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青柳碧人の本棚

  1. 未来を、11秒だけ
  2. 赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。
  3. ナゾトキ・ジパング
  4. 乱歩と千畝

未来を、11秒だけ  光文社 
 繁華街でトラブルに巻き込まれた篠垣早紀は、シェアハウス「FREEDOM TREE」のオーナーのジョージに助けられ、その夜は、「FREEDOM TREE」の住人の一人、エミリの部屋に泊まることとなる。そこで、早紀はエミリからジョージが1日先の未来を11秒だけ見ることができる特殊な能力を持っており、それを生かしてナンバーズで不審に思われないよう少額の当選金を稼いで「FREEDOM TREE」の運営資金に充てていることを聞く。それから1週間が過ぎ、早紀はエミリに呼び出される。ジョージが未来で住人の一人、キャロの死体を見たため、キャロを見張っていたが、姿を消してしまったという。ジョージからキャロ探しを頼まれた早紀は彼女を探すため、人がその時身に付けていた物を持って眠ると、その物となってその人がどんな行動をしたのかがわかる特殊な能力を持つ星川司に協力を求める・・・。
 「未来を、11秒だけ」という題名から、タイムトラベルもののSFファンタジー作品だと思っていたのですが、いざ読み始めてみると、SFファンタジーというよりはミステリーとしての謎解きに重きが置かれた作品でした。そういう意味ではちょっと期待外れ。
 そもそも早紀がキャロの行方捜しに関わる理由がないのに、事件に顔を突っ込むなんてちょっと都合よすぎですね。また、特殊能力を持った者が偶然集まったり、ミステリーとしての謎解きをアッと言わせるためかもしれませんが、持っていた能力が突然変異してしまうなんて「それはないだろう!」と、突っ込みたくなることも少なくありませんでした。
 なお、この作品の前に早紀と司を主人公とした「二人の推理は夢見がち」が刊行されていますが、そちらを読んでいなくても大丈夫です(読んでいるのに越したことはありませんが)。 
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赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。  双葉社 
日本の昔話を題材にした「むかしむかしあるところに、死体がありました。」に続き、今回は西洋童話を題材にした連作短編集です。取り上げられる童話は「シンデレラ」、「ヘンゼルとグレーテル」、「眠りの森の美女(眠り姫)」、「マッチ売りの少女」。そしてこれらの童話を下敷きに描かれる事件の謎を解くのは“赤ずきん”です。クッキーとワインを持ってシュペンハーゲンに向かう赤ずきんが、道中で遭遇した事件の謎を探偵役として解いていくのですが、なぜ赤ずきんがシュペンハーゲンに向かうのかがという謎もあります。
 冒頭の「ガラスの靴の共犯者」に登場するのは“シンデレラ”。旅をする赤ずきんは出会ったシンデレラとともに魔女に魔法をかけてもらい、カボチャの馬車に乗って舞踏会が開かれるお城へと向かうが、途中で道に飛び出してきた男を轢いてしまう。赤ずきんとシンデレラは男の死体を隠すが、この事故にはある裏が・・・。
 叙述ミステリーの形式をとって、魔女が作ったお菓子の家ならではの密室トリックが描かれるのは“ヘンデルとグレーテル”が登場する「甘い密室の崩壊」です。継母をお菓子の家に連れ出して殺害し家に戻ったヘンデルとグレーテルだったが、そこに森の中で迷った赤ずきんがやってくる。赤ずきんは、継母の行方探しを手伝い継母の死体を発見する・・・。
 「眠れる森の秘密たち」に登場するのは“眠りの森の美女(あるいは眠り姫)”。赤ずきんは、森の中で車椅子に乗ったおじいさんが動けなくなっているのを助ける。彼はグーテンシュラーフ王国の宰相で、魔女によって眠り続けている王女が目覚めるのを待っていたが、王女が城から消え失せてしまう・・・。
