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樋口有介の本棚

  1. 枯葉色グッドバイ
  2. 月への梯子
  3. 彼女はたぶん魔法を使う
  4. ピース
  5. 初恋よ、さよならのキスをしよう
  6. 探偵は今夜も憂鬱
  7. 刺青白書
  8. 風少女
  9. 林檎の木の道
  10. ぼくと、ぼくらの夏
  11. 夢の終わりとそのつづき
  12. 誰もわたしを愛さない
  13. 不良少女
  14. 木野塚探偵事務所だ
  15. 捨て猫という名前の猫
  16. プラスチック・ラブ
  17. 窓の外は向日葵の畑
  18. 猿の悲しみ
  19. 金魚鉢の夏
  20. 笑う少年
  21. 少女の時間
  22. 亀と観覧車
  23. あなたの隣にいる孤独
  24. 平凡な革命家の食卓
  25. 礼儀正しい空き巣の死
  26. うしろから歩いてくる微笑

枯葉色グッドバイ 文藝春秋
 親子3人の惨殺事件。その後唯一難を逃れた長女の友人の女子高校生が代々木公園で他殺自体で発見される。惨殺事件を担当する女性刑事は、代々木公園で見かけた、かつて敏腕刑事といわれたホームレスを日当2,000円で雇い、事件を追う。
 いくら何でも、刑事がホームレスまで転落するのだろうか。そのへんのところは、単に刑事が転落するきっかけとなった事件が述べられるだけで、刑事の心情はあまり深く書き込まれていない気がする。まあ、ホームレスの中にはいろいろな職歴の人がいるようなので、元刑事もありうるかな?とも思うのだけど。ホームレスの元刑事が事件を解決するなんて、設定としてはおもしろいけれど、組織力を持つ警察が解決できないことを、そんなに簡単に解決できるのかなというところが、今一つ納得できない。

(再読感想)
 探偵役が軽口を叩く男というのは、柚木草平シリーズに通じるものがあります。そして、やたらにもてるという点においてもです。ただ、この作品の主人公椎葉は、自分の娘を轢き殺してしまったという心の苦しみから警官を辞めたという過去があるにしては、ちょっと軽口叩きすぎという感があります。思わぬ悲劇からホームレスまで転落した椎葉の姿と、減らず口をたたく椎葉の姿が重ならないんですよね。だいたい、あんなしゃれた会話をする男がホームレスまで転落するかのか?と思ってしまいます。
 とはいえ、椎葉と、やたら張り切って突っ張る夕子、そして生意気な美少女の美亜との会話はおもしろいです。特に、椎葉がしゃれたセリフを言っても、美亜が「あんた、普通に喋れないの」というところには思わず笑ってしまいました。中年と女子高校生の年齢の差が如実に出ていますね。
 ミステリーとしてのおもしろさはいまひとつ。ラストに突然に明らかにされた真実なんて、わかるわけないですよねえ。そこまでに、全然明らかにされていないことを突然言われても「そうだったのかあ。やられたなあ」という通常ミステリを読んだ後にある爽快感は得られませんでした。
 結局、この作品のおもしろさは、ホームレス探偵という設定と、椎葉、夕子、美亜たちのキャラクターと会話にあるといえます。椎葉のしゃれたセリフの部分に付箋を貼っておいたので、今度使ってみよう! 
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月への梯子 文藝春秋
 幼い頃の病気で小学生の中学年程度の知能しか有しない主人公ボクさんは、死んだ母親の残したアパートの管理人としての日々を過ごしていました。そんなある日、アパートの壁塗りをしていたボクさんは、二階の部屋の中でアパートの住人の一人が殺されているのを発見し、驚いて梯子から落ちて病院に担ぎ込まれます。意識は回復しますが、事件後ボクさんのアパートからは住人が全員失踪していました。
 住人全員が失踪するという思わぬ展開が読む人を物語の中に引き込みます。梯子から落ちて頭を打ったことにより、ボクさんの知能程度が回復してしまうというのが、ちょっとご都合主義的という感じがしないではないですが、ボクさんの変化の落差が大きくて、それがまたこの作品のおもしろいところです。知能が回復してもやさしさが変わらないというのがいいですね。
 事件の解決は殺人事件だけに限っていえば、「え!そうなの」というようにあっけない幕切れとなりました。しかし、その事件の起こった原因というのは思わぬことでしたね。
 ラストがあんな形で終わるのは予想外でした。誰もが思うラストは当然主人公が○○○(ネタバレになるので言えません)なのでしょうが。樋口さん、うっちゃりを食らわせましたね。あのラストで思っていた以上に悲しい話になってしまいました。
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彼女はたぶん魔法を使う 創元推理文庫
 元警察官、別居中の妻はかつては新聞記者で今ではテレビにも顔を出す評論家として活躍中、妻との間には10歳の娘が一人、キャリアの女性警視とは恋人関係という探偵柚木草平の活躍を描くシリーズ第1弾です。
 探偵といえば頭に浮かぶのは原ォさんの探偵沢崎ですが、寡黙でクールな彼と比べるとちょっと軽い38歳です。沢崎が話すとしゃれたセリフが、柚木だと歯の浮いたようなセリフになってしまいます。しかし、綺麗な女には弱いし、娘にはそれ以上弱い柚木にはどこか身近に感じるところがあります。沢崎の隙のないかっこよさに比べると見劣りはしますが、男としては共感してしまいます。それに、キャリアの女性警視といい仲なんですからねえ。うらやましい限りです。
