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池井戸潤の本棚

  1. 空飛ぶタイヤ
  2. 下町ロケット
  3. 果つる底なき
  4. ルーズヴェルト・ゲーム
  5. ロスジェネの逆襲
  6. オレたちバブル入行組
  7. オレたち花のバブル組
  8. 七つの会議
  9. シャイロックの子供たち
  10. かばん屋の相続
  11. 不祥事
  12. 民王
  13. ようこそ、わが家へ
  14. 金融探偵
  15. 銀行狐
  16. 銀行総務特命
  17. 仇敵
  18. 銀行仕置人
  19. 株価暴落
  20. 銀翼のイカロス
  21. 下町ロケット2 ガウディ計画
  22. 花咲舞が黙ってない
  23. 陸王
  24. 下町ロケット ゴースト
  25. 下町ロケット ヤタガラス
  26. アルルカンと道化師

空飛ぶタイヤ  ☆ 実業之日本社
 走行中のトラックのタイヤがはずれ、歩道を歩いていた母子を直撃、母親は死亡、子どもも怪我を負うという事故が起こる。事故の原因は車の整備不良とされたが、納得のいかない運送会社の社長、赤松は事故の原因を明らかにしようと自動車会社との闘いを始める。そんな彼の前には、警察の家宅捜索、取引銀行からの融資引き上げ、大手取引先からの取引打ち切り、子どもへのいじめと様々な困難が立ち塞がる。

 本作品はフィクションであり云々とありますが、どうみたってこれは3つの菱形のマークの自動車会社のリコール隠しの事件がモデルになっているのは疑いようがありません。
 あんな財閥系の大手企業が悪いことをするはずがないという盲目的な信頼が誰もの心の中にあったと思いますが、あの事件は大手企業であっても自己の防衛のためには違法なことをすることもあるという事実を消費者の前に明らかにしましたね。この作品の中にも近年企業のコンプライアンスが重要視されていると書かれていますが、あくまでそれは外向きで、企業の利益のためならそれは二の次だろうと疑ってしまいます。
 物語は赤松の闘いだけでなく、赤松の行動によって起こった波の中での自動車会社や主力銀行内部での派閥争いも描かれます。単にリコール隠しの暴露の話だけでなく、それぞれの立場でいろいろ暗躍する企業人の行動を描いているところは、非常におもしろく読むことができます。
 結果としては予想がつくのですが、やっぱり中小企業の一社長(加えてその従業員たち)が、財閥系企業を相手に徒手空拳で臨みながら、しだいにその行動が悪の核心に迫っていき、ラストは勝利を収めるというところには大いに胸がすきます。読んでいて、最後の展開には思わずジ〜ンときてしまいました。今さらながらですが、これはおすすめです。
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下町ロケット  ☆ 小学館
 第145回直木賞受賞作です。直木賞受賞作ということを措いても、今年読んだ本の中でもベスト3に入るおもしろさでした。
 主人公は宇宙科学開発機構でロケット開発に携わっていたが、打ち上げ失敗の責任をとらされて辞職、今は父親
の経営していた町工場の社長に納まっている佃。中小企業ながらも彼の方針で技術力が高い彼の会社に対し、大企業が端から見るとあまりに汚い企業論理から特許に関する訴訟を仕掛けてきて、会社は存続の危機に陥ります。どうにか乗り切ったと思ったら、彼の会社に特許で後塵を拝した別の大企業から、その特許を売れという強引な申し入れが・・・。佃は、ロケットを自分の手で飛ばしたいという夢を実現するため、特許の売り渡しではなく、部品供給を申し出ます。
 この作品は、そんな中小企業のプライドと大企業のエゴとのぶつかり合いを描いていきます。判官贔贋で当然弱い中小企業を応援しながらいっき読みです。
 日本の町工場の技術力というのは、中小企業だからといって馬鹿にしたものではなく、海外でもその作る製品が評価され、いろいろな会社で採用されているということを以前テレビで見ました。この作品の中でも描かれていますが、熟練した職人が作るものが機械が作るものより優れていることがあるんですね。中小企業が作る部品が宇宙ロケットに使われるというのも、日本の中小企業の技術力を考えると、絵空事とは言えません。
 特許を買い取るという申し出があったことで会社の中に不協和音が生じますが、それも当然かもしれません。夢を追う社長に対し、中小企業の社員としては今現在の会社の安泰、ひいては自分たちの待遇の向上の方が重要な問題でしょう。足腰の弱い中小企業としては、大企業のように何十年も先のことを考えて行動するわけにはいかないでしょうから。そんな社内でのごたごたを乗り越えて、大企業にぶつかっていく姿が読んでいて感動を呼びます。
 登場人物のキャラクターも魅力的です。宇宙ロケットの研究者の過去を持ち、中小企業の社長業に苦労しながらも、夢を持つ佃はもちろん、取引銀行からの出向者でありながら、銀行にたてつき佃をサポートする殿村、社長の夢に反発しながらもプライドを持って大企業に対抗する江原や迫田らの社員など、大企業に正面切って立ち向かう彼らに思わず声援を送りたくなります。爽快なラストに拍手喝さい。
 自分の会社を信じプライドを持って闘う彼らの姿に、同じサラリーマンとして、自分は彼らのように会社に誇りを持つことができるのかと考えると、ちょっとうらやましくなります。  
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果つる底なき  ☆ 講談社文庫
 第145回直木賞を受賞した池井戸潤さんのデビュー作にして第44回江戸川乱歩賞受賞作です。
 主人公は銀行の融資担当の伊木。ある日、彼の同僚の坂本が車の中にいた蜂に刺され、アナフィラキシーショックで死亡する。死の直前に「これは貸しだからな」という謎の言葉を残して死んだ坂本の死にどこか不穏なものを感じた伊木は、彼がやっていた仕事を調べ始める。
