紅蓮館の殺人 | 講談社タイガ |
(ちょっとネタバレあり) 田所信哉はミステリ好きの高校2年生。夏の勉強合宿に行った高原に好きなミステリ作家・財田雄山の別荘があることを知った田所は友人の葛城輝義を誘って、合宿所を抜け出し、別荘へと向かう。途中で落雷による山火事に遭った田所と葛城、そして彼らが山の中で出会った小出と名乗る女性は逃げる先を探して財田雄山の別荘に辿り着く。そこには病で寝ているという財田雄山のほか、息子の貴之と孫の文男、つばさの4人が住んでいた。やがて、近所に住む久我島敏行とそこを訪れていたという保険会社の調査員の飛鳥井光流が火事を逃れてやってくる。田所と葛城は救助を待つうちに、つばさと仲良くなったが、その翌朝、つばさが吊り天井のからくりの施された部屋で落ちてきた吊り天井の下で圧死して発見される。果たして事故なのか殺人なのか、そして迫ってくる火事から田所らは脱出することはできるのか・・・ 「2020本格ミステリ・ベスト10」国内編第3位、「このミステリーがすごい! 2020年度版」国内編第6位を獲得した作品です。 田所と葛城がワトソンとホームズという立ち位置の青春ミステリという趣だったので、まさか少女のつばさが冒頭で殺害されるとは思いもしませんでした。また、周囲は火事が迫っており、脱出ができないという設定は、一種のクローズドサークルであり、その上からくり屋敷が舞台とあっては、これは連続殺人がい起きるなと思ったら、これが肩透かし。通常のクローズドサークルもののような連続殺人はこの作品ではおきません。この作品の特徴といえば、かつて葛城と同じ高校生探偵であり、一時は世間に名を馳せたが、ある事件がきっかけで探偵を辞めた飛鳥井との名探偵二人による推理合戦でしょうか。ラストに明らかにされる事実にも伏線があって、そうきたかぁと面白く読むことができました。初めて読んだ作家ですが、今後本格ミステリの旗手として期待できそうです。 |
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透明人間は密室に潜む ☆ | 光文社 |
それぞれ趣向が凝らされた4編が収録された中編集です。今年の「このミス」で第2位、「本格ミステリ・ベスト10」で第1位に輝いた作品です。 冒頭の表題作である「透明人間は密室に潜む」は、透明人間病という体が透明になってしまう病気が蔓延する社会で、透明人間が殺人を犯すという話です。姿が見えないのだから殺人なんて簡単だと思ってしまうのですが、これが意外に難しいことが分かります。物語は倒叙形式で、透明人間病に罹った女性が、透明人間病を治す薬を開発した大学教授を研究室で殺害します。しかし、妻の様子がおかしいと思った女性の夫と彼が雇った探偵が彼女の後をつけてきて、研究室を封鎖してしまいます。透明人間である妻は果たしてどこにいるのかというのが最初の謎で、どうして殺害したのかの動機が次の謎となります。更にその先にもうひとつ秘密があったという贅沢な作品となっています。収録作の中で個人的に一番好きな作品です。 「六人の熱狂する日本人」は、裁判員裁判での合議の一幕を描いたものです。アイドルグループのファン同士の争いで1人が死んだ事件が審議されますが、なんと、6人の裁判員がそのアイドルグループのオタク度は大小あるけれどファンだったということから起こるドタバタ劇が描かれます。参考文献の中にもありますが、「キサラギ」ですよね。ただでさえ、裁判員になる確率は少ないのに、全員が同じアイドルのファンだなんて可能性はまずありえず、設定自体は絵空事ですが、真実の追及はなかなか論理的です。評決を下すための条件からすると、ラストは当然こうなりますよね。「透明人間は密室に潜む」の次に面白かった作品です。 「盗聴された殺人」は、聴力が通常人より優れている探偵事務所に勤める山口寿々香と推理力は優れていると自負する事務所の所長・大野のコンビが殺人事件の犯人を突き止める話です。夫から妻の浮気調査を依頼された大野探偵事務所だったが、その妻が殺害されてしまいます。調査のためにテディベアのぬいぐるみの中に仕掛けておいた盗聴器に録音された音を寿々香が聞き取り、それに基づいて大野が事件を推理していきます。お互いを補いながら推理していくコンビが愉快です。 「第13号船室からの脱出」は、クルーズ船での脱出ゲームのテストプレイに参加することになった猪狩海斗が、同様に参加していたクラスメートの須崎マサルと間違えられて彼の弟・スグルとともに誘拐されてしまう話です。物語は脱出ゲームに参加して仕掛けられた数々の謎を解き明かしていくマサルのパートと、誘拐され船室に閉じ込められた海斗とスグルの脱出劇のパートに分かれて進みます。このゲームの謎解きの部分が意外に面白いです。最後に足を救われるところも含めて。その上に、更に実は・・・という後日談もついて、そういうことかあと面白く読みました。 |
