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乾ルカの本棚

  1. メグル
  2. あの日に帰りたい
  3. てふてふ荘へようこそ
  4. 11月のジュリエット
  5. 奇縁七景
  6. わたしの忘れ物
  7. コイコワレ
  8. おもえなんかに会いたくない
  9. 水底のスピカ
  10. 葬式同窓会

メグル 東京創元社
(ちょっとネタばれ)

 初めて読む乾ルカさんの作品です。5話からなる連作短編集です。
 物語は、大学の学生部奨学係の女性・悠木から紹介されたアルバイトに行った学生たちが、さまざまな不思議な体験をするというものです。
 お寺で死者に添い寝をすることや依頼人の男性の作る料理を食べることといったバイト自体が奇妙なものと、家族が海外旅行中の大の餌やりや病院の売店での商品の入れ替えといった普通のバイトだけどその裏には“実は"という隠された事実があったり、思わぬ結果をもたらすといった具合に統一がとれた話とはなっていません。
 話の内容もホラー風味のものやミステリー風味のもの、ファンタジックなものなどいろいろです。ただし、どれも学生たちにとっては素敵なラストで終わります。唯―やめたほうがいいと悠木に言われたにもかかわらず、無理矢理バイトを紹介してもらった男子学生を描く「アタエル」だけは、異なる結果に。
 何故に彼女に不思議な能力があるのか、彼女の正体は謎のままで終わります。これは完全に続編があるようですね。 
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あの日に帰りたい 実業之日本社
  「"あの日"に戻ることができたら、やり直すことができるのに」。そう思うことは誰にでもあるでしょう。未来ばかりを見ていた若い頃はともかく、人生も折り返し点を過ぎた今、あの日、もう一つの道を歩んでいたら、今の人生は大きく変わっていたのではないかなどと思う"あの日"が何度あったことか。そんな僕にとって題名を見ただけで読みたくなってしまった作品です。
 表題作を始めとする6編からなる短編集です。学校ではいじめにあい、家では成績のことで両親から説教をされ、行き場を失った少年と動物園の飼育員との交流を描く「真夜中の動物園」。地震にあった少年が気付いた場所で出会ったオバサンとのひとときの交流を描いた「翔る少年」。特別養護老人ホームに入所してる老人がつぶやいた「あの日に帰りたい」の真意を描いた表題作の「あの日に帰りたい」。15年前の高校生時代の約束に従って高校のグランドを訪れた女性の同級生との再会を描く「へび玉」。瀕死の事故に遭ったプロ・スキーヤーが自分の過去を振り返る「did not finish」。雪の降る中、ハクモクレンの下での老女との出会いを描く「夜、あるく」。6編とも、時空を超えた不思議な出来事が起き、感動のラストで終わりますが、ちょっと辛すぎるなあと思うラストもある作品集となっています。
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てふてふ荘へようこそ  ☆ 角川書店
 「家賃1万3千円、敷金、礼金なし」という破格の条件につられて、木造二階建て、前世紀の遺物的なたたずまいのアパート「てふてふ荘」に入居した人たち。でも、破格の条件の裏にはとんでもない事情が・・・。なんと、「てふてふ荘」の6つの部屋には、それぞれ6人の地縛霊がいたのです。初めは驚いた入居者でしたが、やがて霊との同居になじんでいきます。
 物語は、6人の入居者と霊とのふれあいが1号室から順を追って描かれていきます。極度の緊張症で就職試験に失敗し、フリーターの身の1高橋真一。恋も知らず化粧もせずにスーパーの鮮魚売り場で働く2号室の井田美月。詐欺罪での服役を終え、真面目に働こうとするが職が決まらない3号室の長久保啓介。パイロットになる夢を持っていたが病に倒れ、再度やりなおそうとする4号室の平原明憲、イラストレーターとして身を立てたいが、なかなか芽が出ない6号室の米倉道則。そんな彼らが霊とふれあう中で、それぞれ自分の生き方を見つめ、前向きに生きていこうとする様子が描かれます。
 ちょっとある点で皆と違うのが交通事故で亡くなった兄のために事故現場へのお百度参りをする5号室の槇真由美。皆と違う彼女によって、ある驚きの事実が明らかにされるという見事な構成になっています。
 霊が成仏するには、彼らに触れることが必要なのですが、そのために霊に対して幽霊だと忘れるほどの特別な感情を持たなければなりません。この触れあうシーンが泣けます。特に失恋した美月に2号室の幽霊の“おっちゃん”が語りかける場面からはジ~ンときてしまいました。こういう読後に温かい気持ちになれる“幽霊もの”は大好きです。
