「明けない夜は無いんだよ。」


 記憶の中にハッキリと焼きついている言葉


 その重みを知ったのはいったいいつだったのか

 その重みに気付かせてくれたのはいったい誰だったのか












明けない夜
            〜それぞれの月夜〜
 












「やっぱ面と向かって言われるときついな……」


 志保を残し部屋から出た快斗は一人静かに呟いた。

 彼女が新一をいかに大切に思っているかは知っている。
 そして、その彼が自分といる事を望んでいるから自分が側にいる事を黙認している。

 けれど、今回の事で新一が傷ついたのを見てしまったからだろう。
 彼女が自分にあそこまで感情を露わにしたのは。


「まあ、俺が悪いんだけどね…」


 自分のミスで怪我をした。
 そしてそのせいで新一を悲しませた。
 それこそ『自分の腕を移植してくれ』なんて言わせるまでに。

 それは否定できない事実。

 新一を思う彼女から見れば、俺という存在は『邪魔』以外の何者でもないのだろう。
 新一を危険から遠ざけるどころか、自分のせいで危険な目にあわせてしまう可能性すらある。

 それが気に入らないのは…。


「俺達は似てるんだろうね志保ちゃん…」


 そう、それはきっと『同族嫌悪』

 どちらも闇の中で生きてきて。
 ともすればどこまでも堕ちて行ってしまいそうで…。

 そんな時に見つけた一筋の強い光。
 光の魔人とも称される彼が俺達を日の当たる場所まで引き戻してくれた。

 けれど、自分たちは未だに闇から追われる立場で。
 それ故に彼を巻き込んでしまう可能性があって。
 彼を全ての危険なものから遠ざけて守りたいのに、自分がいる事によって逆に彼に危険が及んでしまって…。

 離れた方が彼のためなのだと解りながらも、その光の強さに惹きつけられて離れることなど出来なくて。
 そして、彼の側で必死にあがきつづけている。

 そう、今この瞬間も…。


「だからね…俺は志保ちゃんが好きなんだよ」


 自分と似ている…それだけではなくて…。
 彼女ならもし自分に何かあったとき、誰よりも新一の力になってくれるから。

 それに、彼女自身は気付いていないのかもしれないが本当に優しい人だから。
 きっと、ある意味新一に似た優しさを持った人だから。

 だからこそ、新一のことを抜きにして人として好きになれたのだと思う。


「もう少ししたら珈琲でも淹れてきてあげようかな」


 あと、1時間もすれば彼女の気持ちも少しは落ち着く筈だから。


「その前に…」


 誰かさんの様子を見に行かなきゃね…。










「結局寝れなかったか……」


 カーテンを開け明るくなって行く空を見詰めながら新一はため息をついた。

 一晩中快斗の事が頭から離れなくて、目を閉じれば快斗が怪我をして帰ってきた時の映像が浮かんできて…。
 とても眠れるような状態ではなかったのだ。


「良かった…快斗と別の部屋にしてもらって」


 人の気持ちの機微に敏感な彼にはこんな状態ではすぐにばれてしまっていただろう。
 それでは彼を安心して休ませてやる事など出来ないから。


「あと二時間は部屋に居ないと怪しまれるか」


 時計を見れば現在時刻は午前五時。
 あくまでもしっかりと寝ていた、という事を装わなければならないから最低でもあと二時間はこのまま部屋に居なければならない。


「今日あいつどうするつもりなんだろう…。」


 怪盗をやっていると言っても表の顔はあくまでも普通の高校生。
 平日の月曜日といえば登校をしなければならないのだが…。


「まさかあの腕で行く気じゃないだろうな…」


 いくら快斗が普通の人間より、頭脳も身体能力も高いと言っても片腕が完全に使えない状態で日常生活を普通に送れるとは思えない。
 しかも、昨夜腕を手術したばかりだ。
 ここは休ませなければ行けないのだろうが…。


「あいつのことだから行くんだろうな…」

「うん、行くよ」


「!?……快斗!」


 背後からいきなり声をかけられ、流石の新一も驚いて後ろを振り返る。
 そこにいたのはいつもの見慣れた姿の彼で。


「まったく…やっぱり起きてたね新一君」


 ゆっくり寝れるように別の部屋にしたのに…なんてその綺麗な形を唇が少し不機嫌そうに告げる。


「うるせえ…お前にあんな事があってゆっくりなんて寝てられる訳ねえだろ……」
「そうだよね…。ごめん……」


 途端に殊勝な顔をして頭を垂れる快斗に新一は苦笑すると、手招きをして快斗を自分の寝ているベットの方へと呼び寄せる。


「お前も寝れなかったんだろ?」
「え?」
「眼の下、隈出来てる。」
「えっ!? マジで?!」


 途端に慌てて自分の目の下を触る快斗に新一はニッコリと笑う。


「嘘」
「し、新一〜;」
「で、やっぱり寝れなかったんだな」
「まあ、ね…」


 そう言って苦笑する快斗に新一も同じ様に苦笑する。
 結局二人とも一緒だったのか、と。

「で、今日は行く気なのか?」
「ん〜行っても行かなくても別に良いんだけど…」
「何だよ」
「新一君が心配だからね。それに例の物も早く仕上げなきゃいけないし」
「………快斗」
「ん?」


 突然快斗の名前を呼んだ新一の顔は酷く思い詰めたもので。
 快斗はその表情に酷く心を痛めた。

 彼にこんな顔をして欲しくはないのに…。


「俺に出来る事はないか? ……何かして欲しい事はないのか?」


 その思い詰めた表情のまま言われた言葉に、快斗は自分の考えが甘かった事に気付かされた。

 確かに新一の事を思って昨日は別の部屋にしてもらった。
 そうでなければ彼が眠れないと思ったから。

 しかし、それによって一人になった彼がいかに思い詰めてしまうか…そこまで考えられなかった自分の甘さに吐き気すら覚える。

 どうして側にいてやらなかったのかと…。


「俺は新一が側にいてくれれば何も要らないよ」


 激しい後悔はあったけれど、それよりも先に彼を何とか安心させてあげたかった。
いや、自分が安心したかっただけなのかもしれないが。

 だから、静かにけれど精一杯の優しさを込めてそう呟くと使える片手だけで新一を抱き締めた。


「そっか……ならずっと居るから………。だから、何処にも行くなよ…?」


 腕の中で呟かれた新一の言葉の重みを快斗は嫌というほど噛み締めるのだった。













to be continue….







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