学」に連載していたエッセイを中心に、書き下ろしの短編1編を加えて編まれた作品です。
 連載されていたエッセイは題名が「○○が多すぎる」で統一されています。冒頭の規制緩和によるタクシー台数の増加を書いた「タクシーが多すぎる」を読んでいて、エツセイといっても伊坂さんの小説を読んでいるようだなあと思ったら、これは半分ほどが創作だそうです。小説を読んでいるようだと思ったのも当たり前でした。他のエッセイはほとんど実話に基づくものだそうですが、どれも伊坂さんの人柄が感じられて楽しく読ませてもらいました。
 なかでも何度も書かれている、街中で人から声をかけられ、自分のファンだと思ったら勘違いだったという自意識過剰を反省しているところは伊坂さんのイメージにビッタリだなあと、その様子が頭の中に浮かんできてしまいました。
 最後に置かれている短編は、震災後の被災地を舞台にした作品ですが、伊坂さんもあとがきで述べられているように、震災を直接のテーマにして書かれたものではありません。短編でも伊坂作品の雰囲気は十分味わえます。
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PK  ☆ 講談社
(ネタバレ注意)

 「PK」「超人」「密使」の中編3編が収録されています。感想を述べるのが非常に難しい作品集です。おもしろいかと聞かれて、率直におもしろかったと簡単には言えませんが、いつもの伊坂さんらしい作品なので、伊坂ファンは楽しむことができると思います。雰囲気としては「魔王」や「ゴールデンスランバー」、「モダンタイムス」の系統に繋がる作品です。
 冒頭の「PK」では、PKを外せと言われたサッカー選手、嘘の証言をしろと言われた大臣、小説の内容を書き換えろと言われた作家、彼らがそんな理不尽な要求に対してどうするかが描かれます。張り巡らされた伏線が、ラストに至って見事に回収されていくのは、さすが伊坂さんらしいところです。それにしても、父親の話に出てきた次郎くんがあんなところに登場してくるなんて、ぴっくりです。
 「超人」では、未来に罪を犯す人の情報が何者かからメールで送られてくるようになった男性が描かれます。彼はそのメールを見てある行動を起こすのですが、あるときメールで送られてきた人物の名に彼は驚きます・・・。ラスト、視点がある人物に変わるところが、これまた伊坂さんらしいですね。
 (「超人」の中で、特殊能力を持った人物が政治家と対決する物語を発表し、評論家から「デッドゾーン」の二番煎じと揶揄された作家の三島は伊坂さんがモデルでしょうか?)
 「密使」には、他人から時間を拘摸とる力を持った男と訳もわからず研究施設に呼び出された男が登場します。まったく関わりのないと思われる二人の話がラストで―つになるまでが描かれていきますが、思わぬ繋がりが伊坂さんらしいところです。「密使」の正体がアレとはねえ。まあ、彼なら確かにタイムトラベルにも耐えられそうです。
 3話には様々な繋がりがあります。特に同じ雑誌「群像」に掲載された「PK」と「超人」にはその繋がりが顕著です。両作品には、政治家に成り立ての若い頃、“ある出来事”によって一躍名を売ったという大臣が登場します(ただ、大臣の父親の浮気は「PK」では妻に発覚せず、「超人」では発覚して大騒ぎになることから、まったくの続きの話というわけではないのでしょうが。)。「超人」には、「PK」での“ある出来事”に関わりのある人が話の中心となります。また「PK」で若いカップルが「超人」で描かれる事件の話をしているなど、「これって?」と思うことがいくつもあって、何度も前のページに戻ってしまいました。そんな繋がりを見つけるのも楽しいです。
 この作品でも“勇気”というのは、ひとつのテーマになっている気がします。
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夜の国のクーパー  ☆ 講談社
 釣りをするため海に出た「私」は、嵐で船が転覆し、気がついたら蔓で縛られ、身動きできない状態で仰向けに横たわっていた。胸の上には猫が座っており、トムと名乗るその猫は彼が住む不思議な国の話を始める。トムが住む国は最近隣国の鉄国との戦いに敗れ、鉄国の軍隊が進駐してきたばかり。国王は鉄国の片目の兵長によって殺され、国民は混乱の中にあった。
 仙台から舟で出た先に言葉を話す猫がいるなんて、仙台の沖合にある島に言葉を話す案山子がいた「オーデュボンの祈り」を思い起こしました。ファンタジーですが、伊坂さんの作品の中では国家や権力について描いている「ゴールデンスランバー」や「モダンタイムス」の系列に繋がる作品ではないでしょうか。戦争というのは国家という存在を考えさせますものね。また、猫と鼠の交渉の様子も、国家間の話し合いの縮図のようです。
 今回も様々に張り巡らされた伏線が最後に回収されていきますが、何といっても一番の伏線は蔓で縛られた「私」です。妻に浮気された公務員の冴えない男が、この猫の国の物語にどう関わってくるのかと気になりながら読んでいたのですが、やはり落としどころはそこかと納得。この伏線の回収は予想してしまいましたよ、伊坂さん。
 為政者が自分の権力に疑問を持たせないために、国民に情報を与えない、あるいは誤った情報を与えるというのは、常套手段です。歴史上もよく見られることです。そして自己の保身に走る権力者によって国民が不幸に陥るということも。片目の兵長が言う「たえず、疑う心を持てよ。そして、どっちの側にも立つな。一番大事なのはどの意見も同じくらい疑うことだ」という言葉は本当に肝に銘じておかなくてはと考えさせられます。
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残り全部バケーション  ☆ 集英社
 離婚を決めた夫婦とその娘。悪事から手を洗う条件として相棒の溝口からランダムな番号に友達になろうというメールを送って、相手が応じてくれたらOKすると言われた岡田。ひょんなことから、一緒にドライブをすることになる彼らを描いた「残り全部バケーション」
 父親から虐待されている少年を助けるために岡田が考えた突拍子もない計画を描いた「タキオン作戦」
 依頼されて女性を拉致した溝口と太田。議員が剌された事件のために行われた検問を無事通過するが、警察官が調べたトランクには何と大金の入ったバックが。なぜ警察官は彼らを見逃したのかを描く「検問」
 岡田の小学校時代を友人の目を通して描いた「小さな兵隊」
 溝口が交通事故で入院する羽目に。そこで起こった驚くべき出来事を描いた「飛べても八分」
