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アンソロジー

  1. I LOVE YOU    伊坂幸太郎  石田衣良  市川拓司  中田永一  中村航  本多孝好
  2. クリスマス・ストーリーズ    奥田英朗  角田光代  大崎善生  島本理生  盛田隆二  蓮見圭一
  3. Vintage'06    石田衣良  角田光代  重松清  篠田節子  藤田宜永  唯川恵
  4. LOVE or LIKE  石田衣良  中田永一  中村航  本多孝好  真伏修三  山本幸久
  5. 午前零時  鈴木光司  坂東真砂子  朱川湊人  恩田陸  貫井徳郎  高野和明  岩井志麻子
            近藤史恵  馳星周  浅暮三文  桜庭一樹  仁木英之  石田衣良
  6. オトナの片思い  石田衣良  栗田有起  伊藤たかみ  山田あかね  三崎亜紀  大島真寿美
                大崎知仁  橋本紡  井上荒野  佐藤正午  角田光代
  7. Re−born はじまりの一歩  伊坂幸太郎  瀬尾まいこ  豊島ミホ  中島京子  平山瑞穂                                  福田栄一  宮下奈都
  8. 七つの死者の囁き  有栖川有栖  道尾秀介  石田衣良  鈴木光司  吉来駿作  小路幸也                           恒川光太郎
  9. 眠れなくなる夢十夜  阿刀田高  あさのあつこ  西加奈子  荻原浩  北村薫  谷村志穂                             野中柊  道尾秀介  小池真理子  小路幸也
  10. 蝦蟇倉市事件1  道尾秀介  伊坂幸太郎  大山誠一郎  福田栄一  伯方雪日
  11. シティ・マラソンズ  三浦しをん  あさのあつこ  近藤史恵
  12. Happy Box  伊坂幸太郎  山本幸久  中山智幸  真梨幸子  小路幸也
  13. Bluff 騙し合いの夜  伊坂幸太郎  曽根圭介  沢村凛  門井慶喜  黒崎緑  山田深夜  折原一                      連城三紀彦
  14. しあわせなミステリー  伊坂幸太郎  中山七里  柚月裕子  吉川英梨
  15. あの日、君と Boys  伊坂幸太郎  井上荒野  奥田英朗  佐川光晴  中村航  西加奈子  柳広司                     山本幸久
  16. 最後の恋 MEN’S  伊坂幸太郎  越谷オサム  朝井リョウ  石田衣良  橋本紡  荻原浩  白石一文
  17. エール!  大崎梢  平山瑞穂  青井夏海  小路幸也  碧野圭  近藤史恵
  18. 本屋さんのアンソロジー  有栖川有栖  坂木司  門井慶喜  乾ルカ  吉野万里子  誉田哲也  大崎梢                     似鳥鶏  宮下奈都  飛鳥井千砂
  19. エール!2  坂木司  水生大海  拓未司  垣谷美雨  光原百合  初野晴
  20. エール!3  原田マハ  日明恩  森谷明子  山本幸久  吉永南央  伊坂幸太郎
  21. 9の扉  北村薫  法月綸太郎  殊能将之  鳥飼否宇  麻耶雄嵩  竹本健治  貫井徳郎  歌野晶午           辻村深月  
  22. ペットのアンソロジー  森奈津子  大倉崇裕  大崎梢  我孫子武丸  柄刀一  汀こるもの  井上夢人                    太田忠司  皆川博子  近藤史恵
  23. 時の罠  辻村深月  万城目学  湊かなえ  米澤穂信
  24. ワンダフルストーリー  伊坂幸太郎  大崎梢  木下半太  横関大  貫井徳郎
  25. サイドストーリーズ  中田永一  貴志祐介  宮木あや子  東直己  垣根良介  狗飼恭子  中山七里                   笹本稜平  冲方丁  誉田哲也  貫井徳郎  三浦しをん
  26. ノスタルジー1972  中島京子  早見和真  朝倉かすみ  堂場瞬一  重松清  皆川博子
  27. アンソロジー隠す  大崎梢  加納朋子  近藤史恵  篠田真由美  柴田よしき  永嶋恵美  新津きよみ  福田和代                 松尾由美  松村比呂美  光原百合  
  28. 恋愛仮免中  奥田英朗  窪美澄  荻原浩  原田マハ  中江有里
  29. 惑ーまどうー  大崎梢  加納朋子  今野敏  永嶋恵美  法月綸太郎  松尾由美  光原百合  矢崎存美
  30. 迷ーまようー  大沢在昌  乙一  近藤史恵  篠田真由美  柴田よしき  新津よしき  福田和代  松村比呂美
  31. 7人の名探偵  麻耶雄嵩  山口雅也  我孫子武丸  有栖川有栖  法月綸太郎  歌野晶午  綾辻行人

 


I LOVE YOU  ☆ 祥伝社
 伊坂幸太郎、石田衣良、市川拓司、中田永一、中村航、本多孝好による恋愛をテーマにした書き下ろしのアンソロジーです。それぞれの作家の特色が出ていて、読み応え十分でした。
 伊坂さんの「透明ボーラーベア」は、転勤で恋人と遠距離恋愛になる主人公が、デートで行った動物園で姉の元カレに会うことから話が始まります。ストレートな恋愛小説というよりは、伊坂さんらしいどこか不思議なお話に仕上がっています。
 石田さんの「魔法のボタン」は、男女を意識していない幼なじみが・・・というよくあるパターンのお話。石田さんが書くとこうなるんだという作品です。
 市川拓司さんの「卒業写真」は、卒業してから9年後に出会った同級生の話です。なかなかほのぼのとしたストーリーで好感が持てます。話している途中で、名字が同じ違う人、それも自分が好きだった人だと気づいてからの主人公の心の動揺がおもしろかったですね。ラストの終わり方も爽やかで満足です。
 中田永一さんの「百瀬、こっちを向いて」は、幼い頃自分の命を救ってくれた先輩のために、先輩の彼女百瀬と擬似カップルを演じることになってしまった主人公相原ノボルの話です。先輩が、公認の彼女の目から、百瀬の存在をそらすために行ったことが、やがて主人公の心の中に大きな位置を占めるようになっていきます。もてない者同士の友人に嘘をつき、先輩の公認の彼女にも嘘をつくことで、悩みながらも、しだいに百瀬に惹かれていくノボルの気持ちが描かれます。最後でミステリっぽい思わぬ謎解きがあったのもおもしろかったです。ラストの台詞「百瀬、こっちを向いて」はいいですねえ。
 この人、別ネームを持った作家さんだそうですが、果たして誰なんでしょうか。こんな素敵な作品を書くのですから、そちらにも興味がありますね。
 中村航さんの「突きぬけろ」は、恋人と週に3度電話をかけあい、週末に会うという交際をしている男が主人公です。そんな生活の中に、友人の先輩木戸という人物が登場してきます。木戸のキャラクターで読ませる作品です。
 本多孝好さんの「Sidewalk Talk」は、離婚しようとする夫婦の最後の食事が描かれます。恋愛をテーマなのに、このまま別れてしまうのかなと思ったところに、香水の香りがして・・・。ラストで今までの話の流れを逆転させる手並みは、さすが本多さんです。
 この中で一番好きな作品というと、中田永一さんの「百瀬、こっちを向いて」でしょうか。罪悪感と百瀬へ傾いていく気持ちとの間で揺れ動く主人公の心が鮮やかに描かれているところがうまいですね。ただ、唯一女性が主人公の「卒業写真」も捨てがたいです。本多孝好さんの「Sidewalk Talk」のラストもいいですね。
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クリスマス・ストーリーズ 角川書店
 クリスマスをモチーフに奥田英朗さんや角田光代さんなど6人の作家が共作したアンソロジーです。
 期待の奥田さんの話は「セブンティーン」。クリスマスに初体験をしようとする娘を知って、右往左往する母親の話です。こうした場合男親がまったく当てにならないことは自分の身を振り返ればよく理解できます。
