▲トップへ   ▲MY本棚へ

浅ノ宮遼の本棚

  1. 片翼の折鶴

片翼の折鶴  東京創元社 
 作者の浅ノ宮遼さんが現役の医者ということで、医療ミステリというべき表題作ほか4編が収録された連作短編集です。
 探偵役を務めるのは、柳都医科大学病院救急科の病棟医長で、病気を診断する能力にかけて並ぶ者がない“臨床探偵”と呼ばれる診断の天才、西丸豊。西丸の医学生時代のエピソードである「消えた病変」のほか、5編とも主治医たちが見抜けない病名を西丸が明らかにしていく形になっています(ラストの表題作はちょっと異なりますが。)。
 貧血の原因がわからない患者に対し、担当医の江田は、元看護師のその患者は自分で血を抜き取っていたという過去があったため、今回もそれを疑ったが怪しいそぶりが見えない(「血の行方」)。
 引き寵もりの同級生の様子を見にその子の家に行った男子中学生が玄関の中で殴られるが、その後遺症で事件が起きた際の記憶を失ってしまう。庭にいた祖母は見知らぬ男が玄関から入ったのを見たといい、二階にいた娘は裏口から母と離婚した父親が出て行くのを見たと証言する(「幻覚パズル」)。これこそ、医学知識がないと論理的には解くことのできない謎です。
 脳外科臨床講義で初老の講師・榊は学生たちにある課題を投げかけた。外来にきた女性が昏睡に陥った理由と、その後にその女性の脳にあった病変が消えてしまった理由を考えてみろという。学生たちは正解者には試験において点数を上乗せするという榊の言葉に、各自意見を述べるが一向に正解にたどりつけない(「消えた脳病変」)。謎解きよりまずは医者になろうとする者たちに投げかけた榊の言葉が強烈な印象を残します。ぜひ医者を志す人に読んでもらいたい作品です。ミステリとしても伏線がいたる所に張り巡らされていて、謎解き後にそうだったのかあと納得するばかり。この短編集の中で一番面白かった作品です。
 呼吸困難によって運び込まれてきた脊髄損傷によって肩から下が動かない患者。喘息の治療をすると症状は治まるが、再び発症するということが続く。担当医の土師はひとつの結論に辿りついたが、西丸は患者に対してあることを行う(「開眼」)。一人前の医師として歩み始めた医師が陥りやすいところを西丸はさらりと指摘します。これまたお医者さんに読んでもらいたい作品です。
 癌で余命幾ばくもない妻が意識を失って倒れ、病院に運ばれ意識は戻るが、再び意識を失って倒れる。そばには片方の翼がちぎれた折鶴が落ちていた(「片翼の折鶴」)。この作品は倒叙形式で犯人側から語られます。なぜ翼がちぎられていたのか、胸打たれるラストとなっています。
 難しい医療用語や病名も登場しますが、それほど読みにくくはありません。ただ、医学の知識がないと論理的な謎解きは難しく、一般の読者としては西丸の謎解きの過程を楽しむ作品といえます。 
 リストへ