 “幽霊もの”が好きな人にはおススメです。
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11月のジュリエット 角川書店
 修学旅行でアメリカに行く飛行機を待つ梅木優香は、同じ飛行機に搭乗する双子の美少年とこちらも目を引くほどの二人の美青年に目を奪われる。搭乗後しばらくして乗務員に扮した双子が優香たちのエコノミークラスに現れると、同級生たちがいっせいに苦しみはじめ、自らを傷つけながら死んでいく。気づいたときには、機内で生き残っていたのは優香と同級生の小田ほか3名のみだった。その彼らの前に美青年の一人が現れ、生き残った一人の男に、あるものを渡すよう要求する。
 冒頭の美青年たちの言動からすると、彼らは未来からタイムトラベルしてきたもので、未来世界を地獄と化した原因となるこの時代の新発見の薬を製造させないために、その薬の作製者の男の元に来たらしいと予想できます。ストーリーとしてはタイムトラベルものにありがちな話です。ただ、薬の製造を阻止するためなら、その男一人を殺すだけですむのに、機内の全員を殺そうとするとはあまりに残酷。機内の惨劇の様子はまるでB級スプラッター映画のようです。
 そこまで彼らにさせる理由は何なのか、未来はどうなってしまったのか、なぜ優香たちは生き残ることができたのか、そして圧倒的な力を誇る4人を前に今後生き残ることができるのか、様々な謎にページを繰る手が止まりません。
 4人のリーダーであるサミュエルが優香に生きる意味を問いかけますが、人生の半分以上を生きてきた僕にしても簡単に答えることができません。優香の叫びが本当のところでしょうね。
 それにしても、二人の美青年と美少年の双子という登場人物の設定は、かなりラノベファン、特に女性を意識しているとしか考えられません。
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奇縁七景  光文社 
 ホラ一系の話からちょっとジ~ンとくるいい話まで雑多なジャンルの7編が収録された短編集です。
 「虫が好かない」は、野菜嫌いの中学生が食育プログラムで行った先での恐怖を描くもの。彼らを指導する老婆を主人公たちは“虫が好かない”のですが、まさかラストでまさに“虫が好かない”になるとは・・・。
 「目に入れても]は、孫の世話が生きがいで、定年になった夫や結婚もせずに自宅で仕事をしている息子の世話などしたくないと宣言して家を出た初老の女性が主人公。結局自分のことしか考えていなかった女性のなれの果てを描きます。
 「報いの一矢」は、大手広告代理店への内定を得て、順風満帆な大学生活を送っていた主人公が、テレビで人気の占い師に暴言を吐いたことから陥って行く不幸を描いていきます。傲慢な主人公ですが、暴言を吐いたと行っても、これでは余りにひどすぎます。ラストは想像できてしまいました。
 「夜の鶴」は、そこまでの作品とはまったく異なるちょっとじ~んとくる“いい話”です。ホテルの人事担当の塩谷は、社長からアルバイトを10年もやっている青年を正社員にするよう言われ、彼に話をする。青年は、重い口を開き、今まで正社員登用を断っていた理由を語るが、彼が語る理由の裏には、実は彼が知らない別のストーリーがあったという話です。収録作の中で一番好きな作品です。
 「只よりも高いもの」は、同じペットショップで買った同じ犬種でありながら、店の対応が違うのは一方がチャンピオン犬の血統のためだと思っていたら、実はその裏には・・・という話。犬にとってはいいのか悪いのか。ミステリー風味の作品です。
 「黒い瞳の内」は、雰囲気としては「夜の鶴」と同じ泣かせる話です。結婚した妻が幼い頃から目の中に見ていたものは、実は・・・という話。素敵な夫婦の話でした。
 最後の「岡目八目」は「黒い瞳の内」の妻の通夜で、亡くなった本人の視点から語られる話で、収録されている他の話で登場した人物が登場しています。「黒い瞳の内」の妻のキャラとここでの妻のキャラがちょっと違うと感じで、違和感があります。 
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わたしの忘れ物  東京創元社 
 ふと入ってしまった学生課で奨学係の女性から強引に商業施設のトゥッティ忘れ物センターでの短期間のアルバイトを斡旋された中辻恵麻。断ることもできず、仕方なく出かけた忘れ物センターで職員の水樹と橋野とともに忘れ物をした人に対応することとなる・・・。
