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馳星周の本棚

  1. ソウルメイト
  2. 陽だまりの天使たち ソウルメイトU
  3. アンタッチャブル
  4. 少年と犬

ソウルメイト 集英社
 犬と人間との関わりを描いた7編が収録された短編集です。
 登場する犬は、チワワ、ボルゾイ、柴、ウェルシュ・コーギー・ペンブローク、ジャーマン・シェパード・ドッグ、ジャック・ラッセル・テリア、バーニーズ・マウンテン・ドッグの7匹です。
 我が家も3年前まで犬を飼っていました。世話をしていたのは妻や子で、僕自身はまったく世話をしなかったのですが、そんな僕にもなるほどなあと思わされる話が詰まった1冊です。15歳で亡<なった我が家の犬のことを思い出しながら、いっき読みでした。
 どの話も、犬が家族の中で大きな居場所を占めています。とにかく、犬を家族の一員として愛する人の話ばかりで、泣かせます。中でも、震災で亡くなった母親の飼っていた柴犬を被災地で探す話は心にグッときます。ラストの話を読んでいるときは、息を引き取る直前に妻に抱かれながら一声鳴いた我が家の犬のことが思い起こされて、涙腺がゆるみました。愛犬家にとっては、たまらない1冊でしょう。
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陽だまりの天使たち ソウルメイトU  集英社 
 人間と犬との関わりを描いた「ソウルメイト」第2弾です。
 収録されている作品は7編、すべて犬種の異なる犬が登場します。今回登場するのは、トイ・プードル、ミックス、ラブラドール・レトリーバー、バセット・ハウンド、フラットコーテッド・レトリーバー、フレンチ・ブルドック、バーニーズ・マウンテン・ドッグの7種。バーニーズ・マウンテン・ドッグだけは前作にも登場していました。
 どの作品も人間と人との心の交流を描いていきます。愛犬より先に逝くことになってしまった娘と彼女に寄り添う犬、家族に見捨てられた男と彼の元に現れた捨て犬、死んだ愛犬が忘れられない娘と親犬に噛まれて不細工な顔になったのに笑顔を見せる犬、不治の病に罹り苦しむ犬に安楽死を決意する家族、人嫌いな作家と彼の元にやってきた盲導犬、老人と亡くなった老妻が残した雑種の犬、三代目の犬が病気だったことを気づかなかったことを後悔する男、どれも感涙の物語となっています。
 子どもの頃犬型犬に飛びかかられて、向こうは遊ぶつもりでも、こちらは恐怖を感じて大泣きで、以来猫よりは犬と思いながらも、それほど犬好きではない僕からすると、泣かせることが見え見えの作品だなあと穿った考えもしてしまうのですが、犬好きの人にとっては堪らない短編集でしょう。冒頭の詩にも犬を単なるペットではなく、家族の一員と考える様子が表れています。 
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アンタッチャブル  ☆  毎日新聞出版 
 受賞は逃したものの、第153回直木賞候補作となった作品です。
 容疑者追跡中に人身事故を起こした捜査一課の宮澤は左遷され、警視庁公安部外事三課に異例の異動となる。直接の上司は、資料室に机のある椿警視。彼は東大法学部を首席で卒業し、家柄も良く、公安刑事としても優秀で、かつては将来の警察庁長官と有望視されていたが、妻の浮気、離婚を機に、「頭がおかしくなった」と噂され、閑職に厄介払いされていた人物だった。ちょっとしたことで拗ね、ちょっとしたことで気分がよくなる図体のでかい子どもと同じ椿の行動の監視を宮澤は課長から命じられる。
 椿は彼の妻を奪った元公安刑事と会っていた韓国人女性を北朝鮮のスパイだと断定し、彼女の行動を監視し始める。宮澤は椿の妄想だと思いながらも、椿に引っ張り回されるが、次第に彼女の周りに怪しげな人物が現れ始める。椿はテロが計画されているとして捜査を続けるが、果たしてこれは頭のおかしい椿の妄想なのか、それとも本当にテロが計画されているのか宮澤は戸惑う。
 馳星周さんの作品では、デビュー作の「不夜城」とあとは最近刊行された「ソウルメイト」「ソウルメイトU」くらいしか読んでいません。いわゆるノワール小説の書き手という印象が強いのですが(「ソウルメイト」はまったく趣を異にしますが)、今回は読み始めたときからどうも勝手が違いました。公安警察といえば最近では逢坂剛さんの百舌シリーズを思い浮かべますが、椿警視は、倉木のような非情な刑事とは異なって、非情な面も見せるが、どこかズレてしまっている刑事。その言動、行動には思わず笑ってしまい、この作品はコメディーかと思うほどでした。
 一方、深刻な事情を抱える宮澤にしても、椿に振り回され、ある女性との結婚の約束までさせられる状況に陥ってしまったところには大いに笑わせてもらいました。500ページ以上の大部でしたが、2日間でいっき読み。椿警視のキャラと好対照な宮澤のコンビのおもしろさによるところが大です。
 ただ、事件の結末からすると、果たしてこの椿という人物の木当の正体は何かが大いに気になります。本当に頭がおかしいのか、それともおかしくなったふりをしているのか、それが最後まで読んでも明らかにならないところが、どうにも消化不良です。続編に期待です。 
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少年と犬  文藝春秋 
 第163回直木賞受賞作です。
 馳星周さんといえばデビュー作の「不夜城」からノワール小説の書き手という印象が強いのですが、犬好きは有名なようで、作品としても人間と犬の関わりを描いた「ソウルメイト」や「陽だまりの犬たち ソウルメイトU」があります。今回の作品はそんな犬好きの馳さんらしい、1匹の犬と人間との交流を描いた6話からなる連作集になります。
 狂言回しの役目を与えられた犬はシェパードと和犬との雑種である“多聞”という名前の犬。東日本大震災により飼主と離れ離れになったらしい多聞は、仙台で認知症の母とその介護をする妹のために犯罪に手を染めた男に拾われます(「男と犬」)。次に、窃盗グループのフィリピン人の男と行動を共にし、日本を脱出するために新潟に向かいます(「泥棒と犬」)。その後、富山の山中でスキー選手になる夢を怪我で断念し、今はトレランに夢中で、無農薬野菜のネット販売をする妻にほとんど食べさせてもらっている男と出会い(「夫婦と犬」)、滋賀では猪と戦って傷ついたところを自分のひもだった男を殺した女に拾われ(「娼婦と犬」)、島根では先立った妻と同じ病気になり猟師をやめた男の元に現れ(「老人と犬」)、熊本では東日本大震災で被災し、移住してきた家族に出会います(「少年と犬」)。
 最終話になって、多聞が常にある方向をじっと見ていた理由がわかり、更にその先の展開は感動のラストへと繋がります。ここは、いくら何でも犬がそこまでできるかと懐疑的な人でも(かくいう僕もそうなのですが)、じ〜んと胸打たれます。
 多聞が出会った人々は誰もがそれぞれの心の中に痛みを抱えており、だからこそ、多聞と関わることになったともいえますが、「少年と犬」以外は、どれもラストは感動ではなく、かなり辛い結末に終わっています。
 災害避難所ではこの作品の中にも書かれているようにペットとの同伴はできないようですが、改めてペットとは何かを考えさせる作品でもあったと言えます。何はともあれ、犬を“ソウルメイト”と思う馳さんらしい作品でした。 
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