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伊井直行の本棚

  1. 青猫家族輾転録
  2. 尻尾と心臓

青猫家族輾転録 新潮社
 主人公は51歳の男。中堅商社に入社した男に降りかかる社内抗争の波と、それに伴うリストラで独立して会社を興し奮闘する中で一人娘の不登校や夜遊びに悩む普通の父親です。
 僕自身まだ50代にはならないが、帯に書かれた「僕は50歳、色々あったけど「失われた10年」と呼ばれた1990年代をナントカ僕なりに乗り越えたー」という文句につい手に取ってしまった作品。そして1ページ目を読んで、もうこれは買うしかないなと思ってしまった作品です。とにかく、出だしの1ページ目のユーモア溢れた文章に引き込まれてしまいました。「50過ぎの人間が自らを僕と称し、〜」のところなんて、自分もこうしてサイトの中では“僕”と称しているので(もちろん、サイト以外では“私”と称しますが)、そうだよなあと頷いてしまいました。
 しかし、この主人公、会社を辞めるのも実力がなかったせいではないし、退職後もしっかりノウハウを生かして会社を興しているのですから、決して負け犬ではないし、そういう点では非常にバイタリティのある男です。それに、娘の不良化(?)に対し、突き放さずに一人の人間としての娘を尊重しながら、奮闘する姿は格好良すぎますね。社会人としても家庭人としても真似はできないですね。
 そのうえ、“桃ちゃん”というかつては好きであったが、今は良き友人である女性がいるなんてうらやましい限りです(^^;
 この話は亡き叔父に向かって書くということで、若いときの叔父との交流や、叔父の奇妙な性的体験が挿入されていますが、それが現在の彼の社会人や家庭人としての生活にどう関わってきているのか、彼にとって叔父の存在は大きいものであるのはわかるのですが、ちょっと理解できませんでした。
 かつて自分を裏切った友人が癌で死が間近なことに素直にかわいそうと思えない感情はよくわかりますね。相手が死の床にいようが、そんなに簡単に許せないものも当然あるでしょうから。
 内容は暗いものでありながら、ユーモアのある読みやすい文章で(帯に書いてあるとおり!)、一気に読んでしまいました。
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尻尾と心臓  講談社 
 作者の伊井直行さんには「会社員とは何者か? 会社員小説をめぐって」という本があるそうです。今回のこの作品は、そんな伊井直行さんの考える“会社員”を描いたものといえるのかもしれません。
 九州に本社のある食品問屋「柿谷忠実堂」の社員である乾紀実彦は社長から社長の肝いりの新規事業である営業支援システム「セルアシ」の開発のために東京にある子会社「カキヤ」への出向を命じられる。一方、外資系経営コンサル会社から柿谷グループのIT関連の子会社に転職してきた笹島彩夏も「セルアシ」の開発のために「カキヤ」に派遣される・・・。
 ひとことで言えば“お仕事小説”です。子会社と言えば当然親会社の言うことを聞くというのが当たり前の考えですが、「カキヤ」の社長はほとんど休眠状態だった関東支社を自らの力で大きくしたということもあって、親会社には批判的。更には古参の社員たちは親会社から来た乾には冷たく、居心地がよくありません。単身赴任で家族と別れ、会社内は敵ばかり。プロジェクトトチームの一員である笹島ともしっくりこないという、サラリーマンとしては本当に辛い立場です。乾の立場なら出社拒否になりそうです。
 更には「カキヤ」には今の会社にはない家族的な雰囲気があって、時間外には「メッセ」と呼ばれる自主的な集まりがあり、会社の人とはあまり関わり合いたくないという身にとっては、これも辛いです。昔は生活も仕事も一緒というのが当たり前だったのですが、ワークライフバランスが言われる現在とは逆行していますね。自由参加だと言いますが、社長発案の集まりこ参加しないのもなかなか勇気がいることです。
 普通のお仕事小説であれば、最初はうまくいかなかったものが、しだいに皆の賛同を得て、最後は大成功に終わってばんばんざいというのが、パターンですが、この作品はちょっと違います。しだいに「メッセ」にも参加するようになる乾に対し、笹島は参加を拒否しますし、システムも順調には進みません。果たしてこれからどうなるのかが気になってしまいます。思うところがあって有名コンサルから小さな会社のそれも子会社に転職した笹島より、やはり、離れている家族を思い、嫁、姑問題に悩み、会社を首になるのではないかと恐れる乾に共感しながら読み進みましたが、これでは消化不良です。 
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