 物語は妹をひき逃げ事件で失った姉の依頼で、犯人捜しをする柚木を描いていきます。そんな彼の前には多くの女性が現れます。自分の恋人を妹にとられても冷静な姉を始めとして、調査の過程で柚木が出会う女性たちは皆非常に個性的です。特に夏原祐子なんて一度会ってみたいと思ってしまうほど魅力的な女性ですね。彼女のせいでラストで柚木が窮地に陥ってしまうのには笑えてしまいましたが。
 それにしても題名の「彼女はたぶん〜」の“彼女”というのは、この中のいったい誰のことだったんでしょう。
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ピース 中央公論新社
 平和な田舎町で起こる連続バラバラ殺人事件。殺された人に共通性が見いだせず、捜査は難航する。被害者の一人はスナックのピアノ弾きの女性。スナックにはマスター、その甥だという過去がわからぬ従業員、アルバイトの女子大生、地方紙の女性記者、写真家やセメント会社の技術者、それに一人で現れてひたすら酒を飲む女子大生といった怪しげな人たちが・・・
 柚木草平シリーズのようなしゃれた会話は見られず、全体的に暗い雰囲気で柚木シリーズが好きな人には読みにくいと感じるかもしれません。犯行の動機となるある事件に対する犯人の怒りというのは確かに理解はできるのですが、それが殺人の実行へと移されていく過程は理解できません。それは本当の犯人の人生があまり描かれていなかったことからかもしれません。通常、そこまでするかと思うのが普通の人の思考だと思うんですよね。
 題名の“ピース”の意味するところが、ミソです。舞台が秩父というところも大きな要素だったのでしょうね。それにしても、紹介文はミスリーディングですよねえ。 
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初恋よ、さよならのキスをしよう 創元推理文庫
 柚木草平シリーズ第2弾です。
 娘を連れて行ったスキー場で柚木は高校の頃憧れていた女性に20年ぶりに再会します。しかし、再会後まもなく彼女は何者かによって殺害されます。彼女は、自分に何かあったら柚木に相談するようにとのことばを残していました。彼女の姪から依頼された柚木は、高校の同級生を訪ねます。容疑者は彼女の、そして柚木自身の同級生たち・・・。
 20年の時の流れは、どうしても人間を変えるものですが、変わらないものもあります。そして当時は見えなかったものが時を経て今でははっきりわかることもあります。時間は記憶を美化しますが、それが事実と異なっていたことを知ることは辛いものがありますね。
 この作品の魅力はなんといっても主人公柚木のキャラクターです。娘と水族館に出かけながら、目では若い女性を探しているというとんでもない女性好きの柚木のキャラクターは大好きです。男って実際のところ、そんないい加減な部分を誰もが持っているのではないでしょうか。普通の人はそれを理性で隠すのでしょうが、柚木は自分自身に正直で、ストレートに外に出してしまうんですよね。そんな男は女性からは嫌われそうなものですが、女性に呆れられながらも、不思議と嫌われない柚木が本当にうらやましいです。
 相変わらずの洒落たセリフが所々に出てきて、一度女性相手に使用するためにメモしておこうかなあと思ってしまいました(^^;(実際メモしましたけど(笑))
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探偵は今夜も憂鬱 創元推理文庫
 私立探偵柚木草平シリーズ第3弾です。今回は「雨の憂鬱」「風の憂鬱」「光の憂鬱」と、題名にそれぞれ“憂鬱”がついた3編の中編からなります。
 今さら言うまでもなく、このシリーズの魅力は、主人公の探偵柚木草平のキャラクターにあります。女性に対して恥ずかしげもなく、「君に会ったときから俺は君以外の女のことなんか、考えたくもない。朝から晩まで、ずっと君のことだけを考えている。俺の人生は君のためだけにあるんだ。」(「雨の憂鬱」より)などと言ってしまうのですから、相当面の皮が厚い。もちろん女性好き。美女が出てくるたびにホレてしまって、懲りないやつだなあと苦笑してしまいます。ただ、これがまた女性に嫌われるかと思いきや逆に美女たちに好かれるときているのですから、中年男性にとってはうらやましい限りです。
 前2作は、柚木自身のプライベートな部分も(妻とは別居中、かつての上司とは不倫中、一人娘には頭が上がらない等々)描かれていましたが、今回は中編ということもあってか、事件が中心でその点は余り描かれないのがちょっと寂しいところです。
 「雨の憂鬱」は、義妹が悪い男と付き合っているのを探って欲しいと柚木に依頼した女社長が殺されてしまう話。「光の憂鬱」は、芸能プロの社長から所属の女優が姿を消したので探して欲しいと依頼される話。「風の憂鬱」は、ハンドメイド・グッズ店の女性店主から3年前に死んだはずの夫から届いた手紙についての調査を依頼される話。どれも、ミステリを楽しむよりは柚木のキャラクターを楽しむ作品です。どの作品にも美女が登場するのは、いつものパターン。こんなに美女ばかり登場するのもなあと思うのですが、美女が登場しないと柚木の洒落たセリフを聞くことができませんからね。
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刺青白書 創元推理文庫
 女子大生の三浦鈴女の中学高時代の同級生だったアイドルが無惨に殺され、さらには偶然街で会ったばかりの同級生も隅田川で水死体となって発見される。彼女らに共通していたのは右肩にあった薔薇の刺青。
