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井上夢人の本棚

  1. ダレカガナカニイル
  2. オルファクトグラム
  3. クリスマスの4人
  4. もつれっぱなし
  5. the TEAM(ザ・チーム)
  6. あわせ鏡に飛び込んで
  7. 魔法使いの弟子たち
  8. ラバー・ソウル
  9. he SIX ザ・シックス

ダレカガナカニイル  ☆ 新潮社
  「岡嶋二人」のコンビ解消後の井上夢人の初の長編第1作。
 新興宗教の警備員として山梨県の小淵沢に行った主人公の西岡。新興宗教は近隣との軋轢がひどく、しかも、勤務第1日目に道場が火事となり教祖は焼死、主人公は首となる。 仕方なく東京に戻ったが、火事以来なぜか頭の中から正体不明の女性の声が聞こえるようになるのに気付く。頭の中の「誰か」とは誰なのか。どうして彼の頭に入ってしまったのか。衝撃のラストが待っている。
 この本を読んだときには、新興宗教のことなど興味がなかったが、その後起こった某宗教をめぐる事件を考えると、この作品中の宗教は某宗教をモデルにしたのではないかなと勘ぐってしまう。作品の舞台となる小淵沢は山梨県であるし、某宗教の拠点も山梨県であったのは(山梨の北と南で距離は離れているけど)偶然とは思えない。とはいえ、この小説が書かれたのは事件が表面化する何年も前であるし、それからすれば、著者の洞察力というものはたいしたものだと思わずにいられない。 僕自身、小淵沢はよく知っているので、最初小淵沢という名前が出てきただけで、この作品に惹かれて読み進んだ。
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オルファクトグラム 毎日新聞社
 姉を殺害した犯人に頭を殴られ、意識不明の重体から目覚めた時、世界は変わっていた。突然に、犬以上の嗅覚をもってしまった主人公。匂いが見えるようになった主人公は、その嗅覚で姉を殺した犯人を追い詰めていく。いつもながら著者の着想には脱帽である。匂いが視覚的に見えるというのはどんな感じなのだろう。著者にかかるとほんとうに匂いが見えるような気になってくる。その描写は説得力抜群である。
 また、犯人に捕われた恋人を救い出すクライマックスの緊迫感はさすがと言うべきである。まさか犯人も自分を追い詰めている相手が犬以上の嗅覚を持つとは思わないだろうなあ。
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クリスマスの4人 光文社
 1970年、20歳の男女4人が起こした交通事故。彼らは、死体を隠し、事故を隠蔽したばかりでなく、被害者が持っていた200万円の現金を奪ってしまいます。それから10年ごとに集まる彼らの前に現れる被害者に似た男。果たして、これらの事件は昔の事件と関わりがあるのか、真相は・・・。
 事件はそれぞれの人生に影を落としながら、話としては10年ごとに再会する4人の一人称で各年代が語られていきます。
 この物語を読むとどうしてもある映画を思い浮かべてしまいますね。例のシリーズ化された映画です(^^)設定がそっくりですよね。しかし、あちらはホラーですが、こちらはミステリ・・・、といえるか難しいところです。僕としては好きな設定なんですが、ちょっと頭がこんがらがってしまいます。
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もつれっぱなし 講談社文庫
 「○○の証明」と題された6編からなる短編集です。6編とも地の文がない、すべて二人の男女の会話だけで成り立っています。
 6編はそれぞれ、宇宙人、44年後、呪い、狼男、幽霊、嘘を証明しようとするもの。果たして証明の行き着き先は・・・という作品ですが、井上さんはなかなか読者にラストを想像させません。
 6編の中では、最後の「嘘の証明」がラストの捻りの見事さでは一番です。万引きをしたと疑われる女子高校生とそれを追求する先生の会話がラストであんな結末を迎えるとは・・・。いやぁ〜参りました。こんな落ちになるとはまったく予想がつきませんでした。これに劣らずおもしろかったのは、「幽霊の証明」です。自分が幽霊だと主張する女性とそれを信じようとしない恋人の男性の会話が途中から思わぬ方向へ・・・。これもラストの捻りが見事でしたね。
