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畑野智美の本棚

  1. メリーランド
  2. 南部芸能事務所
  3. 海の見える街
  4. ふたつの星とタイムマシン
  5. 運転、見合わせ中
  6. 夏のおわりのハル
  7. 春の嵐
  8. 感情8号線
  9. オーデション
  10. 罪のあとさき
  11. タイムマシンでは、行けない明日
  12. コンビ
  13. 消えない月
  14. シネマコンプレックス
  15. 大人になったら、
  16. 神さまを待っている
  17. 若葉荘の暮らし
  18. トワイライライト

メリーランド  ☆ 講談社
 南部芸能事務所に所属する芸人や彼らに関わる人々を描く7編が収録された連作短編集です。
 読んだ後で知ったのですが、この作品、「南部芸能事務所」という作品の続編だそうです。もちろん、そちらから読むのがいいのでしょうけど、僕のように知らないでこちらから読んでも十分楽しめます。それにしても題名からでは続編だということがわかりませんよ、畑野さん。
 かつてのお笑いブームの時のような勢いはありませんが、現在もテレビ局の経費削減の厳しい中で安上がりのお笑い芸人を使った番組が毎日のように放映されています。とはいえ、そこに出てくる顔はいつも同じ。実際にはこの作品に描かれているように、いつかは売れたいと思いながらアルバイトをして生活をしている芸人さんが大多数なのでしょう。この作品では、そんな芸人さんたちを中心に、今の自分に悩み、自分を変えていこうともがく男女が主人公として登場します。
 「ファンシー」は漫才コンビ“新城溝口”の溝口を好きな同じ大学の鹿島さんが、「シフト」は“ナカノシマ”の中島がアルバイトをする映画館の社員・古淵が主人公となって、彼らお笑い芸人との関わりの中で彼女たちが自分を見つめ直し、自分の辿る道を決めていく様子を描きます。
 それ以外の5編はコンビあるいはトリオを組むお笑い芸人の―人を主人公に、相方や他のメンバーとの関係に悩みながらも自分の進む道を歩んでいこうとする彼らを描きます。なかでも、「相方」は、ラストのひとことに主人公の辛い気持ちが凝縮されたグッとくる一編です。
 なぜかピンの芸人の話が出てきませんが、ピンだと売れるかどうかという悩みが主になってしまいますが、コンビやトリオだと、それ以前の人間関係が大きな問題になるからでしょうか。
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南部芸能事務所  ☆ 講談社
 南部芸能事務所という弱小芸能事務所に所属する芸人や彼らに関わる人々を描いた7編からなる連作短編集です。シリーズ第1作です。
 冒頭の「コンビ」は、大学の同級生に連れて行かれた南部芸能事務所のライブを見て、突然お笑い芸人になる決心をしてしまった新城の話です。同級生で芸人の息子である溝ロにコンビを組もうと働きかける姿を描きますが、なにがそこまで彼に決心させたのかがよくわかりません。
 「ラブドール」は、売れない芸人が多い中、テレビヘの出演が決まったものまね芸人の津田さんが主人公。自分が売れるということで売れない芸人の恋人や仲間との間で悩みながらも一歩を踏み出していく姿を描きます。恋人が同じ芸人というのは、理解し合えるところもあるでしょうが、一方だけが売れると辛いでしょうね。
 「中間地点」は、トリオの芸人・ナカノシマの中で緩衝材の役を担っている中野が主人公。3人だと2対1になる可能性があるわけで、そうならないよう腐心する中野がかわいそうです。
 「グレープフルーツジュース」は、芸人ではなく、彼らのファンの女子高生が主人公。ファン同士のつきあいの中で、学校での友人との関わりを見つめ直していく姿を描きます。
 「歯車」は、お笑いブームが終わって、一時の人気が下降した中で自分の目に異変を感じたスパイラルの長沼を描きます。次作でコンビの相方の川崎を主人公にした話を先に読んでしまっており、先に起こることがわかっているので、なんだか辛い作品です。
 「クリスマスツリー」は、このシリーズの中で異色の作品です。主人公は弱小芸能事務所にあって大御所中の大御所と呼ばれる保子師匠です。彼女の口から事務所の社長や溝ロの父や母のことが語られるシリーズの中の重要な1作です。