 柚木草平シリーズ番外編です。作品の主人公は、ちょっと風変わりな女子大生三浦鈴女であって、柚木は雑誌の編集長である鈴女の父から事件の記事を依頼されたフリージャーナリストとして登場します。いつものように、柚木の一人称で語られてはいませんので、謎を追っていく過程がわかりにくい嫌いがあります。おもしろいのは、三人称で語られているので、今回は柚木の顔かたちが他人の目から語られているということです。例えば、鈴女が父親の元に行った際にその場にいた柚木を見て、“脂っけのない長髪を無造作にかきあげ、黒いTシャツに綿ジャケット。歳は四十前らしいがヤクザっぽい雰囲気のなかに変な色気が感じられて、鈴女にはどうも苦手なタイプの男だった”という感想を持ちます。“無遠慮に、じろりと鈴女の顔を値踏みした”と書いているところなどは、柚木の女好きをさりげなく描いているといえますね。
 言葉の滑らかさはいつもどおりです。“女には待つ甲斐のある女と、ない女がいる”“もちろん、あなたなら、何時間でも待たせてもらいます”こんなこと普通言えないですよね。まあ、このへんが柚木というキャラクターのおもしろいところあり、柚木シリーズの魅力になっているところですが。ただ、柚木が主人公ではないので、今回名(迷)セリフが少ないのは残念です。
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風少女 創元推理文庫
 直木賞の候補作にもなった樋口さんのデビュー2作目の文庫化です。
 父親の葬儀のため故郷に帰ってきた主人公斎木亮にもたらされたのは、中学時代好意を寄せていた川村麗子の自殺の報。自殺など彼女に似合わないと感じた亮は、同級生を訪ね、彼女の死の謎を追います。
 ミステリーの体裁をとった青春小説といった方が、この作品の本質を言い当てている気がします。中学時代の同級生が、そのときの印象のまま成長していることを期待するのは、その同級生にとっては酷なことです。それぞれの人生があり、自分が望んだとおりに生きることができる人もいるし、そうではなく途中で挫折する人もいます。この小説の主人公亮も、同級生を訪ねる中でそれぞれの変わり様を目にすることになります。まだ大学生の身で青春という時代のほろ苦さを感じるのはどうかという気がしますけどね。
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林檎の木の道 創元推理文庫
 以前付き合っていた由実果からかかってきた会いたいという電話を断った悦至。その夜、由実果が海に飛び込んで死ぬ。通夜の席で彼を非難した幼馴染みの涼子とともに、由実果の死の真相を追う悦至と涼子を描きます。
 樋口さんお得意の青春ミステリーの1作です。高校生の男の子が女の子とともに同級生の死の謎を追うというパターンは、デビュー作の「ぼくと、ぼくらの夏」でもおなじみです。樋口作品の主人公の男の子といえば、高校生にしてはどこか醒めている印象がありますが、悦至もやはりそんな印象を受ける高校生です。樋口さんのシリーズ作品の探偵柚木を高校生にしたような感じですね(いや、それ以上かな。)。でおなじみの探偵柚木草平を高校生にしたような感じです(いや、それ以上にクールかな。)。
 また、樋口さんの青春ミステリーのパターンとしては、主人公には話のわかる魅力的な親がいるのですが、この作品でも“バナナが地球を救う”と考えて、大学でバナナの研究に没頭する母親が登場します。非常に魅力あるキャラクターです。そのほかキリスト教関係の出版社を経営しながら、その結果「キリストは世界を救わない」という結論を得た彼の祖父、そしてその祖父と娘より若い年齢差でありながら同棲している元女子プロレスラーで今は居酒屋の女将の女性、さらにある理由から不登校でありながら彼の家には遊びに来る同級生のマツブチくんと、悦至の周りにはユニークなキャラクターばかりです。彼の祖父など登場場面が少なくて、もったいないですね。もちろん、悦至とコンビを組む涼子も魅力ある女の子です。どうして樋口作品の主人公はあんなにもてるんだろう。うらやましい。
 ミステリーとしては先が読める展開です。日本の警察の捜査能力を甘く見すぎている気がします。でもミステリよりひと夏の青春を描いていると思えばなかなかです。
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ぼくと、ぼくらの夏  ☆ 文春文庫
 昭和63年第6回サントリーミステリー大賞読者賞を受賞した作品です。ハードカバーがどこかにしまいこんであるのですが、今回新装版の文庫が発売されたのを機に再読です。今では内容も忘れていて、おもしろかったという印象しかなかったのですが、約20年ぶりに読んでもやっぱりおもしろかったですね。青春ミステリーには点数が甘いのですが、それを差し引いてもオススメの作品です。
 高校2年の春一は警察官の父から同級生の死を知らされる。その後偶然街であった同級生の麻子にそのことを話したことから、二人で死の真相を探り始めることとなる。
 もうストレートな青春ミステリーです。男の子が魅力的な(そして、だいたいにおいて勝気な)同級生の女の子と共に同級生の死の謎を追います。季節は夏というのは定番です。夏休みがあるので、高校生がいろいろ歩き回ってもおかしくないからでしょうね。そして、美人の若い教師と美少女たち。まったくうらやましい設定です(どうも樋口さんの描く主人公の高校生にはいつもうらやんでしまいます)。