 ほのぼのとした雰囲気で気に入っているのは、「四十四年後の証明」。未来から電話をしてきた自分の孫娘との会話はちょっと感動でした。
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the TEAM(ザ・チーム) 集英社
 盲目の霊媒師・能城あや子とその仲間の活躍を描く連作短編集です。
 占いとかは全然信じないたちなので、卓抜した霊視能力がある霊媒師が実はまったくのインチキ霊媒師で、相談者のことがわかるのはマネージャー鳴滝を始め草壁や藍沢があらかじめ相談者の家に忍びこむなどして下調べをしているためという設定にさもあらんと納得して物語の世界に入っていきました。
 本の帯には傑作ミステリーという惹句がありましたが、これといった論理的な謎解きがあるわけでもなく、相談者の心配事を綿密な調査から解決していくストーリーです。ときには盗聴や盗撮という手段を使って事実を明らかにしていくのですから、ミステリーとは言えない気がします。ストーリーとしても、現実的でない設定もあったりで(例えば「目隠鬼」で、草壁たちが明らかにした事実など、それまでわからなかったはずはありません。警察もそこまで愚かではないでしょう。)、井上さんの作品としてはいまひとつ。ただ、軽妙なタッチでサクサク読むことができるのは、さすが井上さんですね。
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あわせ鏡に飛び込んで 講談社文庫
 最近あまり作品を発表されない井上夢人さんですが、この本も新作ではなく、未収録の10の短編を集めた文庫オリジナル作品集です。内容としてはホラーあり、ミステリありと種々雑多です。
 男性に女性の怖さを教えてくれるのは「あなたをはなさない」です。これは男性読者にはインパクト強いですねえ。いくら好きな人と別れたくないとはいえ、瞬間接着剤で身体をくっつけてしまうなんて。いやぁ〜怖い。
 「ノックを待ちながら」は、最後に結論を明かさないで読者に考えさせる、よくあるパターンの作品です。さて、果たして妻を信じるべきか疑うべきか。揺れ動く男の心の描写がうまいです。
 「千載一遇」は、同僚同士が大金のためにお互いに相手を陥れる算段をしていたという話です。これまた、やっぱり○○○は怖いというラストで終わります。
 怖いといえば「私は死なない」も怖い作品です。肉体は死んでいるけど意識はあるという状況の中で身体を切り刻まれるなんて、その痛さが読んでいるこちらにまで伝わってきそうな作品です。
 ミステリとしては、全編手紙だけで構成された「書かれなかった手紙」が、井上ひさしさんの「12人の手紙」を思い起こさせる作品で、なかなかおもしろく読むことができました。
 帯に幻の名作とあった表題作の「あわせ鏡に飛び込んで」については、“幻の名作”と言えるのかなあというのが正直な感想です。
 ラストにひねりの効いた作品ばかりで、井上さんらしい作品といえましたが、それにしても、長編が早く読みたいものです。
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魔法使いの弟子たち 講談社
(ネタばれあり)

 井上夢人さんの9年ぶりの作品です。岡島二人を解消して以来井上さんの執筆スピードは遅くなっているようです。
 井上夢人さんは、"岡島二人"からコンビを解消して井上さんになってから、「ダレカガナカニイル」をはじめとして、その作品にSF的傾向が強くなってきたような気がします。今回も描かれるのは、超能力を持った男女です。
 山梨県の竜王大学附属病院で新型ウィルスによる伝染病が発生し、病院はすぐに隔離されますが、ウィルスは外部に漏れ、多くの死者が発生します。そんななか、死の淵から生還した3人の男女、93歳の老人は若返りを、女性はサイコキネシス、そして主人公の仲屋京介は過去と未来の透視能力といった不思議な能力が身についていることが分かります。
 物語は、こうした破天荒な能力を身に付けた3人が、自らがコントロールできない力によって思わぬ事態を引き起こしていく様子が描かれていきます。こうした超能力を描く物語のパターンとしては、超能力を身に付けた者が世間から疎外されていく様子が描かれるものですが、この物語もその点は同じです。やっぱり、普通(?)の人としては、超能力という自分たちとは異なる能力を持つ人たちには共感することはないのでしょうね。