 角田さんが「クラスメイト」で描くのは離婚の条件に別れ行く男に生まれて初めてのラブレターを要求する女性の姿です。
 大崎さんの「私が私であるために」は、不倫相手と別れて、不意に夜行の寝台列車に飛び乗った女性とその列車で出会った不治の病の医者との話です。医者の言う「生きたくても生きられない人もいる」ということばが女性の胸に響きます。
 今年「ナラタージュ」が評判だった島本理生さんの「雪の夜に帰る」は、“中距離恋愛”をする女性を描いています。男からすれば、やっぱり主人公の女性は脇が甘いといわれても仕方ないかなという気がします。
 盛田隆二さんが「二人のルール」で描くのは、クリスマスに会えない不倫相手との約束の日、仕事で遅くなるという連絡のあった男をひたすら待つ女性です。好きになってくれる人がありながら、妻子ある人との逢瀬を心待ちにする主人公が哀れだと思ってしまうのは僕だけでしょうか。女性の皆さん、こんなラストでいいのかと聞いてみたくなります。
 ラストは、蓮見圭一さんの「ハッピー・クリスマス・ヨーコ」です。この作品集の中では僕的には一番でしょうか。喧嘩して出ていった妻を迎えに行きながら、息子に妻と出会ったころの話をする夫に共感してしまいます。こんなに息子に話せる父親がうらやましいですね。
 奥田英朗さんの作品も掲載されていたので購入したのですが、残念ながら期待していたほど惹きつけられる作品がありませんでした。
 装丁はきらきら光る緑と赤のクリスマスカラーで、クリスマスをテーマにした本らしいですね。
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Vintage'06 講談社
 僕の住む県はワインの製造量が日本一の県なので、ワインは身近なお酒です。皆さんはワインといえば760mlの瓶を思い浮かべると思うのですが、こちらには日本酒と同じように1升瓶のワインがあります。地元では日本酒の代わりに1升瓶のワインを傾けてということも普通です。ですから、ヴィンテージ・ワインというような高級感のあるワインには縁がないし、ソムリエがワインを評価するときに言うような言葉は全然わかりません。ま、安くておいしければ一番なんですけどね。
 話がそれてしまいました。この本は石田衣良、角田光代、重松清、篠田節子、藤田宜永そして唯川恵の6人の直木賞作家がワインをキーワードに描いた6編からなるアンソロジーです。どれも30ページほどの短篇ですが、さすが直木賞作家だけあって、ワインを上手く使った作品となっています。
 なかでは重松清さんの「ひとしずく」が一番のお気に入りです。ワインのことなどわからない主人公が妻の誕生日のプレゼントに選んだワイン。二人で過ごそうとした誕生日に現れたのが遠慮のない義弟。せっかくのワインが・・・という話ですが、この見栄張りで気弱な主人公が自分に重なってしまって、話に引き込まれました。ラストは重松さんらしい、感動です。いい奥さんですねえ。
 おもしろかったのは、篠田節子さんの「天使の分け前」です。フランス大統領主催の晩餐会に出される予定のワインが何者かによって“誘拐”される。ワインを巡る大統領と犯人との攻防が愉快です。このあたり、フランス大統領だからこその犯人とのやりとりがおもしろいです。
 その他、石田さんの「父の手」は話としてはよくあるストーリーにワインを絡めた作品です。角田さんの「トカイ行き」は海外旅行好きの角田さんらしいハンガリーを舞台にした作品、藤田さんの「腕枕」もお得意のフランスを舞台にした作品です。最後の唯川さんの「浅間情話」については、唯一使われているワインの名を知っている作品です。もちろん、高くて飲んだことはありませんが(^^;
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LOVE or LIKE  ☆ 祥伝社
 昨年発売の「I LOVE YOU」に続く男性作家による恋愛アンソロジー第2弾です。今回の執筆陣は、石田衣良、中田永一、中村航、本多孝好、真伏修三、山本幸久の6人です。今回は伊坂さんは執筆していませんが、石田さんに本多さん、それにこのところ注目している山本さんとなれば、読まないわけにはいきません。
 石田衣良さんの「リアルラブ?」は、恋人ではないセックスフレンドの男女の話。ちょっとエロティックな始まりで、石田さんの作品といえば石田さんらしい作品ですが、で、結局何だったの?という感じで終わってしまいました。
 覆面作家(?)、中田永一さんの「なみうちぎわ」は家庭教師ををしていた男の子が溺れているのを助けようとして逆に溺れてしまい、意識不明のまま5年後に目覚めた女性の話。ストーリー的にはどこかで読んだことがあるという印象を持ってしまう話です。ただ、中田さんの筆力のせいか、物語の中に引き込まれます。なかなか読ませますね。
 中村航さんの「ハミングライフ」は、木の虚の中に手紙を入れてやりとりする男女の話です。話の中では、現在の時の流れとは異なるゆったりとした時間が流れます。木の虚にいれた手紙のやりとりなんて、携帯メールが飛び交う中では、まどろっこしく思ってしまいますが、逆に新鮮なんでしょうね。ゆったりとしたやりとりをする中で、女の子が積極的になるのが素敵です。
 本多孝好さんの「DEAR」は6編の中では一番長い作品ですが、個人的には一番のオススメです。とても切ないお話です。三人の仲のいい小学生が一人の転校生の女の子を好きになります。しかし、その女の子はある理由からいじめに遭うようになります。その子を何もできずにただ見ている主人公、言葉を尽くして彼女を慰める優等生、そしていじめっ子に手を振り上げるガキ大将と、それぞれがとっても素敵な男の子です。いやぁ〜、いいよなあと小学生時代を振り返ってみてしまいました。
 今回初登場の真伏修三さんの「わかれ道」。この作品が真伏さんにとってのエンターテイメント小説界でのデビュー作だそうです。ちょっと古風な感じの男の子と女の子の恋物語です。
 このところの気になる作家の一人山本幸久さんの「ネコ・ノ・デコ」。読んで思ったのは、これって恋愛小説なんでしょうかということ。恋愛がテーマというより、前向きに生きる女性を描いた作品ではないのかなあ・・・
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午前零時 新潮社
 電子書籍配信サイト“Timebook Town”の連載「シリーズ午前零時」に掲載された11編と石田衣良さん、仁木英之さんの書き下ろし2編からなるアンソロジーです。
 やはり、真夜中の零時をテーマにしているためか、内容としてはホラー系の作品が中心です。その中で一番印象に残ったのは、恩田陸さんの「卒業」です。これは今年発売された恩田陸さんの短編集「朝日のようにさわやかに」(新潮社)にも収録されている作品です。その感想にも書きましたが、女子高校生たちがなぜ部屋の一室に閉じこもったかの説明が何もありませんが、これが非常に緊迫感のある話です。できれば長編として読みたいですね。
 家を出ていった飼い主の帰りをひたすら待つ犬と、飼い主である女性に捨てられた男を描いた馳星周さんの「午前零時のサラ」は、このアンソロジーの中ではちょっと雰囲気の変わった作品です。馳さん、こんな作風だったかなあと思ってしまう作品でもあります。かわいがっていた犬を男に押しつけて違う男に走る女なんかに未練を残すな!と、主人公に叫びたくなります。犬はしょうがないですけど。
 ホラー系の作品の中では、浅暮三文さんの「悪魔の背中」がおもしろいです。男性の読者としては溜飲が下がる作品です。
 期待していた貫井さんの「分不相応」は、正直のところいまひとつ。午前零時がどう関係してくるのかがよくわかりませんでした。貫井作品だけでなく、他にも、別に午前零時という必然性はないだろうと思える作品がありました。
 とにかく、14人の作家による競作ですから、それぞれの作家のファンにとっては楽しめる1冊といえます。失望する場合もあるかもしれませんが。