 銀行内部の仕事が詳細に描かれているかと思ったら、池井戸さんは元銀行マンだったそうです。でなければ、作品中に描かれる、手形が落ちそうもないときの緊迫した銀行、債務者のやりとりなど描けないでしょうね。窓口でのニコニコした顔が、一転倒産となると非情な表情を見せるのは、なかなか一般の人にとっては想像がつきません。そのうえ、会社の倒産を巡っての様々な駆け引き、暗躍なども僕たちには考えられません。元銀行マンならではの知識が十分に生かされた作品だといっていいでしょう。
 同僚の死の背後には、多くの人の欲が渦巻き、事実を暴こうとした伊木にも危険が及ぶ展開にページを繰る手が止まりませんでした。殺人者が誰かは途中でわかるのですが、その裏で糸を引く人物は誰なのか、物語は二転三転し、真犯人にたどり着くまで池井戸さんはものの見事に読者を翻弄します。
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ルーズヴェルト・ゲーム  ☆ 講談社
 「ルーズヴェルト・ゲーム」とは、野球の8対7のスコアの試合のこと。野球好きのアメリカ大統領ルーズヴェルトが8対7の試合が一番おもしろいと言ったことから名付けられたものだそうです。 
 この作品で池井戸さんが描くのは、出口の見えない不況の中で大口取引先から無理難題を押しつけられ、さらに競合大手との価格競争に苦しむ中堅企業の経営陣と、そしてそれと並行して存続が危ぶまれるその会社の野球部員たちそれぞれの戦いです。果たして、彼らが「奇跡の逆転劇(ルーズヴェルト・ゲーム)を見せることができるのか・・・
 最近の不況の中で企業スポーツというのは衰退するばかりで、新聞紙上でもときに名門の部が廃部となったという記事が掲載されます。景気のいい頃は会社の広告・宣伝の一環として成り立っていた企業スポーツですが、この不況時まずカットされるのは広告宣伝費というわけですね。
 新たに招聘した無名の監督の手腕が発揮され、大会で勝ち上がっていくチームの活躍がもっと描かれるかと思いましたが、それより、会社の存続に奔走する社長の細川らを描いている部分が多いのは予想外。ストーリーとしては予定調和的で、先の流れが想像できてしまうのですが、試合の場面はもちろん、会社の存亡の危機から脱出する場面もドキドキわくわく、感動しながら読むことができました。
 キャラとしても、創業者でカリスマ会長とラスト近くで登場した大株主の志眞さんも、小説にはありがちのキャラでしたが、やはり、こういうストーリーにはこういうキャラが必要なんですよね。本当は野球好きなのに、不甲斐ない野球部に野次を飛ばしていた梱包課の長門課長もいいキャラしています。
 いっき読み。読んでスッキリの1作でした。
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ロスジェネの逆襲  ☆ ダイヤモンド社
 取引先のIT企業・電脳雑技集団から、ライバル企業・東京スパイラルの買収のアドバイザーを依頼された東京セントラル証券。しかし親会社である東京中央銀行の横やりで仕事は銀行に持っていかれてしまう。一方、東京スパイラルは別の証券会社をアドバイザーとして買収に対抗しようとする。東京スパイラルの社長は、かつて東京セントラル証券の森山の同級生であり、今回の騒動をきっかけに交友関係が復活するが、東京スパイラルの対抗策を聞いた半沢は、そこに何か裏がありそうだと気づく・・・。
 いくら親会社に理不尽なことをされたからといって、そこはグッと我慢して親会社に逆らうなんて考えられないというのが、僕らサラリーマンの一般的な考えでしょう。でも、この作品の登場人物・半沢は違います。本当に魅力的で、こんな上司ならついていけると思う部下は多いでしょう。理想の上司です。森山から信念を問われた半沢の次の言葉には共感させられます。「正しいことを正しいといえること。世の中の常識と組織の常識を一致させること。ひたむきで誠実に働いた者がきちんと評価される。そんな当たり前のことさえ、今の組織はできていない。だからダメなんだ。」
 でも、反面、今の組織の中ではアウトローですから、小説の世界ではともかく、現実世界ではどうかなという気もしてしまうのですが・・・。「人事が怖くてサラリーマンが務まるか」なんて、なかなか言えません。
 証券の世界なんて全く知りませんし、ましてや企業買収などはそれ以上に知りません。専門的な言葉が飛び交う企業小説などおもしろく読むことができるのかと思っていたですが、これが読み出したらいっき読みのおもしろさでした。企業買収の世界にまったくの素人でも大丈夫です。生き馬の目を抜く世界の中でのお互いの駆け引き、情報戦など、読んでいてワクワクしてしまいました。
 それにしても、そこまで汚い手を使って人事を有利に持っていこうとするのかと、鼻白んでしまうのですが、元銀行員の池井戸さんですから現実にあり得る話なんでしょう。読後は爽快感あっていい気分です。
 半沢を主人公にした作品は、「オレたちバブル入行組」、「オレたち花のバブル組」に次いで3作目だそうです。どおりで、半沢がなぜ子会社にいるのかというあたりの説明がなかったはずです。最初から読んでいる読者には自明の理なんでしょう。これは前2作も読まなくては。

※ロストジェネレーションは、朝日新聞社が名づけた新語で、学生が就職する際、バブル崩壊後の就職氷河期(1994年〜2004年)と重なった概ね25歳〜35歳の世代のこと指しているそうです。「さまよえる世代」ともいうそうです。ヘミングウェイたち「失われた世代」とは違うのですね。
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オレたちバブル入行組  ☆ 文春文庫
 「ロスジェネの逆襲]がとてもおもしろかったので、半沢を主人公としたシリーズの第1作目を読んでみました。
 冒頭、半沢がバブル時代を前にして銀行に就職したエピソードが描かれます。一転して物語は十数年後。半沢は大阪西支店の融資課長をしており、支店長の命令で融資をした企業の粉飾決算の事実が明るみに出たところから話は始まります。