 「サンパチ」は、溝口が主人公。素人同然の新城とコンビを組んで始めた中で、しだいに焦りを感じている溝口を描きます。次作に登場する鹿島もラストで顔を見せています。
 彼ら芸人たちが今後どうなっていうのか、シリーズの行方が気になります。
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海の見える街  ☆ 講談社
 山本周五郎賞新人賞にノミネートされた作品です。
 同じ市民センター内の図書館に勤務する本田、日野、鈴木と児童館に勤務する松田の4人の男女をそれぞれ主人公に彼らの1年間を描いた連作集です。
 冒頭の「マメルリハ」の主人公、本田は、好きだった同僚の和泉さんが結婚してしまい、今はオウムのマメちゃんの世話を生きがいにしている32歳の寂しい男。そこに派遣で鈴木春香がやってきたことから彼の穏やかな毎日に波風が立つようになります。とにかくこの本田という男、32歳の―人前の男なのに人から怒られたりしてどうしていいか分からなくなると思考停止してしまうというダメ男。
 「ハナビ」の主人公、日野は、友人と呼べる人のいない、本と漫画があればいいという女性。本田を慕っている日野としては天真爛漫でおじさんたちに人気の春香を本田も気に入っているのではないかと気が気でない。そんな嫉妬心を持ちながらも、彼女の生活に遠慮なく入ってくる春香といつの間にか声をかわすようになります。
 「金魚すくい」の主人公、松田は、児童館の職員でありながら中学生の女子が大好きという困った男。ある過去が彼をそう変えたのですが、表面上はそれをまったく窺わせず、ちゃらんぽらんな職員に見せているが、実は有能な職員です。
 物語は本田、日野、松田の3人の人生に、鈴木春香という彼らとはまったく違う価値観を持つ一人の女性が関わってくることによって、彼らが自分を見つめ直し、心の中に抱えていた様々な問題を解決して新たな一歩を踏み出していくまでを描いていきます。
 また、そんな彼らの生活に波風を立てる春香自身も、実は心の中に大きな傷を負っており、3人との関わりの中で新しい自分の道を探し出し、進んでいこうとします。
 とっても素敵な物語でしたが、読了後も気になるのは松田です。果たして彼はいったいどうなったのか、この結末は納得いかないなあと思ってしまうのは僕だけでしょうか。
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ふたつの星とタイムマシン 集英社
 今回の畑野さんの作品はSF短編集です。家庭用のロボットが普及し、未来に行くことができるタイムマシンも発明された近未来の話、7編が収録されています。
 冒頭の「過去ミライ」は、タイムマシンの話。仙台の大学に通う美歩は、時間旅行に関する新進気鋭の研究者、平沼先生の研究室にまだ発明されていないはずの過去に行くことができるタイムマシンがあることを知る。過去に戻れるなら行きたい時間がある美歩はタイムマシンに乗って過去に向かう・・・。
 カフェを営むフミさんと広文君。一緒に住みながら結婚を言い出さない広文君に物足りないものを感じていたフミさん。ある日、常連客の田中君が、強く握ると色が変わって、人やものに対する気持ちがわかるのだという謎の石を持ってくる・・・(「熱いイシ」)。
 時間を自分の思うように操れる超能力を持つ女子中学生の大道は、超能力アイドルを目指してテレビに出演するが・・・(「自由ジカン」)。
 ある日、仕事をしていたのに突然万里の長城にいた一ノ瀬。気づくと会社にいたため、夢を見ていたのかと思ったが、その後もパリや様々な場所に行くということが起こって、自分には瞬間移動の能力があるのではと気づく・・・(「瞬間イドウ」)。
 学校でいじめられている小学生のサトシと哲ちゃん。ある日、近くのアパートに住む田中君から誰とでも友達になれる不思議なバッジをプレゼントされたサトシは、急にいじめっ子たちから友だち扱いされるが・・・(「友達バッジ」)。
 東京の大学に通うあゆむ君は仙台の大学に通う美歩と遠距離恋愛中。そんなあゆむ君が同じサークルの友人に勧められて、若い女性型のロボットを購入するが、しだいに自分の考えを理解してくれるロボットに夢中になる・・・(「恋人ロボット」)。
