道徳の時間 | 講談社 |
第61回江戸川乱歩賞受賞作です。 ビデオジャーナリスト伏見が住む鳴川市で連続イタズラ事件が発生。現場にはそれぞれ「生物の時間を始めます」「体育の時間を始めます」というメッセージが残されていた。さらに地元の名家出身の陶芸家が服毒死した現場に「道徳の時間を始めます。殺したのはだれ?」というメッセージが残されていたことから、連続イタズラ事件との関連が注目され、自殺と思われていた陶芸家の死が殺人ではないかという疑いが持ち上がる。時を同じくして伏見の元に13年前に鳴川市の小学校で起こった教育界の重鎮の刺殺事件のドキュメンタリーを制作するに当たって、カメラマンをしてほしいとの依頼がある。重鎮の教師時代の教え子でもあった犯人、向晴人が黙秘する中で漏らしたのは「これは道徳の問題なのです」というたった一言。現在の事件との関連があるのでは考えた伏見は仕事を引き受けることとするが・・・。 事件現場に「生物の時間を始めます」「体育の時間を始めます」「道徳の時間を始めます」というメッセージが残されるという状況設定は、読者を引きつける謎としては十分なものがあると思います。僕自身も図書館に入るのを持ちきれずに早く読みたいと購入してしまった口です。また、現在に起こった事件とメッセージがリンクする13年前に起こった教育界の重鎮の教え子による刺殺事件がどう結びつくのかも、大いに気になるところとなります。更に、13年前の事件が冤罪ではないかとの疑いが出てくる中で、ドキュメンタリーを監督する越智冬菜の思惑は何なのかという謎もわき上がってきます。加えて、陶芸家の家はゴミ屋敷化していて、メッセージが書かれた場所には子どもでないと行けないという状況がわかり、伏見は息子が関わっているのではないかと親として苦悩する姿が描かれるなど、読みどころは満載です。 そういう点では非常にリーダビリティーは高いのですが、いざ謎が明らかとなって唖然としたのは、ある人物の行動の動機です。これは、乱歩賞の選考委員の選評の中でもかなり厳しい批判がなされています。その動機でここまでするのかということを読者に納得させるのは難しいのではないでしょうか。リアリティがなさすぎます。 連続イタズラ事件の真犯人の動機も釈然としません。あの書き残したメッセージは、向をまねしたのか、それともたまたま同じものだったのか。どこかに書いてありましたっけ? また、結局、越智が求めていたものとは何だったのかもちょっとわかりにくいです。 |
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ロスト | 講談社 |
江戸川乱歩賞受賞後第1作です。 コールセンターで働く女性・村瀬梓が誘拐され、身代金要求の電話がコールセンターにかかってくる。その内容は警察官100人に100万円ずつ持たせろというもの。その後の犯人からの電話で警察官100人は身代金を持って犯人の指定する全国各地に向かう。一方、女性が所属する芸能プロダクションにも彼女を誘拐した旨の電話が入ってくる。プロダクションの社長・安住はかつて裏社会で生きていた頃、ひとりの政治家を自殺に追いやり、その母と娘が精神を病むなど家族を不幸のどん底に落とした過去かあり、それを恨んだ政治家の秘書だった男・室戸により、時々拉致され、暴行を加えられていた。 物語は、犯人から交渉役に指名されたコールセンターの下荒地、プロダクションの社長の安住、身代金の運び役のひとりである生活安全課の競艇好きの鍋島巡査部長、自分には感情が欠如しているようだと自覚している捜査の指揮を執る大阪府警・特殊捜査班の麻生警部とその部下の軍曹と渾名される三溝警部補らを描きながら進んでいきます。 なぜ、芸能プロダクションに所属し、コールセンターに勤める村瀬梓が誘拐されたのか。なぜ、犯人は彼女が働くコールセンターに身代金の要求電話をかけてきたのか。なぜ、犯人は警察官100人を身代金の運び役に指定したのか。なぜ、犯人は運び役の警察官の何人かの移動に無理な時間を設定したのか。複雑に絡み合った様々な“なぜ”が麻生らの捜査の中でしだいに明らかになっていきます。 