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芦辺拓の本棚

  1. グラン・ギニョール城
  2. 十三番目の陪審員
  3. 異次元の館の殺人
  4. 大鞠家殺人事件
  5. 乱歩殺人事件 「悪霊」ふたたび
  6. 明治殺人法廷

グラン・ギニョール城 創元推理文庫
 森江春策シリーズの1作です。
 大富豪の手によって移築されることとなったグラン・ギニョール城。そこに集った高名な素人探偵ナイジェル・ソープほか十数人の男女は雷鳴の中で城主の転落死に遭遇する。そして現れた謎の中国人…。一方、森江春策は列車内での怪死事件に出会い、被害者が息を引き取る直前に「グラン・ギニョール城の謎を解いて…」と言うのを聞く。
 作者のあとがきによると、この作品は英米の本格ミステリの古典への感謝とオマージュを込めて着想されたものだそうです。中・高校生時代は夢中になって読んだ海外の本格ミステリですが、最近はどうも苦手になってしまいました。何と言っても登場人物のカタカナ名を覚えるのがひと苦労です。いちいち、この人誰だっけと前のページに戻って確認しなければなりません(このあたり、歳を感じさせます(^^;)。 それに時代がかった古城とかのいかにもという雰囲気がどうも苦手になってしまったようです。「2003年版このミステリーがすごい!」の第9位にランクされ、今回文庫化されなかったならば、たぶん手に取らなかったかもしれません。
 やはり読み始めは古城に集まる10数人の外国人という設定に読むのが辛かったのですが、それと交互に語られる森江春策を主人公とする現在の部分は読みやすく引き込まれました。この作品はこの本格ミステリそのままの設定の部分と、森江春策が活躍する現在の部分がどうリンクしていくのかが最大の見所なのですが、「あ~、そうきたか!」と予想しない展開に拍手。ただ、事件の謎解きは強引すぎる気がしないでもないですね。
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十三番目の陪審員 創元推理文庫
 来年から一般市民が職業裁判官とともに裁判に参加する「裁判員制度」が始まります。この作品は、「裁判員制度」が法制化される以前に「陪審員制」に基づいた裁判を描いた作品です。
 作品の中でも触れられていますが、日本でも戦前に一時陪審員制が実施されたことがあったそうです。今回始まる「裁判員制度」は、有罪、無罪だけでなく量刑まで裁判員が参加して決める点が「陪審員制」とは異なっていますが、それでも裁判員制度の実施を前にして現在実施されていない陪審員制での裁判を芦辺さんがどう描いているのか、非常に興味深く読むことができました。
 架空の事件を作り出し、犯人として逮捕された状況を冤罪事件のルポルタージュとして発表しようと唆された青年が、現実に起こった事件の犯人として逮捕されます。その青年の弁護を引き受けたのが、芦辺さんの作品ではお馴染みの森江春策です。ひょんなことから事件との関わりを持った森江は、事件の怪しげな様相に気づきます。
 陪審員制度だけでなく、DNA鑑定についての豊富な知識に裏打ちされた作品となっているので、へぇ~そんなことあるんだとおもしろく読みました。
 プロローグで原子力発電所で起こった事故が語られます。ところが第1章に入ってから全くその事故のことには触れられずに話が進んでいくので、この事故のことはどうこの物語に関わってくるのかと思ったのですが、ふ~ん、そういうことだったのですね。
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異次元の館の殺人 光文社
 久しぶりに読んだ芦辺拓作品です。芦辺作品のシリーズ探偵、弁護士の森江春策が登場しますが、物語は検事の菊園綾子の一人称で進んでいきます。
 事件の証拠物の解析の依頼に世界最大級の放射光研究施設“霹靂Ⅹ”にやってきた菊園。その帰り、森江と共に立ち寄った「悠聖館」で二人は密室殺人事件に遭遇する。現場に居合わせたのは菊園の信頼する検事が容疑者として捕らえられた殺人事件の関係者たち。菊園が関係者たちを前に密室の謎解きを行い、犯人を指摘しようとしたとたん、粒子加速器の暴走により、彼女はパラレルワールドに飛んでしまう。そこは事件の発生は同じだったが、現場の状況や関係者の名前、見た目が少しずつ異なっていた。その後も、菊園が誤った推理を披露するたびに新たなパラレルワールドヘと飛ばされることが続く。
 森江春策が登場する作品も依然読んだことがあったのですが、そのときから相当年齢を重ねたようですね。僕が読んだときは青年だったはずですが。
 ジャンルでいえば芦部さんが自ら言うようにミステリSF(僕としてはSFミステリの方が言いやすい)です。科学的な記述が多くて、文系の頭にはまったく理解できず、そのあたりをさらっと読み飛ばしました。また、パラレルワールドに飛ぶたびに登場人物の名前がいろいろと複雑に変化することもあって、人物を頭に思い描くこともできませんでした。よく、賞の選評で人間が描けていないという批評がありますが、この作品は人間を描くというよりパズルの解明に徹した作品です。しかしながら、事件の謎の解明も驚きの展開とはいえず、ちょっと苦手な作品でした。
大鞠家殺人事件  ☆  東京創元社 
 かつて大阪の経済・金融の中心地であった船場で小間物問屋を営む大毬家。明治39年難波停車樹前にあったパノラマ館に日露戦争の旅順総攻撃のパノラマを丁稚の鶴吉とともに見学に行った跡取り息子の千太郎が忽然と姿を消す事件が起こる。その後、店は妹の喜代江が番頭を婿に取り、跡を取る。喜代江には4人の子どもがいたが、長男は家業を嫌い軍医となり、小説好きの二男が後を取る予定だったが、太平洋戦争の中、召集令状が届き出征をしていく。長男も軍医として外地にくため、結婚をした長男の妻の美禰子は大毬家に同居することとなる。そんな中、長女の月子が脇腹を切られる・・・・
