ブラックライダー ☆ | 新潮文庫 |
簡単に言えば、“6.16”と呼ばれる大災害により文明が崩壊して数十年がたったアメリカが舞台のポストアポカリブスものです。 ポストアポカリブスものといえば、今年リメイクされた映画「マッドマックス」の世界を思い浮かべるのですが、この作品で描かれるのはまるで1800年代後半を舞台にした西部劇のような世界です。 『世界は6.16の大災害(たぶん核爆発と地殻変動)とそれに伴う急激な気温低下によって人口は激減、食糧事情も悪化の中で現実に弱肉強食の人肉食の世界が到来していた。しかし、米大陸東部の科学者が、保存されていた牛の遺伝子と人間の遺伝子を掛け合わせて、二本足で歩く新たな食用“牛”を開発することに成功し、人肉を食べなくても生きていける時代がようやくやってくる。3年前には人肉食を禁止する「ヘイレン法」が施行されたが、それは表向きで相変わらず人肉食も続いているらしい。』というのが物語の舞台となる世界です。 人肉食が禁止されたとはいえ、食用にするのは“牛”といっても牛と人間の遺伝子を掛け合わせたもので二本足で歩くのですから、半分(?)は人間です。それを食べるというのですから人肉食とあまり変わりありません。更には、その“牛”にはショートホーンとロングホーンという種類があって、野生化したロングホーンは人間を襲って食べるというのですから、凄い世界です。 物語は3部に分かれています。1部は列車強盗をして馬を盗んで逃げるレイン兄弟たちと、それを追う保安官、バード・ケイジを描いていきます。西部劇の世界そのものの追跡劇が繰り広げられます。 第2部の主人公は、メキシコの農園で人と牛の間から生まれた牛腹の子、マルコ。その知性を目に留めた農園主によって教育を受け、やがて、ジョアン・メロヂーヤという新しい名を得て、世界に広がる破滅(人間に寄生する蟲)と戦う旅に出ます。救世主伝説の始まりです。 そして第3部では、保安官バード・ケイジ率いる討伐軍とジョアンたちとの壮絶な戦いが繰り広げられていきます。やはり、救世主は迫害される運命にあるようです。討伐軍の圧倒的な兵力に対し、ジョアンたちはベトナム戦争の時のベトナム軍の戦いのようなゲリラ戦で挑むのですが・・・。 最初は舞台となる世界が頭の中で想像しにくくて、第1部はなかなかページが進まなかったのですが、ストーリーが進んでいくうちに、そのおもしろさに目が離せなくなりました。アメリカを舞台にこれだけのストーリーを紡ぎ出す東山さんの筆力に圧倒されます。 |
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僕が殺した人と僕を殺した人 ☆ | 文藝春秋 |
1984年の夏、台湾の台北で、13歳の3人の少年、兄をなくしたばかりのユン、牛肉麺屋のアガン、喧嘩っ早いジェイは、時には一緒に万引きをし、時には派手な喧嘩をしながらも、友情を育んでいた。彼らはそれぞれ、ユンは兄の死で精神を病んだ母の生活環境を変えるために父母がユンをアガンの家に預けてアメリカに行ってしまい、アガンは母親が男と家を出て行き、ジェイは母の再婚相手から暴力を振るわれるなど、家庭に問題を抱えていた。そんな彼らは、ある計画を実行することに決めたが・・・。 冒頭、2015年のアメリカでサックマンと呼ばれていた少年たちを狙った連続殺人犯の逮捕劇が描かれ、その後も1984年の台湾でのアガンの弟のダーダーを加えた4人の少年たちの物語が語られる中に、ときどき逮捕されたサックマンに関わる弁護士の視点の話が挿入されます。 この作品は1984年の台湾を舞台にした少年たちの青春物語が主ですが、30年後にサックマンと呼ばれる連続殺人鬼になるのは4人のうちの誰なのかというミステリーでもあります。1984年を舞台にした物語からは、てっきり“彼”だと思っていたのですが、その正体が明らかとなったときは驚きがありました。それとともに弁護士が“彼”だということにも。それぞれに抱えた家庭の問題を解決するためにとった彼らの行動が彼らの未来をあんなにも変えてしまうとは、あまりに残酷な現実でした。 台湾語読みする漢字にルビがふっていないところがあって、読みづらい部分がありましたが、1984年の少年たちの物語にはぐいぐい引き込まれました。おすすめです。 |