特に、通常誘拐事件であれば警察には知らせるなと犯人は要求するのに、知らせるどころか、身代金の運び役を警察官、それも100人の警察官にするという点がこの作品の一番の注目点です。これだけの“なぜ”を疑問を挟むことのないように解きほぐしていくところは呉勝浩さんの筆力のなせるところでしょう。 最後まで明かされることのない、読者に想像させるこの誘拐事件の本当の動機はあまりに悲しいものがあります。ネタバレになるので詳細は語ることができませんが、ここに警察官に無理な移動をさせた理由があり、その結果として起こることを必然に思わせる理由があったとは、想像もできませんでした。本の紹介に「罪に期限はあるのか」と書かれていましたが、それ以上に「犯罪によって傷を負った人はいつ癒えるのか」と問いたい話でもあります。 作者の呉勝浩さんは実際にコールセンターで働いているそうですが、その経験がこの作品に大いに活かされているようです。 |
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蜃気楼の犬 ☆ | 講談社 |
通常、警察小説の主人公の刑事といえば、家庭を顧みないで捜査に邁進するという印象が強いのですが、この作品の主人公である県警捜査一課の刑事・番揚は、二回りも歳の離れた身重の妻・コヨリを愛する、警察小説の主人公としてはちょっと異質な刑事です。といっても、警察小説にありがちな捜査手法が型破りの組織の中でのはぐれ者ではありません。ただ、彼が犯人を逮捕する理由が、野放しにしておけばいつか自分の妻や産まれてくる子どもが被害に遭うかも知れないという思いからであるところが、他の刑事だちとは異なります。 そんな番場とコンビを組むのが、真っ直ぐな“正義”を主張する新人刑事の船越です。いつも一途な故に失敗し、ライバルの女性刑事・前山にはやり込められる船越を口ではからかいながらも心の中で成長を期待する番場が、また何とも言えず男として惹かれます。 物語は、番場と船越が捜査する5つの事件を描いていきます。 マンションの一室で女性のバラバラ死体が発見されたが、切り取られた2本の指が被害者ではない他人の指だった。やがて、別の場所で同じように身体が切断された女性の死体が発見される。果たして犯人は何のために指の取り替えを行ったのか(「月に吠える兎」)。 交差点で男の死体が発見され、死因は高所からの墜落死と特定されたが、一番近いビルから飛び降りても、到底交差点には落ないという不可解な状況にあった。いったい、被害者はどこから飛び降りたのか、それとも突き落とされたのか(「真夜中の放物線])。 駅の連絡通路から男が転落死する。男は介護士で、転落した男のそばには、介護を受ける老人がいたが、事件について何も語ろうとしなかった。果たして、事故なのか、老人が突き落としたのか(「沈黙の終巻駅」)。 幼稚園で立て龍もり事件が発生したが、犯人の男は人質に取った女性教諭に逆にナイフで刺されて死亡する。正当防衛と思われた事件に、女性刑事の前山は疑問を呈する(「かくれんぼ」)。 雨がふりしきる早朝、連続狙撃事件が発生し、4人の男女が死傷する。無差別殺人ではなく、4人に何らかの繋がりがあったのではないかと捜査が進行中、ある人物から番揚に思わぬ情報がもたらされる(「蜃気楼の犬」)。 ラストの「蜃気楼の犬」には、前作までの登場人物が前の事件とは関係なく再登場しており、ある意味ラストを飾るストーリー展開となっています。 この連作短編集は、単に番場のキャラで読ませるだけでなく、島田荘司さんを思わせる大仕掛けのトリックやスクランブル交差点の中心を殺害場所に選んだ理由などミステリとしての謎解きの部分もなかなか読ませます。ただ、ラストでも番揚とコヨリが結婚した経線やコヨリの兄との関係が描かれなかったのは、読者としては消化不良です。続編があるのかな。 |
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白い衝動 ☆ | 講談社 |