 自分のミスを部下のせいにする典型的な嫌な上司、そしてそれにゴマをするナンバー2という、どこの会社でもありそうな人間関係が出てきます。その中で果たして半沢がどう攻勢をかけていくのかが見所となっています。
 半沢は支店長との対立の中でどうにかして貸付金の回収を図ろうと奔走します。支店長の策略によって銀行での立場が危うくなっているというのに、支店長に頭を下げない反骨心旺盛な半沢に、同じサラリーマンとして拍手を送りたくなります。現実の会社の中では正義がこちらにあろうと、上司に反抗なんてなかなかできないことを、本の世界で見事にそれを行う半沢に自分を重ねて、大いにストレス発散です。
 しかし、金融の世界というのは本当に凄い世界ですね。半沢といえども、聖人君子ではありません。単に正義を振りかざすのではなく、何が銀行にとってプラスになるかを基準に考えているようです。ラストの落としどころは、まさしくそれが自分にとっても、そして銀行にとってもいいと信じているからのことでしょう。凄い自信です。
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オレたち花のバブル組  ☆ 文春文庫
 前作で支店長との取引により営業第2部の次長に栄転となった半沢。今回、半沢は頭取の命令で法人部が担当していた老舗ホテル・伊勢島ホテルを担当することになる。伊勢島ホテルは、本業以外で資金運用に失敗し巨額損失を出していた。そんな折、銀行に金融庁の検査が入ることになる。検査で伊勢島ホテルへの融資がアブナイと分類されると、銀行は巨額の引当金を計上することになり、東京中央銀行の業績を直撃するため、半沢は検査対策に追われるが・・・。
 半沢と金融庁のエリート検査官黒崎との攻防や相変わらずの銀行内部での足の引っ張り合い中、「基本は性善説、やられたら倍返し」がモットーの半沢が、銀行内部の悪を暴き、金融庁の鼻持ちならないエリート検査官の鼻をあかす過程に読んでいてすっきりとします。特にオネエ言葉の黒崎との攻防は、はらはらドキドキの連続で、ページを繰る手が止まらないおもしろさです。
 でも、その結果が次作の「ロスジェネの逆襲」に繋がるとなると、なかなか普通のサラリーマンはこうはいきません。最後に大きな決断をした半沢の同期の近藤と同じような行動を取らざるを得ない気がします。自分一人ならともかく、家族という大きな荷物を背負っている男としては、半沢になることはできません。だからこそ、今回もまた半沢の生き方に胸がすく思いがするのでしょう。
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七つの会議  ☆ 日本経済新聞出版社
 サラリーマンとして読み応えのある作品でした。会社という組織の中で生きる個人として、考えさせられました。
 物語は、万年係長の八角が出世競争を突き進む上司の課長・坂戸をパワハラで社内委員会に訴えたことから幕を開けます。誰もが、非は仕事に熱意のない万年係長の八角にあると思っていたのに、なぜか社内委員会が出した結論はクロ。坂戸の後釜に指名された原島は、納得できずに八角に事実を尋ねるが・・・。
 8話からなる連作集です。というより8人を主人公にひとつの物語が描かれるといった方がいいでしょう。それぞれの主人公は40代の営業課長、取引先の町工場の社長、20代の事務職女性、30代の経理課長代理、40代のカスタマー室室長、50代の営業部長、親会社からの出向役員、そして最後の8話目は単行本化に当たって書き加えられたそうで、この物語の鍵を握る50歳の万年係長です。
 実績も申し分なく、人柄もいい坂戸が、なぜパワハラでクロとなったのか、原島ら8人の様々な人物を主人公にしながら、次第にその理由へと迫っていきます。読み始めた当初は、てっきり万年二番手の原島が秘密を暴いて社内での地位を築いていくのかと思いましたが、ストーリーは予想もしない方向へ向かいます。不可解なパワハラ騒動の裏に何が隠されているのか、ミステリー風味もあって、面白くていっき読みです。
 サラリーマンとして同じ立場に立たされたとき、いったい、原島になるのか八角となるのか、それとも他の人物となるのか、自分の身に置き換えて考えてしまいます。サラリーマン必読です。
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シャイロックの子供たち  ☆ 文春文庫
 (ちよっとネタバレ)
 東京第一銀行長原支店を舞台に、そこで働<銀行員たちの人間模様を描いた連作短編集かと思ったら、違いました。途中までは、パワハラを繰り返す上司、ノルマとパワハラ上司に苦しめられる部下、同僚との出世争いに心穏やかでない者や支店内の人間関係に苦しむ者など、池井戸さんお得意の銀行の内幕が描かれていきます。銀行というところでは働きたくないなあと思って読んでいたら、中盤、本店人事部次長が語り手となった話から、単純な銀行の内幕ものではなく、支店内での100万円の紛失、そしてその紛失事件を調べていた行員の失踪と、ストーリーはミステリの様相を帯びていきます。
 果たして支店の中で何が起きているのか。それまで描かれていた銀行内の状況が単に銀行の日常を描いただけではなく、実は支店の中で密かに行われていたある犯罪の伏線であるとは、いやぁ〜池井戸さんにやられました。
 また、第7話の「銀行レース」は、その話単独でもミステリとして切れ味抜群の作品となっています。見事などんでん返し。脱帽です。
 ラストにも読者に考えさせるひと捻りもあり、おすすめの1冊です。
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かばん屋の相続   文春文庫
(ちょっとネタバレ)
 池井戸作品らしい銀行員(表題作は信金の行員ですが)を主人公にした6編が収録された短編集です。池井戸さんの作品がおもしろいのは痛快無比なラストにあると思うのですが、今回のこの短編集では、ちょっと苦いラストの作品も含まれています。