 デザイン事務所に勤める田中君は同僚の長谷川さんのことを想っていたが、なかなか言い出せないでいた。ある日、行きつけのカフェのオーナー広文君から惚れグスリを譲り受けた田中君は恋を成就させようと惚れグスリを使うが・・・(「惚れグスリ」)
 どれもが、タイムマシン、超能力、ロボットと、SF的な設定にはなっていますが、タイムパラドックスやロボットの三原則などという難しいSF的な話ではなく、描かれているのは恋や友情の話です。いくつかの作品に同じ人物が顔を見せているので、連作短編集的な楽しみも味わえる作品となっています。
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運転、見合わせ中  ☆  実業之日本社 
 朝の通勤・通学時間のラッシュ時に突然電車の遅転が見合わせになってしまったことにより、予定外の出来事に遭遇することになった4人の男女と、電車が止まった原因を作った2人の男女をそれぞれ主人公にして描く連作業です。
 各話の主人公は、久しぶりに早起きしたので―限目の授業に出ようと学校に向かった大学生(「大学生は、駅の前」)、バイト先に向かう途中で駅のベンチで二度寝してしまったフリーター(「フリーターは、ホームにいた」)、憧れのデザイン事務所の面接に向かう途中の若手デザイナー(「デザイナーは、電車の中」)、泊まった恋人の家から会社へと向かう途中のOL(「OLは、電車の中」)、いじめに遭って引き寵もりとなって3年目の高校生(「引きこもりは、線路の上」)、電車の運転士になりたいと思っていた父の夢を叶えようと鉄道会社に入った女性駅員(「駅員は、線路の上」)の6人。
 おもしろかったのは、「フリーターは、ホームにいた」。主人公の女性・永田のキャラが愉快ですし、社員の柴崎とのかみ合わない会話には笑ってしまいました。それと、「デザイナーは、電車の中」で、尿意を必死に我慢する主人公・高畑の気持ちには共感しました。切実ですよねえ。そうそう、この作品中の事務の不動さんのキャラも好きです。
 電車が止まらなければ彼らの身に起こることのなかった出来事に遭遇することによって、いろいろなことに悩み屈託を抱えていた彼らが変わっていく、かっこよく言えば立ち止まっていたところから一歩を踏み出すことになります。
 ただ、一番大きく人生に変化のあった引き寵もりの神田くんについて、ただ逃げ回っていただけなのに、どうして引き罷もりから脱出できたのか彼の心が語られていないのが残念なところです。 
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夏のおわりのハル  講談社 
(ネタバレあり)
 正直のところ、いったい何か描かれているのか、理解できない1冊でした。これまで読んだ畑野さんの作品とは全然違います。
 物語は中学生のハルとデザイン事務所に勤めるダイチの二人を主人公にした「夏のおわりのハル」と「空のうえのダイチ」で構成されます。ハルもダイチも不思議な世界に迷い込むのですが、それが夢の中でのことなのか、実際に迷い込むのかがわからないし、そもそもどこが現実の世界でどこが不思議な世界の中でのことなのかの区別が付きません。
 また、不思議な世界には白いウサギが登場しますが(まるで「不思議の国のアリス」みたいです。)、それはいったい何を表しているのか。また、顔に赤い痣のある男はいったい何者なのか、結局最後まで明らかとされません。
 冒頭、葬式に出席しなかったシュウちゃんに何かがあったらしいと伏線が張られ、不思議な世界にそのシュウちゃんが登場していることから、シュウちゃんは事故か何かで死んでしまい、不思議な世界とはもしかしたら死者の世界かとも想像したのですが、「空のうえのダイチ」でシュウちゃん同様、不思議な世界の重要な登場人物が、現実の世界にも出てきましたから、そうではないのでしょう。結局、まったく何もわからずにページを閉じることになりました。ちょっと拍子抜けの1冊。 
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春の嵐  講談社 
 南部芸能シリーズ第3弾です。7編が収録された連作短編集です。
 今作ではコンビ名がメリーランドに決まった新城と溝口の話を冒頭とラストに置き、間を彼らに関わる人たちの話で構成しています。芸能人の世界の中で、なかなか芽が出ないで悩み苦しむ人だけでなく、そんな彼らを支える家族や恋人、友人も皆それぞれの悩みを持ちながら生きている様子が描かれていきます。