 雑誌等に既に発表されていた4編を各章とし、それに最後の5章を書き下ろして長編として再構成した作品です。それぞれ独立して読むことができる作品が、最後の5章によって1つの感動の物語に紡がれていきます。ラストのドキドキ感がたまりません。余韻が残ります。
 相変わらず伊坂さんらしいシャレたセリフもあり、楽しんで読むことができました。おススメです。
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ガソリン生活  ☆ 朝日新聞出版
  望月家は母、長男の良夫、長女のまどか、二男の享の4人家族。家族の中で一番精神的な大人なのは、一番年下の享という望月一家です。でも、享はあまりに大人びているために小学生の中では孤立気味で、クラスメートからは苛められているらしい。また、まどかは恋人の江口くんがトガリという男から脅されているらしい。それぞれ問題を抱えている望月家ですが、ある日、良夫と享が良夫の愛車のマツダの緑のデミオに乗って出かけた際、偶然ある女性を車に乗せたが、その翌日、彼女が交通事故死したことから望月家(と、デミオ)は、ややこしい事件に巻き込まれていきます。
 物語の語り手は良夫の愛車、マツダの緑色のデミオ。車が話をする世界(でも、人間は車が話をしていることは知りません。)での物語です。読者に与えられるのは、車の中(そして排出ガスの届く範囲)での人間の会話と他の車からデミオが聞く話。良夫たちが車を離れたところで何を話しているのかは、読者には知らされません。
 車が語り手といっても、移動は人間の運転によらなければできないので、自分で事実を調べに勝手に出かけていくわけにはいきませんが、車同士のネットワークで、様々な情報が入ってくるところが愉快です。ファミレスの駐車場で、車が“角突き合わせて”ではなく、“ヘッドライト突き合わせて”話をしているところを想像するだけでも楽しいです。いろいろな車が登場しますが、それぞれ個性あるのがまた愉快です。残念だったのは我が愛車が登場しなかったこと。あの車の個性を伊坂さんがどう描くのかを見たかったなあ。
 人間の中では望月家の次男坊でありながら一番の大人である享のキャラが際立っています。この作品だけの登場ではもったいないキャラクターです。再登場を願いたいですね。
 伊坂さんの作品らしく、いろいろ張り巡らされた伏線が最後に見事に回収されていきます。享の問題もまどかの問題もみんな伏線なんですね。本当にお見事。ラストの終わり方にもスタンディングオベーションをしたくなりました。
 このところなかった他作品とのリンクも今回は見ることができました。ファミレスの駐車場で車から降りてきた若者と女性、それと4人の中年男性は、「オー!ファーザー」の由紀夫の一家ではないでしょうか。また車同士の会話の中で「残り全部バケーション」の中の第3章「検問」と同じ話が語られます。
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死神の浮力   文藝春秋
 「死神の精度」の続編。前作の連作短編集と違って、今回は長編です。
 対象の人間を7日間調査し、その死について可否の判断を下すことを仕事としている死神の千葉。一年前、4歳だった娘を殺された小説家の山野辺遼。彼の娘を殺害したとして逮捕された近所に住む無職の青年・本城は、裁判にかけられたが、証拠不十分で無罪判決を受けて釈放される。山野辺夫妻は本城から事件後に送られたメールで、彼が真犯人だと知っており、娘の敵の本城を殺害しようとしていた。そんな夫妻の前に死神の千葉が現れる・・・。
 他の死神がたいした調査をしないで「可」という結果を出すのに対し、意外にまじめに調査をする千葉です。千葉が現れたということは、山野辺は調査結果により8日目には「死」を迎えることとなるのが読者にはわかっています。そんな千葉が山野辺を調査する7日間、山野辺夫妻が娘の敵を討とうと奔走する7日間が、山野辺と千葉の交互の語りで綴られていきます。
 千葉と山野辺夫妻との時間感覚が違うことからの会話のズレ(千葉が江戸時代の参勤交代や敵討があたかも最近行われていたかのように語る等々)や、音楽好きで何を措いても音楽を優先することからの行動のチグハグさには、クスリと笑わせられます。
 本城という25人に1人のサイコパスを登場させて、伊坂さんは人間の悪というものについて語っていきます。25人に1人のサイコパス、24対1がやがて10対15になりうんぬんという考え方、そしてイヌイット族の「クンランゲタ」のことには考えさせられます。
 また、伊坂さんは、山野辺と山野辺の父との関係を通して「死」というものについて語っていきます。山野辺の父親の最後の言葉、そして母親の言葉には、父親として自分の立場を考えて、ちょっとほろっとしてしまいました。
 最後は、死神もミスをするということから行われた還元キャンペーンによって、一度は「えぇ~」と思った結末があんなふうになろうとは思いもしませんでした。おすすめです。
 彼が仕事をしている間はいつも雨が降っており、まだ晴天を見たことがないと言っているので、前作「死神の精度」の最終話「死神対老女」より以前の話でしょうか。

※「倍返しはできない」というセリフがあります。思わず今人気のテレビドラマ「半沢直樹」のことが頭に浮かんでしまいました。
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首折り男のための協奏曲  ☆ 新潮社
 7編が収録された連作短編集です。もともとは単独作品としてそれぞれ発表された話ですが、今回加筆修正がなされ、ゆるやかな繋がりのある連作集となりました。
 冒頭の「首折り男の周辺」と最後の「合コンの話」は、新潮社から出版された「Story Seller」、「Story Seller2」という雑誌(その後文庫化)に掲載されたもの。「首折り男の周辺」は、内容は題名どおり、首を折って人を殺す殺し屋とその殺し屋に似ている男と関わる人々を描く話です。今回収録に当たって雑誌掲載時より短くなっていたり、他の収録作とリンクするように登場人物の夫婦の名前が変更されていたりします。
 「合コンの話」は題名どおり男女三人の合コンの話です。ストーリーの片隅に“首折り男”が登場しており、その関係で両作品はさらにリンクする加筆がなされています。さえない男が実は・・・というストーリーは大好きです。
 「濡れ衣の話」は、首折り男が言う“時空のねじれ”で冒頭作と繋がりがある話となっており、SFのようなタイムパラドックスの話になっているちょっと不思議な作品です。
