「明けない夜はないんだよ」
記憶の中にハッキリと焼きついてる言葉
その言葉の本当の意味に気付いたのはいったいいつだったのか
その言葉の本当の意味を気付かせたのはいったい誰だったのか
明けない夜
〜更待月〜
抱き締めて、引き寄せて、そのままキスをして。
抵抗がないのをいい事にベットに押し倒そうとしたところで、下に組み敷いていた新一から身体を押し戻された。
「バ快斗! 朝っぱらから何すんだよ!!///」
言われて快斗は首を傾げた。
自分は何か馬鹿な事をしただろうかと。
「ん?俺はただ新一と愛を交わそうと……」
――バキッ!
そして見事に決められたクリーンヒットな顔面パンチ。
「っぅ……」
流石の快斗も、愛しい愛しい恋人の超至近距離からのパンチは避けられなかった。
「新一くん…俺怪我人なんだけど?」
快斗は動く方の手できっと赤くなっているだろう、パンチの当たった部分を撫でながら情けない声を出す。
とりあえず尤もらしい理由をつけて泣く泣く、本当に泣きついてみた。
「ばーろー。そんな元気な怪我人がいてたまるか!」
結局泣き落としは不可能だったけれど。
「新一くん……さっきはあんなに可愛いこと言ってくれたのに…」
なので、少しだけ作戦を変更してみる事にした。
可愛い可愛い恋人がほんのり桜色に染まるのを見たくて。
「か、可愛いことって…」
「『俺に出来る事はないか?』って言ってくれたじゃないv」
だからわざと新一の声真似をして、そう言ってみた。
案の定可愛い反応と……それから枕を投げつけられるという攻撃にはあったのだけれど―――。
「あら、随分元気になったみたいね」
新一の部屋を後にして、着替えて顔を洗い歯を磨いてリビングへ行くとそこで志保はもう悠然と朝のコーヒーを楽しんでいた。
「お陰様で随分ね。俺も新一も」
昨日の夜の事がまるで嘘だったのではないかと思える程、いつもと同じ朝。
快斗の左腕がさっきからピクリとも動いていない以外は。
「それなら良かったわ。あんな顔した工藤君なんてこれ以上見ていられないもの」
「そうだね」
志保も快斗も結局は同じ穴の狢だ。
結局お互い新一が一番。
それで良い――それが良い。
それでも、今ではお互いのことを認め合って居られるのだから。
「で、貴方今日はどうするの?」
「んー…どうしよっかねぇ」
投げられた問いに快斗は苦笑してみせる。
幾らこうなったといっても快斗は『怪盗キッド』なのだ。
腕の一本や二本、ある振りぐらいは出来ない事は無い。
けれど―――。
「幾ら元気になったって言っても、新一を放って学校に行く訳にもなぁ…」
けれど、自分が行かないと言えば新一は意地でも行かないだろう。
まあ例え、自分が行くと言っても行かなそうなので余計に困ってしまうのだが。
「いいじゃない。学校の一日や二日ぐらい」
「志保ちゃん…;」
普通の、本当に普通の学生ならばそれでいいのかもしれない。
けれど、新一も自分もお仕事(…)だなんだで結局満足に授業に出られていない状態なのだ。
特に新一は―――。
「志保ちゃんだって新一の単位が危ないの知ってるでしょ?」
「だから何?」
「………ナンデモナイデス;」
流石というか何と言うか。
彼女にそう言われてしまったらこれ以上どうする事もできない。
――まあ、いざとなったら自分が彼の代わりに行けばいい事。
そう決め込んで快斗もそれ以上は何も言わない事にした。
「そう言えば工藤君は?」
そこで漸く快斗の傍らに新一が居ない事を訝しんだ志保が辺りを見回した。
「ああ、新一? 新一くんは今葛藤中だよ」
「葛藤中…?」
「そう、葛藤中。まあ、どっちに転ぶかは大体予想は出来てるけどね」
くすっと笑った快斗を志保は少し訝しげに見つめたが、諦めたのか一つ溜息を吐くと残りのコーヒーを飲み干した。
「おかわり要る?」
「ええ。でもそれより…」
「うん。俺もすぐ手伝うから大丈夫♪」
「………何だか楽しそうね?」
自分の動かなくなった左手の代わりのモノを作るというのに。
何故か楽しそうにしている快斗を志保は異星人でも見るかの様な異様なモノを見る目つきで見詰めた。
「し、志保ちゃん…何、その目…」
「そのままよ。異常者を見る目」
「……異常者って;」
「あら、異常でしょ? 自分の左腕を切り落とされるのをまるで楽しみにしているように見えるんですから」
「別に切り落とされるのを楽しみにしてる訳じゃないよぉ…;」
うるうると泣き真似をする快斗に志保は、はぁ…と溜息を吐くととりあえず自分の欲求をぶつけてみた。
「まあそれはそれでいいけれど。私もいい研究材料が手に入るだけだから」
「志保ちゃん…流石マッドサイエンティス……」
「何か言ったかしら?」
天使の笑み、もとい悪魔の笑みで見詰められ快斗はぶんぶんと首を横に振った。
「何も言ってません。決して何も言ってません」
「それならいいのよ」
「………」
何でいつもこうなるんだろう。
ちょっと凹みつつ、快斗はいそいそと自分の腕の代わりとなるモノを作るべく作業を手伝う事にした。
「黒羽君。ここ押さえててくれるかしら?」
「OK〜♪」
志保の研究室の中。
快斗の左手の代わりとなるモノが着々とこの世にその姿を現しかけていた。
「ねえ、黒羽君」
「何?」
「貴方なら分かってると思うし、今更こんな事を言う必要はないと思うけれど…。
コレをつけたとしても、昔の様に完璧に本物の手の様に動かす事は不可能よ?」
志保が施設にいた時、そういう研究もしていた。
人として生き長らえる、いや人と呼べるかも分からない状態でも何とか生き残る方法を開発していた部門もあった。
自分はそこの専任ではなかったけれど、多少かじる程度の事はしていた。
そして、新一の恋人として快斗がやってきた時、きっといつか必要になるかもしれないと危惧し、そんな事態にならない事を祈りながら研究もしていた。
彼等の為に。
けれど、どれだけ研究しても。
どれだけ試行錯誤を続けても。
元の手には遠く及ばない。
しかも、マジシャンとして普通の人以上に洗練された手の動きをしていた彼の手を復元するなど到底不可能。
それは悔しいけれど、仕方のない事実。
「分かってる。それでも、可能性があるなら俺は諦めたくないんだ」
キッドとして。
マジシャンとして。
そして、彼を護る者として。
幾ら自分が人より身体能力が優れていると言ってもそれでも、片手がないのは余りにも大きすぎるハンデ。
だから少しでも。
少しでも可能性があるというのなら。
それに賭けてみたい。
「貴方ならそう言うと思ったわ…。愚問だったわね…」
「あはは…。志保ちゃんには完全に見抜かれちゃってるね」
苦笑しながらも楽しそうに語る快斗につられて、志保も笑顔になる。
「私も出来る限りの事はするわ。今私に出来る限りの最高のものを作ってあげる」
「志保ちゃん…」
「但し、義手の自由度を高くするという事はそれだけ貴方の訓練が大変になるわ。その覚悟は…」
「うん。出来てる」
真っ直ぐに志保を見詰め。
快斗は決意を伝える。
新一を護るためなら、血反吐を吐いてでもそれに耐えてみせる。
「それならいいわ。さあ、残りを仕上げてしまいましょうか」
「りょーかい♪」
そしてまた、志保は真面目な顔で残りの作業をこなしていった。
to be continue….
back next
novel