 コンビ名がメリーランドと決まったが、未だにプロとしての活躍できない中、大学の同級生が就活に一所懸命なのを見て、このまま芸人になるのか迷う新城。そんな新城に溝口はある言葉を投げかける。(「プロ])
 弟から芸人になるという決心を聞き、弟に甘い両親に代わって弟に意見しようとする新城の姉。そんな自分も恋人との関係や結婚について迷っていたが・・・。(「姉と弟」)
 恋人が妊娠したことで、芸人を辞めようとするナカノシマの中嶋だったが・・・。(「家族」)
 実家住まいのインターバルの榎戸は、実家を出て一人暮らしをしようとするが、周囲からは絶対無理だから止めろと言われる。(「一人暮らし」)
 就活をする同級生を横目に故郷で農家を継ごうと決めている新城の友人の橋本。彼は物まね芸人の岸田とつきあっているが、彼女が自分を本当には好きではないとわかっている。 (「東京」)
 三度の離婚を経て今は一人暮らしをしている手品師のテネシー師匠。「嫌いな相手」が亡くなったと聞き、昔のことを思い出す・・・。(「ピン芸人」)
 新番組に南部芸能事務所からナカノシマが出演することとなり、うらやましさを感じる溝口だったが、社長から思わぬ話がもたらされる・・・。(「春の嵐」)
 新たな展開を予想されるラストで物語は終わります。メリーランドの二人がこれからどうなっていくのか、まだまだ目が離せません。 
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感情8号線  祥伝社 
 題名の「感情8号線」は「環状8号線」をもじったもの(だと思います。)。物語は、環状8号線(環八)沿いの6つの町、北から順に荻窪、ハ幡山、千歳船橋、二子玉川、上野毛、田園調布を舞台にした連作短編集となっています。
 6つの話の登場人物は、バイト仲間の男性に片想いの真希、同棲している男からDVを受けている絵梨、結婚したのに昔の恋人に会って心揺れる亜実、夫が浮気をしているのではないか疑う芙美、アラサーとなって結婚願望が出てきた里奈、田園調布に家のあるお嬢様なのに舞台で一目惚れした男が働く中華料理店でアルバイトをする麻夕と、すべて女性。各話とも一人称で書かれているので、それぞれの立場の女性たちの気持ち、主に片想いの男や恋人、夫に対する想いがストレートに描かれていきます。
 女性の立場になって彼女たちの気持ちを推し測ることは難しいのですが、その中で、総合職で同期の同僚に自分の方が出世すると言い放つほど表面上は強い女性なのに、社内不倫をしたり、行きずりの若い男とホテルに行く里奈は、読んでいてちょっと痛々しい感じがします。ラスト、ある男とのその後を予感させる終わり方ですが、あの男でいいの?と、これまた心配。
 田園調布の麻夕には、どうしようもないお嬢さんだなあと思いながら読みましたが、今後の成長を期待させるラストには拍手です。
 この話のあの人がこっちの話に出ていたりと、登場人物が何らかの繋がりがある構成になっているのが、連作ならではのおもしろいところです。 
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オーデション  講談社 
 7話からなる南部芸能事務所シリーズ第4弾です。
 今回は全体を通して1年間の長丁場となる深夜のオーデション番組に臨むメリーランドの新城たちの様子を、これまでどおり、語り手を変えながら描いていきます。オーデションの様子を直接には描かずに、勝ち抜いたかどうかの結果は次の語り手の際にサラッと語られるという形をとっているのが、ちょっと拍子抜けという感じがしますが、それもこのシリーズの特徴でしょうか。
 冒頭とラストの話がシリーズのメインキャラクターである新城と溝口が語り手というのはいつもどおり。この二人の間にメリーランドのライバルであり、彼らより才能のあるインターバルの佐倉と榎戸、そして、メリーランドと同じ南部芸能事務所のナカノシマの中嶋、野島、中野が語り手となった話が挟まれます。
 才能があると言われながらも、逆に自分たちを信じ切れないインターバルの二人の苦悩や子どもの出産を前にした中嶋、二人の女性のどちらが好きかで悩む野島、お笑い芸人になることを父親に認められたい中野とみんながそれぞれの悩みを持ってオーデションに臨みます。