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オトナの片思い 角川春樹事務所
 大人の片思いをテーマにした11編からなるアンソロジーです。大人になってからの“片思い”ってどんなだろう、若い頃のように一途にひたすら好きだ好きだと周りが見えなくなってしまうというようなことはないだろうなと興味津々で手に取りました。それと、執筆者の中に石田衣良さん、佐藤正午さん、角田光代さん、三崎亜紀さんの名前があったことが購入した動機でした。4人以外は読んだことのない作家、中には名前さえ知らない作家の方の作品もあったのですが、題名どおりの“片思い”をストレートに描いたものばかりでなく、様々な趣の作品があって、それはそれで楽しむことができました。
 期待していた石田さんの作品はうまいのだけど、どこかで読んだことがあると思ってしまうような既存作品と同様な雰囲気の作品でしたね。ああ、これは石田さんの作品だなという話でした。
 一番好きだったのは、三崎亜紀さんの「Enak!」でした。“影無き者”に恋した女性を描いた作品です。これも、三崎さんの作品らしいといえばいえるSF風な物語ですが、“影無き者”を主人公に長編にできそうな作品で、強く印象に残りました。ラストの「Enak!」の言葉が感動を呼びます。
 興味深いのは11編のうち石田、橋本、角田の3作品が、かなり年下の男(男の子)に恋する女性の話だったこと。“大人の片思いというテーマで書くには、大人の女性と年下の男の子という設定が書きやすかったのでしょうか。
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Re−born はじまりの一歩 実業之日本社
 題名どおり再生を描いた7編からなるアンソロジーです。
 伊坂幸太郎さん、瀬尾まいこさん、豊島ミホさん、中島京子さん、平山瑞穂さん、福田栄一さん、宮下奈都さんの作品が掲載されています。読んだことがないのは宮下奈都さんだけですが、手軽にいろいろな人の異なった作風の作品を読むことができるのは楽しいですね。本当は伊坂幸太郎さんの書き下ろし作品が掲載されているので購入したのですが、それぞれの作品の主人公たちが新たな一歩を踏み出すまでの過程がそれぞれの作家さんたちの作風で描かれていて、意外におもしろく読むことができた本でした(ただ、中島京子さんの「コワリョーフの鼻」だけは、どうも僕の趣味にはあいませんでしたが。)。
 期待の伊坂さんの「残り全部バケーション」は、家族解散の日に秘密の暴露を行う父、母、娘の間にひょんなことから若者が登場してきて・・・という話です。相変わらずというか、伊坂さんの作品にはどこか普通の人とはズレているようで、実はしっかりしている人が登場してきます。今回は秘密の暴露をしようと言い出したお母さん。こんなユニークなお母さんいいですよね。
 どの作品も、ラストは“はじまりの一歩”を踏み出すところで終わります。しかし、最後の伊坂作品など、一家がこの後どうなるのかとても気になります。

※「残り全部バケーション」の中のことば
   「気負わなくたって 、自然と前には進んでいくんだよ」
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七つの死者の囁き 新潮文庫
 7人の作家による文庫オリジナルアンソロジーです。執筆しているのは、有栖川有栖、道尾秀介、石田衣良、鈴木光司、吉来駿作、小路幸也、恒川光太郎の7人。この作家陣を見ただけで購入したくなってしまう顔ぶれです。
 有栖川さんの「幻の娘」の主人公は早川刑事。この人は「幽霊刑事」(大好きな作品です)の出てきた早川刑事です。本文中にの「幽霊刑事」のことがちょっと書かれています。「幽霊刑事」ファンとしてはそれだけで嬉しくなってしまう作品です。
 道尾さんの「流れ星のつくり方」は、「背の眼」の道尾、真備が登場。ミステリとしてはこの作品が一番面白かったですね。
 石田さんの「話し石」は、冒頭に“星新一に捧げる”と書いてあるように、星さんへのオマージュ作品であるショート・ショートです。これがなかなかの感動作品。割とこういう話は好きです。
 鈴木さんの「熱帯夜」は、ホラー系というか、本当に嫌な読後感です。読んでいる途中でも嫌な気持ちになったが、ラストでまた穴の中にストンと落とされた感じです。
 それに対して吉来さんの「嘘をついた」は、ホラー系でありながらミステリ的な要素も詰め込まれ、最後はいい気持になれる作品です。
 今回一番期待していた小路さんの「最後から二番目の恋」は、死に際の女性にバクが叶わなかった恋をかなえてあげるというファンタジー。その恋に隠された意外な真相に驚き、最後にエピローグ的に付け加えられた会話にホロっときてしまう作品でした。
 ラストを飾る恒川さんの「夕闇地蔵」は、この作品集の中では唯一時代ものです。相変わらずの独特の雰囲気を持った作品ですが、ちょっと恒川さんの時代ものは苦手です。 
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眠れなくなる夢十夜 新潮文庫
 「こんな夢を見た」で始まる夏目漱石の「夢十夜」へのオマージュ。現代の作家たちが描く10の不思議な物語です。
 登場する作家は、男性陣が阿刀田高さん、荻原浩さん、北村薫さん、道尾秀介さん、小路幸也さん、女性陣があさのあつこさん。西加奈子さん、谷村志保さん、野中柊さん、小池真理子さんです。題名にある“眠れなくなる”ような怖い話というより、不条理な、理解できない話といった方がいいかもしれません。
 好きな作家である北村さんや道尾さんにしても、今回の作品はどうも苦手です。ユーモアに溢れた作品が多い荻原浩さんの「長い長い石段の先」も、作風としては「千年樹」の系統の作品で、いつもと大違いです。
 印象に残ったのは小路さんの「輝子の恋」。どこかで読んだような作品だなあと思ったら、上に感想を書いた「七つの死者の囁き」に収録された作品と同じバクが登場するシリーズものでした。「七つの死者の囁き」のときよりわかりやすい作品となっており、この作品集の中では一番の好みです。
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蝦蟇倉市事件1 東京創元社
年間平均15件もの不可能犯罪が起きるとされる架空の町・蝦蟇倉市を舞台とする5人の作家による競作アンソロジーです。作品がリンクされているところがあるので、最初から順番に読んでいかないとネタばれになるおそれもあります。
 「弓投げの崖を見てはいけない」は、いつもの道尾秀介さんらしい作品です。読者をミスリーディングし、ラストでそれまで読者が頭の中に思い描いていた事実をいっきにひっくり返します。
 「浜田青年ホントスカ」は、これまた伊坂幸太郎さんらしい作品です。読者の前に提示されていた事実がラストで全く違う様相を見せます。その180度の転換は見事と言わざるを得ません。そのうえ、さらにひねりを加えているのですから脱帽です。やはり伊坂さんはおもしろいです。
 そのほかの作品は、大山誠一郎さんの「不可能犯罪係自身の事件」、福田栄一さんの「大黒天」、伯方雪日さんの「Gカップ・フェイント」です。それぞれ趣の異なる作品となっていますが、道尾さん、伊坂さんの作品ほどのインパクトはなかったというのが正直なところです。
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シティ・マラソンズ 文藝春秋
 このところ、三浦しをんさんは箱根駅伝を、あさのあつこさんは野球やダイビングを、近藤史恵さんはロードレースと、スポーツを題材にした作品を書いていますが、この作品集は、彼女たち3人による、ニユーヨーク・シテイ・マラソン、東京マラソン、パリ・マラソンをモチーフに描く作品集です。