奥貫千早は小中高を一貫校を経営する私立の学校法人に勤務するスクール・カウンセラー。ある日、彼女の元に高等部1年生の野津秋成が相談に訪ねてくる。彼は、先頃起こった学校で飼育している山羊が刃物で切られた事件は自分が犯人だと言い、殺人衝動があることを告白する。一方、かつて女性3人を強姦し、足の指を金槌で叩きつぶしたり、手の指を切り落としたり、目を潰したりという残虐な行為を行い、逮捕された入壱要が刑期を終え地元に住んでいるという噂が流れる。千早はかつて入壱とある繋がりがあったが・・・。 非常に難しいテーマの作品です。罪を償った者を許すことができるのか。同じ社会の中で一緒に暮らしていくことができるのか。アメリカではミーガン法(メーガン法)という性的犯罪者の情報公開を行う法律がありますが、日本にはありません。この作品では、被害者の関係者から入壱の現住所が世間に暴露され、近隣は彼の退去を求めます。 入壱の犯行はあまりに残忍で、殺人に至らなかったので、死刑とならなかったものの、被害者家族はもちろん、世間の人も、ここに描かれた彼の犯行を見れば、なぜ死刑ではないと思うのも無理からぬところです。それゆえ、実際にそのような犯罪を行った男が近所に住んでいるとなると、住民が不安に思うのももっともだと思います。ましてや、金属バットを持ってうろついているのでは尚更です。しかし、では彼らのような者はどこに行ったらいいのか、罪を償った者を隔離するのかといった大きな問題が出てきます。この作品ではある解決策が示されますが、それが果たして適切なのかは判断できません。ただ、近隣住民は納得するでしょうけど・・・。 他方、殺してもいい人を殺したいと言う少年に対しどう答えることができるのか。なぜ、人を殺してはいけないのか。入壱のような者であれば、殺してもいいのか。私的制裁を許すとなると近代国家の基盤を揺るがすものになるでしょうし、では国家は人を殺せるのかという究極的な問題にも行き着きます。 物語は最後にミステリーとしてのちょっとした謎解きもあります。テーマが重すぎてミステリーとしての謎解きまで考えられませんでしたが、「そうだったんだぁ」と納得。 |
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ライオン・ブルー | 角川書店 |
くも膜下出血で倒れた父親の看病のためという理由で異動希望を出し、生まれた町の交番勤務となった澤登耀司。しかし彼の本心は勤務中に交番から失踪した警察学校の同期の長原の行方を探ることだった。やがて、町のゴミ屋敷と呼ばれていた家が火事となり、焼け跡から家主の毛利の死体が発見され、放火が疑われる。更に、やくざの組長・金居が射殺され、現場に失踪した長原の拳銃が残されるという事件が発生する。果たして、長原はどこに行ったのか、二人を殺害したのは長原なのか・・・。 耀司は元高校球児だったが、地元の期待を一身に集め出場した甲子園で四球を連発し、ー死も取れずにベンチに下がったという過去を持ち、そのことがいまだにトラウマとなっています。表紙カバー絵が警察官になった耀司の気持ちを表しているものでしょう。そんな耀司を警察学校時代かばったのが長原ですが、この物語で描かれる耀司の行動の理由がそれだけでは説得力のあるものといえない気がします。 また、田舎町に起こった市町村合併と開発という波に町が二分される中で、土地を持つ耀司の家もその中に巻き込まれていきますが、地元の有力者が町を牛耳っているという状況がいまだにまかり通り、その有力者の口利きなら警察の人事もどうにかなってしまうというのはちょっと時代錯誤な気がするのですが・・・。警察官がやくざと同席するなんて、今では許されないですし、何だか少し前の時代を舞台にした作品を読んでいるような気がしてしまいました。 二つの殺人事件についても、動機はともかくとして、犯人については、読めば想像がついてしまうのではないでしょうか。 |
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マトリョーシカ・ブラッド | 徳間書店 |