 物語は、忘れ物センターに持ち込まれる落とし物を巡って、人々の人生が描かれる連作短編集です。落し物は、亡くなった夫が使い込んでいた靴ベラ、引きこもりだった弟が就職して初めてもらった給料で買ってくれた手袋、何回落としても必ず戻ってくる腕時計など金銭的な価値があるわけでもなく、本人以外にとってはガラクタ同然のものですが、持主にとっては、それぞれ持主の想いが込められた大切なものです。ただ、「家族の忘れ物」で描かれる“忘れ物”はそれらと異なってあまりに悲しいものです。それまでは忘れ物に込められたそれぞれの人の想いが描かれていたのに、「家族の忘れ物」では、ある“もの”が、家族に想いがないゆえに“忘れ物”とされてしまいます。これはちょっとやり切れません。
 「私の忘れ物」では所々で仄めかされていた恵麻自身のことが描かれます。連作集らしく、ラストはアッと驚く展開が持っています。期限が短いアルバイトの理由があんな点にあったとは・・・。
 奨学係の女性は「メグル」にも登場していたユウキです。すっかり忘れていました。最初からわかっていれば、この作品の趣が予想できたでしょうけど。 
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コイコワレ  中央公論新社 
 太平洋戦争中の昭和を舞台にした「海族」と「山族」の対立を描く螺旋プロジェクトの1作です。
 集団疎開で東北の田舎にやってきた小学6年生の清子は、疎開先の寺で寺で育てられていた捨て子のリツという少女と出会う。清子は瞳が蒼色だったため、クラスメートからは「アメ公の子だ」といじめられ、疎外されていたが、リツには会った最初からクラスメートに対するのとは異なる嫌悪感を抱くが、それはリンも同じだった・・・。
 それぞれの時代における山族と海族との対立を描く螺旋プロジェクトですが、今回は太平洋戦争中の時代の小学生を主人公に海族である清子と山族であるリツとの対立を描いていきます。理屈ではなく生理的に嫌いな相手というのは、現実にもなきにしもありませんが、清子の母の言うように、嫌いな人にこそ意識して丁寧に親切にすることができれば、大袈裟ですが世界の紛争などなくなると思いますが・・・。この作品では母の言葉で、リツだけでなく自分を嫌っている人にも関わっていこうと努力する清子と、それに呼応するように清子に対してあることをしようとするリツの成長が描かれていきます。
 すべての事情を知り、リツと清子の関係を見守るのが山で炭焼きなどをして暮らす源助。ある出来事以降、右目だけ蒼色の瞳となった彼は結局どういう人物だったのでしょうか。それと、何度も話の中に登場した山向こうの集落から時々姿を見せる女性が結局どういう人物だったのかが明かされなかったのは消化不良です。 
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おまえなんかに会いたくない  中央公論新社 
 第27期北海道道立白麗高校3年6組の元クラスメートたちに卒業から10年後の同窓会の通知が届く。その際に最後の学園祭の際に校庭に埋められたタイムカプセルの開封がされることになっていた。同窓会SNSも立ち上がり、同窓会を楽しみにする書き込みと共に、「タイムカプセルに、遺言墨で書いたメッセージを入れた人がいます。知っていますか。」という書き込みがされ、その後更に「岸本李矢さんを覚えていますか。遺言墨を使った人は、岸本李矢さんです。」という書き込みがされる。彼女はクラスの中でいじめを受け、転校していった女生徒だった。それを見た元クラスメートたちはそれぞれ高校時代に思いを馳せ、動揺する者や思わぬ行動にでる者が・・・。
 作者の乾さんが言うには、高校時代にいじめを受けていた少女が、卒業10年の節目で開催される同窓会を利用して復讐を企てる内容だそうです。
 この作品、クラスメートの名前で章を分けているのですが、その中にクラスメートの名前ではない現在の白麗高校の教師である“藤宮”という章を入れ、読者をミスリードしますが、きちんと読むとその仕掛けもストーリーの展開もおおよそわかります。
 岸本という少女がいじめの対象となったのは、クラスでカースト上位にいた男子・花田に告白したことが理由ですが、それを理由に彼女をいじめるのはもちろんダメなことですが、花田が断ったのも無理ないところもあります。彼女もまた独りよがりで、相手の気持ちも考えないし、自分勝手に断られた理由を自分がブスのせいだと思い込んでしまうのですから、花田としてはたまったものではありません。
