伊坂幸太郎、石田衣良、市川拓司、中田永一、中村航、本多孝好による恋愛をテーマにした書き下ろしのアンソロジーです。それぞれの作家の特色が出ていて、読み応え十分でした。
伊坂さんの「透明ボーラーベア」は、転勤で恋人と遠距離恋愛になる主人公が、デートで行った動物園で姉の元カレに会うことから話が始まります。ストレートな恋愛小説というよりは、伊坂さんらしいどこか不思議なお話に仕上がっています。
石田さんの「魔法のボタン」は、男女を意識していない幼なじみが・・・というよくあるパターンのお話。石田さんが書くとこうなるんだという作品です。
市川拓司さんの「卒業写真」は、卒業してから9年後に出会った同級生の話です。なかなかほのぼのとしたストーリーで好感が持てます。話している途中で、名字が同じ違う人、それも自分が好きだった人だと気づいてからの主人公の心の動揺がおもしろかったですね。ラストの終わり方も爽やかで満足です。
中田永一さんの「百瀬、こっちを向いて」は、幼い頃自分の命を救ってくれた先輩のために、先輩の彼女百瀬と擬似カップルを演じることになってしまった主人公相原ノボルの話です。先輩が、公認の彼女の目から、百瀬の存在をそらすために行ったことが、やがて主人公の心の中に大きな位置を占めるようになっていきます。もてない者同士の友人に嘘をつき、先輩の公認の彼女にも嘘をつくことで、悩みながらも、しだいに百瀬に惹かれていくノボルの気持ちが描かれます。最後でミステリっぽい思わぬ謎解きがあったのもおもしろかったです。ラストの台詞「百瀬、こっちを向いて」はいいですねえ。
この人、別ネームを持った作家さんだそうですが、果たして誰なんでしょうか。こんな素敵な作品を書くのですから、そちらにも興味がありますね。
中村航さんの「突きぬけろ」は、恋人と週に3度電話をかけあい、週末に会うという交際をしている男が主人公です。そんな生活の中に、友人の先輩木戸という人物が登場してきます。木戸のキャラクターで読ませる作品です。
本多孝好さんの「Sidewalk Talk」は、離婚しようとする夫婦の最後の食事が描かれます。恋愛をテーマなのに、このまま別れてしまうのかなと思ったところに、香水の香りがして・・・。ラストで今までの話の流れを逆転させる手並みは、さすが本多さんです。
この中で一番好きな作品というと、中田永一さんの「百瀬、こっちを向いて」でしょうか。罪悪感と百瀬へ傾いていく気持ちとの間で揺れ動く主人公の心が鮮やかに描かれているところがうまいですね。ただ、唯一女性が主人公の「卒業写真」も捨てがたいです。本多孝好さんの「Sidewalk Talk」のラストもいいですね。 |