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浅田次郎の本棚

  1. プリズンホテル 1 夏
  2. プリズンホテル 2 秋
  3. 天切り松 闇がたり 第一巻 闇の花道
  4. 天切り松 闇がたり 第二巻 残侠
  5. 天切り松 闇がたり 第三巻 初湯千両
  6. 天切り松 闇がたり 第四巻 昭和侠盗伝
  7. 椿山課長の七日間
  8. 憑神
  9. 夕映え天使
  10. 沙樓綺譚
  11. 天切り松 闇がたり 第五巻 ライムライト
  12. 帰郷
  13. おもかげ

プリズンホテル 1 夏  ☆ 集英社文庫
 極道の大親分が観光ホテルの経営に乗り出した。支配人を除く従業員もみなヤクザ。人はそのホテルを「プリズンホテル」という。一流ホテルに勤務したこともある支配人、一流ホテルの料理長も務めたこともあるシェフ、それぞれ心に傷を持った人が集まるホテルには客も心中志願の家族などなど普通ではない人が滞在する。とにかく、理屈ぬきにおもしろい。登場人物の個性も豊かで読んでいて飽きない。時に笑いを最後には涙を与えてくれる作品である。
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プリズンホテル 2 秋  ☆ 集英社文庫
 「プリズンホテル 1 夏」の続編。今回は何を間違えたかやくざのためのやくざのホテルに青山警察署の酒癖最悪の慰安旅行団がやってきて、おなじみ任侠大曽根一家と宿泊が鉢合わせ。さて、この顛末はいかに・・・。
 いろいろ言わず一度読み始めてみるがいい。少しだけと思っていても止まらなくなってしまう。理屈抜きにおもしろい。相変わらずの身勝手でエキセントリックな親分の甥の小説家、堅気の支配人等々キャラクターが抜群におもしろい。ただ、笑わせるだけでなく、親分の秘めた恋物語もあったり、支配人のぐれた息子との親子物語もあったりで、泣かせてもくれる。とにかく、1ページ目を開いて!!
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天切り松 闇がたり 第一巻 闇の花道  ☆ 集英社文庫
 夜更けの留置場に現れたその不思議な老人は、六尺四方にしか聞こえないと言う夜盗の声音「闇がたり」で遥かな昔を物語り始めた。時は大正ロマン華やかなりし頃・・・・
 その老人こそが村田松蔵、またの名を「天切り松」といい、盗られて困らぬ天下のお宝だけを狙い、貧しい人々には救いの手をさしのべたという伝説の義賊「目細の安吉」一家の一員。歯切れの良い江戸弁に乗せられて、ついつい牢獄の囚人たちは話に引き込まれますが、それはこの本を読んでいる僕も同じでした。特に第4夜から第5夜にかけて語られる松蔵といわゆる女郎に売られた姉の話には涙が知らずに出てきてしまいました。また、松蔵を見守る目細の安吉、栄治、坊主の寅弥、書生常、振袖おこん、とこれが揃いも揃って粋でいなせな盗賊で、その立ち居振る舞いは思わず声をかけたくなるくらいかっこよく非常に魅力的です。
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天切り松 闇がたり 第二巻 残侠  ☆ 集英社文庫
 「天切り松 闇がたり」シリーズの第二巻になります。表題作を始めとする8話からなる連作短編集です。村田松蔵というその老人は、同室となった囚人たちに芝居がかった仁義を切り、「闇がたり」と呼ばれる六尺四方から先には届かない夜盗独特の声音で、大正ロマン華やかなりし頃の義賊たちの活躍を語り始めます。
 表題作の「残侠」を初めとする全8話からなる「天切り松 闇がたり」シリーズ第2作です。天切り松こと松蔵が、6尺四方にしか届かない盗人独特の話し方によって話すのは大正ロマン薫る時代の粋でいなせな盗人たちの話です。小気味よいべらんめぇ口調で留置場の留置人のみならず刑務官や警察署長までをも惹きつけます。そして、読者である僕たちも。
 第1作ほどではありませんが、泣かせます。どの話も、見事に引き込まれる人情話ですが、なかでも清水の次郎長の子分小政が登場する表題作の「残侠」とその後編の「切れ緒の草鞋」が秀逸です。