(ちょっとネタバレ) 神奈川県警に5年前に陣馬山に香取富士夫の死体を埋めたという匿名の電話が入る。たまたま当直だった彦坂巡査部長は現場に向かい、そこで白骨死体とその傍らに埋められたマトリョーシカを発見する。医者であった香取は7年前、2名の死者を出した医療過誤事件・「ムラナカ事件」の当事者であり、5年前の12月に失踪していた。失踪の3日前に香取の愛人を名乗る女性から「香取が襲われるかもしれない」という相談を神奈川県警は受けていたが、対応した同僚に「ほっとけ」と言ったのが彦坂だった。やがて、八王子で惨殺死体が発見され、現場に陣馬山で発見された死体との関連性を示すマトリョーシカが残されていたため、警視庁と神奈川県警で合同捜査が始まる。彼らの捜査により、容疑者として、「ムラナカ事件」の被害者で亡くなった10歳の女の子の父親・生森が浮かびあがってくる。しかし、彼は5年前の香取の失踪の日には女性を監禁暴行していたというアリバイがあった・・・。 登場人物の関係性が複雑で、ストーリーの展開についていけないところもありました。簡単に言えば、不祥事の隠ぺいを図ろうとする警察に対し、金持ちのお坊ちゃん刑事が組織に逆らって、真実を暴こうと彦坂や警視庁刑事の辰巳を引き込んで事件解決に奔走するという話です。 いかにも刑事らしい神奈川県警の彦坂に対し、金持ちの次男坊で、警察は腰掛、何年か経てば警察を辞めて企業グループを率いる兄の片腕になるという八王子署刑事の六條と一匹狼の雰囲気たっぷりの警視庁刑事の辰巳が印象的ですが、どちらの刑事のキャラも中途半端という感じです。もう少しキャラを掘り下げて欲しかった気がします。 それにしても、事件の様相も登場人物たちの関係性も複雑ですし、犯人のあまりに歪んだ考え方もまったく想像もできませんでした。まさか脇役だと思っていた人が事件の中心に登場してくるなんて、予想外です。この複雑なストーリー展開を解きほぐすことができた読者はいるのでしょうか。 |
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雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール | 光文社 |
これまで読んだ呉さんの作品とはまったく異なる雰囲気をもった作品です。これまで社会派ミステリーや警察小説といったジャンルの作品を発表してきた呉さんですが、弾けてしまったなぁという感じです。だいたい題名からして「雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール」ですよ。いったい、何のことやら、まったく内容が想像すらできませんでした。 物語は、2013年に起きた猟銃による殺傷事件で生き残った被害者である雛口依子の元へ加害者である浦部の妹・葵が事件のことを本にするといって現れることから始まり、現在と過去を行き来しながら猟銃殺傷事件の真相が明らかとなっていくという形をとっています。しかし、傷害事件の真相にたどり着くまでに描かれる依子の人生(わずか十数年ですが)が凄すぎます。兄の家庭内暴力だけで大変だったろうに、マンションから飛び降りて意識不明となっていた兄の意識が戻り、伯父の家に世話になってからが、これがとんでもない生活で、読み進むのが辛くなるほどです。 行方不明となった父はともかく、母や兄、そのうえ、伯父やその息子など、まともじゃないキャラクターばかりの登場や読み進むにつれて明らかになってくる悲惨な状況に辟易します。人間って、こうやって心を操られていくんだなあと変なところで納得してしまいました。口汚く横柄な葵のキャラがこの作品の中で一番まともに思えるくらいでした。 暴力がこの作品全体を覆っていて、女性でありながらも依子や葵も圧倒的な暴力の洗礼を浴びますが、その暴力描写がこれまた凄い。個人的な印象としては舞城王太郎さんの作品のような感じでした。 ただ、やはりこれまでミステリーを書いてきた人ですから、ミステリ的な要素もわずかながら入っています。叙述トリックといっていいでしょう。「えっ!!あの人が〇〇(ネタバレになるので伏せます。)だったの!」と、驚かされるところが二か所あります。特に後半の部分は見事にやられました。読み返してみると、それとなく伏線がはってありましたね。 |
