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伊吹亜門の本棚

  1. 雨と短銃
  2. 刀と傘
  3. 幻月と探偵
  4. 焔と雪 京都探偵物語
  5. 帝国妖人伝

雨と短銃  ☆  東京創元社 
 先に刊行された「刀と傘」の前日譚です(現在のところ「刀と傘」は未読です。)。薩長同盟が締結されようとしている時、長州藩士が薩摩藩士に京都の稲荷神社の境内で斬られるという事件が起きる。その場に遭遇した坂本龍馬は死体のたもとで血だらけでいた薩摩藩士・菊水簾吾郎を追うが、菊水は逃げ場のない鳥居道から忽然と姿を消してしまう。同盟を前にして長州藩士が薩摩藩士に斬られるということが理由によっては同盟の話が水泡に帰すことになるおそれがあると、龍馬は尾張藩公用人の鹿野師光に逃げた菊水の捜索を依頼する・・・。
 主人公で探偵役である鹿野師光は架空の人物ですが、主要登場人物として坂本龍馬、中岡慎太郎、西郷隆盛、桂小五郎、土方歳三、そして人斬り半次郎として有名な中村半次郎など有名な歴史上の人物が登場するので、大河ドラマを見ているようで読んでいて楽しいです。
 ミステリ的には、最初の犯行現場からの犯人の消失トリックについては、わかってしまうと、「え~そんなのあり!」と思ってしまいますが、それより第二の事件、薩摩藩の鉈落左団次が斬られて首を切り落とされた事件の方が首の切断に犯人の切実な理由があり、犯人にちょっと同情してしまいます。
 最後に置かれた「終章に代わる四つの情景」で登場人物たちのその後が描かれます。坂本龍馬と中岡慎太郎のエピソードは「近江屋」での一シーン。未だに真相がはっきりしない有名な事件が起こるその直前です。 
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刀と傘 明治京洛推理帖  ☆ 東京創元社 
 先に読んだ「雨と短銃」より刊行順は先ですが、話の時系列としては「雨と短銃」より後、幕末から明治に入ってからの話です。「第12回ミステリーズ!新人賞」を受賞した「監獄舎の殺人」を含む5編が収録された連作集です。
 物語は、日本の近代司法の礎を築いたとされる江藤新平と「雨と短銃」で主人公を務めた尾張藩公用人の鹿野師光が5つの事件の謎を解いていく様子を描きます。
 冒頭の「佐賀から来た男」は江藤と鹿野の出会いとともに、佐幕派と討幕派の双方から命を狙われていた男の惨殺事件を描きます。男の居場所を知っていたのは4人の友人だけ。果たして“誰”が“なぜ”を江藤が見事に解き明かしていくのですが、先に「雨と短銃」を読んでいた者としては、あまりに悲しい結末となりました。
 「弾正台切腹事件」は司法改革に反対する京都の弾正台をつぶすために江藤が送り込んだ密偵が、中から戸に支え棒が嵌まって外からは開けることができない密室状態の部屋の中で。腹と首を斬り死んだ事件を描きます。果たして密偵は自殺なのか他殺なのか。江藤がものの見事に他殺であること、密室ではなかったことを証明しますが、和室だからこその密室ですね。
 「監獄舎の殺人」は政府転覆を目論んで逮捕された男が、処刑される日に鹿野師光の目の前で毒殺される事件を描きます。死刑になるその日に、なぜわざわざ毒殺する必要があったのか・・・。個人的に5編の中で一番面白かったのがこの話です。犯人は目星が付くのですが“なぜか”は想像できなかったですね。この作品、これだけでなく、最後にもう一つの事実を明らかにし、鹿野が江藤と袂を分けることになる重要な作品となっています。
 「桜」は倒叙形式の話です。妾が政府高官の自分の男と女中を刺殺し、家に匿っていた元幕臣の脱走犯を射殺し、脱走犯が男と女中を殺し、自分が脱走犯を射殺したと家の前を通りかかった江藤に訴え出る。妾と江藤との攻防のシーンが緊張感あります。
 最後の「そして、佐賀の乱」は征韓論で下野し、その後佐賀の乱を起こすこととなる江藤が、佐賀に戻る途中で京都の鹿野を訪れたときに起こった事件を描きます。鹿野を訪ねて監獄舎に来た江藤を尾行していた密偵が殺害されるが、犯行ができたのは江藤、鹿野ら4人しかいないということで、鹿野は江藤を糾弾する。いやぁ~この事件の裏側にある人物のあんな思惑が隠されていたとは。ラストは予想外のこれまたあまりに悲しい結末でした。
 ミステリとして「密室殺人」や「倒叙ミステリ」、更にホワイダニットが秀逸な「監獄舎の殺人」と、様々な様相の事件で楽しむことができましたし、時代小説としても幕末から明治初期の動乱の時代の雰囲気を味わうことができて、最高に面白い作品でした。
 「刀と傘」という題名は、読み終えてみれば「なるほどな」と思う題名です。
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幻月と探偵  ☆  角川書店 
 江戸から明治になる時代を舞台に書かれた前2作と異なり、今回は太平洋戦争直前の満州が舞台です。
 ある日、探偵の月寒三四郎の事務所に満州国国務院産業部鉱工司長の椎名悦三郎が訪れ、上司である岸信介から依頼があると言われ、岸を訪ねる。岸は、秘書であり退役陸軍中将・小柳津の孫娘・千代子の婚約者である瀧山秀一が小柳津家の晩餐に招かれた翌日に急死したが、どうも毒殺されたらしい、誰がどうして彼に毒を盛ったのか調べてほしいと言い、月寒に千代子を紹介する。その千代子からは狙われたのは本当は祖父ではないか、当日の昼間に祖父あてに銃弾が入った脅迫状が届いていたと言われる。月寒は千代子とともに小柳津邸に向かうが、やがて第二の毒殺事件が起こる・・・。
