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堂場瞬一の本棚

  1. メビウス1974

メビウス1974  河出書房新社 
 1974年10月14日、長嶋茂雄引退試合と三井物産爆破事件が同時に起きたその日に、過激派の次代の「エース」と仲間から信頼されていた下山英ニが突然、失踪した。物語はそれから42年後、今では静岡で不動産業に携わっている下山が、当時の学生運動の仲間で弁護士の吉塚佐知子から、やはり運動仲間であった村木が警察にかけられている容疑を晴らすのを手伝ってもらいたいという依頼で、東京に出てくることから始まる。
 1974年といえば高校生の頃。今では巨人嫌いになりましたが、当時は野球といえばジャイアンツ、そしてジャイアンツといえば長嶋といった具合に、多くの少年たちが華やかな長嶋の活躍に胸躍らせ、引退セレモニーでの「ジャイアンツは永遠に不滅です」という言葉に感動したものでした。当時、過激派による企業爆破事件が続き、特に三菱重工爆破事件では多数の死傷者が出たことは記憶に残っているものの、長嶋選手の引退試合と同じ日に三井物産爆破事件が起こったという記憶がありません。それほどまでに当時の僕にとって長鳩選手の引退という事実が大きかったのでしょうか。ウィキペディアで確認すると、三井物産爆破事件では死者が出なかったそうですから、それが多くの死傷者を出した三菱重工爆破事件のようには記憶に残らなかった理由かもしれません。
 主人公の下山は団塊世代よりちょっと下ですから、彼らの学生時代は学生運動も一部の者により先鋭化し、“自己批判”という名の下に仲間内での殺し合いや無差別テロによる一般市民への被害により、世間の共感をなくしていた頃です。
 逃走したという負い目から、それまで東京に足を向けなかった下山が42年ぶりに東京に来る目的が今更ながらの仲間への贖罪ではあまりに弱い気がします。42年はあまりに長すぎます。1974年という時代を生きた人物を描くことに惹かれて読み出したのですが、「なぜ今東京へ?」という理由に説得力を感じませんし、作品中で編集者の瑠奈も言っているように、下山のあまりに独善的、自分勝手なところに共感できず、物語にのめり込むことができませんでした。部下にとっては良い上司だったかもしれませんが、42年が過ぎて現れた兄に対して弟が何を今更と思うのも無理ありません。そんな弟に対し、許しを請うこともしないとは、人間としてどうなんでしょう。そんな気持ちもあって、ラストが甘いもので終わらずによかったと思ってしまいました。 
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