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朝倉かすみの本棚

  1. 田村はまだか
  2. タイム屋文庫
  3. 玩具の言い分
  4. ともしびマーケット
  5. 声出していこう
  6. 夏目家順路
  7. 地図とスイッチ
  8. 平場の月
  9. にぎやかな落日

田村はまだか  ☆ 光文社
 本屋さんでタイトルとその表紙絵に惹かれて手に取りました。初めて読んだ朝倉かすみさんの本です。これは拾いものの(そう言うと作者の朝倉さんに失礼ですが)、1冊でした。
 小学校のクラス会の三次会でバーに集まった5人の男女。彼らは、雪で来るのが遅れている田村という同級生が来るのを待っています。その間、彼らの脳裏に浮かぶのは今までの人生で彼らの心に深い印象を残した人たちのこと。田村の思い出話をきっかけに彼ら5人のエピソードが描かれていきます。
 40歳にもなれば、そろそろ人生を振り返りたくなる頃です。彼らは田村に何を見ていたのでしょうか。“田村”というのはみんなが失いたくないものの象徴なんでしょうか。
 みんなに「田村はまだか」なんて言ってもらえる田村という男は幸せですね。風貌からすればイジメの対象となってしまいそうなのに、そうはならない。小学生にしては格好良すぎるエピソードが始めの「田村はまだか」で語られますが、こんなにも皆から待ち望まれている田村がなかなか来ない。果たして田村はやってくるのか。それは読んでのお楽しみです。
 彼らが思いを馳せる人物たちのエピソードも読ませます。そんな人物たちが繋がりがあるというのもおもしろいところです。
 ときに挿入される“田村はまだか”ということばが不思議なリズム感をもってこの小説を読ませます。思わず読み終えた後に“田村はまだか”と呟いてしまいたくなります。これは題名の勝利ですね。
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タイム屋文庫 マガジンハウス
 朝倉かすみさんの作品を読むのは、これが2作目。初めて読んだ「田村はまだか」が好みのど真ん中ストライクだったので、さて、今回は?と期待しての購入です。
 主人公は31歳の独身女性、柊子。祖母が亡くなったのを契機に、会社を辞め、不倫相手とも別れて祖母の家で時間をテーマにした本だけを集めた貸本屋を始めることを決心します。“タイムトラベルの本しかおいていない本屋があったらいいな”と言った時間旅行のSFが好きな初恋の男の子が訪ねてくるのを待つためにという理由だけで。
 貸本屋に住みつく不思議な黒猫、名前もわからず貸本屋に住み込むことになった少女と、最後まで明らかにならなかった存在があります。いったいあれは何だったんだと読者としては不満な部分もありますが、結局この話はファンタジーということなんでしょう。ただ、そうであるならもう少し“おばあちゃん”が不思議な存在として関わってくれたらよかったのにと思うのですが・・・。ラストは当たり前のように収まるべきところに話が収まりましたね。
 物語の中での“時”は、緩やかに流れているようで、横になって読んでいたら眠ってしまいました。「夏への扉」「ふりだしに戻る」「時をかける少女」「マイナス・ゼロ」等々時間をテーマにした作品の名前が出てきます。タイムトラベルものの作品は大好きです。こんな本屋さんがあったら、きっと覗きに行くんだろうなあ。
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玩具の言い分 祥伝社
 30代から40代の独身女性を主人公とした6編からなる短編集です。30歳を過ぎた独身女性といっても、今どき珍しくはありません。結婚しない女性は身近にも多いのが現実です。なので、この作品集のテーマが珍しいわけでもありませんが、さて、「田村はまだか」の朝倉さんがどんな結婚しない女性を描くのか興味を持っての購入です。と、思って読み進めたら、書き下ろしの最後の話だけ結婚した女性が主人公でしたね。それも3番目の「寄り目インコズ」の8年後の話という体裁。なぜ、この話だけ既婚者を主人公に据えたんでしょうね。それもあえて書き下ろしで付け加えたのでしょうか?“独身女性が主人公"じゃなかったの?