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蒼海館の殺人 ☆ | 講談社タイガ |
「本格ミステリ・ベスト10」で第3位、「このミステリーがすごい!」で第6位を獲得した高校生探偵の葛城と田所のコンビの活躍を描く「紅蓮館の殺人」の続編です。前作では事件の舞台となる館に山火事が迫り、各章のタイトルに「館消失まで〇時間〇分」と付記されて、解決までのタイムリミットが示されていましたが、今回は舞台となる館に決壊した川の濁流が押し寄せるという設定で、各章のタイトルに「館まで水位〇メートル」と付記されるという、危険が“火”から“水”に変わりましたが、タイムリミットが示されるということでは同じ形式となっています。 前作『紅蓮館の殺人』の事件以来、不登校になってしまった「名探偵」葛城輝義に会うために“僕”こと田所信哉と友人の三谷緑郎は祖父の49日でY村にある彼の実家“青海館”に戻った葛城を訪ねる。ところが、日帰りの予定だったが台風の接近で交通機関が止まり、田所と三谷は青海館に泊まることとなる。やがて迫りくる水の中で連続殺人の幕が開く・・・。 Y村に至る道路が土砂崩れで寸断され、更に橋が流されてしまうという、お約束通りのクローズド・サークルが作られていくのが、クローズド・サークルものが好きなミステリファンにはたまりません。 “名探偵”といえば通常は態度は自信満々で更には傲岸不遜で、自分の行動に悩むことなどありませんが、今作では、探偵の葛城輝義が前作のショックでなかなか立ち直れず、前半は田所と三谷が探偵役として謎を解こうとします。とはいえ、そこは上手くいかないのはお決まりで、水位が上がるとともに早く葛城が復活しないかといじいじしながら読み進みます。しかし、いったん復活すれば怒涛の展開、鮮やかに犯人を追い詰めていくのは、見事です。 名探偵が落ち込んでいる理由を知るためにも。本作の前に「紅蓮館の殺人」を読んでおくのがおすすめです。 |
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入れ子細工の夜 | 光文社 |
4編が収録されたノンシリーズ短編集です。 冒頭の「危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~」は自宅で殺害された男の事件を追う私立探偵の話です。題名からもわかるように若竹七海さんへの、とりわけ、内容が私立探偵ものですから若竹さんの葉村晶へのオマージュですね(阿津川さん自身のあとがきにもその旨書かれていました。)。人の靴に踏まれた名刺をわざわざ拾うのはそういう理由だったのかあと納得。 今回の4作品は、どれもコロナ禍での物語ということがわかりますが、中でも「2021年度入試という題の推理小説」はコロナ禍であることがメインになった作品です。コロナ禍で高校は休みになったり、ネットでの授業になったりと高校でやるべき範囲をできなくて、大学入試も色々大変だったようですが、この作品は、そんなコロナ禍で大学独自に工夫をして行った入試のことを描きます。この入試の内容が何と推理小説の犯人当て。この問題文公表後に受験生や予備校のカリスマ講師がそれぞれの犯人当てをブログ等で発表するのですが、これはやっぱり受験生の勝ちですね。それにしても、大学公式サイトで発表された正答のお粗末なこと。これやってはダメでしょうということばかりでした。 表題作の「入れ子細工の夜」ですが、“入れ子細工”は“マトリョーシカ”をイメージすればいいのでしょうか。開けても開けても次から次に事実が現れ、いったい最終的にどうなるのかという作品です。 「六人の激昂するマスクマン」は6つの大学で構成される全日本学生プロレス連合の会議に現れなかった男が河原で殺害される事件が起きます。一番最後に来たリングアナウンサー役の男がこの会議に集まった中に犯人がいると言って、喧々諤々の騒動になる話。 正直のところ、第一短編集の「透明人間は密室に潜む」と比べると個人的にはちょっと合わなかったです。どうにか最後まで読み切った感じです。 |
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録音された誘拐 ☆ | 光文社 |