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スワン | 角川書店 |
巨大ショッピングモール「スワン」で2人の男による死者21名、重軽傷者17名を出す銃乱射事件が起きる。たまたま「スワン」にいた高校生の片岡いずみは救出されるが、彼女と同様にモールのスカイラウンジにいて生き残って救出された同級生の古館小梢により、犯人が次に殺すのは誰かをいずみの指名によって決めていたと告発され、いずみは被害者から一転、世間から非難される立場に立たされることとなる。そんな彼女のもとに、ある弁護士から、お茶会への招待状が届く。集まったのは、事件の現場にいたいずみを含む5人の男女。弁護士は、事件で亡くなった一人の老女の死の真相を明らかにするために集まってもらったという。果たして事件の裏で何が起こっていたのか・・・。 物語は、ショッピングセンター内での男たちによる衝撃的な無差別銃乱射事件で幕が開きます。男たちの事件を起こすに至る動機も語られますが、それは物語の本筋ではありません。お茶会に集まった5人の男女の中で誰がどういう嘘をついているのか、マスコミで報道された事件の姿とは違う何かがあったのかが、お茶会に集まった5人の男女の話の中で次第に明らかにされていくのが、読みどころとなっています。また、読者にだけはいずみが何かを企んでいることが示されるので、それが何かを気にしながら読み進むことになります。 悪いのはすべて犯人なのに、非難の対象である犯人が死んでしまったので、その場に居合わせなかった人々の批判が事件の現場に居合わせた人の行動をあげつらうことになるのは今のネット社会ではあり得る話。銃を突き付けられた人が、安全な場所にいた人から、なぜあんな行動を取ったんだと責められても、そうせざるを得なかったと言わざるを得ないでしょうにねえ。記者会見までさせられた警備員の山路などは、非難されることなど何一つありません。外野にいた人は無責任なだけですね。 明らかになった真実はあまりに悲しいです。それはいずみにとっても、小梢にとっても、そしてお茶会に集まった誰にとっても。今後、いずみと小梢の関係はどうなっていくのか気になります。 |
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おれたちの歌をうたえ ☆ | 文藝春秋 |
約600ページの大部でしたが、読み甲斐のある作品でした。 元警視庁刑事で今はデリヘリの運転手をしている河辺久則のもとに、茂田という男から幼馴染の五味佐登志が死んだという電話が入り、河辺は佐登志が住んでいたという長野県松本市に向かう。茂田は、永井荷風の文庫本『浮沈・来訪者』に佐登志が残した詩に彼の財産の隠し場所が示されていると信じ、河辺だったら暗号が解けるのではないかと考えて連絡してきたのだった。河辺は佐登志の死が殺人であることに気づき、ある考えから茂田と行動を共にすることとする。暗号を解読していく中で、小学6年生のときのある事件により“栄光の5人組”と呼ばれた河辺たちが高校生の時に起こった、彼らが慕っていた教師の娘の殺害事件とその事件をきっかけに起こった在日朝鮮人家族の惨殺事件の真実が次第に明らかになっていく・・・。 物語は、昭和51年、平成11年、そして令和元年という3つの時代を舞台にして描かれていきます。今の時代にはほとんど聞くことがなくなった新左翼運動、全共闘や革マル派、総括という名のリンチ殺人、そして警察に追い詰められた者たちが起こしたあさま山荘事件のこと、そしてバブル崩壊、更には先頃の長埜を襲った9.19水害などを背景に5人の人生が語られます。“栄光の5人組”と呼ばれた河辺たち5人に40年前の事件が大きくのしかかり、その後の彼らの人生を狂わせてしまうのはあまりに読んでいて辛いですね。彼らがバラバラとなったのは、ああいう凄惨な事件に一緒に立ち会ったがゆえに、逆に一緒にいることが辛く感じ、別々に離れて生きることを無意識に選択したのかもしれません。 現在の佐登志の殺害と40年前の事件の真相はあまりに意外であり、想像もできませんでした。当時の時代の状況がまさかここまで事件に関わっているとは。ラストは当然あの人との出会いですよねえ。5人の人生を見るとそれぞれ辛い人生でしたから最後くらいは明るい気持ちになりたいですね。 茂田という若者、いわゆるチンピラでしたが、河辺と行動を共にすることによってなかなかいい男に変わってきましたね。最後もなかなかカッコいい去り方です。 |