 主人公は女性ですので、やはり主人公が男性のときのように自分と同一視して読むことはできませんし、異性として共感を持つこともちょっと難しい。ただ、外側から「へぇ~そうか、女性ってこんなこと考えるんだ。」と、女性の心の中を覗かせてもらっている感じです。
 話としておもしろかったのは、「誦文日和」です。「誦文日和」は、途中まで語り手だった女性から、別の女性に視点が移ったときにそれまでの事実が180度転換するのがちょっとミステリ的です。また、「小包どろぼう」は、主人公の茂美のキャラクターがかわいいですね。頑張れ!と声援したくなります。
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ともしびマーケット 講談社
 「田村はまだか」で吉川英治文学新人賞を受賞した朝倉さんの受賞後初めての書き下ろし作品です。
 ともしびマーケット鳥居前店にやってくる人々を主人公にした9編からなる連作短編集です。登場人物たちは、主婦、一人暮らしの中年女性、サラリーマン、元プリキ職人の老人など様々な人々。そんな彼らの人生と呼ぶには大げさすぎるささやかな日常が描かれていきます。一つの話の主人公が別の話の脇役になったり、ふと通り過ぎるだけの人であったりといった繋がりをもった話となっています。
 どの話にしても大きな事件が起きるわけでもなく、逆に淡々と日常が描かれていくだけなので、正直のところ読んでいてちょっと退屈になることも。「田村はまだか」のように、いつ田村はやって<るのかと読者をドキドキさせるようなところはありません。でも、多くの人の人生ってテレビドラマのようにはドラマティックなことは起こらないのが現実です。ただそれでも、普通の人の人生にだって、その人にとっての物語がある、そんなお話の集まりです。
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声出していこう 光文社
(ちょっとネタばれ)
 本の帯に騙されました。「通り魔事件発生!犯人、捕まらず!」と書いてあったので、てっきり、朝倉かすみさんがミステリーを書いたのかなと思って購入。ところが読み始めてみると、通り魔事件に直接関係あるのは、犯人によって顔を切られた「お先にどうぞ、アルフォンス」の主人公である奈緒美の義母だけ。あとの登場人物は事件とはまったく関係ありません。彼らは事件とは関係なく、平凡に変わらず生きているのです。真犯人は誰だろうと思って読んでいると、大いに落胆させられます。
 物語の体裁としては、事件が起きた街に暮らす男子中学生から50歳の女性までの6人の人々を描く連作短編集です。章ごとに主人公が変わり、章の最後の一文が次の章の最初の一文になっているという凝った作りになっています。
 ミステリではなく、どこにでもいそうな平凡な男女が自意識過剰気味に恋をし、愚痴をこぼし、思い込み、自分に言い訳をする話です。
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夏目家順路 文春文庫
 ある1人の男の葬式に集まる人々の心情を描いた作品です。
 第1章では、その男、元ブリキ職人の夏目清茂の語りで彼の生い立ちが述べられていきます。2人の子どもをもうけたが、40代の頃に他の男を愛した妻と別れて74歳の今まで一人暮らし。そんな彼がスナックで倒れ、亡くなってしまいます。
 第2章からは、初めて喪主となる葬式について何もわからず、何となく葬儀が進んでいく中で、父親と最近会わなかったことを後悔する息子、母親の不貞を非難しながら、父親の死の連絡の際に不倫をしていた娘、妻の様子が何となくおかしいと思う娘の夫など、清茂の葬式に集まる人々の心情が、語り手を変えながら描かれていきます。
 伊丹十三監督の作品に「お葬式」という葬式に集まった家族をユーモラスに描いた映画がありましたが、この物語は、親族間のドタバタ騒動とかはなく、淡々とそれぞれの思いが語られていくだけです。
 そのなかでは、娘の同級生で、清茂の死に際に一緒に飲んでいた光一郎の人の良さそうな顔の裏に隠された意外な思いにはびっくりです。また、人知れず来た思わぬ会葬者の語りで、清茂の姿が描かれたところはちょっと感動です。
 題名の「夏目家順路」は、よく葬儀会場の近くで見かける葬儀会場への道を示す矢印がついた貼り紙のことです。
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地図とスイッチ 実業之日本社