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夜汐 ☆ | 角川書店 |
幕末の文久三年。やくざ者の蓮八は、吉原から幼馴染み・八穂を見受けするために、八穂の弟の亀吉とともにやくざの賭場から大金をせしめる。報復として蓮八に差し向けられたのは、凄腕の殺し屋・夜汐。追手から身を隠すため京で後の新選組の一員となった蓮八だったが、ある日八穂からの「帰ってきてほしい」との文を受け取り、組から脱走することを決意する。新選組では局中法度で組を抜けることは死罪とされており、蓮八は土方や沖田から追われながら、八穂の待つ小仏峠へと向かう・・・。 幕末ということで後に新選組を結成する沖田総司や土方、近藤というお馴染みの名前が登場し、とっつきやすい作品です。中では沖田が通常は無邪気な青年だが、刀を握ると容赦がなく狂気が漂うというその落差の大きいキャラに新鮮さを感じます。沖田といえばどうしても常に沈着冷静な美剣士というイメージが強いですからね。 物語は途中からは八穂への強い愛のために新選組の追手や夜汐から逃れて彼女のもとへ向かう蓮八を描くいわゆるロード・ノベルとなります。果たして、蓮八は沖田らから逃れて八穂のいる小仏峠にたどり着くことができるのか、夜汐はどこで登場してくるのか、先の展開が気になってページを繰る手が止まりませんでした。物語は幕末の混乱の世を歴史上の事実を踏まえながら辿っていきますが、そんな事実を描く反面、夜汐という殺し屋の存在が謎で、幻想的な部分のある作品ともなっています。いったい、夜汐の正体は何だったのでしょうか。 |
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怪物 | 新潮社 |
両親が日本の東京大学に留学していたため、台湾で祖父母と暮らしていた台湾人の柏山康平は、6歳の頃、両親のもとに引き取られて以来、日本に居を構えて今では作家として活動していた。そんな彼が10年前に書いた「怪物」という作品が最近になって英訳され、海外の文学賞の候補となったことから評判を呼び、一躍有名になる。「怪物」の内容は、中華民国空軍の、通称“黒蝙蝠中隊”の隊員だった叔父の人生をモデルとしたもの。B-17で中国本土の偵察飛行をしていた時に撃墜され、中国本土でどうにか生き残って何年か後に台湾に戻ってきたが、共産党のシンパになったと疑われて台湾当局に拷問を受け、その後釈放されたが、後に自殺をしてしまうというもの。そんな柏山のもとに「怪物」のモデルとなった叔父を祖父が知っているという女性・藤巻琴里から手紙が届く・・・。 物語は、作家の柏山康平の物語と彼が書いた作中作である「怪物」の主人公である鹿康平の物語が語られていきます。柏山康平のパートでは、イベントで訪れた故郷の台湾で編集者と一緒にきていた女性社員と男女の関係を持ち、日本に帰ってからも彼女を求め、挙句の果ては人妻である彼女の夫から殴り殺されそうになるという、恋愛小説というかちょっとエロな小説です。更に、琴里やその祖父と会って以降、「怪物」の文庫化に際し,改稿を行う中で、現実と虚構がごちゃまぜになっていきます。正直のところ、この辺りからこの物語は何を言いたいのかがわからなくなってしまいました。でも、冒頭に「この物語はわたしの夢である」とも書かれているから、現実でなくても文句は言えないですよね。物語自体は、東山さんのリーダビリティもあって、どんどん読み進むことはできたのですが、う~ん・・・難しいです。 |
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