 「林檎の木の道」の感想でも書きましたが、樋口さんの描く主人公の高校生は、高校生らしくないクールな男の子で、ここでも探偵柚木を思い浮かべてしまいます。そんな高校生春一と一緒に謎を追う麻子がまた魅力的なんですね。勝気でありながら、傷つきやすい性格がかわいいです。春一に怒ってドアを閉めながら立ち去らずにドアの外で立っている姿には、普通の男だったらすっかり参ってしまうでしょうね。いいなあ青春の恋ですよね。
 それから忘れてならないのが、刑事の父親です。かつて麻子の母親と駆け落ちしたり、20以上も歳の離れた女性に一目ぼれしてしまうという、これまたいい歳してかわいいキャラクターです。
 携帯などない時代の青春ミステリーの名作といっていいかもしれません。オススメです。
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夢の終わりとそのつづき 創元推理文庫
 柚木草平シリーズの1作です。しかし、実はこの作品、本当はシリーズ作品ではなく、別の人物を主人公とした「ろくでなし」という作品を、今回柚木を主人公に変え、全面改稿したものです。
 という事情があってか、この作品は柚木が35歳の時、警察を辞めた8か月後を舞台にしています。シリーズの中での最初の事件ということになります。やはり、元々は違う人物を主人公として書かれたものですから、どことは言えませんが、読み始めたときは今まで読んだシリーズ作品で描かれる柚木とは違うなあと感じました。年齢を若くしたせいもあるのでしょうか。ただ、美人とみればふらっときてしまう女好きの様子が描かれだしてからは、しだいに違和感を感じなくなりましたが。
 今回の事件は、美女からある家から出てくる人物の尾行を1週間行う仕事を依頼されたことから始まります。何もせずにただふらふらと歩き回る男を尾行することに嫌気がさして、他人に代わってもらって競馬に行った日に男は公園の公衆便所で死にます。死因は栄養失調と過労による衰弱死。不審を抱いた柚木は男の身辺の調査を始めます。
 話がSFっぽくなってしまった当たりでは、これはバカミスかとあ然としてしまったのですが、ハードボイルドに戻ったときにはホッとしました。いくら何でも柚木草平シリーズにあれはないでしょう。もしあのままだったら、本を投げ捨てていましたね。
 それにしても、相変わらずのモテモテ男ぶりにちょっと焼き餅を焼いてしまった僕でした。
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誰もわたしを愛さない 創元推理文庫
 元警察官のフリーライター、柚木草平シリーズ第6弾です。今回柚木が追う事件はラブホテルでの女子高校生殺害事件です。
 自分でも言うくらいの相変わらずの女好きの柚木の性格はこの作品でも変わっていません。以前からの恋人である警視庁キャリア官僚の吉島冴子だけでなく新たに柚木の担当編集者となった小高直海、事件関係者の姉で有名なエッセイスト麻生美保子等々、柚木の周りにはいい女が登場します。普通の人が言うには恥ずかしいセリフを平気で言いながら(ここが、この作品の大きな魅力ではあるのですが)、柚木は事件の謎を追います。なぜこんなにもてるのか、男としてうらやましい限りです。このことを解き明かす鍵が被害者の友人であった女子高校生の言葉の中に窺えます。「柚木さんみたいな、純情で呑気なオヤジ」。女性の皆さん、柚木のそんなところに惚れてしまうのではないでしょうか。
 事件はあまりに現代的な様相を見せ、娘を持つ親としては考えてしまいます。犯人自体は予想がついてしまいますが、このシリーズのおもしろさは謎解きよりも柚木という主人公のキャラクターにあるのですから、まあよしとしましょう。
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不良少女 創元推理文庫
 今まで雑誌に掲載されたものをまとめた文庫オリジナルの短編集です。見知らぬ男からのラブレターを受け取って困っている吉島冴子の従姪からの依頼を受ける「秋の手紙」、編集者小高直海の友人の父親の死後に飼い犬や飼い猫が死んだ事件の真相を探る依頼を受ける「薔薇虫」、一夜を共にした少女の父親の死の真相を探る「不良少女」、飲み屋で知り合い、一夜を過ごした女性からやっかいごとを頼まれる「スペインの海」の4編からなります。
 4つの事件とも、相変わらずの女好きの探偵柚木草平が女好きであるが故に遭遇する事件です。まったく彼の無類の女好きには呆れかえるばかりです。今回の作品の中では驚いたことに淫行条例違反も犯していますし、最後に掲載された「自筆プロフィール」にあるように、いつかは女性に刺されるかもしれませんね。
 柚木の出会う女性は綺麗な女性ばかりですが、ただ普通の男では太刀打ちできないような女性が多いですね。そんな女性でも敢然と立ち向かって痛い目にあうのも柚木の柚木らしいところであり、何もできない男たちの憧れともなるのではないでしょうか(笑)
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木野塚探偵事務所だ 創元推理文庫
 樋口有介さんが描く私立探偵といえば柚木草介が有名ですが、この作品の主人木野塚佐平は、柚木が元警察官だったのに対して、同じ警察署務めでも警察事務の職員というのが大違い。事務職員ですから経理には強くても実際の捜査はしたことがないのに、退職後に憧れの探偵になろうとするのですから、いくら“門前の小僧習わぬ経を読む”とはいっても大胆には大胆。まあ、こんな出だしからしてユーモア・ミステリといっていいでしょう。
 フィリップ・マーローを気取ろうにも、外観からしてただの髪の毛の薄くなったオヤジですから、うまくいくわけがない。しかしながら、彼に近い年齢になってきた我が身としては、彼に頑張れと声援を送りたくなってしまいます。