 「僕の舟」は、泥棒であり探偵でもある伊坂作品のイチ押しキャラの黒澤と冒頭作に登場する夫婦の話。妻が黒澤に自分の若き頃の恋の相手を探してもらうことからラストはびっくりする事実が現れてきます。ストーリーの落とし所としては、かなり強引ですが、こういうファンタジーも大好きです。
 「人間らしく」は、黒澤が不倫調査に行くときに立ち寄った作家の家でのクワガタの多頭飼いの話と塾のいじめられっ子の話を平行して語りながら、神様の有り様を描いています。『神様は時々、見ているわけか』『天網恢恢疎にして、そこそこ漏らす、ってとこですかね』には何となく納得してしまいました。
 「月曜日から逃げろ」は、読者にあるトリックが仕掛けられた作品です。「ポテチ」に登場する黒澤の同業者の中村や大西若葉が登場しており、伊坂ファンとしてはニヤッとしてしまう作品になっています。
 「相談役の話」は、伊坂さんが初めて書いた怪談だそうです。「人間らしく」に登場するクワガタを飼育している作家が友人から聞いたことが、実は怖ろしい結果になっていくという体裁になっています。これにも黒澤が登場します。仙台の市街地の「FORUS」という商業ビルの屋上に祀られている仙台藩の山家清兵衛という武士のことが話のネタになっていますが、うまく怪談話にするなあと感心してしまいます。
 相変わらず伊坂さんの文章は、リズムよくて読みやすいです。緩やかなリンクを探すのも楽しい作品集となっています。
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アイネクライネナハトムジーク  ☆ 幻冬舎
 題名の「アイネクライネナハトムジーク」といって頭に思い浮かぶのは、有名なモーツァルトの曲です。もちろんここから題名をつけたであろう冒頭の「アイネクライネ」からラストの「ナハトムジーク」まで6編が収録された連作短編集です。
 何か事件が起きるわけでもありません。日常に起こりそうな出来事(といっても実際にはあまり起こりえないことをいかにもあり得そうだと思わせるところが伊坂さんのうまいところです)を切り取って描いたような作品ばかりですが、これが読ませます。
 冒頭の「アイネクライネ」は、伊坂さんがファンである歌手の斉藤和義さんとのコラボから生まれた作品です。斉藤さんはこの作品を元に「ベリーベリーストロング」という曲を作っています。内容としては、男女の思わぬ出会いが描かれるだけです。でも、伊坂さんが描くこんな日常の情景が大好きです。忘れないように手に“シャンプー”と書く女性、なんかいいなあと思ってしまいます。作中の「自分の仕事が一番大変だ、と考えるような人間は好きではなかった」という言葉に思わず自分を振り返ってしまいました。「立っている仕事って大変ですね」「座っているのも大変だと思うけど」というさりげなく相手を気遣う言葉が素敵です。
 「ライトヘビー」は、「アイネクライネ」と共に、斉藤和義さんの「ベリーベリーストロング」がシングルカットされたとき冊子として初回限定盤の特典となっていました。これはもう完全に斉藤さんの限定盤に付録として付くということを意識した作品です。路上でその人の気持ちに合わせて斉藤さんの歌の歌詞を聞かせる人が登場します。その男性の名が斉藤さんというのもユニーク。こんな映画のような恋はあり得ないよなあと思いながらも驚きの展開に拍手です。
 「ドクメンタ」は、「アイネクライネ」に登場したサーバーを蹴飛ばしてデータが消える原因を作った先輩・藤間が主人公の作品です。妻子に出て行かれたままの藤間が、免許証更新のたびに出会う女性との会話からある可能性を信じてATMに走るという話です。さて、この話、結末は描いてありませんが、どうなったのかは「ナハトムジーク」で。
 「ルックスライフ」は、ファミレスのアルバイトをしている女性とその彼女が理不尽な客に文句を言われているところを助けた男性との話を描く「若い男女」と、駐輪場で他人の駐輪シールをはぎ取って自分の自転車に貼る犯人を捜す高校生の男女を描く「高校生」とに別れてストーリーは進んでいきます。この二つのストーリーがどう交錯していくかが読みどころですが、ものの見事に伊坂さんのミスリーディングに騙されてしまいました。あの英文の意図がこんなところにあったとは。やられたなあ。短編としては「アイネクライネ」と並んで好きな話です。
 「メイクアップ」は、高校時代のいじめっ子と仕事で偶然出会ってしまった女性の物語。広告代理店に勤める元いじめっ子に対し、クライアントという優位な立場で仕返ししろという親友の声に果たして彼女はどうするのかというお話です。僕なら自分をさらし者にした彼女をやっぱりここは真綿で首を絞めるようにじっくり仕返ししてやろうと考えてしまうのですが、果たして彼女は・・・。
 ラストを飾るのは書き下ろしの「ナハトムジーク」。これがなくては「アイネクライネナハトムジーク」は完成しません。中心となるのは「ライトヘビー」に登場するボクサーの話ですが、前5作の登場人物のリンクが明らかとなったり、その後のエピソードが描かれたりして、ラストに相応しい1作となっています。
 伊坂ファン待望の作品といっていいでしょう。オススメです。
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キャプテンサンダーボルト  ☆  文藝春秋
  金に困っていた相葉時之は、友人に詐欺を働いた男を騙して金を巻き上げようとホテルに呼び出す。たまたまそのホテルのドアマンをしていた少年野球仲間だった田中に、男が来たら部屋番号を書いたメモを渡すよう頼んだが、田中が別に頼まれていた部屋番号が書かれたメモを間違って渡してしまったことから別の男が部屋に現れて話が合わず大騒動となり、相葉は男の携帯電話を奪って逃走する。一方相葉の少年野球仲間だったコピー機器の会社に勤める井ノ原は、一人息子の病気を治す費用を捻出するため、コピーから情報を取得して売るという不正を行っていた。追っ手の銀髪の男から逃走中の相葉と井ノ原が出会ったことから、巻き込まれた井ノ原共々二人の逃走劇が始まる。
 子どもの頃から他人を騒動に巻き込む相葉と、わかっていながら相葉によって騒動に巻き込まれてしまう井ノ原の迷コンビが、どのようにターミネーターみたいな銀髪の男から逃げ回るのか。 ドキドキの逃走劇にこの先どうなるのだろうという期待感でページを繰る手が止まりません。伊坂さんの作品で言えば、「ゴールデンスランバー」のような訳もわからず事件の渦中に巻き込まれて逃げ回るといった話です。
