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深緑野分の本棚

  1. 戦場のコックたち
  2. ベルリンは晴れているか
  3. この本を盗む者は

戦場のコックたち  ☆  東京創元社 
 舞台となるのは第二次世界大戦中のノルマンディー上陸作戦からのヨーロッパ戦線。主人公はアメリカ第101空挺師団でコックを務めるキッドとあだ名されるティム・コール。ただ、コックとはいえど、それは食事の時間だけで、それ以外は銃を持って戦闘に加わるの
は他の兵隊と変わりはありません。
 この物語は、ノルマンディー上陸後の戦いの中で、彼の周囲で起こる“日常の謎”を同僚のエドが解き明かしていく様子を描いていきます。もちろん、ここでいう“日常”とは僕らの日常とはまったく異なる彼らにとっての“日常”である“戦場の日々”になるわけですが。
 機関銃兵のライナスが兵士たちから使い終わったパラシュートを集めている謎、食料の粉末卵が一晩で大量に消えた謎、自殺したとしか思えない夫婦の手が祈りの形に組み合わされ、拳銃を持っていたようには見えない謎、そして戦場に現れる幽霊の謎がエドによって解き明かされていくわけですが、それほどミステリー色が強いわけでもありません。それより、謎解きはほんの添え物で、主に描かれるのは戦いの中で昨日までは横で笑っていた仲間の姿がある日消えていくという、過酷な戦争の現実です。
 冒頭に置かれた登場人物一覧表に書かれた人物が次々と戦場で命を落としていきます。そうした中で、エピローグで語られるある人物のその後にはよかったと思わざるを得ませんでした。
 初めて読む深緑さんの作品です。ミステリというより、戦場を舞台の人間ドラマといった方が相応しい作品でした。オススメです。 
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ベルリンは晴れているか  ☆  筑摩書房 
 物語の舞台は第二次世界大戦でドイツが降伏した直後のアメリカ、イギリス、フランス、ソ連の四か国による分割統治下に置かれたベルリン。主人公は、アメリカ軍の兵員食堂で働くドイツ娘のアウグステ・ニッケル。彼女は、ある日突然アメリカ兵により、ソ連の管理区域に連行され、ソ連側に引き渡されてNKVD(内務人民委員部)に所属するドブリギン大尉から尋問を受ける。その日、戦争中にアウグステを匿ってくれた音楽家のクリストフが毒入りのアメリカ製歯磨き粉で殺害され、アウグステが事件に関与していると疑われたためだった。アウグステは釈放されるが、闇市にクリストフの甥・エーリヒがいたという証言が出てきて、ドブリギン大尉は彼を疑い、アウグステにエーリヒの居所を探るよう命令する。アウグステは、エーリヒに伯父の訃報を伝えるために、彼がいるであろう映画会社の撮影所のあるバーベルスクに向かう。同行するのは、やはりドブリギン大尉から命じられ、戦時下の映画でユダヤ人を演じていた俳優であった盗人のカフカ・・・。
 章の「幕間」では1942年から敗戦に至るまでの、アウグステと彼女の父母の生活を通して、ユダヤ人や障害者に対する迫害が行われていく様子や戦争が進むにつれ物資の窮乏や親衛隊などによる市民への締め付けなど、戦争というものの恐ろしい姿が描かれていきます。その点はドイツも日本も同じです。差別は悪いことだと頭で分かっていても、国がそれを正しいと言い、誤っていると勇気をもって言えば自分が窮地に陥るとなれば、積極的ではないにしろ、皆と一緒にユダヤ人を迫害し、障害者を蔑視する立場になってしまうのではないでしょうか。
 ユダヤ人でもないアウグステがなぜ戦時中に匿われていたのか。ここで語られるアウグステに訪れた辛く悲しい経験は戦争だからとひとことで片付けられないほどの悲惨なものです。読んでいて胸が痛みます。この幕間があるゆえに、この作品が単なるミステリーにとどまらず、国による戦争という状況の中で生きる人間の姿を描いた作品となっており、謎解き以外の読みどころともなっています。
 ミステリーとしての観点からみて、最初から違和感を持ったのは、いくら恩人の死とはいえ、戦後すぐの混乱した社会の中を、17歳の少女であるアウグステがなぜ危険な旅をしてまでエーリヒに伯父の訃報を伝えに行こうとするのか、また、ドブルギン大尉はいたいけな少女になぜエーリヒを探させようとするのかというところ。この点が最初から最後までのどに刺さった魚の小骨のように気になって仕方がありませんでした。ふたを開けてみれば、そういうことだったのですね。そのほか、なぜ、カフカはアウグステとともに旅をするのか、そして、そもそもクリストフを殺害した犯人は誰なのか、その理由は何なのか等々様々な謎があり、それらがラストで伏線を回収して明らかとされていきます。
 ラストである事件の真相が明らかとなります。加害者は戦争のせいだと言うかもしれません。しかし、戦時下であったにしても自分の行動を戦争のせいだと簡単に片づけていいわけはありません。自己の行動によって何ら責任のない者が被害者となることを正当化できるものでもありません。被害者には犯人の犯行の背景はまったく関係なかったのですから。
 戦時下のドイツの状況をここまで描写できる深緑さんの筆力というのは凄いです。ミステリーファン以外にもおすすめの1冊です。 
 
この本を盗む者は  角川書店 
 読長町にある“御倉館”は、全国に名の知れた書物の蒐集家で評論家であった亡御倉嘉一のコレクションを収蔵した館。かつては誰もが入れる場所だったが、本の盗難がしばしば起こることに激高した嘉一の娘のたまきは御倉館を閉鎖してしまう。更に、御倉館のすべての本には“ブック・カース”という、もし盗まれると街が本の物語の世界に変貌してしまうという呪いをかけていた。たまきの孫娘の深冬は幼い頃、御倉館に入りたがる古書愛好家の口車に乗せられて御倉館に連れてきて、たまきに口汚く怒鳴られたこともあって本嫌いとなっていた。そんな深冬が高校一年生となったとき、御倉館から本が盗まれる・・・。
 深緑作品で今まで読んだ「戦場のコックたち」「ベルリンは晴れているか」は、第二次世界大戦を舞台にしたミステリーでしたが、今回はそれらとはまったく作風の異なる作品です。ひとことで言えば、ファンタジーであり、少女の冒険物語です。
 本が盗まれ、深冬が入り込む物語世界は、深緑さんのインタビューによると“マジック・リアリズム”“ハードボイルド”“スチームパンク”“奇妙な味”の世界ということで、いろいろな雰囲気の物語を楽しむこともできます(正直のところ“マジック・リアリズム”“スチームパンク”と聞いても何のことやらでしたが、読んでみると「ああ、そういう物語のことかぁ。」と分かります。)。それらの世界の中で深冬を助けるのは、深冬と同じくらいの年齢で雪のような白い髪の少女“真白”。果たして、この“真白”という少女は何者なのかという楽しみもありますね。そして、作者のわからない深冬が入り込む物語を書いたのは誰かということも気になります。
 とにかく、このおかしな呪いをかけた深冬の祖母・たまきの人格はいかがなものかと言いたくなるほど性格が悪いです。いくら本を盗まれることに腹を立てたとしても、子どもや孫を巻き込んでの、それだけでなく町全体の人々を巻き込んでの呪いをかけるとは人格が破綻しているとしか言いようがありません。 
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