 とにかく、この作品集の魅力は、目細の安吉を親分とする盗人一味のキャラクターの素晴らしさにあります。目細の安吉はもちろん、「百面相の恋」の書生常、「花と錨」の振袖おこん、そして「黄不動見参」の黄不動の栄治の格好良さといったら、思わずほれぼれしてしまいます。
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天切り松 闇がたり 第三巻 初湯千両  ☆ 集英社文庫
 表題作を含む6編からなる天切り松闇語りシリーズ第3弾です。
 天切り松こと村田松蔵が留置所のなかで“闇がたり”という盗人独特の語りで話すシリーズも第3作目となりましたが、相変わらず浅田さんのストーリーのうまさに、まさに闇語りを聞く人のように話に引き込まれます。
 この作品の魅力の一つは松蔵の江戸弁の語りです。最初は戸惑いましたが、この人情話にうまく合うんですよねえ。留置場にいる人を江戸弁で諫めるところなど最高です。
 もう一つ、この作品のおもしろさは、目細の安吉一家のキャラクターによるところが大です。今回も目細の安吉をはじめ、説教寅、書生常、振袖お紺、黄不動の栄治が縦横に活躍します。
 そうそう、当時の有名人が登場するのも魅力の一つですね。永井荷風はレギュラーとなっていますが、今回「宵待草」では竹久夢二が、「大楠公の太刀」では森鴎外が顔を見せます。
 表題作の「初湯千両」では、一味の中では一番いかつい寅弥の過去が語られます。今回押し入った家での説教なんて、お偉い人たちに聞かせたいですねえ。
 この表題作もいいですが、恋する幼なじみの芸妓のために天皇家に伝わる太刀を盗み出そうとする黄不動の栄治の想いを描いた「大楠公の太刀」も秀逸です。そして、僕としてはサーカスの道化を父に持った少年と、その父親を描いた「道化の恋文」が一番気に入っています。父親が一枚のトランプに書いたメッセージには泣けてしまいます。
 本当にいいですねえ。今では大好きなシリーズの1つとなりました。
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天切り松 闇がたり 第四巻 昭和侠盗伝  ☆ 集英社
 表題作を含む5編からなる連作短編集です。
 大正ロマン薫る物語だった「天切り松シリーズ」も、この第四巻を迎えていよいよ昭和の時代に突入しました。それとともに松蔵も20代半ばの青年となり、親分の目細の安吉は50代半ば、一番若い兄貴分の百面相の書生常も30代半ばとなっています。また、なんと黄不動の栄治は、結核のため療養中で、仕事もできない状態となるなど、目細一家にも変化が見られます。世の中は戦時体制となり、物語も戦争の影が色濃く反映されたものとなっています。
 表題作の「昭和侠盗伝」は、5編の中では短編というより中編という長さの作品です。寅兄ィが面倒を見ていた戦争未亡人の子供に召集令状がきたことに憤慨した松蔵が、振袖お紺と書生常とともにあるものを狙います。国家に対する松蔵たちの“屁のつっぱり”に思わず拍手です。この話の中で、初めて松蔵が“天切り松”を名乗るようになったいきさつが語られることになります。
 「日輪の刺客」は、二・二六事件の半年前に起こった陸軍の相沢中佐による永田軍務局長斬殺事件を題材に、ふとしたことから決行前の相沢中佐に出会った目細の安吉一家が描かれます。浅田さんの手ににかかると、永田軍務局長にしろ相沢中佐にしろ、歴史上実在の人物が、いかにもこういう人だったんだと思わされてしまいますね。
 「惜別の譜」は、「日輪の刺客」の後日譚というかたちをとっていますが、単なる後日譚ではなく、ものの見事に最後の4ページでラブ・ストーリーへと一転しました。話としては表題作が1番ですが、この話も短い作品ですが、グッとくるものがあります。
 「王妃のワルツ」は関東軍によって画策された満州国の皇帝溥儀の弟溥傑と嵯峨侯爵家の姫との婚姻を題材に、事件に関わっていく松蔵たちを描いています。時代に翻弄される二人の男女があまりにかわいそうと思ったのですが、歴史はそういうことになっていたのですね。知りませんでした。
 最後の「尾張町暮色」は、珍しく、天切り松が留置場ではない場所で語りを行った作品です。
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椿山課長の七日間 朝日文庫
