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逢坂冬馬の本棚

  1. 同志少女よ、敵を撃て
  2. ブレイクショットの軌跡

同志少女よ、敵を撃て  ☆  早川書房 
 第二次世界大戦のさなか、モスクワ近郊の村に住む16歳のセラフィナは敗走してきたドイツ軍によって母親や村人を殺される。彼女自身もドイツ兵によって暴行されそうになったとき、ドイツ軍を追ってきた赤軍によって助け出されたが、赤軍の上級曹長・イリーナの命令で村は村人の死体とともに焼かれてしまう。イリーナによって戦うのか死ぬのかの選択を問われたセラフィナは復讐するために戦うことを選択し、母を殺したドイツ軍射撃兵とイリーナをいつか殺すことを誓い、イリーナによって女性狙撃手を育成する学校に入ることとなる。やがて訓練を受けて一人前の狙撃兵となったセラフィナらは狙撃小隊を編成し、最前線へと向かう・・・。
 第11回アガサ・クリスティー賞受賞作です。アガサ・クリスティー賞ということなので、本格ミステリかと思いましたが、応募要項では本格ミステリにとどまらず、冒険小説、スパイ小説、サスペンスでもいいようで、この作品もミステリではなく、戦争小説であり冒険小説であり、そして一人の少女の成長物語となっています。
 訓練学校には様々な女の子たちが集められ、友情を育んだり、争ったりするのですが、彼女らにもここに至るまでの生きてきた背景があります。工場労働者の娘だといいながら実は貴族の出身であるシャルロッタ、帝政側についていたコサック出身のオリガ、子どもを空襲で亡くした一番年長のヤーナ、セラフィナと同じ猟師出身のカザフ人のアヤら、年若い女性たちが狙撃兵として訓練され、やがて戦場で戦い、中には仲間のために命を落とす者もおり、彼女らの戦いは狙撃シーンの緊迫感を感じるとともに涙が零れそうになります。
 第1章の前に置かれたヒトラーのことばを読むと、悪のドイツに対する善の赤軍という感じになるのですが、戦争の中では一概に善悪を決められないことが読み進むうちにセラフィナに(そして読者にも)突き付けられます。特に敵国の女性への性暴力の問題は、ラストでセラフィナに大きな決断をさせることになります。これはあまりに辛い結末です。いっき読みでした。おすすめです。
 作中にイリーナとコンビを組んでいた狙撃兵のリュドミラ・パブリチェンコが登場しますが、参考文献によれば、この女性は実在の射撃兵だったようです。 
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ブレイクショットの軌跡  ☆  早川書房 
自動車組立工場で働く期間工の本田昴。2年11か月の期間が終わる直前、彼は同僚がネジを一つ、組立中の車の中に落とすのを見るが、そのミスを上司に告げるかどうかで悩む。ホワイトハウスと呼ばれる戦闘機能を有する改造SUV車に乗る中央アフリカの反政府組織の兵士のエルヴェは、ある日、傭兵に守られた外国人の護衛の任務を命じられる。後藤晴斗と霧山修悟は同じサッカーのユーステームに所属する選手。修悟の才能にいち早く気づいていた晴斗は、修悟が将来世界的に活躍する選手になるための個人マネージャーとなると約束する。しかし、修悟の父親が副社長を務める投資ファンド会社の業績が会社を一緒に立ち上げた大学の同級生である社長の宮苑のインサイダー取引疑惑が浮上し、一気に急降下する。そのため、ユースチームの経費も負担できなくなった修悟に対し、晴斗は自分が稼いで負担するという。ところが、板金工をしていた彼の父親の友彦が運転中に事故に遭い、命は助かったものの脳に高次機能障害を負い、短期記憶が保持できず、感情の起伏も激しい性格になってしまったため、晴斗が家庭を支えなくてはならなくなるという不幸が重なる。更に、新型コロナの流行で働くところがなくなった晴斗はYoutubeの人気経済塾の塾長である志気と知り合い、彼の仕事を手伝うこととなる。しかし、次第に志気の経済塾のうさんくささに気づいた晴斗は同僚の講師・門崎とともにその正体を探るが・・・。
 中心となる物語は、投資ファンド会社の副社長・霧山冬至の息子・修悟と彼のサッカーのユーステームの仲間で板金工の父親・後藤友彦を持つ晴斗との関係です。
 この修悟と晴斗の関係の話に冒頭の期間工の本田や中央アフリカの若き兵士・エルヴェがいったいどう繋がってくるのかと思いながらページを繰りましたが、まったく関係のないと思われた人々の人生が実は繋がっているという思いもかけない展開となっていきます。
 各話で関連がありそうなのは、「ブレイクショット」という名前のSUV車です。冒頭でネジを落としたのは「ブレイクショット」の組立て中であり、修悟の父・冬至が乗っていたのが「ブレイクショット」で、手放した後にその車を購入したのが晴斗の父の友彦。これだけで、落としたネジのせいで友彦が事故に遭ったのではないかとも思いますよねえ。更に、盗難の被害にあうのも「ブレイクショット」。エルヴェらが乗っているのは「ブレイクショット」ではなく、「ホワイトハウス」という車ですが、それも最後に「そうかぁ」という驚きの種明かしがあります。
 本当にラストに行くまでに様々な細かい伏線があちこちに張られているのですが、それらがラストで回収されていくさまは見事としか言いようがありません。ネタバレにならない程度に言うと、あの人が実はあの人だったんだという驚きもあり、よかったなあと思ってしまいます。読み終わったあとで、もう一度ページを戻っていろいろと確認したくなります。今のところ今年のマイベスト3に入る作品です。 
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