 果たして、オーデションを勝ち抜いたのは誰なのかはネタバレになるので伏せますが、「インポケット」で新シリーズ第1作の連載が始まっており、今後のメリーランドやナカノシマ、インターバルがどうなるのか、そしてこのシリーズの着地点はどうなるのか、気になるところです。
 ところで、オーデション番組のメイン司会者の大鳥に元AKBの大島優子さんを重ねたのは僕だけでしょうか。 
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罪のあとさき  双葉社 
 恋人のストーカーまがいの行為に嫌気がさし別れを告げたところ、暴力を振るわれ、身体ばかりか心に大きな傷を負った楓。恋人から逃れるため、会社も辞め同級生の芽衣子が紹介してくれた従兄弟の営むカフェでアルバイトをしている。ある日、店主に連れられ、店の椅子を注文した家具工房に出かけたところ、そこで弟子をしているという卯月正雄に声をかけられる。彼は中学生の頃、教室で同級生をナイフで殺した過去を持っていた。
 物語は、楓の視点で描かれる現在のパートと正雄の視点で描かれる彼らが中学生の頃のパートが交互に語られていきます。
 テーマは過去の罪はいつ許されるのかだと思うのですが、それよりは、ストーリーの前提となる楓の行動が気になって仕方ありませんでした。恋人だった男からあれほど酷いことをされながら、なぜ簡単に正雄に心惹かれてしまうのでしょうか。男性に対し、あれだけのトラウマを持ちながら、正雄の行動に簡単に心を許しすぎる気がします。最初にそう感じてしまったせいか、なかなか物語の中に入って行くことができませんでした。
 だいたい、正雄が殺人を犯した理由が殺すべき命だからということでしたが、果たして彼の心は医療少年院から現在までの間で変わることはできたのでしょうか。その点がはっきりとは描かれていません。もしかしたら、正雄は楓のためならまた罪を犯すことは厭わないのではないかと考えてしまいます。 
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タイムマシンでは、行けない明日  ☆  集英社 
 丹羽光二は種子島で暮らす高校1年生。気になっていた女の子・長谷川さんをロケットの打ち上げ見学に誘うことができたが、待ち合わせの場所で長谷川さんはてんかん発作を起こした男の運転する車に轢かれて命を落としてしまう。光二は仙台の大学に進学し、いつかタイムマシンで長谷川さんを助けるために事故の起こる前の時間に戻ろうとタイムマシンの研究に没頭する・・・。
 先に刊行されている短編集「ふたつの星とタイムマシン」とリンクがある作品です。そちらの登場人物たちが顔を出しており、この作品単独でも問題ありませんが、そちらを読んでいるとより楽しむことができます。
 タイムマシンものといえば、タイムパラドックスの問題とか、それを解決するためのパラレルワールドの理論等がでてきますが、この話でもそこは同じです。過去に光二が行くことにより、過去が変わってしまい、向かった世界では交通事故死したのが光二自身ということになり、更には光二は元の世界に戻れなくなってしまいます。
 ラストは予想できませんでした。好きと告白しないうちに永遠に別れることになってしまった長谷川さんの命を救うためにタイムマシンを開発しようとした丹羽光二。そんな丹羽に恋し、教授から管理を委ねられていたタイムマシンを丹羽に使用させる魚住さん。丹羽が亡くなったことで心に傷を負った長谷川さん。そしてラストで丹羽を待っていた人物。SFという形をとった、それぞれの想いがあまりにせつない恋の物語です。

(ここからネタバレ)
 種子島の宇宙開発研究所で出会った村上さんという女性は、長谷川さんを轢いた加害者の娘でしょう。想像するに、丹羽がいた前の世界とはまた別の世界で丹羽は村上の娘と出会い恋に落ちたが、加害者の娘であることがわかり、二人の関係にわだかまりがないようにするため、村上の娘は事故を防ぐためにタイムマシンで過去に戻るが、失敗し、丹羽同様に自分がいた元の世界に戻れなくなってしまったということでしょうか。
A:丹羽のいた世界。ここでは長谷川さんがてんかん発作を起こした村上の運転する車に轢かれて死ぬ。大学に入った丹羽は同じ研究室の魚住さんの協力を得て、事故を防ぐためタイムマシンで過去に行く。
