第16回日本ミステリー大賞新人賞受賞作品です。
冒頭、判決の言い渡し場面から始まります。被告人は43人もの大量殺人を犯した男。物語は5年前に遡り、介護が必要となった親を抱える者、介護の現場で働くものの視点で事件の発覚までが描かれていきます。
超高齢化社会の中での介護をテーマに書かれたミステリーです。2000年から介護保険制度が始まって25年目を迎えています。以前は親の介護は当然子どもがすべきだという考えの中、親を施設に入れることに近所の白い目や家族自身の負い目があったと思いますが、介護保険により、ようやく介護を公的な制度に委ねるという考えも定着してきたようです。しかしながら、いまだに介護保険をうまく使えずに、老老介護の果てに無理心中という事件もあとを絶ちません。逆に同じ敷地内に住んでいるのにヘルパーにまかせっきりで、まったく親の介護にかかわらない例も話に聞きます。そんな事実を耳にすると、介護保険制度がうまく回っていないのだろうなあと考えざるを得ません。
また、猫の目のように変わる制度の中、当初は成長産業だと思われていた介護事業も、多くの企業が乱立する中で、厳しい状況にあるのは、この作品中にも書かれていたとおりのようです。ころころと制度が変わって企業の儲けが出ないようにするのは、もちろん介護保険の財政状況が厳しいせいもあるでしょうが、それ以上に、介護によって儲けることは悪だという気持ちがまだ国民の中にあるせいかもしれません。
この作品では、この介護というものに内在する大きな問題、例えば誰もがいつかは直面する親の介護を厭うことは悪なのか、介護ビジネスで儲けることは悪なのかという問題を読者に突きつけます。犯人が逮捕されたあとの犯人と介護が必要な父親を抱える検事との対峙の場面は考えさせます。
大量殺人を犯した“彼”とは誰なのか。貫井さんのある作品を思い起こすというような感想もありましたが、見事に作者に騙されました。ミステリーとしても十分読み応えがある作品となっています。おすすめです。 |