 事件は満州国という存在あってこそ起こったものです。小柳津邸には、白系露人の居候の女性、満州人の運転手、白系露人のメイド、蒙古人の用人という様々な人種がいましたし、日本人にしても軍人や政商、そして邸の外には憲兵と怪しげな人物がそろっています。
 そのうえ、当時満州の国務院産業部次長であり、後に総理大臣にまでなる岸信介と、その部下で、のちに通産大臣、外務大臣、そして自民党副総裁を務める椎名悦三郎が登場します。東条内閣で重要閣僚を務めながらA級戦犯被疑者となったものの、なぜか不起訴となった、“昭和の妖怪”と綽名された岸信介が関わっているのですから、一筋縄ではいかないストーリーなのは当然です。でも、そんな岸が犯人に手玉に取られるのですから、ラストで岸が慌てふためく様子はフィクションとはいえ痛快です。殺害の方法を考えると、犯人はだいたい想像できてしまうのですけどねえ。 
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焔と雪 京都探偵物語  東京創元社 
 大正時代の京都を舞台に、元警察官で探偵事務所を開いた鯉城武史(りじょうたけし)と幼馴染の共同経営者で露木伯爵の庶子である露木可留良(かるら)を主人公にした5編が収録された連作ミステリです。形式としては、元警察官の錦城が調査を行い、病弱で外出することがほとんどないが、類いまれな観察眼と洞察力を持つ露木が謎を推理するという、いわゆる露木が安楽椅子探偵という形をとっています。
 冒頭の「うわん」では、鯉城は材木商の小石川から、最近買った鹿ヶ谷の山荘に、正体不明の化け物が出るから、寝ずの番をして本当かどうかを確かめてほしいと依頼される。山荘に泊まった夜、錦城は奇妙な音を聞くとともに窓に浮かぶ黒い人影を見る。翌日、山荘に行くという小石川に呼び出された錦城は山荘で小石川と書生の梶の死体を発見するが、山荘は火事で焼け落ちる・・・。
 「火中の蓮華」では錦城がストーカー男に付きまとわれる女性から恋人のふりをしてほしいという依頼を受ける。錦城に追い払われた男は、後日、女性の家に放火し、自分の家で自らに火をつけて焼死する・・・。
 「西陣の暗い夜」では、錦城は西陣の老舗織元の社長に妻の不貞調査を依頼される。しかし、その後、夫婦と社長の弟で専務が惨殺死体となって発見される・・・。
 「いとしい人へ」では、伯爵の庶子としての露木の過去と鯉城との出逢いが描かれます。金貸しを営む老婆が惨殺死体で発見されるが、事件が分かった前の晩に、鯉城は老婆の姿を見ていた。その時間には死んでいたはずの老婆がなぜ?・・・。前話までは錦城が遭遇した事件について安楽椅子探偵としての露木が謎解きをしていくのですが、この「いとしい人へ」で、その謎解きに隠された驚きの事実、露木がなぜ謎解きをするのかの理由が彼の口から語られます。この作品のキモとなる物語です。
 「青空の行方」では、阿武木薬業の創立150周年記念パーティで、社長の妻の親族だという出席者の一人が急死し、更に社長の阿武木幸助が薬で中毒死する・・・。ラスト、自分にとって都合のいい物語を作っただけだと葛藤する錦城のために露木は事件の別の謎解きをするのでしょう。 
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帝国妖人伝  小学館 
 明治から昭和が舞台の作品です。作家の那珂川二坊が遭遇した事件の謎を明治から昭和の時代の著名な人物が解き明かすというパターンの短編が5編収録された連作短編集です。
 幼い頃家を出て行った母が徳川家で女中として働いていると知った男が徳川家に盗みに入った泥棒を捕まえようとしたが、盗人は梯子から落ちて死んでしまう(「長くなだらかな坂」)。
 小説の題材を調べるため奈良までやってきた那珂川だったが、雨に降られ、目指していた茶屋の近くで短刀で胸を突かれて死んでいる男を見つける。佇んでいる那珂川に茶屋から出てきた警視庁の刑事は那珂川を犯人呼ばわりし、男が盗んだ海軍の機密情報を出せと迫る(「法螺吹峠の殺人」)。
 馴染みの新聞社から視察旅行を依頼され、ポツダムを訪れた那珂川二坊は、酒場で”博士”と自称するドイツ人青年に絡まれたところを たまたま店にいた日本陸軍大尉に助けられ、交流するようになる。後日”博士”から元日本陸軍大尉が自殺した事件をあげて日本軍人を馬鹿にされたことから、二人は事件を調べる(「攻撃!」)。
 日本文学報国会から依頼され慰問講演のために上海にやってきた那珂川。中国軍との戦闘が続き、講演会が開催されない中、宿泊先のホテルで陸軍に逮捕され、拘留されていた男が2階の部屋で殺害される。2階から続く非常階段は壊れ、1階には歩哨がいる中、犯人はどこに消えたのか(「攻撃!」)。
 上海から日本に戻った那珂川は敗戦を京都で迎える。ある日、気を失って倒れた那珂川を助けた青年は那珂川に「若しかしたら人を殺したんですか」と尋ねる(「列外へ」)。
 個人的にはミステリとしては「攻撃!」が一番面白かったし、探偵役を務める人物も意外性がありました。でも、それぞれの話の探偵役はその人である必然性は感じられないし、誰でもよかったのではという気がしないでもありません。 
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