 旧家の中で起こる流血の大惨事に見せかけた長女月子への傷害事件と喜代江の婿で現当主の茂造の首吊り事件、そしてそこに現れる名探偵を自称する男の登場しますが、更には深夜廊下で踊る赤毛の小鬼に業務用アルコールの中に逆さまに落ちて溺死する喜代江などおどろおどろしき様相を見せる事件が続きます。その中で毅然と立ち向かうのが長男の妻の美禰子。頭が切れるだけでなく、剣道の腕前も凄いという男でも惚れ惚れとしてしまう女性です。途中で名探偵登場シーンがあったので、その男の謎解きがされるかと思いきや、探偵役を務めたのは美禰子の女学校時代の友人の平田鶴子。彼女はいわゆる“安楽椅子探偵”ともいうべき存在で、美禰子から話を聞いて事件の謎を明らかにしていきます。
 途中である人物の名前に違和感を覚えたのですが、何となくスルーしてしまったのが、事件の大きなカギとなっているとは・・・。突き詰めれば、違和感の正体がわかって、そこからの読み方が違ったと思うのですが、不覚。船場という商業地の老舗ならではのあるルールが事件の謎に大きくかかわっていたのですねえ。
 二男がミステリ好きということで、本格推理全盛のころの英米のミステリ作品が、それも当時の邦訳題で登場するのが、ミステリ好きの読者には楽しいです。
 刊行日が昨年の10月15日になっていたので、9月末までを対象とする「このミス」には間に合いませんでしたが「本格ミステリ・ベスト10」では第6位に入っています。 
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乱歩殺人事件 「悪霊」ふたたび  角川書店 
  江戸川乱歩といえば日本の探偵小説の礎を築いた作家であり、私も小学校時代、図書館にあった江戸川乱歩作のポプラ社の少年探偵シリーズを友人と競って読んだものでした。しかし、私が江戸川乱歩で読んだのは少年探偵シリーズだけで、有名な「黒蜥蜴」や「人間椅子」等一般向けの作品はドラマ化されたものを見たりして(「黒蜥蜴」は美輪明宏さんの映画や舞台で有名でしたね。)、題名やあらすじは知っていても読んだことはありませんでした。今回、江戸川乱歩の絶筆となっていた「悪霊」を芦辺拓さんが書き継ぎ完成させたということで、読んでみました。
 乱歩が描いた部分には雑誌に掲載されていたとおりにすべての漢字にルビが振ってあり、時代を感じさせます。事件は女性が密室状態の自分の家の蔵の中で全裸の状態で全身を6か所切られた上、首を刺されて絶命していたというもの。被害者が降霊会のメンバーであり、メンバーの中には全盲の霊の口寄せの少女がいて、目撃者は被害者宅の前にいた両足、左腕がなく、顔も毛髪と右目、上下の歯のない“乞食"(今はこんな表現はダメですよね。)といった江戸川乱歩らしいおどろおどろしい雰囲気満載の作品です。
 物語の中の乱歩自身が密室状態での殺害の方法、蔵の中に落ちていた紙に書かれていた記号(図形)の意味、そして、犯人とその動機を明らかにするのですが、正直のところ、読んでいても、その殺害方法を頭の中で思い描くことができず、記号(図形)の説明も「そうなのかなあ」とストンと気持ちよく納得できるものではありませんでした。まあ乱歩が絶筆したものですから、乱歩の頭の中を想像して続きを書くのは難しいでしょうねえ。
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明治殺人法廷  東京創元社 
 舞台は明治。政府による自由民権運動弾圧のため、東京から退去させられた新聞社の探報記者の筑波新十郎は大阪に流れ着き、中江兆民が主宰する東雲新聞の探報記者となる。一方、代言人の迫丸孝平は、金にならない仕事ばかりで皆から頼りにされず、迫丸ならぬ“コ
マル先生"と呼ばれていた。そんな二人は、0間違って警察に逮捕された新十郎の釈放を宿屋の女将から迫丸が依頼されたことから、二人は出会うこととなる。そんなとき、大阪の質屋で家族・従業員6人が殺害され、倉に逃げ込んだ16歳の少年・信と主人夫婦の幼い赤ん坊だけが助かるという事件が起きる。当初は現場近くに自由民権関係の雑誌が落ちていたことから活動家による暴挙だとして警察は捜査したが、結局は現場が密室状態となっていたことから、助かった信が犯人として逮捕される。犯行を認めた信だったが、裁判で自分が手にかけたのは1人だけで他は違う、拷間が怖くて自供してしまったと主張する。弁護を引き受けた迫丸と新十郎は、少年の無実を信じて真実を明らかにするために介走する。
 江戸時代から明治になって日が浅く、士族の反乱や福島事件や秩父事件など政府が自由民権を掲げる者や農民を弾圧した事件が続く中で、まだ三権分立や司法の独立なども確立されていず、裁判も藩閥政府の意向が反映され、一度逮捕されれば無罪釈放など考えられなかった中で、迫丸らが信の無罪を勝ち取るために奮闘します。まだ弁護士という呼び名ではなかった代言人は裁判官のお情けでようやく発言できるという当時の裁判制度の中で、果たして迫丸は被告を守ることができるのか。事件現場が密室というミステリファンにはお馴染みのお膳立てがされますが、ミステリとしての謎解きよりも当時の自由民権運動への政府の弾圧がこの事件に色濃く反映されているという驚きの事実が迫丸らの活躍で明らかにされていくところがこの作品の醍醐味です。
 迫丸と新十郎の関わった事件がまだあったことが最後に示唆されていますので、再び二人の活躍を読むことができるでしょうか。 
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