 長距離走者の道を諦めて、不動産会社へ入社した男が、社長からの突然の命令で、ニューヨーク・シティ・マラソンに出場する娘のお日付役として、大会に出場することとなる三浦しをん「純白のライン」。一時は将来を嘱望されながら、自分の限界を知って長距離選手の夢を諦め、スポーツメーカーでシューズを作っている男と彼の中学時代からの陸上部の友人であり、恋人の交通事故死により姿を消していた友人との関係を描くあさのあつこ「フィニッシュ・ゲートから」。バレリーナになる夢を捨てて、パリヘと語学留学にやってきた女性が偶然出会った外国人女性に触発されてパリ・マラソンを走ることとなる近藤史恵「金色の風」。
 どの作品も、主人公は夢に破れてしまった人たち。そんな主人公たちが、シテイ・マラソンを契機に新たな一歩を踏み出していく姿を描いていきます。なかでは、好きな女の子に告白したら、その子の気持ちは親友にあり、失恋の痛手を忘れるためにしゃにむに陸上に打ち込む中で、自分の能力の限界を知って夢を諦めるという「フィニッシュ・ゲートから」があまりにベタな設定ですが読ませます。
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Happy Box  ☆ PHP研究所
 名前に「幸」の字がつく5人の作家さんによる「幸せ」をテーマにしたアンソロジーです。
 冒頭は、伊坂幸太郎さんの「Weather」。親友の結婚相手(彼女が高校時代一時つきあったことのある女性だというのだから、ちょっとややこしい間柄になっています)から、どうも彼に他の女性の匂いがするので調べて欲しいといわれた主人公。女性に節操のない友人を持った彼が女性相手に天気の話をするようになるくだりが愉快。いろいろな伏線が鮮やかに回収されるのはいつもの伊坂さんらしいところです。「幸せ」というテーマにふさわしい感動のラストとなっています。
 山本幸久さんの「天使」は、おばあちゃん拘摸の話です。ショッピング・モールで仕事をしようとしたときに悪事に荷担させられている幼い子どもに出会った彼女は・・・。この作品の“幸ぜ”はいったい何だったのでしょう。話のその後が気になる作品です。
 初めて読んだ中山智幸さんの「ふりだしにすすむ」は、主人公の生まれ変わりだと言う老人が現れるSFタッチの物語です。主人公の女性は老人に、彼と亡くなった彼の妻がまた次の世でうまく出会えるように行動するよう依頼されます。ラストで明らかにされる老人の本当の心にグッときてしまいます。
 これまた初めて読んだ真梨幸子さんの「ハッピーエンドの掟」は、果たして「幸せ」というテーマにふさわしい物語なのかどうか、この作品集の中では異質なラストとなっています。ストレートに「幸せ」を描いたものではありません。
 小路幸也さんの「幸せな死神」は、ひょんなことから死神の姿を見ることができるようになった女性が主人公。幸せを感じたいと望んだ死神の希望を叶えようとした結果・・・。死神とその対極にある“幸ぜ”を組み合わせたちょっと感涙の作品です。
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Bluff 騙し合いの夜  ☆ 講談社文庫
(ちょっとネタバレあり)
 既刊の「ザ・ベストミステリーズ2009」を分冊にした8編からなるアンソロジー。
 冒頭の「検問」は、大好きな伊坂幸太郎さんの作品です。依頼されて女性を拉致した二人組が検問を無事に通り過ぎることができたが、警官が調べたはずのトランクには札束が詰め込まれたバッグがあった。なぜ警官は彼らを見逃したのか・・・。いつもの伊坂作品同様、思わぬところに張られた伏線がラストに見事に回収されます。
 曽根圭介さんの「熱帯夜」は日本推理作家協会賞短編部門を受賞した作品です。既刊の短編集「熱帯夜」に収録されていますが、再読しても見事!と唸らされます。友人宅を訪れたとたんサラ金の回収に来た男たちに友人が金を都合して帰るまで監禁された男の話と、仕事から帰る途中で人を轢いてしまった女性の話が並行して語られていきますが、この2つの話が、ラストうまくひとつの話へと収束します。読者をうまくミスリーディングしていますね。
 沢村凛さんの「前世の因縁」は、前世占いをするという女性占い師から頼まれてサクラとなって彼女の占いのことを仲間に話をした青年が、やがて彼女の行動に疑問を抱いていく話です。こんなややこしいことはしないでしょうと思ってしまった作品。これまた既刊の連作「脇役スタンド・パイ・ミー」の中の1編だそうです。
 門井慶喜さんの「パラドックス実践」は、教科の中に弁論術という科目のある雄弁学園を舞台とする連作短編集「パラドックス実践 雄弁学園の教師たち」の第1話です。ミステリというより弁論術のエリートに対して、新米教師がどう反撃するのかが読みどころです。
 黒崎緑さんの「見えない猫」は、死んだ愛猫が生きているように振る舞う妻に合わせて猫の世話をしてほしいと夫から頼まれたペットシッターが気づく真実を描いていきます。ラストで今までの状況が180度ひっくり返る驚きを見せてくれると共に、ホラーの味付けもある作品です。
 山田深夜さんの「リターンズ」は、東京に向かうバスの中で隣り合わせた乗客が、休憩するたびにだんだん歳を取っていくというSF風味の作品です。作品集の中で一番爽やかなラストを迎えます。
 折原一さんの「音の正体」は、マンションの上の階からの音に悩まされる男の話です。なぜ男が音に悩まされていたのかが明らかとなるラストは、一瞬視点を変えて読者をミスリーディングします。
 連城三紀彦さんの「夜の自画像」は、自分の父親が当事者である未解決の殺人事件を息子が回想する形を取っています。焼けこげた死体が父親なのか、父親が支援していた画家なのか、丁寧に解き明かしていきます。連城さんの文章が大正時代末期という舞台にぴったりの作品に仕上がっています。
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しあわせなミステリー 宝島社
 伊坂幸太郎さんほか3人の作家によるアンソロジーです。
 この本を買ったお目当ては、冒頭に掲載された伊坂さんの「BEE」です。「グラスホッパー」「マリアビートル」と同様、殺し屋が主人公の物語です。「マリアビートル」に登場する殺し屋も顔を出しています。伊坂
さん自身に言わせると、主人公兜は「腕はいいけれど妻に頭が上がらない殺し屋」だそうです。殺し屋というイメージと恐妻家のイメージが一致しないところがユニークです。それにしても、伊坂さんの作品には恐い奥さんが登場しますね。兜を主人公にした作品が「野生時代1月号」の特別付録に掲載されていますので、ファンとしてはシリーズ化を期待したいところです。
 中山七里さんの「二百十日の嵐」は、ミステリーというより、不思議系の話です。法むと誰もが、「ああ、あの話だ」と、ある有名作家の作品を順に思い浮かべます。
 柚月裕子さんの「心を掬う」は、「最後の証人」等に登場する弁護士の佐方貞人が、まだ検察官時代に扱った事件を描きます。郵便物紛失の話から郵便局員の不正を感じた佐方が、不正を糺すためにはあそこまでするかという行動に出ます。
 吉川英梨さんの「18番テーブルの幽霊」は、「女性秘匿捜査官・原麻希」シリーズのスピンオフ作品だそうです(未読なのでどういう作品かわかりません)。あるレストランで18番テーブルが予約されても客が来ないということが続きます。この謎解きを依頼された麻希でしたが・・・。
 それにしても、4作品とも人は死にませんが「しあわせなミステリー」という題名をつけるほど、“しあわせな”話とはなっていません。
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あの日、君と Boys 集英社文庫
 少年を主人公にした8編からなる文庫オリジナル作品です。執筆者は伊坂幸太郎さん、井上荒野さん、奥田英朗さん、佐川光晴さん、中村航さん、西加奈子さん、柳広司さん、山本幸久さんの8人。
 その中では、やはり伊坂さんの書き下ろし作品「逆ソクラテス」が一番心に残ります。先頃観た映画「ポテチ」同様、これまた野球と関係のある話です。冒頭、野球選手がスーパープレーをした後であるサインを見せた場面から物語は物事をすぐに決めつける教師の先入観をひっくり返そうと考える安斎ら小学生の話へと移ります。この2つの話がどう関係するのかは追々わかってきますが、本当に素敵な話です。物事を決めつける人に負けない方法だといって安斎が僕に教える「僕はそうは思わない」ということば。誰もが仲間はずれにならないよう波風立てないようにと思っている中で、この言葉を発するのは、すごく勇気のいることです。多くの小中学生にこの作品を読んでもらいたいなと思います。