既刊の短編集「透明人間は密室に潜む」に収録された「盗聴された殺人」に登場する大野探偵事務所の所長・大野糺とその部下で“耳の良い”山口美々香が登場する作品です。 大野糺の妹・早紀の誕生日を兼ねたホームパーティーが開かれる日、大野家に糺を誘拐したと電話が入る。その後、隣家の庭からフリーライターの他殺死体が発見される。隣家では15年前に娘と息子が大野家の子どもと間違われて誘拐され、娘は病死、息子は二人の犯人とともに車で崖から落ち、犯人の死体は見つかったが息子は行方不明という事件が起きていた。果たして、殺人事件と誘拐事件は関連があるのか。また、15年前の誘拐事件とどんな関連があるのか・・・。 誘拐犯のカミムラが挙げた誘拐事件の難しいポイント、いかに拉致し、追跡をかわすか、家族との連絡をいかに取り、証拠を残さないか、身代金をいかに奪い、その場面をどう演出するかの3点をカミムラはどう行うのか、そして拉致された大野糺と大野家にいる山口美々香がどのように連絡を取り合って、そのトリックを見抜くのかの攻防が読みどころの一つです。また、人に聞こえないような音も聞くことができるという美々香の能力がどう使われるのかも興味深いです。どんでん返しに次ぐどんでん返しの連続ですが、「え!そうではなかったの!」というラストのどんでん返しには驚かされました。 誘拐事件の解決に携わる美々香に代わって、同僚の望田が病気で父親が倒れた美々香の実家に行きます。そこで望田が美々香の父の秘密を明らかにするエピソードも美々香の特殊能力と関係があって読ませます。 |
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午後のチャイムが鳴るまでは ☆ | 実業之日本社 |
高校を舞台にした5編が収録された青春ミステリ連作集です。昼休みという限られた時間での謎解きが描かれていきます。 冒頭の「RUN!ラーメン RUN!」は学校にいるときは校外に出てはいけないという校則がある中で、昼休み時間中に無料券で食べることができるラーメンを食べに行こうとする二人の男子高校生を描きます。ところが、無事食べて帰ってきた二人に生徒会長がラーメンを食べに行ったことを指摘します。 文化祭を前に、作品を完成するために学校内で合宿をする文芸部の楢沢芽以。イラストを担当するアマリリス先輩を見かけ、追いかけて校舎を曲がったところ、先輩の姿は消えていた。そこにいた生徒に聞いたが、見ていないという。いったいどこに消えたのか「いつになったら入稿完了?」。 2-Aの男子が夢中になっているのは消しゴムをトランプのカードにした消しゴムポーカー。今回勝者は学年で人気のある少女へ告白する権利を有することになり、彼女に気のある者は仲間と手を組んだり、いかさまを考えたりしてゲームに臨むが、クラスー番のつわもの、シードのマサに見抜かれてしまう(「賭博師は恋に舞う」)。 占い研究会の部室の前に来た人物が呟いた「星占いでも仕方がない。木曜日ならなおさらだ」。占い研究会の斎藤茉莉はクラスメートとこの言葉の意味について考えます。ハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」へのオマージュとなる作品です。あっという間に解き明かした茉莉の彼氏・ナオは凄いですが、茉莉らもよく考えついたものです(「占いの館へおいで」)。 ラストの「過去からの挑戦」は生徒指導の教師・森山進が語り手となります。今では学園七不思議として語られている森山が高校生だった頃に当事者として日撃した女子生徒の校舎屋上の天文台からの消失事件の謎が17年ぶりに解き明かされます。それとともに、この連作集に作者が仕掛けたある事実が明らかになるという構成になっています。阿津川さん、なかなかお見事です。 それにしても、いいなあ。高校時代って、こんなどうでもいいことに力を注いでいたんですねえ。 |
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黄土館の殺人 ☆ | 講談社タイガ |