B:Aの世界から丹羽が来た世界。ここでは高校生の丹羽自身が事故で死んでしまう。Aの世界からやってきた丹羽はAの世界に戻ることができず、Bの世界で生きていく。この世界の大学には魚住さんはいないが、タイムマシンの発明者である井神先生とその世話をする夜久君がいる。また、Cの世界から村上の娘が事故を防ぐためにやってくる。
C:村上の娘と丹羽が交際している世界。村上の父が起こした事故で丹羽の好きだった長谷川が死んだことを知り、村上の娘はタイムマシンで過去に行く。 
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コンビ  講談社 
 現在、「M1グランプリ」や「R1グランプリ」などがテレビで中継され、お笑い芸人たちがテレビに顔を出さない日はありませんが、テレビに出て活躍するのは、ほんの一握り。グランプリで優勝した芸人の後ろには数多くの芸人がいるようです。そんな芸人たちの売れたいという気持ちをお笑いコンビ、メリーランドの新城と溝口、そして彼らの周りの人々を通して描いた南部芸能事務所シリーズですが、今回の第5弾をもってシリーズ終了となります。
 7編が収録されていますが、冒頭の話が新城を、ラストの話が溝口を主人公にしているのはいつもどおりです。ただ、今回はそれだけではなく、シリーズ最終作らしい体裁がとられています。冒頭の「コンビ」、続く「ラブドール」、「中間地点」、「歯車」、ラストの「サンパチ」の5編はシリーズ1作目の「南部芸能事務所」の収録作品と題名が同じで、更に主人公も新城、津田、“ナカノシマ”の中野、“スパイラル”(“スパイラル”は解散してしまったので元“スパイラル”ですが。)の長沼、そして溝口であることも同じです。4編目の「ファンシー」もシリーズ2作目の「メリーランド」の収録作である鹿島さんを主人公にした「ファンシー」と同じです。6編目の「南部芸能事務所」もシリーズ第1作目のタイトルと同じです。ここでは、事務所の社長・南部が語り手となり、男性だけど心は女性である南部の現在までの人生が最終作にして初めて語られます。
 前作の「オーディション」で、決勝まで勝ち抜きながら最後で“ナカノシマ”に敗退した“メリーランド”。オーディションに落ちたという現実は、新城と溝口に重くのしかかります。そんな新城と溝口が、そして彼らの周囲の芸人たちが、恋や今後の生き方に悩みながらも、誰もが前を向いて進んでいくラストで、シリーズ大団円です。 
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消えない月  新潮社 
 河口さくらは28歳のマッサージ師。短大卒業後信用金庫に入ったが、客の老人に優しく対応したところ、ストーカーまがいなことをされ、そのことをさくらにも落ち度があったと非難されたことから、いたたまれなくなって退職し、東京に出てきてマッサージ師の専門学校に通い資格を取って、マッサージ店で働いていた。そんなある日、大手出版社に勤めるという常連客の松原から食事を誘われ、交際を申し込まれる。最初は楽しい日々を過ごしていたが、やがて松原の本当の顔を見ることとなったことから、別れを切り出すが松原は了解せずさくらにつきまとう・・・。
 ストーカーによる殺人事件、それも被害者が警察に相談していたにもかかわらず被害に遭ってしまうという事件が少し前に起きました。最近多くなっているストーカー行為を処罰するために、ストーカー規制法という法律ができましたが、被害を完全に食い止めることはできないようです。この作品では、ストーカーをする方の松原と、される方のさくらの二人の視点で“ストーカー”が描かれていきます。
 ストーカーをされる方にも問題があるのではないかと時に言及されますが、確かに、相手に思わせぶりなことを言ってしまったり、逆に相手の行為をはっきり断れなかったりということもあったかもしれません。しかし、そうであっても、ストーカーは絶対的にする方が悪いのです。
 しかし、ストーカーになる者にそんな理屈は通じないようです。この物語ではストーカーをする松原の心理が描かれていますが、読んでいて、ここまで自分のいいように考えたり、解釈できたりするのかと呆れかえってしまいました。考え方が自己中心的で、彼のことを知った女性に嫌われるのも無理ありません。女性の人格を認めないことがおかしいことを気づかないのかと思ってしまいます。父親に文句も言わず従っていた母親と同じ女性を探そうとするとは、マザー・コンプレックスかとも思います。読みながら、途中で投げ出したくなりましたが、どこかでこの男にも鉄槌が下るのだろうと期待して読み進めていたのですが・・・。救いようのない結末に唖然です。読後感最悪です。 
