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初野晴の本棚

  1. 退出ゲーム
  2. 初恋ソムリエ
  3. 空想オルガン
  4. 千年ジュリエット
  5. 惑星カロン

退出ゲーム  ☆ 角川書店
 部員不足の吹奏楽部に所属する幼馴染のハルタとチカのコンビが、部員獲得に奔走する中で起こる事件の謎を解く青春ミステリです。気が強い元気な女の子に、気弱だけど頭が切れる男の子、そして生徒たちに理解のある吹奏楽部の顧問という、これぞ青春ミステリという設定が青春もの好きにはたまりません。
 片思いの相手を撮った携帯の画像を友人たちに見られたことから登校拒否となっていたハルタをチカが引っ張り出すところから物語は始まります。女の子が憧れる二枚目でありながら実は・・・というハルタのキャラが愉快です。登校拒否の本当の事実が明らかとなった時は唖然としてしまいましたが、謎を前にすると、このハルタが見事な推理を見せます。そのイメージの落差がすごいです。
 作品は表題作ほか3話からなります。「結晶泥棒」は、要求を呑まなければ文化祭の屋台の食べ物に毒を盛るという脅迫事件と劇薬の盗難事件を絡めた話。「クロスキューブ」は、パズル好きの亡き弟が残した6面全部が白いルービックキューブの謎に隠された弟の想いを描いた感動作です。表題作の「退出ゲーム」は、日本推理作家協会賞短編部門の候補作となった作品です。演劇部に所属する生徒を引き抜くために“退出ゲーム”という即興劇で演劇部と吹奏楽部が争います。、相手の妨害を避けてその場から退場していくことを勝負する“退出ゲーム”自体の着想の面白さもさることながら、実はそのゲームの裏にはあることが企図されていて・・・それが見事にその生徒の人生の謎ときにもなってくる展開が素晴らしいです。最後の「エレファンツ・ブレス」では、“エレファンツ・ブレス”という誰も見たことのない色に隠された男の人生を浮かび上がらせます。
 ラストに“1年生のときの話はおしまい”とあることから、これから2年生、3年生のときの話が描かれるのでしょう。高校生を主人公にしたミステリといえば、米澤穂信さんの古典部シリーズが思い浮かびますが、さて、これに対抗するシリーズとなりうるか。楽しみなところです。
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初恋ソムリエ  ☆ 角川書店
 「退出ゲーム」の続編です。表題作ほか3編からなる連作短編集です。
 前作で廃部寸前だった吹奏楽部もチカとハルタの努力でオーボエ奏者の成島さんやサックス奏者のマレンらが加入して、どうにか体裁ができてきました。そんな吹奏楽部が吹奏楽の“甲子園”ともいうべき“普門館”を目指そうとする話をベースにチカやハルタが巻き込まれる事件が各話で語られていきます。前作以上にミステリ小説というよりは青春小説といった要素の方が強くなっている感じです。
 とはいえ、謎ときも見事です。「周波数は77.4MHz」では、元引きこもり生徒たちが集まる地学研究会の探しものとローカルFM局の謎、「アスモデウスの視線」では何回も行われる席替えの謎に迫ります。両作品ともひとつの謎のさらにその後ろに隠された謎が明らかにされるところは感動です。特に「アスモデウスの視線」は、この作品集の中の一押しでしょう。
 表題作の「初恋ソムリエ」で語られるのは、参考文献からしても学生運動の激しかった時代のことでしょうが、ちょっとわかりにくいところがあります。特に、あの時代を知らない読者にとっては、ここで語られる伯母さんの思い出話では理解しにくいのではないでしょうか。
 この作品の魅力は登場人物のキヤラクターにあるといっても過言ではありません。同性の吹奏楽部の顧問・草壁先生に恋するハルタとやはり草壁に恋し、ハルタを恋敵とするチカのコンビは相変わらず愉快です。成島さんやマレンについては、前作で語られましたが、今回も事件に関わる中で新たなキャラが登場してきます。個性的というより、ちょっと変な人物ばかりで、読んでいて思わずニヤッとしてしまいます。