 冒頭の「十年目のクリスマス」は、10年前に倒産した取引先の社長がデパートで豪勢な買い物をしたのを見た主人公の銀行員が、彼のその後を調べ始めるが、そこには意外な事実が・・・。冷酷な銀行という世界を描く池井戸さんにしては、温かなラストで締めくくっています。
 「セールストーク」は、「うちが貸さなければどこの銀行も貸せません」がモットーの銀行員が主人公。顧客の赤字続きの印刷会社の融資を支店長から反対され、融資を断ったが、社長はどこからか資金繰りをしてくる。果たしてどういうからくりがあったのか・・・。ラスト、主人公が嫌な上司へのしっぺ返しをするところは痛快です。この短編集の中で一番池井戸さんらしい作品らしい痛快な1作です。
 「手形の行方」は、日頃から「ミュージシャン志望。銀行の仕事はそれまでの腰掛け」と言って憚らないクセのある部下が集金してきた手形を紛失してしまう。手形はどこに消えたのか・・・。手形の行方に右往左往させられる主人公の中間管理職があまりにかわいそう。こんな部下は持ちたくないと思わされる作品です。
 「芥のごとく」は、女傑の女社長に惚れ込んだ銀行員二年目の主人公が、どうにか会社を建て直そうとするが・・・。これは苦いラストでした。
 「妻の元カレ」は、銀行員を主人公にしていますが、この短編集の中では異質といっていい作品です。銀行の仕事に関わる話ではなく、夫婦の問題を描いた作品になっています。妻が隠していた元カレの、会社を設立したとのハガキを見つけたことからから、夫は妻の行動に疑問を抱き始めます。ラストの妻の言葉を待つ夫は辛いですよねぇ。男からすれば、夫があまりにかわいそうで、「もう、そんな妻はこちらから三行半を突きつけてしまえ!」と言いたくなる作品です。
 表題作の「かぱん屋の相続」は、かばん屋を経営する父親が残した遺言に、店は仕事を手伝っていた二男ではなく、家業を嫌って銀行員になった長男に譲ると書いてあったことから起る騒動を描きます。実際にあったかばん屋の相続騒動をモデルにしているようです(実際の騒動では遺言書が偽造とされたようですが、この作品ではその点については言及されません。)。信用金庫に対し、雑金と馬鹿にする元大手銀行出身の長男が本当に嫌な人間です。どうして、こんな長男に後を継がせるのかと、どんでん返しを期待したら、なかなか気分爽快なラストでした。やはり、池井戸さんはおもしろい。
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不祥事 講談社文庫
 かつて融資係として名を馳せながら上司とそりが合わず、営業に回された経験から、上司に対してちょっとヘタレな東京第一銀行事務部の調査役、相馬健とその部下で“狂咲”とあだ名されるほど気の強い花咲舞のコンビが、問題のある支店に臨店指導に入って直面する様々な問題を描く7編からなる連作短編集です。
 7編は、ミスが多い支店の背景にある理由を暴く冒頭作から、調査に臨んだ支店を巡って画策される犯罪、得意先の御曹司を鼻にかけやりたい放題の問題行員、悪質な金融庁調査官と内部告発、花咲に仕掛けられた罠と詐欺事件、過払いの裏に隠された真実、企画部長に届けられた彼岸花の謎、得意先の給料振込データの紛失事件を巡っての花咲と相馬の活躍(ほとんど花咲ですが)が描かれていきます。銀行を舞台にしていますが、背景にはどんな会社にもありそうな、いじめや嫉妬、勢力争いなど人間くさいものが流れています。
 とにかく、入行5年目でありながら、正しいと思えば歯に衣着せぬ物言いで上司にももの申す花咲舞という弦烈なキャラに話に引き込まれます。怒ると男性行員であろうとビンタも喰らわすという剛の者です。そんな若い女性がそこまでできるのか、リアリティがないとも思いますが、そこは物語の世界。これくらいでなければ読んでいてスッキリしません。
 それぞれのエピソードの他に、全体を通して、花咲だちと将来の頭取候補と言われる企画部長の真藤とその一派との確執が描かれているのですが、真藤一派との決着があのラストでは、ちょっともの足りません。続編を期待したい1作です。
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民王   文春文庫
 今まで読んだ池井戸作品とはまったく毛色の変わった奇想天外、抱腹絶倒の物語です。
 総理大臣とその大学生の息子の心が突然、入れ替わってしまいます。この息子が学校にもまともに行かないで遊び呆けている馬鹿息子。この馬鹿息子が総理大臣になってしまい、漢字もろくに読めないで国会答弁で大きな失態を見せてしまいます。なぜこんなことが起きたのかとあたふたしているうちに、また身近な人にも入れ替わりが起こり、大混乱になります。果たして、この混乱の行方は・・・。
 二人の人物の心が入れ替わるという話は、よくあります(例えば大林監督の「転校生」は、男子中学生と女子中学生が入れ替わってしまうという話でした。)。このテーマでは、入れ替わる二人の違いが大きいほど、おもしろさが増していきます。今回は老人と若者、それが総理大臣とおバカな大学生ということで、そのギャップが大いに笑いを引き起こします。
 でも、池井戸さんの作品ですから、単に笑いだけではありません。漢字を読めない総理大臣というのは、秋葉原の若者にも人気があるというところからしても、間違いなく先の自民党政権時代のA元総理のエピソードをモデルにしているように、今の政治への皮肉をたっぷり含んでいます。
 ラストには、お互いを理解していなかった父子が、相手の立場で行動する中で、分かり合うようになるという、ハッピーエンドも用意しており読後感も爽快です。池井戸ファンだけでなくおすすめの作品です。
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ようこそ、わが家へ  ☆ 小学館文庫