 46歳で突然死したデパートの課長椿山和昭。彼は冥土で告げられた自分の“邪淫の罪”に納得できず、また、まだ思い残すことが多すぎると主張して、7日間この世に戻ることを許されます。生き返るに当たっては、自分とは全く対照的な姿形でということで、なんと女性の姿で戻ることとなるのですが、はげた中年の男が魅力的な女性になるというギャップがおもしろいです(女性の体になったことを知って、自分の体を弄んでしまうというのは、気持ちとしてわかりますねえ。思わず、僕もきっとやるかなあと思ってしまいました(^^;)。
 彼と同様生き返ることを希望したのが、他人と間違えられてヒットマンに殺されたやくざの親分武田勇、実の父母を捜そうとする交通事故死した小学生根岸雄太の2人です。物語は、椿山の話を中心に彼ら3人の話が交互に語られていき、ラストでは3人のストーリーが思わぬ繋がりを見せます。
 この世に戻って目にするのは、自分がいなくても滞りなく全ては動いているという寂しさ。そして生きているときには気づかなかった思いもかけない衝撃的な事実。それでも家族に幸せになってもらいたいと願う椿山。これは、家族愛の物語です。最後のそれぞれの登場人物たちの家族愛にはジ〜ンときてしまいました。そして、邪淫の罪の理由となる相手の佐伯知子の心意気には心からの拍手です。
 相変わらず泣かせる物語を書かせると浅田さんはうまいです。「これでどうだ、泣けるだろう」という感じが見えて、またかとは思いますが、そのストーリーの巧みさに読むと引き込まれてしまいます。ただ、ラストが3人とは違うほとんど最後に出てきた脇役の話で終わるのはどうかなあ、そこまで泣かせる話を付け加えなくてもと思ってしまいましたが。
 軽いタッチのストーリーなので、どんどん読み進むことができます。物語の雰囲気としては「プリズンホテル」のノリですね。ユーモアの中に涙溢れるストーリーという作品です。
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憑神 新潮文庫
 時は幕末。徳川慶喜の御世も終わろうとしている頃の話です。主人公は婿養子先から理不尽な理由で追い出され、実家に戻った御徒士の次男坊別所彦四郎。ある日、酒に酔って霊験あらかたと評判の三囲神社と間違えて、三巡神社を拝んでしまったのが運の尽き。彼の前に現れたのは、幸運の神ではなく、なんと貧乏神。
 妻夫木聡主演の映画化に合わせての文庫化です。“三囲”と“三巡”の言葉だけの違いではなく、“三巡”というのは三回巡るというのがミソ。彦四郎の前に現れるのは貧乏神だけでなく、疫病神そして最後に登場するのが○○(貧乏神、疫病神ときて次に来るのはあの神しかいませんね。)。この神様たち、貧乏神がふくよかな大店の主人風、疫病神が威風堂々とした力士、そして最後に登場する○○もかわいい女の子の姿といった具合に、僕らが描いているイメージとはほど遠い姿というところが何ともユニークです。
 そんなユニークな神たち同様、彦四郎の周りにもユニークなキャラクターが揃っています。なんといっても一番はかつての部下で傑出して出来の悪かった鰓の張ったあばた面の村田小文吾。兄が死んで家督を継ぐ前は修験道場で修業をしていただけあって、神に対して法力を使って彦四郎を助けます。やはり人というのは、それぞれ能力を発揮できる場というものがあるようです。
 それから忘れてならないのは彦四郎の兄左兵衛。金のためなら御徒士の株を売ろうとするし、仕事はしない、家法の名刀は手入れをせず錆びさせるなど、周りの人から見ればうつけものですが、本当は武士の世の中が変わるということを一番わかっていた人かもしれません。
 ラスト近くまでは、こんなユニークな神や彦四郎を取り巻く人たちのドタバタで、ユーモア小説かと思っていましたが、ラストで一転泣かせます。このあたり、浅田さんの作品らしいといえるかもしれません。彦四郎の理屈はちょっと理解できませんでしたけど。
 エルフさんのブログで知りましたが、拾い物の1冊でした。
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夕映え天使 新潮文庫
 表題作をはじめとする6編からなる短編集です。
 6編の中で一番好きな作品は「特別な一日」です。定年退職の日を迎えた男が、自分の歩んできた道を振り返る様子を描いていくのかと思いきや、驚きの仕掛けが隠されていました。妻が丹誠込めて育てた庭の花が、一瞬の熱で花を咲かすというのが何とも言えません。ある作家の連作短編集を思い出しました。
