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愛川晶の本棚

  1. 道具屋殺人事件
  2. 芝浜謎噺
  3. うまや怪談
  4. 三題噺 示現流幽霊
  5. 「茶の湯」の密室
  6. 手がかりは「平林」

道具屋殺人事件 神田紅梅亭寄席物帳  ☆ 創元推理文庫
 落語とミステリといえば、思い浮かぶのは北村薫さんの「空飛ぶ馬」を始めとする“私と円紫さんシリーズ”、大倉崇裕さんの「三人目の幽霊」を始めとする落語雑誌の編集者が主人公のシリーズですが、この作品は探偵役が2人いるという贅沢な作品です。
 一人は脳血栓で倒れ、体が不自由な山桜亭馬春。この人が安楽椅子探偵として謎を解くのですが、解くといってもこの安楽椅子探偵はちょっとへそ曲がり。素直に真相は話さず、判じ物めいたいくつかの言葉を言うだけ。この言葉から真相を明らかにするのがもう一人の探偵役、馬春の弟子の寿笑亭福の助の役目となります。そこに福の助の妻・亮子が加わって話が進むという格好になっています。
 収録されている話は、脳梗塞で意識不明の落語家に殺人の疑いがかかる「道具屋殺人事件」、弟弟子が交際していた女性が行方不明となり弟弟子に殺人の疑いがかかる「らくだのサゲ」、犯罪の疑いがかかった亮子の同僚教師がその日聞いたと言った噺は誰も演じていなかったという「勘定板の亀吉」の3編です。さらに、それらの事件とともに福の助に降りかかる兄弟子の嫌がらせによる無理難題を福の助がどうやって解決するかも描かれます。この辺りが普通のミステリではなく、落語ミステリらしいところです。単に落語家が謎を解くということだけでなく、落語ならではの事実に関連しながら謎を解いていくという趣向がおもしろく、落語を聞いていない僕も一度落語を聞いてみたいなと思ってしまいます。
 落語家の妻になってまだ4年の素人に近い亮子を登場させ、彼女に説明し、彼女の視点で落語を語らせることによって、落語を知らない人でも十分楽しめる1作になっています。
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芝浜謎噺 神田紅梅亭寄席物帳  ☆ 創元推理文庫
 「道具屋殺人事件」に続く神田紅梅亭寄席物帳シリーズ第2弾です。落語とミステリの両方を堪能できる作品です。前作同様、素人とあまり変わらない福の助の妻・亮子相手に話がなされるので、今作も落語を知らない読者でも問題なく楽しめます。というより、落語を知らない人にそのおもしろさを教えてくれる作品です。
 収録されているのは、若い女の子を家に連れ込んでいるのを近所のおばさんに見られてしまった伯父から、落語ネタでおばさんを煙に巻く手伝いをさせられる亮子と、落語会の世話役の義理の息子から「野ざらし」についての疑問をぶつけられ悩む福の助を描く「野ざらし死体遺棄事件」、名人でさえも演じるのが難しいとされている「芝浜」を故郷で演じなくてはならなくなった弟弟子の亀吉のためにどう改作するか悩む福の助と、紅梅亭の売店の女の子がストーカーから無理矢理押しつけられたダイヤの指輪が消失する事件を描く「芝浜謎噺」、亀吉の独演会の当日、思わぬハプニングが発生、観客の怒りが頂点に達したときに、ある人物が登場する様子を描いた「試酒試」の3編。
 どの作品も、自作解説で愛川さんが述べているように、「福の助と妻の亮子が自分たちの周囲で起こる事件を元の師匠の山桜亭馬春に相談し、そこで提示されたヒントを元に、福の助が古典落語を改作し、高座で演じると一席の落語のオチがつく頃には、現実の事件もすっかり解決」という前作からの基本パターンは変わっていません。
 最後の「試酒試」は、この基本パターンからは外れていますが、噺の改作によってピンチを脱出するところで終わらないところが素晴らしいです。このハプニングの裏に隠されていた事実は読者を驚かせ、そしてジ〜ンとさせます。最後の1行なんて、お見事!と言ってみたくなりました。人情噺らしい1作です。    
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うまや怪談 神田紅梅亭寄席物帳  ☆ 創元推理文庫
 神田紅梅亭寄席物帳シリーズ第3弾、表題作ほか2編が収録されています。どの作品も、これまで同様、ミステリとしてだけでなく、落語を知らない人にも落語のおもしろさを感じさせてくれる作品になっています。
