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池永陽の本棚

  1. コンビニ・ララバイ
  2. ゆらゆら橋から
  3. 珈琲屋の人々
  4. ちっぽけな恋 珈琲屋の人々
  5. 珈琲屋の人々 宝物を探しに
  6. 珈琲屋の人々 どん底の女神

コンビニ・ララバイ  ☆ 集英社
 ある小さなコンビニを舞台に、店長を中心に店員、そこに集まる客を描いた連作短編集です。主人公というべき店長は、相次いで交通事故で子と妻を亡くしています。子供は自分が教えた“かんけり”がうまくできるようにと早朝に一人で練習しているところを車にひき逃げされことから、さらに妻の事故も本当は自殺ではなかったかと自分を責めています。
 刊行当時、評価が高かったが、中で暴力団員を好意的に描いていると一部から批判がなされました。しかし、この連作を通して流れているのはやさしさということであり、決して暴力団に好意的ということはないだろうと思います。全7話ですが、どの作品も心を洗われます。思わず涙が出てきてしまいました。オススメです。
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ゆらゆら橋から  ☆ 集英社
 飛騨の山間の村に住む主人公佐竹健司の小学校5年生から52歳になるまでに出会った八人の女性との関わり合いを描いた作品です。物語の舞台が、昭和30年代から始まっているので、かなりノスタルジックな印象を受けます。少年時代を描いた部分は、どこか昔読んだ山本有三の小説を読んでいるような気分になりましたし、また、主人公の大学生時代を描いた部分は、かつて週刊ポストに連載されていた富島健夫の小説を読んでいるような感じでした。
 結核で療養にきている少女加代子との恋を描いた「林檎色の血」は、現在では結核が不治の病ではないということもあるでしょうが、健司と加代子の心情が今の同年代の少年少女たちに理解できるのでしょうか。なんだか、「ばかじゃない!」の一言でかたづけられそうな気がします。そのうえ、主人公健司の真面目で純情で、女性を傷つけたくないと考えるところは、今の若者には理解できないだろうなあ(すっかり、自分がおじさんになってしまっています・・・)。そのうえ心の中で一人の女性をいつまでも忘れないでいるなんてね。結局、この小説は主人公と同じ時代に生きるおじさんたちのための小説ではないでしょうか。
 それにしても、健司の前に現れる女性は、前述の加代子にしても、「錆びついた自転車」の由紀、清純な女なんていないと言い放つ「空っぽの愛」知佐子、かけおちを計画する「卒業」の郁江など、みなそれぞれ強い女性で、魅力的です。
 ノスタルジックな気分を味わいたい年配の方にオススメです。
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珈琲屋の人々  ☆ 双葉社
(ちょっとネタばれ)
 下町の商店街にある喫茶店、その名も「珈琲屋」。物語は、この店のマスター、行介や店を訪れる客たちの様々な人間模様を描いた7編からなる連作短編集です。
 行介は、かつて商店街の娘に乱暴した地上げ屋を殴り殺して服役していた経験がある男です。そんな彼の過去を知って、心に悩みを持つ人々が「珈琲屋」にやってきます。
 「珈琲屋」を訪れる人々は、行介と恋人だったが、事件後にお見合い結婚をし、最近離婚して出戻ってきた女、結婚してから25年がたち、亭主の浮気に悩む女、家業が左前で父親が自殺して保険金を残そうと母親と話しているのを聞いた娘、寝たきりの妻を抱えながら、別の女性に恋してしまう夫、乱暴された娘の恋人であり、いまだに事件に対する心の決着がつけられないでいる男、恋人に別れ話を持ちかけられ、勤め先の主人との不倫をやめようとする女。コーヒーを入れる行介の人を殺した手を見た客たちは、心の奥底に隠していたものを行介に吐き出します。
 どの話も最終的にどうなるのかまでが描かれていません。一番気になるのは「すきま風」です。本文中で語られないラストの場面のその後はどうなったのか。夫は果たしてどちらの道を選択したのか。読者に考えさせたまま終わるなんて、池永さん、それはずるいです。どの話も主人公たちはどうなるんだろう。あ~気になります。
 おいしいコーヒーを飲みながら、ひとときをマスターとの雑談で過ごすことができる喫茶店があったらうれしいのですが、スタバは増えても、喫茶店は減るばかりです。以前は昼休みに食事の後にコーヒーを飲みに行ったものですが、そのお店もとうの昔に営業をやめてしまいました。なんだかスタバではコーヒー1杯でゆっくり本を読む雰囲気でもないし、“喫茶店”がなくなるのは寂しいですよね。
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ちっぽけな恋 珈琲屋の人々 双葉社
 かつて人を殺したことのある行介が営む、東京の下町にある喫茶店「珈琲屋」を訪れる人々を描く7編が収録された連作集です。「珈琲屋の人々」の続編になります。どの作品も、心に悩みを抱えた人が、行介に話を聞いてもらいたくて「珈琲屋」を訪ねてきます。
 7編は、近所に開店したおでん屋で、評判の美人おかみの顔が一番見える席に毎日座る男を描く「特等席」、行介から開かずのからくり箱を開けてくれるよう頼まれた刑務所で一緒だった男を描く「左手の夢」、DVで離婚しながら、今度は自分が幼い息子に暴力をふるってしまう女を描く「大人の言い分」、夫の浮気が原因で離婚した二組の家庭の娘と息子の恋の顛末を描く「ちっぽけな恋」、夫と二人で営む豆腐屋に嫌気がさしたときに現れた男に心が揺れる妻を描く「崩れた豆腐」、ちんぴらに絡まれているところを助けた女子高校生に恋をする落ちこぼれの高校生を描く「はみだし純情」、そしてラストは、冒頭の「特等席」で登場したおでん屋の美人おかみの隠された過去が明らかとなる「指定席」で幕を閉じます。
