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稲見一良の本棚

  1. セント・メリーのリボン
  2. 猟犬探偵

セント・メリーのリボン 光文社文庫
 2006年版「この文庫がすごい!」でエンターテイメントBEST10の第2位にランクされた短編集です。もとは1993年に新潮社からハードカバーで出版された作品ですが、13年という長い年月が過ぎても人気が衰えません。
 物語のジャンルとしてはカメラマンの不思議な経験を描いた「花見川の要塞」のようなファンタジックな作品もありますが、総体的にはハードボイルド作品集といっていいでしょう。女を死なせた男が身を寄せた見知らぬ老人がならず者たちを撃退する「焚火」、B17の銃座に閉じこめられた兵士を救出しようとするパイロットとその部下たちを描いた「麦畑のミッション」、東京駅で真面目に働く赤帽が犯した一世一代の犯罪を描く「終着駅」と、どれも男たちの生き様を描いています。
 収録された作品の中では、やはり表題作である「セント・メリーのリボン」が一番です。追悼連作短編集と銘打たれた「猟犬探偵」へとつながる迷い犬探しを専門とする探偵、竜門卓を主人公とする作品です。男だったらこうでありたいと心で望むような男が主人公です。なにせやくざの嫌がらせを受けても動じないし、逆にやくざに対して逆襲を試みてしまうという、カッコイイ男です。フォア・ローゼスを生地のまま飲むなんて、まあ〜ほれぼれしますね。そのうえ、犬や少女を見つめる目はやさしいときているのだから、ホント絵になる男です。ストーリーもクリスマスにピッタリの感動のラストです。ラストで少女に言うセリフを暗い道を歩きながら何度も練習をしている竜門がまた魅力的です。おすすめ。
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猟犬探偵 光文社文庫
 短編集「セント・メリーのリボン」の表題作に登場した猟犬探偵竜門卓を主人公とする連作短編集です。
 トナカイと家出した少年を捜す「トカチン、カラチン」、住処から逃げて流しと歩く犬を探す「ギターと猟犬」、薬殺処分の運命にある馬と犬を連れて姿を消した厩務員を捜す「サイド・キック」、猟犬窃盗団に盗まれた犬を追う「悪役と鳩」の4編からなります。
 4編の中では「トカチン、カラチン」が一番でしょうか。「セント・メリーのリボン」から1年後のクリスマスの時期を舞台にしていますが、ラストはクリスマスらしい終わり方で、胸が熱くなります。最後のセリフがしゃれていますよね。続く「ギターと猟犬」も「サイド・キック」も動物と人間との温かい交流が描かれます。どちらも読後感がいいストーリーでした。それに対し、最後の「悪役と鳩」は、猟犬窃盗団を向こうに回して活躍する竜門が描かれますが、前3作と比べるとあまりに悲しいラストでした。
 とにかく、この作品集の魅力は主人公の竜門卓です。祖父から相続した広大な山地の中の丸太小屋に「竜門猟犬探偵舎」の看板を下げて住み、いなくなった猟犬探しを仕事とする男です。ハードボイルドで悪漢たちは完膚無きまでに叩きのめしてしまう竜門ですが、弱きもの(特に子供)や動物たちを見つめる目はとってもやさしいです。
 稲見さんの夭折により、猟犬探偵シリーズがこれ以上読むことができないのは残念としか言いようがありません。お薦めの短編集です。
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