 作品は、そんな客の来ない探偵事務所にひょんなことから雇われた不思議な女の子・梅谷桃世とのお笑いコンビの探偵譚を描いた5編からなる連作短編集です。探偵の内容も行方不明の金魚を捜したり、猫を探したりと柚木シリーズのような血なまぐさい事件は起こりません。気楽に楽しめる作品です。
 ラスト、これではシリーズが続かない終わり方になってしまいますが、どうなるのか気になるところです。
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捨て猫という名前の猫 東京創元社
 柚木草平シリーズ第8作です。
 今回柚木が関わるのは女子中学生の飛降り自殺事件です。月刊EYES編集部にかかってきた「自殺ではない。柚木草平に調べさせろ」という電話。柚木は担当編集者の小高直海に命令されて、いやいや調査を開始します。
 死んだ女子中学生が芸能界のスカウトも声をかけるほどの美少女だっただけでなく、柚木の前に現れる女性は美人ばかり。いくら女好きでも、彼の前に美人ばかり現れるのはおかしいだろうと突っ込みを入れながらも、柚木の気の利いた(反面歯の浮くような)セリフに思わずニヤッとしながらおもしろく読んでしまいます。
 妻子との関係もいつもどおり。直接登場せずに電話をかけてきて文句を言う妻の知子も相変わらずです。娘の加奈子に言い負かされる柚木にはいつも笑ってしまいます。加奈子、賢すぎます。不倫相手の吉島冴子との関係も変わりありません。
 知子、冴子というお馴染みの登場人物に限らず、柚木の前に現れる女性は、美人だけでなくみんな頭もいいんですよね。だから柚木はいつも痛い目にあうというパターンです。今回も例外ではなく・・・(ネタバレになるのでここまで)。でも、美人相手なら痛い目にもあってみたい(笑)
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プラスチック・ラブ 創元推理文庫
 表題作を始めとする8編からなる連作短編集です。柚木草平シリーズ番外編という宣伝文旬に惹かれて購入したのですが、柚木が登場するのは表題作の「プラスチック・ラブ」だけで、ちょっと拍子抜け。それも三人称ですから、いつもの一人称で語られるシリーズとは趣を異にします。
 すべてが高校生の木村時郎を主人公とする作品となっていますが、彼が探偵役として鮮やかに謎を解<というミステリというわけではありません。主人公が高校生だから、いわゆる“青春ミステリ"を期待して購入するとやはり裏切られた気持ちになります。同級生だった女の子の死の理由を探すというミステリらしい話もありますが、どちらかといえば青春小説といった方が適切かもしれません。
 読んでいて違和感を感じたのは、8編に登場する主人公のガールフレンドはすべて違う人物だということ。いくら女好きでもこんなにとっかえひっかえ交際する相手を変えませんよねえ。それに時郎の住んでいるところも話によって違います。これらは樋口さんが意図的に書いているのでしょうが、思うに、普通の男子高校生を象徴する人物として、統一的に名前を“木村時郎”にしただけであって、違う人物と理解して読んでもまったくかまわないかもしれません。
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窓の外は向日葵の畑  ☆ 文藝春秋
 高校生の息子、青葉シゲルと元警官の父親のコンビが、息子の高校で起こった事件の謎を追うミステリーです。設定としては、高校生の息子と警官の父親を主人公にした樋口さんのデビュー作「ぼくとぼくらの夏」と同じですね。
 探偵役を務める父親が元警官という点や、女好きというところから、樋口さんの柚木草介シリーズを思い起こさせます。というより、父親が書くハードボイルド小説の主人公である探偵の趣味が洗濯なんて、これはまさしく柚木草平のことではないでしょうか。そのうえ、「探偵は酒と女に強く、気障なセリフとタフな行動力で登場人物のすべてを圧倒する」「登場人物というのが・・・みんな嘘みたいな美女ばかり」とは、柚木草介シリーズ以外には思い浮かべることができません。自虐ネタという感じです。
 シゲル自身も、嫌みがなくて、爽やか、かといってそんなにモテモテの男ではないという、いつもの樋口さんの作品に登場する男の子のパターンです。なんだか安心して読むことができます。
 ミステリ小説かと思ったら、2年前に交通事故で亡くなった幼なじみの幽霊も登場し、ファンタジックな趣も加わった作品となっています。ただし、幽霊の登場はこの作品にとって必然性があったのかといえば、いなくてもまったくミステリとしての謎には影響ありません。青春小説としてのおまけです。
 犯人の意外性もあったし、樋ロファンとしては十分楽しめました。
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猿の悲しみ 中央公論新社
 主人公は、ぐれていた高校時代、自分をリンチしようとした相手の蹴りが妊娠していたお腹に入ったことで、我を忘れて習っていたムエタイで相手を蹴り殺してしまった過去を持つ風町サエ。今は少年院内で生まれた息子を育てながら、かつて自分を弁護してくれた弁護士の事務所の調査員をしています。
 調査員といっても汚れ仕事を任されるサエに今回所長から依頼された仕事は、所長の友人である有力官僚の隠し子に容疑のかかった殺人事件を調べることでしたが、サエが隠し子に会ってすぐに今度はその隠し子自身が殺されてしまいます。
