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乾緑郎の本棚

  1. 完全なる首長竜の日
  2. 思い出は満たされないまま

完全なる首長竜の日 宝島社文庫
 2011年「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した作品。主人公は30代の女性漫画家・和淳美。彼女には自殺を図り、意識不明のままの弟がいるが、定期的に最新技術の「SCインターフェース」という技術により、意思の疎通を行っている。ところが次第に何が現実で何がSCインターフェースの世界なのかがわからなくなる状況が淳美の周りに起こり出す・・・。
 今見ているものが現実なのか、仮想現実なのかがわからなくなるというパターンは、よくある話です(例えば岡島二人さんの「クラインの壺」などがそうでしょうか。)。まさしく、作品中でも言っている「胡蝶の夢」ですね。
 殺人事件が起きるわけではありません。ミステリーと言うよりSF色が強い作品です。幼い頃の海での淳美と弟の遭難騒ぎ、好きになれなかった祖父のこと、連載打ち切りとなってしまった仕事のこと、SCインターフェースの世界での弟との話のことなどを描きながら、淳美が現実と仮想現実との混乱を招いた原因は何なのかが、ミステリータッチで明らかにされていきます。
 読者も、どれが現実なのかと考えながら飽きずに読むことができます。ただ、多くの読者は、この物語の全体像に途中で気付いてしまうのではないでしょうか。ラストについても、この設定なら終わり方はこれだろうなと予想できてしまいました。
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思い出は満たされないまま  ☆   集英社 
 高度経済成長時代に東京郊外に建設された団地。当時はサラリーマンの憧れだった団地も今では高齢化社会の波をかぶって、世帯は高齢者が大部分となっています。この作品はそんな団地を舞台にした7編の様々な味わいのある連作短編集です。団地を舞台にしたノス
タルジックな作品ということでは、米川湊人さんの「かたみ歌」と雰囲気が似ていますね。
 収録作品は、団地のすぐ近くの“ひょうたん島”と名付けられた丘に母親と遊びに行った男の子が行方不明となる騒動を描く「しらず森」、団地の片隅の空き地に置かれた廃車の中で暮らすホームレスの男と彼へ立ち退きの話に行った団地役員の男を描く「団地の孤独」、団地の近くの溜池で釣りをする老人との出会いから、過去の祭りでの出来事を回想する「溜池のトゥイ・マリラ」、車椅子で一人暮らしをする男のところにアメリカ人の有名画家が訪ねてきたことから浮かび上がる彼の過去を描く「ノートリアス・オールドマン」、引っ越しのあった団地の部屋に残されていた大量の原稿の持ち主を探す作家志望の高校生が知った事実を描く「一人ぼっちの王国」、倉庫の中の不思議ならせん階段と幼い頃にそれを作った大工さんの姿がある人に重なる「裏倉庫のヨゼフ]と、どれもが夫婦、親子、友人を巡るちょっといい話となっています。
 最後の「少年時代の終わり」は、作者の乾さんも言っているようにこの作品集のまとめという位置づけの作品です。冒頭の「しらず森」同様、神隠しになる少年を描きますが、「しらず森」がタイムトラベルに対し、パラレル・ワールドの話でしょうか。
 一番のお気に入りは「ノートリアス・オールドマン」です。偏屈な怖い老人だと思われていた男の本当の姿は実は・・・という作品ですが、感動します。彼を嫌っていた隣人の存在もこの物語にいい味出しています。 
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