「明けない夜はないんだよ」


 記憶の中にハッキリと焼きついてる言葉


 その言葉を実行したのはいったいいつだったのか

 その言葉を実現させたのはいったい誰だったのか












明けない夜
            〜寝待月〜
 












「黒羽君、分ってるとは思うけど…」
「志保ちゃん。ありがとう。俺は大丈夫だよ」


 最後の最後で優しい志保に対して、にこやかに快斗はそう告げる。

 何だかんだ言ったって、結局彼女は優しい。
 どう足掻いたって、自分だって赦せる筈のない自分を、彼女は心配してくれている。
 それがとても温かかった。


「そうね。貴方だものね」
「そうそう。何たって俺は――月下の魔術師ですから」


 快斗の言葉に志保は一瞬微笑んで、そして次の瞬間、厳しい顔つきになった。
 それは合図。
 これから行われる事への、迷いを見せてはいけないという決意の表れ。


「黒羽君、覚悟はいい?」
「うん。いつでも」





 ―――っ!





 差し込まれた腕から伝わる、感じた事のない痛みとも、熱さとも分らないソレの余りの衝撃に、目の前が一瞬にして真っ白になった。








































「宮野! どういう事だ! 快斗は…!」
「煩いわね。彼を起こしたくないんだったら静かにしなさい」
「ぅっ……」


 志保にそう言われ、ベッドで眠る快斗の寝顔に何も言えずに言葉を飲み込んだ新一に満足すると、志保は漸くきちんと説明をしてやる。


「黒羽君に言われたの。装着する時は、工藤君には見られないようにして欲しいって」
「そんなこと…」
「貴方に、格好悪い所は見られたくないんですって」
「……この、バ快斗が…!」


 装着時の痛みが余程辛かったのか、はたまた眠ってはいても痛みは伝わってくるのか、眉を寄せ少しだけ辛そうに寝ている快斗の顔を見詰め、新一は溜息交じりに悪態づいてみる。

 そういう所はずっと変わらない。
 気障で、格好付けで、良いところしか見せてくれなくて。

 そんな所は―――ずっとずっと変わらない。


「ホント、馬鹿よね」
「ああ。正真正銘の馬鹿だ」


 言いながら、辛そうに歪められた新一の顔に、志保も胸が締め付けられる様な気がした。





 ベッドで辛そうに眠る彼。
 志保は彼に頼まれた。



『装着する時は、新一が眠っている時にして欲しい』



 作業は順調に進んでいた。
 予定よりも早く腕を作り上げて。
 それでも、そんな事はおくびにも出さず、昨夜、新一と快斗と志保は和やかに夕食を取って。
 まだ製作途中だと、出来るのは当分先だと、そう言わんばかりの雰囲気を出しておいて。
 寝る前に出した珈琲の中にさり気なく睡眠薬を仕込んだ志保と、そんな新一を早々に寝室に連れて行って寝かしつけた快斗と。

 二人して結託して、新一をぐっすり夢の中に誘った後、快斗の腕の切断と、快斗の腕の付け根の処理を始めた。

 接合部となる部品を身体の中に埋め込むのも、相当の痛みを伴った筈。
 それに、快斗は全身麻酔を望まなかった。
 全て自分の目で見たいと、確認したいと、そう望んだ。
 それは、いざという時は自分で何とかしなければいけないという現実問題も考えての事だった。
 だから、局部麻酔でそんな大それた事を行うというのは、苦渋の選択とは言え、見ている志保の方が辛い程の事だった。

 それでも、何とか処理を行い、後は作り終わった腕と装着をするだけ、という時、快斗は青白い顔をしながらも苦笑気味にこう言った。


『ごめん、志保ちゃん。ちょっとだけ新一の顔見てきていい?』


 そう言った彼が、何だか物凄く情けない顔をしていたのを、志保はきっと一生忘れないだろうと思う。
 きっとこれから先、彼のあんなに情けない顔を見る事は、多分出来ない。


『どうしたの? 怖気づいた?』


 正直冗談だったつもりだった。
 平成のアルセーヌ・ルパン相手のほんの冗談だったつもりだったのだが――。


『正直、本当にビビってるんだよ。もし動かなかったらどうしようって』


 苦笑交じりに言った彼の瞳に、一抹の不安の影があったのが、志保には酷く人間臭く映った。

 いつだって余裕綽々で。
 不可能な事なんて自分には存在しない、そんなスタンスで。

 あまりにも人間離れした怪盗の、酷く人間臭い一面を、その時志保は見た気がした。


『いいわよ。いってらっしゃい。何なら、工藤君に付いててもらえばいいじゃない』
『それは嫌だな。新一に格好悪いところは見せたくない』


 眉を寄せてそういう快斗に志保は思わず笑ってしまった。
 何だかんだ言って、ただの格好付けなのだ。この怪盗は。


『怪我して帰って来た時点で格好悪いと思うけれど?』
『うっ…それは分ってるよ; だからもうこれ以上格好悪い所は見せたくないの;』


 半泣きになりながら、そう言って新一の顔を見に行った快斗の背中は、いつもより頼りなく見えた。
 けれど、志保には――――彼が彼を好きになったら理由が何となく分った気がした。






























「彼が起きたら…」
「?」
「とりあえず、美味しい珈琲にたっぷりのミルクとお砂糖と……後は何がいいかしら?」
「そうだな、やっぱり魚じゃないか?」
「そうね。美味しい魚のフルコースでも作ってあげましょうか」


 眠ったままの快斗を挟んでそんな会話をする。
 二人とも、快斗に何かあるなんて事は全く考えてもいない。


 月下の魔術師に――――不可能な事なんてある筈がないのだから。













to be continue….







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