 身長172センチ(女性としては長身です。)で脚線美の持主、化粧は下手だが美人(らしい)、殺人の前科を持ち、不登校の高校生の息子がいるという樋口作品における新たなキャラの登場です。斜に構えた物言いが、原ォさんの描く探偵沢崎ほど冷めてはいないが、同じ樋口さんのシリーズキャラである探偵・柚木草介の女性版といったところでしょうか。ただし、妻や娘に頭が上がらない柚木よりムエタイを習得しているサエの方がずっと強いでしょうけど。ストーリーだけでなく、そんな彼女の強烈な個性で読ませる作品であるともいっていいでしょう。
 物語は公益財団法人を舞台とした錬金術を巡っての殺人事件が起きますが、意外な犯人にやられたなあと思う反面、すっきりしない結果に納得いかない読者もいるのでは(僕もその―人です)。
 サエの息子の父親の正体など思わせぶりな描き方をしているので、サエを主人公の作品がこのまま1作限りということはないでしょう。たぶんシリーズ化されるのでは。今後の展開に期待です。
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金魚鉢の夏 新潮社
 有栖川有栖さんの探偵ソラシリーズは、二つに分断された日本を舞台にした、いわゆるパラレルワールドの日本を舞台にしたミステリですが、こちらは、まさしく今の日本の状況を根底に樋ロさんが思い描いた近未来の日本を舞台にしたミステリです。カバー絵から青春ミステリだと思って読み始めると裏切られます。
 物語の舞台となるのは近未来の日本。北朝鮮が発射したミサイルにより幼稚園児ら130人以上が死亡するという事件をきっかけに、世論は―気に反朝鮮半島へ。在日系の1割がその受給者である生活保護制度が戦争相手国の国民に税金を使うのはいかがなものかと廃止。刑務所も費用がかかるということで、刑務所に入るのにも負担金を支払わなくてはならず、払えない受刑者は硫黄島へ流刑となる制度となり、警察の捜査も民間委託が可能となっています。また「希望の家」制度が発足し、“自存能力欠如者”の収容施設となり、浮浪罪や公認売春制度も復活します。これらの制度改変で日本国内には低賃金労働力が大量に供給され、東南アジア等から工場が日本に戻り、空前の好景気となっているという次第。
 制度改変のきっかけとなる北朝鮮のミサイルだって、いつ何時日本に飛んできてもおかしくありませんから、樋口さんの描く世界が絵空事だと言い切ることはできません。
 そんな中でこの物語は、「希望の家」で起こった老女の転落死事件に、警察から委託された元刑事が孫娘の東大生と「希望の家」に捜査に訪れるところから始まります。
 とにかく、この作品は近未来として描かれる日本の姿を興味深く読むことができるのですが、逆にそのため、ミステリとしての部分がいまひとつという印象になってしまうのも仕方ないかもしれません。
 ミステリ部分では、由希也と螢子の犯した犯罪が明らかにされないままで終わってしまうというのは、ありかな?という気がします。また、孫娘がもう少し謎の解明に関わるかと思いましたが、そうでもなく、ちょっと期待が裏切られました。
 元刑事の一ノ瀬幸造は、雰囲気としては樋口さんのシリーズものの探偵・柚木草平とそっくりです。特に「希望の家」の若い女性所長に鼻の下を伸ばしているところなど女好きのところは。
 物語はとんでもないことが起こったところで終了しますが、果たして続編は書かれるのでしょうか。
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笑う少年  中央公論新社 
  若い頃に殺人事件を起こし、刑務所を出所後事件の弁護をしてくれた弁護士事務所で調査員をしている風町サエの活躍を描くシリーズ第2弾です。今回彼女は低価格のピザと、その店員をアイドルグルーブとして売り出すことで大儲けしているOKエンターテイメントグループ会長、小田崎貢司から、自殺した店員の家族から出されている賠償請求額を減額したいという依頼を受け、彼女の身辺調査を姑めるが・・・。
 相変わらず、サエのキャラが強烈です。調査のためなら犯罪も辞さないハード・ボイルドな探偵で、殺人の前科を持つという点からは、氷のような冷たい女をイメージするのですが、息子にべったりの様子はお笑いを見ているようです。
 サエは小田崎からの依頼と時を同じくして前作に登場した公益財団法人の理事、荒木凜花から理事就任を希望する小田崎の身辺を探ってほしいとの依頼を受けます。物語とすれば、少女の自殺事件の真相より、経歴が明らかではない小田崎の身辺調査の方がメインストーリーですし、予想外の事実が現れます。
 残念なのは、メインの話がそっちになってしまったので、少女の自殺事件の関係でラスト近くで盗聴器を通した声だけで登場した、とんでもない老女とサエの直接の対決が見られなかったこと。このおばあさん、凄すぎます。サエがどう対処するのか興味あったのですが。
 店員の人気投票に参加するためにはピザを買わなくてはならないとファンのオタクたちを煽るシステムは、まさしく、今大人気のあのアイドルグループをモデルにしたものに間違いありませんね。
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少女の時間  ☆  東京創元社 
 編集者の小高直海から無理矢理押しつけられ、大森で発生した女子高校生殺人事件を調べることになった柚木草平。被害者が生前ボランティアとして働いていた東南アジアからの留学生を支援するNPO法人の関係者から話を聞くが、柚木が事件を調べ始めた直後に、関係者のひとりが死亡する事件が起きる。