 銀行から取引先の会社の総務部長として出向している倉田太一。池井戸さんの他の作品にもありましたが、銀行からの出向は、出世争いのレールから外れた銀行員の片道切符のコース。この作品の主人公の倉田は、人から強く言われたら何も言い返せない、いい意味では人の良い、ストレートに言えば真面目だけが取り柄の気の弱い人物で、これでは出世争いから外れるのもやむを得ない人物です。でも、この人物がたまたま電車を待っている列を無視して割り込んできた男を注意したことから、注意された男による倉田家に対する嫌がらせが始まります。さらには、出向先の会社では、営業部長が関わった取引に不審な点が発見され、倉田は総務部長として彼に対峙しなくてはならなくなります。ところが、営業部長は、見栄えのいいイケイケの男で、社長の信頼も厚いときており、気の弱い倉田は彼に言い込められてしまいます。 会社と家庭の両方で問題が起きた倉田は、果たしてどうするのか・・・。
 僕自身も声の大きいイケイケの男には気後れを感じてしまうタイプで、何だか倉田のことが自分を見ているようでした。気持ちわかるなあと思いながら、「営業部長になんか負けるな!頑張れ!」と、倉田に自分の姿を投影して声援を送ってしまいました。今、テレビでは池井戸さん原作の「オレたちバブル入行組」の主人公・半沢が大人気ですが、彼のように上司にも自信を持って反駁する男は稀です。倉田の方が、僕らに似ています。
 公衆の面前で、人を注意するというのはなかなかできないことです。倉田と同じ状況に立たされた場合、多くのお父さんは見て見ぬふりをしてしまうに違いありません。でも、世の中の普通のお父さんの代表という感じの倉田が一世一代の勇気を出したことに、読者の多くが共感したに違いありません。
 家庭では家族の、会社では部下の西沢摂子の協力を得て、倉田は頑張ります。家族が一丸となって事態に立ち向かっていくなんて、父親として少しは信頼されているからですし、会社でも味方がいるのは、倉田に人間的な魅力がどこかにあるためでしょう。
 最近の世の中は、ちょっと注意をしただけで殺されてしまうという事件も起きていますから、倉田に起こったことも絵空事ではありません。怖いことですね。
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金融探偵 徳間文庫
 勤めている銀行の破綻によって職を失った大原次郎。冒頭の「銀行はやめたけど」は物語の導入部、大原が“金融探偵”として身を立てていくきっかけとなる話を描きます。
 冒頭の話からすると、彼が銀行時代のスキルを活かして、さまざまな金融に関わる問題を解決していく連作短編集かと思いましたが、その後の話は、大原が車ではねてしまい一時的に記憶喪失になっていた女性が病院から失踪、彼女の行方を捜すうちに思わぬ事実が浮かび上がってくる話(「プラスチックス」)、角膜移植手術を受けた人が見る幻覚が、角膜の持主が生前に見た景色ではなかったのかと真相を探る話(「眼」)、画家が死ぬ間際に持主に返してほしいと残したノートの持主は誰なのか、なぜ画家はそのノートを持っていたのかを探る話(「誰のノート?」、「家計簿の謎」)など、「金融」の知識を活かして謎を解き明かすというだけのものとはなっていません。そういう点では、『金融探偵』という題名は、誤解を招くかもしれません。
 池井戸さんの作品にしては、どれもラストはあっけなくて、物足りない感じがします。
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銀行狐 講談社文庫
 「果つる底なき」で江戸川乱歩賞を受賞後の5編が収録された初の短編集です。
 冒頭の「金庫室の死体」は、破綻して清算中の銀行の金庫の中で切断された老婆の頭部が発見される事件を描きます。老婆は破綻前に預金を2億円下ろしており、その行方がわからないことから、その金を狙った者に殺されたのではないかと警察の捜査が進む。なぜ金庫室が犯行現場に選ばれたのかがきっちりと描かれた作品です。
 「現金その場かぎり」では、閉店後、現金が300万円合わないことが判明、銀行内や行員の私物検査をしても発見されない事件を描きます。営業係長の灰原は、あることに気付くが・・・。元銀行員らしい池井戸さんならではの犯行の手口といっていいでしょうか。銀行の業務がわかっていないと考えつきそうもない手口です。
 「口座相違」は、誤った口座に振込をしてしまったことが、ある企みを明らかにすることになる過程を描いていきます。
 表題作の「銀行狐」は、銀行の不祥事担当に持ち込まれた銀行への脅迫メールから始まる事件を描きます。この作品で主人公を演じた指宿は、その後連作短編集「銀行総務特命」で主人公を務めることになります。
 「ローンカウンター」は江戸川乱歩賞受賞後の初の短編として書かれたもので、連続婦女暴行殺人事件の犯人を追う刑事を描きます。銀行や金融とは何の関連もない事件かと思いましたが、「果つる底なき」の主人公・伊木遥も登場し、重要な役割を演じます。これもまた元銀行員の池井戸さんらしい銀行の裏側を知っているが故に書くことができた作品です。
主人公が銀行員だったり、刑事だったり、統一感がある作品集ではありませんが、どれも元銀行員の池井戸さんらしい作品です。
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銀行総務特命   講談社文庫
 短編集「銀行狐」の表題作に登場した、帝都銀行総務部で不祥事を担当する指宿修平を主人公に描いた連作短編集です。銀行を舞台にした顧客名簿の流出、現役銀行員のAV出演疑惑、支店長の妻子の誘拐事件、女子行員に対するストーカー騒ぎ、銀行員の刺傷事件などを描いた8編が収録されています。表面に表われる不祥事から、その裏に隠された更に大きな不祥事を解決していくという体裁を取っています。
 どこにでも権力争いはあるようで、この銀行でも総務部と人事部との確執があります。それを背景に書かれたのが現役銀行員のAV出演疑惑を描いた「官能銀行」。更に不祥事を指宿が指摘したが故に銀行の損失が大きくなったとして、指宿の追い落としが図られた「特命対特命」でも、両部の対決が描かれます。こんな理屈が銀行という世界ではまかり通ってしまうのだから、理解しがたい社会です。