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爆弾 ☆ | 講談社 |
酒屋の主人と口論となり、殴ったとして一人の冴えない中年男が野方署に連行されてくる。取調べに当たった等々力にその男は「スズキタゴサク」と名乗り、等々力の取り調べに対してのらりくらりと質問をかわすが、自分は霊感があって秋葉原で10時に何かが起きると言う。その通りに秋葉原で爆破事件が起き、スズキは次は1時間後に爆発が起きると言う。やがて、東京ドーム近くで爆発が起き、ケガ人が発生する。取調べは警視庁捜査一課特殊犯捜査係の清宮と類家に代わるが、男は取り調べの中で「ハセベユウコウ」という名前を出す。長谷部有孔はかつて野方署で敏腕刑事と評判が高い刑事だったが、事件の現場となった場所で自慰をしていたことが週刊誌にすっぱ抜かれ、電車に飛び込んで亡くなった刑事だった・・・。 長谷部有孔の不祥事とこの爆弾事件にどう関りがあるのか、そもそも「スズキタゴサク」の正体は何者なのか。「スズキタゴサク」と自称する男、暖簾に腕押し、ああ言えばこう言う、のらりくらりと質問をかわし、挙句は「九つの尻尾」というゲームを仕掛けて、この中で爆弾のある場所のヒントを言うという何とも腹立たしいキャラです。この「スズキタゴサク」と捜査一課特殊犯捜査係の類家との腹の探り合いが読みどころです。この類家という刑事のキャラも通常の刑事とは考え方がまったく異なる個性的なキャラですが、そのキャラの背景に何があったのかはこの作品では描かれていないのは残念。 |
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素敵な圧迫 | 角川書店 |
6編が収録された短編集です。 冒頭に置かれた表題作でもある「素敵な圧迫」は、狭いところで圧迫された感覚が好きだという女性・広美が主人公。子どもの頃に押入れに入るのが好きだったという広美に、「あるある、私も子どもの頃なぜか押し入れに入っていたよなあ」と共感をもって読み始めたら、次第に不穏な雰囲気になっていきます。 「ミリオンダラー・レイン」は、世の中が学生運動車やかだった頃を舞台にした話です。冒頭に未解決となった三億円事件のことが書かれているので、その後の笠井と藤本が計画した犯罪は三億円事件のことをを描いていると思ったのですが、ラストでどんでん返しが待っています。 「論リー・チャップリン」は、息子が10万円くれないとコンビニ強盗をすると父親を脅迫する場面から始まります。ああ言えばこう言うで屁理屈をこねくり回す息子をどうにかやりこめようと、同僚やユーチューバーに相談しますが・・・。ラストでお金が欲しい理由がそれまでの小憎らしい子どもと違っての理由だったところが何とも読了感がいい作品です。 「パノラマ・マシン」は、SF的な設定の作品です。Fは路上に落ちている箱を拾うが、その箱から出ている塊を耳に入れると今の世界と瓜二つな別な世界に行くことができることを知る。Fはその箱を拾ったところを見られた同僚のDと別の世界に行くことを楽しみ、現実の世界ではできないことをするが、本当にやりたかったことにやがて気づきます。 「ダニエル・≪ハングマン≫・ジャービスの処刑について」は、何者かの語りで伝説のボクサー、ダニエル・≪ハングマン≫・ジャービスのことが語られていきますが、いったいこの物語の語り手は誰なのかが明らかになる最後に驚きが待っています。個人的に、この短編集の中で一番好きな作品です。 ラストの「Ⅴに捧げる行進」は、コロナ禍の社会を描いた作品です。店のシャッターにいたずら書きがされる事件が続発し、それがやがて多くの人に広まっていくという作品です。コロナで外出制限などがなされ、自由な生活を送れなかった人々の閉塞感への反発を描いているようです。 |