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シネマコンプレックス  光文社 
 ショッピングセンター内にあるシネマコンプレックスで働くスタッフを主人公にしたクリスマス・イブの1日を描く7編が収録された連作集です。映画館の大きなスクリーンで映画を観るのが大好きな僕にとっては、映画館で働くというのは興味があり、そのためすっと物語の中に入っていくことができました。
 主人公となるのは、チケットのもぎりや館内の案内・清掃をする“フロア”の島田貴美、飲食売店の“コンセッション”の菊池、チケットを売る“ボックス”の宮口、グッズ売店の“ストア”の加藤、映写担当の“プロジェクション”の岡本、事務所にいる“オフィス”の千秋、“フロア”の新人アルバイトの片山の7人。そんな彼らが、自分の仕事のことを考え、家族のことを思い、更には他のスタッフに恋するなど、クリスマス・イブの日を映画館で過ごすスタッフたちの様子を視点を変えながら淡々と描いていきます。ある人の視点で描かれるものが、他の人の視点ではまた別のように見えるという面白さがあります。
 事件など起こらないストーリーの中で、読む人の興味を惹くのは“フロア”の貴美と“プロジェクション”の岡本との関係です。二人の間には5年前のクリスマス・イブの日に何かがあったことが各話の登場人物たちの口から語られますが、それが何だったのかは後半まで明らかにされません。気になる謎として読者を引っ張ります。
 どの主人公もいろいろ悩みながらも、ラストは前向きで終わるので読後感はいいです。 
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大人になったら、  中央公論新社 
 チェーン店のカフェ「キートス」の副店長、葛城命(カツラギメイ)は35歳。高校生の頃から交際してきた男と結婚かと思ったら別れを切り出され、以後8年間、男性と交際した経験もない。35歳となって高齢出産ということも意識し、人生のことももう少し考えなくてはならないと考えるが・・・。
 女性の結婚年齢が上がって(というより、結婚をしない女性も増えてきて)、35歳で独身の女性は私の周囲にも大勢います。そんな女性たちのひとつの姿がメイなのかもしれません。
 物語は、大きな事件が起こるわけでもなく、35歳となったメイの日常を淡々と描いていきます。副店長として、なかなか仕事を覚えない帰国子女のイケメン新人、杉本君に手を焼き、プライベートではデートをするわけでもなく、高校時代からの友人であるみっちゃんとの愚痴を言い合う気の置けない時間を過ごします。
 そんなメイも、開店後すぐに来て、鶏肉メニューを必ず注文する予備校教師が何となく気になるようになったり、店長試験に頑張ったりと穏やかだった人生に少しのさざ波が立つようになります。ラストは、頑張って生きるメイへのささやかなプレゼントですね。 
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神さまを待っている  文藝春秋 
(ちょっとネタバレ)
 本当に読むのが辛い物語でした。途中で何度投げ出したくなったことか。
 水越愛は大学卒業後、派遣社員として文具メーカーで働いていた。当初、3年の契約期間終了後は正社員として採用すると言われていたが、契約期間終了間際上司に呼ばれた愛は、会社の業績悪化で正社員の話は白紙になったと告げられる。次の契約社員としての仕事がなかなか見つからず、失業保険で食いつないでいたが、家賃も払うことができないようになり、アパートを退去し、漫画喫茶で宿泊するホームレスとなってしまう。そんなある日、高校を中退した同級生から声をかけられた愛は彼女の勧めで出会い喫茶で働くこととなる・・・。
