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蜂須賀敬明の本棚

  1. 待ってよ
  2. バビロンの階段

待ってよ  文藝春秋 
 第23同根水漬張賞受賞作です。
 マジシャンのベリーは、ある海辺の町に招待されてやってくる。驚いたことに、その町は時間が反対に流れる町で、時計が左回りに回るという形式的なことばかりではなく、その町に住む人の一生は、墓場の土の中から老いた姿で産まれ、しだいに若くなって最後は子どものお腹の中に入るという摩訶不思議な世界だった。イベントに呼ばれただけのベリーだったが、町の人と関わる中でこの町にとどまることを決心する・・・。
 墓の中から新しい生命が産まれてくるなんて、これは想像するだけでもちょっと恐ろしい。ゾンビが土の中から這い出すシーンが目に浮かびました。最初はホラーなのかと思いましたが、「松本漬張賞」受賞作ですから、この不可思議な町で起こる事件を描くミステリーかなと思って読み進みました。しかし、ページを繰りながら何か起こるだろうと期待していたのですが、いつになってもこれといって事件は起こらず、読了してしまいました。ラストでのどんでん返しもありません。肩すかしでした。
 結局、簡単に言えば、この町に来る前は人間を信じることができなかったマジシャンのベリーが町の人々と関わっていく中で変わっていく様子と、ベリーと反対に時が過ぎるごとに若返っていくこの町の女性との恋愛を描く作品でした。
 ただ、パラレルワールドに足を踏み入れたということならともかく、狭い山道とはいえ、道がこちらの世界と繋がっているのに、時が逆に流れている町の存在に気づかれないのか、町に住む“こうこ”らは外の世界の人が時の経過で老人になっていくことを知らなかったが、道が繋がっていながら行き来をしなかったのか、テレビや新聞等を見ればこの町がほかと違うのはすぐわかるだろう、有名なマジシャンのベリーのことは知っているのだから外の世界のことも知っていたはずではないか等々考えるとおかしなところばかり。この町の存在に矛盾を感じすぎてストーリーを楽しむことができませんでした。 
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バビロンの階段  ☆   文藝春秋 
 大学を中退し、居酒屋のバイトも辞め部屋に引きこもっていた僕は、付き合っている人妻とも喧嘩をし、アパートの部屋を飛び出る。ふらりと入った新宿の古びたバーで、僕は同級生だったサクマと久しぶりに出会って酒を飲む。翌日、僕はニュースでサクマが貨物列車に轢かれて死んだことを知る。それも僕と酒を飲み交わしていた時間より以前に。僕はサクマの死の謎を追って自殺を図って入院しているサクマの兄を訪ねて“バビロン”に向かう。そこは、汚職や醜聞で世間から距離を置く必要のある人から多額の宿泊費を要求してほとぼりの冷めるのを待つロンダリング機関と言われている施設だった・・・。
 生きることに目的を感じられないまま生きる主人公が、かつて親友だった男の死に突き動かされて行動を始める物語です。
 死んだ男と酒を飲むというシチュエーションから何かのトリックを使ったミステリーかなと思ったら、古代ギリシャ伝説のような天に昇る階段が登場するというファンタジーの要素も含んだ不思議な物語です。最初は戸惑う部分もありましたが、登場人物が個性豊かな人物ばかりということが大きく、意外に物語の中にすっと入っていくことができました。
 本棚を一度見ただけでどの本がどこにあるということを記憶してしまう記憶力抜群のサクマ、元プロレスラーで“バビロン”の警備員の前田、僕とサクマの同級生であり、サクマに勝ち目がないことを思い知らされ、王になる夢を捨てサクマの摂政としてクラスの実権を握っていた藤代と、やはり同級生だったユーチューバーの義東、個人的には読んでいてマツコ・デラックスを想起してしまった体形の優秀な弁護士である吉乃など強烈なキャラが続々登場します。
 後半になるとファンタジーの要素が薄れてきますが、前半の前田に対し、後半は吉乃、藤代の強烈なキャラでページを繰る手が止まりませんでした。 
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