 また、「官能銀行」では、人事部の調査役として美貌の女性総合職の唐木怜というキャラが登場します。彼女はその後指宿の部下としてこの作品集の中で重要な役割を演じていきます。特に 「灰の数だけ」のラストシーンの唐木には惚れ惚れします。美人でスタイルが良くて頭も切れるという三拍子揃った女性を指宿の相棒に据えるとは、池井戸さんちょっとずるいなあ。男性読者の心を上手く掴みます。ラストの「ペイオフ」の罠ではそんな唐木を主人公に、彼女の過去も描く作品になっています。
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仇敵 講談社文庫
 大手都市銀行である東京首都銀行の企画部次長というエリートの道を歩んでいる矢先、ある事件によって銀行を追われた恋窪。彼は今では他の銀行に再就職し、庶務行員を務め、それまでの銀行員生活とは違う生活に満足しているように思えたが・・・。
 「庶務行員」という職は、4年生大学を卒業した男性を中心とした「総合職」や高卒や短大卒の女性を中心とした「一般職」と違って、各支店での雑務を引き受ける職で、出世とはまったく縁のない職だそうです。そういえば、銀行に行くと、店内案内をしている人を見かけますが、あの人たちが「庶務行員」でしょうか。
 各話は、恋窪がかつては都市銀行の銀行員だったこと知った若手行員の松木から持ちかけられる様々な問題を解決する様子を描いていきますが、その中で、恋窪が自分を陥れた人物との闘いに再度臨んでいく様子を描いていきます。
 池井戸作品では組織の中で勝ち抜いていく人を主人公にした作品が多いですが、この作品の主人公は、エリートの道から外れた上に、今では他の地方銀行の出世とは縁のない庶務行員という立場にある池井戸作品には珍しいパターンです。ただ、権力を持って不正を行っていく者に対して、臆することなく闘いを挑んでいくのはいつもと同じです。読後感スッキリです。
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銀行仕置人   双葉文庫
 常務の策略によって、回収不能となった融資をした責任を負わされて、営業第三部次長から“人事部付ぎ”の閑職に追われた黒部。そんな黒部に対し、人事部長の英は常務の不正の証拠を掴むように持ちかけ、臨店調査を名目に証拠を探すために黒部を各支店に派遣する。
 閑職に追われたことで、自分より下の職の者に、見下されたような態度を取られるのは辛いですね。そのうえ、仕事が社員名簿の修正では、飼い殺しと同じです。実際の銀行員であった池井戸さんの書くことですから、こういうことも事実でしょうし、銀行に限らずありそうです。
 ストーリーとしては、詰め腹を切らされた銀行員が、自分をはめた策略に気付き、銀行内で不正を行っている権力者に対し、半沢直樹ではないですが、倍返し、1O倍返しをする話です。遥か昔の時代劇の「必殺仕置人」ではないですが、題名どおりに黒部が臨店した支店で不正を行う者に仕置きする中で、次第に自分を陥れた者に迫っていきます。
 しかし、この作品では銀行内の不正や権力争いにとどまらず、闇の世界を牛耳る男の登場もあり、殺人事件も起きます。半沢直樹のように上司に楯突くのは職を失うだけにとどまらず、命までが危うくなります。そういう点では、半沢直樹シリーズより、もっと闇の部分を描いた作品です。
 この作品にも「銀行総務特命」と同様、途中から黒部の手足となって活躍する才色兼備の女性・北原有理が登場します。主人公に自分の身を重ねる男性読者としては、ちょっと嬉しいです。
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株価暴落 文春文庫
 業績不振のスーパーチェーン・一風堂に融資を行うか否かで揺れる白水銀行。審査部の板東は融資に懸念を示し、融資を行うべしとする企画部の二戸と対立する。そんな折、一風堂の店舗に仕掛けられた爆弾によって死傷者が発生する。犯人は一風堂の業務の清算を要求し、一風堂の株価は一気に暴落する。
 物語は、銀行内の融資賛成派と融資見送り派の勢力争いとともに、一方で爆弾事件の犯人を追う刑事を描きながら進んでいきます。銀行内の派閥争いを描いているのはいつもの池井戸作品ですが、死傷者を出した爆破事件がどう絡んでくるかという点がこの作品のポイントです。そのため、他の銀行を舞台にした池井戸作品と違って、一方のストーリーの主人公は銀行員ですが、爆弾事件解明のストーリーの主人公には刑事が据えられています(当然でしょうけど)。
 捜査が進む中で事件の容疑者として、銀行を恨む青年が浮上してきますが、真相は思わぬところにありました。動機としては考えられないではないですが、果たしてあの人物が金のためであれば、ここまでするのかは疑問。
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銀翼のイカロス  ☆  ダイヤモンド社 
  半沢シリーズ第4弾。今回半沢が取り組むのは日本の航空業界のフラッグシップである航空会社の再生です。これは近年、経営危機に陥った日本航空の再生を念頭に置いて書かれたことは間違いありません。
 中野渡頭取の命によって、それまで審査部が担当していた帝国航空の再生計画を担当することとなった半沢。苦労して再生計画を立てたが、政権が交代し、新しく国土交通大臣となった白井は、私的諮問機関タスクフォースを立ち上げ、それまでの再生計画を白紙とし、新たな再生計画を立てることを宣言する。タスクフォースのリーダーとなった弁護士の乃原は銀行団に対し、債権の7割を放棄するよう求めるが、半沢はそれに猛反対する。
 今回の半沢の敵は元テレビのアナウンサーで上昇志向を隠さない女性議員で国土交通大臣の白井、そしてその裏で糸を引く党の重鎮の箕部という政治家というこれまで以上に強力な敵です。さらに、ある理由から銀行憎しと考えている弁護士の乃原や、もちろん、銀行内の派閥争いから半沢に反対する勢力も半沢の追い落としを画策するなど、逆転又逆転の展開にページを繰る手が止まらずいっき読みです。