いじめた側は、いじめたその事実自体を覚えていない、あるいは覚えていても、それくらいはたいしたことはないと思っているのはよくある話です。でもいじめられた側からすれば、その事実を忘れずにずっと覚えていても無理ないかもしれません。それで復讐するかどうかはともかくとして。もちろん、いじめた側がそれを忘れてのほほんと生きていくなんて、いじめられた側としては許されなかったのでしょうが、せっかく転校した先で岸本のことを理解してくれる友人に出会えたのに、これではいつまでも彼女自身がいじめられた事実に捕らわれたままで、幸せになれそうもありません。それゆえ、読了感は良くない最後でしたね。
 “スクールカースト”とは嫌な言葉です。クラス内の立ち位置を序列化、階層化する言葉ですが、私たちの時代はこの言葉はありませんでしたし、「あの子がクラスで一番かわいい」とか、「彼がスポーツマンでカッコいい」というような話はしていても、それがクラスの序列化につながるようなことはなかったと思うのですが。それとも、それは単に私が鈍かっただけで、実際はそうした序列化があったのでしょうか。 
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水底のスピカ  中央公論新社 
 札幌にある白麗高校に汐谷美令という女生徒が転校してくる。彼女はその美しさで他を圧倒するが、クラスの女生徒の中心である城之内更紗から「東京の人」と半ば小馬鹿にするようなニュアンスで呼ばれ、クラスの生徒たちから完全無視されるような事態となっていた。そんな美令が学校祭の準備で告知ポスティング要員に担任に選ばれ、サポートに誰も手を挙げない中、松島和奈が手を挙げる・・・。
 転校生の美少女にクラスのカースト上位の女生徒がいじめをする、そしてそれを正義感溢れる男生徒がいさめるというパターンはよくある話ですが、この物語はそう単純ではありません。作者が乾ルカさんですから、個人的にはミステリかと思って読み始めました。確かに、美令には木曜日に自転車を借りて海に行くという不思議な行動があり、また、更紗にも周囲に隠している秘密(これは何となく読んでいるうちに想像がついたのですが)があるのですが、それは単に他人に隠しておきたいことであり、読み進めると謎解きのようなミステリではありませんでした。高校を舞台に生徒たちの青春模様を描くストレートな青春小説です。美令、更紗、和奈、そして青木萌芽、赤羽清太という男子生徒を加えての5人の、高校生という時代に抱える不安や悩み、そしてそれぞれの生活環境の中で抱えるそれぞれの悩みを、5人が共有し、助け合いながら前に進んでいくところがまさしく青春であり、そして私の歳ではこういうことってもう二度と経験できないなあと、羨ましくなってしまいます。 
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葬式同窓会  中央公論新社 
 「おまえなんかに会いたくない」「水底のスピカ」に続く白麗高校シリーズ三部作の最終作です。
 柏崎優菜は母校の白麗高校に勤める非常勤の図書館司書。ある日、優菜は高校3年生の時に担任だった教師の水野が亡くなったという訃報を聞く。水野の通夜の帰り、居酒屋に集まったクラスメートの口から語られたのは高校時代の思い出話。望月凛が碓氷彩海に告白すると昼休みに今は立ち入り禁上になっている中庭の噴水のところに呼び出そうとしたことと、たまたま同じ場所でいち早く1年生が一木暁来良に告白をして、手ひどく振られたこと。そして同じ日に、授業中に突然切れた教師の水野が一人の生徒・船守に辛く当たり、船守が教室を出て行ったまま不登校になったこと・・・。
 物語は、山で道に迷い一夜を明かすことになった二人の男の話と、柏崎優菜、北別府華、一木暁来良、碓氷彩海の視点で、彼らの高校時代のこと、そして現在のことが語られていきます。優菜と華の関係は、いじめている方はさほどのこととは考えていないが、いじめられている方は心に深く傷を負うといういじめの典型です。嫌だったらはっきり言えばと言うけれど、はっきり言えない子もいるんですよね。
 また、この作品の中でキーとなる人物は親子の関係で悩みますが、彼の母親は子どものことを考えていると言いながら、実はそれは自分のことを考えているからという親子の愛情を勘違いしているのですね。あまりに辛すぎます。
 二人の山の男の話は、優菜らの話に繋がってくるのですが、いったいどう繋がりを見せるのかが、そして彼らは誰なのかはミステリ的なおもしろさとなっています。
 高校時代はいわゆる青春時代ですが、それは決して楽しいものばかりではなく、辛いこともあります。この作品は、そんな辛い思い出を引きずって終わるかと思いましたが、ラストは意外にも誰もが区切りをつけて前向きになろうとし、特に一人の人物にとっては止まっていた時間が動き出すという、読了感がいいラストとなっています。 
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