 元柔道部という体格、そして殺人を犯した過去を持つ行介に話をすることによって、抱えている問題が解決する場合もありますが、問題がすべて丸く収まるわけでもありません。7編の中では、「大人の言い分」、「崩れた豆腐」、「指定席」は、結局その後どうなったのかまでは、描かれていません。どれも、結末は大いに気になるところですが、あとは読者それぞれの思いに委ねられています。でも、最後の「指定席」だけは今後の展開に影響が大きいので、はっきりして欲しかったと思う1編です。
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珈琲屋の人々 宝物を探しに  双葉社 
 東京の下町の商店街にある喫茶店『珈琲屋』を訪れる人たちの人間模様を描くシリーズ第3弾にして、完結編となる作品です。
 7編が収録された連作短編集ですが、完結編となれば気になるのは、『珈琲屋』の主人、行介と商店街で母親と蕎麦屋を営む冬子との仲がどうなるのかということ。物語は冬子にプロポーズをする医者の笹森が登場する「恋敵」を冒頭に、二人の恋の行方を語りながら、前作同様店を訪れる客たちの人間模様を描いていきます。
 「ヒーロー行進曲」は、引きこもり等の問題を抱えた子どもたちのために塾を経営している大樹が主人公。問題が改善してきたので今度は勉強をしっかり教えてほしいと親から言われた大樹と子どもたらはある行動に出るが・・・。
 「ホームレスの顔」は、夫とコンビニを経営する咲恵が主人公。夫が弁当の売れ残りを渡すホームレスが昔の同棲相手ではないかと怯えるが・・・。
 「蕎麦の味」は、医師の笹森から冬子がプロポーズされていると知った冬子の母、典子が主人公。事実を確認しようと笹森を病院に訪ねたところ・・・。
 「宝物を探しに」は、本好きが高じて古本屋を始めた草平と智美夫婦が主人公。客の入りが良くない原因が草平の強い思い入れで作った店構えに原因があるのではないかと考えた智美は改装を提案するが、草平はうんと言わない。ある条件をクリアしたら提案を受け入れることとなるが・・・。
 「ひとつの結末」は、広介が刑務所に入っていたときの刑務官だった初名が主人公。囚人の妻と道ならぬ恋になってしまった初名は広介に相談するが・・・。
 「恋歌」は、行介と冬子の幼なじみである島木が主人公。自称・商店街一のプレイボーイという島木だが、妻に浮気がばれてしまい・・・。
 この作品中に登場する男たち、大樹は年齢の割に考え方が幼すぎるし、草平もやることが子どもと同じだし、初名にしてもいい年齢の男が自分で考えられないのかと言いたくなるほど、みんな男としてはどうかと思う者たちです。それゆえ、行介の元を訪れたくなるのかもしれません。それは女性も同じで、行介が何かを言ってくれるのではないかと期待してカウンターの椅子に座るのでしょう。
 肝心の行介と冬子の恋の行方ですが、理由があるといいながらも人を殺した過去を持つ行介が冬子との結婚に二の足を踏むのは理解できますが、そうはいっても行介が出所したことで思い切った行動をとって離婚して戻ってきた冬子のことを考えれば、現在の行介の行動はまどろっこしくて仕方がありません。何を格好つけているんだと言いたくなります。ラストの落としどころとしては、僕としてはちょっとなあという感じです。 
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珈琲屋の人々 どん底の女神  双葉文庫 
(ちょっとネタバレ)
 「珈琲屋」シリーズ第4弾、文庫オリジナル作品です。7編が収録された連作短編集です。
 前作「宝物を探しに」でシリーズが完結と勝手に思っていましたが、誤解だったようです。冒頭の「ひとり」で、「珈琲屋」のマスター、宗田行介がかつてある理由から殺人を犯して服役した経験があることや、常連の島木や冬子のことが語られていますので、前作までを読んでいなくても物語の大枠はわかります。
 「ひとり」ではリストラされた元ホテルマンで今は川原に住んで犬を連れて廃品回収をしている男が、「女子高生の顔」では一目瞼であることから学校でいじめにあい、美容整形をしようとあるアルバイトをする女子高校生が、「どん底の女神」では幼い頃からいじめられ続け、今では躁うつ病で引き籠りの中年男が、「甘える男」では学生時代は成績が良かったが会社に入ると全く仕事ができず会社を辞め、今では母親の働きで食べさせてもらっているニートの青年が、「妻の報復」では夫の浮気の仕返しに自分に気のある年下の男性と浮気をしようとする妻が、「最終家族」ではガンが見つかったことを家族に言えず、かつて浮気をした飲み屋のママにすがる男が、「ふたり」では近所のアパートに引っ越してきた医大受験生の女性が、それぞれ悩みや苦しみを持って行介の元を訪れます。
 心温まる物語ですが、唯一「どん底の女神」は、ラストのそのあとが気になります。あの終わり方では決して“心温まる”という結果にはならなかったでしょう。
 前作でも気になった行介と冬子の関係も進まず。シリーズが続く間は進展がないのでしょうか。
 冒頭が「ひとり」でラストが「ふたり」という構成の妙はいつもどおりです。ただ、あまりにできすぎという感は否めません。 
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