 今後、吹奏楽部の“普門館”への出場がどうなるか気になるところですし、さらには、この学校には今回の地学研究会や初恋研究会のような、どうも奇妙なクラブが存在するようなので、そのあたりももっと読みたいですね。続編が期待されます。
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空想オルガン  ☆ 角川書店
(ちょっとネタばれ)
 「退出ゲーム」、「初恋ソムリエ」に続く“ハルチカシリーズ”第3弾です。廃部寸前だった吹奏楽部がハルタとチカが事件を解決するたびに新しい仲間が加わり、とうとう吹奏楽コンクールの甲子園“普門館”への予選に出場するまでとなります。今作では、前作までのように事件を解決するたびに仲間が加わっていくという体裁は取らず、地区大会からの時間の経過の中で起こった事件が描かれています。
 しかし、肝心の予選大会での演奏の様子がまったく描かれていません。描かれるのは大会の外野での出来事だけ。このシリーズは、ミステリーとしてだけでなく、青春物語でもあるのですから、演奏シーンが描かれないのは寂しいものがあります。何も描かれずに、彼らは地区大会、県大会、東海大会とすらすらと突破してしまうんですよね。
 また、ハルタ、チカら吹奏楽部員をここまで引っ張ってきた草壁先生の過去については、今シリーズでも思わせぶりな一言はあるのですが、明らかにされていません。これらは、次作でのお楽しみというところでしょうか。
 収録されているのは「序奏」を除くと4編の物語です。草壁先生が活躍するのが、「ジャヴァウォックの鑑札」です。ハルタが保護した犬に二人の人物が飼い主として名乗り出る、果たして本当の飼い主はどちらかという話です。論理によって本当の飼い主を明らかにしていくなかで、草壁先生がハルタが諦めかけた真実を明らかにするとともに、その裏にある人間ドラマを浮かび上がらせます。草壁先生の独壇場です。
 「ヴァナキュラー・モダニズム」は、幽霊譚のあるアパートの謎を解く話です。間取り図では5つある筈の部屋が実際には4つしかないのは何故なのか。本格ミステリの“館もの”もびっくりの謎ときにはファンとしてはうれしくなってしまいますね。その謎の裏に隠された建築主の真意にはホロリときてしまいますし、一番のお気に入りです。この編ではハルタのお姉さんが登場。あまりの猛烈なキャラに、ハルタが道ならぬ恋をするのもここに原因があったのか、無理もないと思えてしまうほどです。
 「十の秘密」は、見た目は吹奏楽をやるとは思えないギャル軍団が、素晴らしい演奏を見せる理由が彼女らの十の秘密とともに語られていきます。その十の秘密の裏にもう一つの本当の秘密が隠されているところがミソです。
 表題作の「空想オルガン」は、振り込み詐欺に手を染める男の語りで物語が始まります。この話がどこでハルタ・チカと繋がっていくのかと思ったら・・・。いやぁ〜、見事な着地点。こんな繋がりになるとは、ここまで読んでいて、まったく気づきませんでした。もう一度戻って、なるほど、そうだったのかと納得です。ところどころに伏線が張ってあったのですね。男の過去の悲しい出来事がこめられた「空想オルガン」というタイトルも秀逸です。
 ラストでまた一人の友人が部員に加わることを決意します。いよいよ次作は大編成でのA部門での普門館を目指してのトライとなるのでしょうか。
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千年ジュリエッ  ☆ト 角川書店
 ハルチカシリーズ第4弾、4編が収録された連作集です。
 前作で小編成の部で東海大会まで出場した清水南高校吹奏楽部。当然今回は普門館目指しての新たなスタートが描かれるのかと思いましたが、今回はちょっと休憩して清水南高校の文化祭でのエピソードが描かれます。
 冒頭の「エデンの谷」では、新しいメンバーとして芹澤が入部していることが明らかにされます。そして、その芹澤と部長とが口論しているところに登場してきた「ムーミン」のスナフキンのような出で立ちの女性が、今回の新しい登場人物です。親の遺言によると彼女に渡されたとされるベーゼンドルファーの蓋の鍵の行方をハルタとチカが推理します。
