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青山美智子の本棚

  1. お探し物は図書室まで
  2. 赤と青とエスキース
  3. ただいま神様当番
  4. 月の立つ林で

お探し物は図書室まで  ☆  ポプラ社 
 初めて読む青山作品です。
 小学校に併設されたコミュニティハウスにある図書室。人生にそれぞれ悩みを持った人々が訪れると、レファレンスコーナーにいるものすごく大きな女性の司書・小町さゆりさんが不思議な安心感を持つ温かい声で「何をお探し?」と声をかけてくれます。そして彼女は探している本のほかに1冊、関係のなさそうな本を貸し出します。付録と言って羊毛フェルトで作ったものをつけて。この物語では、彼女から羊毛フェルトで作られたものをもらった男女が描かれます。
 各章でそれぞれ主人公を務めるのは、田舎の暮らしから抜け出したくて東京で就職したが、仕事に身が入らない総合スーパーの婦人服売り場の販売員・朋香、いつかはアンティーク雑貨の店を開きたいと夢を持っていたが、“いつか”が見えず、心穏やかでない家具メーカー社員・諒、雑誌編集の仕事に生きがいを感じ、育児休暇もそこそこに職場復帰をしたが資料部に異動させられた出版社社員・夏美、絵が好きで高校卒業後デザイン学校に通ったが、自分がやりたいイラストの仕事に就けず、今はニートの浩弥、65歳で定年退職したとたん、毎日やることもなく、かといって家事の手伝いも満足にできない正雄の5人です。
 5人の中では同年代である定年退職をした正雄の話が一番身近に感じられました。定年退職で毎日の仕事がなくなり、趣味もなく、知り合いも振り返ってみると会社関係の人ばかりで本当の友達と言える人もいないという正雄の状況は他人事ではありません。妻は自分とは異なり身に着けた資格で仕事をしているのですから、自分と比べるとやるせなくなってしまいますよねえ。でも、そんな正雄も、そして朋香や諒たちもさゆりさんからの1冊の本と羊毛フェルトによって前を向いていくことができるようになります。読了感がとっても素敵な作品でした。それにしても、諒の憧れだったあの人の消息も知れたのは良かったです。
 小町さんは元養護教諭をしており、青山さんの別作品「猫のお告げは樹の下で」では、小町さんの養護教諭の時代の話を読むことができるそうです。 
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赤と青とエスキース  ☆  PHP研究所 
(ネタバレあり)
 題名にある“エスキース”とは“下絵”のこと。ただ、絵を巡る物語ではなく、この絵を背景にして各章、主人公を変えて彼らの物語が語られていきます。
 「金魚とカワセミ」はメルボルンに留学したレイが日本に帰る間際、現地に住む日本人の恋人、プーに頼まれ彼の友人のジャック・ジャクソンの絵のモデルになることを引き受ける話。このとき書かれた絵が「エスキース」で、これ以降の章の中でどこかに登場してきます。
 「東京タワーとアーツ・センター」は額縁工房で働く額職人である空知が、工房の経営者が画廊から展示会用の額縁作成の依頼を受けた絵の中に、旅先のメルボルンで出会ったジャック・ジャクソンの「エスキース」があることに気づき、額を製作したいと申し出る話。
 「トマトジュースとバタフライピー」は漫画家のタカシマ剣がウルトラ・マンガ大賞を受賞したかつての弟子であった砂川凌から対談を依頼され、「カドル」という喫茶店での対談に臨む話。このとき、喫茶店の壁にかかっていた絵が「エスキース」です。
 「赤鬼と青鬼」は50歳で転職し小さな輸入雑貨店で働き始めて1年半になる茜は、別れて1年になる元恋人、蒼の家に残したパスポートを取りに行くことになったことを契機にパニック障害を発症してしまう話。茜が手に取った漫画本から落ちた雑誌のグラビアページはタカシマ剣と砂川凌の対談の写真で、二人の間の壁にかかっていた絵が「エスキース」です。
 「赤鬼と青鬼」のラストで、ある「え!そうだったの?」という驚きの事実が明かされるのですが、最後の「エピローグ」で、ジャック・ジャクソンを主人公に、実はこの物語は長い年月にわたったある人物たちの物語だったことが明らかになります。 
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ただいま神様当番  ☆  宝島社文庫 