 冒頭の「ねずみととらとねこ」は、「若手落語家競演会」を巡り、福の助に降りかかる試練を福の助が見事に乗り越えていく様子が描かれます。
 「うまや怪談」は、亮子の学校で起きた事件の謎を解くもの。ちょっと真相は後味悪いものとなりました。
 このシリーズは「福の助と妻の亮子が自分たちの周囲で起こる事件を元の師匠の山桜亭馬春に相談し、そこで提示されたヒントを元に、福の助が古典落語を改作し、高座で演じると一席の落語のオチがつく頃には、現実の事件もすっかり解決」という基本パターンがあるのですが、今回「うまや怪談」で、福の助が自力ですべて解決してしまったため、そのパターンが崩れてしまいます。そのため、へそを曲げた馬春のもとに謝りに行くところから始まるのが「宮戸川四丁目」です。その謝り方というのが素人にはまったく想像できない方法です。噺家というのは、そんなところまで粋に考えるのですね。
 この「宮川四丁目」では馬春を巡る謎を亮子が解いてしまうという、また新たなパターンの話になっています。思わぬ馬春の秘密が明らかになる1編でもありますが、さてさて、この明らかになった事実を読者はどう捉えるのか。馬春というキャラクターが嫌いになる人もいるかも。
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三題噺 示現流幽霊 神田紅梅亭寄席物帳  ☆ 創元推理文庫
 神田紅梅亭寄席物帳シリーズ第4弾です。4話が収録されています。今回のメインは山桜亭馬春の復帰独演会。果たして、馬春は無事に高座を務めることができるのか。いよいよクライマックスとなります。
 妻の亮子が勤める学校の女生徒から頼まれて、屋形船で落語をやることになった福の助。女生徒は母親の店の常連から依頼されたのだが、その常連さんが指定したお題が「たがや」。実は「たがや」を指定したのにはある思惑があったのだが(「多賀谷」)。常連が思っている 「たがや」と福の助か考える「たがや」が違っていることに気づいた福の助が、常連の連れが落としたものをみて思いついた「たがや」の新しいサゲが思わぬ愉快な結果を招くことに。
 8年前に三題噺の会をきっかけに、高座から姿を消した松葉家文吉。その後認知症を患っていたが、弟である池山先生の計らいで紅梅亭の寄席に出演することとなる。文吉の亡くなった娘に面影が似ている亮子は文吉から娘と思われ、文吉の家に出入りするうちに、文吉の甥の不審な行動に気がつくが(「三題噺 示現流幽霊」)。落語家の執念を見ることができる1編です。
 復帰の寄席の前に温泉でゆっくりしたいと馬春から言われ、馬春の縁のある雪深い温泉宿にやってきた馬春と福の助、亮子夫妻。馬春からこの温泉旅館はかつて亡兄弟子だった者が開いたもので、その妻と昔いい仲になってしまい、それを知った亡兄弟子は廃業してこの温泉宿を始めたと聞いてびっくり。そんな温泉宿でゆっくりとして起きた翌朝、宿から女将とその娘が姿を消してしまう。残されていたのは血らしきものがついたハサミ。果たして何か起きたのか(「鍋屋敷の怪」)。馬春たちは雪深い山奥から復帰独演会に間に合うよう抜け出せるのか。いったい女将と娘の間に何が起きたのか。一番ミステリらしいストーリーになっており、最後に登場人物のみならず読者もびっくりさせるどんでん返しが用意されている1編です。見事にやられましたねえ。
 おまけのように最後に掲載されている「特別編(過去9」は、前作に残されていた謎が明らかとなる1編になっています。ひとつは馬春が独演会で演じると言った「海の幸」という題名の話の謎。もうひとつは、落語のある言葉から、ある登場人物がああいう状態だったのは、「ああ、だからそうだったのかぁ」と、明らかにします。それも読者をミスリードしながらですからね。いやぁ〜本当に贅沢な1編です。 
「茶の湯」の密室 神田紅梅亭寄席物帳  原書房 
 落語とミステリが楽しめる神田紅梅亭寄席物帳シリーズ第5弾です。今回は表題作「「茶の湯」の密室」と「横浜の雪」の2編が収録されています。
 前作で亮子の夫の寿笑亭福の助が真打ちに昇進、師匠の山桜亭馬春は高座に復帰したことで、シリーズに一区切りがつき、今作からは新シリーズの出発という感じです。