シリーズ第3弾です。「紅蓮館の殺人」では山火事によって外界と閉ざされた館、「蒼海館の殺人」では水害によって外界と閉ざされた館、そして今作では地震による崖崩れで外界と閉ざされた館・黄土館(荒土館)が舞台となります。 小笠原恒治は自分と母親を捨てた世界的に有名な芸術家である土塔雷蔵を殺害しようと、年末年始で土塔の親族が集まる「荒土館」に向かっていたが、地震により「荒土館」への道が崖崩れで通行不能になってしまう。彼が呟いた「最初から無茶だったんだ・・・俺が土塔雷蔵を殺すなんて」という言葉に、崖崩れの道の向こう側から、女性の声が「殺して差し上げましょうか」と言ってくる。ただし、交換に崖崩れのこちら側にる旅館”いおり庵”の女将である満島螢を殺害して欲しいと言われ、小笠原は交換殺人を承諾する。向かったいおり庵には、友人の田所、三谷と三人で雷蔵の長男と婚約した元名探偵・飛鳥井光流の依頼で荒土館に向かっていて崖崩れのため田所、三谷と離れ離れになってしまった葛城がおり、同室となる。一方田所と三谷は飛鳥井の親戚として荒土館に迎えられるが、翌朝、雷蔵が中庭の騎士の像の刀に突き刺さって死んでいるのが発見される・・・。 いおり庵の女将を狙う小笠原の方は葛城があっという間に解決してしまいますが、問題は黄土館の方です。「紅蓮館の殺人」に登場した元名探偵である飛鳥井光流が再登場します。しかし、彼女は探偵役をしようとせず、それを葛城に任せようとしますが、あいにく葛城は崖崩れのため壁の向こう側。「紅蓮館の殺人」にも「蒼海館の殺人」にもクローズドサークルと思いきや抜け道がありましたが、今回の黄土館にも外界と繋がる隠しエレベーターがあることが早くから発見されます。ただ、それは地震があったためか故障しており、使用不能となっています。飛鳥井は推理をしようとしないし、葛城は崖崩れで事件現場に行くことができないという中で、田所は後日推理をする葛城のために記録を取ります。 トリックは大掛かりです。島田荘司さんや綾辻行人さんのような“新本格ミステリ"を読んでいる感じがします。怪しげな人物は早い段階でわかるのですが、果たしてその人物がどういうトリックで犯行を行ったのかはまったく想像もできませんでした。 今回、前作では落ち込んでいた葛城が名探偵らしい行動を見せます。田所と三谷のコンビもなかなかの名コンビでした。葛城がホームズで、田所がワトソンの立ち位置ですが、人の懐に入るのがうまい三谷もこのシリーズには欠かせないキャラです。そして、この作品の読みどころはもう一つ。元名探偵の飛鳥井の復活が見られるかですが、それは読んでのお楽しみです。 |
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バーニング・ダンサー ☆ | 角川書店 |
2年前に謎の隕石が地球に落下したことが原因で全世界に突如100人の能力者が現れるようになる。能力者たちは『コトダマ遣い』と呼ばれ、それぞれ異なる特殊能力を持つことになる。その特殊能力を使って犯罪に走るコトダマ遣いを捕まえるために発足したのが女性としてエリート街道を突っ走る三笠葵を課長とする警視庁公安部公安第5課コトダマ犯罪調査課、通称「SWORD(ソード)」。課員自身も特殊能力を持ち、課長の三笠は未来の映像を夢で見る“読む"能力を、係長の永嶺スバルは物の位置を“入れ替える"能力を、田舎の交番巡査だった坂東宏夢は思念により電撃を“放つ"能力を、交通総務課勤務だった双子の小鳥遊姉妹は姉の沙雪が自分の思念を妹に“伝える"能力を、妹の御幸が自分から風が“吹く"能力を、大学生だった桐山アキラは身体が“硬くなる"能力を、同じく大学生だった望月知花は無生物の声を“聞く"能力を持ち、唯一コトダマ研究所から派遣されている森嶋航大だけは能力を有していなかった。そんなコトダマ犯罪調査課が設立した前日、電力会社の社員二人が焼死体となって見つかる。目撃した高校生によると、人が突然燃え上がったという。“燃やす"能力の持主の犯行ではないかと、コトダマ犯罪調査課が捜査に当たる・・・。 どうしてそんな能力を持ったのかとか、能力を持つのが100人限定だとか、能力者が死ぬと別の人物にその能力が移るとか、能力を発揮するには何らかの前提条件がいるとか、色々な決め事があるのですが、これらがどうしてかという説明はありません。これを既定の事実としてストーリーは進んでいきます。読者もそういうものだと思って読むのが一番楽しむことができます。0 ラストにはどんでん返しがあるのですが、かなり消化不良のラストです。予め続編を考えてのことでしょうか。阿津川さんは100の能力はどんなものかをすべて考えてあるそうです。今回登場した特殊能力はまだわずかなので、今後色々な能力を持った特殊能力者とSWORD(ソード)」との戦いが続きそうです。ただ、あのラストでSWORD(ソード)」はどう存続していくのかという問題があります。真実を知った永嶺はどうするのでしょうか。 |
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