 公開直前に突然公開中止になった特撮ヒーローもの映画、致死率7割以上の村上レンサ球菌という伝染病の発生と伝染を防ぐための予防接種、太平洋戦争中に蔵王に墜落したというB29の話という荒唐無稽な話がやがて―つの話へと収斂していくところがこの作品のおもしろさでしょうか。伊坂作品同様、いろいろな場所に張り巡らされた伏線がラストに見事なまでに回収されます。
 阿部さんと伊坂さんの合作ですが、明確にこの章は誰の担当と決めて交互に書いたわけでなく、それぞれ相手の書いた文章に手を入れながら書き上げていった作品のようです。阿部和重さんの作品は読んだことがないので、作風はまったくわからないのですが、この作品には伊坂作品の雰囲気はたっぷりです。伊坂ファンにはおすすめです。
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火星に住むつもりかい?  ☆  光文社 
  毎年交代で指定される「安全地区」の制度。そこには「平和警察」という組織が配置され、各所に設置された監視カメラにより、住民の監視を行っていた。住民も相互に監視し、危険人物と思った人を平和警察に密告し、密告された人は平和警察の苛酷な取り調べにより身に覚えがなくても自白を強要され、衆人環視の中ギロチンにかけられていた。
 伊坂さんが今までに書かれた中で「ゴールデンスランバー」、「モダンタイムス」のような強大な国家のもとでの物語です。ある程度年配の読者は「平和警察」から第二次世界大戦中の「特高」を思い浮かべた人も多かったと思います。拷問にかけて無実の人でも犯罪者としてしまう平和警察という組織と人を拷問にかけることに喜びを感じてしまう平和警察の刑事たちの存在は恐ろしいものですね。そして、より恐ろしいのはギロチンでの処刑を見に集まる群衆だという気がします。
 そんな状況の中で、全身黒づくめでゴーグルをかけ、謎の武器を操る「正義の味方」が平和警察の前に登場します。いったい、彼の正体は?という謎を抱えながら物語は進んでいきます。また平和警察側でも真壁鴻一郎という捜査官が宮城県警の二瓶を部下にして黒づくめの男を追います。この真壁が“虫”の蘊蓄が深くて虫の擬態とかの話をするところなど、平和警察ですがどこか憎めないキャラです。
 いつもの伊坂作品同様、様々に張り巡らせた伏線がラストに向かって回収されていきます。冒頭の高校生のいじめが平和警察と正義の味方の闘いにどう関連してくるのかと思ったら、ラストの公開処刑のシーンに関連がありましたね。また、防犯カメラの備え付けられた床屋での会話のシーンがああいうことだったとは(ネタバレになるので伏せます)! 今回は気をつけようと思いながら、相変わらず伊坂さんにうまく騙されてしまいました。
 拷問で3分間鉄棒にぶら下がることやキャベツの青虫のことなどいろいろな話が出てきて、なるほどなあと思いましたが、なかでも“偽善”について述べるところは考えさせられました。
 第1部では根も葉もない密告で平和に暮らしていた市民が、拷問によって無実の罪を着せられ、ギロチンにかけられるという“魔女裁判”さながらの暗黒時代のような世の中が描かれ、この先どうなることかと思いましたが、ラストで思わぬ人物が思わぬ役割を負っていたことが明らかになり、変わっていく未来を予想させる結末となってホッとしました。ただ、ネタバレになるので詳細が書けないのですが、あの人物が実は・・・だとは、ちょっと納得いかないなあ。
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ジャイロスコープ  新潮文庫 
 既に各媒体で発表されていた短編6編とこの短編集のために書き下ろされた1編が収録されています。
 「浜田青年ホントスカ」は、架空の町「蝦幕倉市」を舞台に競作された東京創元社の「蝦幕倉市事件1」(文庫化されて「晴れた日は謎を追って がまくら市事件」)に収録されていた1編です。「本当っすか?」が口癖の浜田青年の“相談屋”でのアルバイトの裏に隠されていたものとは・・・。この短編集の中では一番伊坂さんらしいと安心して読むことができる作品です。
 「ギア」は、詳しい説明はありませんが、「マッドマックス」の舞台となるような荒廃した世界をセミンゴという生物から1台のワゴン車で逃げる人々を描くもの。伏線もなく、すっきりした解決もない、不条理な作品です。伊坂さんらしくない後味の悪さもあります。
 「二月下旬から三月上旬」は、中に出てくる映画「ファイトクラブ」やザ・フーのアルバムタイトルから、ついあの話かなと思わせておいて、実はこれは読者をミスリードするためのもの。更にはもう一つのミスリードを誘うものもあるという作品です。ちょっと複雑で頭の中で整理できず、読み直してしまいました。
 「if」は、通勤バスがバスジャックされた男が主人公。「もし、あのとき~だったら」を描いているのだと思ったら・・・。A、Bとつけられた章名が読者を騙します。
 「一人では無理がある」は、1年のある日に全勢力を傾ける会社の話。うっかりミスの多い社員・松田のミスが見て見ぬふりをされる理由がラストで明らかにされます。社員のミスが思わぬ結果を生むところはやはり伊坂さんらしい話です。
 「彗星さんたち」は、新幹線の掃除をする人たちの話。各車両を掃除する人々が出会った女性の話がある人物の人生の一場面ではないかとびっくりする、ちょっとSF風味の話です。随所に出てくるアメリカの元国務長官・パウエルのことばが物語のアクセントになっています。
 それぞれの作品は統一感のないものですが、唯一の書き下ろしであるラストの「後ろの声がうるさい」は、そこまでの作品に登場してくる人々が顔を出しており、この短編集を締めくくる作品となっています。
 題名の「ジャイロスコープ」とは、本文の前に書かれた意味によると、「軸を同じにしながら各々が驚きと意外性に満ちた個性豊かな短編小説集を指す」そうです。 
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陽気なギャングは三つ数えろ  ノン・ノベル 
(ちょっとネタバレ)
 前作からは9年ぶりとなるシリーズ第3弾です。
 作品の中でも時が過ぎ、雪子の息子・慎一は大学生となっていますが、人間嘘発見器の成瀬、演説の名人の響野、天才的スリの久遠、そして精巧な体内時計を持ち運転の達人の雪子の4人は健在です。しかしながら、以前と違って監視カメラが町中にあって、強盗がやりにくくなったと嘆く4人です。