 「琥珀」もジーンとくる話です。東北の辺鄙な町に流れ着き、路地裏で15年の間コーヒー店を営んできた男と、退職を前にして行く当てもなく旅に出た刑事。そんな二人の偶然の出会いから、相手の正体を知った二人の心の動きが読ませます。どうして、刑事はラストあんな行動をとったのか。考えてしまいます。
 さびれた商店街で年とった父親と中華料理店を営んでいる男の前に現れ、ある日突然いなくなってしまった女を想う男のを描く表題作の「夕映え天使」。しばらくたった正月に、警察から自殺死体の身元確認をして欲しいとの連絡がある。結局、彼女の身元は分らずじまい。同じように身元確認に警察にやってきた男との会話がどこか寂しい―作です。
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沙樓綺譚 文春文庫
 ビルの高層階にある秘密クラブ「沙高楼」。そこに集まった功成り名を遂げた人々の口から他言無用として語られる話を描いた5編からなる連作短編集です。
 いわゆるホラー作品集というわけではありません。ホラー系の作品は、狂気の人間の恐ろしさを味あわせてくれる「百年の庭」だけです。これは、真相を直接口から語らずに聞いている者に想像させる恐ろしさがあります。また、日本映画華やかりし頃、池田屋事件を描く時代劇の撮影場所に現れた侍姿の男のことを語った「立花新兵只今罷越候」は、この作品集の中で一番不思議な話といっていいでしょう。
 残る3作のうち、冒頭の「小鍛冶」は刀剣鑑定の場に出された無銘の刀にまつわる話。「糸電話」は人生の所々で偶然出会う幼馴染の女性との話(これはラストの種明かしで、いっきに現実の世界へと戻されます。)。最後の「雨の夜の刺客」は暴力団組長がちんぴらのときに起きた、その後の人生を大きく左右した事件を語った話です。これといって胸に迫る話ではないし、あっと驚きのラストがあるという話でもありません。
 しかしながら、作品中で描かれる刀剣鑑定や映画の撮影現場の様子、ガーデニングにやくざ稼業の裏側等々浅田さんの蘊蓄は凄いです。どの作品もそんな浅田さんの蘊蓄が披露された作品となっています。
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天切り松 闇がたり 第五巻 ライムライト  ☆ 集英社
 天切り松闇がたりシリーズ9年ぶりの新作です。
 かつて“天切り”という盗みの技で名を馳せたことから“天切り松”と呼ばれた今では足を洗った老盗賊・村田松蔵が若き頃のエピソードを語る名シリーズです。9年ぶりとは浅田さん、待ちくたびれましたよ。
 網走刑務所で亡くなった仕立屋銀次のために元旦に葬儀を執り行おうとする“目細の安吉”。彼の行動の裏にはいったい何の目的があるのか(「男意気初春義理事」。おこんに一目惚れした男爵の御曹司。彼からの結婚の申し込みに果たしておこんはどう答えるのか。おこんらしい気っぷのいい啖呵を聞くことができます(「月光価千金」)。日露戦争から20年以上がたっても、二百三高地の戦いで死んだ部下の家を香典を持って回る説教寅。あくどい男の元にいた部下の妻を助け出したが・・・(「箱師勘兵衛」)。囲われていた口入屋の男を殺した女。女を探す口入屋の子分や彼らと持ちつ持たれつの警察に対し、彼女を助けるために目細の安吉は・・・(「薔薇窓」)。大店の旦那が女中に手をつけて産まれた黄不動の栄治。大工の棟梁に育てられた栄治は、棟梁が自分を捨てた父親の家を作ったと聞き、生みの親の家の天切りをしようとする(「琥珀色の涙」)。来日したチャップリンが軍に狙われていることを知った白井検事総長から書生常はあることを依頼される(「ライムライト」)。
 江戸っ子の“粋”を体現する“目細の安吉”一家の面々が天切り松”の口から語られていきます。相変わらずの気風のいい語り口です。どれも甲乙付け難いのですが、敢えて言えば、表題作の「ライムライト」が一番好きです。チャップリンと5.15事件ということだけで、わくわくドキドキですが、そこに書生常がどう関わるのか、そして説教寅が出征した映写技師の父の帰りを待つ娘に何をしてあげたのか、ページを繰る手が止まりません。ラスト、娘が寅に言ったことばに泣かせられます。