 最近“貧困女子”という言葉が目につくようになりました。非正規雇用で働いても月収は10万余り。アパート代も払うことができず、カートに生活に必要な最低限の荷物を詰め込んで漫画喫茶等で暮らしている女性のことです。この作品の主人公、水越愛も正規雇用の職がなく、派遣の職も失い、ホームレスまで転落するのはあっという間でした。20代の若い女性が公園での炊き出しに並ぶなんてあまりに悲惨です。このところ雇用環境が好調で有効求人倍率が高水準なんて、本当なのかと思ってしまいます。
 畑野さんのインタビューを読むと、畑野さん自身、父親が月に2、3度しか家に帰ってこなかったというし、短大卒業後は日雇いバイトも経験したそうですから、この作品には畑野さん自身のことがかなり色濃く反映されているようです。
 様々な貧困女性が登場しますが、働けば解決するだろうとか、行政が介入すれば解決するだろうとか簡単に言えないような人ばかりです。家族がいればホームレスになることはないだろうと普通考えてしまいますが、この物語でも描かれているように、家族があってもホームレスにならざるを得ない事情の人も現実にはいるようです。また、そうなったのも自己責任だろうと突き放すことも一概にはできない気もします。たまたま、愛には区役所の福祉課に勤める同級生の雨宮がいたから貧困女子から抜け出すことができましたが、それぞれの貧困に陥る原因を取り除くことはなかなか難しいことですね。 
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若葉荘の暮らし  ☆  小学館 
 洋食店「アネモネ」でバイトをする望月ミチルは40歳、独身。新型コロナの感染拡大で「アネモネ」も時間短縮で経営は下降気味。バイトであるミチルの収入も減少し、貯金を切り崩す生活を送っていた。経費を切り詰めようと、「アネモネ」に酒を納品する酒屋のメグミの紹介で40代以上の女性限定、トイレ,風呂は共同の木造二階建てのシェアハウス「若葉瘡」に移り住む。そこには、大家のトキ子、有名企業に勤める50代半ばの真弓、薬局に勤める50代後半の美佐子、若い頃は人気作家だったが今は作品が書けない43歳の千波が同居人として住んでおり、そして、ミチルの後に介護関係の仕事をする40歳の幸子が入居してくる。
 女性の1度も結婚しないという生涯未婚率は、20%近くあり、離婚率も30%以上となっている現在、男性に限らず、この作品の登場人物のように結婚をせず、あるいは離婚をして一人でいる女性も多くなってきています。こうした女性だけのシェアハウスは今後増えてくるかもしれませんね。
 住む人たちは、ある意味訳アリの人たち。ラスト近くで大家のトキ子の秘密が明かされたときにはびっくりしました。今ならともかく、トキ子が生きてきた時代には他人からの理解はとても得ることはできなかったでしょう。そのほか、真弓、美佐子、千波のこれまでの人生が描かれていくのですが、皆それぞれいろいろなことがあったんですねえ。ラスト、ミチルにとって前向きな話が進んでいくところで終わるのがいいですね。 
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トワイライライト  ignition gallery 
  1年前に福島から大学入学のために東京へやってきた森谷未明。しかし、コロナ禍のために授業はリモートばかりで、なかなか友人ができなかったが、アルバイトをしているコンビニに偶然客としてやってきた同級生の中島優菜に声をかけられ、初めて友人を得ることになる。また、住んでいる三軒茶屋のカフェが併設された個性的な本屋さんで出会った男性から食事に誘われるようにもなり、彼女の東京生活は新たな道に進んでいく・・・。
 新型コロナのまん延している時期に大学生になった人は、いわゆる“青春”を謳歌することができなかったでしょうね。特に地方から東京に出てきた若者は東京の楽しい生活を満喫できるかと思っていたのに外出は制限され、リモート授業ばかりでは友人の作りようもないです。かわいそうとしか言いようがないですが、この物語ではコロナ禍に大学生になった未明がようやく友人を作り、そして恋人ができるという過程を淡々と描いていきます。何か大きな事件が起きるのでもなく、コロナ禍故の物語ではないでしょうか。

※この作品に登場する本屋&ギャラリー&カフェ「twililight」は三軒茶屋に実際にあるそうで、店主も熊谷さんだそうです。
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