 久遠はアイドルの宝島沙耶を追う週刊誌記者の火尻を暴漢から救うが、その際、強盗のときに負った径我から火尻に強盗犯ではないかと目をつけられてしまう。火尻は、事件被害者のプライバシーをネタにして食べている最低の記者で、そんな彼に次第に4人は追い込まれていくが・・・。
 物語は、火尻の記事で人生を狂わされた人の関係者や、火尻が出入りするカジノのオーナーである大桑らを巻き込んで、4人がどのようにして火尻から逃れるのか、自分の記事がもたらした結果についてまったく責任を感じていない火尻にどんな責任を取らせるのかを描いていきます。
 成瀬たちの行動に、「これはまずいのではないのか!」と、ハラハラドキドキさせられながら、実はそれも計画の中に織り込まれた行動だったことにホッとしながら楽しく読み進むことができました。相変わらず空回りの響野ですが、今回は、響野の活躍(演説?)がいまひとつだった気がします。作中で成瀬や久遠が彼らに協力する女性(この女性、名前も明かされませんが、なかなか印象的です)に対して、響野より彼女をメンバーにした方がいいと思うシーンは、そうだよねえと納得。でも、強盗の際の響野の演説はやっぱり必要ですかね。あの演説がないと寂しい気もします。 
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サブマリン  ☆  講談社 
  家庭裁判所調査官・陣内と武藤が活躍する「チルドレン」から12年ぶりの続編です。
 人事異動により、再び陣内と同じ家庭裁判所に配属となった武藤。以前同僚だった陣内は主任試験に合格し、武藤と女性調査官・木更津安奈のチームのリーダーとなり、武藤にとっては上司の立場となる。今回、武藤が担当するのは、無免許運転で運転を誤って歩道に乗り上げ、ジョギング中の人をひき殺してしまった少年・棚岡佑真。尋ねられたことに「はい」以外言わない佑真に手を焼きながら、武藤は事件の起こった背景を調査していく。
 主人公が家裁の調査官であるため、この作品の中でも少年法の問題が語られています。国家が適正な罰を与えないのなら復讐しようという、先頃読んだ櫛木理宇さんの「世界が赫に染まる日に」でも取り上げられていた問題が、この作品でも描かれていきます。なかなか難しい問題です。
 さて、この作品の魅力はストーリーだけでなく、言うまでもなく“陣内”という人物にあります。陣内の再登場に「待ってましたぁ!」と喜んだファンも多いのではないでしょうか。実際にこんな上司がいたら勘弁して欲しい、友人としても付き合いたくはないと思う人がほとんどだと思いますが、子供じみて自分勝手で他人の迷惑を顧みない言動の裏で誰にも知られず優しさを発揮しているところが何とも魅力的です。表面のがさつさと対照的な人の見ていないところで見せる細やかな対応がいいんですよね。
 そんな陣内に振り回されながらも、うまく付き合う武藤の、特徴がない普通の人間の代表という感じがこの作品にはなくてならないものとなっています。僕ら普通の人間からすれば一番共感を呼ぶ人物です。また、「チルドレン」に出ていた永瀬さんが登場しているのもファンにとっては嬉しいところです。
 更に、今回、女性調査官の木更津安奈が新たに登場しますが、彼女の感情が表に出ない冷めたキャラもまた特色があって、ちょい役だったのがもったいない気がします。もう少し、出番が多くてもよかったのに残念です。伊坂さんのインタビューによれば、このシリーズもこの作品限りとのことなので、ぜひ、違う作品に再登場願いたいですね。
 ちょっとしたエピソードに過ぎないなと思っていたものが、実は伏線となっていてラストに回収されていくというのはいつもどおり。まさか、永瀬さんのエピソードがあんな形で回収されるとは思いませんでした。伊坂ファンにはオススメの1冊。
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AX  ☆  角川書店 
 「グラスホッパー」、「マリアビートル」に続く殺し屋シリーズ第3弾です。
 “兜”は超一流の殺し屋だが、家庭では恐妻家で、妻に頭が上がらない。息子の克巳が生まれてから殺し屋から足を洗おうとするが、引退には金が必要だと殺人依頼を取り次ぐ医者に言われ、仕方なく仕事を続けていた・・・。
 今回は殺し屋の“兜”を主人公とする5編が収録された連作短編集です。今までの殺し屋シリーズでは、殺し屋の家庭生活が描かれることはなかった(と思う。)のですが、この作品では“兜”とその妻、息子との家庭生活が描かれているのが前作とは異なります。所々に前作までのことが語られている部分があって、シリーズファンとしては、そこも楽しめますし、相変わらずあちこちに張られた伏線が最後にきちっと回収されるのもいつもどおりで見事です。
 冒頭の「AX」では、殺し屋というイメージとはまったく懸け離れた恐妻家である“兜”の日常を描いていきます。ここまで気を使うのかと言いたくなるほど、妻に対して気を遣っています。深夜に帰宅して寝ている妻を起こさないで食べるのに最適なものは“魚肉ソーセージ”なんて、普通考えませんよねえ。そんな恐妻家ぶりにちょっと笑ってしまいます。そんなに妻に気を遣う必要がないと諭
すのが息子の克巳です。この息子が妻に頭の上がらない“兜”をフォローする本当にいい子です。
 続く「BEE」では、庭の木の中に作られたスズメバチの巣を取ろうと、スズメバチと格闘する“兜”を描きます。これまた休日明けに業者に任せればいいのに、妻の気持ちを“忖度”して今日中に駆除しなければと考える“兜”がなんだかかわいそう。結局宇宙人のような格好の重装備でスズメバツと戦うことになるのですが、その現場に“兜”を殺そうと現れたのが殺し屋のスズメバチというのが何ともユニーク。
 「Crayon」は、ボルダリングにはまった“兜”が、同じボルダジングジムに来ていた松田という男と親交を深める話です。お互いに恐妻家同士、更には子どもが同じクラスということも次第にわかって、“兜”は友人ができたと喜ぶが・・・。 ここでは殺し屋という非情な職業(?)でありながらも、友だちがいないことを寂しく思っている“兜”の気持ちが描かれます。ちょっとラストはやるせない気持ちになります
 「EXIT」では、“兜”に再び友人と呼べる人物ができます。表の仕事である文房具メーカーの営業として出入りしていたデパートの警備員である奈野村です。彼から息子が自分の仕事ぶりを見たいので深夜の店内巡回に連れていってもらいたいと頼まれたがどうしたらいいかと相談されるのですが・・・。この相談の結果がどうなったのか語られないまま場面は移ります。ここまで殺し屋という面より“家庭人”としての“兜”の方に重きが置いて描かれており、他の殺し屋に命を狙われていた話はどこにいったのと思っていたら、ストーリーは急展開します。