 たかが(!)銀行の営業部次長に過ぎない半沢が政治家相手に彼らをやり込めるシーンには拍手喝采です。いつもどおり、強いものに巻かれず、銀行員としての正義を貫き通す半沢の姿にサラリーマンとして溜飲の下がる思いがします。
 テレビでは片岡愛之助さんが演じて大きな評判を呼んだオネエ言葉の金融庁の役人、黒崎がこの作品でも登場し、ねちねちと半沢をいびりますが、これがちょっと意外な展開になります。それにしても毎回そうですが、銀行内の派閥争いが、そんなことまでするのかというくらい凄いですね。
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下町ロケット2 ガウディ計画  ☆  小学館 
 相変わらず、おもしろいですねぇ〜。勧善懲悪だとわかっていながら、この先どうなるのだろうと、わくわくドキドキで、ページを繰る手が止まりません。テレビ放映中ですから読みながら頭の中に佃役の阿部寛さんや財前部長役の吉川晃司さんたち出演者の顔が浮かんできます。ストーリーにスピード感があっていっき読みでした。
 今回、佃製作所が取り組むのは心臓の人工弁の開発です。指導教授に自分の実績を横取りされて地方の大学に飛ばされた一村教授、心臓病で亡くした娘への愛情と後悔から人工弁の開発を支援する地場の繊維会社の桜田とともに、開発を邪魔する医学界の重鎮やライバル企業に立ち向かいます。
 ライバル企業となる「サヤマ製作所」の椎名社長は、NASA出身のエリート技術者。ロケットエンジンの開発技術者であったが挫折を味わっている佃とは対照的で、判官贔屓の読者としては「佃、頑張れ!」と応援したくなります。この辺りの設定は、池井戸さん、うまいですねぇ。
 仕事に行き詰まった開発チームの立花らが、心臓病で苦しむ子どもたちを見て、何のために仕事をするのかを自覚する場面は感動です。
 大きな相手に対しても、自分を、そして仲間を信じて立ち向かう佃社長以下佃製作所の面々に大きな拍手です。読み終わった後の爽快感は何とも言えません。 
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花咲舞が黙ってない  ☆   中公文庫 
 テレビで杏さんが演じて人気を博した「花咲舞が黙っていない」。元々は「不祥事」という作品を原作にしたものでしたが、今回は逆にテレビから題名をそのまま取り、花咲舞の活躍を描くシリーズ第2弾となっています。「不祥事」を読んだときと違ってテレビの影響が大きくて、読みながら杏さん、上川さん、塚地さんの顔が浮かんでしまうのは仕方のないところです。
 舞台となるのは、バブルが弾けて銀行は不良債権を抱え、経営不振に喘ぎ大型合併が進められていた1990年代です。この作品にには、花咲舞が働く東京第一銀行と産業中央銀行との合併の話が底流に流れていて、なんと、「オレたちバブル入行組」で登場する以前の産業中央銀行時代の半沢直樹が顔を出します。花咲舞との直接対決という訳にはいきませんでしたが、池井戸ファンとしては嬉しいですよねえ。
 今回も銀行合併という背景の中で、様々な不正に挑む花咲舞と、彼女に引きずられて渋々行動する相馬が描かれます。狂咲と相馬にあだ名されるだけあって、派閥力学など問題外、正しいと思ったことに相変わらず怖いものなしに突き進んでいく花咲が同じサラリーマンとしては羨ましい限りです。僕らができるのはまあ頑張っても相馬くらい、いやそれも無理でしょうね。
 昇仙峡玲子というキャラが登場しましたが、この作品だけで舞台から去るのではもったいないキャラです。 
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陸王  ☆  集英社 
 埼玉県行田市にある老舗の足袋製造会社の「こはぜ屋」。年々売り上げが減っていく中で、新たな事業を模索した社長の宮沢紘一は、ランニングシューズの開発を思いつく。しかし、ランニングシューズの業界は大手スポーツメーカーの独占状態。そこに食い込もうとする宮沢の前に大手スポーツメーカーが立ちはだかる。資金や人材不足を克服しながら、かつて箱根駅伝で活躍しながら、現在はダイワ食品の陸上競技部で低迷する茂木に開発したシューズを履いてもらおうとするが・・・。
 大手スポーツメーカーに対して、従業員20名の小さな老舗の足袋屋が戦いを挑んでいくという池井戸さんらしい読後スカッとする作品に仕上がっています。途中で「もうダメか」というところまで突き落としておいて、そこから皆の協力で這い上がって、最後は成功を収めるという、ストーリーとしてはありふれているのですが、池井戸さんのリーダヴィリティにページを繰る手が止まりません。宮沢以外にも、なかなか就活がうまくいかない息子の大地、箱根駅伝で頂点に立ちながら今ではライバルからも無視されて苦しむ茂木、更には足袋の縫い子であるベテランの正岡あけみらのキャラも立っていて、感情移入がしやすいところもページが進む理由かもしれません。
 購入してから積ん読ままでしたが、TBSテレビで役所広司さん主演で放送されるのに合わせて読み始めましたが、あっという開に読み終えることができました。どうしても読みながら宮沢の姿に役所広司さんを重ねてしまうのですが、役所さん、適役でした。 
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下町ロケット ゴースト  ☆  小学館 
 中小企業佃製作所の社長・佃とその部下たちの奮闘ぶりを描く下町ロケットシリーズ第3弾です。
