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五十嵐律人の本棚

  1. 法廷遊戯
  2. 不可逆少年
  3. 原因において自由な物語
  4. 魔女の原罪
  5. 嘘か真言か

法廷遊戯  講談社 
 第62回メフィスト賞受賞作です。
 物語は1部と2部に分かれ、1部では法都大ロースクールの中で行われる「無辜ゲーム」と、主人公・久我清義と同じ法都大ロースクールの学生であり、同じ養護施設出身の滝本美鈴へのストーカー事件が描かれます。
 「無辜ゲーム」とは、法都大ロースクールで時折行われる模擬裁判ゲーム。ゲームの加害者は刑罰規範に反する罪を犯し、サインとして天秤を残す。被害者は密告するか、耐え忍ぶか、ゲームを受けるかの三択が突き付けられる。この無辜ゲームで審判者を務めるのが結城馨。彼は世間的に評価の高くないこの学校にあって既に司法試験に合格しているほどの秀才であり、それゆえに彼が審判者を務めることが学生間で暗黙の了解となっていた。今回の告発人は主人公の清義。彼は養護施設にいたときに施設長をナイフで刺し、少年院に入所した過去があったが、それを同級生によって暴露され名誉を毀損されたと告発する。その後、無辜ゲームの決着がついたころから、美鈴の住むアパートの玄関ドアの覗き穴にアイスピックが突き立てられていたり、郵便受けに脅迫文が入っていたりなどのストーカー行為がなされ始める・・・・。
 第1部のラスト、ある人物が胸にナイフを突き立てられ死んでいるところに、血で衣服が真っ赤になった美鈴がいたことから、第2部では司法試験に合格し、弁護士になった清義が美鈴にかけられた殺人犯の汚名を注ごうと美鈴の弁護をする法廷劇が描かれます。
 物語は「無辜ゲーム」という耳慣れない名前にどうしても強い印象を受けますが、それだけでなく清義と美鈴の児童養護施設時代の暗い過去、痴漢詐欺未遂の女子高生との関わり、ストーカー行為の犯人として登場する強烈な印象を持つ男との関係、更には墓荒らしとして逮捕された男の過去等々盛りだくさんの話が登場し、それらがやがてひとつの真実を浮かび上がらせていきます。ラストに見せる捻りは予想がつきませんでした。
 作者の五十嵐律人さんは、現在司法修習生。司法試験に合格し、司法修習をしながら小説を書いてしまうのですから、凄いとしか言わざるを得ません。 
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不可逆少年  講談社 
 メフィスト賞受賞作「法廷遊戯」に続く第2弾です。
 主人公は家庭裁判所の調査官・瀬良真昼。彼が担当するのは3人の男性を惨殺、自分の姉までも毒殺しようとし、更にこれらの犯行をネット上にあげた13歳の少女。刑法上14歳にならないと罰することはできない少女を瀬良はやり直させることができるのか。
 少年が残酷な犯罪を犯すたびに少年法の改正が叫ばれます。刑法で罰することができる14歳というハードルを下げようというものです。かつて16歳だったものを14歳に下げましたが、まだ下げようという意見もあります。14歳にならない者が刑事未成年となるのは、まだまだ教育してやり直しがきくからだという趣旨だと思いますが、そもそもこの作品にも登場するような、人を殺すこと、傷つけることが悪いことだと理解できない少年にそれらがやってはいけないことだと理解させることができるのでしょうか。瀬良は「人生を諦めるには、14歳は早すぎる」として、「僕は、絶対に君たちを見捨てない」と言います。しかし、少女は「社会に戻ったら、また人を殺します」と言います。この物語は非常に難しい問題提起をしています。
 ミステリーとしては、少女が犯行の際に狐のお面をかぶっていたのはなぜなのかという謎解きはなかなかのものでした。
 前作は司法修習生の際に書かれたようですが、プロフィールを見ると、東京第一弁護士会所属ですから、弁護士になられたのですね。 
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原因において自由な物語  講談社 
 物語は冒頭、「彼女を殺すために、僕は廃病院の敷地に足を踏み入れた」という不穏な一文と廃病院の屋上から飛び降りる少年の描写から始まり、高校の写真部に所属する佐渡琢也の物語とミステリー作家である二階堂紡季こと市川紡季の物語が語られ、やがて二つの物語が一つになるという構成になっています。
 交通事故により、鼻の形が歪んでしまった高校生の佐渡琢也はクラスメートからピッグと揶揄され、いじめを受けていた。必ず部活に入らなければいけない高校で、クラスからはみ出てしまった者が集まるのが写真部。佐渡もそこに属し、2年生はほかに永誓沙耶と朝比奈憂の二人の女生徒が所属していた。一方、二階堂紡季こと市川紡季は小説家。デビュー後しばらくしてスランプに陥ったが、しばらく前から恋人である弁護士の遊佐想護が考えたプロットを元に作品を発表して人気を博していた。そんなある日、新作として想護から受け取ったプロットをもとに序盤の原稿を編集者の柊木に送ったところ、柊木からこれは1年前の廃病院の屋上からの高校生の転落死事件をモデルにしているものかと問われる。慌てて想護に連絡を取るが、応答がなく、やがて想護が1年前の事件と同じ廃病院の屋上から落ちて重体となっていることを知る。いったい、二つの転落事件にどういう関わりがあるのか、紡季が調べると、想護がこの飛び降りた生徒が在籍していた高校のスクールロイヤーであったことが分かる・・・。