 最後の「FINE」の内容に触れるとネタバレになってしまうので、避けますが、ラストで“兜”と奥さんの出会いが描かれているのが、何とも素敵な終わり方です。あぁ~このチラシは・・・。本当に殺し屋であっても家庭が大事で、妻や息子を愛していたんだろうなぁと思わせるラスト。サスペンスというより家族の物語でした。おすすめです。 
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ホワイトラビット  ☆  新潮社 
 伊坂さんの久し振りの書き下ろしは、仙台市の住宅街で起こった人質立てこもり事件の顛末を描きます。
 仙台市の住宅街で起こった人質立てこもり事件。人質からの通報に宮城県警の夏之目課長率いるSITが出勤する。一方、亡くなった詐欺師の家から被害者の名簿を盗み出すことを依頼された黒澤は、犯人が立てこもった家の主人に間違えられ、その家の妻と息子とともに人質になってしまう。立てこもり犯は、誘拐を業とする組織で誘拐の実行役をしている兎田。彼は妻を人質に取られ、組織の金を奪って逃げているオリオオリオを捕まえるよう命令され、オリオオリオの鞄に忍ばせたGPSの電波を辿って家に侵入してきたのだった。逃げ場を失った兎田は警察にオリオオリオを連れてこいと要求する。黒澤はどうなるのか。立てこもり事件の結末は・・・。
 今回、作品の中で、ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」のことが語られます。もちろん、読んだことがないのですが、知っているのは「ああ無情」という題名で子ども向けにリライトされた燭台のエピソードくらいです。今では舞台や映画の方で知っている人が多いかもしれません。
 今作では作者(あるいは神)の視点で語られている部分があって、それがどうも「レ・ミゼラブル」と同様の形式らしいです。個人的にはちょっとそこで物語に集中していたのに興が削がれるという感じもしましたが、それ以外はいつもの伊坂さんらしいクスッと笑える会話やなるほどと思う台詞が登場し、相変わらず楽しく続むことができました。
 もう一つ、物語の中で話題となるのはオリオオリオが蘊蓄を語る「オリオン座」のこと。晴れた日に夜空を見上げると、星座のことを知らない僕でも、中央に三つの星が並んでいるので見つけやすい星座です。この星座のことが、何だかややこしいなあと思っていたら意外にこの作品の中では重要でしたね。
 伊坂さんのことだから、単なる警察小説ではないと思っていましたが、いやぁ~気をつけていながら騙されました。この騙しは前もってある人物の台詞によって読者に示されていましたが、読んだときにはそんな重要なセリフとは理解できず。ラストは「え!あれも伏線だったのか!」と、びっくりするほど様々に張られていた伏線をきちんと回収して見事にハッピーエンドです。
 久し振りに黒澤が登場するだけで、ファンとしては「おぉ!」と声が出てしまうのですが、それだけでなく「ポテチ」の中村親分と今村も登場するのも嬉しいところです。二人の迷コンビには笑えます。中村親分といえば、映画の「ポテチ]のせいで中村義洋監督の顔を思い浮かべてしまいます。
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フーガはユーガ  ☆  実業之日本社 
 物語は常盤優我と風我のふたごの兄弟が主人公。二人は彼らに意味もなく暴力を振るう父親と二人の子どもが父親から暴力を振るわれていても無関心の母親の中で悲惨な生活を送っていた。そんなある日、彼らは自分たちが瞬間移動して身体が入れ替わるということに気づく。その現象が起きるのは誕生日の日の10時10分から2時間ごとで彼らの意思に関係なく。勉強のできる優我はやがて高校、大学と進学し、勉強が苦手で運動が得意な風我は進学せずに中学時代にアルバイトをしていたリサイクルショップで働くこととなる。やがて、風我は小玉という恋人を得るが、その小玉が育ての親である叔父から虐待を受けていることを知り、入れ替わりの能力を使って小玉を助け出そうとする・・・。
 物語の舞台となるのは、いつものように仙台です。優我が仙台のファミリーレストランで二人の瞬間移動の場面の隠し撮りを見たというフリーのテレビディレクター・高杉に自分たちの辿ってきた過去を語り聞かせるという形で物語は進んでいきます。優我が淡々と自分たちの人生を語っていく先にはいったい何があるのか。そこで優我がたびたび言う「僕が喋ることには嘘や省略がたくさんあります」がこの作品の大きなキーワードになります。これは非常にフェアですねえ。何度も言うので、読者としてもいったいどこに嘘があるのだろう、騙されないぞという気になりながら読み進むことができます。でも、結局騙されてしまいましたが。
 登場人物の中では二人の同級生・ワタボコリくんのキャラがいいです。まさか、あんな形で再登場するとは・・・。二人にお金の貸し借りのことをこんこんと諭すリサイクルショップの岩窟おばさんも印象的です。
 ラストに至って、これまでの伊坂作品どおり、随所に様々な伏線が張られていたことに気づきます。クライマックスで、優我がつぶやく「俺の弟は、俺よりも結構、元気だよ」には泣かされました。
 伊坂作品といえば、物語の中に他の作品のリンクがさりげなく挿入してありますが、この作品でも「ユーガって伊藤さんが話してた案山子の名前と似ている」というセリフが出てきます。これは、「オーデュポンの祈り」の案山子の優午のことですね。 
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クジラアタマの王様  ☆  NHK出版 
 岸は製菓会社の広報局勤務。クレーム担当からようやく異動したと思ったら、賞品のマシュマロに針が入っていたという主婦からの苦情に、クレーム対応が上手いからと元の部署に呼び戻される。記者会見の席上、横柄な部長の対応でネットは炎上、会社は世間から大きな非難を浴びる。そんなとき、苦情を申し立てた主婦の夫で、都議会議員の池野内征爾が妻の苦情は嘘だっただと申し述べて、事件は収束する。そのとき岸に会った池野内征爾は彼に夢の中で一緒に怪物たちと戦っているという。更に人気ダンスチームのメンバーである小沢ヒジリも加えた3人で。3人が過去ビジネスホテルでの火災に遭遇したことを知り、池内の言うことを信じることとなる。やがて三人は、夢の中での戦いの結果が現実世界の出来事に影響を与えているのではないかと考える・・・。
