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今村夏子の本棚

  1. むらさきのスカートの女
  2. とんこつQ&A

むらさきのスカートの女  ☆  朝日新聞出版 
 第161回芥川賞受賞作です。芥川賞といえば、純文学を対象というイメージから、なかなか手に取って読むことがなかったのですが、この作品はそんな今までの印象を払拭するようなおもしろさがありました。これでは直木賞でもいいのではと思ってしまいます。
 物語は、商店街をすいすいと誰にもぶつからずに歩いていく“むらさきのスカートの女”のあとをつけて観察する“わたし”の目線で語られていきます。他人の目に留まらない“黄色いガーディガンの女”である“わたし”と違って、“むらさきのスカートの女”は商店街を始め、近所では誰もが知る存在。子どもたちはじゃんけんで負けた者が公園のベンチに座る“むらさきのスカートの女”の肩を叩いて逃げるという遊びに興じるくらいです。“わたし”は、そんな彼女と親密になりたいと、現在無職の彼女に対して、自分と同じ職場に就職するよう色々と策を講じます。同じ職場になってから、どこか人間離れした雰囲気の彼女が次第に普通の人間化(!)していく様子が予想外です。口うるさいリーダーたちにも可愛がられてしまうなんて、普通の人以上に実は人間力があったのではと思えるほどの変わりようです。
 この作品に引き込まれたのは、語り手である“わたし”が何者かであることが最初明らかにされていないこと。ちょっとミステリっぽい雰囲気です。それと、なぜ、“わたし”はそこまで“むらさきのスカートの女”が気になるのかというところ。冒頭で姉に似ている、そしてそれは自分に似ているのではと自問自答しますが、やがて、そのことがラストに繋がることになります。おもしろい。こういう芥川賞なら読むことができます。 
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とんこつQ&A  講談社 
4話が収録された短編集です。
 中華料理店「とんこつ」の引き戸に張られていた「アルバイト募集」の張り紙に応募して採用され働き始めた今川。最初は「いらっしゃいませ」も言えなかったが、書かれている文字なら読むことができると気づき、客とのQ&Aを最初はメモに書き、やがてそれらを整理した想定問答集を作成することにより、それを読みながら接客をするようになる。いつの間にか問答集を見なくても接客ができるようになった頃、店の大将とぼっちゃんは新たな店員を募集し、丘崎さんという女性が採用される。ところが、この丘崎さんが今川の最初の頃以上に接客ができなかったが・・・(「とんこつQ&A」)
 表題作である「とんこつQ&A」は最初は中華料理店を舞台としたアットホームな物語かと思いましたが、そんなストレートな物語には今村さんはしませんでした。とにかく、登場人物4人が変です。主人公の今川自体、接客業をしたことがないとはいいながら、今まで働いていたのだから、もう少しまともに話をし、行動できるだろうとは思うのですが、これがメモを見ないと話せないとは、いったいなぜと思ってしまいます。ぼっちゃんも小学生なのに学校には行かないし、大将も何も言わない。更にこの二人、アルバイトに応募してきた女性に、妻をそして母親を演じさせようとするなんて、ある意味ホラーですよね。ラストの今川の解決の仕方も理解できません。
 残りの3編は次のとおり。どれも一筋縄ではいかない作品です。
 姉の小学校同級生に、嘘つきと言われていた少年がいて、父親はそういう人間はそのうち消えていなくなってしまうと言っていたが、そのことがまさか自分に・・・(「嘘の道」)。これはもうホラーですね。
友加里は友だちにいじめられていたタムと呼ばれていた子が気になり、お菓子を与えたり、庭にあるサクランボを食べに来るよう言っていたが、ある日、サクランボの樹にやってくる鳥を驚かせようと・・・(「良夫婦」)。“実は”という、最後に隠されていた事実が明らかになる話です。
高校を卒業して働き始めた工場で、先輩パードである芝山は金を貸しても返さないから気をつけろと言われたが、彼女は料理を作ってくれたり親切にしてくれるが・・・(「冷たい大根の煮物」)。これだけがまあまあホッとする話になっています。 
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