 テニスコート整備を行う者を決めるじゃんけんで、みんなで謀って一人をのけ者にしたことを後悔する少年を描いた佐川光晴さんの「四本のラケット」は、読後感すがすがしい作品です。ありますよね。自分がのけ者にされたくなくて、つい悪いことだと思っても加担してしまうことって。やったあと凄く後悔してしまうのですが、この作品のラストのようでありたいですね。
 教室で孤立している僕と彼のもとに現れるミネオとを描いた中村航さんの「さよなら、ミネオ」もちょっとファンタジックで好きな作品です。
 西加奈子さんの作品だけが、ちょっとこの作品集の中で異質な感じがしました。
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最後の恋  MEN’S 新潮文庫
 自分にとって最高の恋をテーマに書かれた7編からなるアンソロジーです。伊坂幸太郎さん、越谷オサムさん、朝井リョ
ウさん、石田衣良さん、橋本紡さん、荻原浩さん、白石一文さんの8人の作家の競作です。
 7編の中で一番のお気に入りは冒頭に置かれた伊坂幸太郎さんの「僕の舟」です。伊坂作品の中でも人気の1イ立、2位を争うキャラクター、黒澤の登場する作品です。
 意識がなく寝たきりの夫を抱える老妻からの依頼により、彼女の4日間だけの昔の恋人を探した黒澤の口から調査結果が語られますが、伊坂さんらしい心温まる物語になっています。黒澤がついでに調査した初恋の相手のことについては、黒澤の優しい嘘だったのではないかなと僕は感じています。だって、そんな奇跡みたいな話は普通はあり得ないでしょう。でも、嘘でも彼女が幸せに思うなら素敵じゃないですか。誰も傷つけない嘘ですし。
 もう一つのお気に入りは、朝井リョウさんの「水曜日の南階段はきれい」も余韻の残る素敵な作品です。デビュー作同様高校を舞台にした作品です。クラスの中でも目立たない女生徒が、なぜいつもある場所の階段と窓の掃除を自主的にしているのか。卒業文集の表紙と裏表紙に書かれた彼女の想いに青春を感じます。
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エール!  ☆   実業之日本社文庫
 働く女性にエールを送るという趣旨で、大崎梢さん、平山瑞穂さん、青井夏海さん、小路幸也さん、碧野圭さん、近藤史恵さんが、それぞれ、漫画家、通信講座の講師、プラネタリウムの解説員、ディスプレイデザイナー、スポーツ・ライター、ツアー・コンダクターとして働く女性を描いた短編集です。
 連載を打ち切られ、仕事のなくなった漫画家の祐里子、講座の受講者に妙に懐かれてしまった講師のかほり、リニューアルにより解説の仕事がなくなってしまいそうな尚子、大手デパートのディスプレイの仕事をなくし、今では和菓子店のデザインの仕事をしている佐代子、選手の色恋沙汰を書かねぱと悩む奈央、彼氏に振られ、一念発起して旅行会社の添乗員となった小梅、それぞれみんな、思うように仕事が進まず、挫折を味わった中から、前を向いて進んでいこうとします。
 この中では、小路さんの描くディスプレイデザイナーの話「イッツ・ア・スモール・ワールド」が、一番この作品集の趣旨に合っているようで好きな作品です。
 どんな職業にあっても、仕事はそんなに簡単にいくものではないですね。女性が主人公ですが、男性が読んでも十分おもしろい作品集に仕上がっています。
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大崎梢リクエスト! 本屋さんのアンソロジー   光文社
 本屋さんを舞台に描かれた10編からなるアンソロジーです。本好きにとって本屋さんは常に身近な場所。そんなところで繰り広げられる様々な話に満足の1冊となっています。
 冒頭の有栖川有栖さんの「本と謎の日々」は、ミステリ作家の有栖川さんらしく、店内で持ち上がる様々な謎を見事に解決する店長さんの話。坂木司さんの「国会図書館のボルト」は、ある趣味の者たちが集まる、おじいさんが店番の小さな本屋さんを舞台にした話。ラストに同好の士が活躍する痛快の一作です。門井慶喜さんの「夫のお弁当箱に石をつめた奥さんの話」は、愛妻弁当からおかずが毎日一品ずつ減り、ついには石を詰めた弁当になってしまった外商担当チーフの話。悩む夫の回答となる本は僕自身も懐かしい1冊です。小説ではないのに当時売れましたねえ。僕にとっても、あの手の本を初めて読んだ記念すべき1冊でした。誉田哲也さんの「彼女のいたカフェ」は、誉田ファンには(もちろんその一人である僕にとっても)とびきり嬉しいある人が登場する作品になっています。大崎梢さんの「ショップtoショップ」は、偶然聞いた話から本屋さんで起きる事件を推理し未然に防ごうとする話。似鳥鶏さんの「7冊で海を越えられる」は、直接本が謎となっている作品。書店の客にその恋人から届けられた7冊の本が表す意味を推理する話です。ラストにもう一つの謎も明らかになるのが見事。
 ミステリ系の作品が多いですが、ちょっと泣かせる話の吉野万里子さんの「ロバのサイン会」と宮下奈都さんの「なつかしいひと」のほか、乾ルカさんの「モブ君」、飛鳥井千砂さんの「空の上、空の下」が収録されています。
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エール!2 実業之日本社文庫
 様々な職業に就く女性を応援するお仕事小説シリーズ第2弾です。
 今回は、坂木司、水生大海、拓末司、垣谷美雨、光原百合、初野晴の6人の作家がそれぞれ水泳のインストラクター、社会保険労務士、宅配ピザ店の店主、遺品整理会社の社員、コミュニティFMのパーソナリティ、OLの職業に就く女性を描きます。
 どの作品の主人公もいろいろな悩みを抱えながら仕事をしています。希望して就いた職業にしろ、どうにかやっと探せた職業にしろ、そうそうスムーズに毎日の仕事がうまくいくわけでもありません。子どもへの対応の悪い同僚、無理難題を持ちかける顧問先の会社を退職した女性、やる気の感じられないアルバイト、態度の悪い遺族らに悩まされながらも、仕事はしていかなければなりません。そんな中でも、全力を尽くして生きていこうとする主人公たちに拍手を送りたくなります。どの作品も爽やかな読後感です。
 また、社会保険労務士、宅配ピザ店の店主、遺品整理会社の社員など普段あまり知らない職業の裏側を覗くこともできる作品です。

※垣谷美雨さんの「心の隙間を灯りで埋めて」までは、話の中に前作の登場人物が顔を出していたので、それを探すおも
しろさもあったのですが、最後の2作は見当たりませんでした。どこかにいたのかな。
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エール!3 実業之日本社文庫
 お仕事小説シリーズ第3弾です。様々な職業に光を当てて、働く女性にエールを送るシリーズも、今回で最終作のようです。
 今回、描かれる職業は、美術品運搬のスタッフ、災害救急情報センターの通信員、ベビーシッター、過疎地の農家、イベント会社の契約社員、新幹線の車内清掃員の6つ。
 冒頭の「ヴィーナスの誕生」は、ご自身がキュレーターであり、「楽園のカンヴァス」や「ジヴェルニーの食卓」など美術に関わる作品を書いている原田マハさんらしい作品です。大学院で一緒に学芸員を目指しながら、希望どおり学芸員になった友人と学芸員になれず、少しでも美術に関係ある仕事をということで美術品運送のスタッフとなった主人公。そんな立場で頑張る主人公に題名どおりエールを送りたくなります。
 日明恩さんの「心春日和」は、火災現場での仕事に関わりたくて消防庁に入ったのに、救命救急センターの通信員に異動させられてしまった女性が主人公。希望の職場でなくても、プロとして最善を尽くさなくてはならないという、仕事に不満を持っている人にはちょっと耳が痛い話です。