 朝、眠りから覚めた時、夢を見ていたなという意識はあるけど、よほど怖い夢とかでなければ、夢の内容は覚えていないものです。この物語は、夢が大きなテーマとなる伊坂さんらしい不思議な話です。
 簡単に言ってしまえば、岸のサラリーマンとして、そして家庭人としての奮闘記です。とはいえ、奮闘するのは現実世界の中ばかりではなく、岸はよく覚えていないが夢の中で仲間たちと力を合わせて怪物と戦います。この作品には小説部分とその間に挟まれた川口澄子さんが書かれた漫画の部分がありますが、漫画で描かれているのが夢の世界という体裁です。
 現実世界で描かれる岸の会社の広報部長が、「こんな上司どこにもいるなあ」と身近に感じられるほど、サラリーマン世界をリアルに描いています。責任は部下に押し付け、手柄は横取り、それが悪いなんて微塵も思っていない人だからこそ出世するのかもしれませんが。こんな自分勝手で理不尽なことばかり言う上司に振り回される部下があまりにかわいそうと思ったら、ラストでその人物が報われていることを知ってホッとしました。伊坂作品を読んでいて嬉しいのは、こうした一生懸命頑張っている人が最後には報われて、あぁ~良かったなあと思えるところですよね。
 夢の中で岸と一緒に戦う議員の池野内のキャラも愉快です。議員として小泉さんのように清廉潔白なキャラかと思ったら、愛人を抱えているという、議員としては批判されていいキャラ。現実にはこういう議員はマスコミや世間から叩かれて立ち直れないのですが、伊坂さんは、愛人がいるけど、それはそれ、日本をよくするためには頑張るという、ストレートに良い、悪いと判断できない人物として登場させています。これは逆に現実らしくなくて面白かったです。
 「クジラアタマの王様」とは奇妙な題名ですが、ラテン語でハシビロコウという鳥の学名だそうです。このハシビロコウは挿入された漫画の世界の中で大きな存在感を示します。
 ミステリではないし、それほどの伏線が張られた物語ではありませんが、やっぱり、伊坂さんの文章は読み易いし、読み終わった後、「面白かったなあ~」と思わせてくれます。 
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逆ソクラテス  ☆   集英社 
(ちょっとネタバレあり)
 5編が収録された短編集です。どれもが子どもを主人公にしたもの。やっぱり伊坂作品は素敵だなあと思う読了感爽やかな作品ばかりです。
 冒頭の「逆ソクラテス」は、先入観の強い先生に一泡吹かせようとする小学生が描かれます。教師の対応によってその子の才能が花開いたり、逆に才能の目が刈り取られたりということはあり得ますよね。自分の考えを決め付けようとする先生に対し、「僕はそうは思わない。」という言葉はいいですねえ。
 「スロウではない」は、クラスに君臨する女王に対する痛快なしっぺ返しの話であり、運動会のリレーメンバーに選ばれてしまった運動音痴の子どもたちが頑張る話です。別の小学校からいじめられて転校してきたという女の子が「実は・・・」というところが伊坂さんらしい話です。男の子二人の「ゴッドファーザー」のやりとりが面白いです。最後に見せられた写真の中に自分が存在しないことを寂しく思う気持ちはわかります。
 「非オプティマス」のオプティマスとは映画「トランスフォーマー」に登場するオートボットのリーダーのこと。普段はトレーラーの形をしているオプティマスはいざというときにはオートボットに変形するが、さて、「トランスフォーマ」好きな転校生は・・・という話です。クラスの中で威張り散らしているクラスメートを懲らしめようと
考える二人の男の子の空回りする正義感が楽しい。他人を見下していたら、その他人が実は自分の運命を左右することもできる人物だったというラストシーンも痛快。
 「アンスポーツマンライク」は、小学校の時にミニバスケをやっていた5人の小学生が高校生、そして大人になってからのことが語られるます。この作品はこれだけで終わらず、次の「逆ワシントン」のラストシーンと併せてひとつの話といっていい作品です。
 「逆ワシントン」は、休んだクラスメートに先生から頼まれたプリントを渡しに行った主人公が、出てきた父親の様子に、もしかしたらクラスメートは虐待されているのではないかと考え、助けようとする話です。ワシントンといえば子どもの頃にリンゴの木を切ったのを正直に自分だと言った逸話で有名ですが、さて、“逆”とはどういうことなのだろう、うそつきのことなのかといろいろ思いながら読み進んでいったのですが・・・。ラストで前の「アンスポーツマンライク」の登場人物がテレビに流れるあるシーンを見て号泣するところがグッときますねえ。「アンスポーツマンライク」にさりげなく張ってあった伏線をものの見事に回収しています。 
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シーソーモンスター  ☆  中央公論新社 
 伊坂さんらによる螺旋プロジェクトの1作です。「シーソーモンスター」と「スピンモンスター」の2つの話が収録されています。前者は昭和最後の年が、後者は2050年が舞台となっており、話としては別ですが、ある共通の人物が登場しています。
 「シーソーモンスター」のストーリーの中心にあるのは嫁姑問題。
 製薬会社でMRとして働く北山光毅とその妻の宮子は一人暮らしをしていた光毅の母親セツと同居することを決める。嫁姑問題もうまく対処できると考えていた宮子だったが、結婚に当たって最初に顔合わせをしたときから、二人の間はギクシャクとしてうまくいかない。歯に衣着せないストレートなセツの言葉に同居してからも頭を悩ます宮子だったが、ある日保険会社の営業マンから二人は元々うまくいかない運命にあると言われる・・・。
 伊坂さんですから、そんな単純な嫁姑問題にとどまる訳がありません。思わぬ仕掛けで読者を楽しませてくれます。この物語を読んだ多くの読者が、あるテレビドラマを頭に思い浮かべたのではないでしょうか。
 後半の「スピンモンスター」は自動走行中の車の事故で両親と姉を亡くして一人ぼっちになった水戸直正と事故の相手方でやはり両親と姉を亡くした檜山景虎の関係が描かれます。