 出演時間まで時間がなく、慌ててタクシーで学校前まで乗りつけたアメリカ民謡クラブの甲田が、降りる直前突然、運転手にいいというまで街をぐるぐる回れと言った理由を推理する「失踪ヘビーロッカー」。不可解な行動を取る高校生を乗せてしまった運転手の心の声が愉快です。
 戯曲の結末を書かずに行方不明となってしまった演劇部の脚本家。結末がわからないまま稽古にかり出されたハルタとチカが結末を推理するのが「決闘戯曲]。戯曲の結末を推理するというパターンは、つい先日読んだ「聴き屋の芸術学部祭」の1編にもありましたが、おもしろさという点ではあちらの方が上です。
 最後の表題作の「千年ジュリエット]の主人公は、ハルタら清水南高校生ではなく、吹奏楽部のサックス担当の少年(マレンのことか)を探して文化祭の会場にやってきた女子学生です。前3作とは異なった趣の作品となっています。他の話ともリンクする思わぬ種明かしにびっくりです。映画「ジュリエットからの手紙」をDVDで観ていたので、ジュリエットの秘書の存在について知っていたので、作品にはスッと入っていくことができました。
 シリーズを重ねるにつれ、次第に登場人物が増えてきたばかりでなく、今回は今までのシリーズに登場した人物の再登場があることもあってか、巻頭に登場人物一覧がついています。
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惑星カロン  ☆  角川書店 
 出るぞ出るぞと期待させながら、なかなか刊行されなかった“ハルチカシリーズ”最新作が2年半ぶりにようやく刊行です。あまりに間が空きすぎて、登場人物たちを忘れてしまっていたくらいです。その点では最初に登場人物の紹介が書かれているのはありかたいです。
 頭脳明晰でイケメンの春大(ハルタ)と千夏(チカ)のコンビが様々な謎を解いていくのはこれまでと同じ。この二人の音楽教師の草壁信二郎を巡っての三角関係によるドタバタも相変わらずです。このシリーズはミステリとしてだけではなく、ハルタたちが音楽コンクールの最高峰である普門館を目指して頑張る青春小説として読めるのですが、今回は普門館に向けての話は残念ながらありません。「野生時代」に掲載された3編に書き下ろしの表題作を加えた4編が収録されています。
 「チェリーニの祝宴」では、持っているフルートの音に物足りなさを感じ、買い換えたいと思っているチカが楽器店で借りた純銀製のフルートにまつわる呪いを草壁、吹奏楽部の山辺コーチ、そしてハルタの姉南風が解明していきます。
 「ヴァルプルギスの夜」は、清水南高校のライバルでもある藤が咲高校吹奏楽部部長から吹奏楽部・合唱部・軽音楽部の、やる気のない部員たちのみに、OBと名乗る人物から送られてくる、謎のメールについて相談を受けるところから始まります。そのメールで送られてくる「音楽暗号」を吹奏楽部の山辺コーチの力を借りて解いていくと、その先には・・・。やる気のない部員たちだからこそ、暗号が解けるというところが何とも言えません。おじさんには無理ですね。
 「理由ありの旧校舎」では、一夜のうちに文化系部室のある旧校舎のすべての窓が開け放されたという謎にハルタとチカが挑みます。部室の鍵はピッキングができないマグネチックタンブラーに取り替えられており、簡単には開けることができないし、盗まれたものもない。いったい、誰が何のために・・・。元生徒会長や演劇部、地学研究会の部長たちも登場するシリーズファンには嬉しい1作です。
 「惑星カロン」は、中学3年生の吹奏楽部の女子生徒が、ネットで知り合ったフルート奏者から提示されたあるセレクトショップで起こる“人間消失”という都市伝説の謎をハルタとチカと共に解く話と、草壁先生が参加したあるセミナーの話が描かれていきます。他の収録作品ともリンクがある、まとめというべき作品です。将来を嘱望された指揮者でありながら、演奏会を無断欠席し、その後表舞台から姿を消し、今は清水南高校で音楽教師をしている草壁信二郎の隠された過去の一端が明らかにされます。シリーズファンとしては大いに気になる作品です。
 さて、次作はいよいよ普門館のステージでしょうか? 
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