 「坂下」というバス停から毎朝通勤、通学のために同じバスの乗車する5人の男女をそれぞれ主人公に描いた5話からなる作品です。
 それぞれの物語は、5人が、バス停にたまたま誰よりも一番早く着いた時に、バス停に置かれていた忘れ物と書かれた自分が欲しいと思っていたものを、すぐ警察に届けずについ自分のものにしてしまうところから始まります。彼らはそれぞれ翌日目覚めると自分の腕に「神様当番」という文字が太く大きく書かれていて、そばに老人がいることに気付きます。老人は「神様」だと名乗り、その「神様」の願いを聞いてくれないと「神様当番」の文字が消えないと言い、腕の中に入ってしまったため、5人は、どうにかして「神様」の願いをかなえようとあれこれ奮闘するという話です。
 その「神様の願い」というのが、OLの水原咲良の編では「わしのこと、楽しませて」、小学6年生の松坂千帆の編では「わし、最高の弟が欲しいなあ」、高校生の新島直樹の編では「わし、リア充になりたい」、大学の非常勤講師のリチャード・ブランソンの編では「わし、美しい言葉でお話がしたいの」、中小企業の社長である福永武志の編では「わし、えらくなりたいの」と様々です。
 神様の願いを叶えようとする中で、彼らは、結局、神様の願いは本当は自分自身の願いだったことに気づきます。神様は自分の願いを叶えろと言いながら、実は主人公たちの心の中にある願いを叶える手助けをしていたのですね。ほんわかとした読後感です。こういう作品、好きですねえ。 
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月の立つ林で  ☆  ポプラ社 
 5章からなりますが、各章主人公を変えて語られていきます。
 「一章 誰かの朔」の主人公は長年看護師として勤めた総合病院を辞めたばかりの41歳の朔ヶ崎伶花。病院内のある出来事から人と密接にかかわることが怖くなって看護師を辞め、他の仕事を探すが、なかなか採用されない・・・。
 「二章 レゴリス」の主人公は大学祭のお笑いライブでウケ、自分には才能があるのではないかと思って内定していた就職先を蹴り、お笑い芸人になるために養成所に入った本田重太郎。しかし、芽が出ず、今では宅急便の配達員をしているが、ある日、彼は配達先でかつてコンビを組んでいた相棒サクに出会う・・・。
 「三章 お天道様」の主人公は二輪車の整備工場を営む高羽。大切に育てた一人娘が男を連れてきて結婚すると言った上に妊娠していると告白して、順番が違うじゃないかよとガッカリする・・・。
 「四章 ウミガメ」の主人公は高校三年生の逢坂那智。離婚した父親に似ている自分のことを母親は嫌っているのではないかと思い、早く家を出ようと中古スクーターのベスパを買ってウーバーイーツの配達員をして金を貯めようとする。ある日、配達に行った先が口をきいたこともないクラスメイトの家だった・・・。
 「第五章 針金の光」の主人公はハンドメイドの通販サイトである「ラスタ」にアクセサリーを出品している北島睦子。「ラスタ」が彼女の作品を「おすすめアイテム」としてトップページに取り上げてから注文が殺到するようになり、仕事をするにあたり夫や義母といることがうっとうしくなる・・・。
 どの章にも毎朝7時に配信されるポッドキャスト「ツキない話」が登場します。この「ツキない話」は「竹林からお送りしております、タケトリ・オキナです。かぐや姫は元気かな」で始まり、「月」についての様々なことが語られますが、各章の主人公たちはこの「ツキない話」を聞き、落ち込んでいても前向きになり、先に進んでいこうとする姿が語られます。
 怜花が睦子のアクセサリーを購入したり、本田のSNSにイイネをするアカウントの正体が那智だったり、那智の壊れたベスパを修理するのが高羽だったり、怜花の弟、祐樹がそれぞれの主人公たちと関わりがあったりと、各話の登場人物たちに繋がりがあるだけでなく、最後の「針金の光」で、この連作集の重要なモチーフになっていた「ツキない話」の語り手“タケトリ・オキナ”が誰かが明かされ、その人物がなぜ「ツキない話」を語っていたのかも明らかになるという体裁になっています。第4章で竹を伐採していたおじさんが言います。「竹は地中で繋がっていて、竹林が一本の樹みたいなものなんです。」と。この物語を言い表すような言葉です。
 たまにはこういう心が温まる素敵なストーリーを読むのもいいですね。 
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