 高校生になって、偶然、学校で同級生となっても、お互いに近付かず相容れなかった二人だったが、社会に出て、水戸は配達人(手書きのメッセージを人力で配達する人)、檜山は警察官として追われる者、追う者として出会う。配達人の水戸は新幹線の車内で男から手紙の配達を依頼され、配達先の中尊寺という人物に届けに行くが、依頼した男は水戸に手紙を渡したのち警察に追われ自殺してしまい、なぜか水戸と中尊寺は警察から追われることになる・・・。
 追われる理由がないのにいつのまにか犯罪者に仕立てられてしまうというのは伊坂さんの「ゴールデンスランバー」と同じですし、AIのことをテーマにするのもSF小説としてよくある話です。しかしそこは伊坂さん、文体の妙というか、会話の妙というか、先がどうなるのか気になってページを繰る手が止まりません。
 「シーソーモンスター」に登場していたある人物が水戸と中尊寺の逃亡を助ける者として登場するのも「シーソーモンスター」のその後の経過がわかって楽しいです。ただ、ラストは個人的にはスッキリしない形で終わってしまったなあという感じです。 
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ペッパーズ・ゴースト  ☆  朝日新聞出版 
 中学校の教師・檀千郷は他人の飛沫を浴びると、その人が明日経験することが少しだけ見えるという能力を持っていた。その能力は父から受け継いだものだったが、檀の父はそれを“先行上映”と呼んでいた。ある日、その能力によって受け持ちのクラスの里見大地が電車事故に巻き込まれることを知った檀は里見に電車に乗らないよう助言したことから、彼の父、里見八賢と知り合う。やがて、檀は八賢が行方不明になった事件に関わることにより、以前起こったテロ事件の被害者たちが計画した事件に巻き込まれていく。
 物語は八賢の行方を探す檀の話と檀が受け持つクラスの布藤鞠子の書いた小説が交互に語られていきます。小説はネコを虐待する人々「ネコを地獄に落とす会」に対し、ネコの飼い主から依頼された“ネコジゴハンター”を名乗る2人組が鉄槌を下すというストーリーですが、果たして現実の檀の話と教え子が書いた“ネコジゴハンター”の話がどうつながっていくのかが読みどころとなります。とても繋がりそうにもない話だったのに、さすが、伊坂さん、このあたりうまいですよねえ。
“ネコジゴハンター”の2人組、悲観的な性格の“ロシアンブルー”と楽観的な性格の“アメショー”というネコの種類から取った名前の男たちの会話が愉快です。伊坂さんらしいなあと思わされるところです。今後の再登場を願いたいところですが、そうそう“ネコジゴハンター”の話ばかり描くのは難しいでしょうかね。

※「ペッパーズ・ゴースト」とは劇場などで使用される視覚トリック。別の部屋にある物体に光を当て、その光がガラスなどに映り込む様子を使い、ガラスの奥にある部屋に、映像として映り込んだものがあるように見せかける手法だそうです。
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マイクロスパイ・アンサンブル  ☆  幻冬舎 
 猪苗代湖で2015年から開催されている音楽フェス「オハラ☆ブレイク」の会場で配布されている冊子に収録されていた伊坂さんが書いた7年間分の短編「猪苗代湖の話」に、冒頭の「昔話をする女」と「おまけ 七年目から半年後」を書下ろしで加えて単行本化したものです。
 物語は元いじめられっ子のスパイと失恋したばかりの社会人1年生・松嶋の話が時の流れに従って交互に描かれていきます。内容は帯にも書かれてるように「現代版おとぎ話」です。「夜の国のクーパー」の雰囲気に似ているでしょうか。
 元いじめられっ子スパイの話は父親や仲間による暴力から逃げ出そうとしていた“ぼく”を救ってくれたエージェント・ハルトの下で訓練をしてスパイになった“ぼく”のその後が描かれます。社会人1年生の松嶋の話は飲み会の席上で人の体型をからかうような低次元の笑いを取ったことで自己嫌悪に陥ったり、人に謝ってばかりいる頼りない上司の本当の姿を見たりして成長していく松嶋の様子が描かれます。読んでいるうちに、スパイの“ぼく”が生きる世界は、松嶋が生きる世界より遥かに小さい世界であることがわかってきます。2つの世界は見えるようで見えないけど、互いに影響を及ぼしているようです。帯にある「知らないうちに誰かを助けていたり、誰かに助けられたり」とか「今、見えていることだけが世界の全てじゃない」とは、この世界の在り方のことを言っているのでしょうか。世界は2つだけでなく、まだまだあると想像させるラストにニヤリとしてしまいます。やっぱり、伊坂さんの作品を読むと何だか温かい気持ちにさせられます。
 音楽フェスで配布された話が元になっているため、出演バンドの名前や歌詞が物語に取り入れられていますが、個人的には作品中に挙げられている「The ピーズ」も「TOMOVSKY」というバンドも知らないので、そのあたりは会場で読む人のようには楽しむことはできなかったかも。 
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777 トリプルセブン  ☆  角川書店 
 「グラスホッパー」「マリアビートル」「AX」に続く殺し屋シリーズ第4弾です。
 天道虫こと七尾が仲介人の真莉亜から請け負った仕事は、ホテルの客室に品物を届けるという簡単な仕事のはずだった。ところが、届ける部屋を間違えたことから七尾は一人の女性を巡っての騒動に巻き込まれていく・・・。
 「マリアビートル」の七尾が登場。相変わらずの運の悪さで今回はホテルからなかなか出ることのできない状況に陥ります。
本作には七尾のほかいろいろな殺し屋たちが登場します。その中で敵役となるのは吹き矢を使う6人組。彼ら全員美男美女で人を見下す態度に腹立たしさを感じてしまいます。それに比べモウフとマクラの二人組はこの世界に入った経緯からして殺し屋としてはまとも(それもおかしいですが)で、なかなか魅力的なコンビです。
 6人組から追われる驚異的な記憶力を有する紙野結花、彼女を秘書として使っていた解剖マニアだと噂される乾、モウフとマクラの二人組、そして殺し屋たちの争いの間に挿入される同じホテルのレストランで食事をする情報局長官の蓬と記者の話がどう繋がっていくかが読みどころです。
 まさか、ラストで真の悪に対峙するのがあの人物とはまったく想像できませんでした。見事に様々な伏線を回収してのハッピーエンドです。やっぱり、伊坂さんは最高です。 
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