 山本幸久さんの「クール」は、このシリーズの中では異色の作品です。どの作品も、その職業に携わる女性の奮闘ぶりを描くのですが、この作品は職業とは関係なく、過疎の村で一人で農業をして暮らすおばあさんを主人公に、そこで起きるドタバタ騒ぎを描きます。そもそも86歳のおばあさんを主人公にしているところが、シリーズの中でも異色作です。村にロケに来た女性アナウンサーを主人公にしてもおもしろかったのでは。
 最後の伊坂幸太郎さんの「彗星さんたち」は、新幹線の車内清掃員の話です。列車を清掃する人たちの手際の良さは、特急の折返し駅である新宿でもよく見ますが、さすがプロという感じです。内容は、清掃に入った車内でそれぞれの清婦員が出会ったできごとが、ある人の人生の一場面をなぞっているのではないかという伊坂さんらしい不思議な話です。この作品では他の収録作とのリンクも貼られていて、あれって思う楽しさもありました。
 そのほか森谷明子さんの「ラブ・ミー・テンダー」、吉永南央さんの「シンプル・マインド」と、どれも一所懸命仕事に頑張る女性を描きます。
9の扉 角川文庫
 北村薫さんから始まって、最後は辻村深月さんまで、9人の作家によるリレー短編集です。
 前の人から与えられたお題により次の人が書いていくという形を取っているこの作品集ですが、中には設定自体を引き継いで書かれているものもあって、なかなか遊び心満載の楽しい作品集に仕上がっています。
 特に、鳥飼否宇さんの「ブラックジョーク」から摩耶雄嵩さんの「バッド・テイスト」は、短編ミステリとして十分読み甲斐がある作品となっています。ただ、それぞれの作家のファンとしては、やっぱりちょっともの足りないと感じるのは否めません。
 2009年にハードカバーで発刊されたものの文庫化なので、2月に逝去した殊能将之さんの作品も読むことができます。
近藤史恵リクエスト ペットのアンソロジー 光文社
 近藤史恵さんが「この方のペット小説を読んでみたい」と思った作家に執筆を依頼した“ペット”をモチーフにした10作品が収録されています。
 “ペット”というと、犬と猫を思い浮かべますが、ここでは犬、猫に限らず、オウムならぬヨウム、爬虫類などが登場します。内容としても、ペットの話となるとお涙ちょうだい的な話が多くなるかと思いましたが、ファンタジーからミステリまで種々雑多な話となっています。
 収録作品の中で一番おもしろかったのは、冒頭の森奈津子さんの「ババアと駄犬と私」です。森さんの作品は初めて読んだのですが、主人公の女性と“ババア”との関係が愉快でユーモア溢れた文章に魅かれました。
 初めて読んだといえば、柄刀一さんの作品も初めてですが、「ネコの時間」は猫をテーマにした予想どおりのベタな泣かせる作品となっています。とはいえ、やはり切ない気持ちになります。
 そのほか気になったのは、我孫子武丸さんの「里親面接」です。ミステリにはよくあるパターンといいながら、やられました。10作品の中で唯一、皆川博子さんの「希望」は、何のことやらさっぱりわかりませんでした。
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時の罠 文春文庫
 “時”をテーマに、辻村深月さん、万城目学さん、米渾穂信さん、湊かなえさんの4人が描いたアンソロジーです。“時”をテーマということで、タイムトラベルものを予想したのですが、予想に反してタイムトラベルものは1作もなく、4人それぞれ味のある作品でした。
 辻村さんの「タイムカプセルの8年」は、親子の関係をうまく築けない父親が息子の夢を壊さないためにしたことを描いています。作品中で描かれる“オヤジの会”というのは、最近どこの学校でもあるようですが、なかなかその集まりに馴染めない父親もいます。僕自身もそうでしたから、この作品の父親の気持ちはよくわかります。この父親のように子どものことに関心のない親ではありませんでしたが。作品中に登場する調子のいい担任はどこでもいそうですね。
 万城目さんの「トシ&シュン」は、万城目さんらしいファンタジックな作品です。学問と芸能の神の手伝いにかり出された縁結びの神が、あるカップルの夢の実現のために力を尽くしますが、その結果が引き起こす事態を知り、ある決断をするという話。落ちがよかったですね。
 米澤さんの「下津山縁起」は、テーマの“時”が一番色濃く反映している作品ではないでしょうか。
人間以外にも知性を有している“もの”があり、ただ、時間の流れが大幅に違っているため・・・というストーリーはなかなか愉快です。
 湊さんの「長井優介へ」は辻村さんと同様タイムカプセルが物語の中で重要な位置を占めます。小学校時代に起こったある事実が、十数年後に当事者がその当時のことを語り合ううちに別の様相を見せてくるという話です。こうした、お互いにコミュニケーションがうまくとれないことから勘違いをしたままというのはよくある話です。
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ワンダフルストーリー PHP研究所
 伊坂幸太郎さんら5人の作家が“犬”をモチーフに競作したアンソロジーです。題名が「“ワン”ダフルストーリー」だったり、ペンネームをそれぞれ“犬”の文字を入れた名前に変えたりと、遊び心が感じられる1冊となっています。
 伊坂さんの「イヌゲンソーゴ」は、“大言壮語”をもじったものでしょうね。ポテとムサシの2匹の犬が、近所に引っ越してきた男が生まれ変わる前の自分の仇敵だとして再び戦いを挑もうとする話です。ポチとムサシの生まれ変わる前の人生(犬生?)が「花咲かじいさん」や「ブレーメンの音楽隊」を彷彿させますし、ラストの男との戦いに出かけるところは、日本の昔話の中でも有名なあの話です。伊坂さん、相当楽しんで書いたのではないでしょうか。
 大崎梢さんの「海に吠える」は、上司に逆らって島流しとなった父親について東京から千葉の田舎へとやってきた少年・平山史彰の成長物語です。母方の親族からぼろくそに言われる父親を見捨てずに中学受験も諦め一緒についてきた史彰が、父親を中傷する噂があると話す同級生に対し、毅然と反論する姿に拍手です。きちんと子どもに理由を説明する父親も立派ですが。犬吠埼の地名の由来に義経伝説が絡んでいるとは知りませんでした。
 木下半太さんの「バター好きのヘミングウェイ」は、ギャンブルで借金を重ねたダメ夫に代わって負けた金の返済を待ってくれるように貸し主に会いに行った妻を描きます。どんでん返しとしてのストーリーはよくできていたのですが、よく考えれば貸し主がシェパードを連れてくる必然性がありませんけど。ちょっと無理やりに犬を登場させたという感じです。
 横関大さんの「パピーウォーカー」は、盲導犬訓練所の新米女性訓紳士を主人公に、彼女がロベたな先輩訓練士と、盲導犬が突然元気がなくなった謎を解き明かしていく話です。犬の特性ゆえの謎解きです。
 貫井徳郎さんの「犬は見ている」は、自分の行動を犬に監視されていると言っていた友人が失踪、やがて自分自身も犬の視線を感じるようになる男を描きます。主人公のオカルト好きの友人が登場し、ある可能性を述べます。読者それぞれの捉え方にまかせる余韻が残るラストです。
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サイドストーリーズ  角川文庫 
 月刊「ダ・ヴィンチ」に連載された、12人の作家によるそれぞれの作品の番外編が収録された短編集です。
 元の作品を読んだことのある人には続編あるいはスピンオフ作品として楽しむことができますし、未読の人には元の作品を読んでみるきっかけにもなる作品集です。
 12編のうち元の作品を読んだことのあるのは8編。今回この作品集で特に読みたかったのは、冒頭の中田永一さんの「鯨と煙の冒険」です。「百瀬、こっちを向いて」に登場した主人公・相原ノボルと同様“人間レベル2”の友人・田辺を主人公にした作品です。「百瀬〜」でノボルが人を好きになることを知らないままの方がいいと言ったことに対し、「僕は知りたいけどな」と言った田辺の恋の物語といえる話です。中田さんらしい素敵な作品に仕上がっています。