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Q | 小学館 |
ハチこと町谷亜八は傷害事件で執行猶予中の身。女性であるが髪を刈り上げ、見た目は男性と間違うほどのいでたちで清掃会社のアルバイトとして働いていた。そんなハチには7年前に義理の姉・ロクこと町谷睦深と共謀して義理の弟・キュウこと侑久を食い物にするキュウの母親と彼女の年若い恋人だった椎名翼を駆け落ちに見せかけて殺害したという過去があった。最近翼の兄・大地が弟の失踪にハチが関係しているとして彼女の行方を捜していることを知る。一方、ロクは食品会社に勤める本庄健幹と同棲していたが、踊ることで人々を魅了する天賦の才を持つキュウをスターにしようと動き出す。 キューのために罪を背負い、彼から離れていようとするハチとキュウをスターにするためのプロジェクトに邁進するロクの姿をハチ自身とロクの夢を一緒にかなえようとするロクの夫となる健幹の視点で描いていきます。700ページに迫る大作です。キュウをスターにするプロジェクトに参集するその道のプロたち、キュウがスターになる過程で切り捨てれられていった者たち、ハチやロクを妻たちから引き取った義父・重和、翼の使い走りだった有吉、翼の兄・大地等々ハチ、ロク、キュウの周りに集まる大勢の人々との様々な関わりを描きながら物語は進みます。 ショービジネスの世界は私にとってはまったく馴染みのないものであるし、キュウを売り出す過程を読むのはちょっと退屈だったし、私にとっては理解不能な登場人物たちもあって、なかなか物語の中に入っていくことができませんでした。ラスト近くで義父から語られた話が本当であれば、今後ハチとロクの関係はどうなっていくのでしょうか。そんな物語に書かれないことが気になります。 |
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法廷占拠 爆弾2 ☆ | 講談社 |
「このミステリーがすごい!2023年版」と「ミステリが読みたい!2023年版」のそれぞれで国内編第1位を獲得し、第167回直木賞の候補作にも選ばれた「爆弾」の続編です。 東京地裁で稀代の爆弾魔「スズキタゴサク」の裁判が始まります。その5回目の公判の最中、傍聴席の遺族席にいた男が突然拳銃を撃ち、爆弾だというものをセットし法廷を占拠すると宣言します。柴咲と名乗った男はもう一人の男とともに、裁判官、検事、弁護人や傍聴人を人質に法廷に立て籠もり、人質を解放する条件として、確定死刑囚の死刑を執行するよう求める・・・。 拳銃と爆弾という緊張感溢れる法廷の中でも、いちいち話すことにイライラさせられる「スズキタゴサク」は相変わらずの減らず口を叩いて犯人たちを怒らせます。爆弾事件の遺族である男と見た目の冴えない中年男の「スズキタゴサク」との関係は何なのかと思ったら、「スズキタゴサク」はあることで一時退場し、物語は柴咲と警察との交渉を描いていきます。 前作で捜査に当たった類家が犯人との交渉役となる高東の相棒として再び登場します。また、沼袋交番勤務の警察官でありながら事件に深く関わることとなった倖田沙良が裁判の証人として登場。法廷内に監禁されるうえ、警察官ということで痛い目にも遭います。この犯人、容赦ないですよね。 今回は「スズキタゴサク」と警察との戦いというより、柴咲ら犯人と警察との知恵比べがメインとなります。本を読む前は、「スズキタゴサク」を逃がすために法廷が占拠されるという話かと思っていましたが、冒頭から話は違う方向に進み、「あれっ?」と予想外の展開。更には、実はこの事件の裏にはどんでん返しというべきある企みが潜んでいるとは、これまた予想外の展開でした。 このラストではみたび「スズキタゴサク」は登場してくるのは間違いないでしょう。果たして、類家ら警察との戦いはどうなるでしょうか。前作の最後の一行「最後の爆弾はまだ見つかっていない」は、まだそのままですからね。 |
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