(ちょっとネタバレ)
 友人の経営するインテリアショップで働く蒲生栄人は現在41歳。―方鉄道会社で運転手をする仁村拓郎も41歳。昭和47年9月8日に高校時代の同級生の母から同じ病院で生まれた栄人と拓郎の二人が辿る40年を描いた作品です。
 といっても、二人ともそれほど劇的な人生を送ってきたわけではありません。栄人は子どもがいない伯父の経営する病院をいつかは後を継げるという気楽さから、大学院を中退してからもまともに就職せず(就職してもすぐ辞めてしまう)、アルバイト生活を送っている状態。拓郎は高校卒業後進学せずに鉄道会社に就職し、年上女性と結婚し子どもをもうけたが離婚。二人は現在“ちなみ”という女性を通して、ちなみの同僚と結婚相手という立場にあります。
 これは、やがて二人の出会いがあって、同じ日に生まれた男二人の関わりが描かれていくかと思ったら、これが最後まで出会わず。拍子抜けでした。お気楽な栄人の辿る道筋は、まったく苦労することもなく、周りから見れば羨ましいほどの道を辿っていきます。何が起きるわけでもなく、二人のモノローグで進んでいくストーリー。各章の初めに、彼ら二人が振り返る年の主な出来事となぜか紅白歌合戦の司会者等資料が掲げられており、「この年はこんなことがあったのかぁ~」と思いながら読みましたが、ただそれだけ。だから何?という話でした。
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平場の月  光文社 
 青砥健将は50歳を過ぎた印刷会社に勤める男。最近胸焼けがひどいので念のため胃の内視鏡検査に行った病院で、売店で働く中学校のときの同級生だった須藤葉子と出会う。彼女は、青砥が中学3年生の時、付き合ってほしいと告白したが「いやです。」と断られた相手だった。仕事を終えて帰る葉子と公園で缶コーヒーを飲んだ青砥だったが、葉子からたまに会って無駄話をしないか提案され、同意する。それから二人は、時々会って話をするようになり、その関係は次第に深まっていくが・・・。
 冒頭で、すでに葉子が亡くなっていることが語られます。物語は、二人の再会から別れ、葉子の死までの間に二人の間に何があったのかが淡々と描かれていきます。
 50歳の男女ですから、中学の頃からは30年以上が過ぎているので、それぞれ様々な過去があったことは、お互いに想像できます。今でも中学時代のそのままとは思いもしないでしょう。しかし、恋した女性が面影を残して目の前に現れれば、心惹かれることは想像に難くありません。そのうえ、話してみれば中学時代に自分が感じていたままの女性であったとすれば、尚更です。青砥の立場では、自分も相手も独り身であり、相手を女性として感じるのも無理ありません。
 中学時代の告白したときの「いやです。」の裏に実は当時の葉子の家庭生活も関係していたこともわかり、再び50代で出会った二人がやり直しをすることができたのに、それを葉子の死で終わらせてしまうとは、朝倉さん、ひどすぎます。 
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にぎやかな落日  光文社 
  ちょっと元気のいい高齢の女性(いわゆる“おばあちゃん”)、おもちさんの日常を描く作品です。
 おもちさんは83歳の老女。永年連れ添った夫は一昨年特別養護老人ホームへ入所し、現在は一人暮らし。近所のおばあさんたちと茶飲み話をしたり、町のカラオケ部で歌ったりと83歳といえどまだまだ元気だったが、重い風邪を引いたこともあって要介護度2に判定されてしまう。また、糖尿病でありながら甘い物を食べるのをやめられず入院となり、更にもう一人暮らしは無理ということになり、老人マンションに入居することとなる・・・。
 おもちさんは一人暮らしといっても、近くに住む長男の嫁が時々訪ねてくれるし、東京からははるばる娘がたまに会いに来てくれます。どこにでもいそうな高齢者ですが、まあちょっと頑固。でも、それも年を取れば誰もが同じようになりますよねえ。なかなか、このおもちさんが愉快です。糖尿病で入院しながら、食べてはいけない甘い物を食べて看護師さんに見つかったシーンには笑いました。しらを切りながらも、食べておいしかったと日記に書いてあるのを見つかってしまうのですから。
 こんなおもちさんのように、眠るときに「今日も幸せ者でした。ありがとネ。」と言える毎日が送れる老人になりたいです。
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