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我孫子武丸の本棚

  1. 殺戮にいたる病
  2. 弥勒の掌
  3. 狩人は都を駆ける
  4. 裁く眼
  5. 監禁探偵
  6. 修羅の家

殺戮にいたる病  ☆ 講談社ノベルス
 綾辻行人、法月綸太郎らとともに新本格の一人と呼ばれていた著者ですが、この作品はがらっと作風が変わっています。
 東京の繁華街で猟奇殺人事件が次々起きます。犯人の名前は蒲生稔。物語は冒頭エピローグで始まり、蒲生稔が逮捕されたことが明らかにされます。これを読むと単なる本格推理ではないなと読者は気づくことになります。
 この作品は、三つの視点により進行します。まず、猟奇殺人犯「稔」の視点。犯人を探し出そうとする元刑事の視点。息子が殺人犯ではと恐れる母親の視点。それらの視点が交差しながら物語は進んでいきます。内容を述べるとネタばれとなってしまうので、詳しく話せないのですが、サイコ・ホラーといっているだけあって、稔が女性を次々と殺害し、その屍を弄び、乳房や性器を切り取るシーンなどがあり、そこまで書くか!と、ちょっと嫌悪感を覚えることもありました。
 しかし、それを我慢して読み進めると、最後はかなり驚くことになる作品です。我孫子さんの作品の中での一番ではないかと思うのですが。
 それにしても、岡村孝子さんはこの作品の中で自分の歌が使われても、あまりうれしくないでしょうね。
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弥勒の掌 文藝春秋
 文藝春秋の本格ミステリマスターズの1冊です。「殺戮にいたる病」以来の我孫子武丸さんの13年ぶりの書き下ろしということで、期待したのですが・・・。
 教え子との浮気から家庭内別居中であった妻がある日失踪し、警察から疑われたことから、その行方を捜し始めた高校教師の辻。愛する妻を殺され、汚職の疑いで追いつめられる中、犯人を捜す刑事の蛯原。それぞれの事件を追う二人の前に、ある新興宗教の姿が現れます。
 物語は、蛯原と辻を主人公にして語られていきます。こうした書き方だと、読者をミスリードするメイントリックはたぶんあれだなと思って読み進んだのですが、当たりましたねえ。やっぱり、あのトリックでした。ただ、トリックがわかっただけで、事件の謎解きはわかりませんでしたけど(笑)。
 宗教が絡み、警察官が主人公として登場するとなると、貫井徳郎さんの名著「慟哭」が思い浮かびますが、残念ながらそれには及びません。ただ、ラストで探偵役を演ずるのがあの人になるとは思いもしませんでした(探偵役といっても推理で謎を解いたわけではありませんが)。そういう意味では、驚愕のラストといっていいでしょうか。
 それにしても後味のよくないラストでした。
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狩人は都を駆ける 文藝春秋
 ペット探偵ではないのに、事務所の向かいにある動物病院のおかげで、動物に関わる仕事ばかり持ち込まれる私立探偵を主人公とする1編の中編と4編の短編が収録されています。
 主人公の探偵は、ハードボイルドを気取った口ぶりですが、情けないことには背に腹を変えられないときはペットの捜索だろうと引き受けるというハードボイルドに徹しきれない探偵です。原ォさんが描く沢崎より、樋口有介さんが描く柚木タイプの探偵です。
 やはり、読みがいのあるのは最初に収録されている表題作の中編です。誘拐されたドーベルマンの救出を依頼された探偵が巻き込まれる事件を描きます。単なる金持ちの愛犬の誘拐事件が読み進めるうちに思わぬ様相を見せてきます。嫌になるような後味の悪い事件です。しかし、これが本の中だけの話だと思えないところが怖ろしい。現代的といえば現代的な事件といえます。
 そのほかの短編も、野良猫の連続殺し、ドックショーでの愛犬の警備、行方不明の猫の捜索、事故にあった猫の飼い主捜しとすべて動物に関わるものですが、ハッピーエンドなんていう話は全然ない、どれも暗いものばかり。ホッとしたのはラストの「黒い毛皮の女」での探偵が悪戦苦闘して事故にあった黒猫のオムツを替えるシーンだけだったですね。
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裁く眼  文藝春秋 