 もうひとつ、「箱師勘兵衛」の寅の身の引き方にも涙です。
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帰郷  ☆  集英社 
(ちょっとネタバレ)
 戦争をテーマにした6編が収録された短編集です。雑誌への発表が2002年のものから2016年のものとその間には長い期間がありますので、シリーズとして書かれたものではないようです。
 冒頭の表題作「帰郷」(表題と異なって旧字体の「歸」が使用されています。)は、復員してきたものの、戦死の扱いとなっており、妻は再婚し、帰る場所を失った男と、やはり故郷に帰れない娼婦との出会いを描きます。これは微かではありますが希望を感じさせるストーリーになっています。
 わずかな兵隊が残ったニューギニアの島に高射砲の修理に派遣された工兵を描く「鉄の沈黙」。「やられるときは、まんまるになるですよ」と砲兵が言った言葉がラストの情景を浮かび上がらせます。
 戦争終結から1O年が過ぎた野球場に併設された夜の遊園地でアルバイトをする大学生を描く「夜の遊園地」。遊園地の中を歩く親子たちの姿を見て、戦死した父を思い、再婚した母の幸せを願います。
 「不寝番」は、深夜の不寝番をしていた自衛隊員が交代要員を起こしに行ったところ、その男は戦争中の日本兵だったという、ファンタジー色の強い作品です。自動販売機のコーヒーを飲みながら、「さほど悪い戦ではなかったのだろう。勝ち負けはさておき、そうした未来のためになるのなら、おのれひとりの生き死になど、どうでもいいような気がした」思う日本兵に涙してしまいます。収録された6編の中で個人的に一番好きな作品です。
 路上で米兵相手に物乞いをしている傷痍軍人の姿の裏に隠された悲惨な現実を見せつけるのは「金鵄のもとに」です。南方のブーゲンビルからようやく復員した男らが語る人間の尊厳さえ失わせてしまう戦場の現実に、胸がえぐられます。ラスト、そこまでするしかなかったのかと思うと、あまりに辛すぎます。
 二人の若き海軍中尉の会話で構成される「無言歌」。仲の良い戦友の二人が戦場の緊張感を一時忘れて、楽しく話をしているのか思いきや、彼らの状況が明らかとなるラストに何も言えません。
 どの作品を読んでも“戦争”はあってはならないものだということを強く読み手に訴えかけます。浅田次郎さんが「いまこそ読んでほしい」との覚悟を持って執筆したそうですが、戦後70年以上がたち、実際に戦争を体験した人が少なくなっているこんな時代だからこそ多くの人に読んでもらいたい作品です。 
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おもかげ  毎日新聞出版 
 竹脇正一は65歳。長く勤めた商社を定年となり、送別会の帰りの地下鉄の車内で倒れ、意識不明のまま病院に運び込まれる。同期入社で社長となった堀田や妻の節子、娘婿の大野武志、幼馴染みの大工の棟梁の永山徹が見守る中、竹脇の意識は戻らない。しかし、竹脇自身はその間、病院のベッドを抜け出して、マダム・ネージュと名乗る自分より年配の老女や自分と同年齢の静と名乗る女性、更には同室の患者である榊原勝男、30代後半の峰子という女性と奇妙な時間を過ごしていた。
 定年退職の日に倒れるなんて、なんて不幸な男だろう。これからゆっくり人生を送ることができるはずなのにと、他人事とも思えず、どういう展開になるのだろうと気になって読み始めました。
 人は死ぬとき走馬燈のように自分が生きてきた人生を一瞬のうちに振り返るといいますが、竹脇はマダム・ネージュ、静、峰子という3人の女性に連れられて歩く中で、自分の過去を振り返ります。果たして、3人の女性たちは果たして何者なのか。そこはちょっとミステリ的な要素が入っています。
 浅田さんのファンタジー作品に「地下鉄に乗って」がありますが、この作品でも地下鉄が重要な舞台として登場します。ある人物との別れのシーンはジ〜ンと来てしまいます。 
 感動の物語ですが、ただ、主人公の竹脇が児童福祉施設で育ったとか、幼い息子を亡くしたという過去がこのストーリーの感動の大きなファクターとなっているので、主人公に自分を重ね合わせることはできず、物語にのめり込むところまではいきませんでした。
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