 最後の「少女よ、野望のマッチを灯せ」に登場するのは“マッチ売りの少女”。雪の中マッチ売りをする少女をかわいそうに思った神様によって不思議なマッチを手に入れたマッチ売りの少女は、そのマッチによって市場を独占し、情け容赦のない経営者となっていくが、そこに現れた赤ずきんは・・・。この話によって、赤ずきんがクッキーとワインを持って旅をしてきた理由が明らかとなります。牢獄に入れられた赤ずきんが姿を消すトリックは島田荘司さんを思わせる大掛かりなトリックです。
シンデレラもヘンデルとグレーテルも、そしてマッチ売りの少女もみんな不幸な生い立ちで、だからこそ読者の共感を呼ぶのですが、青柳さんにかかると、童話のいたいけな主人公たちが悪者へと変身します。 
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ナゾトキ・ジパング  小学館 
 4月から2回目の大学3年生となった長瀬秀次は、精南大学の男子寮「獅子辰寮」の代表となる。そんな長瀬に所属するゼミの雄島総一郎教授は寮の同室者としてアメリカからの留学生を指定し、彼の面倒を見るよう命じる。留学生の名はケビン・マクリーガル。この作品では日本文化が大好きで日本語も流ちょうに話すマクリーガルと秀次が巻き込まれる5つの事件が描かれます。
 各話の題名が「SAKURA」「FUJISAN」「CHA」「SUKIYAKI」「KYOTO」と、どれも日本文化を表すものがつけられた5話と最後にエピローグ的な「再び、SUKIYAKI」が収録された連作短編集です。物語の体裁としては「SUKIYAKI」を除けば、事件の謎をマクリーガルが解き、それをあたかも自分が解いたかのように警視庁捜査一課のアメリカ帰りの女性刑事・田中が披露するという形になっています。ケビンが「ミョーデス!」と発すると、ケビンの頭の中で謎解きが始まるのですが、ケビン自身が名探偵のように「さて、みなさん」と謎解きをしません。
 秀次とマクリーガルがしだいに名コンビぶりを発揮していくところはお決まりですかね。また、マクリーガルと田中の間にはアメリカで何らかの関わりがあったようですが、今回それが明らかにされなかったところをみると、このシリーズはまだ続くのでしょう。 
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乱歩と千畝  ☆  新潮社 
 「むかしむかしあるところに、死体がありました。」などの昔話シリーズのミステリなどで知られる青柳碧人さんですが、今回は
ミステリ作品ではありません。
 早稲田大学近くの蕎麦屋でたまたま相席になった太郎と千畝。作家になりたいと思いながら古本屋の傍ら生活のために支那そばの屋台を引く太郎と英語の力を活かせる職業に就きたいと悩む千畝。太郎は後に日本のミステリ界に燦然と輝く江戸川乱歩のことであり、千畝は後に第二次世界大戦中のドイツに迫害されるユダヤ人を助けるために大量のビザを発行し、日本のシンドラーとも呼ばれることになる杉原千畝です。
 乱歩と千畝は高校と大学の先輩後輩に当たりますが、年が6歳離れていることもあり、在学中に知り合うということはなかっただろうし、果たして歴史上、二人の間に親交があったのかはわかりませんが、青柳さんは同時代に生きた二人の人生を交差させていきます。そこは作家、上手ですよねえ。
 乱歩が鳥羽造船所で働いていた時に知り合った妻となる隆子との出会いが描かれますが、結婚の約束をしながら、いざ隆子が上京してくるとなると逃げ出してしまったり、原稿の締切日にも関わらずに放り出して放浪の旅に出たりと、男としては情けないし、人間としてもいい加減な乱歩の姿を青柳さんは描きます。探偵小説の大家というイメージとは程遠い姿でびっくりです。
 千畝にしても、ユダヤ人を救ったということが脚光を浴び、私もそれ以上の千畝のことは知りませんでしたが、ロシア人の女性と結婚していたり、ロシア語を学び革命から逃れてきた白系ロシア人やユダヤ人の社会に飛び込んで、ロシアの情報を得ていたり、まるでスパイもどきの活動をしていたことも描かれます。更にあの男装の麗人である川島芳子や国際連盟脱退を国際会議の席上宣言した松岡洋祐とも親交があったと描くなど、読んでいてちょっとワクワクしてしまいます。これってすべて青柳さんの創作なんでしょうか。
 カバー裏の絵の二人が並んで歩く後ろ姿は、ラストシーンを描いたものですね。おススメです。 
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