 7年ぶりの柚木草平シリーズです。38歳で(全然年取りませんね)小学生の娘・加奈子もいるのに、相変わらすの女好きで今でいうチャラ男の柚木。それなのに、なぜか美人が彼の周りに集まってくるという、男性読者からみれば本当に羨ましい男です。
 そんな柚木が喜ぶように、樋口さん、このシリーズに美人ばかり登場させすぎです。不倫相手の吉島冴子警視をはじめ、編集者の小高直海、更には女性刑事の吹石夕子に事件関係者の山代母娘と事件の調査を小高に依頼した枝沢柑奈、みんな美人です。普通あり得ないでしょう。そんな美人たちに囲まれている中で吹石夕子と小高直海が鉢合わせして柚木があたふたするシーンには、ちょっとざまあみろという気持ちにもなってしまいます。
 加奈子との会話で笑わせてくれるのもいつもどおりなら、普通の男なら言えないセリフを恥ずかしげもなく口にするのもいつもどおり。普通の男が言えば歯が浮くようなセリフも柚木の口からだと、すんなり心に入ってきてしまうのが不思議です。元刑事というのが信じられませんね。あんな口が僕にも欲しいくらいです。でも、探偵沢崎のセリフをマネするより、柚木のマネの方ができそうです。
 肝心のストーリーですが、柚木のちょっと軽い語り口とは異なって、真相は重いものがありました。思いもよらない真相でした。
 今回、柚木の前に現れる女性の中で、女性刑事・吹石夕子は、ノンシリーズ作品の「枯葉芭グッドバイ」に登場しています。また、枝沢柑奈は未読ですが「風景を見る犬」に登場しているそうです。更には樋口さんの別シリーズの主人公である風町サエと柚木が一瞬目を交わすシーンもあるなど、樋口作品のファンとしては嬉しい作品となっています。
 さて、冴子との別れが予想される今作でしたが、果たして次作ではどうなるのか、楽しみですね。 
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亀と観覧車  中央公論新社 
  昼間はホテルの清掃員として働きながら夜間高校に通う三代川涼子。父は、怪我で働けなくなって家に籠もっており、パートタイムをしていた母は鬱病になったため、三代川家は生活保護を受けている。ある日、クラスメイトからセレブばかりが集う“クラブ”に行かないかと誘われる。高級マンションの一室にあるその“クラブ”で、涼子は初老の小説家・南馬と出会う・・・。
 樋口さんの作品では、探偵・柚木草平シリーズの雰囲気が大好きですが、この作品はちょっと僕には合いませんでした。病気で先の短い小説家とそんな初老の男に惹かれる女子高校生の恋を描くと言ったらあまりにきれいすぎます。南馬というこの小説家、40以上も歳の離れた女の子とそういう関係になるなんて、単にエロオヤジだろうとしか思えません。彼女以外に同じような関係の女性もいるようですし。だいたい“クラブ”に出入りしているのですから、品行方正ではないことは確かです。
 怪我を理由に働かない父親に、鬱病だといって病院で貰った薬を売りさばいてパチンコにつぎ込む親となれば、涼子が家庭というものを嫌になってしまうのも無理はありませんが(特にあんな事態になってしマットはなおさらです)、だからといってなぜ初老の男に惹かれるのか、彼と関わることで、生きることに意味を見出すことができたのでしょうか。僕にはまったく理解できませんでした。
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あなたの隣にいる孤独  文藝春秋 
 高草木玲奈は14歳。本当なら中学3年生だが、彼女には戸籍がなく、中学校はおろか、小学校にも通ったことがなかった。なぜなら、母親の麻希子が“あの人”から逃げるため、玲奈の出生届を出さず、各地を転々としてきたため。今は川越駅近くのアパートで麻希子はキャバクラ勤めをし、玲奈は女子高校生に扮して“JKカフェ”でアルバイトをしている。そんなある日、麻希子が「“あの人”に見つかった。また必ず連絡する。」という電話を玲奈にして以後消息を絶つ。玲奈は以前から通っていたリサイクルショップの主人、秋吉秋吉(こんな名前つける親がいるの?)と、その孫の周東牧生の助けを借りて、母の行方を捜すが・・・。
 最近、戸籍のない子どもたちの問題が取りざたされています。そうした子どもの背景には児童虐待、あるいは育児放棄といったどうにもやるせない状況が横たわっています。しかしこの作品の玲奈と麻希子との関係にはそうした点は見受けられません。“あの人”から逃げるためという“あの人”とは誰なのか。この点は想像もつきますし、あっけなく種明かしもされます。麻希子が元教員であるという設定が、玲奈が幼稚園、学校に行かなくても、それなりに学力のある子に育ったことに違和感を覚えさせませんが、そうであっても戸籍のない子が普通に社会の中で生活しているということが現実感に乏しいという点は否めません。戸籍がないため、保険証もなく、義務教育年齢にある子どもが学校にも行っている様子がないことを近所に知られずにいるには、玲奈が幼い頃はどうしても家に寵もりがちとなるのがパターンだと思うのですが。だいたい、戸籍のない幼い子を抱えて麻希子はどう生活していたのでしょうねえ。
(ここからネタバレ)

 麻希子の言い分が何であるにせよ、社会的生活ができるようきちんと育てたにしても、“あの人”といういかにも悪人から追われているように玲奈を洗脳し、育ててきたのは麻希子のエゴそのものです。本当の両親のことを思えば、麻希子の玲奈に対する気持ちがどうであっても、麻希子の気持ちに共感することはまったくありません。“心温まるストーリー”という感想にはちょっと賛成できません。 