 ラストで、世界の未来を透視した京介が、果たしてどんな行動を取るのか、物語に書かれていない"その後"が大いに気になります。彼はいったい、どういう行動を取るのか。読者に考えさせます。
 作者の井上さんは八ヶ岳の麓に住んでいるようです。そのためか、今回の舞台は僕の地元である山梨県です。伝染病発生の舞台となる竜王大学医学部附属病院は実在しませんが、それ以外は「ああ、あそこかぁ」と思える背景が描かれていて、地元の人間としては興味深く読むことができました。 
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ラバー・ソウル 講談社
 題名の「ラバー・ソウル]とは、ビートルズの6校目のアルバムのこと。各章にビートルズナンバーが記されていますが、ビートルズのファンの人なら、作者の井上さんが意図するような楽しみ方ができるかもしれません。
 容貌が醜いことから幼い頃より人から疎まれ、学校も辞め、一人の理解ある運転手だけを頼りに家の中で過ごしてきた鈴木誠。インターネットで書いたビートルズの評論が評価され、ある雑誌編集者と交流を持つようになり、ようやく社会との接点を持つことができるようになる。その雑誌の掲載写真のために所有する車を貸すことになった鈴木は、撮影現場に立ち会い、そこでモデルの美縞絵里に一目惚れする。そのとき、突然車が突っ込んできて、現場は大惨事となるが、編集者から無事だった絵里を家まで送るよう頼まれた鈴木は、彼女が自分の容貌を嫌がらずに車の助手席に乗ってくれたこと(彼女は事故のショックで彼のことはまったく眼中になかったのだが)に大きな喜びを見いだし、いっそう彼女を愛するようになる。
 物語は主人公鈴木の一人称で語られる部分と、たぶん刑事の事情聴取に登場人物たちが答えている部分とを描きながら進んでいきます。
 鈴木が、彼女のモデル仲間の男を嫉妬から惨殺し、さらに彼女のマンションの向かいのビルの一室を借りて、彼女の様子を盗み見るようになる様子が語られるのを読む限りは、これは単なるストーカー男の叶わぬ恋に狂った様子を描いたサイコものかと思ったのですが、でも、井上さんならそんな単純な物語にはしないだろう、どこかにラストに繋がる伏線が張っていないだろうかと気にしながら先を読み進めました。
 とにかく、ストーカー男ではありますが、あまりに辛い人生に何とも言いようがありません。彼の姿形は映画の「エレファントマン」の主人公を想像すればいいのでしょうか。ラストに明らかとされる事件の様相については、読んでいくうちに想像ができてしまいますが、あまりに切ない幕切れです。
 作者の井上夢人さんは、この本の発売日の6月6日と、題名のビートルズの6番目のアルバムとを併せて、映画「オーメン」ですっかり有名になった『666』という悪魔を表す数字を示したとしています。この『666』は井上さんとしては何を指しているのでしょうか。
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the SIX ザ・シックス  集英社
 (ちょっとネタバレ)
 明日に起きることがわかってしまう少女、他人の心の声を聴くことができる少年、かまいたちのように触らずに物を切ることができる少年、虫を呼び寄せることができる少女、身体から稲妻のように放電をすることができる少年、病や怪我を治すことができる少女という特殊な能力を持った6人の少年少女が、特殊な能力を持つが故に、普通の生活ができず、苦しむ様子を描いていきます。
 連作短編集という形をとった本作では、各話でそれぞれの少年少女たちを描き、最後に一堂に会した彼らがその特殊能力によって人を助けるという話になっています。ただ、話としてはそれだけで、彼らがその後どう生きていくのかがはっきりとは描かれず、いまひとつ物足りない終わり方でした。超能力者を描いた筒井康隆さんの「七瀬ふたたび」の、彼らが迫害されて最後には・・・というストーリーのように、彼らが集まった後のことがもう少し広がりをもって描かれるのかと期待したのですが、予想通りの人助けではちょっと残念です。
 それにしても、最後に登場する人の病や怪我を治すことができる少女が、あのように自分の能力を隠すことなく使用していれば、もっと大きな騒ぎになると思うのですが・・・。
※井上さんが山梨在住のため、山梨が舞台となっており、その場所を「ああ、あそこかぁ〜」と思い描くことができたのは地元としては嬉しいですね。
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