「明けない夜はないんだよ」


 記憶の中にハッキリと焼きついている言葉


 その言葉を見失ったのはいったいいつだったのか

 その言葉を見失わせたのはいったい誰だったのか












明けない夜
            〜三十日月〜
 












「んっ……」


 朝の光を浴び、目を擦る。
 身体が何だか酷く痛くて、その痛みに眉を顰めれば小さく苦笑する声がした。


「おはよう、新一」
「はよ…」


 かけられた声にそのまま挨拶を返して数秒。
 はっと我に返った新一は、がばっと飛び起きた。


「快斗!」
「あ、はい! え、えっと…新一君。どうしたの? いきなりそんな大声出し…」
「この、バ快斗!」
「え、ええ!?」
「この気障で格好付けのバ怪盗!」
「え、ええっと…;」
「この、馬鹿っ…!」
「新一…」


 一通り怒鳴り散らして、ワタワタと慌てる快斗の胸をぽかぽかと叩いていた新一が顔を上げれば、その瞳には堪えられた雫が小さな泉を作っていた。
 それでも留まれず零れ落ちた一滴にそっと快斗は唇を寄せる。


「ごめんね」
「…バ快斗」
「うん」
「この格好付け」
「うん」
「…お前なんか…お前なんか…」
「俺なんか、嫌い?」
「………」
「ごめん。意地悪言ったね」


 ぽろぽろと本格的に涙を零し始めた新一を自由になる片手でそっと抱き締めて。
 快斗は目元にそっと口付けを落とす。


「ごめんね。新一に格好悪い所は見られたくなかったんだ」
「…俺は傍に居たかった」
「うん。知ってた。でも、怖くて泣いてるとこなんて新一に見られたくなかったからね」
「泣いてたのか…?」
「さぁ? 男はね、好きな人には格好悪い所は見せたくないもんなんだよ」
「俺だって男だ」
「そうだね」


 言いながら、額に、頬に、そして唇にキスを落とす。
 その時のキスはちょっとだけしょっぱくて、ちょっとだけ切なかった。


「ねえ、新一」
「何だよ…」
「怒ってる?」
「…当たり前だ」
「俺の事嫌い?」
「…分かってて言うな」
「分かんないよ。俺は新一が俺の事本当はどう思ってるかなんて全然分かんない」
「………」
「俺はいつも怯えてるよ。新一にいつ『嫌いだ』って言われるか……んっ……!」


 自嘲気味に言った言葉は、新一にグイッと引き寄せられた事で途切れ、言葉尻は新一の唇の中に消えた。
 何度も角度を変えて落とされる唇に、意識が混乱しかけた頃、漸く快斗は解放された。


「んっ……し、新一君。今日は随分と積極的…」
「るせー!/// お前が悪いんだ! このバ快斗!!」


 ぷいっとそっぽを向いた顔がこれ以上ない程真っ赤で。
 どれだけ彼が無理をしてくれたかが分かる気がした。

 照れ屋で。
 恥ずかしがり屋で。

 そんな彼がこんな風にしてくれるのは、紛れもなく快斗の為だ。
 そう思うと、酷く愛おしい。


「新一。大好き。愛してる」


 嬉しくて、切なくて、愛しくて。
 堪らなくなって快斗は強く強くぎゅっと新一の身体を片方しかなくなった自分の腕で抱き締めた。


「快斗…」
「なに?」
「……俺も、好きだよ……。お前の事、……好きだ……」
「新、一……」


 小さく小さく。
 けれどしっかりと告げられた愛の言葉に益々堪らなくなって、快斗は新一の身体を掻き抱いた。

 愛しい彼がこの腕の中に居る。
 それだけでいい。
 他には…何も要らない。



 ―――コンコン



「「!?」」


 お互いにお互いの温もりに浸りきって居た頃、ふいに部屋の扉がノックされた。
 その音にお互いがビクッと肩を上げれば、ガチャッと扉が開いた。


「起きたみたいね」
「志保ちゃん…」
「お取込み中悪いけど、朝食が冷めるから呼びに来たのよ」
「え、えっと…何で起きたって…」
「さっきの工藤君の叫び声」
「あっ…;」
「イチャイチャしたいのは分かるけど、せめて朝食を食べてからにしなさい」
「あ、えっと…その…///」
「じゃあ朝食食べてからイチャイチャしよっか? ね? 新一vv」
「っ……/// ば、馬鹿な事言ってないでさっさと起きてこい!!///」


 顔を真っ赤にして快斗の腕の中から抜け出すと、新一は入り口に居る志保を押し退ける様に部屋を出て行ってしまった。
 そんな新一の様子に志保と快斗は顔を見合わせて苦笑した。


「良かったじゃない。嫌われていなくて」
「まあ、ね…」
「調子はどう? 腕は痛む?」
「いや、もう平気」
「そう。まあ、その顔は少しだけ痛む、って所かしら」


 快斗の顔をじっと見つめてそう言って下さった志保に、快斗は諦めた様に自由になる片手を上げた。


「降参。やっぱ志保ちゃんには敵わないね。ちょっとだけ痛いかな…」
「本当に貴方って人は無理するんだから」
「男の子だからね」
「知ってるわ。無駄に格好付けの男の子だって事はね」


 クスッと笑って、志保はちらっと部屋の外へと視線を移した。


「あんまり貴方を独占してると工藤君に怒られそうだわ」
「志保ちゃんなら新一は怒らないよ」
「貴方も彼と一緒で自分に向けられる感情には鈍感なのね」
「え?」
「彼、貴方が思ってるよりずっとずっと貴方の事に関しては心が狭いのよ」
「それはそれは…」


 嬉しい限りだ。
 彼が自分の事でそんな風に思ってくれるなら、そんなに嬉しい事はない。
 思わず口元が緩みそうになった快斗が必死にその笑みを隠そうとしているのに志保は苦笑した。


「口元、緩んでるわよ」
「うん…知ってる///」
「全く…。まあ、いいわ。どう? 起きられそう? 無理そうならこっちに朝食を持ってくるけれど…」
「ううん。大丈夫。腕以外は至って元気だから」
「そう」


 ベッドから降りようとして、思わず両手を付こうとした自分の身体。
 けれど、直ぐに片腕から伝わってきた痛みに一瞬顔を顰める。


「大丈夫?」
「うん。…駄目だね。無意識ってやっぱ怖い」


 苦笑を浮かべて、無事な片手だけを付き直した快斗を見詰める志保の顔が気遣う様なそれに変わった事に快斗は思わずしまったという表情を浮かべる。
 こんな所見せるべきではなかったのに…。


「でも、大丈夫。直ぐ慣れるよ」


 自分の表情を笑顔へと作り直して快斗が志保にそう告げれば、労わる様な笑みを向けられる。


「黒羽君。無理はしないで。でないと続かないわ」
「え?」
「ここからは長丁場よ。無理をして溜め込んだら続かない」
「………」
「貴方が工藤君は勿論、私にも気を使う人だって分かってるわ。でも…そのままじゃ…」
「大丈夫だよ。俺は二人が居てくれるなら平気だって」


 にっこり笑ってそう言った快斗の笑顔が志保には不安だった。
 そしてその不安は的中する事になる。


 ―――暗闇が明けるのはまだまだ先の話……。













to be continue….







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