 「姫川玲子」シリーズ番外編「落としの玲子」は既刊の「インデックス」にも収録されている作品です。犯人を自白させるように、飲み屋の一席で上司の今泉が一枚の写真の真実を玲子によって自白させられてしまう様子を描きます。
 「まほろ駅前]シリーズの番外編「多田便利軒、探偵業に挑戦する」は、シリーズに登場する星良一の不審な行動を見張ることとなった多田と行天を描きます。表向きは若き実業家だが、相当怪しげな(危険な)仕事をしている星の思わぬ素顔が明らかになるファンには嬉しい作品です。
 未読の中で読んでみたいと思ったのは、昨年映画化もされた笹本稜平さんの「春を背負って」。番外編では“ゴロさん”が主人公でしたが、映画で松山ケンイチさんが演じた主人公・長嶺亨の姿を読んでみたいです。
 どの作品にも“一服ひろば”というたばこを吸う場所が登場します(貴志祐介さんの「防犯探偵・榎本径シリーズ番外編は、そもそも題名が「一服ひろばの謎」になっています。)。禁煙が広がり、喫煙者の肩身が狭くなっている中で、これだけタバコが登場するなんて珍しいなあと思ったら、JTの企画ページだったようです。納得。 
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ノスタルジー1972  講談社 
  1972年を舞台にした6編が収録された短編集です。それぞれの著者は中島京子さん、早見和真さん、朝倉かすみさん、堂場瞬一さん、重松清さん、皆川博子さんの6人。
 手元に先日本屋さんで目にして思わず買ってしまった「昭和40年男増刊 俺たちの時代 1971〜1973」という雑誌があります。それによると、1972年は年始めから“札幌オリンピック開催”“連合赤軍あさま山荘事件”と今でも記憶に残る大きな出来事が起きた年でした。この短編集にも今でも強く記憶に残っているものから、そんなことあったかなというものまで、当時の様々な出来事が物語の背景に描かれています。               ゛
 中島京子さんの「川端康成が死んだ日」ではモハメッド・アリの来日を背景に、幼い頃駆け落ちして家を出た母のことを駆け落ち相手から聞く男性が描かれます。
 早見和真さんの「永遠!チェンジ・ザ・ワールド」では沖縄の日本への返還を背景に、デモに参加する孫の姿を見て、40年以上前の沖縄返還の日を思い出す老女を描きます。
 朝倉かすみさんの「空中楼閣」では札幌冬季オリンピックの70メートル級ジャンプ競技を背景に、ある人のいい家族のことを語る彼らの中で唯一の他人である女性が描かれます。
 堂場瞬一さんの「あるタブー」では外務省の機密文書漏洩事件を背景に、男女関係にある者から情報を得たことが問題視される中で、交際中の女性警官から得たスクープ情報をどうしようか悩む新聞記者が描かれます。
 重松清さんの「あの年の秋」では有吉佐和子さんの小説「恍惚の人」のベストセラーを背景に、横井庄一さんの帰還事件をきっかけに孫を戦死した長男と間違えるようになった母親を預かることとなった息子一家を描きます。今では“認知症”で“恍惚”なんて使わなくなりましたね。
 ラストの皆川博子さんの「新宿薔薇戦争」は他の収録作と異なって、小説というより皆川さん自身の人生を描く自伝的作品です。
 読みながら、その当時のことを思い出してしまうぼくらの年代にとっては、まさしく“ノスタルジー”溢れる作品でした。
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アンソロジー 隠す  文藝春秋 
  “隠す”をテーマに「アミの会(仮)」に所属する11人の女性作家が競作した作品集です。“隠す”ものは実際に手に取ることができる“物”だけではなく、心の中の“思い”など様々です。また、ストーリーもホラー系やほのぼのストーリー系、ミステリー系など様々です。
 柴田よしきさんの「理由」ではお笑い芸人を刺したイラストレーターが犯行の動機を話さない理由が、永嶋恵美さんの「自宅警備員の憂欝」では弟の小学校時代の同級生が家に泊めてくれといいながら急に帰った理由が、松尾由美さんの「誰にも言えない」では突然ホームステイ先の家族が冷たくなった理由が、福田和代さんの「撫桜亭奇譚」では死んだ父親が生前、財宝を探すと言って裏山を堀り続けた理由が、新津きよみさんの「骨になるまで」では病気で死んだ祖母がどうしても隠したかったものを、光原百合さんの「アリババと四十の死体」では“アリババと40人の盗賊”をモチーフに女奴隷モリギアナの機転の裏側に隠されているものを、同じく光原百合さんの「まだ折れていない剣」ではG・K・チェスタトンのミステリー短編集「ブラウン神父の童心」に収録されている「折れた剣」をモチーフに部下に不正を糾弾され退任を迫られた将軍がやがてあることに気づいていく様を、大崎梢さんの「バースデーブーケをあなたに」ではグループホームで生活する老女に毎年誕生日に送られてくる花束の送り主は誰なのかを、近藤史恵さんの「甘い生活」では人が大切にしているものを奪い取ることに喜びを感じる女性が小学生の頃同級生が大切にしていたボールペンを盗んだ顛末を、松村比呂美さんの「水彩画」では今まで優しさのかけらも見せなかった母親が急に優しくなった理由を、加納朋子さんの「少年少女秘密基地」では自分たちの見つけた隠れ家を訪れている女の子たちの危機を救おうと知恵を絞る小学生を、篠田真由美さんの「心残り」では奉公に行った先での出来事を語る少女を、それぞれ描いていきます。
 この中では、少年・少女を主人公にした「自宅警備員の憂鬱」と「少年少女秘密基地]がお気に入りです。
 あとがきで永嶋恵美さんが言っているように、どの作品の中にもある“もの”が登場するという同じテーマの連作ならではの遊び心もあります。「自宅警備員の憂鬱」が、その“もの”に気がつくのが一番難しいです。
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恋愛仮免中  文春文庫 
 5編が収録された短編集です。
 奥田英朗さん、荻原浩さん、原田マハさんに惹かれて購入したのですが、そもそも「恋愛仮免中」というこの短編集のタイトルはいったい何を意味しているのでしょう。読む前は、“仮免中”ということから、まだ本当の恋愛をしたことのない若い人を主人公にした恋愛ストーリーを想像したのですが、収録作はといえば、高校生の男の子、中学生の女の子を主人公にしたものがありますが、原田マハさんの「ドライビング・ミス・アンジー」では老年の男が主人公といった具合に、そうそう若い人ばかりの話ではありません。
 奥田さんの「あなたが大好き」は、性格はいいが生活力のない男と性格はいまひとつだが生活力もあり女性とのつきあいもスマートな男との間で揺れる女性の最後の選択までを描く話です。結婚を前提とすると、どちらを選択するかは難しいですよね。果たして彼女がこのあと幸せになるかどうかですが、それは結局、彼女が何を幸せに思うかということなのでしょう。
 窪美澄さんの「銀紙色のアンタレス」は、年上の女性に恋する男の子という、よくある話ですが、あれだけのことで恋をし、そのうえ告白までしますかねぇ。もちろん、年上の人は同級生の女の子より綺麗に見えるのはわかりますが・・・。
 荻原浩さんの「アポロ11号はまだ飛んでいるか」は、この短編集の中で個人的に一番好きな作品です。同級生だった島崎と沢野はあることをきっかけに親しくなり、50年後に一緒に宇宙に行く約束をします。その年まであと4年という現在、彼女は余命宣告を受けてベッドにいるという、ちょっと泣けるストーリーです。二人が親しくなったきっかけのビーマンの話がうまくアクセントになっています。
 原田マハさんの「ドライビング・ミス・アンジ一」(この題名はきっと映画の「ドライビング・ミス・デイジー」から取ったのでしょう。)は、部下の不祥事の責任を取らされて、役員を解任され、京都でタクシー運転手になった男の話です。ある日、ボストンから観光で来たという老婦人を乗せて京都の観光地を巡るが・・・。専務取締役を解任されてタクシー運転手になるという主人公の心意気に拍手。