 佃製作所は小型エンジンを供給していた農機具メーカーから新型エンジンの採用計画を白紙に戻されたうえ、既存製品の発注量も減少される。メーカーが発注先を低価格で急成長している会社「ダイタロス」に乗り換えたためだった。佃は将来を考え、トランスミッション分野に参入することを考え、まずはトランスミッション用のバルブからと取引先に紹介された最近業績を伸ばしているベンチャー企業の「ギアゴースト」のコンペに参加する。「ギアゴースト」は、かつて帝国重工で窓際に追いやられていた伊丹と島津が興した会社であった。コンペに勝った佃製作所だったが、「ギアゴースト」は外資系企業からかつて佃製作所も直面した特許侵害で訴えられる。一方、佃製作所がロケット用のバルブを供給している帝国重工は買収したアメリカの原子力会社に多額の不正計上が見つかり、その損失計上もあって赤字に転落、業績不振の責任を取って藤間社長が引責辞任の方向で、彼が力を入れていた「スターダスト計画」も打ち切られる恐れとなっていた。
 この作品は今月(30.9)発売となる「下町ロケット ヤタガラス」の前編ともいえる作品です。この作品では、「ギアゴースト」のコンペを目指す技術者の軽部と「ガウディ計画」で活躍した立花と加納の3人が頑張る姿は描かれますが、“ロケットバルブ”や“ガウディ(心臓の人工弁)”のように、その製作がストーリーの主ではなく、山場となる特許訴訟は佃製作所は第三者の立場で当事者ではないので、そんな深刻さはありません。佃製作所のトランスミッション分野への参入という新しい挑戦に対し、それに立ちふさがる「ダイタロス」と「ギアゴースト」という会社との闘い、帝国重工の「スターダスト計画」終了による佃製作所のロケットバルブ製造の今後など佃製作所の本当の闘いは「ヤタガラス」で描かれるのでしょう。
 新しいキャラとして帝国重工を恨む「ダイタロス」の社長・重田や伊丹、島津が登場してきましたが、中では島津が後編の大きなカギを握りそうな気がするのですが・・・。後編となる「下町ロケット ヤタガラス」が待ち遠しいです。 
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下町ロケット ヤタガラス  ☆  小学館 
 下町ロケットシリーズ第4弾。「下町ロケット ゴースト」の続編になります。
 帝国重工で「スターダスト計画」を指揮していた財前はロケット開発部門から外れたが、新たに農業機械分野への参入を図る。佃製作所は財前が推進する無人農業ロボットのエンジンとトランスミッションを製造することとなり、このことにより、会社の窮地を助けた佃製作所を裏切ったギアゴーストの伊丹と彼が手を組んだ小型エンジンメーカーのダイタロスの重田が推進する無人農業ロボット計画“ダーウィン・プロジェクト”と対峙することとなる・・・。
今回は、ダイタロスとギアゴーストは中小企業連合軍を結成し、超大企業である帝国重工に対抗するという形をとるので、世間的にはダイタロスとギアゴースト側に判官びいきがあるという、帝国重工側である佃製作所にとっても厳しい立場に立たされます。その中で、前作で伊丹と袂を分かってギアゴーストを辞めた島津が重要な位置を占めることとなります。
 伊丹と重田が復讐を誓う帝国重工の的場は、手柄はすべて自分のもの、責任はすべて部下に負わせるという、上司としては最低の男であり、それからすれば伊丹と重田に勝たせたいと思ってしまいます。しかし、帝国重工の負けはそのまま佃製作所の負けでもあるので、さて、池井戸さんはそこをどう料理するのだろうと思っていたら、見事に読者に応えてくれましたね。
 帝国重工内の会長、社長、専務等の権力争いも面白く読みましたが、一番策士だったのは、宇宙航空部本部長の水原でしたね。どちらに転んでもいいように保険をかけておくという、出世競争に勝ち抜くサラリーマンのある意味鏡です。
 相変わらず、佃製作所に様々な危難がもたらされ、いったいどうなるだろうとページを繰る手が止まりません。佃製作所を裏切ったギアゴーストには天誅(!)が下されなければ気が済まないと思って読んでいたのですが、あの結末に読了感すっきりです。 
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アルルカンと道化師  ☆  講談社 
 明日最終回を迎えるTBSドラマ「半沢直樹」後半の原作は「銀翼のイカロス」ということで、半沢直樹が対決するのは大物政治家という巨大な敵ですが、今回の作品は、原点回帰なのか、舞台となるのは「オレたちバブル入行組」のときと同じ、まだ半沢が大阪西支店の融資課長のときの話です。顧客を客とも思わず、銀行内での自分の昇進のための道具としてしか考えない銀行マンに対し、半沢は銀行員としての在り方を突き付けます。
 東京中央銀行はときの頭取のM&Aの強化の方針のもとに、業務統括部の部長・宝田は取引先の急成長したIT企業ジャッカルの社長・田沼の意向で、大阪西支店の取引先である美術関係の出版社の仙波工藝社の買収を進めようとする。折しも仙波工藝社は企画展の中止もあって資金繰りが苦しく、大阪西支店に融資を申し入れていた。しかし、宝田はこの融資に横やりを入れ、買収をしようと図る。半沢はかつて仙波工藝社の社長が資金を融通し、その後倒産した亡き伯父の会社の話を聞き、伯父の妻に残されたビルを担保に利用させてほしいと頼み込むが・・・。
 久々に自分のミスを部下のせいにする浅野支店長が登場します。今回浅野は取引先との大事な会合を半沢任せにし、取引先から“逆選”(融資を返済して取引を打ち切り他行にメインバンクを変えること)に遭い、その責任をすべて半沢にかぶせようと画策します。更に半沢の仇敵である業務統括部の宝田の指示で仙波工藝社への融資に反対します。そんな浅野ですが、半沢にはもちろんかないません。今回も半沢は、上役が誤っていると思えば、本部の査問委員会に呼ばれても、臆することなく自分の意見をきちんと言い、危機を乗り切るところはいつもどおりです。長い物には巻かれるサラリーマンとしては羨ましい限り。
 おなじみとなった「倍返しだ」のセリフも登場し、半沢ファンには楽しい一冊となっています。ただ、やはり敵役は小物という感じが強いです。仕方ないですねえ。テレビの大和田をはじめ敵役の役者が強烈なキャラですからねえ。 
 今作では帯にもあるように、ある絵画の謎解きに挑む半沢という“名探偵半沢”の一面も楽しめます。
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