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深水黎一郎の本棚

  1. 美人薄命
  2. ミステリー・アリーナ
  3. 倒叙の四季

美人薄命 双葉社
(ちょっとネタバレ)
 初めて読んだ深水作品です。
 進級する条件をクリアするため、ボランティアで老人宅への弁当の配達を始めた大学生の総司。物語は、彼が老人宅への弁当配達をする中で、一人の隻眼の老女・内海カエとの交流を通して成長していく姿を描きます。老人福祉の問題だけでなく、内海カエの昔話の中で語られる戦争という大きな問題も描かれ、ミステリというより、ちゃらんぽらんな大学生だった総司の成長物語という感じで、「これって、ミステリ?」と思いながら読み進んでいきました。
 各章に旧字体で挿入される女性の話がきっとミステリとして成り立っていく大きな鍵になるのだろうと予想したのですが、なかなかミステリ的な話になりません。ところが、話も終盤になって、ある事件が発生し、そこから物語は大きく動き出します。
 最終的にはミステリ好きの弁護士の登場によって、カエを巡るある謎が明かされていくのですが、厳しい人生を歩んできたとは思えないなかなかユーモア精神に富んだ老婆の隠された想いには、ちょっとじ〜んときてしまいます。
 さらに、その後に思わぬひとひねりがなされており、ここはこの作品の評価を高めたらしい感動の場面ではあるのですが、それはあまりにできすぎだろうと思ってしまうのは僕だけでしょうか。
 ボランティア団体にいた同級生のエピソードやボランティアの代表に対する会員の悪ロも結局このストーリーの中でどういう位置を占めているのか、また、カエが総司に雨が止んだ直後に来るよう言った理由もわかりませんでした。ちょっとエピソードを詰め込みすぎの感も。
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ミステリ・アリーナ  原書房 
  「このミス」第6位、「週刊文春ミステリーベスト10」第4位、そして「本格ミステリベスト10」第1位に輝く作品です。
 「本格ミステリベスト10」第1位になったことからわかるように、かなり本格ミステリ好みの作品で読む人を選びます。僕自身、好きかと問われれば、若い頃ならいざ知らず、論理的な思考能力がなくなってきた今では、読むのが辛かったというのが正直な感想です。
 早い者勝ちで大金が手に入るというテレビのミステリー謎解き番組。その中で語られる問題編は豪雨のためクローズドサークルと化した別荘に集まった元大学ミステリーサークルの部員たちの中で起きる殺人事件です。 ミステリーマニアの回答者たちが次々と推理を口にしますが、なかなか正解が出ません。早押しですから、問題編が最後までいかないうちにボタンを押して自分の推理を論じます。ところが、次の問題編の続きが語られると、その回答が間違っていることが明らかになります。
 早い者勝ちなので、早く回答をして大金をせしめようとするのは当然ですが、実は敗者は殺されて臓器を摘出されてしまうというルールがあったから故、出場者は問題を最後まで聞かずに早押しするということがわかってきます。作品の舞台が臓器移植をするための臓器が不足している近未来で、臓器を確保するために行われている恐ろしい番組だということが明らかになっていきます。
 謎の根幹をなすのはクローズドサークルの中の密室。ただ、これは閉じられた密室ではなく、衆人環視故に密室化していたというもの。更に回答の中にはミステリでお馴染みの叙述トリック、例えば男女の性別をミスリーディングしていたり、いる人の存在を隠していたり、名前を誤認させたり、果てはバカミスかと言いたくなるような人間を物に誤認させたりと、様々なトリックが語られており、おもしろくは読むことができます。
 ただ、披露される回答のどこが間違っているのかを論理的に検証することは本当にミステリマニアでないとできません。ここを楽しめるかどうかが、この作品を楽しめるかどうかの分かれ道です。
 僕としては、出場人物が次々に回答を披露するが、なかなか正解に至らず、結局真実があんなことだったとは、ちょっと拍子抜けでした。
 ミステリ作品を評する際に、「人が書けていない」と言われることがありますが、この作品はそんな批評には臆することなく、堂々とパズルに徹した作品です。 
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倒叙の四季  講談社ノベルス 
 懲戒免職処分になった元警視庁の敏腕刑事が作成した「完全犯罪完全指南」という裏ファイルを入手した4人の男女が、完全犯罪を目論んで殺人を犯します。四つの季節に「縊殺」「溺殺」「刺殺」「中毒殺]という手段の異なる方法で起こされた殺人事件を果たして警
視庁捜査一課の海埜刑事は暴くことができるのか・・・。
 最初に犯人による犯行シーンが描かれ、それから刑事たちが犯人に追っていく様子を描く、刑事コロンボや警部古畑任三郎でお馴染みの倒叙ものです。犯人はそれぞれ被害者の周囲にいる動機を持つ者です。なので、捜査をすれば警察は犯人には辿り着けるのですが、状況証拠だけで物証はないからと犯人たちはうそぶきます。ストーリーはそんな犯人たちの犯したミスをついて海埜刑事が彼らを追い詰める様を描きます。
 「春」はあまりに犯人がお馬鹿すぎます。物証がなければ逃げ切れると思っても、様々な事情は犯人を示しているし、だいたいアリバイ証人を頼むこと自体が誤りです。犯人がミスをしなくても、アリバイ証人が口を割ってしまいますよ。このことは「秋」の中で犯人も批判的に述べています。しかし、犯人がこぼした犯人しか知らない事実は分かりましたが、犯人の決定的なミスは現場が見えない読者にはわかりません。
 「夏」は溺死の方法としてはドラマでもよくあるパターンです。労を借しんだところに犯人のミスがあったのですが、それとともに被害者の最後の意思が加害者を追い込むところが印象的な作品です。ただ、専門的な知識がないと論理的な解明はできない作品です。被害者が「NHKスペシャル」等々の渾名で呼ばれているという点に、被害者にはそういう知識があってもおかしくないという伏線を張っているのは見事です。
 「秋」は被害者が残したダイイング・メッセージがポイントとなるのですが、ここは犯人同様一体何がミスだったのかが、よくわかりませんでした。
 「冬」はそこまでの3作品と異なって、犯人が施した密室トリックを描かずに、海埜刑事がそのトリックを明らかにしていくという形をとっています。これまた、解明するのは専門的な知識が必要なトリックで、読者が解明するのは難しいです。この作品には、倒叙ものだけとはいえないある読者へのミスリーディングが仕掛けられていて、明らかになったときには「えっ!」と思ってしまいました。
 そしてラストに置かれた二つの「エピローグ」では、犯入たちが参考にした「完全犯罪完全指南」という裏ファイルについての秘密が明かされるのですが、「エピローグ」を二段構えにすることによって、読者の驚きを2倍にする仕掛けとなっています。 
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