「明けない夜は無いんだよ」


 記憶の中にハッキリと焼きついてる言葉


 それを信じようと思ったのはいつだったか

 それを信じさせてくれたのは誰だったのか












明けない夜
            〜朧月夜〜
 












「さて、まずは志保ちゃんに謝らないとね」


 快斗は優しくそう言うと抱きしめている新一の顔を覗きこんだ。
 新一の瞳はまだ涙に濡れたままだったが、先程とは違い穏やかな色を湛えていた。
 それに快斗は安堵した。


「ああ…。あいつには悪い事したから…」


 快斗の言葉にこく、っと頷くと新一は座っていた椅子から立ちあがる。


「んじゃ、俺も…」
「お前は寝てなきゃ駄目だろ!!」


 起き上がろうとしていた快斗を新一は無理矢理ベットに押し戻す。
 その動作にむーっと快斗は唇を尖らせた。


「だって新一を一人にするのは不安なんだよ」


 そう心配そうに言われ新一は苦笑した。


「大丈夫だよ。もう、大丈夫だから…」
「それならいいけど…」


 確かに新一の瞳は先程とは違い穏やかになってはいるけれど。
 それでも心配で心配でしかたない。
 人の不幸も人の痛みも、全部全部自分が背負い込んでしまうような優しい人だから。


「大丈夫だよ。宮野に謝ったら直ぐに戻ってくるから」


 そういつもの様に微笑むと、新一は快斗の髪をそっと撫でた。
 それに快斗はくすぐったそうに瞼を閉じる。
 そうして一呼吸置いた後、再び目を開けると新一に微笑んだ。


「解った。早く戻ってきてね?」


 俺寂しくて死んじゃうから、と冗談めかして快斗はベットに横になる。


「解ったから大人しくし寝てろ」


 優しく微笑むと新一は部屋から出て行った。


























「っぅ……やっぱきついな……」


 新一が出て行ったのを確認すると、快斗はそれまで入っていた力を体から抜いた。
 背中にかいた冷や汗でシャツが張り付いて気持が悪い。

 が、何とかポーカーフェイスを保てていた様で安心する。

 こんな姿彼には見せられないから。


(しっかしな…どうするかな…)


 痛む体を持て余しながらぼおっと天上を見上げ考える。

 もう二度と動くことのない左手。
 新一を安心させる為にあんな事を言ったけれど、はっきり言ってこれからどうすればいいか解らない。

 このままキッドを続けられるのか?
 このままマジシャンを目指せるのか?

 このまま…新一の側に居ていいのだろうか…。

 キッドを続けられなくなってもパンドラを手に入れる方法はきっとある。
 普通の人を楽しませる程度の手品なら片手でも出来るかもしれない。

 けれど…この腕では彼は護れない…。

 彼を取り巻く環境は常に危険な物だから。
 この腕では彼を完全に抱きしめる事も叶わない。

 ましてや護る事など…。


(ったく…天下の怪盗キッド様ともあろうものが情けないね…)


 動かない左手を眺め一人苦笑する。

 先程彼に諦めないと言ったばかりなのに。
 いくら彼を落ち着かせる為とはいっても、彼とした約束だから。


「守らなきゃなんねえよな…」


 約束は守られなければならない。
 彼の笑顔を護り続ける為に。










「宮野…」


 気まずそうに、声を掛けてくる新一に志保は苦笑する。

「その顔だと黒羽君に説得された様ね」
「ああ、さっきは悪かった…」


 本当にすまなそうに謝ってくる新一に志保は正直安堵した。
 自分ではきっと彼を説得する事は出来なかったのだろう。
 流石は恋人。

 それは正直に快斗を褒めてやりたかった。
 この思い込んだら一直線な名探偵を説き伏せたのだから。
 そして、説き伏せるだけではなく、落ち着かせこんなにも新一の瞳に落ち着いた色を湛えさせる事が出来るのだから。


「いいわよ別に。今度の新薬の実験台にでもなってくれれば」
「それは…」


 志保の言葉にうっ、と新一が言葉を詰まらせた後、二人して笑い合う。


「私の事はいいけれど、彼に付き添っていなくて良いの?」

 彼貴方が居なくて拗ねてるんじゃない?

「本当は付き添っててやりたいけど、俺が居たらあいつは休めないから」

 さっきだって、俺に辛いのがばれない様に気張ってたんだぜ?

「まったく…本当に馬鹿ね」

 貴方にはばればれだっていうのに。
 まあ、それだけ心配をかけたくないのでしょうけど。


 志保は溜息を一つ吐く事で快斗を許してやると、暫くはここに居ると言った新一の為にコーヒーを淹れてやる。


「さんきゅー」


 新一はそれを受け取ってその香りを楽しむ。


「それで、一体彼はこれからどうするのかしら?」

 あの腕で今迄の様にあのレトロな怪盗を続けて行くのは無理でしょう?

「そうだよな…」


 自分でも思っていた事を改めて言われると現実を直視しなければならない事に嫌気が差す。

 あの腕でキッドを続けて行く事は自殺行為だ。
 けれど彼の探し物はまだ見つかっていないから。


「まあ、キッドでなくとも探し物は探せるでしょうけどね」


 彼ならばキッドにならずとも探し物を見つける事は可能だろう。
 それだけの能力はあるのだから。

 そう言った志保に新一はなにやら煮え切らない返答をする。


「ああ…でも……」
「でも?」
「キッドはあいつにとっての誇りだから…」


 父親から受け継いだ怪盗キッド。

 それは復讐の為だけでなくあいつにとっての誇り。

 だからこそ今迄続けてきたというのに…。


「だからって、その誇りの為に続けて行くというのならそれは自殺行為よ?」

 それは解っているのでしょ?

「ああ」


 確かに今の腕で続けて行くのは無理だ。
 それは解っているけれど…。


「でも…どうしてもと言うのなら方法が無い訳ではないわ」
「え?」
「ただし…彼次第だけれどね」


 そう、全ては彼次第。

 彼がもし望むのならば代用品ぐらいは用意できる。
 それなりの覚悟は必要だけれど…。










――――――コンコン


「どうぞ」


 控えめなノック音に気付き快斗は声だけで相手を招き入れた。
 本当はドアを開けたかったのだが体力的に辛かったし、相手もそれを解っていると知っているから。


「調子はどうかしら?」
「志保ちゃんの御陰で上々だよ♪」
「まったく…こんな時まで装わなくてもいいでしょうに」


 溜め息と共に吐き出されたその言葉に優しさを感じる。
 彼と彼女だけが見破る事のできるポーカーフェイス。

 それが心地良いと思ってしまったのはいつからだったか…。


「ってことは、新一にもばれてる訳ね…」
「当たり前でしょ? ばれないとでも思っていた訳?」
「…いえ……」


 志保の綺麗な顔で睨まれ快斗は額に汗を浮かべた。
 あの綺麗なだけでなく全てを見通す彼の瞳を欺く事はたやすい事でないのは知っているから。


「それで志保ちゃんが様子を見に来た訳?」
「それもあるけれど、もう一つ重大な事を聞きに来ただけよ」
「…重大な事?」
「そう、重大な事」


 何かを企んでいそうな志保の口調に快斗は嫌な予感を覚える。


「黒羽君…貴方その左腕切断してみる気はない?」
「………え…?」


 それは快斗の予感が的中した瞬間だった。













to be continue….







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