 作品中で述べられるスクールロイヤーは2020年度から全国で配置が始まっているそうです。スクールカウンセラーはともかく、スクールロイヤーという制度は知りませんでした。物語は2026年という、今から5年後の世界を舞台にしていますが、そこではルックスコアというアプリで顔写真をアップロードすると、“顔面偏差値”が表示され、更に「故意恋」という、ルックスコアにより表示された自分の偏差値と同じ偏差値帯の中から抽出した異性のユーザーを理想の相手として提示するサービスが生まれています。5年後には顔の点数化が図られており、それがその人の評価になってしまっているようです。ちょっと恐ろしい世の中です。それに「故意恋」では“美女と野獣”のカップルは決して生まれないでしょうね。
 そんな世界を前提にし、それゆえに起きた事件が描かれていきます。基本的に“いじめ”の問題がテーマになっているのですが、それ以上に作者が言わんとしていることがなかなか理解しがたく、題名の「原因において自由な物語」は刑法の「原因において自由な行為」からきていることは分かるのですが、それが物語の内容とどう関わっているのかが私の頭では分かりませんでした。また、なぜ想護が事件と同じプロットを紡季に渡して彼女に物語を書かそうとしたのかも、いまひとつすっきりとは理解できません。 
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魔女の原罪  文藝春秋 
 物語の舞台となるのは、かつてニュータウンと呼ばれていた新興住宅地の鏡沢町。しかし、バブルが弾けて郊外に拠点を構える不便さが浮き彫りになり、転出者が増えて空き家が目立ち、高齢者が多い町となったが、人口減少を防ぐために転入者に補助金を交付するようになってから移り住んだ人々が混在するようになっていた。母が妊娠中にこの町に移り住んだ高校2年生の和泉宏哉は、この町にある鏡沢高校に通っていた。その高校には生徒を縛る校則はないという点では自由だったが、代わりに入学時には六法が渡され、違法行為を行うと厳しく罰せられることになっていた。今回も、夏体みが終わった集会で、校長から1年生の柴田という生徒が女子テニス部の部室から財布を盗んで2週間の停学処分を受けた旨が発表される。その生徒が学校内で無視されることに疑間を感じた宏哉が、柴田の犯した事件を調べ始めると、やがて今度は宏哉自身が他の生徒から無視されるようになる。そんなある日、宏哉とともに宏哉の父の経営する医院で人工透析を受けていた同級生の水瀬杏梨が行方不明となり、しばらくして全身から血を抜かれた死体となって埋められているのが発見される。警察の捜査により、父の医院で臨床工学技士として働く宏哉の母が犯人として逮捕される・・・。
 行方不明前に魔女のことを話していた杏梨、全身から血を抜かれていた杏梨の死体、刑期満了間近なサイコパスな殺人者の登場などから魔女や吸血鬼など異能な人物が登場する話かとも思いましたが、そうではありませんでした。ただし、舞台となるこの町がある特殊な事情を抱えていたことが次第に明らかになっていき、そこで行われているのが、通常の考えを持っているなら到底理解できないものである点ではある意味異世界を描くストーリーになっているといえます。ある事情を抱えた人々が、そういう事情(ネタバレになるので伏せますが)があるにしても、ある考えに取り憑かれてしまうのは、やはり極端すぎて異常としかいいようがありません。
 そうした考えを断ち切るのが、宏哉の今後ということになるのでしょう。 
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嘘か真言か  文藝春秋 
 日向由衣は任官三年目の志波地裁刑事部に異動してきたばかりの判事補。まだ、単独では裁判官として裁判を担当できず、合議制の左陪席として関わることしかできないが、部長判事の阿古は、合議制の裁判に加わるためには先輩判事補の紀伊真言が嘘を見抜けるか見抜けと課題を出す。紀伊は理系大学院出身でプログラムを組むように淡々と裁判を進め、バグを処理するように有罪判決を宣告するだけでなく、被告人の嘘を見抜けると言われていた。物語は、早く裁判官としての仕事がしたい日向由衣を主人公に、キカイとあだ名される裁判官として一風変わった紀伊真言、そして、いわゆる狸オヤジの役割の部長判事の阿古を登場人物として、高齢女性の万引き、特殊詐欺グループの実行犯の司法取引、無戸籍者が容疑者とされる殺人事件、生成AIによる著作権法違反、在留許可の取消しという5つの裁判が描かれていきます。
 物語の中で由衣が言っているように、裁判は当事者主義、裁判官は審判者という役割に退いて、訴訟活動を国家の代理人である検察官と、犯人とされる市民とそれを支援する弁護上に委ね、視点を変えた双方の主張と立証によって真実を浮かび上がらせようとするものですが、果たして紀伊が嘘を見抜けるのは、当事者主義に反することをしているのか。紀伊が裁判長を務める事件の傍聴をしながら、日向由衣という新米裁判官が裁判官として成長していく姿を描きます。
 また、実はこれらの裁判の関係者が直接、間接に特殊詐欺事件と関わりがあり、それゆえに起きた事件、裁判となるのですが、その内容はどれもが現在問題となっている事項をテーマにしており、それらをどう紀伊が判断するのかも興味あるところとなっています。 
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