 中江有里さんといえば読書好きということは知っていましたが、彼女の書いた作品を初めて読みました。「シャンプー」は、母親行きつけの美容院でシャンプーをする係の男の子に恋した少女の話です。この作品集の中で一番題名に相応しい作品です。 
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惑ーまどうー  新潮社 
 大崎梢さんら女性作家が結成した「アミの会」による第4弾の作品集です。今回はゲストを加えての2巻本で、対になるタイトルをということから「迷惑」を二つに分けた“迷う”と“惑う”で、こちらは“惑う”です。ゲストに今野敏さん、法月綸太郎さんの男性作家2人を迎えての8編が収録されています。
 冒頭の大崎梢さんの「かもしれない」は、娘に読んだヨシタケシンスケさんの「りんごかもしれない」という絵本(実際にある本だそうです。)から、主人公が同期入社の男の犯したミスとその後の取引先への出向の裏にある真実について、「もしかしたら?」と考える話です。
 加納朋子さんの「砂糖壷は空っぽ」は、子どもの頃から好みが世間一般からズレている主人公の話です。そんな主人公が中学生のとき、好きになった女の子に思い切って告白するが、「ごめんね、無理なの」と断られてしまいます。「その理由は?」が語られていきます。
 松尾由美さんの「惑星Xからの侵略」は、宇宙人から頼み事をされたと年下の小学生から相談された中学生があれこれ悩む様子が描かれていきます。ラスト1行の先に書かれていない主人公の行動が気になる作品です。
 法月綸太郎さんの「迷探偵登場」は、絶対に誤りのない探偵が悪魔に望んだものが描かれます。
 矢崎存美さんの「最後の望み」は、死期の迫った老人の枕元に現れた死神に、最後に一つだけ願いを叶えると言われた老人は過去に戻って自殺した娘を助けようとする話です。
 永嶋恵美さんの「太陽と月が星になる」は、継母が自分の名前を貶しているのを聞いた娘が父と継母との開に生まれた妹を巧妙に支配していく様子を描きます。誰もが不幸になる結果が恐ろしいです。
 光原百合さんは「ヘンゼルと魔女」、「赤い椀」、「喫茶マヨイガ」という3つの短編です。「ヘンゼルとグレーテル」を元にした「ヘンゼルと魔女」は童話とはまったく趣が違います。
 今野敏さんの「内助」は、隠蔽捜査シリーズのスピンオフ作品です。シリーズではキャリア警察官で大森警察署の署長である竜崎が主人公ですが、この作品では竜崎の妻・冴子が主人公。大森署の管内で発生した事件のニュースを聞いて、引っかかるものを感じた冴子が娘の力を借りて、事件の真相を推理するというもの。さすが竜崎の妻という感じです。シリーズファンには嬉しい1編です。 
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迷ーまようー  新潮社 
 女性作家の集う「アミの会」のアンソロジー第4弾。二巻同時発売の「迷惑」のうち「迷ーまようー」の方になります。「惑ーまどうー」同様、会員6人にゲストの男性作家2人を加えての8編が収録されています。
 近藤史恵さんの「未事故物件」は、一人暮らしの部屋の、上の階からの明け方に洗濯機が回る音に悩まされた女性が不動産屋にクレームを言うと、上の部屋には誰も住んでいないと言われるという話です。ホラーかと思ったら意外な展開になりました。
 福田和代さんの「迷い家」は、泥酔して帰った翌日、ポケットから陶器のぐい飲みが出てきた男が、自宅と間違って鍵の開いていた他人の家に入って、テーブルの上にあった食事まで食べてしまったことを思い出し、謝りに訪ねると、近所の人から以前老女が住んでいたが今は住んでいないと言われる話です。これは、「惑一まどうー」の中で光原百合さんが書かれていた「マヨイガ」を偶然にも同じモチーフにしています。
 乙一さんの「沈みかけの船より、愛をこめて」は、離婚をする父母のどちらかについていくか迷う姉の気持ちの揺れを描きます。両親の査定をするというのは、この姉は冷静なのか何かのか・・・。
 松村比呂美さんの「置き去り」は、海外旅行のツアーで一人置き去りにされてしまった女性二人の話です。二人の話がどこで繋がるのかと思ったら、そういうことてすか。
 篠田真由美さんの「迷い鏡」は、大学のサークル仲間の実家の庭にいわくある生け垣迷路があることを知った女子大生たちが、サークル旅行でそこを訪ねたときに出会った女性の古道具屋を訪ねると・・・という話です。篠田さんらしい雰囲気の作品です。
 新津きよみさんの「女の一生]は、事故で子供を亡くし、夫とも離婚し、実家に戻っても兄の妻から邪魔者扱いされた女性が、介護をしていた母親が亡くなった後、現実に目を向けようと決心する話です。彼女が現実に目を向けた結果がそういうことだったとは・・・。
 柴田よしきさんの「迷蝶」は、妻の死後蝶の写真を撮ることが趣味になった男が、“迷蝶”が出現するという場所で出会った男と思わぬ関係があったことを知る話です。最初は一方の男の心の内だけを描いていきますが、ラストでもう片方の男の心の内が描かれ、読者はあっと言わされることになります。
 大沢在昌さんの「覆面作家」は、編集者から現在活躍中の覆面作家のことを聞いた作家が覆面作家の正体がもしかしたらと考える話です。ここに登場する作家が、どこか大沢さん自身を感じさせます。となると作品中話題になるあのシリーズは“新宿鮫”ですね。 
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7人の名探偵  講談社ノベルス 
 綾辻行人さんら“新本格派”と呼ばれる7人の作家による全編書き下ろしの「新本格30周年記念アンソロジー」です。30周年というのは綾辻さんの「十角館の殺人」が講談社ノベルスで刊行されてからの年だそうです。当時、講談社ノベルスで綾辻さん以後登場する法月さん、歌野さんら続々発刊されるいわゆる“新本格派”の作品を夢中で追いかけて読んでいました。今でもそのときに買った初版の講談社ノベルスが手元に残っています。もう30年も経ったのですね。今では“新本格派”という言葉自体も過去のものになってしまいました。
 冒頭の麻耶雄嵩さんの「水曜日と金曜日が嫌い」は名探偵“メルカトル鮎”が登場する作品です。推理作家の美袋が道に迷って助けを求めた洋館で殺人事件が発生し、疑われた美袋の容疑をメルカトルが鮮やかに晴らします。
 山口雅也さんの「毒饅頭怖い」は、あの古典落語の「饅頭怖い」の後日談という形を取っています。
 我孫子武丸さんの「プロジェクト:シャーロック」では人工知能の名探偵を作り上げた男が殺害された事件の裏にある恐ろしい事実が語られて行きます。名探偵がホームズなら、その敵役は・・・。
 有栖川有栖さんの「船長が死んだ夜」は、火村と有栖シリーズの1編です。殺人事件の現場の部屋の壁に貼られていたポスターがなぜ剥がされていたのかが、事件を解く鍵になります。
 法月綸太郎さんの「あべこべの遺書」は、法月父子の登場作です。敵対視合っていた2人の男が相手の家で相次いで死亡。1人は転落死、1人は服毒死だったが、残された遺書がそれぞれ相手の遺書だったという不思議な事件を法月綸太郎が解き明かします。
 歌野晶午さんの「天才少年の見た夢は」は、核爆弾が投下される中、地下シェルターに逃げ込んだそれぞれが特異な能力を持った少年、少女たちが、やがて1人、2人と殺害されていくというもの。名探偵と謳われていた少年は核爆弾が投下されてから眠ったままだった・・・。読者をミスリードするある仕掛けが施されています。
 最後の綾辻行人さんの「仮題・ぬえの密室」は、これはもう小説というよりはエッセイといった方がいい作品です。期待していた読者は完全に肩透かしを食らいました。ただ、ここに書かれていることがノン・フィクションであるなら“新本格派”ファンにとっては、びっくりな出来事ですね。
 個人的には歌野さんの「天才少年の見た夢は」が一番の好みです。 
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