 表題作は福の助が真打ちとなって名前も山桜亭馬伝に変わってしばらくたった頃が舞台となります。亮子の親友に頼まれて、福島県いわき市の応急仮設住宅の集会所での落語会で「茶の湯」を演じた馬伝は、終了後見ていた女子高校生から「全然意味がわからない」と言われ、矛盾点を指摘される。近いうちに再び「茶の湯」を演じることになっている馬伝は彼女から指摘された矛盾点を解消しようと頭を悩ます。そんなとき、同僚の教師から自宅で行うお茶会に誘われ、参加を迷っていた亮子は、馬伝から参考になるからお茶会の様子を報告して欲しいと言われ、気が進まないながらも参加する。お茶会が終了しトイレを借りた亮子は、トイレに死んだと聞いていた猫がいるのを見たばかりか、猫から目を離した隙に煙のように消えてしまうことを経験する。果たして、猫の幽霊か・・・。
 亮子の話を関いて夫の馬伝が謎を解くのは今までのシリーズどおりです。猫の幽霊の謎を解いたことが、「茶の湯」の矛盾点を解決することにもなるというストーリーになっています。
 「横浜の雪」は、三題噺に参加することになった馬伝が、事件を起こして破門となった弟弟子の濡れ衣を晴らす話です。
 寿々目家竹馬師匠の企画する三題噺の会に出演することとなった山桜亭馬伝。竹馬から三題噺の会で優勝したら弟弟子だった寿々目家竹二郎の不始末を忘れてやると言われる。竹二郎は4年前、猫を殺して動物愛護法違反の容疑で逮捕され、師匠の竹馬から破門され、落語家を廃業していた。そんなとき、いわきの落語会で「茶の湯」の矛盾点を指摘した女子高校生の美雨が神田紅梅亭にやってきて、馬伝に弟子にして欲しいと懇願する。
 4年前の事件の真相は、当時の関係者の証言から明らかとなるのであって、今回はいつものように落語を改作していく中で真実がわかるという形にはなっていません。ミステリと言えば、馬春の三題噺がミステリ的な手法を取り入れており、なるほどと思わせます。
 今作から新たなレギュラーメンバーが登場します。彼女が今後このシリーズの中でどんな活躍を見せてくれるのか、楽しみです。 
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手がかりは「平林」 神田紅梅亭寄席物帳  原書房 
 神田紅梅亭寄席物帳シリーズ第6弾です。2編が収録されています。
 前作で亮子の夫の山桜亭馬伝が弟子を取ることになりましたが、今回はそれから2年が過ぎ、物語は弟子のお伝が前座として高座に上がっている場面から始まります。
 表題作の「手がかりは「平林」」は、お伝が、師匠・馬伝の代わりに亮子の働く小学校の生徒に落語を聞かせに行ったことから起こる事件を描きます。生徒の前で“平林”を演じたお伝に、生徒から質問された「なぜモクモクだけ横なのか」が、その後、お伝が巻き込まれた事件に大きく関わってきます。いつもどおり落語で話題になったことが事件解決のきっかけになるというストーリーです。また、亮子とお伝が帰り道で、学校で問題となっている声かけ事案の対象人物である「アメショーさん」と呼ばれるアメリカンショートヘアを連れた男性と遭遇する場面で、「アメショーさん」て、たぶんあれなんだな(ネタバレになるので伏せます)とわかったのですが(確かこういう人物が登場人物の中にいた作品を読んだ記憶があります。)、それと事件の謎解きがああいうふうに結び付くとは、馬春のようこ「ガッテン」とはいきませんでした。
 「カイロウドウケツ」は、お伝があるテレビ番組に出演したことから起こる事件を描きます(実はこの言い方はちょっと違うというのがラストでわかるのですが)。お伝の容貌もあって、一躍注目が集まることとなるが、そんなとき、神楽坂倶楽部に出ていたお伝がお客に手を引っ張られて客席に落ちた上、身体を触られるという事件が起きる。一方、テレビに出たことにより、お伝が幼い頃、お伝を捨て男と駆け落ちした母親から手紙が届くが・・・。
 お伝を巡っての思わぬ人間関係が明らかとなり、それゆえの人間の欲が浮かび上がってくるのですが、あまりに複雑な人間関係に読んでいて頭の中がごちゃごちゃになり、なかなか整理ができませんでした。亮子がすぐにわからないのも無理ありません。老化した頭には更に理解するのが難しく、何度も戻って確認です。
 今回は2作とも、ストーリーの中心にお伝が座り、お伝の成長物語ともいえる作品になっています。馬春、馬伝だけでなく、今後はお伝も加わっての謎解きが行われていくようで、シリーズファンとしては次作も楽しみです。 
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