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平凡な革命家の食卓  祥伝社 
 市会議員の自宅から議員が亡くなっているという連絡があり、臨場した国分寺署の卯月枝衣子警部補は、急性心不全という主治医の診断にもかかわらず、事件にして捜査一課に行く足掛かりにしようと画策する。やがて、最初の思惑とは異なり、色々な事実が浮かび上がってきて、本当に事件性を帯びてくるが・・・。
 しだいに明らかになってくる事実に、男たちの一途さには呆れかえりながらもある意味凄いなあと思ってしまいました。事件は思わぬ結末を迎えますが、読者には別の真実があったのではと余韻を残すラストとなっています。
 主人公の卯月警部補のキャラが立っています。美人でスタイルがいいというのは、女性刑事を主人公にする場合の定番ですが、ちょっと出会っただけの男とすぐに男女の仲になってしまうというのは、樋口有介さんらしいキャラです。女性版柚木草平という感じです(本当はこの卯月の相手である水沢椋が実は柚木とタイプがそっくりなんですが・・・。)。これだけ強烈なキャラだとシリーズ化されるかもしれません。
 この作品の中でも柚木草平のことが語られていますが、柚木が警察を辞めて3年という設定になっています。柚木シリーズとの整合性はどうなっているのでしょうか。 
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礼儀正しい空き巣の死  祥伝社 
「平凡な革命家の食卓」に続く卯月枝衣子警部補シリーズ第2弾です。前作を読み終えた際、シリーズ化を期待したのですが、続編の登場です。
 国分寺の閑静な住宅街で、旅行に行っていた夫婦が家に帰ると風呂の中で死んでいる男を発見する。国分寺署刑事課長の金本は、今は空き地になっているその家の隣にあった家で30年前に小学生の女の子が殺害される事件が起きていたことに気づく。空き巣の死因は病死と判明するが、靴を揃えて服を畳み、侵入時に割ったガラスは新聞紙で塞ぐというやけに礼儀正しい空き巣の死が、やがて捜査中の連続強盗強制性交事件や30年前の殺人事件との関わりが浮かび上がってくる。
 この作品の魅力は、主人公である卯月枝衣子警部補のキャラによるところが大ですが、そのキャラの一番の特徴は、刑事としての能力以上に、オヤジ殺しの能力が凄いこと。キャリアの若手署長はともかく、直属の上司である金本刑事課長や日村生活安全課長など、オヤジたちは卯月に簡単に手玉に取られますし、そのこと自体を喜んでいるという感じです。
 卯月から情報をもらって特ダネ記事にするフリーライターの小清水柚香のキャラも立っています。美人でスタイルがいい卯月にはオヤジたち同様手玉に取られますが、面の皮の厚さとユニークさでは負けません。
 現在の事件、30年前の事件にとどまらず、更には別の事件との関係も出てきて、いくら何でも盛沢山すぎるだろうという感じがします。そのためか、30年前の事件の解明はかなり強引で、あっけない解決の仕方と言わざるを得ません。
 今回も樋口さんの別作品のキャラである柚月草平のことが、ちょっと出てきますが、樋口ファンとしてはくすっとしてしまいます。 
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うしろから歩いてくる微笑  ☆  東京創元社 
 柚木草平シリーズです。
 今回柚木は「少女の時間」で知り合った山代千絵の友人である鎌倉在住の薬膳研究家である藤野真彩から、10年前、高校2年生のときに失踪した同級生の目撃情報が鎌倉周辺で最近多くあるので、調べて欲しいと頼まれる。柚木が“探す会”事務局を訪ねた翌日、事務局の責任者であったタウン誌の編集長の女性・長峰今朝美が殺害されて発見される・・・。
 相変わらず柚木の周囲には美女が集まってきます。前作から登場している山代母娘に、月刊EYESの編集者・小高直海、加えて今回の事件のきっかけとなる女子高校生失踪事件を依頼した藤野真彩、事件を担当する神奈川県警鎌倉署の刑事・立尾芹亜と、登場するのは美人ばかり。別居しているとはいえ、舌鋒鋭いテレビコメンテーターとして有名な妻と小学6年生の娘を持つ中年男でありながらここまでモテるとは男からすれば羨ましい限りです。普通とても言えないようなセリフも恥ずかしげもなく女性たちに向けて次々と柚木の口から飛び出します。さすがに真似できません。
 また、柚木がモテる理由のひとつが意外にマメであることにあるかもしれません。それは女性をナンパする時だけではなく、料理を作るのに表れています。ハードボイルドの探偵らしくなく、残っている食材でササっと料理を作り、女性に食べさせるんですよねえ。女性からすれば、いい男と思ってしまうのかもしれません。
 女性と柚木の関係ばかりが描かれているような印象ですが、事件もそれなりに動きます。最初は男女関係のもつれだと思われていた事件の裏に、ある人物の思いが関わっていたことがやがて分かってきます。そして失踪事件の真相も思いもよらぬ動機があったことが明らかとなります。女性に歯の浮くようなセリフばかり述べているような柚木ですが、そこは元捜査一課の名刑事ですから、ふらふらしながら事件を解決していきます。そして真実は柚木の胸の中に納まるといういつも通りのパターンです。
 物語の中に国会議員が登場しますが、これが実在の国会議員のことを想像させてしまいます。まず間違いなく誰もが“あの人”の顔を思い浮かべます。怒られないでしょうか。 
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