  袴田鉄雄はマンガ家を目指すが芽が出ない30男。生活のため、路上で似顔絵書きをやっていた縁で、食中毒で倒れた法廷画家に代わって、世間で注目されている男に金を貢がさせた上自殺に見せかけて殺したという女の裁判での法廷画をテレビ局から依頼される。法廷での被告の美しさに目を奪われながらも絵を描き上げ、家に戻った鉄雄は家に入る直前何者かに襲われる。姪の蘭花の機転で命は助かったものの、その後、法廷で出会った画家の女性が彼に話したいことかあると言い残したまま、家で死体となって発見される。鉄雄は、自分が法廷画を書いたことに何らかの原因があるのではと考えるが・・・。
 この作品で描かれる法廷画とは、よくワイドショーの裁判ネタのとき、被告の尋問の様子などがスケッチで登場しますが、あれですよね。やはり、描く人の能力・技術があるでしょうから、似ている、似ていないはあるでしょうし、被告ということで心の中にある悪女という気持ちがタッチに現れてしまうこともあるのでは・・・。ネタバレになるので詳細は書くことができないのですが、鉄雄がそもそも襲われる理由がラストで犯人の口から語られますが、果たして本当にそういう事実はあるのか、あるとしたら不思議な症状です。そういう症状があること自体まったく知らないので、犯人の動機が想像できませんでした。
 しかし、鉄雄以上に大人で思慮深い姪の蘭花の存在が大きくて、彼女を登場させたことにより、読者は彼女と一緒に事件の渦中に入っていくことができます。ミステリとしての謎解きとしては、一般的に知らない事実が大きく事件の謎に関わっているので、いまひとつでしたが、非常に読みやすくていっき読みでした。
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監禁探偵  実業之日本社 
 我孫子さんが、既にコミックの原作として発表されていたものを小説化した作品です(映画化もされているようです。)。
大学卒業後、入社した会社を辞め、今ではコンビニのバイトをしている山根亮太の楽しみは、自分のマンションから見える部屋に住む女性を覗き見ること。ある日、その女性の部屋に忍び込んだ亮太は女性が殺害されていることを発見する。しかし、亮太は警察に通報できなかった。なぜなら、住居侵入を犯しただけではなく、彼は自室に女の子を監禁していた・・・(「山根亮太」)。
 轢き逃げに遭い、病院に搬送された少女は“神の手"を持つ天才外科医・多岐川により、命を救われたが、目を覚ました彼女は記憶喪失に陥っており、“アカネ”と刺繍されたハンカチだけが身元に繋がる手がかりだった。やがて、その病院で看護師の屋上からの転落死や幽霊騒ぎが起きる中、“アカネ”は研修医の宮本とともに事件を調べる・・・(「宮本伸一」)。
 第一話「山根亮太」と第二話「宮本伸一」でそれぞれ事件の謎を解いた“アカネ”の行方を亮太と宮本が探すのが第三話「アカネ」という構成になっており、第三話で謎の女の子であった、“アカネ”自身の正体が明らかになってきます。第一話と第二話とも犯人は意外な人物であり、特に第二話では転落死事件や幽霊事件の裏側にとんでもない事件が隠されていたのが明らかになって、ミステリ的には「え〜!!」と驚いたのですが、犯人のあまりに異常な動機に、こんなことするのかとあまり説得力がない気がします。それに、第一話の主人公である亮太自身も窃盗や監禁、更にはレイプもしようと考える男が急にまともな男になって、“アカネ”を探すということにもまったく説得力がありません。 
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修羅の家  講談社 
 非常に後味の悪い作品です。額賀澪さんの「できない男」の後にこの本では落差がありすぎました。
 帯には「『殺戮にいたる病』を凌ぐ驚愕作!」とありましたが、それは過大評価でしょうというのが正直な気持ちです。よくあるミステリのトリックが仕掛けられていますが、ミステリ好きな読者は途中で気が付いてしまうかもしれません。残念ながら「殺戮にいたる病」のような衝撃はありませんでした。
 物語は、レイプ現場を中年女性・神谷優子に目撃され、彼女に家に連れていかれて、そこで暮らすことになる野崎晴男と、中学生の頃の初恋の女性・西村愛香を非常勤職員として働く区役所で見かけ、思い切って声をかけた北島隆伸の視点で描かれていきます。晴男が暮らすことになった優子の家で精神的に支配されている愛香を北島が助けようとするが、果たしてどうなるのかを描くのがこの物語ですが、暴力描写も容赦なく、特にラストで描かれるシーンはあまりにグロテスクで、食事の前に読むのは要注意です。
 優子がオウム真理教の麻原のように人心を操るのに長けた怪物として登場してきますが、最後にはこの怪物のようなキャラもあっけない姿を見せ、ちょっと腰砕けです。 
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