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藤岡陽子の本棚

  1. テミスの休息
  2. 海とジイ

テミスの休息  祥伝社 
 初めて読んだ藤岡作品です。
 タイトルの「テミス」とは、裁判所を舞台にするドラマにも片手に天秤、片手に剣を持つ“像”が時々登場する正義の女神です。この題名と法律事務所を舞台にした物語ということから、ミステリーかと思いましたが、予想は外れました。謎解きはありませんし、弁護士と検事が法廷で丁々発止の駆け引きを繰り広げるいわゆる“法廷もの”でもありません。弁護士の芳川有仁とシングルマザーである事務員の沢井涼子の二人だけの小さな弁護士事務所に持ち込まれる相談・事件を巡る人間ドラマが、芳川と涼子の恋愛事情をサイドストーリーにして描かれていく作品といった方が適切です。
 結婚式を控えて10年も付き合っていた婚約者から突然婚約を破棄された女性からの相談を受ける「卒業を唄う」、少年院に入ったことかあるが今では真面目に仕事をしている男性が、思わぬ事から再び罪を犯してしまう「もう一度、パスを」、祖母が遺した遺言書を巡る親族間の争いの渦中に芳川が巻き込まれる「川はそこに流れていて」、芳川の学生時代の元彼女が、不倫相手の妻に渡した慰謝料を取り戻そうとする「雪よりも淡いはじまり」、涼子の息子・良平の親友の母親が起こした交通事故の相談を受ける「明日も、またいっしょに」、芳川が独立当初から手掛けてきた労災不支給処分取消事件を描く「疲れたらここで眠って」の6編が収録されています。
 この中では、よくある設定のストーリーですが、「もう一度、パスを」に胸がグッときます。男性が中学時代サッカーをやっていた過去と彼に次々と手が差し伸べられる状況とにぴったりはまった題名が素敵です。
 「テミスの休息」という題名に作者の藤岡さんがどういう思いを込めたのかはわかりませんが、単に法律で白黒つけても根本の解決にはならないこともあるし、法律の外での人間の誠意が事件を解決することもあることが、これらの物語を通して描かれているような気がします。 
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海とジイ  小学館 
 瀬戸内海の島を舞台に3人のじいさんと呼ばれるほどの年配の男たちと、若い人との関わりを描く「海神」、「夕凪」、「波光」という3編が収録された作品集です。
 冒頭の「海神」は、老人とそのひ孫の物語です。いじめのため小学校を不登校になっていた優生は、身体を壊した曾祖父の様子を見るために母親と妹と曾祖父の住む島にやってくる。そこで優生は曾祖父から幼い頃父親を海で亡くした優生の父が曾祖父に言ったある言葉を聞く・・・。曾祖父とひ孫が交わしたある約束に泣かされます。
 「夕凪」は、医院を閉めることとした老医師と若き頃から40歳代後半になる現在までそこに勤務していた看護師の話。看護師の志木は、突然医院を閉め姿を消した老医師を連れ戻すために彼の行方を捜して瀬戸内海の島へとやってくる・・・。一人で生きていくことや死への恐れというものを感じることに共感してしまう年齢になったと自覚させられる作品でした。
 「波光」は、瀬戸内海の島で「石の博物館」を開く祖父と将来の夢破れて母親と仲違いして島にやってきた孫との物語です。ケガで高校駅伝のメンバーから外れ、陸上での大学への推薦入学も辞退せざるを得なくなった澪二は親に黙って祖父が住む島を訪れる。そこで澪二は祖父から祖父が島で博物館を開くきっかけとなった若き頃の友人との話を聞く・・・。祖父の言う「人生は短いぞ、澪二。今日一日を限界まで生きろ」という言葉は、その歳まで生きてきたからこその説得力のある言葉ですよね。
 将来「海神」と「波光」のような老人になって、孫と話したいと思わされる老人たちの物語でした。
※「海神」と「波光」は深くリンクしており、「夕凪」と「波光」にも緩やかなリンクがあります。 
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